ブンブンとくねくね

第三回(最終回)

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★

 食欲の秋。
 だからというわけではないが、ゴルドシュタイン王国の外国人向け居酒屋でキノコ鍋パーティが行われた。
 くねくね討伐を行った冒険者有志一同は、事前の予測が外れ、物理攻撃が通用せずに失敗の憂き目にあってしまった。
 これまで犠牲になってきたドワーフ達と同じように怪物に接触したジュディ・バーガー(PC0032)は狂気に陥った。
 どうにか栽培畑から撤退した冒険者達。
 神様見習いとして本来の使命を思い出したビリー・クェンデス(PC0096)は、くねくねの犠牲者であるドワーフ達を救済すべく行動を開始した。
 発狂者を安静に眠らせるべくリュリュミア(PC0015)の花粉が使用される事で、看護側の負担は大幅に軽減した。
 だが比較的に症状が軽かったジュディは、ビリーの催眠療法を受けて眼を醒ましたが、精神が幼児退行してしまっていた。
 彼女はその言動に幼児退行が顕著であり、回復傾向は認められるけどまだまだ完治には程遠い。
 治療法の更なる改善が求められ、ビリーは患者達に与える薬膳スープを工夫している内、ピピピのピン!と天啓が閃いた。
 幻覚キノコの成分を活用し、発狂の原因となった恐怖の記憶を犠牲者から消去するというアイディアだ。
 催眠療法と食事療法の合せ技である。
 勿論、試行錯誤は必須であるが――。
 という訳で、キノコ鍋パーティの開催が決定したのだ。

★★★

 マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は眼の前でぐつぐつと煮える味噌味のキノコ鍋を見つめながら、スチール・ゼンマイについて色色と考える。
 昼間、記憶を失った幼いジュディは、親鳥について歩く雛鳥の如く、キノコ採取メンバーに加わって行動していた。
 ジュディの幼児退行を目撃し、改めて疑問が深まった。
 意外に可愛いのではないか?
 ……いやそういう事ではなく。
 くねくねの正体とは何か?
 怪物とスチール・ゼンマイの特殊な関連性は、もはや確信に近い。
 片手で『故事ことわざ辞典』のページを割った。
 『朝三暮四』の文言が眼に入る。
 目前の差に気を取られ、結局は同じ結果と気づけないという意味だ。
 では、何を見落としているのか?
 くねくねに物理攻撃は通用せず、ジュディの『ゴ−スト・ブレイカー』も効果がなかった。
 ここまで異質であるともはや実体として存在するのか、それすら怪しくなる。
 まるで虚空に投影したアバターみたいな印象。
 そう。『スタンド』の様な。
 今更ながら、共生関係という仮説は誤りかもしれない。
 採血手段という生態学的な考察を思索した際に失念していた可能性がある。
 ……もしや、くねくねとはスチール・ゼンマイの自己防衛本能自体では。
 大量の血液を与える栽培法によりスチール・ゼンマイは著しく繁茂している。
 当然ながら収穫を迎えるのが、立場的に植物側の不利益となる。恐らく伐採から身を守りたいはず。
 こう考えたマニフィカは、その事を植物の専門家的立場にあるリュリュミアから意見を訊いてみた。
「リュリュミアは、くねくねがすちいるぜんまいの意識が集まったものだとしても全然驚かないですぅ。……吸血植物にとっては餌になる動物がおとなしくそばにいるのが理想ですぅ。だから獲物の精神に作用して、道に迷わせたり仮死状態にするよう進化してたとしても不思議ではないですぅ。寄生するチューリップさんもいましたしぃ」
 居酒屋から借りた割烹着姿でおたまを持ったリュリュミアは彼女にこう答えた。寄生するチューリップとは以前会った宇宙人らしい。
 やはり、とマニフィカの脳裏でパズルのピースがカチリ、とはまる。
 くねくねとスチール・ゼンマイの関係性が不可分と割り切る事で、あえて発想の転換を試みる。
 スチール・ゼンマイのスタンドにあたるものがくねくねならば、血液を与える栽培法という前提からある程度に作物が成長するまで怪物は出現しないはず。
 それだ。それとくねくねの精神的な悪影響を回避する為には、収穫の無人化を工夫すべし。
 ゴーレムやロボットの活用で実現化は難しくないだろう。
「ゴーレム? ロボット?」
 まさにこれこそ発明家『ゴム・ブロンズ』の本領発揮では、と思ったマニフィカは、鍋パーティに参加している彼にも直接意見を訊いてみた。
 黒髪のドワーフは袖をまくった太い腕を組んで「うーん」と唸った。
「収穫期までくねくねが出現しないというのはその通りかもな。しかしゴーレムやロボットとかいう存在は噂に聞いた事もあるが、俺の専門外かもな」
 彼は自分が採ってきたキノコを煮込みながら答えた。グルグルと高速で鍋を描き回す。
 ゴムが味噌味の他に醤油味、トム・ヤムクン味と三つ並んだ鍋の醤油味を食べる。椀にキノコ以外の具をよそってだ。
 本人は鍋パーティには毒見役で参加しない。採ってきたのにキノコは食べない。意外とひどい奴だ。
「他のドワーフ達にも訊いてみるが、あまり期待しないでくれ」
 彼の言葉を聞いたマニフィカは味噌スープの椀を見つめた。いや彼女もキノコを食べるつもりはないのだが。
 それを見ていたクライン・アルメイス(PC0103)は麗顔を鍋の湯気からそむけた。
「油断していたつもりはありませんが、対処がちょっと甘かったかしらね」
 クラインは、ビリーの椀にトム・ヤムクンの鍋から赤いキノコをよそってやる。肉厚で美味しそうだ。
 ビリーはこれは当たりを引いたのでは、とワクワクする。
「くねくねに効果があったのは、リュリュミアさんの魔力の蔓とわたくしの鞭の電撃ですか。ゼンマイに弾が命中した時にも効果あったように見えましたわね。くねくねの正体が家畜の怨念とするとそもそも家畜も食べられないですし、スチールゼンマイが何らかの作用をしているとすると今後の育成をどうするか、ゴルドシュタイン側と相談ですが最悪の場合、断念かしらね」
 クラインは心底残念そうな顔をする。
 そこまで『フライング・ゴート』を買っていたのだ。
 家畜の怨念体か。そういう考え方もあるか、とマニフィカは新しい発想を彼女から仕入れた。
「家畜を食べる以上、血液を使わないというのはわたくしの感覚では偽善なのですが」とクライン。「血液を別の物で代替して被害をなくせるなら勿論その方がよいですわね」
 血液を与える栽培法が問題ならば、人工血液への変換やスチール・ゼンマイの品種改良が必要とマニフィカは考える。
 彼女が読んだ異世界の学術書によると、血液と海水の成分は近似的に等しい。
 ならばお家芸の『水術』で海水を召喚し、余剰な塩分を鉄分に置き換えるという手が使えるのでは。
 空気に触れて酸化して液体が赤く変わるかも?と彼女は更に考えたが、その時クラインが椀を持っていないのに気づく。
「わたくしはキノコ鍋を食べるつもりはありませんので」
 素っ気なくクラインが答えた時、ゴムが煮込んだ山羊の肉に齧りついた。
 ともかく、とマニフィカは最善が駄目なら次善を求めるべきと意を決した。
 その時、新しい意見が提出された。
「どうですか、皆さん。くねくねに対峙しながら、十分に成長したスチール・ゼンマイを『魔石のナイフ』で根元から切り倒して収穫しませんか」
 ここまで待ってからアンナ・ラクシミリア(PC0046)は立ち上がった。
 皆の眼が彼女に集中する。
「もちろん、くねくねの攻撃には注意した上での作業です。……つまりくねくねというのは自然界ではあり得ないほどの密度でスチール・ゼンマイを栽培した為に現れた集団意識みたいなものと考えたわけです。花粉症やウランの核爆発が臨界を突破した時に起こる様に、多すぎるスチール・ゼンマイがくねくねを出現させたのだと」
「……核爆発?」
 理解不能という顔をしたゴムが、ジュディの椀に褐色のキノコをよそってやる。
 幼児退行したジュディは、瞳をキラキラさせながら両手に持った椀を見つめている。
「くねくねはスチール・ゼンマイの攻撃手段です。多すぎるのなら数を調整してやればいいのです」アンナはゴムの手が自分に椀を持たせようとするのを固辞する。「勿論くねくねとスチール・ゼンマイに関係性があるなら黙って切り倒されるはずもないでしょう。くねくねの攻撃を避けながらの収穫作業になるはずです。考えが正しければ、何割か切り倒せばくねくねは薄くなって溶けるように消えていくと思います。――今後の話で言えば、一つの区画で育成するスチール・ゼンマイの密度を制限して、一定数以上にならないよう管理を徹底する事です。多少効率は落ちるでしょうが、安全の為だと考えてください」
 ゴムがアンナの意見を急いでメモし始めた。
 アンナは自分の前に置かれた空の椀を伏せながら椅子に座った。キノコ鍋パーティに参加するつもりは断固として、ない。
「重要なのは相手が吸血植物である以上、くねくねは完全に消えた訳ではなく、常にこちら側も狙われる立場であるという事です」
 最後にアンナはそう言い、宴の前の語らいはここでとりあえず一段落した。

★★★

 いよいよ毒キノコ鍋パーティは、本番であるキノコ食に移った。
「しょうゆ味、みそ仕立て、とむ・やむくん風すーぷ。きのこは裂いたり切り分けてそれぞれの鍋で煮込んでるので、好きな味でたべてくださいぃ」
 リュリュミアは割烹着姿で明るく笑う。
 三色のスープが湯気を立てている。
「リュリュミアが採ってきたのは赤・白・褐色の三種類のきのこですぅ。効能はわからないけど、おいしくできたと思うのでたくさん食べてくださいねぇ。……リュリュミアはおみそにしようかなぁ」
 彼女は杏茸(あんずたけ)そっくりのキノコと金色にピカピカ光っているキノコを自分の椀によそった。杏茸そっくりなのはビリー、金色に光るのはゴムが採ってきたキノコだ。
「じゅでぃには特にいっぱい食べてもらわないとぉ。かわいいじゅでぃもいいけど、やっぱり陽気なじゅでぃに戻ってもらいたいですぅ」
 そのジュディはナプキンを胸に布いて、短い先割れスプーンを両手に持って眼をキラキラさせていた。すっかり幼稚園児だ。
 そんなジュディを眺めながら、幼児退行した彼女の面倒を見ていたビリーは感慨に耽る。
 すっかり幼児退行したジュディを、ビリーはさんざん世話を焼いた。
 彼女は精神面が幼児退行したとはいえ、身長二一三cmの巨体であり、物凄い怪力の持ち主だ。何かの拍子に子供の癇癪でも起されたら、大騒ぎどころではすまなかったはず。
 正直なところ、泣き暴れる彼女を止める手立てがない。
 杞憂に終わったがヒヤヒヤした時間をすごしたものだ。
 お腹が空いたの、おトイレに行きたいの、等と遠慮もなくナチュラルにビリーを振り回していたもので、不可抗力とはいえ後日に思い出したら絶対に赤面モノな言動だったろう。
 彼女はキノコ狩りの際も親鳥に従う雛の如くビリー達と一緒に行動し、それは毒キノコを調達する際も同様だった。
 幼児退行で無垢な心に戻った影響なのか、彼女はいつも以上に野生の勘が大活躍し「ドントシンク、フィール! 考えるな、感じろ!」ばかりに怪しげなキノコをゲットしたものだ。幸運の妖精といえるビリーからも影響を受けたのかもしれない。
 ビリーは思った。
 ……せっかくだから今はキノコ鍋パーティを楽しむべし。
 何やら鍋には不穏な食材も入った気もするが……いや、きっと気のせいだろう。
 そもそも闇鍋方式を採用した責任者は誰だ!?
 えっ、ボクやっけ?
「わっはっはっ! そうでしたー! いつの間にやらー!」
 一人でうるさくしているビリーに「シー!」と沈黙を促す皆のジェスチャーが集中する。
 ジュディの先割れスプーンが褐色のキノコを喜色満面の口に運ぶ事で、鍋パーティの堰が切られた。
「イッツ・クランチー・アンド・デリシャス!」
 ジュディは口の中のこりこりした食感に満足そうな笑みを浮かべる。
 今は特にこのキノコの効能は悪さをしない様だ。
 次はビリーの番だった。
 福の神見習いは肉厚の赤いキノコを箸で取って、口の中に放り込んだ。
 思った通り、美味しい。噛みしめるとトム・ヤムクンスープと絡み合って、喉の奥に濃厚な汁が流れ込んでいく。
「何や普通に美味しいやないか。景色がグルグル回る他は特に変な事はあらへん。……え、景色がグルグル?」
 ビリーの頭にカーッとする物が上昇してきた。
 すっかり酔い心地が回って酩酊状態のいい気分になる。
「これもしかして酒に酔っとるのと同じ気分なのとちゃうん」初めてのアルコール体験にとまどう。「足元がふわふわしてグルグルいい気分……あ」
 と、いきなり嘔吐感が胸を上がってきて口を押えて慌てて『神足通』を使う。
 瞬間移動で密室から消えたビリーは、しばらくしてまた部屋に瞬間移動で出現した。手で口を拭う。
「……すっかり食べたもんをあげてしもうたわ」
 それでも酩酊状態は気持ちよく持続しているようだ。
 その時、ジュディはキャハハハハと明るい笑い声を発した。空中に何かを見ている。
「スターズ・アンド・エンジェルズ・ゴーイング・アラウンド・フォー・マイ・ヘッドーッ!」
「もしかして幻覚を見ているのではないですか」
 アンナの言う通り、ジュディは他の皆には見えてないものを見ているようだ。褐色のキノコの効能だろう。
 キャラキャラと笑うジュディ。
 だが、その顔が突然曇るとお腹を押さえてうずくまる。
「あ。あかん!」
 察したビリーは、ジュディの肩を掴むとまた神足通で彼女ごとトイレへ瞬間移動した。
 緊急避難したジュディは、やがてビリーと一緒にこの居酒屋の一室に戻ってくる。
 ちょっと青い顔をしている
「危機一髪」
 額の汗をぬぐう赤面のビリー。
 さてリュリュミアの番である。
 キノコ鍋パーティは実にジュディ、ビリー、リュリュミアの三人しかキノコを食べようとする者がいなかった。その最後だ。
「食べるわよぉ」
 リュリュミアは椀の杏茸に似たキノコを口にした。
 と、瞬間その顔がほっぺたつやつやの幸せな笑みになる。
「きゅーきょくにして、しこうの美味ですぅ――」
 リュリュミアはシェフを呼べ!と心の底から褒めたい気分になっていた。
 その笑顔にクラインはうらやましくなって声をかけた。
「そんなに美味しいんですの」
「美味しいわぁ……えーと、マニフィカさん」
「わたくしはこちらですわよ」
「あ、そうでしたぁ。アンナさん」
「わたくしはこっちです」
 リュリュミアはすっかり相手の名前と顔が一致しなくなっていた。これがこのキノコの仕業か。
 ゴムが手元の菌類図鑑からこのキノコの名前を調べた。
「奇怪茸ジロール、か」
 さて一巡して再びジュディの番だが、彼女は前のキノコで懲りたのか残りのキノコを食べるのに怖気づいていた。普段の彼女なら怖気づくなんて事はないだろう。新鮮な反応だ。
「頑張って食べるんや! レッツ・トライ!」
 励ますビリーの声で、幼いジュディはファンタジー・アニメ風なカラフルなキノコを何とか口にした。
 だが今度はその味に不満な様子。
「イッツ・インシピド……」
 味気ないとでも訳すのだろうか、ジュディは見た目に反するさっぱりしたカマボコ風の味に肩透かしを食らったようだ。
 と、その眼の焦点がまるで初めて現実を見たかのようにキリっと結ばれた。
 両手から先割れスプーンが落ち、テーブルに転がる。
「ジュディは何をしてルノ……コレは一体……」
「やった! ジュディさんが元に戻った!」
 ビリーが叫んだ。
 このキノコは『当たり』のようだ。
「くねくねに対して無駄無駄ラッシュを仕掛けテ……ダメ、アイ・キャント・リメンバー・フロム・ザット、それからが思い出せナイ……」
「ええんや。思い出さんでええんや、ジュディさん」
「このキノコの名称は、マジックマッシュルーム637Q」
 ゴムがこのキノコの名を図鑑で調べた。
 ジュディは知性を取り戻した。
 どうやら目当ての効能のキノコを見つけたようだが、薬膳ブレンドも目標にしている為にキノコ鍋パーティは続く。
 ビリーは醤油味の鍋から白いキノコをすくい、天井を眺めながら口に入れてみる。
 傘が薄くさわやかな香りで食べやすい。
「味は美味しいけど普通やなぁ。……あかん、こんなの食べてるよりも早くジュディさんに効くキノコを見つけんと」
「今、見つけたではありませんか」
「いやいやまだ見つけとらんやろ。宴はまだまだ始まったばかりや」
 パーティも終盤だというのにビリーはマニフィカにそんな言葉を返す。どうやら記憶障害が起こっている様だ。
 最後にキノコを食べるのはリュリュミアだった。
 椀の中から黄金色にピカピカ光るキノコを取り出し、咀嚼する。
 するとその途端――。
「辛いですぅーっっっ!」
 前代未聞なほどにリュリュミアの様子が乱れた。
 食べたキノコが思いっきり辛かったようで、口から光線を吐く勢いでもがき始めた。指をめいっぱい開いた手を振り回す。
 今まで見た事のない乱れようだ。
 周りにいる者達はどう対処していいか解らず、ただ遠巻きに見ているしかない。
 ビリーは今までの闇鍋の定番オチから自分が逃れえたのを覚る。
「辛いぃ! ヒイヒイしますぅっっっ!」
 リュリュミアのタンポポ色の帽子から濃密な花粉が雲の様に噴き出した。
 それは密室である居酒屋の一室を埋め尽くし……。
「きゅう☆」
 花粉の強烈な催眠効果の前に、この部屋にいた皆は全滅した。
 リュリュミアはテーブルの上にあった大きな水差しから直接水を飲む。
 しかしそれでも辛味は洗い流せず、植物系淑女の暴走は給仕が持ってきた牛乳を飲み干すまで続いた。
 ……これが今日のキノコ鍋パーティの顛末である。
 翌日からビリーはその内容を吟味して、記憶消去に役立つキノコを厳選して薬膳料理を作り、催眠療法と組み合わせて発狂患者の治療を始めた。
 そして試行錯誤の末に、見事に低副作用で患者の意識を回復させるのに成功する。
 永い時間狂気に陥っていたドワーフ達は正気の光を取り戻した。
 礼を言う彼らは心底から感謝した。
 犠牲者達の救済を果たしたビリーは深い充実感を得た。
 犠牲者は完治、復活した。
 後は肝心のくねくねとスチール・ゼンマイをどうするかである。

★★★

 くねくねに戦いを挑もうとする冒険者達は、スチール・ゼンマイ畑へと通じる坑道の石扉の前にいた。
 これを開けば、再戦だ。
「わたくしはゼンマイとくねくねの関係性を確認しますわ。畑を焼き払うまではしたくありませんけど」
 クラインの左右には大きなボトルが幾つも用意されていた。
 茶色のボトルの中身は油、そして家畜の血液だ。
 スチール・ゼンマイを数本焼いてみて、くねくねに影響があるかを確認するのだ。
「くねくねを直接倒すのは難しそうですし、ゼンマイの方に思いつく事を一通り試してみますわ、『電撃の鞭』で叩くとか、『ラブラブトレーナー』を被せてみるとか、わたくしの血を直接つけてみるとか。……一応家畜の血液も用意しておきました。大量の血液に反応するかもしれませんし」
 しかし彼女の表情は戦いを前にして沈んだ。
 形のいい唇の前に逡巡の指を置く。
「正直ちょっとお手上げ感がありますわね、今回の作戦で無理なら、依頼の失敗報告も考慮しましょうか」
「はっきり言って、くねくねにダメージを与えたり退治するのは難しいと思います」アンナはきっぱり言い切った。「でもそれはくねくね単体でみた場合です。くねくねはスチール・ゼンマイの集団意識みたいな物のはずです。本体の生存密度さえどうにかすればきっと勝機はあります」
「リュリュミアはくねくね退治には積極的には参加しませんが、襲ってくるくねくねを払いのけるのに魔力のこもった『ブルーローズ』を振りまわすくらいはしますぅ」
 両手に握った花の種を、皆に見せるリュリュミア。
 リベンジを挑むジュディは、二丁の『マギジック・レボルバー』の装填を確かめる。
 足元には大型チェーンソー『シャーリーン』が壁に立てかけられている。
「ファイア・サポート、火力支援には期待してネ」
 復活の彼女が明るく笑う事で、皆の安心はそれまでの一〇倍となった。
 岩扉が押し開かれ、大きくなる隙間から外の光線が太く射しこむ。
 再戦の舞台が、皆の前に広がった。

★★★

 サングラスの視界を埋める暗い翳りの中に、くねくねの濃淡を捉える。
 リュリュミアの手から伸びたブルーローズの蔓が半透明のくねくねした手を払いのける。
 スチールゼンマイ畑の中で、冒険者達は襲いくる不気味な妖物を相手に戦い続ける。
 クラインによる畑に油をまいて火を着けるという案は、ゴムによって拒否されていた。電撃の鞭の攻撃はスチール・ゼンマイに効果があるようだ。二撃三撃と打ち込む事でくねくねの姿が苦悶に歪む。
 しかし大量の家畜の血液を畑にまいた事は裏目に出た。スチール・ゼンマイが血を浴びるとくねくねは活性化した。まるで津波がうちかかる様にくねくねの攻撃は波状になり、その手腕の列を避けるのが難しくなる。
 ――触られると発狂する。
 その恐怖を払ったのがジュディの魔法銃だった。
「イピカイエー!」
 遠距離攻撃で四大元素の弾丸がくねくねに着弾し、その身を大きくしならせる。
 苦悶。
「今です!」
 アンナはあえて戦闘中の収穫を実行した。
 くねくねの攻撃をローラーブレードでかいくぐり、スチール・ゼンマイの根に魔石のナイフの刃を当てる。大きく傷をつけ、刈っていく。
 スチール・ゼンマイの茎は太かった。切り倒された茎が血を噴き、アンナは血を浴び、畑は血まみれになる。
 周囲は赤く染められた狂気の風景になったが、それもサングラスの影の内である。
 ジュディが軽業師の身のこなしでくねくねとの接触を避け、身体全体の回転運動を使って大型チェーンソーを振り回す。
 スチール・ゼンマイの群生に飛び込んだ機械駆動の刃は、大きな円を幾重も重ねる様に太い茎を一度に伐採した。
 まるで逆立ちのシャワーの様な赤い光景で、クリムゾン・カーキの土砂降りが降る。
「あらあらぁ」
 すぷらっただわぁ、とリュリュミアは片手の蔦を傘の様に回転させて血の雨を防いだ。
 スチール・ゼンマイの数が減っていく度にくねくねの力が弱っていくようだ。
 アンナとクラインは浴びている物のあまりの血生臭さに少し気分が悪くなった。
 それでも半透明の触腕をかわしつつ、収穫を続けていくにつれて、くねくねの姿がだんだんと薄らいでいく。
 畑の五分の一も刈り込んでいると、くねくねの姿は完全に消えてしまった。
「どうやら生存爆発の限界数を下回ったようですね。これからは一度に密集させての栽培をしないように気をつけなくては」
 アンナは血生臭い手に握ったナイフを、ハンカチで拭う。
 くねくねは退治され、スチール・ゼンマイ活用の道がまた一歩開かれた。

★★★

「ゴーレムはな、どうやって調達すればいいのかも解らんし、スチール・ゼンマイだけを適時に刈り取らせるにはどういう命令を与えればいいんだというのがネックになって見送りになった。それと、ロボットというのだけは本当によく解らん。電子機器というのはまだ俺達の手に余る」
 ゴムを通じたドワーフの王国からの答に、マニフィカは「ロボットは『平賀幻代』というのがいますから」と友人のかつての伝手(つて)を頼ろうと思ったが、最近の彼は何処へ行ったのか居場所がさっぱり解らなくなっていた。クラインの『エタニティ』が総力をあげても解らないのだ。
 まあ当時の彼が作っていたロボットの性能では、刈り入れに対して十全の備えになれたかは怪しい。
 マニフィカの海水での血液代替案は「いちいち海水をお前の術で変換しなければならないのか?」と指摘され、現実的ではないと拒否されてしまう。
 くねくね騒動から数日が経ち、王都『パルテノン』に戻った冒険者達は全てが上上に終わったわけでない事を知った。
「オトギイズム王国ならではの『デザイン』原理を組み込む事で、上位互換な代替動力を作れないかしら」
 クラインは本社に技術者を集めて『フライングゴート』の動力となるスチール・ゼンマイの代替品を用意出来るかを検討していた。
 ゼンマイを活動状態にする為に固いクランクを巻く工程。これを孤児が担えるなら将来的な孤児の救済事業としたいと考えていた。
「成人で三〇分かかるなら孤児で一時間として、時給で労働力を確保しつつ社会福祉活動にもなる一石二鳥の予定でしたが、ゼンマイが育成出来るか次第ですわね」
「ゼンマイを巻く工程は水力を使った巻き上げ機を現在、開発している途中だが……」
 ゴムがエタニティの技師会議でそう発言した。
「スチール・ゼンマイの代替品か。それはこれからの課題だな」
 そうとも発言し、代替品の事を考えるのはまだまだこれからだという表情をする。
 とりあえず『オトギイズム王国』に売り込むのには成功したが、ゼンマイ動力の機械が主流になるのはまだ先の事になりそうだ。
 クラインは五〇〇万イズムでフライング・ゴートの試作機を購入した。
 ビリーはその試作機でとりあえずドッタンバッタンさせてもらう。
 吸血植物スチール・ゼンマイが大量の血を必要とする問題も解決されていない。

★★★