ゲームマスター:田中ざくれろ
★★★ ジュディ・バーガー(PC0032)は悟りを開いた。 正義無き力は単なる暴力に過ぎず、力無き正義もまた無力である。 つまり正義を行う為には、それ相応の力を必要とする。 果たしてその悟りが正しいのかは今の彼女には解らない。 ただ『カワオカ・ヒロシテン』はこう言った。 指が折れるまで修行の道を極めよ! 指が折れるまで……指が折れるまで……! 鮮緑の草深き『グリングラス領』で風に吹かれたジュディは誓いを秘めた拳を強く握った。 『仮面バッターV3』を自称するジュディに例外はない。 デスリラーの怪人に対抗すべく、更なるパワーアップは急務であった。 超人的なフィジカルを誇るが、本来はアメリカンフットボーラーという経歴のジュディが駆使する格闘技は全て我流。 ここに来て彼女はある意味で伸び悩んでいた。 カワオカのおやっさんに相談してみたところの、初心に帰れ! 初心に戻って基礎を学べとの助言。 「サー! イエッサー!! アイ・キャン・ブギ!!」 そして彼女はアドバイスに従い、サルでもわかる通信講座シリーズの『独田流機械空手道』を学び、老騎士『ドンデラ・オンド』公と従者『サンチョ・パンサ』から応援を受け、試行錯誤の末に『青心少林拳』を習得すべく特訓を始めたのだ。 しかし残念ながら、今すぐ実践するには時が足りぬ。 そんな焦るジュディとグリングラス領の冒険者ギルドで再会したクライン・アルメイス(PC0103)は、グリングラス領主『ハートノエース・トンデモハット』王子に我が意を伝えてきた帰りだった。 クラインは国王にデスリラーの計画の推測を説明し、推測の成否に関わらず王都を離れて活動する許可を既に取っておいている。これも無断で首都の現場を離れた事を依頼放棄と見なされる誤解を防ぐ為だ。 「王都東側の次は西側と敵の動きに計算を感じますわね、これは陽動なのかしら」 時は先刻。 場所は領主館。 領主館でクラインは王都『パルテノン』での悪の組織『デスリラー』の動きを読んで唸った。 「カメレオン男の戦力が低かったのも合わせて考えると本命の戦力を温存していますわね、すると鮫男もそこまで強い怪人ではないはずですわ」 推察を献上された大テーブルの上席のハートノエース公もふむと唸る。 「王都襲撃は陽動で、本命の戦力はグリングラス領の奪還といったところかしら。デスリラーの目的は、洗脳したジャカスラック元侯爵を傀儡領主とした旧ジャカスラック領の独立と見ますわ」 旧ジャカスラック領。これはこの現グリングラス領の事である。 ハートノエース王子と領主館で謁見したクラインは彼に自らが調査、推理した意見を滔滔と語る。 「そういえば、以前にスリラーを調査した時に、スリラーの活動物資はジャカスラック領の錬金術ギルドなどが発注していましたわ。デスリラーの本拠地もグリングラス領にある可能性は十分にありますわね」 「我が足元を邪悪な組織が脅かしている、というのか……」王子が形よく整った顎をひねる。 「とはいえ、デスリラーの本格的な襲撃があったらグリングラス領の戦力でも厳しいかもしれませんし、被害を最小限にする為にも領民の避難態勢を整えるべきですわ。何もなかったとしても、領民の避難訓練の一環という事でいかがでしょうか」 「ううむ。そこまで長期的で大ごとな避難訓練ともなると、天変地異や大戦に対する備えでもないとさすがに告示は出せないな」 そう尻込みする王子にクラインは領民に避難を覚悟させ、グリングラス領内の錬金術ギルドや『Drデストロイ』の情報を中心としたデスリラーの拠点捜索を願い出る。 「戦闘員の高い戦闘力を考えますとスリラーの技術を流用してるはずですから、その辺りから手がかりを拾いたいですわね」『エタニティ』の女社長は女豹の瞳の様な抜け目なさを領主に配った。「偽名としてもDrデストロイほどレベルの高い錬金術師なら何かしら過去の活動の痕跡なりがあると思いますわ、右手を武器に改造するのは特徴的なポリシーですけどトゥーランドット姫は何かご存じないかしら」 「うぇ!? あ、あたし!?」大テーブルの傍らに控えて評議を拝聴していた『トゥーランドット・トンデモハット』姫は突然話題をふられたのに慌てた。後ろめたい事がある? いや、ほぼ他人事として聞いていた話の核心が自分に来たので思わず慌てた、そんな風だ。 「同じドクターとしてDrデストロイの噂を伝え聞いてないかしら、姫」 「う、うーむ」姫は架空の付け髭を撫でる仕草で考え込む。「私は聞いた事がないけど、そこまで極端な科学力だとやはり異世界……羅李朋学園の事が真っ先に思い出されるわ。いや、断言出来ないけど、それに……」 「それに?」 「王家に私が生まれた様に、生まれや環境に全く関係ない突然変異的な生粋の天才というのも考えられるわ……いや、ちょっと待って」自分を臆面もなく天才と評する姫は掌をかざして話題を制する。 「──?」 「右手を道具にした改造人間って、あなたが話してくれたアッシュというカニ男が最初からそうじゃなかったかしら」 「姫は元元アッシュの右手をチェーンソーに改造した者がDrデストロイだとおっしゃるのですか。はなから接触していたと」 「可能性の一つよ」 顎を触って考え込むのは今度はクラインの番となる。 ──と、こんなやり取りがあって、領民全員の避難訓練は成らなかったがそれ級の警戒を常に備えているようにという布告がグリングラス領内に出された。 グリングラス領内の錬金術ギルドの一斉監査も約束される。 こうしてクラインと再会したジュディはかつて『仮面バッター』騒ぎで殲滅させた『スリラー』の後継組織がオトギイズム王国で暗躍している事実を初めて知るのだった。 「デスリラー! それこそ仮面バッターV3・ジュディの戦うべき相手ネ!」 「わたくしはもう少しグリングラス領でハートノエース王子につきあいますわ。パルテノンの治安を頼みますわよ」 「YES! ジュディのホーム、帰る所は決まっタワ! ご老公! サンチョ! パルテノンにリターンするワヨ!」 冒険者ギルドから即刻出たジュディ達はその足でパルテノンへと舞い戻った。 と、その前にヒロシテンに王都へ帰る旨を伝えておかなければならない。 急ぐジュディの脳裡に王都パルテノンの整然としながらも雑踏が騒がしい街並みが浮かぶ。 王都へ帰るのはデスリラーとの対決に限った事ではない。 愛車の改造プランを王都にいるはずのドワーフの旧友に持ち込むのも目的の一つだった。 ★★★ 都会の朝。 王都パルテノン。 『シネマ・パラダイス』で仮面バッター千本ノックという荒行を達成したマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は、新たに得られた特撮系の知識を活かしてデスリラーの計画を調べる事にした。 まずは酷使した視聴覚を温めた湿布で癒しつつ、お約束の儀式として『故事ことわざ辞典』を紐解く。 すると「事実は小説よりも奇なり」という文言が眼に入った。 もしや事実が予想外の展開に転がるであろう事を示唆しているのか。 再び頁をめくれば「真実とは、それ自体は醜いが、それを探し求める人にとって常に好奇心をそそる、美しきもの」という記述。 ちょっぴり耳が痛いのを感じながらも本末転倒に陥らぬよう己を戒め、事実と真実は似て非なるものと再認識。 とりあえずは書を閉じて、町へ出よう。 王都パルテノンでマニフィカは、デスリラーの関与が疑われる幾つもの事件を俯瞰し、その包括的な全体像を把握すべく試みる。 ウィズ信者という視点からも考察し、彼等の行動を分析してみる。 さて、他の冒険者達の活躍によって怪人カメレオンカッターナイフは倒されたと、風の噂が疾く知れ渡る。 パッカード王の外見に擬態しながら悪事を働き、おそらくトンデモハット王家の権威失墜を狙ったものと思われるが……どうも腑に落ちない。 その目的に比較すると軽微な犯罪行為からスケールの小さな印象を受けてしまう。 次第にエスカレートさせる予定だったものをより早く冒険者達が対応したから軽微のまま終わった可能性も。 たとえば『仮面バッターX』の初期にあった、二人のそっくりな女性を中心にしていた人間ドラマの様な。あれは何故かあたふたといきなり話をたたんで終わってしまったが。 それにしてもデスリラーの目的が判らない。 「混沌を狂信するウィズ教徒の方向性を考慮すれば、オトギイズム王国の社会不安を醸成する事?」 呟いて町をさすらうマニフィカの耳に届いたのは「鮫が出た!」と叫ぶ市民の悲鳴。 この陸に鮫が!?と戸惑う人魚姫だが、混沌のウィズが関わっているとすれば何が起こってもおかしくない。 マニフィカは風より速く、騒動の中心へと走った。 ★★★ 「カニの人、なかなか見つかりませんねぇ。つかれて足が棒になっちゃいますぅ」 光合成淑女リュリュミア(PC0015)はずっと捜し続けているアッシュの影を追い、パルテノン西区へと足を踏み入れていた。 区の中心に噴水のある広場がある。白と黒と青の石が積み重ねられた噴水は何処か芸術的な雰囲気がする。 ビリー・クェンデス(PC0096)はもはやバディと化しているレッサーキマイラを引き連れてご一緒しているが、確かにアッシュは見つからない。 「ちょっとそこの広場で休憩しませんかぁ。……噴水につかれた足をひたすと気持ちいいですぅ」リュリュミアは若草色のワンピースからのびた素足を水につけ、気持ちよさを笑顔に浮かべる。「水面を吹き抜ける風もさわやかですねぇ」 彼女は本当に気持ちよさそうにしているが、同じく噴水池に素足をつけて腕を組んでみたビリーから悩みの険はとれない。 笑顔を絶やさないはずである福の神見習いにとって、デスリラーのこれまでの犯行は不可解すぎるのだ。 パッカード王そっくりな外見の男が、せこい悪事を王都で繰り返していた。 犯人の正体は、怪人『カメレオンカッターナイフ』。 冒険者達の活躍によって怪人は倒された。 怪人の周囲にあった日陰に貼られた宣伝ポスターや木箱に詰め込まれたサングラス。 それらの状況を眺めながらビリーは思う。 「ホンマに、何がしたいんや?」 彼の桃色の頭脳はまるで『悪質な悪戯』という印象を感じてしまう。 悪の秘密結社というセオリーからすれば、世界征服を掲げても不思議ではないはず。 何故、今更元ジャカスラック侯爵を推すのだ。 どうしても違和感が拭えなかった。 ……アッシュの足取りを追っていてもすぐに見失ってしまう。 有力な手掛かりもない。 目星がついているのは彼とデスリラーとの関連性だけだ。 思わずビリーは頭を抱えた。 そんな彼の隣で泉でチャプチャプ遊ぶレッサーキマイラが心底楽しそうだ。 「……背泳ぎしようとしたかて水のかさが元元足りてないんや!」 「なんや兄ぃ、随分とカリカリしとんやないですか。それより打ち出の小槌からは水着は出まへんかのぉ」 「昆布とホタテガイの水着が欲しいんかい!!」 何処までも他人事といった態度をとるレッサーキマイラに激しく憤るビリー。 しかしこれはさすがに八つ当たりとその場で水をかぶって頭を冷やす。 「あれぇ何かさわがしいですよぉ」 まるでリュリュミアの声を契機にした様に、この広場の雑踏のさざめきが急に喧騒を帯びだした。 悲鳴を挙げ、先ほどまでマネキンの様に町を飾っていたお洒落な市民達が逃げ惑う。 しかも彼らの怯えのまなざしはなぜか自分達を捉えている。 いや違う。 逃げる市民は自分達を見ているのではない。 この噴水池の噴水の台座を見ているのだ。 振り返ればすぐそこに奇矯な笑い声の怪人が、地中を潜る怪物達の中心でふんぞり返っている。 「さ〜めさめさめさめさめさ〜めさめさめ! ど〜りどりどりどりどり!」 青に似た灰色の鮫肌。サングラスをかけた右腕には高速回転するドリル。いや右手だけではない。サメに似た尖った鼻先にも回転するドリル。 「地潜り鮫達よ! このデスリラーの怪人『サメドリル』様の命令に従って町を混乱させ、殺しまくるがいいわぁー!」 噴水の台座に足をかけた、鮫と人間を混ぜたようなサングラスの怪人が奇妙な声で大きく笑った。 先日、カメレオンカッターナイフの騒動があったのとちょうど反対側の西区に現れた新怪人。 その声に呼応して石の地面から背びれを突き出した一〇匹もの魚影が、平穏だった西区の一般市民を襲い出した。 大型魚類が三角の背びれを突き出して泳いでいるのは固い石畳だった。 地上を泳ぐ鮫の襲撃に一般市民は逃げ惑うしかなかった。 「右手がぎゅいーん!ってなってますけどカニの人じゃなさそうですねぇ」全く取り乱していないリュリュミアは冷静に感想を述べる。「なにかが地面の中を泳いでますよぉ。でも石畳の下じゃぁ手も足も出ないですねぇ」 その時だ。 「仮面バッター! V3ゃーっ!」 突然、駆けつけた女傑が叫んで三叉槍を地潜り鮫に投げつける。 するとその一匹が火花と硝煙を上げて爆発した。 「「マニフィカさん!」」 キュピーン!とポーズをとりながら現れたマニフィカを見てリュリュミアとビリーは声を挙げた。 「マニフィカだけではないネ!」まるで獣の咆哮の様な轟音と共に、バッタースーツに身を包んだジュディはバイクに乗って颯爽と乗り込んでくる。「仮面バッターV3ャーッ!」 モンスターバイクの後輪に乗り上げられた鮫が爆発する。 「修行(わざ)の一号!」 ジュディはセクシーな改造バッタースーツで名乗りを挙げる。 「知識(知から)の二号!」 マニフィカはバッター・ビデオマラソンで仕入れた知識で瞳を光らせ、名乗りを挙げる。 「仮面バッターV3・ジュディ!!」 「アーンド、仮面バッターV3・マニフィカ!!」 まるで背景に町全体を噴きとばす大爆発を起こす勢いで二人のV3がそろい踏みした。 「さ〜めさめさめ! 何が仮面バッターV3だ! 貴様らの様なにわかに俺が負けるわけないだろう! 勝てば官軍! デスリラー最高!」 二人の強力なる援軍に全く臆せず、怪人サメドリルがサングラスを光らせながらドリルを回転させた。 その勢いのままに二人のバッターに躍りかかる。 「リュリュミアさん! 怪人は二人に任せて、ボク達は地面の下のサメを退治しよう!」 ビリーはそう言ってリュリュミアと一緒に地下から人を襲うサメを相手にしようとするが、それらは一斉に地下深くに潜り、二人の攻撃を避ける作戦に出た。 地潜り鮫になかなか手を出せなくなって苦戦する。 「シャーリーン!」 バイクを降りてサメドリルを相手にしたジュディは噴水池の中でチェーンソーを振り下ろした。 右手の高速ドリルと噛み合った鋼鉄同士が眩しい火花を散らし、風景を白く染める。 力はほぼ互角。 ジュディの怪力に見合うとは何たる剛力か。 釣り合ったバランスの体勢からサメドリルは鼻面のドリルをのばす。 マスクに覆われた顔を狙った正面攻撃をジュディは右にそむけてかわす。 「V3二六の秘密の一つ! V3スーパー・トライデント!」 左側から神速で突き出された三叉槍の攻撃をサメドリルが跳躍して回避した。 マニフィカの一撃をよけた怪人が遠く離れて、戦闘は仕切り直しの体だ。 じりじりと間合いを測る二対一。 マニフィカとジュディはとっくに気づいていた。 ……こいつは強い!と。 残り八匹の地潜り鮫を相手にしているビリーとリュリュミアは、固い石畳の下にいる相手に手を出せずに苦戦していた。 それでいて敵はこちらの隙をうかがって周囲をグルグルと巡っている。 注意を市民からこちらに惹きつけるのには現状成功ではある。 ビリーは十八番の『打ち出の小槌F&D専用』と飛空艇『空荷の宝船』を用いて陽動役を引き受けているのだ。地上を泳ぐ鮫の群が市民を襲撃しないよう、上空からレアな焼き具合の肉料理をバラ撒いている。 だが凶暴な肉食魚は跳ねた。 スカートを押さえながらリュリュミアはあぎとをよけて高くジャンプする。 と、その手から小さな種子がばらまかれる。 「石畳の縁に大根や人参、ゴボウの種を蒔いて急速成長させたら収穫してぇ」 リュリュミアの言葉と同時に急速成長した巨大根菜の波が地面を掘り返し、整然としていた石畳を波打たせた。 そしてそれは速やかに『ブルーローズ』のツルに引き上げられる。 「空いた穴に釣り糸を垂れてサメを釣りあげますぅ」 白い石畳が剥がれた黒い地べたが剥き出しになっている。 もう既に空荷の宝船にはカツオの一本釣りの様に鮫を釣り上げる準備は出来ていた。 「餌はれつごー三匹さんですぅ」 「わいはレツゴー三匹でも、底抜け脱線転覆トリオでも、まさかの時のスペイン宗教裁判でもないわーいッ!!」 限りなく針金に近い釣り糸の先で縛られたレッサーキマイラが暴れている。陽動役という声かけだったが明らかに生餌だった。 ビリーは宝船に固定された釣り糸を船体ごと下げていく。 「今やーっ!!」 八匹の地潜り鮫が大穴から一斉にレッサーキマイラめがけて大ジャンプした。そんなに美味そうに見える餌なのだろうか。 人造魔獣に食いつく寸前の鮫八匹を一度にブルーローズのツルが絞り上げた。 「過去に倒した湯ザメ達は偉大な戦士であったが、それに比べて……」 マニフィカは戦利品である『女王ザメの牙』を取り出して怪人サメドリルを挑発した。あくまでもさりげなく。それでいてはっきりと聞こえる声の大きさで。 「さめどりっ!? この俺がそんなバカでかいだけの牙の主に負けるってーのかっ!?」 ドリルを全力回転させて憤る怪人サメドリル。サングラスの奥の眼が苦み走る。完全に彼女の挑発に乗っていた。 噴水に乗った怪人の隙をついてジュディのチェーンソーが襲いかかる。 サメドリルという露骨な名前から、鮫とドリルの合成怪人をジュディは当初より想定していた。 「鮫に対抗する武器ならチェーンソーの一択だし、またチェーンソーとドリルは永遠のライバル関係ネ! というわけで、チェーンソー『シャーリーン』のロング−アウェイテッド・アピアレンス、満を持しての登場! 令和バッターもチェーンソーを武器とするのがいるらしいから問題ナッシング!」 エンジン音と猛速回転の唸りを挙げる輝彩滑刃。 しかし怒るサメドリルの武器はまだそれに対処するだけの余裕を持っていた。 「真剣白刃ドリルっ!」 右手と鼻先のドリルが回転刃を受け止めて、甲高い不快音でスパーク。 その時ビリーの宝船が高速で突撃してきた。 「左側がお留守やっ!!」ビリーは空荷の宝船から吊り下げられたレッサーキマイラごと八匹の鮫を怪人にぶつけた。「リアクション芸人をくらえっ!!」 激突音。解体作業用の巨大鉄球の如き塊をぶつけられたサメドリルが姿勢を泳がせた。 「流星突っ!」 さらに左側からマニフィカのトライデントの突きがサングラスをかけた怪人の腋に入る。 三つの刃は強化鮫肌の奥深く潜りこんだ。 「ぐぐわーっ!!」 町の風景に響き渡る絶叫。 「フィニッシュ! とどめネ!」 ジュディのシャーリーンが力任せに強化鮫肌を大胆に引き裂く。双腕に支えられた重量級武器はバランスを崩したサメドリルの肉体を破壊した。 「さ……めど……り……」 サメドリルが噴水池の中にゆっくりと倒れ伏す。 途端、凄まじい大爆発の水飛沫が白く吹き上がった。 集められていた八匹の地潜り鮫も同時に連鎖爆発する。 かけていた黒いサングラスが傷だらけになって白い石畳へと落ちた。 ★★★ 「こいつ何しに出てきたんやろな」 レッサーキマイラを地上に降ろしたビリーは鮫に襲われていた市民達を治療する。 「陽動という事も考えられますわね」 マニフィカは壊れてレンズが砕けてしまったサングラスを拾う。 もし陽動ならば東区の重要性が逆説的に浮き彫りになる。 怪人の出現は、皮肉にも注目すべき点はここではないのを冒険者達に教えてしまった事になる。 「ウィズ信者らしいDrデストロイこそ、おそらくデスリラー怪人を産み出した張本人ですわ」マニフィカの握るサングラスのフレームは軽くへしおれた。安物の量産品だ。「と、ここで疑問が生じます。当時のスリラーを主導したシン仮面バッター『ヂゴク・ムシオ』に相当する人物は誰なのでしょうか? ……私はDrデストロイの助手を務める黒衣の女性看護士が怪しいと思いますわ」 「これは何や」 治療中のビリーは風に吹かれてきた一枚の写真集を拾う。 この文明レベルでオールカラーの写真集とは豪気だがどうやらサメドリルが身につけていた物らしい。爆発に巻き込まれてビリビリだ。 「全くこれは何や!?」 それは真に風俗的にはひどくいかがわしい物だった。 『ラ・ランジェリー』というのは写真集のタイトルだが、どうやら同名の地下酒場のホステスや踊り子達によるきわどすぎるセミヌード写真集だった。 タイトル通り皆、下着姿だが中味は着てない方がはるかにマシという乱倫ぶりだ。 「それにしてもアッシュさんは何処なんでしょうねぇ」 噴水池の縁に腰をかけ、素足で水を蹴り立てるリュリュミア。 「チェーンソー・パーティ、仲間としても早く彼に会いたいワ」ジュディは戦闘でいささか傷ついたバッタースーツの細部を気にする。「やはりこのスーツもルーム・フォー・インプロブメント、改良の余地がアルワ」 脚の付け根の食い込みを気にしている彼女をぽやぽや〜と眺めていたリュリュミアは、思いつきで顔を明るくした。「ジュディさん、シースルーなんてどうかしらぁ」 「ホワット(えっ)!?」 振り向くジュディ。 「パワーアップというかぁ、スーツの軽量化でスピードアップは基本ですからねぇ。スケスケのシースルーになるくらい薄くて軽くするのはどうでしょぉ」 「シースルー……ですカ……」 ジュディはそんな姿になったら冒険者ギルドに置いてきたドンデラ公とサンチョの二人がどんな顔をするだろうか、と顔を赤くする。 Tバックにしろと言われたり、シースルーがいいと言われたり、運命の神の作為的な導きを感じる。 「あ、そうそう」 ビリーは一通り『指圧神術』と『鍼灸セット』による治療を市民に施した後、空荷の宝船に飛び乗った。 「ボク、アンナさんにつきあう用があったんやった。ほな、ちょっと行ってくるわ」 ★★★ 王都パルテノン東区。 以前カメレオンカッターナイフを葬ったのとはさほど離れていない路地裏をアンナ・ラクシミリア(PC0046)は訪れていた。 「あ、アンナさん。おまっとさーん」 ビリーとレッサーキマイラは、アンナの行く先に追いついた。 もっとも三つ首魔獣は狭い路地の入口にぎゅうぎゅうに詰まっていたが。 「アッシュに会いたい」というアンナの呟きに、ビリーはついていった形になっている。 「潜入は難しいかもしれませんが、入手した情報を元に一気に一網打尽にしたいところです。せめて戦闘員を育成する過程が解明出来ればいいのですが……。Drデストロイの正体は解りませんが、知識や技術から異世界人が関与している可能性は高いと推測します」アンナは一気に心中を述べると、着ていたマントを脱ぎ払った。「デスリラーの足取りを追うにはデスリラーになりきる必要があると考えます」 アンナの姿は黒ずくめになっている。 「ふむふむ。なるほど」 ビリーもそれにならって服装を黒一色でそろえていた。 「で、これをかけるのです」 アンナはこの路地裏のあちこちに置かれているサングラスの一つをかけてみた。 ビリーもかけてみる。 「わたくしの推測に間違いがなければメンバーや支援者に対するメッセージが読み取れるはずです」 二人の視界が濃灰色がかったモノクロームになる。 と、いきなり二人の心がクラっと来た。 「むう。これは……」 「何や何や何や……!?」 グラグラするアンナとビリーの視界でこの路地の壁に貼られまくっている『元ジャカスラック領を正当なる所有者ジャカスラック公に返還せよ!』のポスターの文字がまるで違った物に見える。 |
『王国を信用するな!!』 『国民は国王に騙されている!!』 『ジャカスラック領を、国として独立させよう!!』 『お前らは奴隷だ!!』 『世間に復讐したくないか!?』 『全ては欲望のままに!!』 『馬鹿の考え、休むに似たり!!』 『混沌は素敵!!』 『デスリラー完璧!!』 その他もろもろの王国を卑下し、自分に悪意を向け、反乱を扇動する言葉がポスターの中で踊っている。 それだけではない。視界に入る路地裏の子供の落書きや、ちょっとした裏酒場の看板がその様なメッセージへと大きく変貌している。 『王族は全て馬鹿者だ!!』 『お前らも全て馬鹿者だ!!』 『お前らはエリートだ!!』 『さあ闘争しよう!!』 『ようこそ!! デスリラーへ!!』 このサングラスは洗脳装置だと二人が気づいた時にはもう遅かった。 視界のグラグラが治まった時には、二人の心はすっかり落ち着いていた。 デスリラーの戦闘員として。 その時、隠れていた男がこの路地裏の奥からゆっくり歩いてきた。 「……デスリラー最高! アンナどん、ビリーどん。ひさしぶりに会ったけど、どうやらすっかりとおい達の同朋として染まったみてえだっぺな」 カニと人間を混ぜたかの様な特異な姿。 右手の先に据えられた大きなチェーンソー。 間違いない。アッシュだ。 しかしサングラスをかけた今の姿の名は、カニチェーンソーだった。 そしてその登場を新しいサングラスをかけた二人は驚きなく、素直に受け入れていた。 「あんたらはデスリラーの戦闘員としても別格の強さみてえだべな。Drデストロイどんに会えば改造人間になって幹部としてデスリラーに貢献出来るわいな」 「イーッ!」 「イーッ!」 アンナとビリーは戦闘員として同意の声を挙げた。 「今デストロイどんはパルテノンにはいねえけど、何、すぐに帰ってくるばい。とりあえず『クジラフリーザー』どんに会わせるか……」 カニチェンソーが二人の先に立って、路地の奥へと歩き出す。 その時。 「兄ぃ! 眼ぇ醒ますんんやぁ!」 路地の入り口で詰まっていたレッサーキマイラが突然走り込んできて、ビリーの頭をハリセンでしばいた。 衝撃でビリーの顔からサングラスがふっとぶ。 「何しやがるんじゃ! てめえ!」 カニチェーンソーが振り向きざまにチェーンソーを駆動させ、レッサーキマイラに斬りかかる。 と、その後頭部を、ビリーにサングラスを外されたアンナは戦闘用モップで一撃した。 怪人は地べたに思いきり滑り込む。 「あっぶなー! これかけている間は外そうなんて気持ち起きんかったわ!」 ビリーは、アンナのサングラスを外すのに『神足通』で間一髪、間に合ったヒヤヒヤ感を味わっていた。 「これが戦闘員を増やしていた秘密でしたのね……」 アンナはサングラスを踏み潰した後、モップで破片を脇へどかした。 頑丈な身体を持っているカニチェーンソーがゆっくりと起き上がろうとする。 「アッシュさんも眼ぇ醒まさんかい!」 ビリーは『伝説のハリセン』で怪人の頭を思いっきりはたいた。 するとスパコーン!という小気味よい音が高く、カニチェーンソーの頭からサングラスがすっ飛んだ。 ビリーは仮にアッシュと再会してもデスリラーに洗脳されている可能性が高いと思い、心理系の状態異常であると解釈して、とにかく様様なアプローチを試行錯誤しながら洗脳解除するつもりだった。 だが、サングラスを外すというシンプルな方法ですむならそれに越した事はない。 カニチェーンソーと名乗った怪人は起きる途中で動きがフリーズしていた。 「あれ……おいは一体何をしとるんばってん……」 「眼が醒めたのですね、アッシュ……!」 頭を振りながらようやく起き上がったアッシュに、アンナの顔は明るくなる。 「よかったー。アッシュさん。エイプマンさんが捜してはったで」 「……おいの家にこの右腕をチェーンソーに改造してくれた医者がまたやってきて……で、このサングラスをかけろって言われて……それからおいは……そうだっぺ! 確かデスリラーって組織のカニチェーンソーとして王国の大牢獄を襲って……!!」 「とにかく元に戻って何よりです。冒険者ギルドへ行きましょう。エイプマンさんも待っています」 洗脳が解けて愕然としているアッシュを二人は両脇から支える様に路地裏から連れ出す。 「おまさんらも今回はあんがとな」 振り向いてレッサーキマイラへ、ビリーは礼を言った。 「お役に立てて何よりです兄ぃ。……で、こっから抜いてくれまへん?」 レッサーキマイラはつっこんだ時に勢い余って、また狭い路地に巨体がハマっていたのだった。 ★★★ グリングラス領。 領民の日常は避難訓練体制に組み込まれ、ギルド内の錬金術ギルドが片端から検査を受けている。 それでいて大山鳴動は何の成果も産み落としていない。 その日は小さな嵐が訪れ、昼でも空は暗く、強い風に吹き飛ばされる雲には雷光が閃いていた。 領主館の客室のバルコニーに出たクラインは、そこに領主館では決して見られないはずの人影と対峙していた。 「この世界自体を改造してやる……」 白衣を身にまとったボサボサの黒髪。黒瞳。 病的に太っても痩せてもいないが眼線が死んでいる男。 「まさか……あなたは……」 「私はDrデストロイ……」 バルコニーの飾り縁に立っているのはDrデストロイと名乗る男と、そして黒衣を着た美少女の看護婦だった。 クラインは大声で衛士を呼ぶかどうか迷った。 呼ぶべきなのだろうが、他人を呼ぶと眼の前の人物が消えてしまう、そんな気がしたのだ。 「あなたが……。何故ここに……」 「何、ここに私と会おうとしている者がいると小耳にはさんだのでな……」 領主館の衛士程度の警備ならばこの男はここまで容易に辿り着けるというのか。 クラインは男との会話続行を選んだ。 「あなたは何をしようとしているのですか」 「クラインとやら、お前は会社なる経済組織を率いているみたいだな……。どうだ私と組んで一緒に王族を滅ぼさないか……」 「……何故王国を滅ぼそうとしているのですか」 「面白そうだからだ!」 雷鳴が轟くのを背に白衣をはためかすDrデストロイは言い放った。 「あなた個人が状況を面白がるのは勝手。デスリラーの目的とは何なのです。何故ジャカスラック元公爵を復古させようとするのです」 「何故ジャカスラック公を復活させようというのかって……やったら面白そうだと思っただけだ!」 「面白そう? それ以外に理由はないのですか」 「スリラーを作り上げた公に一応の敬意を払っている事もある! ただ行動原理の源は一つ……私の興味からだ。世界を混沌に戻すのに面白そう以上の理由が必要か!? 世の中には自分の興味だけで世界をひっくり返そうとするデザイナー、科学者などごまんといる! 真の求道者など自分勝手の極みだ!」 このマッド・デザイナーにクラインはあらためて「狂っている……」という評価を送った。 「一つ、言っておこう。グリングラス領には私の行動拠点の主たるものはない。パルテノンへ来い。……もし私と組んで世界を混沌に陥れる意思があるならば、その時にお前を受け入れ、共に世界を大混沌に改造してやろうぞ……!!」 雷が近くの森に落ちた。 「全ては混沌だ!」 あまりにも轟音だった落雷がクラインの聴覚を一時奪い、眼を伏せさせた。 その一瞬で眼の前にいた白衣の男は消えた。黒い看護士姿の少女もだ。 もしやバルコニーから落ちたか?とクラインは急いで縁から身を乗り出したが、人が落ちた痕跡などはない。 「混沌を信奉する『ウィズ』の男……。世を混乱させるだけが目的の男……」 雷雲の下でクラインは苦苦しく呟いた。」 ★★★ 今日の王都パルテノンは快晴だ。 冒険者ギルド玄関前でドラゴンの心臓の如きアルコール排気音が重く鼓動する。 固い石畳を踏むバイクの二輪。プラス横に縦列の二輪。 ジュディのモンスターバイクには新設のサイドカーが付与された。 某アクマ○ザー3の如く左右に設置する両サイドカーも魅力的だったが、特注したのは結局ボブスレーっぽく前後に二人乗りするタンデム式の側車だった。 古代軍船の衝角を連想させる体当たり攻撃用の大型槍を固定装備し、非常時には側車脱着と自力走行も可能。 なかなか便利そうでかっこいい機体が出来上がったが、製作費五〇〇万イズムと費用が高くついた。 「ウーン。いいんだケド、いまちょっとイメージとのギャップが……ッ」 側車の前後の席にドンデラ公とサンチョを乗せ、アクセルを軽く開いて車体をとり回してみる。 パルテノンにいるドワーフの職工技師達に仕上げてもらったのだが、どうも完成品の出来がいまいちに思える。 その理由にジュディは思い至っている。 このサイドカーの作成には彼女の親友であるドワーフのダンブルが参加していないのだ。 話によると最近ダンブルは、ある酒場のホステス達に心奪われて、仕事そっちのけでその『ラ・ランジェリー』なる店に入り浸って帰ってこないらしい。 「ラ・ランジェリーというとこの酒場でやんすね」 レッサーキマイラが取り出したビリビリの写真集をジュディが覗き込む。 あれ、その写真集は捨てたと思いましたのに、というアンナも一緒に。 どうやらラ・ランジェリーというのはオトギイズム王国中のいかがわしい店から人気のある踊り子を強引に引き抜いて、最近、裏風俗界の第一位に躍り出た大きな地下酒場らしい。 場所はパルテノン東区だ。 写真集には白色赤色褐色黒色東洋色様様な肌色をした女達が、奔放な下着からグラマラスな肌をさらけ出した姿で写っている。 最近流行りのこの写真集は店の宣伝を兼ねて、酒場の踊り子やホステス達を撮影した全くもっていやらしい事この上ない淫猥千万たる本なのだ。 裏表紙には酒場の主人らしき男の戯画的なイラストが載せられていた。 何処となくジャカスラック公に似ている。 その横にはチョウチンアンコウと人間を足した助平そうな中年が腕の力こぶを強調した画がある。カメラを持ち、チョウチンが大きな電球になっている。 「なんたる不潔で淫乱たる風俗壊乱の本であり、酒場なのだ!! 神聖宗教独立遊撃騎士団騎士団長『ドン・デ・ラ・シューペイン』! この場に参上して不潔かつ淫乱な『ら・らんじぇりい』に速やかなる正義の鉄槌を下さんとす!!」 「ご主人様、落ち着いて!」 取り乱すドンデラ公といさめるサンチョ。 「ヤハリ、ダンブルのスキルがないとノット・イナフ、致命的に足りないワネ……」 暑い太陽の下、ジュディはモンスターバイクの様子を見ながら、不満を自覚するのだった。 アンナはそんな彼女達を眺めながら、外に持って出てきていた皿のソルベをスプーンでひとすくい食べた。 ★★★ |