ペンギニック・ワールド

第四回(最終回)

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★

 棘のある羽虫が耳の横をかすめる。
 緑色と紫色が混じり合った蒸し暑いジャングルを、バスケットを下げたペンギン・サピエンスの女性がヨチヨチと歩く。
 彼女を追って歩くマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)とアンナ・ラクシミリア(PC0046)は、彼女の自己紹介と共に、夫である集落の支配者『シルバー・筆先』の人となりを一通り聞き出していた。
 それを聞くにシルバーとは懐柔するには手こずりそうなインテリめいた人物(ペン物?)の様だ。
 マニフィカはルンから色色と聞き出してもいた。
 例えば三〇〇人はいるという集落の人数(ペン数?)、概ね中世の農民の様な彼らの生活ぶり。槍がせいぜいという彼らの武装。
 どうやら彼らにとってオーバーテクノロジーな狂科研の施設は、地熱発電によって稼働しているらしい。
 恐竜サンプルにあった遺伝子の欠損をペンギン遺伝子で補い、ほとんど生命がなかったこの島に恐竜のパラダイスを作ったのは確かにシルバーだった。
「……シルバーは人間を憎んでいるのですペン」
 ルンという名の彼女は、その言葉で高慢ちきという解説がよく似合うシルバーの紹介を締めくくった。
 ジャングル上空から『恐竜島』を偵察中、ラプトルの群から逃げるルンを発見したマニフィカは、アンナと共に彼女を救出していた。
 シルバー・筆先の妻と名乗ったルンとの出会いを、マニフィカは「きっと最も深き海底に坐す母なる海神の導きに違いない」と信じる。
 巨大なシダ植物の葉先を掻き分けつつ、彼女は母なる海神に感謝を捧げながら自分の『故事ことわざ辞典』を紐解く。
 すると『奇貨居くべし』の一文。
「与えられたよい機会を逃してはならない」という意味だ。
 なるほど、と得心が行った。
 彼女が再び頁をめくれば『情けは人の為ならず』という文言が眼に入る。
「他者に親切をすれば、いずれ巡って自分に恩恵が返る」という意味らしい。
(ふむ。この場合、他者とはエスマ団長の事でしょうか? それとも知性化ペンギン達?)
 少し悩んだマニフィカの顔を、多少怪訝そうにアンナが見つめていた。
 互いに気がつき、ちょっとばつが悪そうな顔になる。
 彼女達はルンによって、シルバーが待つ集落へと案内されていた。
 成りゆきとはいえ、ルンを助けられた幸いをマニフィカは海神に感謝する。
 これは知性化ペンギン達と友好的に接触する為の好機となるはず。
 おそらく彼らの知識は、恐竜島の内部に限定する。
 つまり外部の世界には無知。
 シルバーの憎悪も人間という大雑把な認識が対象だろう。
 クローンである彼らのネガティブな感情は理解出来るが、シルバーの高い知能が島国感情に押し潰されているだろう事をマニフィカは惜しんだ。
 人魚という自分の種族も、厳密には人間の範疇から少し外れた存在と言える。
 そんな一族の姫である彼女は会話する知性化ペンギン達に親近感すら覚えてしまっている。
(人魚には海の泡から誕生したという伝承がありますしね)
 人魚姫には、クローン生物を気遣う心づもりは善悪を超越して一切なかった。
 アンナは、ローラーブレードでは歩きにくい土壌で必死になって二人を追いかけた。外すというやり方もあるが、とっさの戦闘事態に常時備えている。
「正直なところ、無事にルンをシルバーの元へ戻せてほっとしています」
 背を追いかけながら心情を吐露する。
 赤い瞳の少女は、本当に現状に安堵していた。
 人間の都合で、シルバーに一方的に数奇な運命を辿らせた事は、真剣に謝罪するに値する。
 今ならばまだシルバーが人間と完全に決裂するに間に合うかもしれない。
 そう。間に合うはずだ。
 人間を憎まないルンの穏やかな気性に接しているだけで、アンナは本当に癒された。
 何も見知った物のないこの孤島でルンに出会えたのは本当に僥倖だ。
 それからまた三人がしばらく歩くと、川のほとりにある白黒の模様がゴマ粒の様に蠢いている牧歌的な集落に行きついたのだ。
 人造的な実験施設の前にある中世の農村は、三〇〇人ほどいる知的な眼をしたペンギンが中央の家に集まっていた。
「私達の家に何がペン!?」
 走り出したルンを追いかけて二人も走る。
 彼女が家に着く前に追い抜き、彼女を背にかばうように家を囲んでいるペンギンの群に割って入る。
「またサル・サピエンスだペン!?」
「こいつらの仲間か!?」
 槍を構えながら喋るペンギンの言葉で、既に自分の仲間達がこの家に辿りついているのを覚った。
 その時、家の中から若い女性の声が聞こえてきた。
「こちらとしてはとりあえずの損害賠償として、施設の接収または破壊を要求いたしますわ」
 それはクライン・アルメイス(PC0103)による、交渉決裂の瞬間だった。

★★★

 長老たるシルバーの家に招かれたクラインとジュディ・バーガー(PC0032)と狂科研部員『劇山冠(ジュウ・シャンガン)』は、タンポポの根から作られたコーヒー状の飲み物と小麦畑から作られたパンを振舞われた。なかなか美味だ。
 興味津津たる村人達がむらがった長老の家で、三人はペンギン用の低い椅子に座り、シルバーから事情を聴いていた。
「世界征服?」クラインに対し、シルバーは冷たい眼をした。「世界征服は計画しているペンよ。人間よりペンギンが頭のいいのは自明ペン。頭の悪い奴は死ね、ペン」
 クラインはむせかけ、ジュディは飲み物を噴き出した。
 世界征服を堂堂と口にしたシルバーが、憎しみの眼でスティーブ(劇山冠の愛称)を見つめた。
「私は実験動物という悲惨な仕打ちを与えた人間達に復讐を味合わせてやるペン」
 暗い決意を鳥類の表情に見たクラインは、手の陶製カップを低いテーブルに置いた。
「その事については人間を代表して謝罪いたします。賠償としてこちら側が提供出来るものは恐竜島の自治権くらいですが」
「フン。お前が人間側の全権代理人でないのは解っているペン」
「あなたに王国の爵位は現実的ではないでしょう。その代わり、ふさわしいのは当社『エタニティ』社の支社を恐竜島に置く形にしてあなたを支社長とする辺りでしょうか」
「支社長? この島をお前の領地にするつもりペンか」シルバーが彼女の勧誘に笑う様な形で嘴を曲げた。「いいだろう。私がお前の会社に入ってやるペン。その代わり、エタニティの本社社長は私が就任するペン。より頭がいい者が支配するのは当然だペン」
 とてつもなく大きく出たシルバーに、三人は一瞬言葉を失った。
 しかしそれも一瞬だ。
「正直このまま交渉を打ち切って帰りたい気分ですわ」
 早口で小声で言葉を紡いだクライン。だがこちらから交渉を持ちかけた責任を取って事態は収拾させる。
 恐竜繁殖の理由と知性化ペンギンの実態はすでに手に入れており、最小限の目的は達成済みだ。
 まあ世界征服を計画しているとはいっても、現状でこちらからペンギンを攻撃出来ない。相手から手を出してきたなら話は別だが。
「どうやら想定が甘すぎましたわね。わたくしのミスですわ。……さて、世界征服を計画しているというのなら当社の方針とは合いませんので、支社長の話はなかった事にさせていただきますわ」
 クラインはペンギンと平和裏に友好関係を結ぶのを断念した。
 あえて挑発的に交渉を行う。それで相手が暴発するならそれを大義名分として制圧して知性化実験施設を接収する。
 実力行使ならば、ジュディの助けも借り、ここの武装したペンギン全員に負けない自信があった。
 万が一戦闘になった場合には、出来るだけ村人を傷つけないようにしつつシルバーを優先して狙うつもりだ。
 背後のジュディは笑顔を浮かべたまま、さりげなくスティーブを守れる位置に移動する。怯えている彼を人質にでもとられればそれだけで自分達は圧倒的不利になる。
 スティーブを守る。それが彼を連れ出せた条件だ。学術的なアドバイザーとして雇った以上、スティーブの安全を守る責任を彼女は負う。
「恐竜を増殖させたのが貴方なら、ポーツオーク郊外の村がラプトルに襲撃されたそもそもの責任は貴方にありますわよね。頭のいい貴方なら理解されてると思いますが損害賠償はどのようにされるおつもりなのかしら」
 クラインは言葉の棘で攻撃し、ペンギン達の長老の顔が不機嫌そうに歪んだ。
 村人達がざわめく。
「それとも、あの襲撃はオトギイズム王国への宣戦布告という事なのかしら」
 違うと解っていて更に棘で突く。
 不安そうな村人の視線がシルバーの背に集中する。
「恐竜を繁殖させたのが貴方ならそれらをコントロール出来ていないなんて事があるのかしら」
 コントロール出来ていないと察しながらあえて挑発的に圧をかける。
 シルバーの顔は苦苦しい。
「こちらとしてはとりあえずの損害賠償として、施設の接収または破壊を要求いたしますわ」
 その時、扉が開き、家の外から新たな者達がこの屋内にとびこんできた。
 マニフィカとアンナ、そしてシルバーの妻であるルンだ。
「何をやっているんですか!?」とアンナ。
 クラインとジュディは、ジュディとマニフィカの登場に驚いた。
 シルバーも、妻が人間達を連れて帰ってきたのに驚く。
 ルンが薬草摘みの帰りにラプトルに襲われたのを、人間達に助けられた事を夫に説明した。
「そうか……」
 天才ペンギンは人間に礼を言わず、その一言だけを返した。妻が無事に帰ってきたのには安堵している。
 アンナとマニフィカは現状についての説明を村にいる三人から受け、状況を理解する。
「シルバーが自分をエタニティの社長にしろ、などと申し出ているのですか。それに対して恐竜がポーツオークの村を襲撃した責任は彼にあるから、島の施設は私達が接収する、と」
 アンナは槍の穂先を突きつけるペンギン達の中で、冷静に現状把握。
 抜いた『マギジック・レボルバー』の銃口を床に向け、緊迫の空気をジュディはむしろ面白いと感じていた。
 彼女は知性化ペンギン達の本心を知りたかった。
 彼らに必要なものは、子孫繁栄が約束された安住の地と、高い知能に相応しきモラルではないか、と推測する。
 シルバーとは噂通り高慢ちきな性格で、人間に憎悪を抱く様子がうかがえる。
 実験動物だった立場からすればさもありなんだが、復讐と世界征服を唱え、支社長というクライン女史の提案も拒否する率直な物言いは、さすがのジュディも意表を突かれていた。
 だがそこから受けた印象は、むしろ飄飄とした愛嬌だ。
 実に個性的。これだから人生は面白い。
 シンプル・イズ・ベストを好むジュディは複雑な思考を求めない。
 しかし自分に欠けるところは尊く思い、知性に対するリスペクトを忘れない。
 それは彼女なりのバランス感覚だ。
 確かに知性化ペンギン達は人間よりも知能が優れているのかもしれない。
 それがそうならば素直に認めよう。藍より出でて藍より青し、だ。
 だが「頭の悪い奴は死ね」という発言は感心しない。
 それは傲慢な極論。「力が弱い奴は死ね」に通じてしまう。
「さて、貴方が村人に戦闘を命じたなら彼らは素直に従うのかしら。そもそも武器も農具くらいしかないなら脅威にはならないですけど」
 クラインは『電撃の鞭』を手に、鼻で笑いながらシルバーの顔色をうかがった。
 その挑発に武装した村人達が武器を構えた威気を高くした。
 彼らには多分圧倒的な暴力で勝てる。だが、ジュディはそんな真似は避けたかった。
 シルバー氏の高慢な態度には、何処か不自然なものを感じる。
 創造主である人間に対するコンプレックスの裏返しではないだろうか。
 愛憎は表裏一体。
 人間を憎んでしまう気持ちは仕方ない。世界征服の野望も構わない。
 そこまでジュディは、知性化ペンギンの長を赦した。
「将来はともかく、現在は恐竜島のスモール・マイノリティ、少数派に過ぎないペンギン達は実害はないデスヨ」
 ジュディは、クラインに眼配せした。
 シルバーが一歩も退かない決意をその瞳に見せていた。
 今やクライン達冒険者は全員、囲むペンギン達が一斉に向けている物騒な武器の群の中心にいる。
 ペンギン達の士気は高い。
 だが戦闘経験は冒険者が圧倒的に上。
 本気を出せば一瞬でペンギン側に多大な犠牲が出るのは、火を見るより明らかだった。
 シルバーの脳がそこまで計算しているのか。
「あなた……」
 胸の前で手を合わせたルンが、懸命な面持ちでシルバーを見やる。
 シルバーが眼を伏せた。
「……解ったペン。負けを認めるペン」シルバーはペンギン達に武器を降ろすよう、手振りでうながした。「村人には手を出すなペン。狂科研の施設は……地熱発電所を除いて好きにしろペン」
 村人は長老の決断をがっかりした思いで受け止めた様だが、素直に武器を降ろした。
 クラインは武器を床に置くよう言い、村人はそれにも従う。
「……彼等には手を出すなペン。私の身上は好きにしろペン」
「施設はエタニティが接収させてもらいます」
「それはどうデショウ。考えてミルにここの施設の権利問題、ライツ・イシューズは色色とややこしい事がありそうヨ」
 クラインの決断に、ジュディは疑問符を差し挟んだ。
 確かにここの施設は羅李朋学園等、権利問題が複数絡みそうだ。
 ならばどうするかとクラインが首を捻ったところでマニフィカは意見を述べた。
「シルバーは世界征服をいずれ目指すのですね。世界征服を目指すならば、まず外部の世界を知るべきでは。わたくしが仲介になりますので『オトギイズム王国』への外遊を企画しましょう」
 傲慢な独裁者の野心に更に油を注ぐ様な王女の意見に、皆は仰天した。
 あえて屈辱にまみれる気でいたらしいシルバーさえ驚く。
 マニフィカは真剣に眼を輝かせていた。
「敵を知り己を知れば百戦危うからず、ですわ。それにこの村のペンギンの中から幾人かを、エスマサーカス団の団員として働かせる事も約束しましょう」
 喋るペンギンという存在は、興行的にも有望なはず。
 好待遇でのサーカス団への勧誘をマニフィカは提案したのだ。団長不在の提案だが、彼女には説得する自信があった。
「それは……どうだろうペン……」
 シルバー本人が動揺していた。
 それは為政者としてのシルバー・筆先を認め、一切の罪を赦すまでいかずとも一時棚上げにする事を意味する。
「オブコース、ソレは知性化ペンギン達とのフレンドシップ、友好関係を築いておくコトが前提ネ」
 すかさずジュディは提案をまとめる。
 シルバーとペンギン全員が視線を交わし合う。彼らに不利な所は全くないと見える。
「人間より頭がいい事を自認するなら、人間と同じ轍を踏まないようお願いします」アンナは戸惑う鳥達に更に真摯なる言葉を送る。「人間のエゴであなたに数奇な運命を辿らせた事はわたくしもお詫びします。だからこそ、人間と同じように生命をもてあそび、その生命に生活をおびやかされるのがいい事とは思いません。……島に残っている研究施設は破棄されるべきだと考えていましたが、それはあなた達の生活を崩壊させる事につながるのですね。ですから、わたくしは求めません」
 巻き毛の少女はきっぱりと言い切り、この家の玄関に顔を向けた。
「しかし外遊を終えてなお、もし島を出て世界征服をする気であれば、その時はわたくしは人間側に立って全力で抗います」
 全てを消し去り、無かった事にするなんて自分には出来ない。
 それを伝え、アンナは家を立ち去った。
 そのまま歩いて、村を出る。
 彼女の実力なら、一人でも無事にグッドメリー号へ帰れるだろう。
 残された者達は投げかけられた言葉を真剣に吟味し、検討した。
 ある意味、サーカス団員へ人数を分ける事は人質献上へも通じる、という意見もシルバーから出た。外遊は監視下に置く事へ、だ。
 ペンギン達は口口に意見を言い合ったが、最後はシルバーに結論を委ねる。
「いいだろうペン。……私達はお前達との和平締結を条件に、穏便な友好関係を要求するペン。私は外交策として外遊に出るペン。公人としての対応をお願いするペン」とうとうシルバーはクラインへ頭を下げた。「研究施設は発電所を除いて、お前に一任するペン」
 この流れで自分に判断を任される事にクラインは戸惑った。
 しかし彼女に拒絶する理由もなかった。
「……いいでしょう。エタニティ社本社社長であるわたくしの名の下に、シルバー・筆先以下この島の知性化ペンギン全員をお前の言葉通りにしましょう」
 女社長はエタニティ社が狂科研の施設を接収し、エスマサーカス団が村人からの希望者を団員として引き取る事を約束した。

★★★

 そしてペンギン達は降伏した。
 武装は解除され、外の世界を見てみたいというペンギン達三〇人がサーカス団員として働くべく、冒険者に連れられて村を出た。
 シルバー・筆先もルンにしばしの別れを告げ、一人の政治家として村を出た。
 やがて三一人のペンギンを連れた冒険者達の帰還は、待っていたグッドメリー号の船員達を驚かせる事となった。
 エスマ・アーティ団長も驚きの内に知性化ペンギンという興業のタネを迎え、どうやら新しい見世物を探し出すという彼の目的は平和裏に達成されたのだった。
「私は一等船室を要求するペン」
 シルバーは不遜に好待遇を要求した。

★★★

 恐竜島の探検は大きな事件もなく無事に進行し、とうとうグッドメリー号が帰還の途につく日がやってきた。
 だがこの日になっても解決していない大問題があった。
「やってもーた。どないしたらええんや?」
 ビリー・クェンデス(PC0096)は天を仰ぎ、大きな溜息を吐く。
 溜息は抜ける様な南国の青空へと昇っていく。
「どないしたらと言われましてもぉ、リュリュミアに○ジラは飼えませんよ。あ、○ジラって言ってもヤッタード〇ラじゃないですよぉ」
「そうそうヤッ◇ードジラ……、って何でそんなマイナーなアニメキャラ知ってるんですか、姉貴」
 リュリュミア(PC0015)の天然ボケに、レッサーキマイラがツッコミを入れた。
 事の発端はT・レックスに対する餌付けだった。
 白黒恐竜と親密な関係性を築いたリュリュミアへの対抗心もあり、ビリーは航海中に十八番のアイテム『打ち出の小槌F&D専用』で大量の餌を与えてしまった。
 T・レックスがすっかり人間に懐いてしまったのは当然の帰結かもしれない。
 たとえ善意でも野良犬や野良猫に餌を与えるべからず。それは野生動物も同様。
 簡単に食物を得られる方法に依存するようになり、いろんな弊害が生じてしまう。
 餌を与えるなら、きちんと責任を持って最後まで面倒を見る事が肝要。
 それを失念していたビリーは、人間に懐いてしまったT・レックスの姿を見てようやく己の過ちに気づいた。
「……ボクは無責任な飼い主と変らんで、ホンマに」
 嘆くビリーを眼で追って、巨大な肉食恐竜はゴロゴロと甘えて喉を鳴らす。
 そんな一人と一頭をリュリュミアはぽやぽや〜と観察する。
「リュリュミアも困りましたねぇ。草食や雑食だったとしても毎日おせわできる自信はないですしぃ。あ、ビリーが飼うんだったらときどき遊びに行ってもいいかなぁ」
「飼えんのや!」
 ビリーは心底困った声を出す。
 相手は実験施設の遺伝子プールから産み出されたただのクローン生物かもしれない。
 しかしちゃんと恐竜島で野生化し、自然環境に適応していた。
 ペットとして飼えるものなら飼ってやりたい。
 だが残念ながらそれは無理な相談だ。
 結局のところ、T・レックスを恐竜島へ置き去りにするしかないだろう。
 とにかく野生を取り戻すべし。
 可哀そうだけど、心を鬼にしてT・レックスを突き放すしかないのだ。

★★★

「お前にボクらの言葉は解らないとは思うけど、ほんまにつらい別れなんやで」
「ひとりになってもたっしゃで暮らすんですよぉ」
 ビリーとリュリュミアは、T・レックスを先導して深いジャングルを行く。
 裸子植物が繁茂する植物相。
 T・レックスは二人の眼線まで巨大な頭部を下げ、尻尾を突っ張らかせて温和なムードでついていく。
 一〇分も歩いてそろそろいいか、と二人は立ち止まる。
 ジャングルのちょっと開けた平地。
 T・レックスは自分に何が起こるとも知らず、キョトンとした表情をしている。
「えいいぃ」
 リュリュミアのタンポポ色の黄色い帽子から、黄味がかった花粉をポン!と噴き出した。
 黄色い雲はT・レックスの鼻先でしばし空気に漂い、大量に鼻孔へ吸い込まれる。
 大きな顎が盛大なくしゃみをした。
 そして眼をトロンとさせると、巨大な牙の内で欠伸を噛み殺す。
 下顎を地面に着けると大いびきをかき始めた
 ビリーが閉じたまぶたを持ち上げて、黒眼を剥き出しにするが起きない。
 恐竜は完全に眠ってしまった。
「一人でも立派に生きるんやでぇ!」
「さよならですよぉ」
 ビリーとリュリュミアは無防備に寝そべるT・レックスを置いて、速足で岬へ戻った。

★★★

「まさか泳いでついてはこないと思うけどぉ、でもいずれ飛んだり泳いだりする○ジラが来るようになるかもしれませんねぇ」
「怖い事言わへんでくれ、リュリュミアさん」
 恐竜島が海の稜線となるまでグッドメリー号が沖に出た後、リュリュミアとビリーは甲板の舷側で島を見やる。
 遠くに過ぎ去る島影。
 悲しげな咆哮が聞こえてくる気がする。
 そんな甲板では早速、ペンギンが曲芸の訓練をしている。
 その無垢なペンギンを捕まえて自分のギャグの洗礼を浴びせているレッサーキマイラ。
 罪悪感を覚えながら断腸の思いでT・レックスと離別したビリー。
 未熟な己に恥じ入る福の神見習いは、レッサーキマイラが自分の背を見つめているのに気がついた。
「何や? 何か文句あるん?」
「いや、兄ぃのその気持ち、痛いほど解りやすぜ」
 眼を閉じて、うんうんとうなずく人工魔獣。
 なれなれしく肩に手をかけたその頭に『伝説のハリセン』がスパコーン!と炸裂する。
「痛いほど解るんならその痛みに恥じろや! 怒るでほんまにしかし!」
「あっつぅあっつぅ!」
 阿呆な顔芸で叩かれた自分の頭をさするレッサーキマイラ。
 大爆笑。娯楽に飢えていたのか、レッサーキマイラのギャグはペンギン達には新鮮らしくめっちゃうけていた。
「色色あったけど結局平和ですねぇ」
 リュリュミアの呟きは果たして現状を正しく指摘しているのか。
 海の波を滑っていく帆船は、強い風に吹かれてポーツオークの港を目指した。
 もはや海中に魚竜の群はいなかった。

★★★

「……で『大山鳴動して鼠一匹』というか、ペンギンを三一羽連れて帰ってきたのか」
「王さん、せめて知性化ペンギン達は三一人として数えてくれへんか」
 オトギイズム王国王都『パルテノン』。
 クラインからの最終報告書を手の背で叩いたパッカード・トンデモハット国王に、ビリーは炭酸入りパインジュースを飲みながら意見した。
 暑い日向のバルコニー。
 王城で催された茶会に六人の冒険者達、そしてシルバー・筆先が招かれている。
 知性化ペンギンの長は監視を兼ねて王城で暮らしていた。まるで王侯貴族の体で昼間は王国の各施設を見回っている。実は王国の政治に切れた頭で口を出し、国王もその意見を珍重していると噂に聞こえている。
「国王にはこれらの仕事のスポンサーとなってもらって、まことに感謝しています」
 炭酸の感覚に、アンナは地球を思い出す。
 パッカード国王がこれまでの各仕事を評価し、一〇〇万イズムもの報奨金を冒険者ギルドを通じて払う事は既に決まっている。
 三〇人ものペンギン村の民を移民として受け入れたり、エタニティ社の狂科研施設接収を羅李朋学園に認可させたり、と最近の国王には仕事が多い。正直、前例なき認可の数数に、王に憔悴の相が見えている。
 それを助けているのがシルバーというのも皮肉な事だ。
「数多の御厚遇にはネプチュニア連邦王国王女としても国王に御礼を申し上げます」
 マニフィカはパインジュースのグラスを胸に抱きながら、頭を下げた。
 その様子に国王は慌てて、彼女に頭を上げる様に手振りで促す。
「このような事でいちいち王女に頭を下げさせるわけにはいかぬ。……それより彼らは本当にサーカスで働くだけでいいのか」
「サーカス団員として働くのが契約だペン。それからどうするかは後から考えるペン。まあ皆に不満はないみたいだがペン」
 眼線を配ってきた国王に、シルバーがタメ口で答えた。
 エスマ・アーティ団長には犯罪歴がつかなかった。その代わり彼は多大な罰金を支払う事になった。興行が当たらなければ大借金持ちとなる。
 ラプトルに襲われた村はその罰金を基に王からの支援を受けて、再建に踏み出している。
「それより恐竜島に対し、マッピング・クルーを送るというプランがあるっていうノハ本当なのデスカ」
 ジュディは、冒険者界隈で流れている噂に対しての疑問を国王に向ける。
 王国が恐竜島に測量隊を送る計画がある、という噂だ。
「ああ。本当だ」国王はジュースのストローに口をつけた後、あっさり答えた。「あの野性味あふれた島を王国の国土にする。地図を作って王国地図へ乗せるんだ。外国の侵略から島を守る為にも、だ」
「侵略ですかぁ。ぶっそうな話ねぇ」
 リュリュミアの意見に、国王が一層疲れた顔をする。
「未発見領域は地図に乗せた者勝ちだからな。……これで王国の国土が広がる。資源を手に入れた代わりに心配も広がるわけだ」
 クラインは国王がそう言った瞬間の、シルバーの表情の変化を見逃さなかった。
 ただ、それは国王という為政者に対する同情の様であった。
 茶会の午後はこうして過ぎていった。
 青い空の白い雲が、追いかけっこするペンギンと恐竜に見えた。

★★★