『腹腹時計』

第一回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★

 早春の雨。
 この『オトギイズム王国』で冒険者として活躍する為には、時として裏社会の情報にも精通する必要が生じる。
 つまりベテランの冒険者になるほど、裏事情に詳しい人物、いわゆる情報屋と個人的なコネを持つケースが増える。
 無論ジュディ・バーガー(PC0032)もその例外ではなかった。
 物語に例えるならば彼女は刑事ドラマや探偵物語の定番キャラでもあり、この世界の法則性に則れば極めて有能なはず。
 実は見知った情報屋の一人がジュディに助けを求めてきていた。
 話を聞けば、棲家の下水道に謎の『襲撃者』が出没して困り切っているらしい。
 彼らには『冒険者ギルド』に依頼出来るほど金銭的余裕がないのだ。
 ジュディは思う。地下の住民に貸しを作るのも悪くないだろう。
 彼女はドルン!と一発、大型バイクをキックでスタートさせ、タイヤで春の泥を蹴散らした。
 
★★★

 ――古人曰く、遠方より友来る、また楽しからずや。
 『羅李朋学園』に留学中の『トゥーランドット・トンデモハット』姫の寝屋を訪れたマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は、彼女がすっかり自由な校風に馴染んでいる様子に眼を細める。
 マニフィカも『籠の中の鳥』という立場を嫌い、生まれ育った王宮を飛び出し、バウムを介して様々な世界で冒険を繰り広げてきた。
 全くタイプは異なるが、白衣の姫には親近感を覚えてしまう。
 そして彼女と別れた後に、学園自治領の映画喫茶店『シネマパラダイス』に立ち寄る。
 本当はディ○ニーアニメ『人魚姫』だけが目当てだったのだが、上映スケジュールの都合から仕方なく『ネバーランド』からに。
 是非もなし。
 という訳で古典的な名作アニメを一作、鑑賞した。
 夕暮れの帰路。鑑賞の余韻に浸りながら『故事ことわざ辞典』を紐解くマニフィカ。
 すると『年齢を重ね、多くの事を学ぶと三〇〇ドルの時計だろうと三〇ドルの時計だろうと、同じ時を刻んでいることを知る』の一文が。
 確かに名言ではあるが、何を示唆しているのか解らない。
 いや、そもそも何かを示唆しているのか。
 再び頁をめくると『死は最後の冒険だ!』という一節。
 最近『故事ことわざ辞典』の内容が俗事軽薄でページが膨れている気もするが、気のせいだろうか。
 考えながらも先ほどの一節を思い返す。
 これはネバーランドの海賊『フック船長』の台詞では、と。
 何故妖精の国にいる海賊の台詞がこの本に載っているかを悩む前に、マニフィカは王都の冒険者ギルドへの歩みを踏み出した。

★★★

 王都『パルテノン中央公園』の片隅で寝転ぶビリー・クェンデス(PC0096)。
 合成魔獣『レッサーキマイラ』と四方山話に花を咲かせていた座敷童子は、何処からともなくのネガティブな空気を察知した。
(むむむ、これは……おそらく不幸の気配やないやろか)
 ゲゲゲの○太郎が妖怪アンテナで妖気受信するが如く、キューピーヘアの先端に感じとった不幸な気配。
 幸運を招く妖精である以上、己のアイデンティティに反する不幸は無視出来ない。遠い未来の救世主(希望的観測)である神様見習いは、救済せよ!と脳裏に響く使命感に従うべく、その軽い腰を上げた。
「軽いんですかい!?」
「軽かったらいかんか? こーゆーのはフットワークの軽さも大事やど」
 レッサーキマイラとの他愛ないやり取りをしながらビリーは、不幸の気配を追い求める。
 途中、腹が減ったという理由でリタイアした人工魔獣と別れを告げた神様見習いは、やがて幾筋もの下水が合流する大水道域へとたどり着いた。

★★★

 王都の冒険者ギルドに顔を出したマニフィカは、とある新規依頼に注目した。
 屋敷で行方不明になった『三人娘』の捜索。
 受付嬢から話を聞けば、依頼主は横柄な女貴族らしく、それだけでもう怪しさ満点百万点。
 成程、他の冒険者達が敬遠するのも納得出来る。
 それでも『ノブレス・オブリージュ』という言葉が脳裏をよぎった彼女は軽く溜息を吐き、この依頼を受諾した。
 幸い、これを受けたのは彼女だけではなかった。
「トレーシの話は信じがたい部分もありますが、本当に十日間も行方不明になっているのなら一刻も早く保護する必要があります」
 もう一人の依頼請負人アンナ・ラクシミリア(PC0046)は、マニフィカと同じ卓に着いてそう持論を述べた。
 マニフィカは考える。
 そもそも捜索対象は人間なのだろうか。
 一週間や二週間の断食も平気で、柱時計を飲み込んだという娘達。
 もしや大型のペットを『娘』と呼んでいるのではなかろうか。
 ――どうやら依頼主について事前に調べる必要がありそうだ。
 アンナは「キャサリン、ジョセフィン、キャロルでしたっけ。屋敷の近所に住む人に三人娘の事を尋ねておきます」とメモを見る。
 実際に会った事があるかや普段の屋敷の様子などもだ。
 人間だとしてももしかしたら屋敷を抜け出して家出をしている可能性もある。
 だが当面の捜索は庭も含めて屋敷内が中心になるだろう。
 ただ、どうも普通でない様子が感じられる。十分に注意するべきだ。彼女達を見つけた場合もすぐに母親に引き渡すのではなく、一度保護して話を聞いてから返すようにしようとアンナはちょっと難しい顔をした。
 アンナが屋敷の近所を聞きこむなら、自分はもう少し外堀を埋めようとマニフィカは申し出た。
 王都に屋敷を構える貴族なら、トンデモハット王家が身元を把握しているはずだ。
 幸いにも王家にある太いコネで国王の助言役『シルバー筆先』に相談する事にする。
「では一日程、聞き込みを行った後で、件の『ブルエッタ・アーモンド』女史の屋敷で合流しましょう」
 アンナの言葉通りに、二人は二手に分かれた。
 次に彼女達が女貴族の屋敷前で合流したのはかっきり一日後の話となる。

★★★

 大きな夕陽。
 貧民街のドラッグ・デザイナー『オルガノ・サンダーソニア』の自宅兼作業所の近所。
 不幸の気配を辿ったビリーはその結果、中年の哀愁を漂わせながら川岸にたたずむ一人の豚顔セールスマンに辿り着く。
 セールスマンは貧民街に似合わない仕立てのいい服を蝶ネクタイで飾り、頑丈そうなアタッシュケースを持っている。
「おっちゃん、もしや親戚に飛行艇のパイロットとかおらへん?」
 とあるジブリアニメの主人公を脳裏に浮かべたビリー。絶妙な間合いで初対面の相手に声を掛ける。
「ヒクウテイ……? 何アルか、ソレ?」
「いや、知らんならそれでええねん」飛ばねぇ豚はただの豚や、と内心で独白しながらビリーは話を続ける。「なんぞ悩んどるならボクが聞いたるわ。どないしたん?」
 ビリーの話術に心をくすぐられたように、豚顔のセールスマン『ヤン・サンダーソニア』が告白を始めた。
 曰く、
 自分はドラッグデザイナーである妻が作った豊乳薬『ビーナスの素』を売っている訪問販売員、セールスマンである。
 ビーナスの素の効用は確かなはずだが、訪問する家の婦人方には門前払いをくらい、これまで一個も売れていない。
 おかげで妻のオルガノに今日も怒られ、夕飯抜きである。
「私が不甲斐ないばかりに今日も妻に迷惑かけとるアルね。好きで選んだ商売とはいえ、ここまで売れないといっそ自殺でもしようかと考えてしまうアルよ」
「そんな辛気臭い事言いなさんなや、ヤンさん。どや。これもいい出会いだと思って、今夜はオルガノさんも含めて三人でいっそ盛り上がらんか?」
「さんにんじゃないわぁ。よにんよぉ」
 突然の声掛けに二人が振り向くと、そこに夕陽色にワンピースを染めてリュリュミア(PC0015)は立っていた。
「なんや、リュリュミアさん。藪から棒に……」
「すかぁとめくりのときに、リュリュミアがつるつるだってふきげんになるひとがいたんですぅ」
 驚いたビリーが訊ねるのを無視して、リュリュミアは当然の如く自分のペースに持っていく。
「……ほぉ。つるつるアルか」
 ヤンが大真面目に話を聞こうとしている。リュリュミアが言っているのは放火騒ぎの事件の件とは知っていない。
「よるにおきてくるおねぇさんたちは、ぼんきゅっぼぉんなひとがおおいんですよねぇ。おぉくにさんのおくすりのんだらリュリュミアもぼんきゅっぼぉんになれますかぁ」
「おぉくに……?」ヤンがちょっと考えて自分の事だと気づく。
「おしごとてつだいますからリュリュミアにもおくすりくださいぃ」
「そうや! ヤンさんが売れないのは、売る客層を間違ってるからもあると思うんや!」
 進む話に便乗するかのようにビリーは叫んだ。
「どんな意味アルか?」
「美容分野のニーズは高く、正しくアピール出来たら必ず売れる!」ビリーは言い切った。「では、どうして売れないのか? ――まず信用と実績がない! そしてアプローチが間違っている!」
「ふむふむアル」
「女性にとって美容はセンシティブルな問題! つまり気配りが欠かせない! いきなり豊胸薬を売りつけられたら、貧乳と侮辱されたも同然! 怒って当然!」
「ほおほお」ヤンが芯を舐めた鉛筆でメモを取り始めた。
「まず客層を絞るべし! 宣伝の為、いっそ試供品のつもりで安く提供! たとえば地下酒場の踊り子さんへとか!」
「あ、よるにおきてくるおねぇさんたちですぅ」
「何よりもまず最初に実績や! 次は信用の底上げ! 薬師の名前を製造元として前面に出す! 解りやすく『豊胸薬オルガノ』と呼称してもええんや! 副作用の有無や効果持続時間も明示すべきや!」
「副作用の有無と効果時間……?」大声の息切れと共に関西弁が混じり始めたビリーの言葉を聞きながらメモを取るヤンの手が止まった。「それはあんまし聞かなかったアルねぇ」
 そんな現場の停止感を無視して、ビリーは十八番の『打ち出の小槌F&D専用』を振り上げた。
「商売繁盛で笹もってこい♪ これからオルガノさんとついでにお近所さんも含めてレッツ・パ―リーや! 大宴会を始めるで! さけいけにくばやしや!」
「あぁー。リュリュミアもてつだいますので、ヤンさんもおくすりくださいねぇ」
 リュリュミアとビリーは豚顔セールスマンと意気投合し、貧民街の自宅に招かれる事となった。
 そしてご近所も巻き込んでの大宴会に突入するのだが、ご近所という範囲に留まらず貧民街全てを巻き込んだ謝肉祭は死者寸前の酔客を出す究極の大騒ぎとなった。
 しかし、それにあってもへこたれる事がないのが、ビリーの打ち出の小槌F&D専用という物である。
 困ったものだ。

★★★

「ラウド……地上が騒がしいね」
 地下下水道に潜ったジュディは、厚い地層を通して上から聞こえてくる乱痴気騒ぎの騒音に顔をしかめた。
 チャリティ・イズ・ア・グッド・インベストメント。
 情けは人の為ならず。
 下水道の住人から助けを求められ、仕方なくボランティアに乗り出した彼女は暗くて狭くて臭い悪環境に閉口する。
 バンダナで口元を覆っているが、これはガスマスクが欲しいレベルだ。
 愛蛇『ラッキーちゃん』を定宿に留守番させて大正解だった。
 汚泥をブーツで踏みしめて、煉瓦製の壁を手で辿る。
 とりあえず手持ちのアイテムを装備として活用したい。
 羅李朋学園製の懐中電灯が普及してきたが、まだまだ高価でコスパが悪い。
 やはり松明が手頃だ。着火は『火炎系魔術』ですませるし、棍棒としても使える。
 光量が足りないと思った時に『懐虫コミネジ缶』の光る虫をテンガロンハットに貼りつけている。
 目撃情報の断片を合わせると『襲撃者』は硬い鎧の持ち主らしい。
 暗闇に潜む怪物的なイメージすら感じられる。
 武装は、飛び道具として『イースタン・レボルバー(カスタム)』で粘着ゴム弾丸と、光&闇の弾丸を二種類用意している。
 白兵戦も想定し、あえて大型チェーンソーをやめ、使い勝手がよい『スコップ』を選ぶ。
 念の為、奇襲にも使える『投網剣闘士の投網』も担いでゆく。
 より下層へと潜っていく水路を追って、階段を下がる。
 もう何十分もさまよっただろう。何時間か?
 地図を描いた紙を更に継ぎ足す。
 ここまで成果なし。
 テンガロンハット前面からの光が、太いレーザービームの様に淀んだ空気を切り裂く。
 松明の明かりが小さくなってきた。
 別の松明を使ってもいいが一旦、地上に出る事にして最短脱出ルートを地図で探す。
 松明の火をよけながら地図を広げるジュディ。
「……ワッツ?」
 その時、前方の闇の向こうからおかしな音が聞こえてきた。
 わずかに耳に触るような機械音。
 カッチ、カッチと規則正しいその音は、段段とこちらへ近づいてくる。
 ジュディはテンガロンハットからの光で、前面の闇の奥を照らした。
 下水道は広い。
 一〇〇m以上向こう、三mはあろうかという天井近くまで岩の様な塊がつかえている。
 硬そうな巨大な鱗が並ぶ表面は、流線型というほど滑らかではないがそれに近い先細りの形。
 水路に重い腹を引きずる様な音。
「クロコダイル……? ……いやアリゲーター、ネ!?」
 ジュディの知識にあった物が、ピタリと記憶の鋳型にはまるのには時間がかかった。
 眼の前にいる生物は、彼女の常識を遥かに超えて巨大、実に一〇mはあろうかという巨躯を誇る質量体だったからだ。
 闇色の奥で爬虫類の眼が輝いた瞬間、超巨大ワニが水飛沫を上げながら正面にいるジュディめがけて突進してきた。ライオンがとびかかるスピードだ。
 カッチ、カッチという喉の奥からの音と共に、巨大なワニの顎が大開きでジュディを襲う。それは二m超の彼女を一口で収められる尋常ではないサイズだ。
 投網がその鼻先に投げつけられる。ジュディはそれを機先を制する牽制として投げつけた。捕獲には使えぬ相手と判断したのだ。
 突進の勢いが鈍った猛獣に対して、レボルバーを発射する。弾倉内の弾丸位置は『ゴム・光・闇・ゴム・光・闇』。初弾の粘着ゴム弾が牙の並ぶ口を痛打する。分厚い舌を打ったそれは大したダメージではないようだが、予想外の衝撃に勢いは完全に止まった。
 更に五連射。
 口を閉じた超巨大アリゲーターの固い鱗にゴム弾は粘着し、光と闇の精霊弾はそれぞれの色を発しながら鱗を浅く削った。
 ――水路で白兵戦で戦うには分が悪すぎる。
 ジュディは松明とスコップを握りながら、この相手を甘く見るべきではないと覚悟した。
 しかし、戦いはここまでだった。
 まるでジュディのテンガロンハットからの眩しさに恐れをなしたかのように超巨大ワニは身をひるがえした。この下水道が広いといってもそれを為すとは驚異的な柔軟性である。
 ジュディは追撃すべきと判断したが、今度は超巨大アリゲーターの尾の一振りがその勢いを止めた。
 巨木の如き尾を振った動きが巨大な水を持ち上げた。
「タイダルウェーブ!?」
 津波の様な波飛沫が動く水壁と化して、ジュディの正面から襲ってきた。
 巨身の女戦士は、猛烈な水量を頭から叩きつけられる。
 激流に流されないよう踏ん張るも、その足先も軽軽と離れて後方へと揉まれる様に流された。溺れる中で壁や床にしたたかに肩や背をぶつける。その強烈な痛み。
 最後に鉄格子に背を激突させてようやく流れから脱出した時にはもう何百mと流されていた。
 松明も消えた闇の中、懐虫コミネジ缶も光を失い、ジュディは汚水の中で立ち上がった。
 ――暗黒。
 前方にはもうワニの気配はない。あの機械的な音も聞こえなかった。
 超巨大アリゲーターは逃げていった。
 地図を失ったジュディは今自分が何処にいるか解らない。
 かろうじて残りの松明に魔法で灯を点し、ぐっしょり濡れた全身を奮い立たせて出口を目指した。
 無防備なジュディが迷路の闇をさまよって何十分経っただろうか。
 上を目指して水路をさかのぼっていくと、聞き覚えのある喧騒が上層から聞こえてきた。
 先程に聞いた乱痴気騒ぎの続きである。
 眼を上げる。
「イズ・ディス・ア・ウェル……これは井戸?」
 天井に開いた穴は七mは垂直に上がって、地上に続く枯れ井戸になっているようだ。井戸の穴から星は見えない。地上の大宴会の喧騒は井戸から下水道に流れ込んできている。人がいるのだ。
「HEY! 誰かいるノ!? ヘルプ・ミー!!」
 地上に届けと声の限り叫ぶ。
 その救難要請はしばし無視された。
 しばらくすると地上の乱痴気騒ぎの声が収まった。
 上から人間達が下を覗き込んでいるようだ。
「おーい!」
 その叫びと共にロープが垂らされた。釣瓶(つるべ)のない純然たる太く長いロープだ。

★★★

「何や。ジュディさんやないか」
「あれぇ。ジュディじゃないですかぁ」
 地上にあるオルガノ・サンダーソニアの家の中で、ロープを垂らしたビリーとリュリュミアは呆れた声を出した。
 でろんでろんに酔っている酔客達で足の踏み場のないドラッグ・デザイナーの家で、二人はロープを登ってきたジュディを出迎えた。
 井戸はオルガノの作業室の床に空いた穴だった。
「そんな汚い格好で部屋を汚さないでくれよ。モルモット達が病気になっちまう」
 不満の声をアルコール臭と共に漏らしたのがオルガノだ。不健康な白い肌に白衣を羽織っている。
 リュリュミアは簡単にオルガノにジュディを紹介した。
 ビリーは、貧民街での大宴会という現状をジュディに説明する。
 ビリーに渡されたタオルで顔を拭いながら、ジュディは作業室に所狭しと置かれたサルが入ったケージを見回した。
 これがモルモットなのだろう。サルまでにも酒が振舞われ、皆ケージの中でぐでんぐでんである。
「どうしたんですかぁ。げすいどうで、はいまわるいそぎんちゃくたいじでもしてたんですかぁ」
 話しかけられながら、ジュディは空っぽの物も目立つケージの山を見やる。
 メスザルの胸は大きさがメロン並に膨らんでいる。それだけではなく皆、標準サイズより肥満気味であるようだ。
 ――そう言えバ、とジュディはリュリュミアの胸を見る。
 彼女の胸ははっきりと解るくらいにグラマラスに膨らんでいた。全体的な肉付きもよい。
「あ、これですかぁ。ヤンさんのびぃなすのもと、改め『ほうにゅうやくオルガノ』のこうかですよぉ」リュリュミアはメロンサイズのボインを両手で持って揺らした。「超こうりつのいい、ひりょうみたいなものですねぇ。ふとめになっちゃっうのがこまるわぁ」酒に酔っているようだ。
「で、ジュディさんは何で下水道にいたんや。見たところあっちこっち怪我しとるやないか」
 怪我を治そうと針術を振るおうとしたビリーをしばし押しとどめて、ジュディはオルガノを見つめる。
「この井戸は、モルモットを処分で捨てる用ネ?」
「あ、ああ……そうだよ」
 彼女の返答が素直でないのは、その処分法が非合法だと解っているからだろう。
 ジュディの脳内で点と線がつながってきた。
 その時、作業室のドアが大きな音で開いて、室外から大物の怪物がやってきた。
 レッサーキマイラだ。宴会だと聞くといきなり参加してきたのだ。
「兄ぃ! 外の連中が酒と料理が足りないって騒いでやすぜ!!」
「ああもう! 大宴会はいいとしてツマミくらいは自分達でも調達せえや!」
 打ち出の小槌を手に作業室を出ていったビリーの背を見送ったジュディに、リュリュミアは声をかける。
「どうします。ジュディのむねもいまいじょうにぼいんぼいんですわよぉ」
 桃色の顔の彼女は両側から自分の豊かな胸をぶつけて、はねるボールの感覚を楽しむ。
「フォー・ナウ、とりあえず……」思ったよりも煽情的な彼女の胸を見ながら、ジュディは手元にあった酒瓶を手に取る。「パーティと行こうネ! これからのコトはこれから考えるコトにして、今は宴会に没頭するのが先決! イピカイエー!!」
「ふかしたじゃがいももありますよぉ」

★★★

 そんな騒ぎから二〇時間ほど経った、次の日の夕暮れ。
 女貴族ブルエッタ・アーモンドの屋敷の前で、アンナとマニフィカは情報収集後の合流を果たした。
「思った通り、行方不明になった三人の娘というのは人間ではありません。ペットのようですね」
 アンナは解り切った事を話す態度で語り始めた。
 ――あの屋敷に三人の娘なんかいたかしら。
 ――ペットの事じゃないか?
 ――ああ。あのトカゲモドキか。
 話を聞き込んだこの近所でさんざん聞いてきた言葉だ。
「……そのペットというのはどうやら……ワニらしいのです」
「ワニ……」
 アンナの言葉をマニフィカはあえて繰り返した。
 ペットのワニを娘扱いし、それでいて常に居所を把握する為に柱時計を飲み込ませて、それでいて行方不明にさせてしまったブルエッタという女貴族。
 マニフィカがトンデモハット王家で仕入れてきた噂話でも芳しくない扱いをされていた。
 貴族としては実力ある家柄でありながら、先祖代代の豊富な財産を食いつぶすしか能がない。
 高級なドレスだが、悪趣味な宝飾品と厚化粧で過剰に身を飾る。
 夫の影は薄い。
 本命であったシルバー筆先からは実のある話は仕入れられなかったが、それでも悪評ふんぷんたる話は王城で山ほど聞いてきた。
「キャサリン、ジョセフィン、キャロルでしたっけ、どうします? この依頼は続行しますか」
「アンナ、大体は最初に勘づいていたじゃない。依頼はこれからでも断れるわ。とりあえずブルエッタに会いに行きます」
 これもノブレス・オブリージュ――貴族の義務なのか?とマニフィカは自問しながら、アーモンド家の門番に声をかけに行った。
 陽が沈もうとしていた。

★★★

 金の刺?がふんだんに施された応接間で、ブルエッタが二人の面会を受けた。
「約束通り、キャサリン、ジョセフィン、キャロルをそれぞれ最初に連れ戻したお方に報奨金を五〇万イズムずつ支払うザンス」
 ブルエッタが芸術品の様な椅子に座って、小卓に置かれた干しナツメを摘まんでいる。真っ赤なルージュが引かれた唇はくっちゃくっちゃとそれを噛み砕く。
 彼女は控えている執事が持っていた膨らんだ白い袋を、マニフィカとアンナの足元へ投げた。
「もし経費が必要だというのならそこから取るザンス」
「あのぅ、三人の娘がペットのワニだというのは本当なのでしょうか」
「本当ザンス。……というか」マニフィカの言葉を聞いた女貴族が執事と小声で話し合う。首を振った執事を見た彼女は意外そうな驚きの表情をする。「ワニだという事は言ってなかったザンスか。これは失態だったザンスね」
 全然失態だと思ってない態度のブルエッタに対して、アンナは「本当に三匹のペットは屋敷から抜け出ていないのでしょうか」と訊いた。
「ペットじゃなくて娘ザンス」じろりと睨まれる。「屋敷の敷地から出ていないザンス。……くれぐれも娘達の身には傷つけないように。肌の表面にかすり傷程度なら赦せるザンスが、もし跡の残るような傷をつけようものなら……!」
 ブルエッタが眼を吊り上げた睨みでアンナを脅したが、その程度に怯みを見せる彼女ではない。
 逆に冷静さを増して女貴族に「最後に訊きますが、娘さん達の大きさはどれくらいなのですか」と質問を返した。
「大きさ……尾の先まで入れると三mくらいザンスかね」
 アンナとマニフィカは応接間を退室した。
 時間的にはもう夜で、ブルエッタから作業は朝になってからで今夜は屋敷に泊まる事を勧められたが、それは二人の意思に委ねられた事である。
「気が重いですわね。色色と」
「ですね」
 三匹のワニを捕獲する事になった彼女達は、悪趣味なほどに豪奢な廊下を歩きながらそんな言葉を交わした。

★★★