金属バット、現る

第一回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★

(カキーン!)
 雲が湧き、光のあふれる真夏の青空。
 天高く白いボールが飛び、球場には歓声が轟く。
 嗚呼、栄冠は輝いている!
 ――――。
 唐突に夢から醒めた人造魔獣レッサーキマイラ。
 公園の石舞台にタオルケットをかけて寝そべっていた魔獣が、半身を跳び起きさせた後にキョロキョロと左右を見回した。
「なんや、眼え醒めたんか?」
 夏の陽をくっきりと焼きつけた寝惚け眼な相棒に、傍に立つビリー・クェンデス(PC0096)は声をかける。
 種族的な特性から睡眠を必要としないビリーは夢を見た事もなかった。
 そんな福の神見習いは、少しだけ相棒が羨ましい。
「……あれは異世界の風物詩? 郷愁すら感じさせる内容でやんしたな」
「風物詩とか郷愁なんて似合わん言葉吐くなや」
 上等な言葉を吐いた三流芸人に、ビリーはあずきアイスバーを投げてやる。
 もう一度『打ち出の小槌F&D専用』を振って出した自分の分のバーをねぶったビリーは、それを獣臭い相棒に突きつけた。
「で、どんな夢見たん? ボクに教えたってや」
 アイスバーを三つの頭で取り合うレッサーキマイラが、師匠の言葉に青空を仰ぐ。
「夏……太陽……金属音と宙を飛ぶ白いボール……大勢の観客であふれる大スタジアム……」大顎を前足の爪で掻きながら記憶を探るレッサーキマイラ。「……あ、あーっ! 記憶がどんどん薄れていくぅーっ! ……すんまへん、兄ぃ。完全に忘れてしまいやした」
「まあ、夢ってそんなモンらしいってボクも話には聞いとるからな」
 ビリーはあっさり相棒を許してあずきアイスを完全に齧った。
 寝て見る夢は現実にはままならない。
 だからこそビリーは他人の夢が気になるのかもしれない。
 そうタ◇ー・オカモトも言っていた(言ってません)。
(しかし、さっきの夢の内容からするとある一つの物を思い出すなぁ……)
 ビリーの脳裏に、郷里と言える異世界の風景が思い浮かぶ。
 高校野球。丸刈りの球児が金属バットを振る夏の甲子園大会。
「いやいや、んなわけないやろ〜」
 異世界である自分の故郷のスポーツイベントを、『オトギイズム王国』の人造魔獣如きが知るはずはない。
 手を振って否定する自分をキョトンと見ているレッサーキマイラを脇に置いて、ビリーは脳裏に浮かんだイメージを笑い飛ばす。
 しかし果たしてこれは予知夢であったか。
 予知などという能力があるとは思えない出来損ないの魔獣に自分の運命が導かれるとは、この時のビリーは予想していなかったのだった。
(信じるも何もただの偶然です)。 

★★★

 黒いマントと黒いビキニパンツも含めて全身が真っ黒、頭が髑髏という異様な外見。
 そんな不気味な怪人と夜に遭遇する。しかも理不尽な事に下着を見せろと迫ってくる。
 いやはや、これをホラーと言わずして何と言おうか。
 優雅な午後のティータイムを終え、冒険者ギルドの大掲示板を覗いてみたマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は、二人の怪人に関する依頼が眼に止まる。
 黄金の金属バット一号。
 そして暗黒の金属バット二号。
 そして先の感想を抱いたのだった。
 どちらのクエストも興味深い内容であるが、このまま金属バット二号の悪行を放置出来ないと真に感じた。
 是非に及ばず、思うがままに選ぶべし。
 ギルドのホールに立ったまま、お約束の儀式として『故事ことわざ辞典』を紐解くと、そこには「黄金は荒野にあり、真珠は深い海にある」の文言が。
 それに相応しい場所を探せ、という助言だろうか。
 どうにも腑に落ちず、再び頁をめくると「真実は黄金を塗っても泥を塗っても、必ず全てが表に出てくる」という新しい言葉が眼に入る。
 これは何か。恐れずに真実を追い求めよ、という示唆か。いずれにせよ『黄金』が今回のキーワードらしい。
 決意を燃えるハートに込め、マニフィカは冒険者ギルドの金属バット二号の退治依頼を受けたのだった。
 
★★★

 黄金の夏。
 冒険者達の活躍により悪の秘密結社を後継する『デスリラー』は壊滅したが、その元凶たるDrデストロイを捕り逃がしてしまった。
 その点が多少は残念であるが、いずれにせよ正義は為された。
 こうして再び、遍歴の騎士一行として冒険の旅に出発したジュディ・バーガー(PC0032)、ドンデラ・オンド公、従者サンチョ・パンサら三人組。
 盟友ダンブルの仕上げによりついに完成したタンデム・サイドカーの試運転も兼ねた旅は、実に快適な乗り心地で老騎士ドンデラ公も極めて上機嫌。
 そんなジュディ達騎士一行は旅路の途中で、ある町の冒険者ギルドに立ち寄った。
「サイト・シーイング、ちょっとこういう所も覗いてみまショウカ」 
 ジュディ達がその大掲示板を覗いてみたところ、二人の怪人に関わる依頼が貼り出されていた。
 黄金の金属バット一号。
 そして暗黒の金属バット二号。
「フムン」
 首に巻いた愛蛇ラッキーセブンを優しく撫でながらジュディは依頼に興味を持った。
 金属バット二号の悪事は許せないし、報酬も高い。
 しかし悪事から女性を守った金属バット一号に謝礼したい、という女性有志達の依頼は尊い。
「これは……どうすべきデショウカ」
「なんたる卑屈で暴虐たる破廉恥漢なのだ!! 神聖宗教独立遊撃騎士団騎士団長『ドン・デ・ラ・シューペイン』! 卑屈かつ暴虐な『きんぞくばっとにごお』に速やかなる正義の鉄槌を下さんとす!!」
「ご主人様、落ち着いて!」
 依頼の張り紙を見るや、毎度おなじみに憤るドンデラ公といさめるサンチョ。
 ギルド中の人間の視線が自分達に集まる。
「ウエィト・ア・ちょっと・ミニッツ! オールド・マスター!」 
 さすがに老公の暴走につきあわされるままなのは不味いと、ジュディは二人の間に割って入る。
 これは金属バット一号への謝礼依頼へ話を移した方が軟着陸してくれるかもしれない。 
 かくして酒場中の視線を集めたままドンデラ公や従者サンチョとひそひそと相談し、金属バット一号の善行を讃えるべく依頼を受けるとの結論に。
 受付で依頼受諾の手続きをすると、ジュディは二人の尻を押してとりあえずギルド二階の酒場へ。まずは情報収集だ。
「安心してくださぁい。履いてませんよぉ」 
 酒場に上がると涼やかな緑色のドレスを着た見憶えある淑女が、中央で注目を集めていた。
「みなさん下着の話が好きなんですねぇ。なんで下着の話でこんなに盛り上がるのかわからないですぅ。だってリュリュミアは履いたことないですからぁ」
 大胆にスカートをまくってみせているリュリュミア(PC0015)だが、助平男のどよめきは既に意気消沈のため息に変わっていた。
 なにせ植物系のリュリュミアは服は全て葉質の自分の身体の一部。スカートをめくったところでそこにあるのはつるんとした茎質の白い肌しかなかったからだ。何もない。本当に何もないのだ。
「下着が隠されていただんじょんですかぁ。誰が何のために隠したのですかねぇ。そのうわさ話、だれから聞いたのですかぁ」
「ナニやってるんデスカ。リュリュミア」
「あ、ジュディさぁん」
 下着が隠されていたダンジョンの噂話に興味を覚えて酒場で情報を追っていたリュリュミアは、ここでジュディと再会した。

★★★

 また別の町でビリーは三角尾根の高い丘から連なる崖の町を訪れていた。
 この福の神見習いでもあるビリーも冒険者ギルドで下着デザイナーのダンジョンの噂を聞き、俄然「探さなきゃ!」という冒険者根性になっていた。
 大掲示板に張り出された二人の怪人の依頼に興味を惹かれながらも、女性用下着が隠されていたというダンジョンに強い関心が芽生えたのだ。
 高らかに笑う黄金と暗黒のマッチョマンより女性用下着。全く健全な男の子の心理ですね。え、ビリーには性別がない? ま、それはともかく。
 最初は金属バットという言葉に高校野球を連想し、夢見の今日で謎の露出狂達の正体に思いを馳せた。
 しかし今はダンジョンの宝箱から現れた金色に光る物体の方が気になって仕方ない。
 何故だろう?
 連想ゲームの謎解きでもしているような気分。
 まさにナゾーなり。ローンブローゾー!
 ともかくビリーは当事者から詳しい話を聞く事が重要、と依頼受諾当日から刑事ドラマの様に聞き込みで噂の発信源を追い求めた。
 そしてようやく当事者であるダンジョン冒険者達のパーティに接触するまでに辿り着いたのだ。
 その薄暗い酒場。
「あのダンジョンの事? 思い出したくもねえなあ」
 頭にヘラジカの角を生やした戦士のつれない言葉にも必死に食い下がる。
 ダンジョンについての情報を求める。
 ダンジョンがどんな場所にあったか。
 所有者であったらしい邪悪なデザイナーとは誰か。
「宝箱から飛び去ったちゅう金色に光るヒラヒラした物体の形状……もしや黄金色のビキニパンツでは」
「いや、あれは鳥だった様な……」ビリーからマンガ肉を奢られているキツネ顔のシーフが首をひねる。「いや違うな。あれはコウモリ……そうコウモリだった」
「金色のコウモリ?」
 ビリーは相棒のレッサーキマイラと顔を見合わせる。
 このダンジョンは不可解だ。
 わざわざ隠し部屋に宝箱を置き、しかも爆発する罠まで仕掛けている。
 肝心な中身が女性用下着だけというのは不自然すぎる。
 木を隠すなら森の中という。
 つまり極めて特別な下着を隠していたのでは。
「で、そのダンジョンの所有者っちゅうデザイナーは誰やったんや」
「そうそう。そいつの事は俺達も調べた」マンガ肉を食うヘラジカ戦士。「確か『エリザベット・トーロン』っていう女だ。結構邪悪だっていう話だぜ」
「女の下着デザイナー……」
 メモをしながら再びレッサーキマイラと顔を見合わせる。
 怪人金属バット一号が履いている黄金色のビキニパンツ。
 宝箱から飛び去った金色に光るヒラヒラした物体がそのビキニパンツかと思ったが、あにはからんやコウモリだったという。
 だがなんとなく話がつながった気がする。
 得られた情報を伝えるべく他の仲間達と合流を図る。
「兄ぃ。うちら何か冒険の依頼受けてましたっけ」
 その言葉にブレーキがかかる短い足。
 そういえば気持ちばかりが先走って肝心の依頼を受けてなかった気がする。
 まあ後で冒険者ギルドに寄って受ければいいだろう。
「あ、そうそう」マンガ肉を齧っていたアマゾネスチックな僧侶がビリーを呼び止めた。「確かその時、同行取材していた記者がいたのを思い出したわ。彼女なら何か憶えてるかもね」
「記者……」
「もっともダンジョンの話を言いふらしたのも彼女らしいけどね」
「そいつ何て名前でっか」
「ストロベリー。ストロベリー・アーウェインって名前だわ。彼女もビッグサムに住んでいるわ」

★★★

 陽も傾いたある日の午後。
 この『ビッグサム』の町は、東西の要衝。大きな丘を掘削して出来た段差を利用した階段状の町。まるでジグラットの様だ。
 頂上に領主館があり、上の段へ行くほど富める者が住んでいる様になっていた。例外なのは丘のふもとの正門から入って、直通で領主館へと登っていく表通り沿道のきらびやかさ、にぎわしさだ。
 マニフィカは不埒な怪人を退治するべくビッグサムに乗り込んだ。
「なるほど、大きな丘を階段状に掘削した街。ジグラットに似た構造は、まるで街そのものが神殿であるかの様ね」
 ふと人魚姫の脳裏に舞台装置というイメージが浮かぶ。
 仮にそうならば、これは壮大な喜劇か。
 それとも悲劇なのか。
 とにかくマニフィカは、いわゆる女性の敵として金属バット二号を退治するつもり。
 武人としての勘が告げている。
 小悪党レベルな悪行とはいえ、おそらく相当な実力者だろう。
 苦戦を覚悟した上で、油断大敵と心得る。
 日暮れまでまだ時間のあるビッグサムをマニフィカは偵察も兼ねて見回る事にする。
 治安の悪い地域も昼間ならばまだ安全だ。
 迷路の様な下層貧民街は見上げると洗濯物がまるで小さな帆の様に連なり、通りをまたいではためいている。
 身なりが悪い大勢の人民達が行きすぎるストリート。
 と、通行人がある地域まで行くと極端に少なくなる。
 ざわめきが収まり静かになる風景。
 何故だろう、とマニフィカが疑問を抱きつつ進むと答えはすぐに見つかった。
「どうやら金属バットの機動力を封じることが鍵になりそうじゃのう。壁ジャンプさえ封じればただの変態でしかないわい」
 H(ヘンタイ)・アクション大魔王(PC0104)。
 このところ姿を見ていなかった二mを遥かに超えるウェディングドレス姿の巨大な老婆が、まるでクモの様な動作で通りの一角にまんべんなく油を塗りつけてるではないか。
 匂いのきついぬらぬらとした油にマニフィカは鼻をハンカチで覆った。
「おおう。マニフィカではないか。久しいのう。ギシャシャシャシャ」
 アクション大魔王は彼女に気づくと這っていた壁から降りてきた。油まみれの一角をドレスに汚れがつかない様に手足を歩かせる動作はまさしくジョロウグモの如し。
 通行人が寄りつかなくなったほどのこの界隈の改造は住人にとってもさぞかし迷惑であろうが、この怪老婆は気にしていない。
「アクション大魔王……お久しぶりですが一体何をしていますの」
「ギシャシャ。女性の下着を狙う不埒な悪漢が出没すると噂に聞いてな。鬼退治じゃ」
 マニフィカの前に立つと、アクション大魔王は新たな油成分を自らの身体から忍術で絞り出した。
 小さなバケツ一杯に溜まったそれを見て、マニフィカは胸に不快を覚える。
 金属バット二号をターゲットにするのは二人とも同じだが、アプローチの仕方は天地ほども違うらしい、
 もっとも根気よくパトロールする、という人魚姫に比べ、この老婆の策の方が積極的で具体的だとも言えるのだが。……言えるのだが。
 それにしたってもっとどうにかならなかったのか? それがマニフィカの素直な感想だ。
「今世紀最大の美女であるこのワシが自らおとり捜査をするのじゃ。光栄に思うのじゃな。ギシャシャシャシャ」
 アクション大魔王はトラップゾーンの生成に再び取りかかり始めた。
「……とにかくわたくしはもっと情報を集めてきますわ」
 ハンカチの香水を気つけにし、マニフィカは踵を返す。
「ちょっと待った」
 そのマニフィカをアクション大魔王は止めた。
「ワシも情報収集をしつつパトロールを行い、冒険者として治安の維持に努めるかのう。ダンジョンの場所とデザイナーの名前くらいは確認しておきたいし」

★★★

 階段状の立地で知られるビッグサムは、老騎士ドンデラ公にとって徒歩の上り下りが大変な街だ。
 ジュディは丘の麓にある正門付近に愛車を預け、滞在中は名馬ロシナンテという自称に相応しくドンデラ公を肩車しながら移動していた。
「肩車なんて大変ねぇ」
 リュリュミアは手からツルを出してジュディの背を押していた。ほぼ形だけだが、それでもちょっとはサポートになっている。
 そんな彼女達はビッグサムの町の冒険者ギルドを訪れた。
 冒険者ギルド二階の酒場には既にアンナ・ラクシミリア(PC0046)やマニフィカやビリー、記者のストロベリー・アーウェインと自称探偵マックス・ウェイターが集まっていた。ストロベリーという子供っぽい女は事情聴取の為に多少の謝礼と引き換えに呼び出された形だ。
「ギシャシャシャシャ」
 アクション大魔王もいた。酒場のスペースの中に老いた巨体を窮屈そうに詰めている、
 ここにビッグサムの怪人にまつわる依頼を受けた冒険者達は全員集合となっている。
「二号とやらはダンジョンにあったという黄金の下着を探しているのじゃろうが、パンツを黄金にするのは不衛生でよくないのう」
 化学的には黄金は衛生的な気もするが、大魔王の物言いには理不尽が堂堂とまかり通るのだ。
「金属バット一号とのコンタクトを図らなければエニィウェイ、とにかく話が始まらないワ」
 ジュディは呼び出した探偵マックスや記者ストロベリーから話を聞こうと眼を向き合わせる。
 重要な情報を知らないとしても当たり障りのない範囲でなら教えてくれるだろう。
「このマックス様は一月ほど金属バット一号を追っかけているが彼は全然捕まらない!」ハンティングコートを着た筋肉質なマックスが右掌に己の拳を打ちつける。「そろそろ彼を捕まえなければ、もう依頼の前金が尽きてしまった! 早く彼を捕まえて賞金の残りを……!」マックスも彼を追いかけている冒険者の一人なのだ。
「マックスさん。彼はどういう風に現れるでしょうか」
「よく解らない! 彼はいつでも神出鬼没! ビッグサムの女性のピンチに現れる!」
 マックスがアンナの問いにオーバー・ジェスチャーで答える。
 表通りのきらびやかさに安心した旅人の女性達がうっかり裏通りに迷い込むという事件が多発してたビッグサムだが、金属バット男の突然の登場により、犯罪は必ず未然に終わるようになった。
 この金属バット男の出没がまるで都市伝説の様に語られ出したのはここ一ヶ月の事だ。
 そもそもこの依頼は夜のビッグサムに出没して、様様な悪事から女性を守っている神出鬼没の男へと「直接、お礼を言いたい」と彼に助けられた女性達の有志十数人が共同で提出した依頼なのだ。
「ここ一ヶ月ほどは金属バット一号の記事でずっと稼がせてもらってるザンスよ」出っ歯で眼鏡のストロベリーが上等な万年筆で記事を書きつけている。現場で執筆しながら行動するのが彼女のスタイルらしい。「黄金のコウモリと共に一号が現れ続ける限り、あたしの記者業は安泰ザンス。一番で特ダネいただきでザンス」
「そや! 黄金のコウモリや!」ビリーは叫んだ。「エリザベット・トーロンのダンジョンで黄金のコウモリが目撃されてるんや!」
「エリザベットって誰ですかぁ」
「女性用下着のダンジョンを支配していた邪悪なデザイナーや! 八年位前まで服飾店でデザイナーをやってたが、自分の実力に驕りが生じて邪悪な孤高のデザイナーとなり、ダンジョンに住み着いてたって話や!」
 リュリュミアの問いにビリーは答を返した。
「ほう。ダンジョンのデザイナーの名前はエリザベット・トーロンというのか。これは記憶しとかんといかんのう」
 アクション大魔王は桃色の脳細胞に神経電流を刻み込んだ。
「ストロベリーさん。話によるとあんさんもエリザベットのダンジョンに潜ったパーティの一人だったらしいやないか。黄金のコウモリについて何か知ってるんやないか」
「え、そんなコウモリ、初耳ザンスよ」
 ストロベリーが答えながら自分の言葉を万年筆でメモする。
「ダンジョンを攻略していた冒険者の一人であるのは本当なのですね」
 アンナは追及する。
「え、それはそうザンスね。でもその記事は没にしたから新聞には載ってないザンスよ」
「ズルいよなぁ!」マックスは心底残念そうに顔をしかめた。「ストロベリーはフレッシュな金属バット一号の記事で儲け続けいるのに、このマックス様はただ働き同然なんだから!」
 冒険者達はこれ以上有益な情報交換を出来ず、会合は親睦を深める為の食事会へと切り替わった、
 グレープフルーツジュースと冷製パスタの宴で夏の夕暮れがすぎていく。
「金属バットの正体は遺跡から飛び散った下着を身に着けた人じゃないかと推測していますが、確保すればおのずと解るはずです」甘酸っぱいジュースで冷たいスパゲッティを流し込むアンナ。「それにもし二号が探しているのが一号なら、一号の確保を優先すべきでしょう」
 ビッグサムの街の景色は、熱のこもる夜気と共に紫色の夜へと移っていった。

★★★

「今世紀最大の美女であるこのワシが自らおとり捜査をしてやるのじゃ。光栄に思うのじゃな。ギシャシャシャシャ」
 暑い夜。
 治安が悪いビッグサムの裏通りを花嫁姿のアクション大魔王が駆け抜けるという猟奇。
 独自に一号を求める者に決定的な策はない。
 ビッグサムの裏通りには二号を求めるアクション大魔王の猟奇的な足音だけが闇に響いていた。
 さっきまで夜巡りをしていたアンナは小さな事件は起こらない事を予感し、この猟奇的光景を見守る態勢へ我が身を切り替えていた。
 彼女は建物の陰に身を潜め、わざと大きな足音を立てている大魔王を見守っている。
 犯罪現場に現れる一号を追い求め、夜巡りで先回りするつもりだったが、結果として犯罪発生が防げるならそれはそれでよし。……よしなのだが。
「……一号の活動時間帯は判明してルカラ、クエストの主旨を考えればラフ・アクション、手荒な真似は避けるべきダワ」
 通りの反対側には、大きな身体を懸命に隠して一号の登場を待っているジュディも小声で囁く。
 それにしても犯罪が起こる気配が微塵にもない。
 いつもならばちらほらといる人影が、今夜に限っては男も女もひとっこひとり見当たらないのだ、
 その理由はすぐに思い至る。
 猟奇なアクション大魔王のせいで誰も夜に出歩かないのだ。当然金属バット一号も現れるはずもない。
「さすがに怪しすぎて金属バット一号は出てこないザンスね……」
 皆と一緒に、建物の陰に身を隠しているストロベリーがぼやく。
 いかにも怪しい大魔王の花嫁には獲物は食いつかない。予想して然るべきだった。
「ガッデム! これでは今夜もお手上げだ!」
 マックスが小さく叫ぶ、
「どうしようかしらねぇ」 
 リュリュミアもぽやぽや〜と呟いた。
 策を見直すべきかもしれないが、今のところ待ち伏せ以外ではこれ以外に策はない。
 あらためて策を練り直すしかないだろう。
「ほな、帰ろか……」
 ビリーは膝の埃をはたきながら立ち上がった。
 ウェディングベールが暗闇でなびくのにもいい加減見飽きて、さて今夜は退散するかと皆の意識が固まった頃――。
「皆さん! 金属バット二号が出ましたっ!!」
 通りを走りながらやってくるマニフィカの声が闇に潜んだ者達を振り向かせた。
 彼女は念の為にと思ってここから遠く離れた通りを見に行っていた。普段なら現れないような上流階級の大通りをだ。
 息せき切ってやってきたマニフィカは完全に真剣な顔をしていた。自分の見た物を伝えたいという必死な気持ちだ。
「なんと! ワシのトラップ・メイキング・センスは役に立たないのか!?」
 罠と関係ない場所に現れた二号にアクション大魔王は憤るが、こんなに罠だと大主張している場所はさすがに避けられたのだろう。
 マックスとジュディとリュリュミアとビリーとアンナは、マニフィカが駆けてきた道を遡行した。
 上り坂を走り続けて息も上がってきた時に決定的な場面が現れた、
 ゴージャスな夜景。アセチレンランプが煌煌と照らし出す大通りに、見物人に囲まれた金属バット二号がいた。
 漆黒の厚い筋肉を剥き出しにした黒いビキニパンツの髑髏男は黒い『金属バット』を突きつけ、豪華な夜会服をまとった婦人に自分のスカートをめくらせていた。
「むう、違う」それだけ言うと意味があるのか解らない高笑いをする。「ぅわはははははははははははははははははははははははは……!」
「WAHAHAHAHAHAHAHA!!」
 駆けつけたジュディはとりあえず二号に対抗して高らかに笑う。本当は一号に対してしたかった事だが何となく二号の笑いは気に障る。二人共、実に近所迷惑だ。
「卑劣漢め! マックス様のパンチを食らいやがれっ!」
 マックスが走る勢いでグルグル回したパンチを金属バット二号にお見舞いした。
 しかし振り向いた二号の黒い金属バットが、彼をカウンターでホームランボールにしてしまう。
 自称探偵の身体が放物線を描いて夜の風景の向こうに消えていった時、その反対の方角から白いウェディングドレスをなびかせた巨大な老婆が降ってきた。
「謎は全て解けた! 犯人はお前じゃい!!」ここまでの一体何処に謎解き要素があったのか解らないが、叫んだアクション大魔王は手にしていた特大ブーケで黒髑髏男に殴りかかった。「眼には眼を! 金属バットには釘バットじゃい!!」
 轟音。夜景に金属が打ち合う音と共に火花がスパークする。
 ブーケの中身である釘バットによる一秒間に数度の連撃を黒い金属バットが受けきった。
「ワシに勝てばウェディングドレスのスカートをめくる事を許すぞ! このワシのくノ一の術を食らって生きて帰った奴はおらんがなあ!!」
「ぅわはははははははははははははははははははははははは……!」
 二人の魔人による異界の白兵戦にちょっかいを出す勇気のある者はいない。
「ワシと結婚すれば世界の半分をくれてやるぞ!?」
「ぅわはははははははははははははははははははははははは……!」
 戦いは互角だ。
 幾つもの三日月が閃く様な連撃の軌跡の中でストップモーションの如く戦況が移行する。
 と、この光景で皆はふと気づいた。
 さっきまで悪の二号にスカートをめくらされていた被害者の婦人、腰を抜かした彼女が戦場の傍らに取り残されているではないか。
 連撃が拮抗して空中の静止画の様な二人の間合いはじりじりと彼女の方へ近づいていく。
「あぶな……!」
 二つの凶器の間合いに入ってズタズタになる未来が見えたビリーは『神足通』で助け出そうとした。
 ……間に合うのか?
 しかしその時、金色のコウモリのはかない翼が夜の闇に羽ばたいた。
「ぅわはははははははははははははははははははははははは……!」
 金属バット二号よりも高い笑い声が夜のアッパータウンに響き渡った。
 空中より現れた黄金半裸の髑髏男が黒マントをはためかせながら腰を抜かせた婦人の傍に降り立った。
 黄金ビキニの金属バット一号は婦人を脇に抱えると、一気の大跳躍で魔人達の間合いから彼女を助け出す。
「ぅわはははははははははははははははははははははははは……!」
 少し離れた十字路に婦人を降ろすと、高笑いを挙げながら再び夜の街へ消えていく。
「WAHAHAHAHAHAHAHA!!」
 その背を追う様にジュディは笑い声をたたみかけるが、彼こそが本命だった者達は一号を即座に追跡した。
「待ってください! 逃げる必要はないんです!」
 ローラーブレードを滑走させるアンナは黒マントの裾を掴もうとする。
 だがその瞬間、金属バット一号が立派な屋敷の外壁を蹴って空中へと飛びあがった。
 アクション大魔王が奇策を持って封じようとしたその跳躍力が、彼の身体を易易と夜空へ運ぶ。
「ぅわはははははははははははははははははははははははは……! 真面目に生きろ」
 上層街の見物人達が見上げる光景。
 金属バット一号が豪勢な屋根の列を越えて、その向こうへと消えてしまう。 
「待ってぇ」
 最寄りにいたリュリュミアは降下地点へと思しき場所へと通りの角をいち早く曲がって辿り着いたが――。
 夜の闇へはかなき金色コウモリが舞う。
「いてててててて!」
「痛いでザンス」
 暗い通りの真ん中でマックスとストロベリーの二人が路面に尻もちをついていた。
「あれぇ。ここに金属バット一号は来なかったですかぁ」
「金属バット一号!? いやこのマックス様は会わなかったが……出たのか、一号が!?」
「突然、誰かが落ちてきてその拍子に走ってきたマックスにぶつかったでザンス! そいつは向こうに跳ねてったでザンス!」
 ストロベリーの指は夜景の向こうを指していたが、その風景にはもう一号の気配はない。
 どうやら今夜は金属バット一号を逃したらしいと、ここに集まってきた冒険者達は結論した。

★★★

「どうやら一号は逃げ去ったらしいな。ギシャシャ」
 釘バットと金属バットの鍔迫り合い(つばぜりあい)の最中(さなか)、アクション大魔王は間近に迫った金属バット二号へ笑いかけた。
 どうも二号は、一号が現れた瞬間からそちらの方が気になっている風に見えた。彼が去った今もそちらの方に顔が向きがちだ。 
 アクション大魔王は突き放す様に釘バットで打撃を食らわせる。
「ぅわはははははははははははははははははははははははは……!」
 受け止めた黒い二号が筋肉をいっそう盛り上がらせて黒いバットに力を込める。
 釘バットが全身の筋力に押されて下方へと下がる、
 だがそれは巨大老婆の誘いだった。
 釘バットは出し抜けに下半身へのアッパーカットへと軌跡を反らした。
 無数の釘頭を生やしたバットが黒いビキニパンツの股間へと吸い込まれる。
「ぅわはっ!?」
 股間に大打撃をくらった金属バット二号の笑い声が裏返った。
 夜の闇へはかなき黒色コウモリが舞う。
 傍らで二人の戦いを見守っていたマニフィカは見た。
 黒いビキニパンツが黒コウモリに変わって飛び立った瞬間に、金属バット二号の大きな身体がシルエットを崩していた。
 現れたのは三〇歳くらいのセクシードレスを着た黒髪の美女。
 筋肉とは無縁のフェロモンむんむんの彼女が股間を押さえて内股をきつく引き締める。
「私のセンシティブなプライベートエリアに深刻なクリティカルヒットを……っ!!」 
「むう!? ワシに負けぬフェロモンとは生意気な!? それが貴様の正体かのう!?」
「確保します!」
 マニフィカはこの隙に後方から謎の美女にトライデントを突きつける。
 だが美女は空中に飛んでいる黒コウモリをむんずと捕まえる。
 それを股間にあてると黒ビキニパンツの金属バット二号の姿が復活した。
「コウモリが魔法生物でよかったわ! ぅわはははははははははははははははははははははははは……!」
 三又の刃をすり抜けて、黒い筋肉質の髑髏男が一気に跳躍した、
「待ちなさい!」
「黄金のパンツに出会えただけでも収穫だわ! ランジェリー・ハリケーン!」
 金属バット二号が掲げた手から色彩様様、形状様様の女性用下着が大きな渦を巻いて空中に放たれた。
 百枚はあろうかというそれらはカラフルな竜巻となって上層街の一角を覆いつくす。
「うむ。奇っ怪な。ギシャシャ」
 呟いたアクション大魔王とマニフィカの視界を覆った女性用下着。
 広く見物人達の視界も覆って、それが全て地面に落ちた時、ここには黒い髑髏男の姿は消えていた。
「逃げられましたわね」
 マニフィカが溜息をついた時、黄金の金属バット一号を追っていた者達が帰ってくる。
 その首尾は表情と面子を見るだけでも想像がつく。
 かくして大山は鳴動したが、金も黒も二人の怪人を取り逃がしたという結果に終わったビッグサムの暑い夜。
 この先どうするかを皆はあらためて思案を巡らさねばならなかった。
 依頼はまだ続行中である。

★★★