敵はDrデストロイ

第四回(最終回)

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★

 クライン・アルメイス(PC0103)は『エタニティ』の面接室で先日に壊滅した地下酒場『ラ・ランジェリ−』からスカウトした女性店員を面接した後、技術スタッフ達とミーティングを交わしていた。
「戦力的には厳しいですから、相手の武器が判明している事を活かしてきちんと対策していきたいですわ」
 悪の組織『デスリラー』を追い詰めるつもりでいる女社長は、最後のアジトで待ち受けているはずの再生怪人対策、カメレオンカッターナイフ対策として油、ストロボアンコウ対策にサングラスを用意することにした。
「敵の怪人は最後に爆発していましたが、そういえばアッシュさんの身体にも自爆装置が埋め込まれているのではないかしら」
 敵に捕らわれて怪人にされていたカニ男・アッシュを呼び出し、身体をチェックして自爆装置の埋め込まれている場所を確認しておいた。「同じ改造手術ならアッシュさんと同じ場所に自爆装置を埋め込んでいるはずです。この自爆装置が再生怪人の急所になるはずですわ」
 しかし彼女の思惑は外れてアッシュの身体に自爆装置があるという報告はなかった。
「これはどういう事でしょうか。何故怪人は最後には必ず爆発してしまうのかしら」
「アルメイス社長。恐らく怪人はとどめを刺された時、重要器官を破壊されてエネルギーが暴走して大爆発に至るのではないかと思われます」
 黒縁眼鏡が似合う中年スタッフの言葉に、クラインは冷静にスーツの肩を落とした。
「……自爆装置がないと解っただけで前進ですわ。怪人に共通するのは腕の武器ですから、クジラフリーザー以外は腕の武器を鞭で封じればなんとかなりそうかしら」
 クラインは気を取り直し、会議室の卓上にあったコーヒーをあおる。
 その時、会議室のドアが開いて、社員の一人が緊急報告を持って駆け込んできた。
 外部環境報告。
 『パルテノン』の町は突然謎の冷気に襲われて都市機能が麻痺してしまったというのだ。

★★★

 厳寒の冬が王都パルテノンを襲い、何もかもが凍りついていく。
 まるで高空の寒気団が地上へ降りてきたみたいだ。パルテノン全域はまるで雲に覆われたかの様。
 デスリラーの最後の攻撃だろう。
 そこまで予想がつく。
 この凍結がパルテノン全域を襲撃し、あっという間に人の生存すら危うくするほどの極寒状態に陥らせている事も残念だが想像がついた。
 今や都市機能は完全に麻痺している。

★★★

 王都パルテノンの地下迷宮。下水道の最深部に築かれたデスリラーの最終拠点。
 古代神殿の如き石柱が立ち並ぶ巨大な空間。
 そっと物陰から偵察する人魚王国の姫マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)。
 元ジャカスラック公やDrデストロイからも狂気を感じるが、より注意すべき対象は黒衣の看護師ノーラ嬢。彼女こそダークホース的な存在では。
 しかし事態の真相がいまいち掴めない。
 やはり迷った時は神頼み。
 啓示を得るべく『故事ことわざ辞典』を取り出した時、俯瞰する中央の間で怪人クジラフリーザーが猛烈な冷気を吐き出す。
 我が身を両腕で抱きしめても寒さによる震えが止まる事はない。
 人工的な氷河期に周囲の全てが凍らされていく。
 おそらく地上も被災するだろう。
 もはや是非に及ばず。
 知識は武器。それを充分に活用してこそクレバーな勝機を掴む事も可能。
 仮面バッター千本ノックという荒行でハイテンションに陥った故とはいえ、過日に『知識(知から)の二号! 仮面バッターV3マニフィカ!』と名乗った以上、それに相応しき行動を心がけたい。
 マニフィカは掌内の辞典を伏せさせ、代わりに魔術書『錬金術と心霊科学』を取り出した。
 冷気の影響がこれ以上及ばない精神体に変身するのだ。
 これこそ怪人クジラフリーザーに接近する具体的な手段。涅槃仏を連想させる巨体の死角で変身を解き、奇襲的に不意を突く。
 とにかく怪人の冷凍装置を停止させ、もうこれ以上の寒波の被害拡大を防ぐのが最優先。
 マニフィカは最終拠点の照明群の下で、魔術書を声小さきながらも朗朗と読み上げた。
 その姿が風景に溶け込むかの様に透明化していく。
 
★★★

「ごっつうエライこっちゃ……さぶすぎてシャレにならへん」
 寒すぎて身が震え、歯が鳴る。
 冬服など着ていない皆は全身肌が粟立ち、蒼白だ。
 王都を襲った寒波の原因は明白。下水道から流れ出てくる強力な冷気を止める為、怪人クジラフリーザーをどうにかする必要がある。
 それに関しては役割分担で戦闘力の高い仲間達に任せよう。
 では支援系に特化したビリー・クェンデス(PC0096)は何をすべきか。
 無論、被災者の救済だ。
 白く凍りついた地下下水道の入り口に立った我らが福の神見習いは、厳寒の中で支援準備を進める。
 突然の極寒状態に陥った王都で、最も危惧すべきは低体温症の流行。
 体調不良で動けなくなった大勢の人人を救助し、可及的速やかに保温処置を施す事が求められる。
 特に注意すべき点は、急激に身体を温めようとした場合、冷えた血液が心臓発作を招いてしまう危険性だろう。
 衣類が濡れていたら着替え、可能なら毛布で包み、とにかく平常の体温を保つのが肝心。
 自然回復力を強化し、体温を平熱に戻させる為の『指圧神術』と『鍼灸セット』。
 また温かい白湯を与え、お茶とかスープやシチュー等を配る為の『打ち出の小槌F&D専用』。
 臨時の救護所を設け、一人でも数多くの被災者を治療する。
「そういや先行しているマニフィカさんはどないなってんのやろ」
「兄ぃ。こちらの準備は出来ましたぜ」
 ビリーの支度を手伝っているレッサーキマイラが、雪山遭難救助をするセントバーナード犬よろしく酒樽を首元に着けて傍らに待機する。まさに猫の手でも借りたい状況。
「ご老公達はビリーを手伝ってアズ・メニー・ディザスター・ヴィッチムズ・アズ・ポッシブル、被災者達を一人でも多くセイブ、救出してくだサイ!」
 モンスターバイクに乗って駆けつけたジュディ・バーガー(PC0032)は、老騎士ドンデラ・オンドと従者サンチョ・パンサに声をかける。
「神聖宗教独立遊撃騎士団騎士団長『ドン・デ・ラ・シューペイン』! この場に参上して卑怯かつ冷酷な『ですりらあ』に速やかなる正義の鉄槌を下さんとす!!」
「ご主人様、落ち着いて!」
 ご老公とサンチョに最終局面の戦闘は厳しすぎるだろうと、ジュディは彼らに救済任務を勧めたのだが、血気盛んなドンデラ公は突撃敢行しようとする。それを諫めるサンチョの尽力いつもの如しだ。
「いいからこの場にとどまってライフ・セイビング、人命救済に心がけてくだサイ! これも立派なクエストデス!」 
 ジュディが叱る様に声を張り上げ、何とか老はこの場に留まる事を了解する。
 皆は白い息を吐き出し、震えながら周囲に倒れている凍えた人達の救出を始める。
 白雲の様な町の光景に明るい照明を出し、まだ動ける者達の注意をこの救護所に集める。 
 打ち出の小槌から炊き出しを行い、レッサーキマイラが離れた場所に倒れている市民達を集めて背に載せて運んでくる。
 近くにデスリラーの拠点を探るべくマニフィカが先行偵察中の下水道。
 その連絡口から突如として猛烈な寒気が噴き出し、恐るべき勢いで王都中を凍らせている。
 あまりにも不自然すぎる現象からジュディは最初からデスリラーの仕業と断定している。
 悪行を許すまじ!と彼女は叫び、大きなクシャミを放つ。
「冷気が噴き出してきた以上、一刻も早く対処する必要があります!」『レッドクロス』を身にまとったアンナ・ラクシミリア(PC0046)は、まるで火山口から噴煙が噴き出す勢いで冷気の霧を吐く地下下水道を眼前にする。「人人の救済に時間を取られましたが今や突撃の時です。先行しているマニフィカさんを追って地下下水道へ潜ります。水もゴミも凍りついていればむしろ移動速度は速くなります」アンナは戦闘用モップを片手でぶんぶんと振り回して冷気を切る。「レッドクロスの防寒機能を最大限に働かせて突入します。これだけ寒いと水や火薬、電子機器は通常通りには使えないでしょう。再生怪人の方は物理攻撃タイプが多そうに見えるので、それに気をつけないといけません。数は多くないといってもこちらはより少数なのですから、大胆かつ慎重に行きましょう!」
「……と言ってもなぁ。冷気の噴出が激しますぎまっせ」
 天然の毛皮で誰よりも温かいはずのレッサーキマイラが凍えながら愚痴をこぼす。
 確かに地下下水道入り口が冷気を吹き出す勢いは半端ではない。
 まずそれに逆らって進む事が難儀だ。
 その時、街の冷気の霧の向こうからぽやぽや〜とやってくる人影があった。
「リュリュミア(PC0015)さん!?」
 ビリーの呼ばわりに応える様に、植物系淑女リュリュミアは足取りも不確かに地下下水道入り口に近づいてくる。
「ラ・ランジェリーで飲んで踊って楽しかったですぅ。疲れちゃったしちょっと気持ち悪いからあたたかい土の上でぐだぐだしてたんだけどぉ、寒気がして眼がさめちゃいましたぁ」彼女は言いながら自らの掌中に植物を生長させた。「街のあちこちの隙間から冷たい空気が吹いてくるんでぇ、冷気が出てくる穴を急速成長させたトドマツやエゾマツでふさぎまくってきましたぁ。あたたかくないとゆっくりおひるねもできないですぅ」
 リュリュミアの懐から成長した立派な大木が地下下水道の入り口へと突進し、冷気を吹き出している口を塞いだ。
 彼女はこういう風に、街のあちこちから噴き出していた地下からの冷気の支流を塞いできていたらしい。恐らく町の冷気は弱まっているだろう。これ以上被災者が増えるのを心配しなくていいわけだ。
「外部の介入をジャミングする猛烈な冷気、チル・ストリームが弱まったら、間髪を入れず下水道にゴー・アヘッド! さあデスリラーを殲滅セヨ!」
 最初からV3のコスチュームに着替えているジュディは、冷気の噴出を塞いだマツ類の隙間から地下下水道へ突入した。アッシュから得た情報によれば、実質的な首領クジラフリーザーや再生クローン怪人達を集めた背水の陣らしい。野生の勘に任せで最短ルートを選ぼうとする。
「ちょっと待ってください!」
「そや! 地図はあるんやさかい!」
 ビリーはアンナに急いで地図を手渡す。アンナは彼女の後を追って突入した。
「どうやら間に合ったみたいですね……! わたくしも参加します!」
 寒くない衣装を着てきたクラインは皆の雰囲気から現状を察して、現場に着くなり地下下水道へと飛び込んだ。勿論彼女も冷害とデスリラーの関係に気がつき、皆と一緒に行動するつもりでこの場に駆けつけたのだ。永年つきあってきた仲として読心めいた阿吽の呼吸がある。
 デスリラーの最終拠点へと滅ぼさんとする者が乗り込んだ。
 地上に残った者達はその頼もしき背が闇の奥へ消えるのを見守る。
「頑張ってくださいねぇ〜。……わたしはおねむですぅ」
 木を燃やして暖をとる市民の横で、リュリュミアは地面に横たわった。
 ビリーは更に救護を務めながら、絶対に帰ってくると突入した仲間を信じて待つのだった。

★★★

 凍結と冷気の牙城。
 三〇人の戦闘員と、全てをそろえた再生怪人。
 元ジャカスラック候とDrデストロイ、そして彼の看護婦ノーラが並んだデスリラー最終拠点にこっそり突入したマニフィカは、透明化したまま五mの巨身クジラフリーザーへと近づいていく。
 王都を襲った猛烈な寒波を解消する為、巨大怪人の口内冷凍装置を破壊する。
 その狙いで霊体のまま敵地へと入り込んだ。
 まだ誰にも気づかれてはいない。
 怪人クジラフリーザーの本質は、まさに口内の冷凍装置にあるはず。
 あくまでも読書の異世界知識だが、オトギイズム世界でも熱交換の理屈や仕組みが一緒なら冷凍装置の基本構造を把握出来る。
 部分的にでも冷媒の循環システムを破壊すれば、強力な冷気の発生を止められる。
(取った!)
 絶対の間合いと思われる位置まで辿り着いたマニフィカ。
 だがここで自分の誤算に気がついた。
 身長五mの高さに自分のトライデントが届かない。
 では『魔竜翼』をはばたかせるかと思った瞬間に霊体化の時限が切れた。慎重に近づきすぎたのだ。
「誰じゃいッ!?」
 再生ストロボアンコウの擬餌器の電球が光った。
 影が焼きつく様な閃光の中でマニフィカの正体が完全に明らかになった。
「しくじりましたか!?」
 マニフィカの周りに戦闘員と再生怪人が集まり、闇のオーラと共に取り囲む。
 冷気の中で凍りつきそうな汗を褐色の肌にかいた人魚姫は、この人数を自分一人で相手にする事を覚悟した。
 その時だ。
「ジャスト・ウェイト! 待ちなサイ!」
 魔宮の入り口からボンテージチックなブーツの足裏がまっすぐ地面と平行に飛んできた。
 それは居並ぶ戦闘員の一角を崩し、五人を巻き込んで壁に叩きつけた。
 爆発した戦闘員達の爆煙の中に立ち上がった影。
 身の丈二m超ながらグラマーなアスリートのシルエット。
「ユー・オールの相手はこの仮面バッターX3ネ!」
「ギャース!!」
 戦況を見下ろしているクジラフリーザーが仮面バッターX3に吠えた。
 続いて迷宮を突破してきたアンナとクラインも駆けつける。
 ローラーブレードで水道の氷をシャーベットにしながら滑走してきたアンナは、白煙を上げてブレーキをかける。戦闘用モップが冷霧を裂いて回転する。
 クラインは紫電をまとった鞭を、魔宮の空間一杯を使って大きく旋回させた。彼女のかけたサングラスは周囲の照明を集めて白く反射させる。
 クラインとジュディは再生怪人達に正対した。
「洗脳の話もありますが、再生怪人はそもそも自我があるかどうかも解りませんし……」
 一斉にかかる悪人達。
 アンナは襲ってくる戦闘員にモップの石突で打撃をくらわす。
 クラインは再生カメレオンカッターナイフに隠し持っていた油瓶を投げつけた、『小型フォースブラスター』で引火し、再生怪人は初代の如く火だるまになって崩れ落ちる。
「どうやら再生怪人のお約束である『攻撃力アップ↑ HP1↓』はスリラーの時のままの様ですわね」 
 再生怪人の二の腕に攻撃を重点的に攻める戦法。 
 再生ストロボアンコウのフラッシュも、サングラスをかけたクラインには通じない。
 ジュディの青心少林拳・正拳突きは再生サメドリルを吹っ飛ばした。
 仮面バッターV3・ジュディは親友ダンブルの件で悩む事もあったが修行の成果、今はふっきれていた。
 下手の考え休むに似たり。
 それよりも青心少林拳の修行に励むべし!
 サルでもわかる通信講座『独□流機械空□道』の指導法は極めて優秀! 『日ペ△の美子ち△ん』も大絶賛♪
 仮面バッターV3の宿命として再生クローン怪人達を打倒するのだ。
 地獄斎先生から学んだ奥義が炸裂し、飛竜の如く青心少林拳が唸る!
 クラインとジュディの二人は戦闘員と再生怪人を引きつけて戦い始めた。

★★★

 アンナとマニフィカの二人がクジラフリーザーを直接相手にする。
 石床を大旋回する様に滑走しながらアンナは、この拠点の実質的首領クラスの敵と間合いを詰めていく。
 デスリラー最大の目標クジラフリーザー。
 この敵が説得出来るとは思えない。力ずくで倒すしかない。
 しかし冷気を噴き出す口が高さ五mというのはかなりの難題だ。
「ならばこれはどうでしょう」
 アンナは急接近して巨大怪人の左足をモップで一撃した。 
「キシャース!」
 吠えた怪人の足元に二撃三撃とモップの連打を食らわせる。
「そうですか!」
 アンナの戦法を察したマニフィカは魔竜翼を展開し、床すれすれの低空飛行からトライデントの高速突きでクジラフリーザーの下半身に攻撃を集中させた。
 巨人の下半身は大きすぎる的だった。 
 ダメージを受けた怪人は猛烈な冷気を噴き出しながら、眼下の二人を狙って首を下げた。
 コールドブレスは命中した床に凍結の帯を曳きつつ、ヒット&アウェイの二人を追って振り回される。
 銀と白の猛風。
 冷気の余波を浴びた二人の身体に霜がつく。
 痛いほどの寒気だ。
 骨に響く。
 神経がひきつる。
 ?き出しになっていた肌が割れて、血を吹いた。
 アンナは足元の集中攻撃で下がった頭めがけ、壁を伝ってローラーブレードで上昇して頭上から渾身のモップを叩きつける。
 同時にマニフィカは魔竜翼による急上昇で、人様のクジラの頭部めがけて『ブリンク・ファルコン』を発動させた。
 強烈なダメージの嵐が、巨大怪人の顎を裂けさせんと炸裂した。
 振り回された巨腕がマニフィカに命中した。
 人魚姫の身が柱に叩きつけられる。
 数瞬遅れて、アンナも隣の柱に叩きつけられた。 
 二人は、倒すというより冷気を出させなくする戦いに集中する。
「……冷蔵庫の扉を開けっ放しにしているのが気になる性質なので」
「ギャース!!」
 アンナが呟いた時、クジラフリーザーが悔しそうな遠吠えをする。かの怪人の口の中は重傷でガタガタになっている。
「ふがいないぞ! クジラフリーザー!!」叫んだのは玉座の前に立った元ジャカスラック候だった。「たかがそんな奴ら相手に何の後れをとっている!? お前のブレスで凍りつかせて粉粉にしてしまえっ!!」
 クジラフリーザーの白い吐息が二人の走る軌跡と交錯する。
 アンナはこの戦いのとどめとなる物を探した。クジラフリーザーの耐久力は高い。決着には更なる何かが必要だ。
 口元を布で覆ってから水をかけて凍らせて塞いでしまうとか。
「そうです!」
 アンナは玉座まで滑走していき、元ジャカスラック候の眼前に迫った。
 彼のマントに戦闘用モップの先端を引っかけて背負い投げの要領で振り回す。
「ナニぃぃぃぃぃーっ!?」
 悲鳴を挙げる元ジャカスラック候は投げ上げられるままにアジトの広い空間を飛んでいく。
 そして肥満した身体はクジラフリーザーの顎に激突した。
 怪人の口に身を突っこむ形となった元ジャカスラック候の肥満体は、瞬間的に白く凍結した。
 クジラフリーザーの冷気噴射が止まる。
 立ち尽くしたまま、まるで全身でしゃくりあげるかの様に断続的に痙攣するクジラ怪人。行き場をなくした冷気噴出が身体内部を駆け巡っている様で、巨体は更に倍に膨れ上がり今にも爆裂寸前。
「ブリンク・ファルコン!」
 マニフィカは膨満なシルエットに向かって二度目の必殺スキルを炸裂させた。
 冷気を渦巻かせた三叉槍の突撃がクジラフリーザーの腹部を刃嵐に巻き込み、全身に傷と亀裂を走らせる。
 身長五mもある怪人の全身の傷から青い光線がほとばしった。
「…………!!」
 断末魔の絶叫に言葉はなかった。
 クジラフリーザーは蒼白の炎を上げて大爆発。
 青い光が最終拠点内部を明るく照らし出す。
 それはクラインの鞭とジュディの蹴りが、全ての戦闘員と再生怪人を全滅させたのと同じ瞬間だった。

★★★ 

「これでデスリラーも終わりだな。フフフ……」
 最終拠点のいっそう高い場所に立ち、白い風に白衣をなびかせてDrデストロイが笑っていた。彼が作った組織が滅びるのだ。なのに何故か他人事の様に笑っている。
 アジトの冷気は出所を絶たれて徐徐に薄れ始めている。
 影響は地上にも表れているだろう。冬の災いは回避出来たのだ。
 クラインとマニフィカは照明が逆光になっているDrデストロイと黒い看護婦を仰ぎ見た。
 彼らはずっとこの戦闘の傍観者の位置にいたのだ。
「Drデストロイもジャカスラック元侯爵も明らかに様子がおかしかったですわね」クラインはサングラスの内で白衣と黒衣を見比べる。「黒幕はノーラで主従逆転してるのかしら。本物のDrデストロイはノーラの方とか」
 彼女から離れた位置にいるマニフィカもどうしても黒衣の看護師が気になり、あらためて『故事ことわざ辞典』を紐解く。
 すると「眼は口ほどに物を言う」という記述が。
 これは何を意味するのか。
 それがはっきりと説明される文章にマニフィカの眼が行きつこうとした瞬間、冷たい風がページをさらって内容を乱してしまった。
(わたくしが二度も気づけないなんて洗脳や催眠に近い特殊能力かしら。これまでのサングラスの事件もノーラの能力がベースなのかしら)クラインはこちらを見ていない二人に隠密に近づく。(ちょっと強力すぎる能力ですから秘密がありそうですわね。黒衣を見る事でサングラスと同様の効果があったりとか、コンタクトによって能力がブーストされてたりとか)
 黒い看護婦ノーラの戦闘能力自体は高くないだろうとクラインは推理した。
 先制の奇襲で鞭を足に巻きつければ、戦闘も逃走も押さえられるだろう。
 マニフィカとクラインは、互いの絶対の間合いに首謀者達を捉えるまで接近成功する。
 眼配せし、同時に襲撃する。
 その瞬間にDrデストロイとノーラの眼が二人に振り向いた。
 看護婦の眼が『何か』をした。
 クラインはサングラスをしている。デスリラーの催眠光等は効かないはずだ。
 だが光景の中からコマ落としの様に二人の姿が消えた。
 消えたというのは正確ではないかもしれない。
 認識出来なくなった。
 まるで黒一色の液体の中に黒い雫が落ちた様に。
 光学迷彩による透明化。
 いやそれも正しくないかもしれない。
 二人の姿は速やかに認識出来なくなった。
 それは、ここから少し離れた場所にいて皆を観察していたジュディとアンナにも同じだった。
 しかしクラインの鞭だけが違った、
 鞭はノーラの足首に巻きつき、その場に彼女がいる事を明らかにしていた。
「速い鞭だな……」
 するとそこにいたDrデストロイの姿も明らかになっていた。 
 姿が現れた、と言うよりは二人がそこにいる事にあらためて気づけたという様な。
「だがこれで終わりになる……」
 不気味なデザイナーの呟き。
 クラインは鞭に電流を流そうとする。
 その動作よりも、Drデストロイのメスの方が速かった。
 鋭い刃が、看護婦の足首の束縛を切る。
 看護婦の眼が何かをしたのかはよく見えなかった。
 医者と看護婦の姿はまた認識出来なくなった。
 影も気配も足音もない。
 デスリラーによるアジトの残骸となった地下下水道の大広間から、混沌教団『ウィズ』所属マッドデザイナー達は姿を消したのだ。
 恐らくこの場所からは永遠に。

★★★

「と、いうわけで奴らは消えちゃったらしいんや。出入口を見張っていたボクらも見逃したんやけど、そこが唯一の脱出口やないやろうし……」
 冷たい紅茶にスプーンでミルクをかき混ぜながらビリーは、ハートノエース・トンデモハット』王子に事後報告をした。
 夏の午後。
 グリングラス領を訪れた者達が領主館のお茶会に参加している。
 既に任務の主な内容は『パッカード・トンデモハット』国王に報告し、依頼報酬も受け取っていた。
 王子を訪ねたのはここがデスリラーの前身スリラーの野望が始まった本拠地だからだ。
 アンナは元ジャカスラック候が最後の戦闘で死亡したのを伝えた。
「死刑は免れないであろう悪人ですが、この手で直接死なせてしまったのは後味が悪いですね」
「誰かが断罪しなければならなかった事です」
 寂しそうに赤い瞳を伏せるアンナを、マニフィカは支える様にフォローした。
 クラインは、デスリラーの技術面における拠点調査の内容をハートノエース王子にも報告した。
「やはりデスリラーやウィズに羅李朋学園の技術が流入していたみたいですわ」カップの耳を指でつまんで紅茶に口をつける。「もっとも昨今の王国の技術進歩や伝搬を鑑みるに、これは時間の問題でしたわ。しかし羅李朋学園のテクノロジーが王国の倫理を無視して浸透していくのは、危険と見た方がいいですわね」
 これはパッカード国王にも既に伝えてある事だ。
 やはりというかハートノエース王子も「フム」と神妙な面持ちで唸った。
 それを聞いていたお茶会の参加者で自らもマッドデザイナーである『トゥーランドット・トンデモハット』王女は、まるで「うへぇ」とでも言いたげな表情をする。
「トゥール」それを見ていたジュディは王女に親しく声をかける。「ここらで一発、ニュー・インヴェンション、新発明でもして自分の価値を証明してはどうデショウ。そう例えば『エアリアル・エレメント・フィキシング・デバイス』、空中元素固定装置トカ」
「空中元素固定装置?」
 王女は怪訝そうな顔をしたがすぐジュディの言いたい事が解ったらしい。羅李朋学園でオタク達に揉まれたのだろう。
 仮面バッターX3のコスチュームを瞬間的に装着したいジュディは、トゥーランドット王女の色よい返事をウキウキして待った。
「……残念だけどそれは羅李朋学園でもオーバーテクノロジーね」王女の返事はつれなかった。「こういうのを発明しろと思いつきで依頼を出して、ハイ発明しました!と相手がすぐ返せるのなら世の中楽ちんで全て上手く行くんだけどねー」
 ねちねちと皮肉を述べるトゥーランドットの態度に、彼女より遥かに大人びたアスリートの姿はしゅんと萎れる。
「そんなにツンツンしなくてもいいじゃないですかぁ」リュリュミアは冷えた紅茶の中に、自前のレモン・スライスを浮かべる。蜂蜜漬けだ。「こんなに日当たりがいい光合成日和なんだからぁ、ジュディもトゥールもクールにいきましょぉ。あ、レモンいりますかぁ?」
 グリングラス領の、夏のお茶会。
 ホットもアイスも、区別なく飲まれる紅茶。
 この場にあったのは混沌ではなく、各人の好みを尊重した多様性だった。

★★★