金属バット、現る

第二回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★

 黄金のコウモリと暗黒のコウモリ。
 二羽の飛獣が夜翔ける街『ビッグサム』で、今夜も二人の怪人が現れる。
 暗黒の怪人を退治すべくビッグサムに乗り込んだマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は、そこで思わぬ人物と再会を果たした。
 まさしく理不尽の塊であるH・アクション大魔王(PC0104)。
 その圧倒的な存在感に気後れすら感じてしまう。
 むべなるかな、老いたる巨女よ。
 アイデンティティの危機を覚えたマニフィカは助言を求めて『故事ことわざ辞典』を紐解いた。
 そこには「そもそも世の中は理不尽である」という文言が記されていた。
 理不尽を受け入れよ、という意味か?
 納得いかず、再び頁をめくると『個性において、長所と短所は表裏一体なのであって、良い所ばかり、悪い所ばかりという事はありえない』の一文。
 もっと他者の個性に敬意を払うべし、という示唆か?
 よくよく考え悟りを開く寸前にまで至ったマニフィカは、己が狭量であるのを自覚して恥じ入る。
 結果的に空振ってはいたが、それでもアクション大魔王女史のアクティブかつ具体的な行動は見習うべきと感じた。
 将を射んと欲すれば、先ず馬を射よ。
 つまり暗黒の金属バット二号の目的を推察&予測し、先回りして手を打つ事が肝心。
 暗黒の怪人は、その正体が悪のデザイナーらしいエリザベット・トーロンと判明している。
 おそらく彼女のダンジョンから逃げ出したという黄金の蝙蝠を取り戻すつもりだろう。
 ダンジョンで爆発した際は女性用下着が飛び散り、この間の遭遇で金属バット二号の姿に戻ったエリザベットは『ランジェリー・ハリケーン』で立ち去った。
 いずれにせよ、女性用の下着に対する強いこだわりがうかがい知れよう。
 これらの推察&予測を更に推し進めたい。
 もしや金属バット二号が婦女子の下着を確認する行為は、黄金の蝙蝠が擬態した女性用下着を探しているからでは?
 そう考えてみると全ての辻褄が合う。
 ちなみに黄金の金属バット一号も黄金のビキニパンツを穿いていたが、男性は対象外として基本的に無視していたのかもしれない。
 ……ならば、ならばだ。
 悪の金属バット二号を牽制する為、その狙いは黄金のパンツその物であるという注意喚起を広めるべきではないか。
 マニフィカはそう考え、即座にそれを実行した。
 冒険者ギルドを仲介する形での宣伝はあっという間に広がり、ビッグサムの紳士淑女、あるいはそうではない老若男女広くがその認識に染め上がった。
 かくして金属バット二号は黄金パンツ欲しさに女性を襲い続けた大変態という正体がビッグサム住民の認知となった。推測するにこれを知ったエリザベットは絹のパンティの端をくわえて「キーッ!」と悔しそうに叫んだと思われる。
 身から出た錆。
 マニフィカは想像のエリザベットに句を送り、階段状都市の上層から銀髪を風に吹かれながら風景を見下ろした。

★★★

「そういう認知でよいのか? ギシャシャシャシャ」
 事件の裏取り捜査をしてきた老女はそう呟いたという。
 花嫁衣装を身にまとった巨大なる老女アクション大魔王は町で聞き込みをしていた。自分が直視した金属バット二号の正体がエリザベット・トーロン本人かの確認だ。
 マニフィカがエリザベットの宣伝に使った似顔絵ブロマイドは、大魔王も捜索に利用している。下手な絵だったが十分確認の用は足りた。
「ふーむ、黄金のパンツがエリザベットの物なら本人に返すのが筋ともいえるが、そもそもが盗品なり古代の遺産なりの可能性もあるしのう。まあ話くらいは聞いてもいいかもしれん」
 どうやら二号の正体だった妖艶な美女がエリザベットであるのは間違いないらしい。
 確かめるのはビッグサムから大きくはみださなねばならなかったが、広く世間にあたる事でエリザベットの悪行を知っていた者達から確認は取れた。
 アクション大魔王のインパクトはあらためて広く世間に知れ渡った事になる。
「というわけで黄金のパンツを貸してくれんかのう。ギシャシャシャシャ」
「と、突然、何を言い出すんでザンスか!? あ、あたしは何も知らないでザンスよ!?」
 アクション大魔王に肉迫されたストロベリー・アーウェインが、ビッグサムの大通りの壁際まで追い詰められながらジリジリと後ずさる。
「謎は全て解けた。犯人はお前じゃい!!」新聞記者を食らうかの迫力でアクション大魔王は更に前に出る。「そもそも女性用パンツをはいているんじゃから犯人は女性だと、最初から一般常識で解っていたわ」ビキニパンツは女性用と限らないが反論は怯えるストロベリーの口から出ない。「この場で身体検査をしてやってもよいがのう、金属バット一号」
 大魔王の指はストロベリーが履いた仕立ての良いズボンにかかっている。爪がベルトを引きちぎりそうだ。
「新聞の顧客には正体を黙っててやるから、一晩だけ黄金のパンツを貸してくれんのう。ギシャシャシャシャ」
「ひ、ひええええ〜……ザンス」
「語尾にザンスをつけるのはドラキュラ、つまりコウモリと『怪〇くん』の頃から決まっておるわあ!!」
「ちょっと待ってください!」
 アンナ・ラクシミリア(PC0046)は理不尽に迫るアクション大魔王を背後から引きはがそうとする。
「ミス・ストロベリーを追い詰めないでアゲテ!」
 ジュディ・バーガー(PC0032)もそれで生まれた二人の隙間に大きな身体を割り込ませた。
 二人もストロベリーが一号の正体だと見当をつけて見張っていたのだ。
 もう一人の正体候補だった自称探偵マックス・ウェイターは少し離れた所でこの騒動を見守っている。力自慢のマックスだったがアクション大魔王が怖そうだった。ただひたすら怖そうだった。
 いきなりストロベリーの正体を暴露した大魔王に、アンナとジュディは一歩も二歩も出遅れた形になっていた。
 アンナも金属バット一号の正体はストロベリーだと考えていた。
 これまでの目撃情報を確認すると、いつも彼女とマックスは現場近くにいながら金属バット一号と同時に存在していない。
 どちらかが本命だと思っていたけれど、二人一緒でないと変身出来ない可能性というものも成り立つ。
 こうなったらとにかくストロベリーに密着して眼を離さないようにする。もっとも一号を捕まえたいわけではなく、むしろ彼女を二号から守る必要があるかと考えていた。
 ジュディも金属バット一号の正体がウェイターもしくはアーウェインではと疑っていた。
 もともとジュディは、いわゆるスーパーヒーローに強く憧れていた。
 その対象は洋の東西を問わず、日本の特撮にも及ぶ。仮面バッター然り、ザ・影星然り、哲人タイガーナナ然り。
 ヒーローには『世を忍ぶ仮の姿』という生き方が必須。
 たとえば、クリプトン星から地球に来た有名な超人は、表の顔が新聞記者。眼にダイヤモンドをはめた日本の超人もそうだ。
 つまり金属バット一号も二号も普段は仮の姿でビッグサムの街に溶け込んでいるのでは可能性がある。
 新聞記者の他にも探偵を名乗るケースが多い。具体例としては月の光マスクとか、日本じゃ二番目と煽る快傑とか、破裏拳の使い手とか。
 時間軸を確認すると、黄金の怪人が出現する場に自称探偵マックスの姿はない。
 いつも大袈裟な言動で悔しがってる印象。
 これはビンゴかも。マックスが正体か。
 それともストロベリーか。
 大胆不敵なはずのジュディは怪人の正体を一人に絞り切れず、優柔不断に陥っていた。
 そもそも正体を暴く事自体がクエストの目的ではない。
 では、どうすべきなのか。
 ドンデラ・サンチョ老公とサンチョ・パンサに相談してみたが。
「世をはばかるとはなんたる厚顔無恥な輩なのだ!! 神聖宗教独立遊撃騎士団騎士団長『ドン・デ・ラ・シューペイン』! 狡猾たる『きんぞくばっといちごお』の化けの皮を速やかに引き?がしてくれんとす!!」
「ご主人様、落ち着いて!」
 老公は駆け引きも隠密もなくストロベリーとマックスに掴みかからんとしたので、サンチョとジュディは慌てて引き止めなければならなかった。
「相談を持ちかけられてもあっしら如きが正しい答を出せると思えないでゲス。頼られても困るでゲス」
 サンチョがそうも発言する。
 この状況においてジュディ、アンナと、アクション大魔王の差があからさまになっていた。
 怪しい人物がいれば穏便に見張る二人と、即座にナイフを持って「お前の正体は○○だろう!」と襲いかかる大魔王の差だ。
 その意味では二人はあくまでも常識人であり、老女は常識人を自称する異常行動の積極的実践者だった。
「ワシの味方になれば世界の半分をくれてやるぞ!?」
 ブレイクが入って新聞記者から引き離されながらも大魔王の異常発言は止まらない。
 ただ現状打破という面に関してはアクション大魔王の行動の方が正しいと言える。
「本当に……あなたの正体は金属バット一号なのですか」 
 こうなるとアンナも、ストロベリーに直接確かめずにはいられなかった。
「そ、それは……」
「本当か、ストロベリー!? 本当にお前が怪人・金属バットなのか!?」
 口ごもる女性記者とオーバーアクションで手を振り回す自称探偵。
「まあ新聞を売りたいが為の自作自演と推測するがやっている事は『善』である。この正義の大魔王の味方と判断してやるから特に咎めたりはせん」
 何処か遠くを見ながら常識人めいた声をかけるアクション大魔王。
「ギシャシャシャシャ。もう一度言う。ワシにその黄金のビキニパンツを貸すのじゃ」
「ひ、ひええええ〜!」
 獲って食おうという様なアクション大魔王の手から逃げるストロベリー。
 彼女を背にかばうジュディは、巨大な老女の前に立った。
 双方二mを超える巨女同士の対決にビッグサム下層街の大通りに満ちる空気が緊迫する。
「黄金のパンツを何に使うつもりなのですか」
「決まっておる。かぶるのじゃ」
 問わずにはいられないアンナに、大魔王は即答する。
「二号の奴が罠を見破って避けたのは見事だが、ならば罠と解っていてもとびこませる状況を作るまでじゃ。ギシャシャシャシャ」
 どうやら自分がかぶって新しい罠の囮になるつもりらしい。
 先ほどから平謝り一辺倒のストロベリーも自分のビキニパンツを貸すという事には同意しなかった。自分が金属バット一号である事は認めたも同然なのにだ。
「もうあたしと黄金のビキニパンツは偶然の出会いといえ、親友の絆で結ばれているザンス。あたしとパンツは離れられないソウルメイト、ザンス」 
 知らぬ者が文字通り聞くと異常な発言だが、アクション大魔王はただ鼻をフン!と鳴らしただけだった。
「……仕方がない。ならば金メッキのパンツを用意して代替品とするか。なに一〇万イズムもあれば足りるじゃろう。ギシャシャシャシャ」
 意外なほどあっさり引き下がり、明るい未来を予想しながら場を去り行く花嫁衣裳の巨大な老婆。
 見物していた通行人と共に残された皆は、ストロベリーを囲んで集まった。
「ストロベリー! 友人の僕にもどうして言ってくれなかったんだい!?」
 大げさにポーズをとるマックスに、彼女は申し訳なさそうな顔をする。 
「すまないでごザンス。ダンジョンで偶然出会って以来すっかり意気投合してたザンス……」ストロベリーが服のポケットに手を入れると、小さな黄金のコウモリが掌に取り出された。はかなげなコウモリは不安そうな表情をしている。「こいつの力を借りて正義の味方になるのは気分よかったし、自分が記事を独占出来てウハウハだったザンス……」
「やっぱり金属バット一号のアイデンティティ、正体はストロベリーだったのネ」ジュディは全然意外じゃない表情をする。「とりあえず、一号に助けられた女性達全員に会ってもらえないカシラ……」
「いえ、ジュディさん。それは後にした方がいいと思います」アンナは、コウモリのネズミの様な顔を覗き込んだ。「問題は二号なのですわ。一号を二号から守る為にも今はまだストロベリーが正体だと明かさない方がいいと思います」
「正体を明かさない、というのはもう手遅れじゃないかと思うでゲス……」
 女性記者が正体という事に心底驚いているドンデラ公の脇で、サンチョが残念そうな顔をする。
 成程。周囲には大勢の野次馬。
 この街の大通りにおけるやりとりは一部始終、通りすがりの見物客にあからさまになっていた。アクション大魔王が一際眼を引いていたせいもある。
 これでは金属バット一号の正体がビッグサム中に知れ渡るのも時間の問題だろう。
「ガッデム! これではストロベリーが直接襲われる事もありえる!」
 地団駄を踏むマックスと怯えるストロベリー。
 だがジュディの眼は燃えていた。
「コレならショートターム・ディシシブ・バトル、短期決戦デスネ! ジュディ達もアクション大魔王の罠に乗っかって金属バット二号を迎え撃ちマショウ! 今夜がコンクルーション、勝負デス!」
「……それもアリですかね……」
 アンナは仕方なさげに決めかねる様な表情をする。
 だが意志は決まっていた。

★★★

 かくして金属バット一号の正体は女性記者ストロベリー・アーウェインであり、金属バット二号は彼女の履いている黄金のビキニパンツを狙っているという噂は瞬く間にビッグサム中に広まった。
 一号と二号の対決は、あっという間に一般市民なら誰でも見逃したくないイベントになったのである。

★★★

 夕暮れ。 
 夜に向けて、ジュディのシルエットは鉄骨を担いで運んでいた。 
 数日前。金属バット一号に謝礼をしたい。ジュディら遍歴の騎士一行はそんな女性有志達からのクエストを受諾し、黄金の怪人と接触すべく階段の街ビッグサムを訪れたのだ。
 とはいえ相手は神出鬼没が持ち味で、なかなかコンタクトの機会に恵まれない。
 そうこうしている内に、まっくろクロスケな金属バット二号が出現。
 ご婦人にパンツを露出させるという不埒を働いていた暗黒の怪人を退治しようとしたタイミングで、黄金の一号も登場。
 一号は被害者を救出して姿を消した。
 二号はアクション大魔王と激闘を繰り広げ、勝負は次回に持ち越した。その正体がダンジョンの主エリザベット・トーロンという事も発覚。
 ……大魔王との因縁がついたエリザベットにジュディはなんとなく同情を覚えたが、それはここだけの秘密である。
「やはり金属バット二号の正体は女でしたか」
 オレンジの陽光であふれる施工現場をローラーブレードで滑走するアンナのシルエット。
「彼女がエリザベットでしょうね。自分がデザインした女性用下着を餌に黒いコウモリを手に入れ、さらに黄金のコウモリもその手に収めようとしていると」
 真偽はまだ定かではないがアンナはその様に推理していた。
 二人はアクション大魔王が罠として用意している大きな家の改造を手伝っていた。
「作れ! 作れい! 決戦に間に合わせるのじゃ!」
 金メッキというか金箔を貼った偽の黄金ビキニパンツをかぶった逆光背負ったアクション大魔王が、今夜の決着に家の改造を無理やり間に合わせようと工事人夫を働かせている。
 建物を丸ごとスプリンクラー付きに改造しようという、ビフォーアフターに家を提供してくれる殊勝な人はなかなか現れなかった。
 が、金属バット二号捕獲が大イベント化している事もあって、金属バット一号に謝礼をしたいという高徳なご婦人の一人が家を提供してくれると申し出たのだ。
「天井のある建物内ならそもそもジャンプ逃走対策にもなるしのう」
 それでも工事は難航中である。
 アセチレンガスの街灯がせいぜいという文化レベルの家屋に、後から大型スプリンクラーを設置しようというのは無茶ぶりだった。
「なんか突貫工事で無理やり作ってるから凄い無理な造りになっとるなぁ」
「ゴキブリポイポイみたいねぇ」
 永い情報収集から帰ってきたビリー・クェンデス(PC0096)とリュリュミア(PC0015)は、ビッグサム中層街の夕闇で改築現場を見上げた。
「ビリー! リュリュミア! お帰りなさい!」
 今にも二号が攻めてくるのではないかと緊張の面持ちで警戒していたマニフィカはいち早く二人を見つけ、笑顔で出迎える。
 二人は唐草模様の大風呂敷を担いでいるレッサーキマイラと共に工事現場に入る。 
 ビリーとリュリュミアは、エリザベットを捜して女性用下着と関係深そうな所を総当たり捜索してきたのだが、それはストロベリーを匿っている近所の酒場で皆に話される事になる。

★★★

 簡素気味なシャンデリア。
「金属バット二号がばらまいていった下着、色鮮やかでしたねぇ。まるであたり一面、花が咲いたようですよぉ」
 リュリュミアは酒場で振舞われた冷製パスタとグレープジュースを食しながら、まずぽやぽや〜とその思い出を皆に語った。
「昔の人は葉っぱを下着にしていたそうですねぇ。それが花びらの様に奇麗に変化していったということは、やっぱりみんな見せたいんですねぇ」
 レッサーキマイラの風呂敷の中身は各地で集めた、エリザベットに縁があると思われる女性用下着だった。
「リュリュミアは金属バット二号である黒髪の美女に弟子入りして下着を極めたいですぅ。ダンジョンの中で新しい下着のデザインとかしているんですかねぇ」
 レモン風味のオリーブオイルソースの冷製パスタをちゅるちゅるとすするリュリュミア。
 本気で悪の下着デザイナーに弟子入りしたいと彼女を捜していたのだが、それは叶わないまま帰ってきたのだ。
 冷製パスタのボンゴレ風をすすっているビリー。「小槌を振れば食べ物は出てくるんやけどな〜。でもたまにはお店にお金落とさんとならんしな〜」
 さて何故ビリーが下着デザイナー捜しを請け負ったか。
 極めて健全な青少年の精神を有する座敷童子。
 神様見習いという尊い立場はさておき、そこは年頃な男の子である。
(性別はないけど)
 たとえ女性用下着にトキメキを感じたとしても、果たして誰が責められようか。
(むろん否である……か?)
 正直なところ、湧き上がるパッションがビリー自身にも不可解だった。
 思春期の迷走かもしれない。……きっとそうだ。
「あれや、うっかり堕天とか闇堕ちナンチャラとか……めっちゃ洒落にならへんで、ホンマにな」
 ぶつぶつと自己分析を呟くビリーに、相棒のレッサーキマイラも「何を言ってるんでやんすか」と呆れ顔。
 ともかく福の神見習いの彼はダンジョンの隠し部屋に秘匿されてきた、とある女性用の下着に込められた秘密に興味を持っていたのだ。
 状況を鑑みるにどうやら全ては一本の糸で繋がっているらしい。
 ちょっと変態っぽいけど、人知れず善行を積む金属バット一号は放置しても無問題、とビリーは考えた。
 厄介なのは金属バット二号だろう。
 既に正体は噂のダンジョンを創造した邪悪なデザイナー、エリザベット・トーロンと判明している。
 彼女は何を求めるのか?
 …………。
 疑問点は当人から直に聞くべし。
 多分エリザベットは女性用の下着と関連性が高い場所に潜伏しているはず。
 それらしい場所は限られるから、相棒と共にビッグサムの街中を総当たりするのだ。
「センシティブなプライベートエリアに深刻なダメージを受けたトーロンに、治療を申し出たいしな」
 余計なお世話かもしれないが、ビリーはさすがに気の毒すぎると思えた。
 半歩間違えると変態ど真ん中に行きそうなお世話ではあるが、座敷童子に邪念はない。
 こうして同じ目的を持ったリュリュミアとビリーは、エリザベットを捜してビッグサム中を今まで歩き回り、彼女の居場所に到達しないままに帰ってきたのだ。
 しかし情報という収穫はあった。
「どうやらエリザベットは性格にキツすぎるという問題はあれど、最初は真面目な女性下着デザイナーだったみたいやな」
 レッサーキマイラに持たせていた大福帳をめくるビリー。 
「二二歳まで服飾店でデザイナーをやってたが、自分の実力に驕りが生じ、孤高のデザイナーとなりダンジョンに住みついたとか。それが何も護身具を持っていなかった婆さんが山で野生のクマに襲われたっちゅーニュースを知って『クマをも一撃で倒せる女性用下着をお婆さんが持っていれば!』という使命感に眼醒め、武器としての下着開発に取り組んだ、っちゅー話や」
「けなげな使命感よねぇ」
 ちゅるちゅるとスパゲッティをすするリュリュミア。
 邪悪な下着デザイナーとしての経歴が始まった、とビリー。
「どうやら開発と実験には無慈悲な人体実験……やないパン体実験が多かったみたいやな。自分でデザインしたり、見知らぬ女性の下着を奪ったり、ダンジョンを漁ったり、何百何千というパンツの犠牲の上にとうとう理想のパンツに辿り着いたそうや」
「この宇宙がはじまった時ぃ、この世の全てが混とんとしていた時代にぃ、その中から大いなるちから『汎通(ぱんつ)』が生まれたというわぁ」リュリュミアがそらんじて長台詞を語り始めた。「けど光あるところには影があるのぉ。やがて汎通は二つに分かれて善なる『汎智羅(ぱんちら)』と邪悪な闇を抱いた『汎諸(ぱんもろ)』が生まれたのぉ」
 以来、汎智羅と汎諸の反目は絶える事なく続き、二つの『汎』の争いは人類の歴史そのものを作ってきた、とリュリュミアは語った。
「つまり黄金の善であるビキニパンツと、暗黒の悪であるビキニパンツが再び出会えば、強力な武器として理想であるパンツが復活するっちゅーわけや。その原理に基づいた下着みたいやな」とビリー。
「……それは本当なのですか」いきなり始まった宇宙創成紀的な話に、恐る恐るとビリーへ尋ねるマニフィカ。「本当だとしたら『オトギイズム王国』がある、この宇宙の歴史の重大な秘密が解き明かされた事に……」
「単なる彼女の思いこみでっしゃろ」一笑に付したのはレッサーキマイラだった。「彼女が作った話や。元より思いこみが激しかった女みたいやったし、そういう妄想がくっついた所に彼女のデザイナーとしての『説得力』があったんやろなあ」
「そういう妄想をほんきで信じていた人だったのねぇ」
 リュリュミアはあっさり結論する。
 どうやら研究中、自分の不在の折にダンジョンを荒らされたエリザベットから、黄金のビキニパンツは冒険者に奪われたらしい。それがストロベリーだったというわけだ。
 それからエリザベットは暗黒のビキニパンツの力を使って、片割れを捜していたわけだ。
「二つの下着を合わせると黄金と漆黒の怪物が現れる。弱点は赤い下着」ビリーは大福帳に記された情報の残りを事務的に読み上げた。「怪物は魔法生物だから魔力のこもった武器でしか傷つけられない、とか何とか」
 傍らで聞いていたストロベリーが「ひえぇ」と頭を抱えた。
「常識的な話じゃのう。全ての事件は一般常識で解決出来るというのがワシの王国の格言じゃ」呼ばれてもいなかったアクション大魔王は戸口から覗き込みながら、常識という言葉がロシュ崩壊しそうな口をはさんだ。どうでもいいが『ワシの王国』とは彼女が君臨する王国という意味だろうか。そんなものが実在するのか。まあ、あのハク〇ョン大魔王も国で一番偉かったわけではないみたいだが。
 結果を語っておくと、アクション大魔王の『トラップハウス』は夕闇が夜に変わる頃には無事に完成した。
 しかし大急ぎの突貫工事で、彼女の思惑よりも多分にチープになったのは仕方がない事である。
 それでも改築費はシビアに請求されたらしい。
 ともかく情報と罠は揃い、悪の金属バット二号・エリザベットを迎え撃つ準備は完了した。
 果たして、彼女はまんまと罠に引っかかってくれるだろうか?
「トゥナイト、いよいよファイナル・マッチ、決戦ネ」
 ジュディは掌に拳を打ちつける。
「進退、ここに極まれりですか」
 アンナも赤い瞳に闘志を燃やした。
「ストロベリー。お前の敵を倒してやるからな」
 マックスが全然役に立たなそうな笑顔を見せる。
 決着の舞台は、夜の町へ移る事になる。

★★★

「水に濡れた洗濯物は重くなるのは小学生でも解る一般常識じゃい!!」
 常識人だという事をアピールしたいのだろうが、普段の積極的行動が非常識なので説得力が失われている。
 アクション大魔王は事前に罠を仕掛けて二号を誘き寄せて捕らえようとした。
 具体的には、天井のある大型の建物にスプリンクラー設備を設置し、頭に黄金のパンツを被って囮捜査で二号を建物内に誘き寄せたのだ。
 相手が『ランジェリー・ハリケーン』を使ってきた時にスプリンクラーを作動させて動きを封じ、隙を作ってから『噛み風の術』を黒パンツに叩き込む。
 そういう作戦だったのだが……。
「ぅわはははははははははははははははははははははははは……!」
 大勢の見物人の中で、黒いマッチョ、金属バット二号の笑いが木霊する。
 夜の街に現れた彼、いや彼女は建物の中に入ってきたが、冒険者達に攻められてランジェリー・ハリケーンを使わなかった。
 これではナイスタイミングを見計らったと思ったアクション大魔王の声を裏切った事になる。
「やっぱり作戦が漏れてたのねぇ」
 リュリュミアは周囲の野次馬を眺める。
「違います!」  
 バットを担いだ金属バット二号が声に出して否定する。男の声だ。暗黒のビキニパンツは変声機能もあるのだ。
「では建物の改造工事を堂堂とやったのがいけなかったのでしょうか」
「それもあるが違います! それらだけではないですわ!」
 マニフィカの推測も、二号が否定した。 
「このビキニパンツは身に着けるだけで『金属バット』に変身するのです! かぶっても変身しないなんてありえない! これが罠だなんて丸解りです!」
 予想外の言葉に黄金の偽パンツをかぶったアクション大魔王はむうと唸った。
「……まあいい。最もスマートな解決法が失われただけの事じゃ! ギシャシャシャシャ!」
 屋根のある建物に追い込んだ事には変わりない。
 ジュディ、マニフィカ、アンナはそれぞれの得物を手に、三方から金属バット二号を取り囲んだ。
「このタイミングだと私達が大魔王の部下みたいですね……」
 ぼやきながらも滑走して『戦闘用モップ』を振るったアンナの一撃を、二号がギリギリすり抜ける。凄い運動能力だ。
「ドント・ドッジ! よけないデ!」
 ジュディの『マギジック・レボルバー』によるシューティングも間一髪の隙でよけられる。
 だが、モップの攻めも銃撃もマニフィカの攻撃範囲に追い込む伏線だった。
「ぅわはははははははははははははははははははははははは……!」
 マニフィカのトライデントによる突きは笑い声と共にかわされた。
 彼女の突きは、二号の背後にあった水道パイプをしたたかに打つ。
 衝撃でスプリンクラーが作動した。
 二号が天井から降り注いだ冷たいシャワーにびしょ濡れになる。
 マニフィカの狙いではなく偶然だった。水の精霊の加護か。
 二号の弱点は黒パンツ。それはランジェリー・ハリケーンを使うまでもなく最初からそうなのだろう。
 ぐっしょり濡れて重くなった黒いビキニパンツは何らかの不具合を引き起こした。
 まるでデジタルモザイク加工が外れる様に金属バット二号の姿が消え、セクシーな美女の姿が現れた。
「ぅわははははははははははははははははははははははは、は……!?」
 笑い声の言葉尻は高い女性のものに変わる。
 エリザベットの姿が現れるとその動きは一般人の様に格段にスローとなる。
 ローラーブレードで素早く接近したアンナが組みつき、背の高いジュディが背後から羽交い絞めにした。エリザベットの足が宙ぶらりんになる。
 マックスも腰にしがみついて押さえた。
 黒いビキニパンツを履いた悪の女性デザイナーがあえなく確保された。
「黄金のビキニパンツがトーロンの物ならば返すのが筋かもしれんが、悪行を重ねすぎたのう。ギシャシャシャシャ」
 偽パンツをかぶったアクション大魔王が天井から彼女を見下ろして笑う。
「突撃レポートや! エリザベットさん、あんさんは女性用下着がどんだけの可能性を秘めてると思ってるんや!?」
「あ、取材ならあたしもザンス! 捕まった現在の気持ちを一言、ザンス!」
 終局を覚り、エリザベットへの突撃レポートに走るビリー。
 記者の本能か、つられる様に自分も突撃するストロベリー。
 まるで犯人を確保した者達ごとエリザベットを押し倒す様に素人とプロ、二人の記者が肉迫する。
 その時。
「今ですわ! この為にわざわざワナにかかったのよ!」
 突然、エリザベットの輪郭に重なる様に黒い金属バット二号の姿が復活した。
 復活した筋力がジュディの羽交い絞めを振りほどく。『怪力』をしのぐ物凄いパワーだ。
 水に濡れた金属バット二号は、ストロベリーの上着の襟首をむんずと持ち上げた。
 そしてズボンのポケットに手を突っ込み、引き裂く様に中身を引き抜く。
 黒い手に掴まれていたのは金色のコウモリだった。
「ぅわはははははははははははははははははははははははは……!」
 黒い手は金色のコウモリを自分の額に押し当てる。
 次の瞬間、黒い金属バット二号は黄金のビキニパンツをかぶった姿になった。
「ぅわはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは……!」
 黒い怪人の姿は光に包まれ、彼女の近くにいた者達は衝撃で後方に弾き飛ばされた。
 服をボロボロにしたストロベリーが道路に転がる。
 数百人はいるだろう野次馬達に囲まれて出現したのは、巨大なドラゴンの形をした下着の塊だった。
 何処となく人のフォルムを残したドラゴンは全身がぐっしょり濡れて膨らんだ、身の丈五mはあろう色とりどりの女性用下着の集合体だった。眼には赤い下着がランランと燃えている。
「これよ! これ! これこそが私の求めた戦闘用ランジェリーの完成型なのですわ!!」金色と黒の縞模様を持つドラゴンはエリザベットの声で咆哮した。
 足を踏み出すと濡れた水がぐじゅりとほとばしり、重い足型が石畳に刻まれた。
 見物人が一斉にネズミの様に逃げ出す。
「これさえあれば私は無敵! パワーは実に金属バットの二〇倍ですわ!」濡れた尻尾を振り回し、トラップハウスの壁を一気に崩壊させる。「うおお! とにかく暴れたい気分ですわ! ……お前らから血祭りにあげてやりますわ!」
 エリザベットが周囲にいる冒険者達を一睨みし、ドタドタと襲いかかってきた。
「すっかり形に心が引きずられているみたいねぇ」
 この期に及んでぽやぽや〜と発言するリュリュミア。
 夜のビッグサムに、ランジェリー・ドラゴンとの決戦の火蓋が今切って落とされた。

★★★