敵はDrデストロイ

第三回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★

「相手の言葉をそのまま信じられませんが、グリングラス領がすぐにどうこうなるわけではなさそうですわ」
 『エタニティ』社長クライン・アルメイス(PC0103)の背中は、うららかな陽射しが降り注ぐグリングラス領領主館にあるバルコニーでハートノエース・トンデモハット王子に自分の見解を伝えた。
 領主であるハートノエースとその妻シンデレラ、そして現在居候の形をとっているトゥーランドット姫は、紅茶を飲んでいた手を止め、彼女の言葉を聞く。
「王都からの情報によりますと『デスリラー』はサングラスを使用して洗脳をしている様ですわ」
 バルコニーの縁に立つクラインは会社の情報収集能力で悪の組織デスリラーを探り、情報を集めていた。勿論、その中には王都で起こった『サメドリル』事件や『カニチェーンソー(アッシュ)』事件も含まれている。サングラスを洗脳に使っていた事は既知である。
「グリングラス領内での怪しいサングラスの撤去をお願いします」
 クラインはハートノエース王子に、Drデストロイとこの領主館で接触した事を伝えた。
 黒いメイドを連れた怪しい男は世界を改造してやると告げていた。
 しかし、肝心な内面は世界を気まぐれのままに引っかき回そうとする、厄介な愉快犯にすぎない事も。
「それは……我が館の警備が不甲斐なく大変な失礼を与えてしまいました……」
 領主館の警備が敵の首領格に蹂躙されたも同然であるのに王子は恐縮する。
 しかしクラインはその誠意には構わず、自分がハートノエース王子に必要以上のデスリラー対策を要請したのを謝罪した。
 更に詫びとしてグリングラス領に自会社エタニティの支援を約束する。
「恐らくもうこの場所にDrデストロイは現れないでしょう。……決戦の舞台は王都『パルテノン』ですわ」
 そしてその足で王都へと帰還の途に着いたのだ。

★★★

「アッシュ……てめえ、無事でいたのか……ちきしょーめ!」
 頭のてっぺんが禿げた猿男エイプマンが、カニ男アッシュを真正面から抱きしめた。
 王都パルテノン。
 冒険者ギルド地下一階の酒場。
 行方不明のアッシュを捜していたエイプマンが再会を手伝ってくれたビリー・クェンデス(PC0096)達に喜びを伝えた。報酬五○○○イズムはすぐ払われるという。
「アッシュさん、あなたがデスリラーに洗脳されていた時の記憶についてうかがいたいのですけれど……」
 アンナ・ラクシミリア(PC0046)は感動の再会に水を差す様でちょっと心苦しいが、すぐにアッシュから組織の内部事情を詳しく聞き出そうとする。
 特に気になるのがアッシュが口にしていた『クジラフリーザー』なる人物だ。
「彼は改造人間という事で間違いないですよね」アンナは手元でメモを取りながらアッシュに質問する。「ちょっと名前からはイメージが湧きづらいですが、どんな特徴がありますか。例えば身体が大きいとか、冷気を操るとか、地面に潜れるとか……」
「クジラフリーザーは実質上組織の首領で、身の丈が五mはある、巨大な改造人間だっぺ」アッシュが自分の記憶を探る様に眼を閉じている。「クジラみてえな身体をしてて、口の中が強力冷凍庫になって猛烈な冷気を吐くべ。強さはドラゴンにも匹敵すると言われてるけんども、オトギイズム王国では真のドラゴンに遭遇する事は滅多にねえから、その説明は多分ただの比喩だべ。じゃけん、ただやたらに強い事は間違いないやろ」
「何処でサングラスを生産してるんや」
 傍らの椅子に座ったビリーは次の質問を放つ。
 安価に大量生産された催眠機能付きサングラスが、デスリラー以外にも悪用される可能性がある。
 これを放置する危険性は既にギルドを通じて王国に通報してある。
「あのDrデストロイがデザインしたサングラスは本拠地のアジトで量産してるっぺよ」アッシュが思い出すのと同時に喋っているらしい。「アジトはパルテノン東区の地下下水道の中にあるじゃん。その奥にアジトの基地が非戦闘員に家内制手工業で作られてるべ」
「地図書けるんか」
「書きまひょ」
 アッシュは軽く請け負った。
「Drデストロイと言えば、あいつの正体は一体何なんや。けったいな奴やと聞くけどけどそれなりの実力者なんやろ」
「あいつはオトギイズム王国の東洋地方の出身らしいけど、詳しい事はあんまりよく解らないんや」ビリーの問いにアッシュが自分でもよく解らなげに答える。「……確実に解ってる事があると言やあ、混沌の勢力の信者っゅー事だっぺな」
「『ウィズ』って奴やな」
「そう、そのウィズじゃ」
 またその信仰の名が出てきた。この名前が出てくるとよく解らない事になってしまう。まさに混沌だ。
 元凶であるDrデストロイの正体が、質が悪い愉快犯なマッドデザイナーであるのは理解出来る。
「改造技術の他にも何かスキルを持ってるんか」
「うーん」アッシュが記憶の奥底を漁る。「……メスを手裏剣みてえに投げれるって以外は特になあ」
「じゃあ。いつも傍にいるっちゅう黒衣の看護婦は」
「名前は確かノーラ……」アッシュが奥底の更に奥底を漁って首をひねる。「有能な助手みたいで改造手術にいつもつきそってるみてえやけど……特に記憶に……むしろペットみたいな扱いみてえな……」
「テレポートみたいな能力が使えるんやないか」
「……うーん……」
 アッシュの首がひねられすぎてえらい事になっている。
「クジラフリーザーもそのノーラも洗脳を解除すれば説得出来るレベルなのでしょうかね」二人のやりとりを見守っていたアンナは質問した。「人によっては洗脳が解ければ説得出来る可能性もありますが……自分から進んでデスリラーに参加する犯罪者もいますから」
 今度はビリーも首をひねる番だった。
 ちなみにこの場にはレッサーキマイラも参加していて三つの首の内、二つを同様にひねりまくっていた。無口な蛇頭だけが客観的で冷静な様だ。
 この間抜けなレッサーキマイラだが、現在アンナは不本意にも彼を好意的な眼で見守っている。
 先の洗脳サングラスでの件はちょっと不注意だったといえ、危機一髪を救ってくれたレッサーキマイラには頭が上がらない。
 いつもなんやかんやと文句を垂れながらも逃げずについてきてくれるこの魔獣を見直さざるを得なかった。
「……でも甘やかすとすぐ調子に乗りそうですからそこは気をつけないと」
 呟いたアンナには気がつかないようで、人造魔獣は前脚を組んで首をひねりまくっている。
「皆して頭ばかりひねっててどうしようもねえんじゃねえか」とエイプマンがじれったそうに口をはさんだ。
「出ない答を考えまくっても休むに似たりやなあ」
 ビリーは降参とばかりに両手をバンザイしたが、その時、思い出したらしくアッシュが付け足した。
「敵の本拠地にはテスト用の再生クローン怪人がスタンバイしてるやから気をつけた方がええど。再生サメドリルや再生カメレオンカッターナイフはおろか、おいとそっくりの奴がスタンバってるって話や。──おいはまだもう一人の自分に会った事はねえけどな」
「スリラーと同じパターンかぁ」
 椅子に座りながら足裏を掻いたビリーは、そう言いつつもこの事件に関わっている他の冒険者にもこの情報を分け与える事を既に決めていた。
 世界はホウレンソウ(報告・連絡・相談)さえ何とかなっていれば結構どうにかなるものなのだ。
 やがてアッシュが本拠地への地図を一枚のメモとして書き上げ、冒険者達に手渡した。
 迷路の様な地下下水道への道筋を簡素に表したこの地図が最終的な拠点へ乗り込む、貴重なラインだった。

★★★

 食いこんだ双子のヒップが突き出された鉄の看板。
 パルテノン東区で近頃、アゲ↑調子な酒場ナンバーワン『ラ・ランジェリー』。
 他店から踊り子を引き抜き粒ぞろいのホステスとしてそろえたこのいかがわしい地下酒場は、路地裏の広い一角を占めて幻彩色で今夜も絶賛営業中だ。
 中央に広いホールを持つ地下まで掘りぬかれた吹き抜けの店内は、下着同然というかいっそ裸の方がマシというくらいの煽情的な衣装を着たホステスが騒がしく酔客を接待している。
「踊り子としての潜入捜査もとても面白そうですが、店長(?)のジャカスラック元侯爵に顔が割れているのですわよね、今回は裏方から手を回す事にしますわ」
 現地にいるクラインは、既にエタニティの流通会社としての組織力でラ・ランジェリーの仕入れ等に介入し、裏方として潜入を行っていた。
 服装は裏方として着用する地味な作業服の内側に『ラブラブトレーナー』を着こみ、精神魔法への耐性を上げている。ハートノエース&シンデレラの結婚式の引き出物であるこのトレーナーは表に着るのは恥ずかしいが、洗脳に対する念の為ならやや重宝する。顔には偽のサングラスもかけている。
「ラ・ランジェリーという店そのものはまだ違法というわけではないですわよね、チョウチンアンコウの電球によるフラッシュ演出で客にサングラスをかけさせて洗脳するのが狙いかしら」
 壁の模様さえいやらしく見えるこの酒場がデスリラーのアジトの一つであるのは調べがついている。
 アル・カポネをきどっているのか、そういう衣装を着こなして奥の帳場にこもっているのが逃亡犯である元ジャカスラック公だ。このラ・ランジェリーの店主らしい。
 ピンクや緑の照明が薄暗い酒場の中を乱舞し、ジャズに似た騒音が店内を埋め尽くしている。
 舞台の踊り子達は身体にオイルを塗っているのか、床を這う様な、柱にぬめりをこすりつける様なギラギラとした淫猥なダンスを披露している。
 いやらしい美女達はサングラスをかけていない。
 その代わりに、酒場の中央には見た事のある奇妙な大型装置がグルグルと渦巻きを回転させている。スリラーの基地にあった物と同じだ。ホステスにサングラスをかけさせるわけにいかないので、この装置が洗脳維持の代役なのだろう。
 そこまで把握したクラインはこのまま様子を見る事にした。
 踊り子達は陶酔の内に卑猥な集団ダンスを披露していたが、いつのまにかスポットライトの中には一人だけ雰囲気にそぐわない奇妙な舞いを披露する淑女が紛れ込んでいた。
 リュリュミア(PC0015)は、淫乱な舞踊を披露する集団の中でただ一人不思議なダンスを踊っている。
 レッサーキマイラが拾った綺麗な女の人が載った写真集を覗いた彼女は、それ以来この酒場に興味津津だった。
(あれはビキニアーマーっていうんですかぁ。ジュディさんのバッタースーツの改良の参考になるかもしれませんよぉ。せっかくだから行ってみましょうかぁ。──みんな楽しそうに踊ってますぅ。リュリュミアも一緒に踊りたくなっちゃいますぅ)
 そんな感想でこのラ・ランジェリーに乗り込んだリュリュミアはいつのまにか踊り子の中に紛れ込み、腰をくねらせる淫蕩なダンスを踊る中で一人、自由奔放な奇妙な前衛ダンスを客に振る舞っていた。まるで柳に風。関節かどう怪しいところでしなる、風変わりな体で。
 この舞いが客に好評か。
 勿論、客層からしてそんな事はない。
 しかし客から特に不満の声やブーイングはなく、彼女の特異点ダンスは現在進行形で続いている。新しい趣向の出し物とも思われている様だ。
「あぁ踊ったらのどが渇いちゃいましたぁ」
 思う存分満足するまで踊ったリュリュミアは、一人ステージから離れて眼についた客が飲んでいるトロピカルなドリンクを自分も注文した。
「この飲み物、あまくて冷たくておいしいですねぇ。でも冷たいのに飲むと身体が熱くなってきちゃいますぅ」
 ブルーな甘いジュースを喉に流し込むとそれはすぐに身体に吸収されて頭や手足の隅隅まで染みこんでいく。舌触りは冷たいが今は指先までホット、ホット。そんな調子で。
 勿論これがかなり強いアルコールなのだが、気づかない淑女は徐徐に頭を痺れさせていく。
 さて、この騒がしい酒場の長いカウンターで一人静かに酒を飲んでいる顔をもある。
 派手なステージを背にジュディ・バーガー(PC0032)は『迷彩柄のビキニ』にテンガロンハットをかぶり、ティアドロップ型のサングラス、腰のホルスターに魔法銃というガンマンスタイルで火酒を飲んでいる。
 静かに嗜んでいる酒だがこれは『誘い』だ。
 一人で飲みながらカメラマン怪人のスカウトを待つ作戦。
 特撮造形師ニラさんに頼みこんで『仮面バッターV3』のコスチュームを超大至急で補修&改良してもらい準備万端。いざとなればV3に変身するつもりなのだが、著しく公序良俗に反する場所柄、御老公の血圧が心配なジュディは公の従者サンチョと一緒に冒険者ギルドで留守番してもらう事に。申し訳ない気持ちも強いけれど正直なところ、煽情的なV3に変身した姿を見られたくはなかった。
(いざとなれば『火炎系魔術』と『ハイランダーズ・バリア』を応用シ、ブルーハーツ・シャオリン−クンフー、青心少林拳が火を噴くのデスヨ! Hey! Hey! HeHey!!)
 そんな事を考えつつ、酒を飲みながら油断なく眼線を周囲に配る。
 アメリカンな彼女にはもう一つ、来店の目的があった。
 この酒場に入り浸っているというドワーフの職人技師『ダンブル』を捜しているのだ。
 彼女の愛車モンスターバイクは特注したサイドカーを付けてパワーアップしているが、その仕上がりはもう一つだと感じていた。
 他のドワーフ職人達の腕は悪くないけど物足りない。親友のマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)ならば、愛読書を取り出して『画竜点睛を欠く』と言い出すだろう。
 やはり盟友ダンブルの力を借りたい。
 しかし最近の彼は仕事も忘れ、すっかりこの地下酒場ラ・ランジェリーに入り浸ってるという。
「オーマイガ! またデスカ?」
 それを知った時のジュディは思わずこう叫んだ。懐かしい記憶にこういう事があったのを思い出す。
 職人気質が強いから深い泥沼にハマり易い性格かもしない。一本気の弊害とも言えるだろう。
「……まあ、仕方ないネ。でも大丈夫、ノープロブレム♪」
 その時のジュディは軽く受け流せたが、やはり完璧なバイクをあきらめきれない。
 やはりこの酒場に赴いたのダンブルとの再会が主な目的だ。
 この地下酒場とデスリラーの関連性はレッサーキマイラ氏に写真集を見せられた瞬間から容易に想像出来た。
 とある人物と似ている酒場経営者の肖像画。
 カメラマンらしき怪人。
 ……もはやこれが罠であるのを疑ってもいいレベルだが、敵は愉快犯……考えすぎても負けな気がする。
(そろそろカメラマンが声をかけてきてもいい頃ネ)
 喉をどれだけ火酒で焼いた頃だろう。ジュディはもう永い間、酒を飲んでいたが声をかけてくる従業員はいなかった。
 それだけではない。
 どうも店の雰囲気が怪しくなってきている。
 元から怪しい店だがムードの方向性が違う。
 酔客の相手をしているホステスは相変わらず過剰に艶っぽいムードだが、酒場の酒や料理を運んでいるウエイターや客の一部がやけに荒っぽい調子にある気がする。
 はっきり状況を把握しよう。
 男と女で完全に空気に差があるのだ。
 もっと的確に言えば、サングラスをかけている男とかけていない女の温度差だ。
(始まりましたね……)
 裏方としてこっそり表の酒場を覗いていたクラインはこの変調に覚えがあった。
 彼女はエタニティとしての力を使って、この店に流通している例の洗脳サングラスをよく似た模造品にすり替えておいたのだ。
 それによりこの店の従業員やこの店でサングラスによる影響力を受けていた客は、徐徐に洗脳から解き放たれる事になった。今や彼らは何故自分がここにいるか解らないのを思い出し、戸惑い、逃げ出そうとしながら周囲に食いついていた。女性のホステスの洗脳が解けないのは、元よりサングラスではなく店内にある洗脳装置による影響下にある為だろう。
 元元、従業員は逃走犯やうっかり路地裏でサングラスをかけてしまった喧嘩っ早いチンピラが多い。
「畜生! 俺は何でこんな事をしてるんだ!?」
「うるせえ! てめえ、俺をここから出せ!」
「喧嘩を売るつもりか!? 買うぜ!」
 色っぽいままでデスリラーに忠誠を誓うホステスを尻目に、店内の従業員達はまるで混沌を広めるかの様に喧嘩の輪を広げていった。
 その輪から外れてぶつかってきた男の一人を肘打ち一発で元へ戻したジュディは、騒ぎの中によく見知った顔を見つける。
「OH! ダンブル!」
 ラ・ランジェリーのホステスや客達を戸惑わせながら広がっている喧騒に、ジュディはとうとう目当ての男を見つけた。
 チンピラの胸ぐらを掴んで拳を振り上げているダンブルもサングラスをかけていたが、それが今では洗脳装置ではない物にすり替わっているのは明らかだ。
「ジュディ!? ……何でお前がこの店に!? っていうか俺は今まで何をして……!?」このドワーフは突然解けた洗脳に慌てふためいて周囲と組みしていた一人の様だ。「ってゆうか、ホステスに勧められてサングラスをかけた後に記憶が……いや、この店に入り浸っていたのは憶えてるんだが、何度目かにサングラスを取り替えた後に、意識が戻ってきて……!?」
「ダンブル……アイム・グラッド、ユー・リゲインド・コンショーネンシス、意識が戻ってよかったワ!」
 ジュディは思わず彼にタックルしていた。実際は低い位置にある頭を抱きしめたのだが、どうしても互いの身長ではこうなってしまう。
 しかしサングラスを捨てたダンブルがその体格差を余裕で受け止めていた。
 店の中は大喧騒。
 喧騒の渦に客とホステスを揉んでいる店内に、奥の事務所から二人の男が現れる。
「一体何事だ!?」
 一人は見間違えようがないほど見知った顔。高級なギャング風のいでたちのA級逃走犯・元ジャカスラック公。
「この俺達の最高の女達が群れる酒場をイカくさくしてるのは誰だッ!」
 そして写真集の裏表紙での戯画でのみで見た顔。筋骨隆隆たる姿でありながら力士の様にでっぷり太った深海魚めいた巨漢。額の小さな触手からストロボ電球。こいつはデスリラーの改造人間『ストロボアンコウ』で間違いない。
「ユー! デスリラーの改造人間ネ!? この『仮面バッターV3』が葬ってあげるワ!」」
 ダンブルをカウンターの向こうに押しやり、ジュディはデスリラーの幹部達に名乗りを挙げた。
 そして変身(コスチューム・チェンジ)した。
 ジュディ・バーガーは戦闘の際、仮面バッターV3へと変身するタイムはわずか一〇秒にすぎない! では、そのプロセスを見てみよう!
 ……ひたすら急いで着替えるのだ!
「俺をデスリラーの用心棒ストロボアンコウと知っての挑戦か!? だがそのデカ尻が隙だらけじゃわい!! デスリラー完璧!!」
 ジュディの身長に負けない怪人は、あろう事か変身中のジュディに遠慮なく直接攻撃した。力こぶが太く盛り上がる右腕で鋭い張り手を繰り出す。
 ちょうどバッターの下半身コスチュームに脚を通していたジュディはよけられない。
 アメリカンガールの頬に張り手が命中する瞬間。
 紫電をまとった鞭が怪人の張り手をはね返した。
「何!? いってえ何者の仕業だ!?」ストロボアンコウがしたたかに打ち据えられた右手を胸に抱える。
「変身中の攻撃は反則ですわよ! 踊り子に触れるのもね!」
 『雷撃の鞭』を構えたクラインは床を音高く打って、自らをアピールした。作業着とトレーナーを脱ぎ、セクシーなコスチュームだ。
「貴様ら! 我がスリラーを滅ぼした冒険者達だな!?」
 叫んだのは元ジャカスラック公だった。彼は立派な身なりに不似合いな卑屈さで、身をひるがえしてフロアから即逃走する。
 クラインはそれを追おうとしたが、洗脳されたままのホステスの集団が行く手をふさぐのに邪魔される。遠慮ない肉色の壁に、逃走者を追う事が出来ない。
 元ジャカスラック公の姿は酒場奥のドアの向こうにあわただしく消える。
「仮面バッターV3・ジュディ!」
 変身完了したジュディが高くジャンプし、天井のシャンデリアを蹴って、ストロボアンコウの背後に降り立った。
 改良されたV3のコスチュームはジュディの健康的なボディラインに煽情的に張りつき、その胸や腰つきをセンセーショナルに強調した。マスクの中は羞恥心で顔が真っ赤だがもはや退く事は出来ない。開き直った! 覚悟完了!
「む! 撃写したいッ!」叫んだストロボアンコウが大時代的な撮影機を取り出した。蛇腹なボディの先端にある大きなレンズが照明を反射して光る。「だが、その汗くさいマスクが邪魔だッ! ホステスにもサングラスを許さなかった美的センスがその昆虫マスクを許さない! 脱げ! お前のありのままの姿を俺の黒光りするカメラが芸術的大爆発させてやるッ!!」」
「お下劣な!」
 紫電の鞭を打ったのはクラインだった。
 それはストロボアンコウが投げた木の椅子を打ち砕く。
 洗脳が解けた男達が突然始まった怪人達の戦闘から酒場中を逃げ惑うが、洗脳続行中のホステス達はその裸身を戦闘の場にさらして、ジュディやクラインの邪魔をした。
 ラ・ランジェリーはまるで混乱するミキサーの中の様だ。
「くっ! せめて邪魔なホステス達をなんとかしなければ!」
 クラインは鞭を振り回せる整然としたスペースの足りなさに必死に喘ぐ。
「俺の太くて長いアックスボンバーをくらえいッ!」
 飛び込んできたストロボアンコウの太い腕を間一髪かわす。背にしていた太い柱が真っ二つにへし折れた。
「バッターパワー!」
 ジュディの太腿は怪人の大きな背に大回転の回し蹴りを叩きこむ。
 ダメージはあった様だが、その背が身震いすると筋力で押し返された。
 二人は群がってきた半裸のホステス達にがんじがらめに組み敷かれる。
 反撃したいが洗脳されてるだけの彼女達を傷つけるわけにいかない。
 その時だ。
「あははははははぁ」戦況に似合わない陽気な声が響いた。「気持ちよくってぇグルグルでぇもっともっとぉダンスしたいですぅ」
 完全に酔いが回ったリュリュミアは『ブルーローズ』のツルを成長させて両手から極太の緑の触手を振り回していた。
 二つの長いツルは縄跳びの如く、高く低く振り回され、周囲にいる大勢の男やホステス達の頭を打ち、足元をすくう。
 そしてフロアの中央にあった大型洗脳装置を打ち叩いて床に転がした。派手な音を立てて、グルグル回っていた機械の渦巻きが壊れて止まる。
 瞬間、ホステス全員から一気にすっと力が抜け、床に倒れた。気絶している。
「今です!」
 クラインの長い鞭がたっぷりとした余裕のあるカーブを描いた。
 ストロボアンコウをしたたかに打って手のカメラを叩き折った鞭の軌跡は、紫の放電で酒場内を激しく照らす。
「グゲエエエエエエエッ!!」
 悲鳴を挙げた怪人へ、V3は右のグローブを突きこむ。
「チェンジ・冷熱ハンド!!」
 右腕からは火炎が放射され、ストロボアンコウをひるませた。
 その隙に左腕が青心少林拳・正拳突きを胸に打ち込み、その巨体をひっくり返した。
 だが怪人は即座に背筋を使って跳び起き上がる。
「とどめくらえい! 俺のストロボフラッシュッ!」
 雷鳴。アンコウの額にあったストロボが全ての影を白く塗り潰す眩い明滅を放った。それは全ての者に幻覚を見せる怪しい催眠光の様でもあった。
「ヌハハハハハハハハッ! 俺の幻覚の中で悶え死ねッ! ……ヌゥッ!?」
 勝ち誇って笑ったストロボアンコウだったが、明滅がおさまった時、敵であるクラインもジュディも何事もかわりなくそこに立っていた。
 何故ならばクラインは元よりサングラスをかけ、ジュディのV3マスクも眼をグリーンのバッターアイで保護していたから。
「あははははははぁ。景色がグルグルでピンクでむらさきできもちいいですぅ」
 ただリュリュミアのみがアルコールの酔いに催眠光の幻惑が重なって気持ちよさそうに悪酔いしていた。二本の太いツルが無差別に人間をポイポイ投げている。
 クラインとV3は酒場のサイケデリックな照明が交差する中で、ストロボアンコウと殺陣を演じるかの様に戦闘の手数を交錯させた。
 クラインの鞭がストロボアンコウのストロボを叩き割った。
 ショートした電気が肥満体を痙攣させる。
 ジュディは修行の成果を脚力に溜め、床を蹴って大跳躍した。
 身を回転させて、今度は天井を蹴る。
「V3反転キック!」
 まっすぐな槍の様にキックがストロボアンコウの頭部を射る。
「グゲゲゲエエエエエエエッ!!」
 ストロボアンコウの肥満体が背後へ吹っ飛び、酒樽が並んだ壁へと叩きつけられる。まるでビリヤードのブレイクショットだ。
 厚い板がブチ折れ、高級酒の香りがする飛沫が盛大に飛び散った。
「ゲバァッ!」
 火が着いた様に肥満した身体が猛爆した。
 爆煙が酒場の半分を埋め尽くし、ストロボアンコウがド派手な大爆発をした。
 酒場中の人間がそれに振り向く。
 酒場の騒動はこの爆発で一気に沈静化へ向かう。
「……いててててて……何があったんだ」
「OH! ドント・ルック・ミー、見ないデッ!」
 カウンターの陰から後頭部をさすりつつ身を起こしたダンブルの眼を、ボディラインばっちりの仮面バッターV3の足裏がふさいだ。
 クラインはリュリュミアが振り回すツルをかわしつつ、元ジャカスラック公が消えた扉へと駆け寄った。
 ドアを開け放つ。
 予想出来た事だが、そこに元ジャカスラック公の姿はなかった。
 地上へと向かうのだろう石の階段の途中には、二人の男女が立っていた。
「……またお前か……」
 そう呟いたのはクラインには忘れられない顔だった。
 白衣の男、Drデストロイ。
 そしてノーラという名らしい黒衣の看護婦。
「やはりあなたはここに……!」
「ああそうだ……。だがすぐに忘れ去られる……」
 Drデストロイが呟いた後、黒衣の看護婦の眼に何かがあった様な気がする。
 光るとか睨まれるとかではない。もっと微妙な何かだ。
「…………?」
 気がつくとDrと看護婦の姿が消えていた。
 いつ消えたのか。
 それすらもクラインには知覚出来てはいない。
 ただの外の路地へと続く長い石の階段を見上げてクラインは立っていた。
「あははははぁ。気持ち悪くて楽しいですぅ」
「OH! ダンブル! 見ないデー!」
 酒場の中からは楽しげにも聞こえる声が響いてくる。
 彼女達にも、クラインは自分が見た物を教えなければならない。後はここのホステス達を会社の受付嬢に勧誘したり、やる事が沢山残っている。
 とりあえず、自分達は見事にデスリラーの洗脳拠点を打ち滅ぼしたのだ。

★★★

 パルテノン東区。
 暗黒の地下下水道。
 独自にDrデストロイを追うマニフィカは言い知れない心労を感じ、気分転換の儀式として『故事ことわざ辞典』を紐解く。
 すると「全ての混沌には調和が、無秩序の中には秘められた秩序がある」という文言が眼に入った。
 つまり世界の本質が混沌であるなら、だからこそ秩序は必要というポジティブな解釈。
 なるほど、このロジックは性悪説と似ている。
 再び頁をめくれば「たとえ正義の動きは緩慢なりとも、邪悪者を打破するは必至なり」という記述。
 心の迷いを叱咤された気がする。
 為すべき事を為す。それを忘れていけない。
 是非に及ばず。
 手持ち照明を前方に向けてマニフィカは考える。
 ビリーとアンナからの情報によれば敵の最終拠点はこの地下水道奥にあるはず。
 デスリラーという犯罪結社の実態はその場限りな要素が強い、おそらく表層的な集団にすぎない。
 つまり愉快犯という本質を有するDrデストロイが、成りゆき任せな犯行計画を実施する為のダミー組織ではないだろうか?
 たぶんデスリラーにこだわりはなく、いつでも捨てられるはず。
 愉快犯に特有な気紛れからDrデストロイの行動予測が難しく、実質的な奇襲効果も高い。
 計画性に欠ける為、個別の被害は小さく感じられるが、長期的な累積の影響を危険視せざるを得ない。
 神出鬼没な行動は、PCビリーの『神足通』を連想させるが、あくまでも改造技術に秀でたマッドデザイナーのはず。
 いずれにしても元凶のDrデストロイを放置できない。
 仮にデスリラーが壊滅しても、彼を取り逃がしたら同様の事件が繰り返されてしまう。
 神出鬼没な元凶の行方を徹底的に追い続けるつこりだが、何故彼は神出鬼没なのか。
 マニフィカは影の様に彼によりそう黒衣の看護師にあらためて着目していた。
 もしかしたらあの美少女はテレポート能力者ではないだろうか。
 そんな事を考えながら、アッシュから入手した地図の複製を見ながらマニフィカは岩と水の迷宮を進む。
 王女の得意ではない生活排水の、水位ギリギリの石床を足音を殺して歩いていくと、いつのまにか風景の雰囲気が違っていた。
「……ここは」
 マニフィカは手元の照明を消した。
 既に周囲はしつらえられた魔法の照明群で照らされている。
 それは地下迷宮を大きくくりぬいて作られた巨大な悪の殿堂だった。ギリシャ神殿風の柱が幾つも並んでいる。
 中央には玉座が据えられ、そこには元ジャカスラック公が余裕たっぷりに腰かけている。
 その傍らに立っているのはDrデストロイと黒衣の看護婦。
 そして身長が五〇〇cmはあろうかという遥かに巨大な裸の男。デスリラーのシンボルがあるベルトのみを身に着けた、クジラと人間を混ぜた様な怪人はクジラフリーザーだろう。口の中一杯には強力そうな冷凍庫が設置されている。純正デスリラー製のサングラスをかけていた。
 クジラフリーザーの背後に控えているのは見知った怪人だ。Drデストロイが作った再生改造人間だろう。再生カニチェーンソー。再生カメレオンカッターナイフ。再生サメドリル。再生ストロボアンコウ──。
 彼らの周囲には、三〇人ほどのデスリラー戦闘員が片膝をついて公にかしづいていた。全員サングラスをかけている。
「とうとう我がデスリラーの拠点もここが最後になった!」元ジャカスラック公が大声を張り上げた。「これが我我の最後だろうか!? いや違う! ここから我我は鮮やかに巻き返す! これから王都パルテノンは厳寒の真冬が訪れ、大混乱に見舞われる! それに乗じて我らが軍が王城を陥れ、国王達を皆殺しにし、王座を奪うのだ!」
 マニフィカは柱の陰から彼らの言を聞きながら軽い幻惑を感じていた。
 再生怪人がいるとはいえ、彼は本当に三〇人だけの部隊で王座を奪えると思っているのだろうか?
 可能だとして、本来は元ジャカスラック公の目的は自分の独立領を作る事だったのでは?
 マニフィカは自信満満に笑っている元ジャカスラック公の笑みに狂気が宿っている気がした。
 それと同じ雰囲気がDrデストロイにも。
「クジラフリーザーっ!!」
「兵は拙速を尊ぶッ! 最高出力ッ!」
 公の呼ばわりに応えたクジラフリーザーは口を大きく開いて、口内の冷蔵庫から強力な冷風を噴き出した。
 機械の唸りと共に吹き荒れた白い猛風は、アジトの空気を凄まじいスピードで鋭く凍てつかせる。
「これはっ!?」
 マニフィカは金属の周りにいると冷気で肌が貼りついてしまい危険だと感じた。もう既に強力な冷気が自分に届いている。
 速やかに氷河期が訪れた。この地下下水道全ての水分が凍りつき、地下川は氷河になり、空気は白い霧となった。ダイヤモンドダストの輝きが周囲で瞬く。
 白く煙った風景の中で、マニフィカはこの凍気が猛烈な嵐となって地上を襲っている事を容易に想像が出来た。

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 多分クラインはラ・ランジェリーのホステスを受付嬢にする為の面接を開いている最中。
 ジュディはダンブルに仕上げをしてもらったサイドカー付きバイクの試運転をしているはずだ。
 リュリュミアはまたぽやぽや〜っと何処かへ出かけてしまった。
「そういえばマニフィカさん、どないしたんや」
「しばらく前に先行偵察に行ったみたいですよ。帰ってくるまで待ちましょう」
 そして地下下水道へと繋がる階段の前でビリーとアンナは地下地図を広げていた。
 表通りの一角にある小さな塔の中に地下へと降りる階段がある。普段は厳重に施錠されている鉄扉が特別に開かれている。
 二人の冒険者は、立ち止まった市民達の関心の的になっていた。
「あー。ボクら本当は目立ったらあかんとちゃうん。町の衆をどうにか遠ざけた方がええんちゃうかな」
「そうですね。皆さんには一旦お引き取りを願って……むう?」
 アンナの眼線の先で、地下階段から白い冷気が猛烈な嵐となって噴き上げてきた。
 ビリーも白く巻き込んでいきなりパルテノンの大通りの風景を凍結させていく。
「なんやなんやなんやなんや……思いっきりサブイボ立ってんやん!?」
「この冷気は……噂のクジラフリーザー!?」
 戸惑う二人の周りで、市民達が白く凍りついて次次と倒れていく。
 厳寒の冬がパルテノンを襲い、何もかもが凍りついていく。
 まるで高空の寒気団が地上へ降りてきたみたいだ。パルテノン全域はまるで雲に覆われたかの様。
 デスリラーの最後の攻撃だろう。
 そこまで予想がつく。
 この凍結がパルテノン全域を襲撃し、あっという間に人の生存すら危うくするほどの極寒状態に陥らせている事も、残念だが想像がついた。
 都市機能は完全にマヒしている。
 冒険者達はそれぞれの場所で、この凍結にどう対処するかを考えねばならないのだ。

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