ペンギニック・ワールド

第二回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★

 上空。寒い空気の中をマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)の『魔竜翼』が飛ぶ。
 港町『ポーツオーク』。
 十数分前のマニフィカはサーカス団のテントにいた。
 謎の『恐竜島』からT(ティラノサウルス)・レックスを運んできた貨物船の乗組員を全滅させた犯人は、人間サイズの肉食恐竜らしい。
 船長室の航海日誌で言及されていた小型恐竜ラプトルの群かもしれない。
 こっそり船内に紛れ込んで密航し、接舷前という絶妙なタイミングで素早く一斉蜂起したと予想出来る。
 それは陽動に利用すべく船倉のT・レックスを解き放った事も含め、恐ろしく悪賢い。
(そういえば、脳の比重が大きなラプトルは、恐竜の中で最も知能が高いと言われていたはずですね……)
 ちなみに『素早い泥棒』といったニックネームを持つという。
 群を活かす集団行動に慣れた、かなり厄介な相手と言えるだろう。
 銀色の髪を風に流すマニフィカは、強い危機感を覚えながら『故事ことわざ辞典』を紐解いた。
 すると『虎を野に放つ』という記述。
(これはラプトルを放置する危険性の警告ですか)
 リュリュミア(PC0015)とビリー・クェンデス(PC0096)の通報で、ポーツオーク郊外の村に凶暴な小型恐竜が出没した事が判明。
 貨物船の乗組員を食い殺したラプトルの群と同一だろう。
 郊外の村はラプトルの群に襲撃されたはず。
 とにかく生存者の救出を試みるべく魔竜翼で現場に急行する。
 対象を発見出来たらビリーに緊急要請。
 無論ラプトルには用心を怠らない。
 ……。
 遠い島という孤立した環境下なら特に問題はない。
(しかしポーツオーク近郊で凶暴なラプトルが自然繁殖してしまっていたら……)
 幸いにも、まだ手遅れではない。
 たとえ一匹たりとも逃がさぬ事が肝心。
 魔竜翼のマニフィカは疾風の速さで空中を単独先行した。

★★★

「恐竜達には知性がありますし、船の操縦方法を覚えたとしたら厄介ですわ。島にいるだけなら危険はないですが、外の世界の存在を知って侵略してくるかもしれませんわ」
 クライン・アルメイス(PC0103)はエスマサーカス団の団長小屋で、パンをナイフで切りながら自分の見解を披露していた。
 テーブルには着いていない。朝食をテーブルのない部屋で立食ですませていた。
「ギルドから依頼をとる時間的余裕はないかもしれませんわね。後で報告書をまとめて国に報告しましょうか。功績を認めてもらえれば報酬をもらう事も出来そうですわ」
 クラインの言葉とリュリュミアとビリーからの報告を受け取った者達はがぜんやる気となっていた。
 麻酔銃やネット発射装置を手持ちでそろえている団員の男達が、ただならぬ活気の中で出動準備をしていた。
「手遅れかもしれませんが、一刻も早く村を解放しませんと。知性があり統一された群ならば、指揮を執るリーダーがいるはずですわ。逆に言えば、それさえ捕らえれば指揮が乱れて弱体化するのが知性化の欠点とも言えますわね」クラインも出陣の準備をする。「私はリーダーの捕獲を最優先しますわ。『電撃の鞭』も向いていますが麻酔銃も借りておきましょうか」
 屈強の団員達が、武器を手に盛り上がっている、
 小型恐竜に襲われたという郊外の村を救出しなければいけない。その意気だ。
「そういえばマニフィカさんは?」
「先に一人で行ってしまいましたわ」
 クラインの質問にアンナ・ラクシミリア(PC0046)は答えた。
 アンナは出撃に備えてローラーブレードを軽く整備している。一刻を争う。それは解っているが。
 クラインは団員から銃を受け取った。
「……まず村の様子を偵察して生存者がいないか確認しつつ、恐竜の命令系統からリーダーの所在にあたりをつけたいですわ。偵察はマニフィカさんに任せましょう」クラインは麻酔銃であるライフルの装填を確認する。「もしペンギンの特徴を引き継いでいるなら、肉や脂肪がたっぷりと油を含んでいて火に弱いかもしれませんわ。生存者がいないようでしたら、申し訳ないけど小火騒ぎを起こしてその隙にリーダーを狙いましょうか、肉の餌を置いて囮にして引きつけるのもいいですわね」
「冒険者でも自警団でも駐留の兵士でも、とにかく人を集めて村を包囲してください!」
 兵は拙速を尊ぶ、とアンナはギルドや衛士の駐屯所に伝令を走らせて自分はすぐさま村へと向かう事にする。人は集めた。全てはそれからだ。
 彼女は船の乗組員を虐殺した小型恐竜の集団が既に上陸して村を占拠していると聞き、隠れたり立てこもったりして生き残っている村人がきっといるはずと信じている。
 クラインは鞭の調子も確かめる。
「今後もありますし、最初に恐竜を観察して行動パターンや弱点を押さえておきたいですわね。オトギイズム世界の事ですし、人語が話せる恐竜がいてもおかしくないですわね。もしリーダーを捕らえられたら、目的だけでも確認出来ないかしら」
 クラインの能弁が一息ついたところで皆の出撃準備は整った。
 船の乗組員を全滅させたのに間違いない小型恐竜達の駆逐に、エスマサーカス団員達が立ち上がった。
「ペンギン村のことはおつたえしましたぁ。また村にもどるのはたいへんなのであとはみんなにおまかせしますぅ」
 リュリュミアは出陣しようとする皆の背に、見送りの小さな旗を振った。
「みんながもどってきたときのためにごはんでもつくって待ってますねぇ。うみのそばだからわかめのおみそしると海藻サラダなんていいかもしれませんねぇ」

★★★

 闇から光へと抜けた。久しぶりの空の眩しさに皆は顔をしかめる。
 ビリーとリュリュミアが通っていった地下水道をそのまま辿って、恐竜駆逐隊は件の村へと到着した。
 彼等は囮の為に大きな馬肉を担いではきたがそれを仕掛ける前に、既にマニフィカと小型恐竜ラプトル達の戦いが始まっていた。
 威力偵察の形となったマニフィカは単独で何十匹もの白黒ラプトルと渡り合っている。
 もう既に偵察という域ではない。
 村の風景のあちこちからペンギン状の羽毛を生やしたラプトルの援軍が駆けつける。
 集団で狩りをするラプトルの習性から、狡猾な奇襲を狙ってくるはず。そう思い、それを逆手にとりマニフィカは自分を囮として敵を引き寄せた
「『センジュカンノン』!」
 建物の陰から姿を現したラプトル達に、二人に分身したマニフィカは垂直打撃の土砂降りを食らわせる、
 それを逃れたラプトルが蹴爪に勢いを任せて跳躍攻撃。
 『サンバリー』によるオレンジ色の盾が鋭い攻撃を跳ね返す。
 一度に十何匹も小型恐竜が地に打ち倒されたが、致命傷にならなかった数匹がまた立ち上がり襲いかかってくる。そうしている間にも新手が建物の陰から現れる、
 マニフィカは飛行能力の優位性を活かし、手負いの群に『ホムンクルス召喚』『ダブル・ブリンク・ファルコン』『カルラ召喚』のコンボ技で追撃。
 分身突撃で敵の群を掻き回し、猛毒の息を浴びせる。
 しかしそれでも全てのラプトルを駆逐出来ない。
 盾を越えたラプトルの爪で傷を負う。
 万が一の保険に準備していた『ミガワリボサツ』も既に消費していた。
「マニフィカさん!」
 その時、アンナを先頭に助けの団員達が到着した。
 村を包囲した者達が麻酔銃や弓矢でラプトルに射かけ、クラインは麻酔銃で敵を仕留めていく。
 アンナは弾や矢が飛び交う中を用心して村人を捜索する。耳の傍を空気を切る音がかすめる。
 村中に白黒羽毛のラプトルが散らばっている。
 しかし村を包囲した人間達の方が分がいい。
 小型恐竜は麻酔銃の一撃や二撃では無力化出来ない。仕留めるには弓矢で急所を狙う方が効率がいい。
「うーん。やはり使い慣れた武器の方が使いやすいですわね」
 そう言ってクラインはライフルを足元に放り、電撃の鞭を手にしてラプトル達に躍りかかった。既に戦闘状況が展開しきっている事で観察や火による着火攻撃はあきらめていた。
 ローラーブレードで滑走したアンナは村の奥へと、ラプトルの攻撃をかいくぐりながら走り抜ける。
 村のあちこちに武装した村人の男の死体が転がっている。
 と、村の奥手にある教会の窓に人影を見た気がした。
 その教会は十数匹のラプトルに包囲されている。
 アンナは小型恐竜を皆殺しにしようとは考えていないが、一匹たりとも逃がすわけにはいかないので手加減なしで倒していく。
 ラプトルの群を襲撃するアンナ。彼女の意図に気づいた人間達も教会に集まってくる。マニフィカもこの戦いに参加した。
 教会の周囲で繰り広げられた小競り合いは人間側が圧勝する。人数を集めておいてよかった、とアンナは安堵する。
 固い閂(かんぬき)がかけられていた扉が解放されて、中にいた村人達が助け出された。ほとんどは老人や女性、子供だ。男達は彼女達を教会に預け、死地へ赴いていた。
「おねーちゃーん! たすけてー!」
 アンナは、涙を泣きこぼしながら抱きついてきた小さな女の子を全身で受け止めた。
「美しいですわね」
 それを見ながら、クラインは鞭の一撃で最後尾に控えていた頭の大きい個体を仕留めた。
 紫電をまとわりつかせたリーダーと思しきラプトルが地に倒れる。
 それを機に明らかに恐竜の群の統制が乱れた。何匹かは踵を返して逃げようとするが、包囲した者達はそれを取りこぼす事はしない。確実に弩弓で射止めていく。
 戦闘情勢はそれで決した。
 白黒羽毛のラプトルがまるで助けを求めるかの様に空に仰向いてか細い声を挙げ、槍で小突かれるままに降伏の気配を見せた。
 実に五十数匹はいたと思われるラプトルが、生き残ったのはリーダーを含めて六匹。その六匹は鉄網に絡められてサーカス団員達に無力化された。
「私達の言語が解るかしら。一+二=三。解る?」
 クラインはリーダーの前で手指の勘定をしてみせて注意を促したが、それに対する意思の反応は見られなかった。言語の理解は出来ない様だ。人語を解する恐竜はここにはいない。
 終わってみれば一〇〇名近い村人は、大人の男達がほぼ全滅という散散たる有様だ。
 前半に恐竜の数を減らしていなければ、もっと犠牲者が出ていたかもしれない。
 マニフィカは村を巡って生存者を探す。
 アンナは子供達を一人ずつ抱きしめる。
「エスマ団長の責は重大ですわね」
 クラインは鞭をしまいながら、戦場の感想を述べる。
 気づけば太陽は既に高く昇っている。
 ラプトルを連れてポーツオークまで移動した者達は、リュリュミアの温かい料理の歓待を受けた。それは全ての人間達にいきわたるほどの大鍋と大皿による料理だった。

★★★

 ――。
 ポーツオークの恐竜脱走騒ぎは既に昨日のものとなっている。
 ジュディ・バーガー(PC0032)。
 彼女が故郷の農業高校に通っていた頃、鳥類の先祖は恐竜という話を聞いた様な気がする。
 あれは生物か歴史の授業だったと思うがすっかり記憶も曖昧だ。
 まあ、それは横に置いておくとして……。
 冒険者ギルドというものは一階に受付ホール、二階に酒場、三階以上が宿屋、地下が闇っぽい酒場、と基本的な建築様式は同じだ。だから宿屋で眼を醒ませば、見慣れた天井が出迎えてくれる事は少なくない。
(……フー・イズ・ア・ディス・マン。誰ダ、この男ハ)
 白いタンクトップ姿のジュディは、酒の酔いが残る頭を振って、寝床からだらしなく半身をはみ出させていびきをかいている白衣を着た男の存在理由を考えた。
 いわゆる不健全な交遊の痕跡はない。
 ……。
 そうだ。昨晩の事だ。
 ジュディのスピーチバルーンは、ほわんほわんと回想の光景を膨らませた。
 ――。
 どれほど異質な存在であろうとも、すっかり感覚が慣れてしまうと、自然と意識から外れてしまうものである。
 その逆もまた然り。
 港町ポーツオークが属するオトギイズム王国は、中世ヨーロッパ風のファンタジー世界。
 つまり、羅李朋学園の制服に白衣を組み合わせた姿は非常に目立った。
 無論、昨日の朝のジュディは不審者を見逃さない。
 その独白も含めて……。
「ペンギン……!? まさかあの施設のあのペンギンが関わっているのか!?」
 その白衣の男は確かにそう言っていた。
 あの施設とは何か?
 あのペンギンとは何物か?
 エスマ団長のサーカス団に踏み込んだ男が言っていた台詞が、ジュディの脳裏にしっかりと違和感を残す。
 ジュディの思考が閃いた、
 捕獲したT・レックスも、ラプトルらしき小型恐竜の群も、ペンギンを連想させる白黒の外見が特徴的な共通点。
 鳥類の先祖が恐竜であるなら、もしやペンギンが先祖返りしたとか?
 遺伝子の悪戯でも、そう易易と生物が進化した流れを逆行出来るとは思えない。
 しかし、人為的な操作が加わったとしたら?
 この白衣の男は何かを知っている!
 迷走したり、空回りする事もあるが、ジュディの基本的な行動原理は『シンプル・イズ・ベスト』に尽きる。
 勿論、世の中は単純ではない。
 それを百も承知の上で、あえてシンプルを追求するのが彼女のスタイル。
 座右の銘である『案ずるより生むが易し』も同様。海兵隊流に表現すれば、ガンホー!(当たって砕けろ)精神である。
 底抜けに明るい性格のジュディは元元社交性が高い。
「ヘイ、ガイ! ホワッツ、あの施設のペンギンって何のコト? よかったらジュディに教えてくれナイ?」
 男が即座に立ち去ったのを追いかけて、少し離れた場で疑問点をストレートに質問する。あまりにもストレートな単刀直入だった
「何だ? この女は?」
 そんな初対面の彼女を素直に信用するほど、この男はお人好しには思えない。
 しかし、押した。
 ジュディは押して押して押しまくった。
 白衣の学園生にフレンドリーすぎる態度で接触し、有無を言わさず食事に誘ってしまっていた。
 食事代と酒代は全てジュディ持ちである。相手は突然の好意的な態度によからぬ下賤な思いを抱いた様だが、それに気づかないふりをしてジュディは酒宴を振舞った。
 勝手知ったる冒険者ギルド二階の酒場。
 二人は競う様に思い切り酒を痛飲し、そしてそのまま宿屋のベッドで朝を迎えたわけである。
 ――。
 回想のバルーンが消えて、ジュディは今の自分を思い出した。
 というわけで、いわゆる不健全な交遊はなかった。
 しかし、かなり気まずい。
「あの〜。ナッジ、ナッジ?」
 上半身を床に這わせている白衣の背を、ジュディは指でチョンチョンとつついた。
 男が眼を醒ます。そして途端に激頭痛に襲われた悲鳴を挙げた。
「ぐわぁ〜……っ!! 水、水ぅ〜……っ!!」
 頭を抱えて転げ回る男はさすがに不憫で、ジュディはテーブルに水差しを探した。
 ない。
 仕方なく階下の酒場に水を求めて二人して降りていく。眼の下の隈も明らかにした男を支え、カウンターで冷水を注文すると相手はそれを飲み干した。ここが地球ならアスピリンも注文したところだ。ジュディは男の頭痛が収まる気配を待って、あらためて質問する。
「あのー、ジュディは昨日のT・レックス騒ぎでキャプチャー、捕獲に手を貸した一人なんダケド、ユーはレックスについて何か知ってるワネ。ペンギンがどうトカ。ジュディに知ってるコトを教えてクレナイ?」
「何だ。あのペンギン恐竜の関係者か。それで俺にまとわりついて恐竜の事を聞き出そうとしたのか」
 理解されているなら話が早い。ジュディは男が空にしたグラスに二杯目の冷水を注いだ。「何ナノ? あのペンギンのあの施設っテ」
「あのペンギンのあの施設?」
「ユーがそう言ってたジャナイ」
「え、そうか。……ああ、あれの事か」
 男は羅李朋学園の現役狂的科学研究部部員だ、と自分の身分を明らかにした。
 男が言う事には、自分が直接関与したわけではないが、狂科研でペンギンの知性化実験が行われていたという、
「ビー・インテリジェンシィ? 知性化?」 
「ペンギンに人間並みの知性を持たせようとする研究だ。喋るペンギンだよ。それと同時にペンギンのクローン培養の実験も行われてたという。だが、その施設は今は羅李朋学園から失われている。別口の超時空転移実験施設の暴走に巻き込まれて、施設ごとこの世から消えちまったんだ」
「ペンギン・サピエンス? 消えたノ?」
「ああ。奇麗さっぱり。天才的な知性化に成功したペンギン『シルバー・筆先(ふでさき)』と共にな」
「レックスの白黒のファー・カラーズ、毛並みを見てペンギンを連想したノネ」
「ああ。いや、連想しただけだがな」
 そこまで聞いたジュディは、果たしてこの情報が現況に何処まで関与するかを測りかねていた。
 既に昨日のラプトル騒ぎは耳に入れている。
 ペンギンカラーの恐竜達の出現はこれら一連の騒ぎの核心たり得るのだろうか。
 もし、関係があるのだとしたら恐竜達がやってきた恐竜島というのは……。
 考えこむ彼女は、ヒップにいやらしい手をのばそうとした狂科研部員の頭に三杯目のグラスを黙って傾けた。

★★★

 T・レックスのテント。
 アメリカンポリス的な制服でコスプレしたレッサーキマイラが警備している。
「村人の救出と村の解放がなされた今、島へ行く準備をしないといけませんですわね」
 アンナはエスマ団長に貨物船がやってきた恐竜島への渡航準備を進言していた。
 彼女は航海日誌に出てきた人造施設というのがとても気になっている。
 村での騒ぎの始終を聞いたエスマ団長は憔悴(しょうすい)していた。
 サーカス団の大テントに設置された檻の中では、T・レックスが鎖で地面に押さえつけられている。
 見世物として遠い島から連れて来られた大型肉食恐竜は、貨物船からの脱走騒ぎにより、手に負えない厄介者と化した。
 過剰な警戒心からも、サーカスから物凄く危険視されている事が伝わってきていた。
「……なんや、えらい気の毒に思えてきたわ」
 麻酔薬を投与され、いびきをかいて寝ている恐竜の顔を眺めていた座敷童子ビリー。
 種族的な特性とでもいうべきか、ビリーは睡眠を必要としない。
 いや、眠る事が出来ない。
 多分気絶くらいは可能かもしれないが夢は見られないだろう。
「そら大暴れしよったけどな、T・レックスもここに来たくて来たんとちゃうで?」
 大いびきをかいているT・レックスと、一睡もしていない様なエスマ団長を見比べる。
 今この大恐竜はどんな夢を見てるのだろうか。生まれ育った遠い島の風景かもしれない。
 ビリーは、T・レックスを島へ帰す説得をエスマ団長にしていた。
 座敷童子が思うに、猛獣の扱いに慣れたサーカス団はT・レックスの餌付けを試みるだろう。
 巨体を維持する為には相当な食事が不可欠だ。だがモノトーンな肉食恐竜を持て余している現在、毎日の餌代を計算したらサーカス団の興行収入と釣り合わないはず。
 脱走騒ぎで悪い評判も広まってしまった。安全確保をアピール出来れば、怖いモノ見たさで観客は集まるかもしれないが飽きられてしまったらその時点で収支は破綻する。
 経営者であるエスマ団長も赤字は望まないだろう。T・レックスを手放すか、もしくは処分する事になる。
 珍しい剥製にすれば売れるかも?だが、福の神を目指す端くれとしてビリーは不必要な殺生は避けたい。
 では、どうすべきか。
「……こっちの○ジラはおおきいですねぇ ……あ、おおきい○ジラといってもクジラじゃないですよぉ」
 地に伏していびきをかいているT・レックスの懐で、リュリュミアはぽやぽや〜と寝言を漏らしていた。
「……これだけおおきいと羽根布団みたいでふかふか気持ちいいですぅ。……もしあばれたら花粉で眠らせちゃうから大丈夫ですよぉ」
 などと言っている彼女はその羽根布団で自分が寝てしまっていた。
 レックスの懐の内に抱かれて一緒に眠るリュリュミア。恐らく植物系の人だから肉食恐竜のT・レックスにもセーフなのだろう。
「なんやレックスもリュリュミアさんが一緒にいると落ちつくみたいやなぁ」
 ビリーは彼女と恐竜を見ながら、現状の解決策として『キャッチ&リリース』という標語が頭に浮かんでいた。
「なあ、団長さん」ビリーはエスマ団長に説得の続きをする。「恐竜を元の島まで戻す際はわいも同行したる。それまで餌の負担は打ち出の小槌で肩代わりしたるさかい、どうかT・レックスを元の島へ帰したってえな」
 エスマ団長はそこからは特に時間をかけず、ビリーの説得に応じた。
「……解った。T・レックスを帰す為にグッド・メリー号を再び出航させよう」グッド・メリー号とは例の貨物船の名前である。「だが恐竜島を探検する為の人員も集める。転んでもただでは起きん。島を探検して、演し物になりそうな他の物を探すのだ」
 ヤケクソ気味な団長の顔にはわずかな狂気があった。

★★★