千年後の世界
-アフター・サウザンド・イヤーズ-

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★

「カンパーイ!」
 冷えた陶盃が打ち鳴らされる。
 今日も今日とて冒険者ギルド二階の酒場で祝杯をあげるジュディ・バーガー(PC0032)。
 クエストを達成した自分へのご褒美は、やはり美酒に限る(安酒だけれども)。
「ジュディさん、アルコールは少しはセーブした方がいいですよ」
「ドント・マインド、気にしないデ! 飲めヤ、ノマノマイェイ!」
 たまたま居合わせた狂科研のスティーブを巻き込み、呑めや唄えやドンチャン騒ぎ♪
 浴びる様に酒を飲む。
 というか実際にジョッキをこぼして酒を頭から浴び始めた。
 そんなこんなで一時間も騒げば、一緒に騒いでいた酔客達もついには呆れる。
 羽目を外しすぎてとうとうギルドマスターから直に怒られ、弁償金と共に始末書を提出する事に……おーまいがっ!
 しょんぼりと反省するジュディを、首に巻いた愛蛇『ラッキーセブン』が生温かい瞳で見守る。
 生温かい視線はスティーブの眼にも。
「だからジュディさん、酒に溺れすぎですよ」
「言わないデ。ジュディだって反省してるンだカラ」
 珍しく気がないままで一階への階段を降りるジュディは、大掲示板の前の人だかりに気づく。
 何やらやいのやいの騒いでいる。
「ワッツ?」
 地階に貼り出された依頼書の一つが皆の眼を奪っているのを見た彼女は、それが子供からの物だというので二度見した。
 キラーンと眼が光る。
 そのクエストが気に入ったらしいジュディは、名誉回復の機会だと捉えたようだ。
 早速ギルドの窓口で手続きをとる彼女は何を考えているだろうか。

★★★

「最近ちょっと社長業務が忙しかったですし、気分転換にこういう依頼を受けるのもいいですわね」
 クライン・アルメイス(PC0103)は最初は仕事の息抜き程度の気持ちだった。
 抜ける様な青い空の下にある町の広場。
「まあ、出来れば子どもたちに依頼料の元を取らせてあげたいですわね」
 やるからにはとことんと思い立ち、広場には子供だけでなく大人も広く集め、会社の力で講話の舞台を整える。
 依頼の舞台となった子供達の会議場はこうして仰仰しいものとなり、それは広場に集まった子供を大いに戸惑わせた。
 ここで「一〇〇〇年後の世界はどうなっているのか?」という命題が語られる事になる。
 今や子供達の会議は大娯楽イベントと化していた。
「さあさあ、開場ですわよ」
 パンパンと手をはたくクラインの主導で子供達の会議は始まった。
 当初の予定とは違うムードに、子供達の戸惑いはあからさま。
「露と落ち 露と消えにし我が身かな 浪速のことは 夢のまた夢」
 そんな人ごみの中でビリー・クェンデス(PC0096)は短冊に墨文字を書く。
 地球で裸一貫から位人臣(くらいじんしん)を極め、天下人まで成りあがった男が、この世を去る時に詠んだ短型詩である。
 人生の儚さを感じさせる趣きが後世に知られるが、しかしこれは単なる虚無感だろうか。全力でやり切ったような余韻が漂う印象もあり、結局のところ、どう受け止めるか、当人の気持ち次第という事だろう。
 主体的な価値観とは、心の映す鏡の様なもの。
 悔いがない人生を送れたら、それは幸いなのだ。
「で、つまるところ、何が言いたいんでっか。兄ぃ」
「解らんかなぁ。一千年という時間も夢と同じく儚げに感じられる、そんなアンニュイさが」
「アンニュイでっか。ああ『恐竜島』の巻貝でやすね」
「それはアンモナイトや!」
 ビリーはレッサーキマイラの山羊頭を『伝説のハリセン』でスパコーン!とはたく。
 頭でたんこぶを赤く明滅させる人造魔獣は、ビリーと一緒に子供達に駄菓子やジュースを配っていた。
 一〇〇〇年後の世界へと想像力の翼を広げる子供達には、脳を活性化する甘味が必要だろう。
 という訳で喜ぶ顔が嬉しくて、ビリーは十八番の所持アイテム『打ち出の小槌F&D専用』で気前よく大盤振る舞いする。
 まだまだ未熟者ながら、座敷童子のビリーはこれから何百年も修行して遥か未来の救世主を目指す、いわゆる神様見習いだ。
 ちょっと気が遠くなりそうな話だが、おそらく一〇〇〇年後は現役バリバリのはず。多分。
 そんな彼は遊びとはいえ、一〇〇〇年後の世界という話題に無関心ではいられない。
 まあ当事者という立場を子供達に説明するつもりはないが。
 子供達が想い描く漠然とした未来図。
 それは夢であり、希望であり、願いでもあり、きっとポジティブで当然素晴らしい。
 一〇〇〇年前の懐かしき思い出として、彼等の子孫にも伝えてあげたいものだ。
 ……彼等の未来に幸多からん事を。
「ああ、未来の話でやんすね。ここは地球だったのかー!?っていう」
「なわけないやろがっ! それに有名な話とはいえ、ネタバレは控えろや!」
 ビリーの呟きに乗っかった魔獣の頭に再びスパコーン!という音が響き渡る広場。
 ヨーグルト風味の乳菓子チューブをくわえた子供達がニコニコしながら機嫌を直している光景で、クラインは拡声マイクを片手に議事を進行させる。
(重要なのは事実そのものではなく子供がイメージしやすく希望を持てるような話ですわね。今の生活を延長して豊かになる話をしつつそれを膨らませてみましょうか)
 ん、ん、と喉を鳴らして長い言葉を喋る準備をするクライン。
 準備運動は整った。
(便利さを強調しすぎると自堕落になってしまいますから、子供達のやる気につながるように上手く話したいですわね)
 と、喋ろうとした矢先、その語りの初端をブラウンの髪の少女に取られてしまう。
「この中で、鳥の様に空を飛びたい人はいませんか!?」
 アンナ・ラクシミリア(PC0046)はこの会議場の子供達に明るい大声で問いかける。
 口調と笑顔は明らかに挙手を促すもので、問いかけに応じて何人かの子供達が元気よく手を挙げる。大人達の中にも幾人かが。
「魚の様に海を泳ぎたい人!
 馬よりも速く移動したい人!
 凄い魔法を発明したい人!
 世界を征服したい人!
 皆を守りたい人!
 ……今言った事は一〇〇〇年後には全部実現します」
 アンナは真剣に子供達の眼を見つめた。
 子供達に新鮮な驚きの表情が広がる。
「空を飛んだり速く移動するだけなら一〇〇年もかからないかも。……でもどれだけ速く高く遠くへ移動出来るかは皆次第です。ここまででいいやって思ったらそこでおしまいです。こんな世界終わっちゃえばいいやって皆が思ったら本当に終わっちゃいます」
 議場にいる子供や大人にざわめきが広がる。
 世界が終わるという言葉に敏感に反応している。
「皆と楽しく暮らしたいって人が多ければ、きっとそうなります。だから皆、夢やなりたいものは忘れないでください。……待っていたら一〇〇〇年後に来る世界も。目指せばもっと早く実現します。やりたい事がある人は言ってみてください。もしかしたら協力や助言、紹介が出来るかもしれないから」
 アンナの発言が終わった雰囲気をクラインは引き取る。
 今ここで発言すれば子供達の未来への助言者、協力者となる立場は自動的に彼女の物となる。
「えー……」
「A long time ago in a galaxy far, far away……」
 しかしその発言の先を取る者がいた。
 人魚姫マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)の口から、鮮やかなスペースオペラのオープニングロールが滔滔と流れ出る。
 彼女はSF的な空想浪漫を情熱的な口調で物語り始めた。
「……人間は大空に憧れ、そして宇宙を目指します。空想出来る全ての事は必ず実現します。一〇〇〇年の内に銀色の有翼の航空機を飛ばし、いつかは音速の壁を越えます。宇宙ロケットを暗黒の宇宙空間に打ち上げ、やがてはワープ航法を開発。古き大地を離れ、重力の鎖を解き放ち、銀河の彼方に旅立つのです。……そしていずれは星星を巡る大航海時代が到来します!」
 陶酔した様に語るマニフィカ。
 しかしその語りはいまいちこの場にいる聴講人の魂に届いていないようで、大人も子供もポカンとした表情をしている。
 音速、ロケット、ワープ等、用語がこの文明の実態と乖離しているからがその理由だ。
 とはいえ、どんなに文明が発展したとしても、人間の本質は変わらぬはず。
 マニフィカは睫毛を伏せてなお情熱的に続ける。
「そう。文明が進歩しても人間の本質は変わりません。……時には不満を抱き、他者を憎む。罪も犯します。幾度か星間大戦を経て、過去も未来も宇宙規模の統一政体が果てしなき興亡を繰り返していくのが歴史的な帰結。愚かしさもまた人間の根源でありますので。……精神的な進歩の為には、更に一〇〇〇年ほど時間が必要かもしれません。それでも人間は立ち止まらず、前に進み続けるでしょう……」
 眼を閉じている彼女は、周囲が理解不能の視線を向けているのに気づかない。
「自分が世界で一番頭が悪くなったように感じられる」という、まるで門外漢が東京大学の授業を聴講しているかの様なムードの中で、最後に言葉を振り絞った。
「つまり可能性は無限なり。子供達よ、大志を抱け……!」
 初めて眼を開けようとするマニフィカ。
 それを隣で聞いていたクラインはあまりの酷評の様子に、彼女の心を軟着陸させようと助け舟の解説を出そうとする。
 だが、その瞬間、マニフィカの前に立って、聴衆に素早く語りかけた者がいる。
「人人の心の創造性を伸ばス。それがこのマニフィカの言うSF『サイエンス・フィクション』『スペキュレイティブ・フィクション』の考え方なのデスヨ」
 マニフィカの視界を塞いだ広いジュディの背中。
 優しい巨人を地で行く彼女は、母性愛に事欠かない。
 その長身を屈め、なるべく見守る子供達と同じ高さの視線を心掛ける。それでいてマニフィカの視界を巧みに遮る。
 勿論、明るい笑顔も大前提。
「ンー? キミは一〇〇〇年後の未来はどうなってると思うのカナ?」
 ジュディは最前列で観ていたジョルジュという少年に直接語りかけた。
 肌の浅黒い少年は一瞬彼女に臆したものの、ガキ大将の心意気を振り絞って言い返す。
「……世界の全ては俺の物になってるんだよ。お前の物は俺の物。俺の物は俺の物。……俺が国王を倒して世界も魔界も天界も何もかも支配して、全ての人間は不死である真の勇者である俺の前にひれ伏してるんだ」
 ツギの入った粗末な服を着た少年の大言壮語な発言に、周囲の大人達の眼線がおっかなびっくり集中する。
 この場に王宮の兵士でもいれば、子供でも不敬者としてしょっぴかれかねない。そんな口の利き方は、うっかりでも賛同の意思を見せれば同罪になる。そんなヤバさだ。
「ンー……」だが、ジュディはそんな彼の発言にウンウンと優しくうなずいてみせた。「キミはブレイブ・ヒーロー、勇者になるのが夢なんダネ。ソレならば誰よりも優しくならなきゃネ」
「優しくなるって……どういう事だよ」
「強い人ほど笑顔は優しいノヨ。力なき者の願いを背負って戦うのが勇者なんダカラ、皆の夢や希望を理解出来るホド、ナイーブでもなくっチャ、ネ?」
 それからジュディは底抜けに楽天主義的な未来像を語り、場にいる子供達に夢や希望を抱く大切さを説いた。
 まず子供達から詳しい話を次次と聞き出す。
 大人とのコミュニケーションが不慣れな子供もいるかもしれないので、ゆっくり焦らず丁寧に。まるで幼稚園や小学校の先生になったみたいに。
 その間も巧みに前へ出ようとするマニフィカをブロックする。
 大人が嫌がる態度を見せなければ、基本的に子供は話好きのはずだと信じる。
 そして子供達が考えた『一〇〇〇年後の世界』を、大袈裟に面白おかしく膨らませ、その全てを肯定する。
 人間が想像した事の大半は実現出来る。
 実現まで長い年月が必要な事もあるけど。
 かつて故郷の日曜学校で神父さんは説いた。
 求めよ、さらば与えられん!
 熱心に求め続ければ、必ず与えられるという尊い教え。
 むろん実現する為の努力も肝心だけど。
「求めよ! さらば与えられん!か……」子供達のリーダーであるジョルジュが面白そうに口をへの字に曲げた。「もっぱら俺は、ねだるな! 与えて勝ち取れ!だけどな」
「イーヨイーヨ」ジュディは笑って彼の減らず口を肯定した。「いずれにしても、大いに夢や希望を語ってよ。それが未来そのものを輝かせるから。イピカイエー!」
 先ほどまでマニフィカの語りで理解不能に陥っていた聴衆達の橋渡しになる事に、ジュディは成功していた。
 ここでようやくジュディの背がどいた。
 その時、眼を開けたマニフィカは、親友の広い背中からそーっと顔を覗かせた。
 すると彼女は大人達の少数から温かい拍手を受けた。
 拍手の波はやがて周囲の大人達から子供達へと広がり、満場一致とはいかなかったもののかなりの数の温かい視線を受ける事になった。
 やがて拍手は、満場の一致となる。
「!!」
 その光景に心から彼女は満足した。
 恐らくこの会議の依頼は子供達の小使いを集めた依頼料だろう。
 金額は少なめであるが、微笑ましい内容にマニフィカは好感触を覚えていたのだ。
 喜んでクエストを応じた彼女にとって、これは実に嬉しい結果であった。
 人魚姫マニフィカは、通常の人間と比べて長寿な種族である。およそ外見年齢の一〇倍の寿命を有すらしい。
 しかし幾ら長寿な人魚姫であっても、さすがに一〇〇〇年を生き続けるのは難しい。
 千年女王は夢幻の如し。
 だが、だからこそ知的好奇心が刺激されてしまう。
 もともとマニフィカが多元世界バウムへと旅立った動機は、出身世界ではタブー視される天空への憧れだ。
 こっそり王宮を抜け出し、ぷかりと海面に浮かんで満天の星空を見上げた幼少期。
 いつの日か遥かなる星々を訪れてみせようと心に誓った。
 その時は爺やから大目玉を喰らってしまったが、じゃじゃ馬な末姫の想いは一途だった。
 そしてその想いは現在へと至る。
 今、マニフィカは確かに感動していた。
 自分の考えを肯定してくれた、万雷の拍手に。
「えー。一〇〇〇年後の未来ではまず火と水が使い放題ですわ。水汲みの仕事もしなくていいですし、お湯も簡単に沸かせますからお風呂も入り放題ですわね」
 ここでようやくクラインは拡声マイクを片手に自分の言葉を発表する事が出来た。
 お風呂が入り放題? 観衆がざわめいた。
「一家に一台は機械の召使いがいて、料理や洗濯なんかも一通りやってくれますわ」
 おおーっ!と観衆から驚嘆の声が挙がる。
 しかしここで機械という言葉にピンと来ない者達が不審げな顔をする。
 この『オトギイズム王国』、羅李朋学園の介入で文化革命は広がりつつあるものの機械という物は大半の庶民にとっては技師が扱う範疇だからだ。
 機械と召使いという組み合わせが、二重に庶民には理解しがたい様だ。
「機械というのはこういったこのラジコンヘリのようなからくり仕掛けでして、一〇〇〇年後には誰でも好きなように飛んで世界の何処にでも行けるようになりますわ」
 クラインはプロポを取り出して、足元にあった一mほどのラジコンヘリを操縦した。
 白い機体に『エタニティ』と筆記体を塗装されたヘリは、けたたましい風切り音をさせながらフラフラと垂直上昇する。
 オトギイズム王国でラジコンヘリを調達するのに、何だかんだで相場の五倍くらい金がかかってしまった。
 おまけにクラインはラジコン操縦に不慣れだ。一応、社員から手ほどきは受けたのだが。
 一定高度に留まるのが難しく、ヘリは∞の字を描く様に会議場を大きく動きまくった。
「ヘリってうるせーっ!」
 ジョルジュの野次に子供達からどっと笑いが起こる。
 聴衆の大半はヘリが模型という事を理解出来ず、この一mサイズその物にまたがって自分が飛ぶ光景を思い浮かべているらしい。まるで魔女の箒だ。
 それでもクラインはラジコンヘリの実演をやめない。
「こういった便利な物を利用するにはお金がかかるので、未来ではその為に仕事をする必要があるのですわ。たとえば機械の召使いを直す仕事とかもありますわね。……召使いの為に働く、というのもちょっと本末転倒になっていて退廃的で面白いですわね。召使いの商品名は『文化女中器』。それで行きましょう」
 自分の言葉に自嘲気味になりながらクラインは麗笑を浮かべる。
 子供や大人の幾人かは輝く様な真剣な面持ちでラジコンヘリを見つめている。
 文明の利器であるヘリの向こう側に、マニフィカが語った『航空機』『宇宙ロケット』『ワープ航法』『宇宙規模の統一政体』という物が彼らの想像力に見えている様だ。
「なお、わたくしが社長を務める『エタニティ社』では、そういった一〇〇〇年後の未来につながるような活動をしているのですわ、皆さんも大人になったらぜひ我が社に入社してくださいね」
 勧誘を呼びかけるクラインの実演が終わった後も、子供達が積極的に発言する未来会議は続いた。
 子供達の中では一〇〇〇年後は「身長三〇mほどもある純白の巨大機械兵士が火炎放射機で悪魔達を薙ぎ払う」という説が有力になっている。
 女の子達が未来のファッションや魔法料理を語らい、小さな子供達が未来のペットを懸命に想像する中で、落日のオレンジ色が会議のタイムリミットを告げる時間になった。
「さあさあ。イベントも終了の時間でございます」クラインは拡声マイクで終了の議を語る。「是非是非、皆様の満足度をささやかなおひねりに託し、今までのお話が一番面白いと思っていただけた方へおひねりをお願いいたしますわ。紙のお札がある方は集めやすいように札を折りたたんでお願いいたしますわね」
 オレンジに染まった大人達から「何だよ、金取るのかよ」というぼやきも漏れるが、議台上はあちこちからポーンポーンと飛んでくるおひねりが山積みになった。
 クラインはこのおひねりから会場設置等の経費を抜いた後、全部子供達に渡すつもりだ。
 それは子供達からの依頼料を遥かに超える額。
 何に使用するかは知らないが、駄菓子なら参加した子供達は一年はふんだんな甘味に困らないだろう。

★★★

 オレンジ色に染まった夕景。
 子供達が黒いシルエットになる。
 イベントが終わってもしつこく家に帰らない子供達は、まるで日の名残を惜しむかの様に会場で遊び続ける。
 ただ平坦な板が傾けられただけの滑り台。革ひもが枝にかけられただけのブランコ。遊ぶ為に集められた急ごしらえの遊具。
 そんな中でリュリュミア(PC0015)は一緒に幼子に混ざって遊んでいる。
 急成長させたツタで大縄跳びやゴム跳びをしたり、高い壁から斜めに張ったツタにΛ棒の両端をもってぶら下がって滑り降りたり。
 そんな楽しさがあふれた光景が過ぎ去った後、遊び疲れたリュリュミアは石畳の隙間から生やした野イチゴを食べながら子供に話しかける。
「一〇〇〇年後の世界ですかぁ、リュリュミアはきれいな水とふかふかの土とぽかぽかのおひさまがあればいいですねぇ」
 遊び疲れても汗をかかない彼女は高揚した顔に囲まれて、ぽやぽや〜と野イチゴを分け合う。
 果実を貪り食べる子供の口の周りが赤い。
「野イチゴももっと甘かったり逆に酸っぱかったり、大きさもげんこつくらいになったりぃ。もっとおいしいものがいっぱい食べられたらいいなぁ」
 日没。
 やがて陽も完全に沈み、子供が本格的に帰る時間になった。
 リュリュミア達冒険者は、保護者と手をつなぎながらも手を振り続ける子供達と別れを告げる。
「そんな一〇〇〇年後がはやく来るといいですねぇ。もういくつ寝ると一〇〇〇年後ですかぁ」
 植物系なオーガニックペースなリュリュミアにとり、一〇〇〇年後も一年後もさほど変わらない時間経過らしい。
 そんな声を聞いていたビリーは、ふとレッサーキマイラの事が気になった。
 一〇〇〇年という長い時間。
 そういえば合成魔獣の寿命は?
 相棒とは極楽トンボな毎日を楽しんでいるが、それも永遠ではない。
 いつか絶対別れの日が来るはず。
 例えばジュディと老騎士ドンデラ公の如くに。
 神は孤独な存在。マニフィカの様な長寿種ですら比較にならぬ永劫の時間。
 百億の昼に、千億の夜。
 なんだか急に怖くなり、合成魔獣に抱きついた。
「何でっか、兄ぃ。ジー◇ブリーカー、死ねぇ!って遊びでっか」
「ほっといてんか……沈黙は金ちゅうやろ。黙っちゃれや。知らんけど」

★★★

 A long time ago in a galaxy far, far away……。
「OTGIZM歴三〇二四年・恒星季準秋。ワープアウトします。量子場(エーテル)正常」
 リーマン宇宙の歪時空波頭を突き抜けた赤いやじり型宇宙船が、絶対零度の表層温度による氷着を表面震動で振り払う。宇宙船より引き剥がされる銀色の薄氷。
 ワープイン前からの慣性航行を続けるオトギイズム王国内エタニティ社所属『レッサーキマイラ号』は到着座標と時空の確認を外部センサによる電子目視で行う。
「全面星座表との狂い、微かもなし。内部計器異常なし。生命維持装置異常なし。念力エンジン異常なし。オールグリーン。……無事に準秋の故郷恒星『太陽』アルゴ域に到着しました」
 ナビシートのアンナは、静電式タッチレス・ディスプレイでのチェックを済ませて機体状況を最終報告した。
 流線型艦橋のコックピット・シェル内。詰めているメインクルー六人が久方ぶりになった故郷への到着に安堵の声を挙げる。
「三〇〇日ぶりの故郷ですか」
 クラインCEOはARディスプレイを外してリーダー席で伸びをした。グラマラスな身体にフィットした艦長服の襟元を緩める。
 火器管制シートの巨人族ジュディは早速バーボンのフラスコを手に、一口飲んでいる。
「最後のスペース・パイレーツ・クルーザー、宇宙海賊艦もコロニー・ポリスに引き渡して一件落着ネ。これでもう稼働している海賊ステーションはナイヨ。イピカイエー!」
「永かったでしたわね……宇宙海賊達との戦い……」
 天井近くにあるアルカリイオン水水槽で泳いでいるマニフィカは、人魚の姿。水の中でくねるこの姿が宇宙船内におけるマニフィカの常態だった。
 手や足から内部に潜り込む植物神経。コックピットのシートに深く座るリュリュミアは、宇宙船中にまんべんなく生やした植物神経網でレッサーキマイラ号内部をリアルタイム・モニタしている。
「太陽にもどってこれてあたたかいですわねぇ。恒星間飛行しているあいだはまわりに恒星がいっぱいあってもとおすぎてまったく光合成できないんだものぉ」 
「……ところで全周囲七光年以内に何の異状もありゃへんで」
 レーダー・マンのシートに結跏趺坐の姿勢で座った青年神ビリーが呟く。彼の神通力がレッサーキマイラ号の超光速探知手段だ。
「アンナ。これからは恒星圏内通常航行。オトギイズム王国人工衛星基地『パルテノン』へ帰還するわよ」
「コピー。戻れば三〇〇日ぶりの冒険者ギルドですわね、クラインさん」
 クラインの命令を復唱したアンナはスロットルを静かに前進加速の位置に入れた。
 無段階加速(シフトレス・アクセラレーション)で瞬間的に最高巡航速度に達したレッサーキマイラ号は、故郷パルテノンを弾ける様に目指す一筋の赤い光線になった。

★★★

「……ってな夢を今朝見たんですが、どうでっしゃろ、兄ぃ」
「ってお前の夢オチかいっ!」

★★★