『タイガーストライプの饗宴』

第一回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★

 空を見ろ。
 星を見ろ。
 宇宙は怪しいものでいっぱいだ、と天の川銀河の何処かで酒を浴びて死んだ放浪の宇宙詩人が言ったとか言わなかったとか。
 そんな事はともかく、オフの日は冒険者ギルド2Fの酒場でジョッキを空にして楽しむのが、もはやジュディ・バーガー(PC0032)の習慣になっていた。
 ――無論、以前のような痛飲を反省すべく控え気味(当社比)ではあるのだが。
 お目付け役を兼ねる彼女の愛蛇『ラッキーセブン』も、静かに二又に割れた舌先で平皿のミルクを舐めていた。
 『羅李朋学園自治領』冒険者ギルド。
 元元、狂科研のスティーブこと劇山冠(ジュウ・シャンガン)に野暮用があって羅李朋学園自治領を訪れたはずが、厄介事に首を突っ込み、前生徒会長・甘粕の陰謀に巻き込まれ、学園内戦にも深く関わってしまった。その顛末に色色と思うところはあるが……まあ結果オーライと言えるだろう。
 事情聴取やら後始末で自治領に足止めを喰らっていたが、それもようやく今日解放された。
 午後の愛飲はその祝杯も兼ねていた。
 幸いにも公的に無罪放免となったのだが、生徒会長室への突入は学園中に生放映され、拡散され、吟味され、悪目立ちがしばらく避けられそうにもない。
 もっとも当のジュディ本人はあまり気にしてない様子だが。
 注がれる外野の視線に気づかないくらいほどよい酔い心地に浸ったジュディは、ラッキーセブンを首に巻きつけ、千鳥足で階下の大掲示板を覗いてみる事にした。
 一階玄関ホールの大掲示板を覗くジュディの眼に飛び込んだのは、女性を追い回す不条理なマッチョ怪人の退治案件。
「ワッツ?(あれ?)」
 何か既視感を感じた気がするが、深く考えるには脳内のアルコールが邪魔をする。
 ……いずれにせよ、女性への悪質な迷惑行為は許せない。
 胸ポケット内の『厚紙製の護符』も正義を示すべしと主張している。そんな気がする。眼を閉じれば、虹に包まれた老公の偉影が浮かび上がる。
「イピカイエー!」
 やにわの叫びに周囲の人間をビクつかせながらも、ジュディはトイレへ向かった。洗面台の冷たい水で顔を洗ってアルコールを抜く為だ。
 一発でスッキリさわやかデトックス!――という風にはいかなかったが、ザブザブと十分以上もしつこく洗顔して素面に戻ったジュディは、とりあえず怪人が徘徊しそうな夜間のパトロールから実施してみる事にした。
 依頼を受けたジュディは、外へ出る。
 だが、実施寸前に一つの事が、猛烈に気にかかった。
 自治領の『学園警察』だ。
 公的治安力を無視してパトロールするわけにはいかない、という合理的な観点から、生徒会長室突入の際にはさんざんやり合った学園警察との和解を試みる事にする。
 正直、学園内戦で敵対した直後なので少しばかり気が重かったが、お互い恨みっこなしと割り切れたら幸い、と相手の面子を尊重する心構えで自治領内の分署へ向かう。
「あれ。ジュディさん」
「OH! アンナ!」
 その分署の玄関でジュディは、アンナ・ラクシミリア(PC0046)と再会した。
 アンナもジュディと同じだった。例の怪人騒ぎの依頼を受ける事にしたアンナは、パトロールの前に学園警察の分署を訪れて、彼らと話をつけていたのだ。
「ヘェ。アンナも怪人騒ぎに手を出す事にシタノ?」
「はい。虎縞マスクの変質者を捕まえに行きます」ジュディと向き合ったアンナはきっぱり言い切った。「依頼を聞いて最初に思い浮かべたのはあの金属バット男です。パンツの柄とかは違いますけどやってることは似たような感じです」
「ア、そうそう。ジュディもそんなコトを感じたノヨ」ジュディは依頼書を見た瞬間の既視感の正体を思い出した。
「どうも人探しをしているようですがそれにしても人騒がせすぎます」アンナは怒ったような、困ったような態度で腕を組む。「本人は秘密裏に探してるつもりかもしれませんがかえって逆効果です。蛮行を止めてちゃんと話し合って、可能であればこんな強引な方法とは違う形で協力したいと思います」
「フムフム」
「なのでまずは力ずくでも今の行為をやめさせます!」
 同志と解った二人は、この場で早速情報交換を始める。
 情報といっても現時点では事件に対する推理が大部分だ。
 ジュディは虎縞パンツを被る変態男という目撃情報から、悪の下着デザイナーだった『エリザベット・トーロン』の関与を疑った。虎縞という色彩は黄金と暗黒に分解出来そうだが、単なる偶然だろうか。
「But彼女は改心したはずなのヨネ……」
「それなのですが……偶然、デザインが似ているという可能性もあるんじゃないですか」」
 そこまで立ち話を展開していると突然、会話に耳をすませていた学園警察の男が二人に割って入った。
「あなた達が話してるのは『ビッグサム』の街での下着デザイナーの話ですよね。あの事件の話は自分も興味あって調べました。どうでしょう、この『オトギイズム王国』のデザイン原理によれば、エリザベット女史の黄金バットパンツも、今回の怪人の虎縞パンツも同じ様なパワーアップを目指してデザインされた結果によって偶然似たデザインになってしまったんじゃないでしょうか。デザイン原理による収斂(しゅうれん)進化ですよ」
「収斂進化?」アンナは聞きなれない言葉に首を傾げる。
「同じ様な環境に適応して進化した事で姿形機能が似る事を言うんですよ。コウモリと鳥。イルカと魚。それぞれ違う種類の動物が、同じ生きる環境によって似た姿になりました。オトギイズム王国でもデザインがたまたま同じゴールを目指して偶然似てしまったんじゃないでしょうか」
「今回はエリザベットは関係ない、と」
「ええ。そうです」
 学園警察の男がアンナに即答した。
「フーム」
 今度はジュディが唸る番だった。エリザベットが関係ないとしたら、いったい誰が。自分達の知らない相手だという公算は大きそうだ。
 グルグルと推理が渦巻き始めたジュディの脳裏で、ふと虎縞のイメージから『鬼ヶ島』の雷鬼族の事が連想される。雷鬼族の姫『むらさき姫』は虎縞のビキニを着ていた。そういえば自治領の上空に大小の虎縞UFOが出現したらしい。むらさき姫はUFOを駆る宇宙人だったはずだ。
「むらさき姫は元気かな……?」
 ジュディが呟いた時、自治領上空にある超弩級硬質飛行船『スカイホエール』から、一つの人影が革張りの翼をはためかせて地上へと天下る姿があったのだが、この時点ではここにいる誰もそれには気づいていなかった。

★★★

 青い空。
 羅李朋学園にテロリスト認定されてしまった『アイドル研』『コンピュータ研』『アニメ漫画研』の三部活を弁護すべくマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は、学園の本拠地であるスカイホエールにずっと滞在を続けていた。
 甘粕前生徒会長の退陣後、圧倒的な支持で新生徒会長として復活したAI『亜里音オク』による政治的な配慮から、三部活のテロリスト認定は解除される方向へ動いた。マニフィカはいわゆる陳情や根回し等の為に生徒会庁舎に通い詰めたが、ようやく肩の荷も下りてくれたという心境だ。
 彼女は安堵しながら掌内の『故事ことわざ辞典』を紐解いてみた。
 すると『終わり良ければ全て良し』の記述が眼に入る。
 いや、もっとスマートな解決法はなかったのか……という自問も今更に抱くが、そんな思い自体が今の自分には傲慢かもしれない。
 再び頁をめくると、今度は『心機一転』の四文字が。
 成程。新しい気持ちに切り替えるべきか。
 いずれにしてもリフレッシュの必要性を覚えたマニフィカは『魔竜翼』をはためかせて地上へと天下り、舞い戻る事にしたのだ。
 ――それにしてもマニフィカが学園にいる間に、学園自治領の上空に虎縞UFOが出現し、青い火球が駆け、赤い流星が流れた。これら一連の異常事象に「もしや凶兆では?」といった流言飛語も世間に飛び交い、学園世論は不穏化していた。
 ちなみに異常事象の数数はマニフィカも滞在中のスカイホエールから目撃していた。その度に以前に関わった幾つもの心当たりのある冒険が脳裏をすぎた。
 全てに好奇心を刺激されたが、もちろん全調査を一人でまかなうなどというのは到底無理な事だ。
 ならば、どうすべきか。
 マニフィカが思うに、恐らく冒険者ギルドに調査に類した依頼が入るはず。
 それを狙って冒険者ギルドを訪れてみれば案の定だ。
 怪人退治と怪獣捜索の依頼がある。
 対応する依頼のある事象はそれに応対する冒険者達に任せ、自分は消去法で依頼のない案件を担当する事にした。謎のとんがり帽子の噂を追うのだ。当然、無報酬になるがたまにはボランティアも悪くない。
 自分はかつて『パスツール地方』で発生したチューリップ寄生事件の解決に貢献した一人なのだ。その経験が活かせるだろう。
 とんがり帽子事件が仮にあの時の『チュール星人』の再来でも、多分あれとは別個体だろう。
 旅立ったマニフィカはチュール星人との再接触に備え、擬装用のとんがり帽子を忘れずに用意した。
 あくまでも自分は偵察優先だ。状況次第ではギルドへの応援要請も厭わない。
 マニフィカは動物達がそろってとんがり帽子をかぶり始めたという、奇妙な噂がある地方をめざした。

★★★

 陽の翳りが濃い、森の中。
「あのぉ。こちらの方に赤い星が落ちたって聞いたのですけどぉ」
 リュリュミア(PC0015)は出会った動物に片っ端から訪ねて巡っていた。
 眼の前にいる偶然出会った黒山羊はとんがり帽子などかぶっていない普通の山羊なのだが、それでも物怖じせずに果敢に質問をぶつける。
 山羊は確かに普通の山羊に違いなく、彼女の質問など風と聞き流し、もしゃもしゃと咀嚼した草を髭が生えた顎で反芻しているだけだ。
 赤い流星の噂を独自に追っているリュリュミアは、やはりあれはチューリップ型異星人の仕業に違いないととんがり帽子をかぶった動物を探し求めていた。残念ながら帽子をかぶった物はまだ未確認なのだが、彼女は出会った機会を無駄にせず、片っ端から会話を成立させようと話しかけていた。
 それでも二〇回も空振りが続けば、さすがに飽きが来る。
 山羊が去った後、疲れ知らずの彼女もここらで一休み、と太い木の幹によりかかった。
「……それにしてもチューリップさん、住む場所が見つからなくて戻ってきてしまったんでしょうかぁ。それとも旅の途中でちょっとひと休みでしょうかぁ」
 リュリュミアは水分を補給してしばらくすると再び歩き出した。
 とにかく話を聞きたい。旅の話も聞いてみたい。
 それを動機に旅を続けている。
 今度は何も出会わず、三〇分歩き続けた。
「あらあらぁ。ようやく見つけたわよぉ」
 リュリュミアは森のやぶの向こうにとんがり帽子がひょこひょこと動いているのを見つけた。
 ついに叶った念願の遭遇に、ぽやぽや〜と後を追った彼女はその正体を看破しようと飛びつく様にやぶを回った。
 すると。
「あれぇ。マニフィカじゃないですかぁ」
「リュリュミア? 何でここに?」
 とんがり帽子をかぶっていた正体は、マニフィカだった。
 勝手知ったる二人による出会いはすぐに互いの目的の想像がついた。
「マニフィカもとんがり帽子をかぶった動物達の事が気になったのねぇ」
「やはり、あなたもチュール星人の仕業だと見当をつけているのですね」
 意気投合するのに何の障害もない二人は、行動を共にする事にもためらいはない。
 二人して歩き始めて更に十分。無害な動物に遭遇しながらも森を抜けたマニフィカとリュリュミアは小さな村のある平野に辿りついた。
 そこにいたのはまぎれもなく目的の対象に違いない、飼い犬や野良猫や牧畜がそろってとんがり帽子をかぶっているという奇妙な風景だった。
「あのぉ〜。イップさん、いらっしゃいませんよねぇ」
 リュリュミアは動物の群に、以前に出会ったチュール星人のリーダーである知己の名前を呼んだ。
 このとんがり帽子の下にチューリップ型異星人がいるとしても、それは自分が知るのとは別群体であると見当をつけていたマニフィカは、彼女の呼びかけに応える者はいないと踏んでいた。
 しかし、予想に反して、一頭の牛が彼女達の前に歩み出てきた。
 そして中にいるチューリップの葉状の手がとんがり帽子を外し、寄生型異星人の姿を明らかにしたのである。
「久しぶりだな。確かリュリュミアとマニフィカという名前だったな、お前達」
「やっぱりイップさんだったのねぇ。元気にしてましたかぁ。何で戻ってきたのぉ。寂しかったですかぁ」」
 リュリュミアと久しぶりに打ち解けるイップの姿に予想を外されたマニフィカだったが、それはそれとして再会の礼を失する事はない。牛の頭頂の赤いチューリップへ慇懃に頭を垂れた彼女は「何の為にこの王国を再訪したのですか」と自分の質問をぶつけてみた。、
「それがだな」とみずみずしい赤いチューリップが答える。「私達が新しく棲みついた星から、絶滅危惧種の一頭の怪獣がこの星へと勝手に持ち出されたからなんだ。その怪獣の名は『デンキング』。この星まで宇宙を駆けて追いかけ、その怪獣の捜索をこの星の冒険者達に依頼しようと思ったんだが残念ながら先立つ物がなくてな。……ちょうどよかった。私とお前達の仲で怪獣捜索を請け負ってもらえないか。礼は出来る限りの事はさせてもらう」
「その怪獣を追ってオトギイズム王国へまた来たのねぇ」
 聞きようによっては厚かましくも聞こえるイップの返答だが、リュリュミアの言葉は素直だ。
 マニフィカは「礼については後で考える事にして」と言い、「持ち出されたというのは、持ち出したという人物がいるからなのですね。その人物の見当はついているのですか」と訊いた。
「持ち出した男は『ヤンケ・ソーダ』という」とイップ。「雷鬼族の貴族で、デンキングを勝手に『カプセル怪獣』にして持ち歩いている」
「雷鬼族という宇宙人なのですか。カプセル怪獣?」
「巨大な怪獣を掌に収まるほどの小さなカプセルにして持ち運ぶ技術だ。ヤンケはデンキングをいざという時の強力な護衛として持ち歩いている。……本人も『虎縞のパンティ』をかぶってパワーアップもして厄介だというのに『鬼に金棒』というか『鬼にパンティ』……本当に厄介な人物だ」
 下着をかぶる……二人は既視感を覚える。
 前にもそういう事件があったはずだが、どうもそれとは直接関係がなさそうだ。
「そのヤンケという人物は何の為にオトギイズム王国へ来たのです」とマニフィカ。
「噂では自分をふった婚約者を追いかけてきたという話だが……ともかくそのヤンケを捕まえてデンキングを取り戻してくれ。私達は動物の身体から離れて行動する事は得意ではないんだ。なかなか町の中までは追っていけない」
「前みたいにぃ、人間の頭に寄生しないんですかぁ」
「知生体の頭に寄生する事が色色と不味いのは、前回に学んだ」
 聞くマニフィカは成程と呟く。
 今回のチュール星人は自分達に好意的なのだ。
「お二人にはヤンケ捜索に協力を願いたい。雷鬼族は『光学迷彩』と『音響迷彩』の技術を持っていて自分の姿を透明化出来るから、普通に探しても見つからないかもしれん。チャンスはヤンケが婚約者を探しに現れる時だろう。お願いだ。ヤンケを捕らえてデンキングを無事に取り戻してくれ」
「婚約者の方は既にオトギイズム王国にいるのですね」
「ああ。ずっと前から来ているらしい。その名前は確か……むらさき姫という」

★★★

 オトギイズム王国王都『パルテノン』中央公園に、いかにも美味たる薫風が煙の如くもやっていた。
 その発生の中心は福の神見習いのビリー・クェンデス(PC0096)に他ならない。
 そもそもを辿れば、時間はいささかさかのぼる。
 空の学び舎・羅李朋学園では甘粕前生徒会長の失脚により、彼が黒幕だった児童誘拐組織は学園当局に摘発されて、捕らわれていた児童達も無事に保護される事と相成った。これは真に善きと言えるが、さて何事も後始末が肝心となる。速やかに親元まで児童達を送り届けるべく、ビリーは自慢の飛空艇『空荷の宝船』を提供、新生徒会の担当者を同乗させ、オトギイズム王国各地を飛び回った。
 そんな後始末も一段落し、ビリーは息抜きも兼ねて冒険者ギルドに顔を出した。
 大掲示板を覗くと興味深いクエストが二つ。
 片や、虎縞パンツを被って異性を追い回す半裸マッチョの怪人退治。
 もう一方は、赤毛のキリを名乗る依頼人から巨大怪獣の捕獲。
 どちらも類似の記憶を連想させる内容だが、悩ましくもさすがに双方の依頼を同時には選べない。
 こういう時は天任せ。伝統的なコイントスで決めるべく、ビリーは懐から『幸運の五十イズム硬貨』を取り出した。
 ピンと親指で真上に弾き、受け止めた硬貨は果たして……裏か表か?
「兄ぃ。カンパリソーダのお代わりをくださいませんかねぇ」
 ふと瞑想に近い回想に耽っていたビリーの思いを『レッサーキマイラ』のだみ声が現実に引き戻す。
 『打ち出の小槌F&D専用』を振るって炭酸酒を追加したビリーは、過去の回想へと自分を再びトリップさせた。
 コイントスの結果は、巨大怪獣の捕獲クエストを受注する事だった。
 依頼主である『赤毛のキリ』こと『キリ・オーチュネ』は、記憶が確かなら光子結晶生命体『ウルティマン』と共生する宇宙パトロール隊員。以前の冒険で共闘し、侵略者ヴァルカン星人を殲滅した経緯がある。巨大ヒーローに変身するという貴重な体験は、素晴らしい思い出として記憶に刻まれ、今でもその時に贈られた『宇宙パトロール隊名誉勲章』を大切に保管している。
 名誉勲章といえば、お笑い的な相棒である合成魔獣レッサーキマイラを忘れてはならない。共に授与者である彼らもクエストに勧誘する事にした。
「それにしてもこの料理、結構食いでがありまんな」
 レッサーキマイラの言葉が現実とシンクロし、ビリーは回想から自分を引き戻した。
 見ると合成魔獣は石舞台で『ラクダの丸焼き』に直接齧りついている。
 ああ、とうとうこの料理を出してしまったかとビリーは嘆息した。
 ラクダの中に子羊、子羊の中にチキン、と魚、卵までも入れ子状態にして二四時間かけて調理したこの料理は、地球では世界最大の料理とまで言われギネスブックに認定されている。打ち出の小槌での豪勢な料理を追及している内にこれにまで辿りついたが、これを出したらもう後がないというのが福の神見習いの素直な感想だ。これ以上の豪勢な料理を要求されたら一体どうすればいいのだろう。
「まあ、同じ料理を二度出したらあかんっちゅうルールはないけどこちらにも意地があるしな……」
「兄ぃ。ぶつぶつ言ってるとわいらだけで全部食っちまいますぜ」
 そんなビリーの心中を知ってか知らずかレッサーキマイラは引き剥がした焼けたラクダの腿にしゃぶりついている。
 ビリーは美味たるチキンの肉を食べながら、本当にこの魔獣を誘うべきだったか考え込む。
 いや誘うべきだったのだ、と自問自答の答が出る。
 大体、自分はコイントスで選択肢に答えたのだ。コインで依頼を決めるなどという運に丸投げしたビリーは、自分が福の神なんだから結果は自分を幸運に導くだろうに決まっている、と結論する。
 結論するが――。
「けど見習いやからなぁ……」
 とちょっと弱気発言が口から漏れる。日本では座敷童子で有名な宿も火事になった事があるわけだし。
 カンパリソーダを桶で飲み干す相棒を横眼で見ながら、ビリーはラクダの丸焼きを食べ進める。ほとんどの肉は合成魔獣の腹の中となったが、それでも美味たる食事は終了した。
「さて、と……」
 レッサーキマイラを連れたビリーは、キリに会いに、パルテノンから彼女がいる羅李朋学園自治領へと空荷の宝船で向かった。

★★★

 羅李朋学園自治領は赤みが濃い夕暮れ。
 冒険者ギルドを訪れたビリーとレッサーキマイラは、キリがとった客室でウルティマン達と再会の挨拶を交わしていた。
「久しぶりやな。元気してたか」
「元気ではあった」と青い水晶球からの若い男の声。ウルティマンだ。「私達の呼びかけに答えてくれて礼を言う」
 青水晶を両掌で支えたキリは表情を変えないクールさで、二人との再会を祝っていた。
「で、早速依頼の話をしようやないか。巨大怪獣をこのオトギイズム王国へ連れ込んだ奴を捕らえたいんやろ。その事についてくわしく教えてくれへんか」
「……怪獣を連れ込んだ奴の名は、ヤンケ・ソーダ。雷鬼族の貴族の若者だ。――そいつはよりによって、ある星から絶滅危惧種の希少価値がある巨大怪獣を盗み出し、自分の個人的護衛として携帯している。怪獣の名はデンキング。体長五〇メートルに及ぶ、長い尾と虎縞の身体と眼の辺りにY字型の角を持った巨大電気怪獣だ。巨大化したそいつの強さは……ウルティマンである私三人分とほぼ同時に戦う事が出来る」
「……えらい強さやないか!」
「ああ強い。だから困っているのだ。……ヤンケはこの地区に逃げ込んだ婚約者を追って、ここへ来たらしい。光学迷彩と音響迷彩という二つの技術で身体を透明化して行動出来る。光学迷彩とは体表面の光を迂回させる事で眼に見えなくする、音響迷彩とは自分が立てた音の逆位相の音を発生させる事で耳に聞こえなくする技術だ」
「難しゅうてよう解らへん」
「そしてデンキングをカプセル怪獣としていざという時に戦わせる事が出来るのだ。お前達にはそのいざという時の為にこれを渡そう。使い方は前の通りだ」
 キリの手が、ビリーとレッサーキマイラに青い水晶球を二つ渡した。
 これは以前の共闘の時にも渡された、ウルティマンに変身し、三分間、身長四〇mに巨大化して戦う事が出来る簡易光子結晶だ。
「勿論、一回きりの使い捨てだ。使わなかった場合は回収させてもらう」
 ――。
 こうしてビリーとレッサーキマイラは、ウルティマンの依頼を受けた。
 この自治領の夜に出没する虎縞パンティの怪人が怪しいと目星をつけ、独自に彼を追う事にしたのだ。

★★★

 今夜も羅李朋学園自治領の夜に、謎の怪人が出現した。
 たくましくもマッチョな裸身に白ブリーフ一丁。顔はくいこむほどに深くかぶった虎縞のパンティで隠したこの筋肉漢は、たまたま居合わせた女性を捕まえるがしばらくして「どうやら、お前も違うみたいだな……」とキャッチ&リリースする不可解な行動を繰り返す。
「うおーっ! 姫は一体どこにいるんじゃー!?」
 身体には男性用下着ブリーフのみを身に着け、叫ぶままに夜の自治領下町を駆け抜けて、出会った女性の後を追いまわす神出鬼没さ。
 追いかけられる女性を救おうと領民達は武器を手に立ちはだかるが、それは一陣の暴風の様な筋力であっという間に蹴散らされてしまう。
「うん……お前じゃないよな、確か」
 怪人は直接の乱暴を追いかける女性に対してする事はなく、俊脚にものを言わせて捕まえた後、満足したのか何処かへ消えてしまうのだった。
 しかし今夜は少し様相が違った。
 怪人が消え去ってしまうまでに新たに現れた者達がその行く手をふさぐ。
「待ちなさい! そのままではあなたのやっている事はただの卑怯者です!」
「フー・アー・ユー? ユーは一体何者ナノ?」
 夜間パトロールをしていたアンナとジュディ。悲鳴を聞きつけ、やや遅れて参上した二人が怪人の行く手をふさいだ。路地の前後から挟み撃ちである。
 それを見て慌てるかと思われた怪人だったが、少々予想と違った。
「……んー。お前達でもなさそうだな、多分。うおー! 俺の姫は一体何処にいるんじゃー!?」
 二人を無視するように怪人は暴れた。
 暴れたが、ジュディとアンナを傷つけようとはしない。
 割を食ったのが、ジュディとアンナとほぼ同時に駆けつけた学園警察の男達だ。ポリカーボネイトの盾を前面に押し出して突撃した一五人の警察官が、まるで洪水に飲み込まれたように筋力に一撃で弾き飛ばされた。
「よしなさい! 何のつもりか知りませんが絶対に逆効果ですよ!」
 アンナはローラーブレードを滑走させた勢いで、怪人に『戦闘用モップ』を叩きつけた。力ずくでも相手を止めるという意思のままの行為だったが、相手はそれをされて痛そうに頭を振るに留まる。
「シカシ効いテル!」
 ジュディは果敢に怪人に組みつき、この隙にヘッドロックを仕掛けた。一八〇cmほどの相手の身長では、ジュディの方が遥かに高い。腕力にものをいわせ、まず顔を隠すパンティを引き剥がす算段である。「プロレスで人を殺せる技があるとすれば、それはヘッドロックである」と言われるこの技は、相手もさぞつらそうだ。
「うがーっ!」
 怪人は吠えた。
 ジュディにヘッドロックをかけられたままで彼女の身体を無理やり持ち上げた。
 そのままバックドロップもどきで背後に倒れこむ。舗装された地面に自爆気味に炸裂したそれはジュディの後頭部と、そして怪人の背筋から首をしたたかに打った。
 さすがのジュディも自分の後頭部を抱えながら地面に転がった。
 それは怪人も同じである。自分の首筋を押さえて転がり回る。
「待て! そこまでや! ヤンケ・ソーダ!」
 アンナは怪人を捕らえるアクションを起こそうとしたがその時、聞き憶えのある関西弁が背後の路地からかけられた。
 思わず振り返れば、走ってくるのはキューピー頭の旧知の友である。同じく旧知の人造魔獣もいる。
「ビリー!?」
 ビリーはそのまま怪人が捕えられるのを期待していたが、アンナの気を惹いてしまった事で怪人ヤンケが立ち上がってしまう。
 ジュディもようやく立ち上がるが、数秒遅れていた。
 その彼女の背後から新しい声がかけられる。
「ジュディさん、その人を捕まえてくださいねぇ」
「ジュディ! そのヤンケを捕まえてください!」
「リュリュミア!? マニフィカ!?」
 ジュディと、リュリュミアとマニフィカ。路地の同じ側に立った三人は、ビリーとアンナ達とは反対側で怪人ヤンケの逃げ道をふさぐ形になる。
「ジュディ、アンナ。実は……!」
 マニフィカが早口でここに至る経緯をかいつまんで二人に説明する。
 今夜、羅李朋学園自治領に着いたリュリュミア・マニフィカ組は、冒険者ギルドを訪れてビリー・レッサーキマイラ組と偶然出会っていた。冒険者ギルドの依頼を知っていたマニフィカは、自治領の怪人騒ぎがイップに知らされたヤンケの特徴と符合するのに気がついていたのだ。
 ヤンケ・ソーダの名を知る三人と一頭には、あっという間に怪人騒ぎと怪獣捜索が同じ事件の二つの面だったのが解った。
 情報交換をし、意気投合した皆は一緒に怪人ヤンケを追いかける事にする。それが全ての近道だった。
 そして先に怪人騒ぎを追いかけて夜間パトロールをしていたジュディ・アンナと、やっとここで合流出来たのだ。
「……という事なのです!」
「エクスプラネーション、説明サンキュー、マニフィカ!」
 解説を聞き終わったジュディは、怪人ヤンケに向き直る。
 挟み撃ちにされた怪人は説明が終わるまでの永い時間くらくらと頭を振っていた。ヘッドロックの効果はてきめんだったのだ。
 そうしている内に学園警察官も立ち上がって、怪我をおしながら彼女達の元へ再集結してくる。
 ヤンケが気づいた時には、状況はすっかり四面楚歌になっていた。
「なんじゃなんじゃ! お前ら、私をどうするつもりだ!?」
「ネタは割れてるんや! ヤンケ!」とビリー。「ちゃっちゃとカプセル怪獣を返してお縄になれや!」
「私の事を知っているのか!」自分の首筋を揉みながらヤンケが驚く。「カプセル怪獣の事も知っているとはお前達ただもんじゃないな!?」
「こちとら正義の味方である宇宙パトロールのお墨付きや! よその星に迷惑かけとらんで早う捕まれや!」
「私はまだ捕まるわけにはいかん! 婚約者の姫を取り戻すまでは!」
「むらさき姫の事ですかぁ」とリュリュミア。
「そうだ。そのなんとか姫だ!」
 ヤンケがブリーフの中から何かを取り出した。
 リュリュミアはそれを見て気づいた。叫ぶが声音はぽやぽや〜としている。
「あ、いけないわぁ。それがカプセルですわよぉ」
「私はこれ以上、女を傷つけるのは好まん! デンキング、頼むぞ!」
 ヤンケの手から光の粒子が波打って放たれた。
 光の粒子は空を巻き上がる様に膨らんで巨大化し、次いで身長五〇mもの二本足の恐竜状怪獣となった。黄白色をした肌には黒い斑や線状の模様が走り、Y字型の角が両眼の部分でクルクルと回っている。口は光を放つ細い窓の様で、体長よりも長い尾を打ち振っていた。
「これがデンキング……まるっきりエレ〇ングじゃないですか……!」
 見上げながらマニフィカは『シネマ・パラダイス』でマラソン上映されたウルティマンシリーズの場面を思い出していた。
 こんな巨大怪獣が街中で巨大化したのだからただ事ではすまない。
 羅李朋学園自治領の路地は瓦礫の山となった。
 夜の街は逃げ惑う住民で騒がしくなる。
「デンキング、後は頼んだぞ!」
「あ、待ちなさいぃ!」
 リュリュミアは走り寄ろうとしたが、ブリーフから出した腕時計の様な物を操作したヤンケは、彼女の眼前でスーッと透明化してしまった。足音もしない。どうやら光学迷彩と音響迷彩という物を使用したらしい。
「卑怯ですよ! ヤンケ!」
 アンナは叫ぶが、その呼ばわりは虚空に消えていく。
 ヤンケの方は既に逃げに移ったようだ。
 突然現れた怪獣の足元で、冒険者達は次の一手を打つ事を迫られた。
 その時だ。
「待たせたな。私に出来るのは戦う事だけなのでな」
 青いフィルム状スーツに身を包んだキリが、瓦礫を乗り越えてこの場にやってきた。
 告げたのはウルティマンの声だった。

★★★