ゲームマスター:田中ざくれろ
| ★★★ 雷撃の音が聞こえる。 締め切った玄関ドアの向こうで、外はまだ雨が降っているはずだ。 何故解るかって? 雨が止んだらこの館は消えてしまうという都市伝説があるからだ。 『雨宿りの館』。果たして迷い込んだ者達は雨が止むまでにこの館を脱出出来るのか――。 『ゴーゴン・ブル』。 鉄の鱗に覆われた巨大な雄牛。 肩高三メートルはあろうかという、その巨体は鼻孔から熱い蒸気を漏らしながら新しい冒険者達と相対している。 その蒸気に触れれば人体も石に変わってしまうのは、既に四つの石像が出来ている事からも解る。 新しく加わった五人の冒険者達は、この巨大なる怪物を打ち負かす事が出来るのだろうか。 マスター(MS)「さて防御も構わずゴーゴン・ブルに挑もうというのは君達にはいないね? じゃあ各自、難易度二倍で鼻息をよけられたかどうかの判定してくれ」 ジュディ・バーガー(PC0032)「ア・リトル・ウェイト! ちょっと待っテ、ゲームマスター! ジュディ達はこのゲームに不慣れナノヨ! もう少しルールを説明してからでもいいデショ!」 MS「ルールかい? やってる内に解る、じゃいかんかな。まあ、ルールがあるごっこ遊びが基本なんだがな……」」 リュリュミア(PC0015)「ごっこ遊びですかぁ、おもしろそうですぅ。街のこどもたちもよく遊んでますよぉ。使ってるのは木の棒とか板ですけどぉ」 MS「おいおい。これはライブRPGじゃあないんだ。主にキャラクターシートとダイスで判定して遊ぶんだ。……よし最初にこのテーブルトークRPGのシステムを説明してあげよう」 『バウムサイトTRPG』では戦闘ルール以外は極めて簡素だ。 この場にいるプレイヤーの人数分だけ用意されたキャラクターシート。 これが数値化されたプレイヤーの存在その物だ。 これにはプレイヤーの名前から性別、外見年齢、身体的特徴、服装、一人称、口調、座右の銘、絶対に行わない行動、出身世界などが詳しく書き込まれている。 まあ大体がキャラクターの特徴を説明する設定だ。 その中で特に重要なものが最初に選んだ『アイテム』×3、『技能数値』×2、そして冒険の経過で手に入れた『世界共通アイテム』『世界共通習得技能』だ。キャラクターによっては『地方限定のアイテム』や『技能』を手に入れているかもしれない。 キャラクターがある特別な行動、例えば鍵のかかったドアの向こうの音を聞き取ろうとしている、という行動に挑戦したとしてみよう。 MSがそのドアの聞き耳の難易度を判定し、複雑なドアでも状況でもないので簡単な難易度一倍と設定した。 プレイヤーはここで一〇面体という一〜一〇までの数が出る特殊な形のサイコロを二個振る事になる。一つは一の位の数で、もう一つは一〇の位の数だ。これを『1D100』と呼ぶ。Dとはダイス。サイコロの事だ。 1D100でそのシナリオ世界に基本設定されている世界難易度以下を出せば成功だ。 試しに振ってみよう。 (……コロコロ) 『六五』の数値が出た。 難易度一倍なので六五×一=六五。 MSが通常設定している(これは舞台によって違う)世界難易度の五〇を上回るので失敗した。 キャラクターはドアの向こうの音を何も聞く事が出来なかった。もっともこれは聞き耳が失敗したのか、向こうに誰もいなかったのかを判別する事は出来ない。 ――これが技能の関わらない場合の判定の仕方だ。 例えば聞き耳を立てようとしたキャラクターに『聞き耳』技能が一〇〇%あれば話が違う。 六五×一=六五は、一〇〇を下回っているので成功だ、 キャラクターはドアの向こうの「下卑た中年男達が遅い昼食をとりながら宝石屋の襲撃計画を立てている」声を聞き取れたわけだ。 もし出した数値が『〇一』の幸運的成功なら、ついでにドアを押し開けてしまって味方の奇襲攻撃の機会を作れたかもしれない。 これが一対一の技能判定。 次が、主に戦闘ルールで使われる複数戦闘の技能判定だ。 これには割り算が重要になる。 前回の戦闘シーンを参照して説明しよう。 MS「突然、館のホール奥にある扉が開いた。突然、その闇の中からボロボロのゾンビーが一〇体とびだしてきた。テーブルについている君達を襲おうと汚い歯を剥き出しながら歩いてくる」 ハモン「ターニングアンデッド!」 MS「OK、ハモン。突然の奇襲だから難易度二倍で判定してくれ」 ハモン「(サイコロを振る)。出た数値は九八。私の『聖なる力』技能は二〇〇だから成功ね」 MS「よし。四体のゾンビーが君の聖なるパワーで粉粉になった」 一〇体のゾンビーは奇襲を行い、キャラクター(ハモン)の戦闘判定の難易度は二倍に跳ね上がった。 ハモンは1D100で『四九』のダイス目を出したが、四九×二=九八で、彼女の『聖なる力』技能二〇〇%を下回っているので成功。四体のゾンビーを破壊する。 二百÷四九=四(小数点以下端数切捨て)で、四体までのゾンビー破壊なんだ。 大事なのはダメージや行為の結果である倍数を計算する数値は、難易度の修正が加えられていない元元のダイス値だという事だ。 この振り幅の豪快さが『バウムサイトTRPG』の肝なんだ。 ――次へ行こう。 ニック「私はゾンビーにファイヤーボールを撃ち込むぞ。(サイコロを振る)。『火炎魔法』技能は二五〇だから、四一は六倍の難易度以下の成功。ゾンビーは六体まで吹っ飛ぶ」 MS「ちょっと……勝手に……!」 イワン「俺は剣をフルスイングするぞ! 『剣』技能は三百だから(サイコロを振る)八〇は三倍以下の成功! 三体までにダメージだ!」 MS「………………」 戦闘シーンその二だ。 ニックは技能値二五〇%の『火炎魔法』を使って1D100で『四一』を振った。二五〇÷四一=六(少数点以下の端数切捨て)だから、彼は火炎魔法の威力を普通の六倍にするか、一度に六体の敵に打撃を及ぼすかを選ぶ事が出来る。 イワンは『剣』技能が三〇〇%だから『八〇』を振って、三〇〇÷八〇で、三体までに打撃を及ぼした(端数切捨て)。 ……本当はMSにもっと判定の余地を配ってもいいのだが――勝手に難易度一倍で判定しているし。 ともかくゾンビーは体力(HP)一のモンスターだから一回の打撃で舞台から退場した。 判定は難易度で成功率が調整され、難易度でサイコロの目が〇・五〜三倍されるが、基本的には技能値をサイコロの目が下回れば成功だ。 このRPGシステムの難易度の揺れ幅は大きいが、設定された技能数値は恐らく余裕があるはずだ。難易度は状況の不利さ加減によっては三倍にも上昇するが、君達の技能値は最大で三〇〇にも設定されているからだ。 ゾンビーはHP一だが、敵によっては一以上のHPを持つものがいる。 特別に教えるが、例えば今君達が相対しているゴーゴン・ブルはHP五のモンスターだ。ゴーゴン・ブルは五回分の打撃を与えられなければ倒せない。 敵側の攻撃も同じ様に処理される。 その場合は敵側の番にダイスを振るのはマスターだ。 キャラクターが攻撃をよけるのは回避系の技能を持っているものだけに限定される。そうでなければ相手が攻撃を命中させた時点で攻撃はダメージを与える。 ダメージを与えられたキャラクターは「気絶するか」「技能値一つを半減するか」「アイテムを一個失うか」を選ばなければならない。 技能一つを一時半減するか、アイテムを完全消失すれば気絶する代わりにする事が出来る。出来なければ気絶だ。 気絶したキャラクターは一〇分間、行動不能になる。気絶したキャラクターは魔法なり何なりの回復手段が仲間によって行われれば時間内に復活する。キャラクターが全員、戦闘で気絶すればその時点でパーティは全滅、ゲームオーバーだ。 この選択は戦況によるだろう。つまり技能やアイテムはキャラクターのHP値も表しているんだ。 MS「さて、バウムサイトTRPGについてざっと解ってもらえただろうか。じゃあ戦闘シーンの続きを行くぞ。――各自、難易度二倍で鼻息をよけられたかどうかの判定してくれ」 ジュディ「ダイスをロールして世界難易度の五〇とやらを下回ればいいのデスネ? (……コロコロ)ゥロング! 『八四』ダワ! 難易度二倍に関係なく失敗ネ!」 リュリュミア「だいまほうつかいのリュリュミアがいきますわよぉ。(……コロコロ)『八七』だわぁ。固まっちゃうのねぇ」 マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)「(……コロコロ)『二二』! 難易度二倍でも四四で成功しましたわ! わたくしは無事ですのね」 アンナ・ラクシミリア(PC0046)「(……コロコロ)『〇九』! わたくしも成功しましたわ。石化は回避出来ましたのね」 ビリー・クェンデス(PC0096)「……あのー。ボクはゲームに参加せずに、見学という立場で傍らからじっと見てたいんやけど……」 MS「ほぉ。ビリーとやらは参加しないんでいいのかい? キャラクターシートを見る限り、石化した仲間を助けられそうなスキルを持つのは君しかいないみたいだが……」 ビリー「え!? そりゃ不味いんやん! 解った、ボクも参加するわ! えーと1D100すれば自分の石化は回避出来るんやな? (……コロコロ)『一三』! 二倍しても二六の成功や!」 MS「よし、これでマニフィカ、アンナ、ビリーはゴーゴン・ブルの石化息を回避出来た。ジュディとリュリュミアは灰色の石像になってしまった。石化は時間制限なしの気絶扱いね」 驚く間もなくジュディとリュリュミアの姿は、肉体部分が石になってしまった。先の冒険者達と同じだ。 アンナ「……これで今度はこちらの攻撃の番でいいのですね」 MS「いいよ。難易度は一倍でいい」 ビリー「ボクはジュディさんとリュリュミアさんの石化を解くわ。スキル『指圧神術』を使ってもええんやろ?」 MS「OK。ビリーは難易度三倍ね。最初はどちらか一人を選んでくれ」 ビリー「……えーと。リュリュミアさん、すまん! 攻撃力高いジュディさん優先や! (……コロコロ)『二三』! 指圧神術は一五〇%やから難易度三倍でも成功!」 MS「六回分の成功か。よし、ジュディとリュリュミアを一度に二人とも石化解除成功した事にしてやろう。……石化した二人の身体がツボを押されて生気を取り戻した」 ビリー「わーい!」 アンナ「(……コロコロ)こちらは『八三』を振りました。世界難易度が五〇なら失敗です」 MS「ドンマイ、アンナ。残るはマニフィカだけど?」 マニフィカ「わたくしも攻撃しますわ。難易度一倍で『槍術』一五〇%を下回れば命中でよろしいのですよね? (……コロコロ)『八〇』! 一回分のダメージです。これでゴーゴン・ブルのHPは四に減りましたわね」 MS「マニフィカの三叉槍がゴーゴン・ブルの鉄の鱗を貫通した! 傷ついたブルは血を流しながら果敢に君達に向かって突撃してくる――こちらの攻撃の番だ」 キャラクターシートを載せたテーブルに着いている冒険者達の方へ、手負いのゴーゴン・ブルが突撃してきた。 実物のゴーゴン・ブルは、実物のアンナに向かって牙の並んだ顎で噛みついてくる。 アンナ「直接よけたりしなくてもいいのですわよね?(おっかなびっくり)」 MS(……コロコロ)「!? ハズレ。しかもこちらは『〇〇(一〇〇)』の目を出してしまった。不運的失敗だ。アンナ、君の『スケーティング』を難易度〇・五で判定してくれ」 アンナ「サイコロの目を半分にして判定するのですね。(……コロコロ)『九七』が出ましたわ。という事は端数切捨てで四八ですわね。『スケーティング』は一二〇%持ってますから一倍以下の成功ですわ」 MS「ゴーゴン・ブルは君のローラーブレードの華麗なる回避によって、勢い余って壁に突っ込んでしまった。よりによって硬く厚い石壁だったのでHPに二のダメージ」 ビリー「という事は残りのHPは二なんやな」 まるでゴーゴン・ブルはアンナに衝突する寸前に勝手にコケているように見える。 しかし突っ込んだ石壁が砕ける様子やその破壊音はリアルで、単なる立体映像劇には見えない。 頭を割って血まみれになったゴーゴン・ブルは、懲りずに冒険者達に突っ込んでくる。 MS「次の順番(ターン)だ。突撃なのでこちらの攻撃から判定させてくれ」 ジュディ「ちょっと待っテ、ゲームマスター! ジュディも突撃するワ!」 MS「! いいだろう。次の判定は同時に行われた事にする。一斉にサイコロを振ろう。難易度は難しく三倍だ(……コロコロ)」 ジュディ「(……コロコロ)!」 MS「目は『七九』! こちらの攻撃は失敗!」 ジュディ「ザ・ダイス・ショウ・『二六』! 『怪力』二〇〇%でジャッジしていいわネ!?」 MS「よかろう」 ジュディ「二六×三=七八! 二〇〇÷二六=七(端数切捨て)! HPは七減少でOK?」 MS「OK。……ジュディとゴーゴン・ブルの正面衝突! 角の突撃をかわしたジュディのヘルメットがブルの額を割り、それによる痙攣を最後に、四つ足の魔獣はゆっくりと地に崩れた」 リュリュミア「あらぁ。だいまほうつかいリュリュミアの出番がなかったですわねぇ。マスター、あたらしいかいぶつのおかわりを早くくださぁい」 死んだゴーゴン・ブルの姿は、光に溶ける様に薄れて消えてしまった。 残された冒険者達は自分の身の安全をあらためて噛みしめる。 MS「いやぁ。やっぱり初心者キャラクターのパーティはいいなぁ。初初しくて感動しちゃうよ」 アンナ「ところでコンピュータのRPGだと怪物を倒したら、お金とかアイテムとか経験値とかもらえると思うのですが……そういうのはないのでしょうか?」 MS「ごめんね。そういう成長型とは違うんだ。……代わりにこの館から脱出するヒントとか教えちゃおうかな。君達もそういう事に興味あるでしょ?」 次の瞬間、MSの足首に繋がれている鉄鎖の先にある、巨大で歪つな鉄球が震えた気がした。 MSの顔が青ざめる。 MS「……いや、そういうヒントとか教えるのはよくないかな。君達も興味ないでしょ?」 リュリュミア「おしえてもらえるなら、ききたいですけどぉ」 MS「いや、興味ない興味ない! ……しばらく休み時間にしよう。君らもくつろいで! 茶も菓子もないけど!」」 ★★★ 耳を澄ますと外の雨音が聞こえる。。 時折、雷撃音も。 ビリー「石になっている先輩冒険者達も、鍼灸で元に戻した方がええかな?」 MS「いいんだよ、そんな奴ら。それよりゆっくり休んで鋭気を養って!」 マスターの興味はゲームその物にあるようだ。 ビリーは雨音を聞きながら思い出す。 さっきまではパルテノン中央公園の片隅に陣取り、相棒のレッサーキマイラと野外BBQを楽しんでいたんだ。 濃厚な調味液に漬け込んだ厚切りの肉を豪快に焼き上げていく。 醤油・砂糖・みりん等を煮詰めた秘伝のレシピ……という謳い文句の既製品。お手軽ながら実に美味しいぞ。 そんな贅沢三昧な食生活を送るビリーの頭上で晴天にわかに掻き曇り、ゲリラ豪雨の如き勢いで雨が降り注いだ。 もちろんBBQは中止せざるを得ず、想定外のトラブルに座敷童子と合成魔獣は右往左往。 公園内には幾つも東屋やガゼボが点在していたはず。 でも、何故か一つも見当たらない。 気づいた時には相棒の姿も消えており、いつしか深い森を彷徨っていた。 ついさっきまで公園にいた事が信じられなくなるほど寂しい森だ。 ざあざあと降り注ぐ雨に全身が濡れ、すっかり気分は沈み込んでしまっていた。 こないな目に遭うんやったら、雨具でもこうとくべきやったわ……ととぼとぼ歩いていると錆びた門扉に突き当たる。 うつむいていた顔を上げれば、古臭そうな屋敷が静かに佇んでいた。 違和感もあるが、それより今は切実に雨宿りがしたい、とビリーは思った。 とにかく玄関を目指し、十八番の『神通足』を使って門扉を飛び越えた。 玄関に入って、ようやく人心地がつく。 と、ここで深い縁で結ばれた友人達も合流。 MSと名乗る人物からテーブルトークRPGの参加を求められたわけだ。 ルール説明を受けてみたところ、要するに人生ゲームみたいな卓上遊戯らしい。 とりあえず見学から始めたかったが、ゲームの流れからいきなり参加する事に。 MSは「参加してみるのが一番だよ」と言っているが……。 知らぬは一時の恥。 ビリーはゲームを楽しむ極意をMSから教わろうと努める事にしたんだ。 リュリュミア「こどもたちのごっこ遊びだと人気なのはゆうしゃとかですかねぇ。リュリュミアだったら、いん石の雨よふりそそげぇとか言ってみたいですぅ」 MS「うーん……リュリュミアのキャラシートによると、君が得意なのは植物系の魔法だねえ。爆弾かぼちゃの雨を降らせる魔法ならば可能かもしれない」 リュリュミア「えぇー。ごっこ遊びのだいごみは日常からはなれた、ほかのキャラクターになりきることじゃないんですかぁ?」 MS「そういうのも色色あってねえ。海外じゃキャラクターを如何にプレイヤーの自分に寄せられるかに苦心する傾向もあるみたいだし」 アンナ「あの、先に館を見学させていただきたいのですがよろしいですか?」 アンナは声かけだけして、眼の前のテーブルをひらりと飛び越えると、怪物が出てきた扉から奥へ入っていった。 扉の奥にある闇を見通そうと眼を凝らす。 ――窓とか、地下室とか、他に行ける場所がないか。 しかし周囲にあるのは闇だけだ。めいっぱい手を伸ばしても壁等に触れない。 やがてまっすぐ進んだはずが入った扉から出てくる形で、ささやかな探索は終わった。 探索は無駄だったわけだ。 アンナ「扉の奥はどうなっているのでしょうか?」 MS「呼べば応える魔法空間さ」 アンナ「MS、あなたはいつからここにいるのですか? 館の外に出る気はないのですか?」 MS「! ……そういえば、もう何年の間、ここで過ごしているのだろう……。館の外か……嫌だ、戻りたくない。そんな事より僕はここでずっとテーブルトークRPGをしている方が幸せだよ」 アンナ「……ふむ」 アンナはMSが本当に敵なのか、他に敵がいるのか見極めたいと思っている。 どうもさっきのマスターの足に繋がった鉄球の反応が怪しい感じがする。 相手の土俵に乗って勝負するほど危険な事はないと言える。 気をつけなくては……もっとも、この館に迷い込んだ時点で相手の手の内にあるとも言えるのだけれども。 ――読書の秋。 暑さが和らぎ涼しい気候となった秋は読書に集中しやすく、じっくり書物を楽しめる夜の長い季節という意味だ。 さもありなん。と王立パルテノン大図書館に通い続けるマニフィカも強く共感していた。 読書の他にも、秋という季節から連想する言葉は、食欲・芸術・スポーツ等が思い浮ぶ。 ふむ、紅葉狩りと洒落込むのも悪くない。 ――という訳でマニフィカは、軽いハイキングのつもりで王都近郊に出掛けていたのだ。 この時、もしも『故事ことわざ辞典』を紐解いていたら、おそらく『好事魔多し』という言葉が眼に入ったはずだろう。 やがて、どうやら道に迷ったらしく、雨にも見舞われた。 飛翔したら容易く帰路に着けそうではあるが、あえて散策を続けた。 海で暮らす種族的な感性から、雨水に濡れても不快感はない。 貫頭衣が肌に張り付いてしまうのは困るけれども。それもまた楽しからずや。 ――優雅な気分で森の奥に歩みを進めると、苔むした門柱と遭遇した。 草に埋もれた石畳の小径。 老朽化した別荘らしき建物が見えた。 雨宿りを請うのも一興か? 玄関に入ると、そこには友人達の姿。 幻影や擬態を疑うけれど、全員本物だった。 これが単なる偶然とは思えない、と彼女は考える。 絶対、意図的に招き寄せたはずだ。 テーブルトークRPGの参加者を募集するだけ? いやいや、騙されないから。 きっと真の目的が隠されているはず、と考えた人魚姫は、謎に挑戦すべく素人探偵として立ち上がったのだ。 MS「いや単なる偶然だよ」 マニフィカの疑念をMSはあっさり一笑に付した。 しかし彼女は食い下がる。 RPGで言及されたシチュエーションが現実世界に反映される謎の怪奇現象。 まるで神が如き、奇跡の行使ではないか。 この館自体が魔方陣に等しい特殊な環境を形成しているのか? ふと過去の冒険を思い出した。 死霊にあふれた邪悪なる館での冒険を。 でもあの時と異なり、邪悪な気配を感じられない。 ………………。 確かに感じられないか? いやマニフィカのセンスには感じられている。 MSの足に繋がる鉄球。そこから感じられる確かに邪悪な気配。 先ほどから、休め、と言われているが疲れが取れている気がしない。 ……何か吸われている? その感覚は確信に近かった。 ★★★ ジュディがこの館に迷い込んだのはとある冒険を達成した帰り道。 寂れた交易路を自慢のモンスターバイクで走り抜けていた。 ポツポツと水滴がゴーグルに当たり、チラリと空を見上げれば雲行きが怪しい。 これは一雨来るなと思い、速度を上げるべくアクセルを捻った。 だが急に雨足が強まって土砂降り状態になり、たちどころに濡れ鼠と化す。 いくら防水装備でも、荒天でのバイク走行は厳しい。 飼育箱に守られた愛蛇ラッキーの事も心配になる。 仕方なく、どこか雨宿りが出来そうな場所を探す事に。 ――。 森林地帯に迷い込んでしまったらしく、鬱蒼とした樹木が視界を遮る。 名曲『ホテル・カ○フォルニア』が脳裏に響き、古色蒼然とした邸宅が姿を見せた。 まさにムード満点なシチュエーションと言えるだろう。 ――そうしてジュディは館内でMS達に出会い、つかの間のテーブルトークRPGを楽しむ事になったわけであるが……。 ジャンルを問わず、肝心のルールを知らなければゲームでは遊べない。 たぶんアメフトの試合と理屈は一緒だろう。 ジュディ「スポーツマンシップに従い、審判のジャッジに敬意を払うベシ! そして審判もプレイを尊重すベシ! もちろん競技である以上は、勝敗を決めるケド。イズ・ザ・リザルト・エブリシング? 結果が全テ? NO! プレイ内容も大切な評価対象ヨ! イピカイエー!」 これまでの所でテーブルトークRPGの本質は、GMも含めた全参加者の共同作業と理解したジュディ。 ギスギスした雰囲気より、和気あいあいと楽しみたいと悟る。 これを都市伝説だとは知らないが、超常現象に巻き込まれた事は直観的に認識し、セッションの内容が現実化する不思議な仕掛けに素直に感心。 エンドレスなゲームは存在しないからこそ、大団円を目指したいと心から思った。 MS「そうだよ! 審判はゲームにおいては何事にも上位の、絶対の規範でなくてはいけない。しかしそれもゲームを面白くする為の奉仕なんだ! ジュディさん? 君とは気が合うねえ。名乗らせてくれ。僕は進藤栄次郎(シンドウ エイジロウ)。一介のRPG馬鹿だ」 赤いネルシャツを着たMSがジュディに賛同する意思を見せ、眼を輝かせる。 そして鉄球を引きずりながら彼女の前まで行くと、握手をせんと白く華奢な手を差しのべた。 その手を遠慮なく握ったジュディだったが……。 ジュディ「――――!!」 まるで雨にずっと濡れていたような不自然な冷たさに驚いた。 MSが彼女の反応に「しまった!」と思ったらしく、慌てて手を引っ込める。 MS「……さて、休憩もそろそろいいか。冒険の続きを始めるが準備はいいかい?」 マニフィカ「いいですわ」 リュリュミア「いきましょぉ」 ビリー「ええで」 アンナ「よろしいですわ」 ジュディ「……OK」 MS「ではでは。(ついたての裏でサイコロを振る……コロコロ)君達は館の奥へ向かって歩き出した。壁際の松明に照らされた通路は途中で左に曲がり、やがて赤い鉄のドアで行き止まる」 ビリー「聞き耳はボクにやらせてえな。さっき教わった通り、世界難易度五〇を1D100で下回ればええんやろ?」 MS「ところが今回はそれに及ばない。何故なら赤いドアが勝手に開いて、まるで鉄砲水の様に中からゴブリンの集団があふれ出てくるからだ。その数は五〇人はいる」 ジュディ「いきなり何ですカ!? その数の暴力ハ!?」 リュリュミア「いん石の雨をふらせちゃいますぅ。いん石の雨よぉ、ふりそそげぇ」 MS「リュリュミアさん。さっきも言ったけど君のスキルは植物系の方が無難だ」 リュリュミア「えぇー。いん石ふらせて、地上をばくれつさせる大まほうつかいがやりたいですぅ」 MS「………………いいだろう。やらせてあげよう。三倍の難易度で『植物知識』以下を振ってくれ」 リュリュミア「(……コロコロ)『一五』がでましたぁ。三倍にしても四五だわぁ」 MS「『植物知識』は二〇〇%……一三倍の成功か……じゃあ突然、天井をぶち抜いてカボチャ型いん石の雨が降ってきた。地上で大爆発して三九人のゴブリンを一気に薙ぎ倒す」 マニフィカ「ゴブリン三人でHP一相当なんですか」 MS「今回はそういう事だ。残りはゴブリンはリュリュミアに向かって殺到してくる」 リュリュミア「のこりのごぶりんは一一人。HPは四くらいですねぇ」 マニフィカ「ちょっと待ってください! 魔法使いの人を怪物からすぐに手が届く前衛に出しているわけないでしょう!」 MS「彼女が後衛にいるとは一言も言ってないよね? ハイ論破! ゴブリン集団の攻撃だ。(……コロコロ)出た目は『二二』! HP二点分のダメージ! 気絶か、技能半減か、アイテム破壊か、好きなのを二つ選べ!」 リュリュミア「えー!? アイテムなくしたくないですぅ。じゃあ『植物知識』と『ヨガ』を半分ずつへらしますぁ」 MS「じゃあ今は『植物知識』一〇〇%と『ヨガ』五〇%ね。言い忘れてたけど技能が全部ゼロになったら気絶だからね」 リュリュミア「えええぇー」 MS「ついでにいん石が天井をぶち抜いたので無数の破片が皆に降り注いでくる。全員、難易度三倍で世界難易度以下を振ってね」 ビリー「え!? さ、三倍!? (……コロコロ)『五八』や。五八×三で一七四、失敗や」 リュりュミア「(……コロコロ)『五九』×三で一七七、しっぱいですぅ」 アンナ「(……コロコロ)『一九』。『スケーティング』でよけた事にしていいですね?」 MS「いいよ」 アンナ「三倍で五七。『スケーティング』一二〇%でよけました」 マニフィカ「(……コロコロ)『八二』。二四六で失敗でございますわ」 ジュディ「(……コロコロ)『五〇』。三倍で一五〇、失敗デス! なんでこんなに難易度高いんデスカ!?」 MS「ハイ、失敗した人はその数を五〇で割った数だけHPが減るね。気絶か、技能半減か、アイテム破壊か、好きなのを減った数だけ選べ!」 ビリー「なんかちょっと理不尽な展開になってきたやないか? MSってそれでええんか?」 MS「いいの! サイの目が全てなの!」 ジュディ「スポーツマンシップに従うのがジャッジの役目じゃなかったんデスカ? プレイ内容も大切な評価対象であると進藤MSは言ってたジャないデスカ!?」 アンナ「それにこのセッションにシナリオ……いやマップすら存在しないのではないのですか!? さっきから行き当たりばったりに怪物と遭遇してばかりじゃないですか!?」 MS「(ギクッ!)い、いや、そんな事はないよ! それに僕はダイスの目に従ってるだけなんだ!」 ビリー「ボクは進藤MSさんからマスタリング術の極意を教わるつもりで参加しとったんやけど……こんなの教わる価値あらへんやないか!」 MS「うるさい! うるさいうるさいうるさい……!!」 駄駄をこねるようにマスターが呻く。 МSの足元で鉄鎖がガチャガチャと鳴る。 ここにいるプレイヤー達は突然、自分達の身に起こっていた疲労感が増したように思えた。 マニフィカとアンナは、MSの鎖の先にある差し渡し一mもある鉄球が正二〇面体である事に気がついた。その小さな面には一から二〇までの数字が刻まれている。 リュリュミア「アイテムを壊したくないし、スキルももう数字がないので気絶しますぅ。大まほうつかいの気絶ですぅ。皆さん、後で起こしてくださいねぇ」 ビリー「進藤MSさん、ボクは『神足通』一五〇%でよけた事にしてええかな? そしたらHPゼロ減少ですむわ」 MS「(……コロコロ)いいよ」 アンナ「残るゴブリン集団をモップで攻撃しますわ。(……コロコロ)『一〇』。HP四点分のゴブリンをやっつけましたね?」 MS「うん。ゴブリンはモップの攻撃で全員吹っ飛んだ。戦闘終了だ。君達は死屍累累だね」 ビリー「気絶したリュリュミアさんを『鍼灸神術』一五〇%ででよみがえらすわ」 リュリュミア「大まほうつかいの復活ですぅ」 MS「……じゃあ難易度一倍でいいや。『八一』? リュリュミアは『植物知識』が一〇〇%ある形で復活した……」 キャラクター達は赤いドアを開けて部屋に踏み込み、中で二回目の休息をとる事にした。 五〇人ものゴブリンがいた部屋は十分に広く、皆はHPを完全回復するまでゆkっくり休息する事を選んだ。 ビリー「さっきも言ったけど、進藤マスターさんはだんだんマスタリングがおざなりになってきてるんやないか?」 MS「僕はダイスの目に従っているだけだよ。話が盛り上がれば、ダイスの目は黙ってついてくる」 マニフィカ「ゲームの展開が眼の前で現実化するのはどういう仕組みなんですの? 見たところ、MSが特別な魔法を使っているわけではなさそうですが?」 MS「現実化? それはダイス・デーモ……」 一瞬、MSの鉄球が脈動したように思えた。 MS「! それは企業秘密さ。……そういえば外では雨が止みそうだね」 皆は言われて意識を研ぎ澄まし、館の外で確かに雨が止みかけている事を感じた。 十分に休養をとり、キャラクターシート上の数値は完全回復した。 しかしプレイヤー達は回復どころか、まるで痩せ細ったようにげっそりと生気が削げ落ちている。 何かがおかしい。そう感じざるを得なかった。 MS「さあ。十分に休んで体力が戻ったところで冒険を再開するよ。(……コロコロ)この部屋から出る扉を開くとそこはまた新しい広い部屋だ。この部屋の天井は五mもの高さにあり、下向きに生えたトゲが一面、びっしり並んでいる。そして君達全員が部屋に入ったところでその天井がギギギ……と下がり始めた」 ジュディ「トラップ・シーリング! 吊り天井だワ!」 アンナ「ゲームブックみたいな展開ですね」 MS「そうだね。軋みながら下がってくる天井は君達を押し潰すまで一分もないだろう」 リュリュミア「元のドアをあけて部屋をもどりますぅ」 MS「ところが入ってきたドアは自動的に閉まってしまった。反対側の壁に固く閉まった石のドアがあり、表面にこう文字が刻まれている」 花の国に住まいし我は、 飛ぶ事を許されし王なり。 我が命令は声にあらず、 香りにて群れを導く。 我は産み、群は育てる。 我は一つ、されど千を動かす。 女にして王、王にして母。 我は誰ぞ? ビリー「ナゾナゾやな。これに正解しないと出るドアは開かんっちゅー事か」 マニフィカ「誰、というのを答えればいいのですね」 MS「そういう事だ。さあ早く答えないと君達はぺちゃんこだ。タイムリミットまであと三〇秒もないよ」 テーブルに着いてテーブルトークRPGをしているプレイヤー達の頭上に、トゲだらけの吊り天井が現実化し、ギギギ……と下がり始めた。 時間制限が切られたデストラップ。 その効果がキャラクターだけならぬプレイヤーをも押し潰そうとしている。 謎を解いて、無事にその危険を回避する事が出来るのか? それとも他の方法で切り抜けるのか? このトラップを切り抜けたところで根本的にこのゲームは終了するのか? 終わらせるにはどうしたらいい? 館の外で雨は止もうとしている。 止んだら皆はどうなってしまうのだろう? ★★★ |