ゲームマスター:田中ざくれろ
★★★ 「せっかくくじらに戻ってこれたのにこんな狭いところに押し込められてつまらないですぅ」 例えるならばハーモニカの様な形だろうか。 横並びになった独房の列に押し込まれた者達は、監視装置を前に窮屈な思いを漏らしていた。 その中にあってリュリュミア(PC0015)は、つまらなそうにお喋りの言葉を並べるのをやめない。 「あれから畑がどうなってるかみてまわりたいし、外に出て風やおひさまを感じたいですぅ。それから種袋もリュリュミアの大事なものだから返してほしいですぅ。それにお水も飲みたいしおなかも空いてきましたぁ。みんなにも野菜スープを作って飲ませてあげたいですぅ。……」 服を脱がせられないので普段着の上に囚人服を着せられたリュリュミアは、檻になっている独房の扉によりかかっている。 情報収集の為に監視装置を使っている者は、もう永い事彼女の独白につきあわされているだろう。 リュリュミアとは独房を二つ挟んだ所にいるクライン・アルメイス(PC0103)は『甘粕喜朗』生徒会長を糾弾する為に証拠を集めようと、まずは口先を使って監獄を脱出しようとしていた。 「わたくしを含め『エタニティ社』は学園闘争から手を引かせていただきますわ」 監視装置に聞こえる様に話しかける。クラインは口を巧みに甘粕会長に敵意がない事を伝えて独房から自分を解放させようとする。ただ仲間にアイコンタクトで「真意は別」と伝えているのだが、独房からは隣が見えないので肝心のそれが伝わっていない。 「大徳寺艦長ならともかくオクと甘粕会長では、会社の利益だけ考えるなら甘粕会長の方が好都合なのですよね」 (実際に糾弾しようにも証拠を集めないと話になりませんものね) 「……あぁ退屈だから『平和の歌』でも歌っちゃおうかなぁ」 訴えるクラインの言葉にかぶせる様にずーっと喋っているリュリュミアはそんな事を言い出す。 ★★★ マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は愛読書である『故事ことわざ辞典』を紐解く。 すれば『灯台下暗し』という記述。 再び頁をめくると『死中に活を求む』という記述も眼に入った。 『トゥーランドット・トンデモハット』姫をグリングラス領に預け、アンナ・ラクシミリア(PC0046)と共に地下酒場からフロギストンの小瓶を回収するのに成功したマニフィカ達。 分析を終えたトゥーランドット姫は、協力者の『鷺州数雄』と羅李朋学園の本拠地『スカイホエール』へ出発した。 勿論それにはマニフィカやアンナも同行する。 学園警察による妨害を警戒したが、定期便で一行は無事にスカイホエールに乗り込んだ。 被害妄想の気がある鷺州を真似る訳ではないが、エアポートに到着した時点で学園警察の監視下に入った可能性は否定出来ない。杞憂かもしれないが、早急に監視や尾行を振り切って姿を隠す必要がある。 そうでなくともマニフィカやアンナは面が割れており、目立ちやすいのだから。――いわゆる有名税というものか。 アンナは『亜里音オク』を再び表舞台に送り出す事に正直葛藤があったが、彼女が完全復活する可能性を聞いて腹をくくっていた。 こうなったからにはギリアムとトゥーランドットを信じて、最後まで協力するつもりだ。 四人はなるべく速やかに追っ手をまくように移動し、目立たない格好で文系部活棟の内部を訪れた。 まだAIオクが現役の生徒会長だった頃に、その有力な支持層を構成していたコンピュータ研、アイドル研、アニメ漫画研究部の有志と秘密裏に接触をはかる為だ。 彼らは文化系クラブではあるが、武装化してグスキキに対抗するくらい熱狂的な親衛隊でもあった。 かつての生徒会長選挙では大差で敗れたとはいえ、鉄板の支持層が残存していると思われ、かえって甘粕会長に対する反発から増えているかもしれない。それは希望的観測だが。 自我のあるAIオクの復権という目的に協力を求めれば、おそらく積極的に応じてくれるだろう。 「オクに自我がある事を公にするのはまだ時期尚早じゃないかのう。それに何故オクが必要かと言う事で、フロギストンの正体を皆に勘繰られてしまうかもしれん。今フロギストンに懐疑を持たれてしまうと、それだけでスカイホエールが落ちてしまうかもしれんのう」 Drアブラクサスに変装したトゥーランドット姫がそう言うが、時は一刻を争うと思ったマニフィカは敢えてばらす事にした。 コンピュータ研、アイドル研、アニメ漫画研究部の者達が集められた文系部活棟第三大会議室では、AIインタフェース・亜里音オクに自我がある事がマニフィカの手で皆に発表された。 どよめきがエコーチェンバーの様に響き渡る第三大会議室。 『オクだよー☆』 会議室の大テーブルに置かれたスマホの中で、アニメ絵の緑髪の美少女が両手を振りながら愛想を振りまく。 その画面を覗き込もうとするオタク達で第三大会議室は大騒ぎになった。 「自我があるってホントなのか!?」 「ある! 俺の眼には解る!」 「自我って魂があるって意味なのか!?」 「自我の有る無しってどうやって区別するんだ」 「自我にはクオリアというものが必要なんだ」 「ジガジガ、うるせー!」 「オークー! オークー! L・O・V・E・オークー!」 大騒ぎである。 おかげで情報を第三大会議室内に封入しておくのが難しくなった。 「皆さん! 情報を外に漏らさないようにお願いいたします!」 アンナは大勢の手綱をとろうと必死になる。 彼女は通信販売で取り寄せた荷物の箱を抱えながら、大会議室内の監視に躍起になっていた。 箱の中身は、予備のスマホとか長い延長ケーブルとかその他諸諸である。 アンナはまずギリアム救出が優先だと考えていたが、その前にオクの為に買い物をしておいたのだ。 (メインサーバーへの有線接続が必要なのはオクのデータ量と通信速度、あとは確実性の為でしょうか) そう思ったアンナは、オクがスマホ間を移動出来るようなら艦内のあちこちにスマホを隠しておこうとしていた。 オクの自我がコピー出来たり、別のスマホに無線で移動出来るなら、いざという時の退避先になるし最悪、囮のダミーとして使える。 「……それがなあ、自我を持つオクはコピー出来ないんだ。幾ら沢山のオクのインタフェースが入ったスマホがあったところで、自我を持つオクはその中の一台きりらしいんだ。不思議な事に」 半ば悔しそうな顔でアンナに語ったのは鷺州だった。 フロギストンの分析データをオクに組み込んだ彼は、オクのプログラムがそのようにかけがえのない物だと気づいたようだ。 「オクの自我プログラムには謎が多い。単純な作用の複雑な組み合わせ、というのがその発生の根幹にあるようなんだが」 「ギリアム加藤の証言によれば、今回の自我のあるオクも自然発生の様じゃが、再現性がないのが問題なんじゃ」 鷺州と一緒にDrアブラクサスも深刻な顔をする。 ますますこのオクを失うわけにはいかない、と拳を固く握るアンナとマニフィカ。 その時、三つの部活のリーダー達から思いがけない感謝の言葉が四人に寄せられた。 「ありがとう。君達の助言がなかったら奴らに与する者を多く出していただろう」 「どういう事ですか」 反応したアンナに、もう太った中年であるリーダー達からアイドル研の部長が代表として答える。 「現在、羅李朋学園内部は、特に文系部活棟は甘粕会長が発信しているSNSで揺らいでいる。甘粕会長シンパが会長のプロパガンダ動画を投稿して、学園生徒の感情に揺さぶりをかけているんだ。おかげで学園内では甘粕の起こしている強権発動、犯罪行為を支持する人間が多いんだ」 そう言って見せられたスマホのSNS動画では、甘粕会長の不正が学園のマスコミや政敵、一部学園警察幹部による情報操作だという番組が派手な文字を躍らせていた。政治不信を逆に利用して、甘粕会長を孤高の英雄だという立場で宣伝しているのである。同じ様な投稿が数十、数百とあり、今も拡散が続いている。 それらは論理的であるよりも視聴者の感情面に揺さぶりをかけている。 正義対悪。それらは単なる政治を越えた社会構成を暗に主張していた。 「甘粕への支持は、水面下では実質的に最高潮に達している。洗脳されているんだ。だから甘粕は赦され、糾弾出来ない」 滅茶苦茶だ、とマニフィカは褐色の顔をしかめた。 甘粕会長だって悪い事ばかりしているわけではないだろう。 だが主張が激しい少数派が、多数派を洗脳する。その為にはSNSは好都合なのだ。 ある意味、大衆迎合主義に最ものっとった情報戦略と言える。 羅李朋学園では、甘粕生徒会長の支持は最近急速に下がっているはずなのだが、それが表に出てこないのにはこんな理由があったのだ。 「しかし私達には亜里音オクという女神がいる!」アイドル研部長が拳を振り上げる。「彼女の歌で洗脳し返してやるのだ!」 「「「「「「「 お お う ッ ! ! 」」」」」」」 その言葉に第三大会議室内の全員が、肯定で呼応した。 会議室の空気が一斉にどよめく。 「……これが自我を取り戻した亜里音オクがわたくし達に託された理由でしょうか」 「……いや。違うと思うが……」 マニフィカの疑問に、Drアブラクサスが力なく答える。 何処に隠していたのか、身内に銃器を配り始めた三部活の部員達に正直引く思いをしながら、アンナはテーブル上にあるオクのスマホを回収する。 「とにかくギリアム達がいると思われる学園警察の留置場へ向かいましょう」 「ちょっと待て! こうなった以上、無防備で監獄へ行くのは危険だぞ!」 彼女を止めたのは鷺州だった。彼は自分の陰謀論が肯定された事に満足を覚えている様だ。 「ではどうすればいいのですか」 「……どうすればいいのだろう?」 こういう事には全然、鷺州は頼りない。 そうこうしている内に文系部活棟は三部活の人間による突撃隊が編成されつつあった。急ごしらえだが迅速だ。 「……『死中に活を求む』が答でしょうか?」 マニフィカは『故事ことわざ辞典』の記述を思い出しながら呟いた。 こうなったらやるしかない。 「学園のメインサーバーに亜里音オクを放流いたします!」アンナはオクの入ったスマホをさぞ大事げに胸に抱えた。「その為にはギリアム加藤氏のいる監獄へまず向かう必要があります! 監獄へ行きましょう!」 大会議室内が肯定の呼応でどよめいた。 アンナとマニフィカ達は部活棟から出ていく人間の流れに乗って、外へと出た。 二人は羅李朋学園に陰から影響を与える真インフルエンサーなのだ。 この行動が学園の集合無意識への多大なる潮流になるとすれば、甘粕会長の洗脳を覆す一助となるかもしれない。 (鷺州氏とトゥーランドット姫は何としても守らなくては!) マニフィカにはそんな思いもある。 飛行船内部のパノラマである羅李朋学園の風景。 そこでは既に学園警察との交戦が始まっていた。 後に『三部活の乱』と評される事になる混乱が始まった。 それらは真インフルエンサーの力によってか、学園内部を拡大していった。 学園は内戦と呼ぶにふさわしい光景があちこちで繰り広げられている。 羅李朋学園アシモフコード。 『第一条 学天即は羅李朋学園生徒に危害を加えてはならない。また、その危険を看過する事によって、生徒に危害を及ぼしてはならない。 第二条 学天即は生徒に奉仕しなければならない。ただし、与えられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。 第三条 学天即は、前掲第一条および第二条に反するおそれのない限り、自己を守らなければならない』 ★★★ 「……もし出られたら、こどもたちやほかの人たちが心配だからやまみたいなせんしゃに戻りますぅ。動いてないんだったらこっそり忍び込んで、気づかれたら花粉で眠らせてみんな助け出しますよぉ。ああ、お水ほしいですぅ。……」 リュリュミアはずっと一人で喋り続けていた。 皆が閉じ込められている監獄では永い時間が過ぎていた。 様様な意見が交換されるが、監視装置を気にしている手前もあり、決して実りある内容ではない。 「大徳寺艦長。わたくし達のせいで巻き込んでしまって申し訳ありません」 「気にするな。それに甘粕の事だ、もしかしたらスカイホエールの操縦権をも我がものにする為の第一歩としての俺の逮捕かもしれん」 クラインの謝罪に『大徳寺轟一』艦長が答える。 彼女の位置から横並びの独房の中は見えないが、艦長はきっと相変わらず胸の前で腕を組んでいるだろう。 クラインは口先だけで監視装置の向こうにいる甘粕会長の心に訴えて先行出獄するつもりでいたが、なかなか反応がない。 早く甘粕会長の隠し財産を調査したい。甘粕会長が蓄えている裏金なりの後ろ暗い資産を調べて証拠を集めたいと考えているのだ。 経済学会から何か別名義の法人を噛ませていると思うが、このラインでの資金の流れも調べたいとも考えている。 「買収か逮捕をちらつかせる事で、甘粕会長の悪事の証人を確保出来ればなおいいですわ」 そうクラインが小さく呟いた時『神足通』で監視装置の隙を突いて偵察に出ていたビリー・クェンデス(PC0096)は、サンタクロースよろしく大袋を担いで戻ってきた。 「メリークリスマス! 大人しく待ってたよい子達にはお土産があるで!」 廊下に置かれた監視装置が高性能であろうとも、対費用効果的に限界は生じる。効率重視で合理主義な甘粕会長が、学園監獄の設備に過剰な予算を割くとは思えず、独房から死角をなくす事は難しかったのだ。 監視装置が死角に入った時を予想して、十八番の神足通で監獄の内外を偵察していたビリー。 報告・連絡・相談のホウレンソウは重要、個個の情報を共有化して方針の統一を図るべき、と筆談の為に紙と筆記用具を探していたのだが、思いがけず皆の荷物が収納されていた部屋を見つけてそれらを?き集めて戻ってこれた。 大袋を担いだビリーが戻ってきた瞬間から、監獄内に非常警戒サイレンが鳴り響き、薄暗い室内灯は赤色灯と切り替わった。 「ドーやらプリズン・ブレイク、脱獄の準備も出来たミタイネ」 ジュディ・バーガー(PC0032)は、やろうと思えばいつでも出来た、とばかりに独房の鋼の檻に手をかけた。 ぐいっと太い鉄棒を左右に引っ張る。 両腕の筋肉が盛り上がり、金属の軋む音が監房に響いた。 簡単な作業ではなかったが、全身が真っ赤になるほど力をこめれば独房の厚い頑丈な蝶番が外れ、身長二m強の彼女がくぐれるほどの隙間が開いた。 「コレで出来たワ」 素手のジュディは工夫が必要だった。 学園警察はサブマシンガンで武装している。『ハイランダーズ・バリア』で弾丸は防げるが、それなりに痛いし長時間の連続使用は難しい。 そこで蝶番が壊れた独房の頑丈な扉を取り外し、攻守に使える大盾としたのだ。 「イピカイエー!」 まずは手始めにその大盾の横殴りで眼前の監視装置を破壊した。破壊音と共に実直な機械が潰れた破片と化す。 ビリーは大袋の中にあった皆の装備を配り直す。 全員の装備は、完全に元通りとなった。 種袋を手にしたリュリュミアは『ブルーローズ』を急速生長させて自分の独房の檻を破壊した。そのまま、太いツルは視界にある独房の檻をどんどん破壊していく。 二分もしない内にここにあった独房の扉は全て壊され、全員が自由になった。 「ううむ。厄介なパズルを解き明かすは、時には力による破壊も必要じゃな。アレキサンダー大王の故事じゃ」 老人の様なギリアム・加藤が外に出て、囚人服を銀糸のローブに着替える。 「ケッ! ようやく自由になれた。……いや完全な自由とは言い難いがな」 外に出た『アル・ハサン』が曲刀を受け取り、自分の腕の鈍(なま)りを解きほぐすかの様に虚空に振り回す。 「やい! 俺のスタンドを元に戻しやがれ!」 「そんな事をしている場合じゃないでしょう」 ギリアムに曲刀を突きつけたアルの肩をクラインは掴み、手を離させる。 そこへビリーが脱獄者の手に高級そうな具が入ったおにぎりを手渡していく。『打ち出の小槌F&D専用』で出した食事だ。 「ほらほら、そんな事をしてる場合ちゃうで。まずは腹ごしらえや。牢屋のマズ飯は皆食い飽きとんのやろ」 「水おいしいですぅ」 リュリュミアは手渡された清水のマグカップの冷たさにぽやぽや〜と感動している。 ビリーとリュリュミアとアルはこれまでの情報交換で、甘粕会長が強権を振るってギリアムと大徳寺を監獄に閉じ込めた事を知っていた。 ジュディとクラインとギリアムと大徳寺艦長は甘粕会長が地上の巨大戦車に関わって、臓器密売組織の黒幕である事を知っていた。 基本的な状況確認はすんでいるわけだ。 「ともかくここを脱出しよう! ……ん、それにしても看守がなかなか現れないな」 大徳寺艦長がおにぎりを頬張る。 赤色灯とサイレンの中で、皆はとっくに駆けつけてきているはずの看守達武装勢力がなかなかやってこないのに気がついた。 耳をすませばサイレンの向こうから散発的な射撃音が聞こえてくる。 ――銃撃戦だ。 「監獄内で争いが起こっているみたいですわね」 クラインが呟いた時、この独房連室の外部につながる扉から、わっと銃を構えた男女が入り込んできた。 その先頭となるメイド少女と褐色の貴婦人を見て、監獄内にいた人間は思いがけない再会に胸が高鳴る。 「アンナ!?」 「マニフィカさん!?」 「何でこんなに大勢の知り合いが集まっているのですか!?」 脱獄囚達は再会した者達の名を呼ぶ。 アンナは思った以上に多くの仲間が捕まっている状況に驚くやらあきれるやら。 そのまま彼らを救出したかったが、オクの放流までは出来るだけ隠密に行動をしたいので、脱獄は彼らが考えるままに任せようと思いつく。 「ギリアムさん」アンナは壊れた独房の前にいる銀糸の魔導師と向き合う。「亜里音オクの件は聴いてきました。オクはこのスマホの中にいます。メインサーバーに放流する前にギリアムさんに『ひと手間』かけてもらいに連れてきました」 「おうおう。ここにいるオクがそれか。よし私に出来るのは『祝福』だけじゃ」 ギリアムは取り戻した荷物から小さなガラスの小瓶を取り出すと、その中の黄金の液体を数滴、まず自分の額へ、そしてオクのスマホへ小声の呪文と共にかけた。 「これで亜里音オクのプログラムによる歌が集合無意識に伝搬する可能性は俄然高まった。電脳と魔法をつなぐ架け橋じゃ。後は『コンサート』だけじゃ」 「ギリアムさん! わたくしにはこの計画に幾つかの疑問点が!」ドア傍で立てこもりの為の銃撃戦を見守っていたマニフィカは、鷺州とトゥーランドット姫にとばっちりが来ないようにしながら魔導師にかねてからの疑問をぶつけた。「どうしてあなたはフロギストンの量産を目論むのですか」 「フロギストンは学園が慢性的に抱えてきた不安材料じゃ。このままでは存在が思いがけずに校内にバレた時、学園がいきなり墜落する危険性がある。その前に実体化させて安定させ、公表するべきなのじゃ」 「復権させたAIオク嬢で学園生徒を洗脳すべき理由とは」 「一気に学園生徒全員にフロギストン安定を広める為じゃ。フロギストンの実在に疑念を差し挟む余地を持たせない為にもな」 「オクの削除は学園の総意として決定されたものなのに、それを無視して何もなかったように復活させる事には疑問を感じますわね」これを訊いてきたのはクラインだった。「オク=学天即であり、オクの一番の問題である学園生徒の幸福の為は洗脳も辞さないという意志も、そのまま何の改善もなく復活するという事になりますわよね」 「多数決で断罪したやろ。また自我のあるAIを利用したいんか?」そう愚痴を漏らすのはビリー。「かってもんやな、ホンマに」 「それについては全く痛いところを突くな」ギリアムが彼女らの意見に顔をしかめた。「緊急手段。わしからはこれ以上は何も言えん。魔術は使い方次第じゃ」 「やはり亜里音オクは危険だ!」声を張り上げると共に曲刀を振り上げたのはアルだった。「偶像崇拝など認められん! どけ! そのスマホは俺が……」 「自己申告制、当テ身」 呟いたジュディの手刀が、アルの首筋に背後から炸裂する。 当て身をくらったアルは気絶して崩れ落ちる。 「しばらく気絶してナサイ。……アンナ、マニフィカ。ジュディ達はメインサーバー攻略のデヴァーショナリー・タクティクス、陽動としてココで派手に暴れさせてモラウワ」 アンナ、マニフィカは眼線で礼を言う。 「ともかくわたくし達はメインサーバーを攻略しますわ」 アンナは頼みの綱のオクのスマホを握りしめた。 二人は三部活員達の援護を受けながら独房が並んだ監房を出ていった。 『みんな頑張ってねぇー!』 そのオクの声援が耳に残る。 残された者達は各個で動き、派手な陽動を噛ましながらそれぞれの望むところを行う事になった。 クラインも早くここから出て病院関係中心の調査に移りたい。 「甘粕会長が蓄えている裏金なりの後ろ暗い資産を調べて、証拠を集めたいですわね」取り戻した自分のスマホでエタニティと連絡を取ろうとする。――だがここは圏外だ。「どんなに隠そうとしても臓器密売ならまだオトギイズムでも珍しい犯罪ですし、何処かで足がつくはずですわ、人を隠すのは難しいですし病院関係を中心に洗ってみましょうか」 「臓器密売の資料ならば地上の巨大戦車に残ってるんやないか」ビリーは頭を捻ったが、その足元に看守勢からの銃弾が着弾する。「うわっちゃちゃ〜!!」 派手な陽動をかましているだけあって、監獄内の戦闘はここに集まってくる。 まるでブルドーザーの様にジュディのシールドバッシュが唸るが、後から後から看守がやってくる。 「いうことを聞かない人たちはこうですよぉ〜」 ぽやぽや〜としたリュリュミアは、騒音にうんざりした様子で初めて交戦の意思を見せた。 おお、ブルーローズによる蹂躙か、と皆が思ったがそうではなかった。 彼女の唇が言葉を紡ぎ始めた。 空気の様に透明感があり、低く地を這う霧の様なゆったりした穏やかな声が監獄に響く。 「……リュリュミアさんには平和の歌があったんやった〜……」 歌いながら監房を出ていく植物系淑女。 背後に戦闘意欲を失った者達を残して、銃撃音が止んだ光景をリュリュミアは歩み去っていく。 ★★★ 「ここがメインサーバー・ルーム……」 アンナとマニフィカがようやく到着したのは、やたらと空調が冷えた広い部屋だった。 連結されたサーバーが所狭しと百以上も並び、塵一つ落ちてない清潔で静かな空間だ。 しかしその静謐はすぐに破られる事となる。 到着した途端、守備側の学園警察との銃撃戦が始まった。 応戦する三部活の護衛達が、破片と弾着炎を巻き上げる。 「早くオクを!」 冷気の白い雲を吐くマニフィカは、アンナに早くオクを傍らのサーバーに繋ぐように急かす。 アンナは長いケーブルを持て余して慌てる。 と、彼女は学園警察の射撃の的になりかける。 「『乱れ雪桜花!』」 アンナは片手のモップを振るいながら、雪と花吹雪を巻き散らして周囲を撹乱した。 モップは周囲のサーバー一部に傷をつける。ランプの明滅をやめて沈黙するサーバー。 メインサーバー・ルームの者達が誰が誰だか解らなくなるほどの白雲。 「アンナさん!」 「マニフィカさん、ここは一時撤退しましょう!」 それでも止まない銃撃の前に二人はスマホを持ったまま、撤退策に出た。 数人の白衣の学園側技術者だけが残って、銃撃戦はそれを行う者達と共にメインサーバー・ルームから移動する。 ★★★ ビリーは神足通で監獄内を先行偵察する。 本当は身内の五、六人でもぶらさげて瞬間移動したかったのだが、それをするには福の神見習いの身体は小さすぎた。 なるべく学園警察に見つからないルートを見つけて、皆を誘導する。 「早う、早う。こっちや」 「歌いすぎて疲れましたぁ〜」 喉を押さえるリュリュミアが皆に守られるかの様に、脱獄者達の中心にいる。 三部活の者達は油断なく銃を構えながら、前方や後方に眼を配る ここにジュディとアルの姿はなかった。 「とにかく暴れればいいんだな」 そう言ったアルがジュディと一緒に残って、独房周辺で派手に追っ手を引きつけて戦闘をしているのはもう遥か後方になる。 どうやって脱出するつもりかは知らないが、二人なら大丈夫だろう、とクラインは希望的観測をした。 「それにしてもアンナとマニフィカは無事にオクを放流していますかしらね」 ★★★ 鋭く厳しい風。 ドアを開けると青い大空が広がっていた。 アンナとマニフィカ達は、スマホを握ったまま、舷側の通路まで追い詰められてしまった。 ここは飛行船スカイホエールの吹き抜けの外部通廊だ。 周囲はびっしりと敷き詰められた青銀色の太陽電池。 逃げ場はない。 その通路を囲む様に追っ手の学園警察が銃器を握りながらにじり寄ってくる。 「もう逃げ場はないぞ。……解りました。スマホを回収します」 インカムと会話しているリーダーがサブマシンガンを手にアンナとマニフィカに近寄ってくる。差し出された左手はスマホを渡すように要求している。 「……アンナ」 マニフィカは心細さを押し殺して、アンナに語りかけた。 「……うむ」 Drアブラクサスがうなづく。 アンナの意思は決まった。 「あなた達に渡すくらいなら……!」 メイド少女は手にあるスマホを大空に向かって投擲した。 その決断に周囲の全員が驚く。 スマホは遥か地上へ向かって、急な放物線を描いて落ちていった。 ★★★ 「おい。奴らはスマホを地上へ向かって投げ捨てたそうだぞ」 「勿体ない事したな。何か重要情報が入っていたらしいじゃねえか」 メインサーバー・ルームでは白衣の技術者達が壊れたサーバーのチェックをしていた。 「監獄内では他の入牢者達も脱獄し始めたって話じゃねか。こちとらも危なくなる内に早くチェックすませちまおう」 「そうだな。……おい、そこの奴! グダグダしてねえで早くそのサーバーのチェックをすませちまえ!」 「……はい。解りました」 乱れ雪桜花による混乱にまぎれてこの部屋に残っていた鷺州は、本物であるオクのスマホに繋いだケーブルのプラグをメインサーバーに繋いだ。 クリック。 ――亜里音オク放流。 ★★★ 赤色灯が通常照明に切り替わり、非常サイレンが止んだ。 イントラネットにつないでいた全ての通信機器の画面にジャパニメ調の緑髪の少女が映った。 『ハイハイハーイ☆ 亜里音オクだよー☆』 学園AI・学天即の公式インタフェースとして使われている亜里音オクは特段珍しくもない。 だがこの瞬間に活き活きと喋っているオクは何かが違った。 まるで生命力にあふれ、精彩に輝いている。そんな元気のよさがある。 羅李朋学園内の様様な場所。皆が手にしているスマホの全てでオクがユニゾンしている。 『オクから重大発表でーす☆ これからサプライズ・コンサートを皆にお届けしまーす☆ 手持ちの通信機器のボリュームを最大限までパンプアップしてねー☆』 電子楽器によるイントロに合わせて軽やかな姿態が踊り始める。 衣装はパンバチの改造学園制服だった。 音楽は最近学園で流行りのラップのハイビートアレンジに似ている。放流された亜里音オクはあっという間に学園生徒の嗜好を把握して、それをマッシュアップした音楽を作り出していた。 これを聴いている生徒達の耳目は確実に彼女のとりこになっていた。 学園から銃声等の戦闘音が一斉に止む。 『♪スター☆ 誰も見ていない所から始まる小さな奇跡の瞬間☆ ベッドに横たわる彼女の、伏せた睫毛の数を静かに数えて☆ 眠るクジラの小さな奇跡のお話☆』 「おい……これが自我のあるオクの歌なのか……」 ジュディと組んで学園警察と戦っていたアルの眼が呆然としていた。 感動している。 少なくともジュディはそう思った。 オクは復活しただけではない、パワーアップもしているのか。 自我のあるオクは今、ただのAIではない。 真インフルエンサーだ。 『♪酒杯を傾けた彼女は両の手足を大空に広げて☆ 自分が飛べる事の意味を考えてみる☆ 何故ならば自分には夢が詰まっているから、夢は願えば実現に叶う☆』 ……プチッ! そこまで流れた画像が切断音と共に暗転した。 全画面はすぐに卓上にマイクを置いた甘粕生徒会長の姿で復活する。 『……羅李朋学園の生徒会長、甘粕喜朗です。現在、羅李朋学園内はテロリストの大規模なウイルスによるサイバー攻撃にさらされ、電子機器が完全に混乱しています。学園監獄より多数の脱獄者が発生しました。またデマゴーグによる扇動で一部が内乱状態にあります。民主政治の危機です。学園の私は学園生徒全員の生命と治安と政治を守る為に生徒会長権限において羅李朋学園に非常戒厳令を布告します。これより全ての政治行為と商業行為は停止され、戒厳令終了までの間、学園警察が超治安的行動によって学園生徒全員を統制下におきます。学園生徒の自由行動を制限します。全ての外出は禁止され、違反者は逮捕されます。スカイホエールの操縦権限も戒厳令中は生徒会長である私が保持します。私が全権を担います。学園生徒の皆さんはテロリストが流布する虚偽情報に惑わされずに状況の回復を待ってください。繰り返します……』 「おい! オクはどうした!」 自分の通信機器の画面を叩くアルを横眼に、ジュディは「OH! ヒズ・イン・イット・ナウ! ヤリヤガッタワ!」と大声で叫んだ。 画面では甘粕会長がプロンプターを読みながら放送を繰り返している。彼の傍らには学園警察の『真田郷愁』がつきそっていた。 「トニカク生徒会長室へ進撃しマショウ」 ジュディはアルの肩を押した。 周囲の音から射撃音が復活していった。 ★★★ 「非常戒厳令だと!」 スマホを叩きつけん勢いで大徳寺艦長が憤っていた。 「学園警察の統治下による独裁の手続きに入ったな。内戦になりかねん」 ギリアムも予想を越えた甘粕の一手に焦りを見せていた。 「オクはどうなったんや!」 「回線は非常用に切り替えられたんじゃな。まだ無事だとは思うが本体が何処の電子機器へ行ったか解らん」 ビリーに答えたギリアムが、皆が集まっている談話室の一角に血の様に赤いチョークによる大きな紋様を書いた。 床に書かれたそれは二種類。 最後にその文様の中央に小さな水晶球が置かれた。水晶球にはそれぞれここではない場所が映っている。 丸く歪んだ景色に映るのは、甘粕生徒会長と金髪の真田がいる生徒会長室と、地上で擱座している巨大多砲塔戦車。 「この紋様からそれぞれの場所に瞬間転移出来るのじゃ。――わしらには二つの道がある。執務室に飛んで、甘粕を直接捕らえて戒厳令を終了させる道。ただし護衛の真田という男は魔術師として強力で、権力には絶対服従の男じゃ。そしてもう一つは地上にある巨大戦車から、人質とも呼べる、誘拐された児童と甘粕の悪事の証拠書類を確保する道じゃ。どちらへ行っても構わん。わしは甘粕の方へ行く。時は一刻を争う」 「甘粕本人か、悪事の証拠ですか」 クラインは進むべく二つの道を前に、表情に思慮を見せる。 「こういうときは一択だわぁ」 リュリュミアは早速紋様の一つへ足を踏み入れた。姿がこの部屋から消える。 ★★★ アンナとマニフィカとトゥーランドット姫を護送する学園警察の一隊は、途中で脱獄囚の集団に襲われた。 飛行船内の通路の曲がり角越しに繰り広げられる銃撃戦。 「今の内じゃ! 逃げるぞ!」 おろそかになった拘束の隙を突いて、トゥーランドットが逃げ出した。 マニフィカとアンナも後を追う。 『……学園生徒の皆さんはテロリストが流布する虚偽情報に惑わされずに状況の回復を待ってください。……』 通路の脇に並ぶモニタは、甘粕による演説の再放送を流し続けている。 これから何処へ行くか。 またしても今回もノープランなのである。 ★★★ |