金属バット、現る

第三回(最終回)

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★

 黒幕と言うべきか、それとも真犯人と言うべきか。
 金属バット二号の正体である女性下着デザイナー・エリザベット・トーロンが、黄金のビキニパンツを奪った事でランジェリー・ドラゴンに二段変身を遂げた。
 女性用下着で構成された魅惑的な……もとい、驚異的なドラゴンの出現に階層都市『ビッグサム』は戦慄する。
 数百人もの野次馬を蹴散らそうとするランジェリー・ドラゴンを目前にし、ビリー・クェンデス(PC0096)は『空荷の宝船』に飛び乗った。
 これほど大量の女性用下着があれば、可能性は無限大ではないか。
 ドラゴンすら生み出すくらいに!
 しかし修行中の未熟者とはいえ、神様見習いという立場にあるビリーは聖なる使命を有す。青少年特有のリビドーに身を委ねている暇はない。
 では、何をすべきか?
「……そやね。肝心な事忘れとったらアカンわ」
 相棒のレッサーキマイラには当然として、老騎士ドンデラ・オンド公と従者サンチョ・パンサにも協力要請。
「お爺ちゃん達も乗り込んでや!」 
 合成魔獣やご老公の主従を飛空艇に乗せ、上空から『大型スピーカー』で周辺の住民にドラゴン避難警報を発令する。
 猫の手でも借りたいくらいにマンパワーは重要。とにかく人手を確保すべく周囲の関係者全員を巻き込むべし。
 ランジェリー・ドラゴンの出現と同時に、野次馬は逃げ出しているから問題はない。
 しかし今は夜の時間帯で、数多くの住民達が在宅中なはず。
 就眠中の為ドラゴン出現という脅威を知らず、仮に気づいたとしても突発的な非常事態に戸惑って行動出来ない可能性が高い。
 いずれにせよ的確な避難指示を呼び掛ける必要がある。
 それは誰がすべきか?
 勿論、上空占位である飛空船と、広範囲音響設備のスピーカーを持つ自分がするのだ!
「ドラゴンとか暴れてるんで早く逃げたってや〜!」
「皆、起きるんでげす! 避難始める時間でげすよ〜!」 
「わしは逃げん! 早くこの船を悪しきドラゴンに突撃させるんじゃ!」
 かくして街灯のアセチレンガスが漏れて火を噴いている夜景、座敷童子ビリーは空高くの飛空船で地上を見下ろしながら、乗員達に拡声の響きを音高く鳴らし続けさせた。
 
★★★ 

 エリザベットが掲げる『汎通(ぱんつ)』創世神話を、レッサーキマイラが笑い飛ばした。
 しかしながら本当に、それは荒唐無稽な妄想に過ぎないのだろうか。
 エリザベットが金属バット二号に変身し、更に黄金のビキニパンツを被る事でランジェリー・ドラゴンへと進化。
 この恐るべき謎パワーを『汎通力』と呼称すべきか否か、真剣に悩んでしまう。
 迷った時は初心に戻るべし!と、マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)はお約束である《故事ことわざ辞典》を紐解き、『事実は小説よりも奇なり』の文言を眼にした。
 「事実を素直に受け入れ、それに対処せよ」という意味か。
 再び頁をめくると『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ』という記述。
 ……このオトギイズム世界はデザインが大きな力を得る。
 それらしいモノはそれらしく、それ以上に。
 深海の王女は知恵を絞る。
 つまりランジェリー・ドラゴンに相応しき対抗手段が必要という示唆だと、マニフィカは受け取った。
「皆がドラゴンを倒しやすくなるよう『水術』や天候操作を用いた落雷攻撃に努めます!」
 褐色のマニフィカは背の『魔竜翼』を広げて、夜空へと羽ばたいたのだった。
 
★★★

「エリザベットは邪悪な下着デザイナーというよりは思い込みで方向性を間違えた様ですね。ちゃんと見ていてくれる人がいればしっかりやり直せると思います」
 そうはいっても暴れるドラゴンを放置しておく事は出来ない。
 アンナ・ラクシミリア(PC0046)は地響きと共に波打つ石畳をローラーブレードで滑走する。
 しかし水を吸った下着の塊は重くて、モップで叩いても突いてもダメージを与えた感じがしない。
 布が水を吸ったのはその身体動作を緩慢にもしていたが、衝撃を殺すという攻め手にとっての不利面もあった。
 邪知暴虐なランジェリー・ドラゴンが街を破壊するのと並走しながら、装備から『魔石のナイフ』を取り出すアンナ。
 そんなメイド少女をほどよく遠くから眺める巨大な影。
「赤い下着がある眼が弱点なのはそれこそ一目瞭然じゃな。とはいえ相手もそれも解っているじゃろうし、隙を作る駆け引きが勝負を分ける鍵となりそうじゃのう」
 火を噴く路面に逆光となったH・アクション大魔王(PC0104)は白いウェディングドレスを一気に脱ぎ捨てた。
 猟奇的な巨大老婆はパンツ一丁のほぼ全裸になる。
 逆光が全身のしわに影を刻む、マニア向けのサービスシーン。
「パンツに精神を乗っ取られて暴走してまともな判断が出来ない。これがもう一つの弱点じゃな。存分に挑発してやるわい。ギシャシャ」
 アクション大魔王は釘バットを手放した徒手空拳でエリザベットを内包するドラゴンへ走り寄った。
「貴様のパンツとワシのパンツ、どちらが世界一のパンツか決着を着ける時がきたぞ。ギシャシャシャシャ」
 大胆な跳躍で女性用下着の集合体であるランジェリー・ドラゴンへ躍りかかる大魔王。
 更にその攻勢へアメフト・アーマーのジュディ・バーガー(PC0032)も加わった。
「イーハー!」
 身長二m強の彼女は筋肉がくっきりと浮かび上がる両腕に建築資材である黒い鉄骨を握っている。
 ジュディの攻撃もあくまでも陽動である。
 しかも極めて派手な。
 ランジェリー・ドラゴンの気を散らす。
 冒険者達は数の有利を活かすべく、阿吽の呼吸で役割分担に努めるべきだろう。
 ランジェリー・ドラゴンと真正面から殴り合う役目はジュディの担当。スプリンクラー設置工事で担いだ鉄骨が棍棒の代用品だ。
 これぞ鬼に金棒である!
「ガンホー!!」
 ドラゴンの注意を自分に引きつける為、ジュディはその顔を長い鉄骨で殴り続ける。
 仮に顔が駄目だとしても、鉄骨で叩かれたら無視出来ないはず。
 ドラゴンの中身であるエリザベット女史は、その性格からして我慢は不可能だろう。
 仲間の為にヘイトを自分に集める。
 その一念でジュディは跳躍の頂点で鉄骨を振り回し続けた。
「見せ場を一人で持っていくではない! スポットライトはワシのヌードの方がふさわしいのじゃ!」
 アメリカン・ガールの作った隙を狙って、アクション大魔王は自分の身長より遥かに高いドラゴンの首を空中で捕まえた。
 ランジェリー・ドラゴンは長い首を打ち振って、牙の並んだ顎でアクション大魔王を?み砕こうとする。
 だが老婆は突き出された鼻面を身体のしわに挟んで受け止めた。
「ギシャシャ! 大魔王忍術奥義『噛み風の術』を食らえい!! H〜ACTION!!」
 ダイヤモンド製の入れ歯がくしゃみという大攻撃によって、まるで炸裂弾の様に至近距離からドラゴンの紅眼に襲いかかる。
「ふがふが……(大魔王語訳:肉を切らせてパンツを切るじゃい!!)」
 ドラゴンの眼を構成する赤い下着は切断による大ダメージで、致命的な傷を負った。
 ……と思いきや。
「ふがふが……(ナンじゃと!?)」
 ランジェリー・ドラゴンは少しもひるまず、首を振った勢いでアクション大魔王の巨体を弾き飛ばした。
 転がったアクション大魔王はその衝撃で自慢の義歯が欠けたのに驚く。
「そうか! 聞いた事がある!」この戦いの中央まで辿り着けない自称探偵マックス・ウェイターが叫んだ。「ダイヤモンドは物質同士で引っかき合うモース硬度では最強クラスだが、衝撃には脆い! それにあのランジェリー・ドラゴンは魔力を帯びた攻撃でないとダメージを受けないんだ!」
「ふがふが……(ナニ!? ワシの必殺奥義が通じんというのか!?)」
 意外そうに心情を吐露する大魔王。
 ジュディも自分の鉄骨攻撃が今一つ通じていないのを感じていた。今一つどころか完全に効いていなかったのだ。
 ドラゴンの咆哮。
 夜景の内で前足に叩かれた街の建物が崩壊していく。
「エリザベットが変身したドラゴン、ぐしょぐしょのぱんぱんで全然美しくないですぅ」
 ランジェリー・ドラゴンが暴れる様子を見ながらリュリュミア(PC0015)は呟く。
 星空の下。彼女の手から伸びた『ブルーローズ』のつたでドラゴンの足や尾がぐるぐる巻きにされ、破壊行為を食い止める。
 絞りあげられた水膨れの身体は汗の如く水を垂れ流す。
 ダメージを与えられなくとも物理的拘束は効果があった。
「魔力以外が通じないというのなら、これはどうでしょう!」
 マニフィカは一筋の流星の如く高空から急降下した。
 ランジェリー・ドラゴンの身体は女性用下着の集合体。
 スプリンクラーの放水を浴びてすっかり濡れてしまったが、全身が布製品で構成されている。
 つまり水分と布製品はランジェリー・ドラゴンの血肉に相当する。
 水そのものに通電性はない。
 が、水に溶け込んだ不純物はイオン等の電解質となって電気を通す。
「いざ!」 
 急降下するマニフィカの姿は幾重にも分身した。
 魔竜翼と『ブリンク・ファルコン』を組み合せたマニフィカは、急降下爆撃の様に素早くドラゴンの表面に触れ、『水術』でその全身の水分を海水に変えてしまう。
 血液が海水と化した様なドラゴンは、ブルーローズの拘束によって動けない。
「お願いします! ウネお姉様!」
 路面すれすれで水平飛行に移ったマニフィカは、召喚していた『水の精霊ウネ』に願いを託した。
 精霊が頭上にかざした手に惹かれる様に、星空が立ち込める暗雲に隠されていく。
 その黒渦の中心より白い稲妻が一瞬閃き、ランジェリー・ドラゴンの頭を撃った。
「ギャース!」
 水膨れのドラゴンが燃え上がる如く、夜の闇に輝いた。
 雷撃は魔力でなくても内部のエリザベットごと貫いただろう。
 植物の拘束を受けたまま、怪物は身を硬直させたままで激しく痙攣した。 
「ドラゴンは攻撃的で好きじゃないですぅ。こんなに攻撃的なのは虎みたいな縞模様のせいもあるかもですぅ」
 このタイミングで、リュリュミアは花の種を、まるでスモウレスラーが盛大に塩をまく様にドラゴンの全身に振りかけた。
「急速成長させたら虎柄から花柄にかわいく大変身ですぅ」
 その力で水膨れのランジェリー・ドラゴンの全身から緑が芽吹き、あっという間に色とりどりの花を咲かせた。
 彼女の宣言通り、黄金と漆黒の縞模様は美しくもファンシーな花模様に変身した。
 そして大量の花花は生長過程でドラゴン全身の水を吸った。
 つまりランジェリー・ドラゴンは全身がほどよく乾く事になる。
 水気を抜かれたドラゴンは元の元気を取り戻した。実質パワーアップしたのだ。
「あ、復活しちゃったぁ」
 他人事の様に感想を漏らすリュリュミアのブルーローズを引きちぎり、スマートになった女性用下着の可能性はビッグサムの街に雄雄しい咆哮を轟かせた。
 リュリュミアとマニフィカを追って石畳を蹴散らすランジェリー・ドラゴンに、ローラーブレードを滑走させたアンナは肉迫する。 
「結局は魔力による攻撃に尽きますね」
 アンナは魔石のナイフを振りかざし、石畳のささくれめいた坂を利用して大跳躍した。 
 彼女を狙った前足の爪をかいくぐり、魔石ナイフは五m以上の頂点から一気に降下速度で振り下ろされる。
「そういえば赤い下着が弱点とか言ってましたか。黄金と黒のビキニパンツを統合しているのが赤い下着という事でしょうか」
 花びらが散る。
 『乱れ雪桜花』。
 轟、と無数の花びらが竜の視界を遮る。
 大量の布を引き裂く心地よい音と共にランジェリードラゴンの頭から腹まで大きく長い傷が走った。
 その切れ目から内部のエリザベットの姿が半分近くさらけ出される。
「うぬぅ! 私の下着が! 女性用下着の可能性がぁ!」
 輝く様な眼をしたエリザベットの憤怒の表情も露出する。
 赤い下着によるドラゴンの左眼は完全に切り裂かれていた。
 と、その顔の反対側にある右眼にも魔術弾が着弾した。
「イピカイエー!!」
 ジュディも好機は逃さない。『マギジック・ライフル』の狙撃によって右眼の赤い下着が薔薇の如く散った。
 その途端、ランジェリー・ドラゴンの輪郭が大きく膨らんだ。
 全身を絞めつけるバンドの様に見えていた金と黒の縞模様が弾け飛びそうになっている。
「間違いないですわ。赤い下着を撃ち砕かれた事によって普通の下着が離反しています」
 アンナは冷静に判断する。
「レディズ・アンダーウェアのバーストアウト、ネ!」 
 ジュディの言葉と同時に再び膨らみ、大きく波打つドラゴンのシルエット。
 次の瞬間、炎のない大爆発を起こす。
 カラフルな舞い吹雪。
 無数の女性用下着が、夜の街に飛び散った。
 形を失った怪物の跡には、セクシーなドレスを身にまとったエリザベットの姿が残った。眼には妄執が輝いている。
「まだだ! まだですわ!」
 下着が舞い散った路面に置かれたエリザベットの両手には黄金と漆黒、二羽のコウモリが握られている。
 この期に及んでコウモリを掴んで逃げようとするエリザベット。
 だがその前方に、ビリーの空荷の宝船が降りてきた。
 宝船は、乗っているレッサーキマイラが構えている『大風の角笛』の真正面に彼女を迎えた形となる。
 吹けば人を軽く吹き飛ばす力を持つ角笛を構えたレッサーキマイラが、その口に獣様の唇をつけて思い切り――。
 吸った!
「吸ってどーすんねん!」
 後頭部に思い切り『伝説のハリセン』をスパコーン!とくらった合成魔獣が眼ン玉を飛び出させている隙に、リュリュミアは宝船に乗り込んだ。
 そして彼らが使っていた大型スピーカーのマイクに口を寄せる。
 伴奏のないアカペラ。
 ビッグサムの夜景に深く『平和の歌』が沁み通った。
 リュリュミアの口から夜の空気を震わせる歌。
 ムードを穏やかにする歌唱は、荒れた街の残骸にレクエイムめいて響き渡る。
 それを聞いた全ての存在、エリザベットの瞳からも攻撃色が消えていく。
 この機を見て、カセット式の入れ歯を元に戻したアクション大魔王はストロベリー・アーウェインを無理やり抱えて現場に連れてくる。
「黄金のパンツを助けたければ貴様の思いで何んとかしてみせるのじゃ!」
 説得が成功するかは未知数だがストロベリーもやるだけの事をやらなければ納得出来ないだろう、このまま何もさせずに倒すと逆恨みのしこりが残る可能性もある、と大魔王は彼女の説得で後顧の憂いを断とうとする。
「えーと……」突然スポットライトが当たったストロベリーは心中を言葉を出そうとしてやや戸惑う。「コウモリさん。あたしの元に帰ってきてください……ザンス。……あたしにはあんたが必要ザンス」
 その言葉が届いたのか、エリザベットが二羽のコウモリを握っていた手は静かに開いた。
 その内の黄金のコウモリは音もなく羽ばたき、ひらひらとストロベリーの懐へと飛んできた。
 女性記者はそのコウモリを胸の中に抱きしめる。
 それは戦闘の終了を示していると、この場にいる誰もが覚った。
 地面から吹きあがっていたアセチレンガスの炎も今は静かにその色を減退させている。
 ビッグサムの街は去っていた野次馬達が現場に戻り、わずかな喧騒が夜景を再びぎわせる様になった。
 地面に膝をつけたエリザベットが顔を伏せたまま動こうとしない。彼女の険しさは今は失われていた。その手にはまだ黒いコウモリがいるが、彼女がそれを悪用する気配は失せている。
 風が吹き、色とりどりのショーツが渦を巻いて舞い散る。
 ビッグサムの金属バット騒動はここに終了した事を、全ての雰囲気が告げていた。 

★★★

「リュリュミアはエリザベットがデザインした下着を履きたいですぅ。そうしたら裾をめくってもみんながっかりしなくなると思うんですよぉ」
 ビッグサム。
 午後の留置場。
 あの大騒動の翌日、全ての下着を取り上げられたエリザベットが壁と一体化したベッドに腰かけてうなだれている。
 彼女を励ますリュリュミアを筆頭に、集まった冒険者達は鉄格子の外から彼女の為に声をかけていた。
 差し入れはカステラだ。
「だからぁ、みんなが喜ぶ下着をこれからはデザインしてくださいぃ」
 何処かピントが外れたリュリュミアのぽやぽや〜とした励まし。
「ふーむ、黄金のパンツがエリザベットの物なら本人に返すのが筋ともいえるが……まあ話くらいは聞いてもいいかもしれん」
 白いウェディングドレスの長い裾を引きずるアクション大魔王。
 狭い留置場に、カステラを貪り食うこの巨大老女の体格は手狭だ。
「……私から全てを奪って何が楽しいの……」
「卑屈になってはいけません!」アンナは落ち込んでいるエリザベットを一喝した。
「ソウソウ。エリザベットはレディズ・アンダーウェアにかけてはベスト・デザイナーであるコトは間違いないんダカラ」
 この留置場の低い天井に難儀している一人であるジュディも、エリザベットに声をかける。屈託のない明るい声かけだ。
 自分が最良のデザイナーである、との声を聴いたエリザベットが、赤く腫れていた眼を上げた。
「謝りましょう」アンナも優しい声をかけた。「あなたが街の人達に謝れば、情状酌量の道もあるでしょう。……その上で黄金のビキニパンツはストロベリーに預けましょう」
「私の黄金パンツ……」
「それは仕方ないでしょう。あなたがまたドラゴンに変身するような事はあってはならないからですから」
 きっぱり言い切ったアンナだったが、言葉のニュアンスはエリザベットに対する裁断というよりは、背後にいるストロベリーへの気づかいと思える。
「エリザベットさん……」ストロベリーが鉄格子に手を触れる。その懐には黄金のコウモリが抱かれている。「あんたの下着は素晴らしいザンス。あんたのコウモリに出会えたあたしはとても幸せザンス。どうか立ち直って、皆の為に素敵な下着をデザインしてください……」
 その声を聴いた下着デザイナーは眼線を合わせるのを避ける様にぷいと横を向いた。
 彼女の頬は照れた如く赤く光っているのだが。
「ストロベリーは金属バット一号として街の平和を守っていたという実績があるので、黄金のビキニパンツの管理者として適任だと思います」
「黄金のビキニパンツはそれでええとして、黒いビキニパンツはどうするんや」
 アンナの言葉に、ビリーは好奇心に満ちあふれた台詞を継いだ。
「もしこのクエストの戦利品がもらえるんやったら、金属バット二号の黒いビキニパンツはジュディさんが最も似合いそうやと思うんやけどな……」
「兄ぃ、そーだそーだ」「ピッチりしたビキニがばっちり似合うんやないか」「……………………」
 尻馬に乗る様にレッサーキマイラの獅子頭、山羊頭、蛇頭、三つの頭が窮屈そうに賛同する。いや蛇頭は無関心を貫いている。
「あ、でもジュディはんのヒップじゃパンツが破れて……」
 山羊頭がそこまで喋った時、その三つの頭とビリーの尖り頭にゴチンゴチン!と鉄拳が飛来した。
「ビリー! 最近ヴォルガー、品性下劣ヨ!」
 頭を抱えるビリー。
 ジュディは固めた拳をさすりながら羞恥の表情を見せている。
 そこまで聞いたところでアクション大魔王はフムと鼻を鳴らした。
「まあ、その戦利品にはワシは興味ないがな。――ワシの王国の財政は宵越しの金はもたんのが政策じゃ。とはいえ結婚資金が全くなくなってしまったわい。ギシャシャシャシャ」
 白い猟奇的花嫁が全身で笑う。
「人生五〇〇年と織田信長公も言っておるし、そろそろOLにでもなって婚活でも始めようかのう」
 彼女の婚活宣言に周囲はまるで戦慄した様な眼を向けたが、大魔王当人はまるで意に介さずただギシャシャと笑い続けた。
 ジュディはアクション大魔王のアクティブな行動力に素直に感心していた。
 たとえ理不尽でも、常識に欠けるとしても、彼女の発揮するリーダーシップが他の皆を事件解決へと導いている。
 強引に思える手法も、結果さえ出せるなら文句は言わない。そこはアメリカンな合理主義で割り切れる。
 まさに結果オーライか。ジュディがポリシーとして掲げる『シンプル・イズ・ベスト』にも通ずる気がする。
 彼女に負けないよう奮起したいと強く思う。
 自らの両頬を叩いてイーハー!と気合を入れるメリケン怪力娘の様子を、首に巻いた愛蛇ラッキーセブンの瞳が静かに見守っていた。
 さてその日の内にアクション大魔王が『エタニティ』に入社した、とすぐに皆は知る事になる。
 OLとして第二の人生を送る事になった彼女だが、あっという間に定年退職の日が来るのではないか?
 そんな疑念を抱かせながら、ビッグサムの晴天は復興の槌音を遠く響かせるのだった。

★★★

 さらに次の日。
 突き抜ける様な青空。
 復興が進むビッグサム中層域の大広場に、エリザベットを連れた冒険者達が勢ぞろいした。
 あの日と同じくらいの市民が、冒険者ギルドの関係者が、老若男女、生活の貴賤に関わらずにこの広場を取り囲んでいる。
 手枷をつけた妖艶なエリザベットを中心としたこの集会は、騒動の起点となった彼女をあらためて市民に紹介する集合であり、また黄金の金属バット一号に助けられた淑女達をその救い主に会わせる為の面会でもあった。
「……皆さん。どうも申し訳ありませんでしたわ!」
 頭を下げるのに抵抗があったか、永い時間もじもじと視線をさまよわせていたエリザベットはとうとう謝罪の言葉を口にした。
 対するビッグサムの住民の反応は意外と言うべきか言わざるべきか、冷たいものである。
 それはそうかもしれない。さんざん痴漢騒動を起こした後、街を破壊していったのだから。
 白けた眼線の中でアンナはさらにいっそう深くエリザベットに頭を下げさせた。
「エリザベットは反省しています! 彼女は優れたデザイナーです! これからの人生はビッグサムでの素晴らしい下着作りに捧げさせますから、今回はなにとぞご容赦を!」 
 観衆がざわざわと騒いだ。
 そうまで言われるんだったら、と現状を妥協させる声が挙がり、やがて広場の空気はエリザベットの情状酌量を許すムードとなる。
 これは町を救った勇者達が呼びかけたからというものが大きいだろう。
 あるいは真インフルエンサーの醸し出す雰囲気か。
 こうしてエリザベットは許された、
 もっとも町の復興費がしばらくエリザベットの収入から大きく引かれる事になったが。
 次に控えていたのは、金属バット一号から救出の手を差し伸べられた女性達。
 数十人の若い女性達が広場中央に歩み出て、ジュディに背を押される形となったストロベリーの前に立つ。
 ジュディは事件が決着したら、金属バット一号の代理人という形式でストロベリー・アーウェインをクエスト依頼主に会わせるつもりだった。
 報酬の多寡と関係なく冒険者としてクエスト達成にこだわりたいという気持ちだったので、ようやくこの事態まで辿りつけて一安心。
 一号の代理人としてストロベリーを依頼者達に会わせるつもりだったが、ストロベリーが一号本人だというのはとっくにばれている様だ。
「悪人の手から救ってくださって本当にありがとうございます」
 依頼者の中で最も年上らしい女性が代表して、薔薇の花束と共に謝礼の言葉をストロベリーに献上する。
 永い時間もじもじと視線をさまよわせていたストロベリーはとうとう依頼者代表と視線を合わす。
「親愛なる隣人への心からの感謝を私達からストロベリーさんへ……」
「そんな、あたしは当然のことをしただけザンス。どっちかというと変身のついでの気持ちに押されて……あと取材とか……」
「HEY、ストロベリー。グラティチュード、感謝の気持ちは素直に受け取っておくべきネ!」
「彼女達の感謝を受けるのはあたしじゃないザンス。感謝を受けるのは……」
 瞬間、はらはらとはかなげな黄金のコウモリがこの広場の風景に飛び舞った。
 それは女性記者の仕立てがいいズボンの股間へと吸い込まれ――。
「ぅわはははははははははははははははははははははははは……!」
 たちまちビッグサムの町に響き渡る笑い声。
 ストロベリーは黄金のムキムキマッチョマンの姿になり、高らかに笑い声を響き渡らせた。 
「WAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!」
 負けじとするかの様にジュディも胸を張って大笑いを響かせる。
 唖然とした見物人達を置き去って、黒マントをひるがえした金属バット一号は青空へと大跳躍。風景の向こうに消え去っていく。
 それが照れ隠しである事に冒険者以外の何人が気づいたか。
 謎の怪人騒動はカオスの内に幕を閉じるのであった。

★★★