敵はDrデストロイ

第一回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★

 青空が広がる荒野を、一台の改造バイクが疾走してくる。
 そのエンジン音がいっそう高まったと思うと車輪は地を蹴ってジャンプ。
 瞬間、背負った地平線を掘り起こす大爆発が背景を飲み尽くす。
『仮面バッターVすりゃーっ!!』
 スクリーンの周囲の音響機器が勇ましいオープニングを高らかに鳴り響かせる。
 羅李朋学園自治領。
 人魚姫マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は映画喫茶『シネマパラダイス』で特撮ドラマ『仮面バッター』シリーズの連続上映を敢行していた。
 席が埋まったシネマ・パラダイスの最前席にマニフィカはアイスティーと共に陣取っている。この連続上映のスポンサーはマニフィカなので、彼女が特等席なのは当然だった。
 しかし自分が望んだ事とはいえ、ほとんど休憩なしのマラソン上映はヘビーだ。
 それにしてもこの仮面バッターはなんて危険な映像を撮るのだろう。CGなど無きに等しき時代の高所や切り立った崖でのアクションがギリギリの迫力を生んでいる、
 容赦のない火薬量での大爆発。
 怪人の造形の存在感。
 この映画世界へ現実のマニフィカは飛び込もうとしているのだ。
 巷を騒がす『デスリラー』の脅威。
 オトギイズム王国国王パッカード・トンデモハットからの「悪の組織デスリラーを名乗る者達を追跡し、大牢獄から逃亡した囚人を確保せよ!」という依頼。
 無論、是非に及ばず、このクエストを人魚姫は受けた。
 それから少し後の事だったがそれとは別に親友ビリー・クェンデス(PC0096)から、行方不明のカニ男アッシュの捜索クエストが冒険者ギルドから発布されたのを知らされる。
 アッシュの思い出と大牢獄を襲撃したデスリラ−の主犯格のシルエットが強く結びつく。
 どちらもカニ男で、片腕がチェーンソー。
 以前アッシュとエイプマンに絡んだ依頼での調査では、アッシュ氏の片腕を改造して復讐を煽った人物は『ウィズ』信者嫌疑が濃厚な『Drデストロイ』という情報を得られている。
 彼らはオトギイズム王国を放浪する、人体改造に長けた白衣の医者と黒衣の女性看護師というコンビらしい。同様な外見をした二人組は襲撃直前に大牢獄の周囲で目撃されている。
 これは……つながったか?
 視聴覚の酷使で疲れきりながら人魚姫は、お約束を守るべく『故事ことわざ辞典』を紐解く。
 すると「出藍の誉れ」という文言が眼に入った。
 もしやスリラーより強大な敵という可能性を示唆しているのか。
 今回の『デスリラー』と名乗る集団脱獄の犯罪グループは、てっきり『スリラー』残党の再起かと思えたが、そう単純な事情ではないらしい。
 そのモチーフが異世界の特撮番組にあるという情報で映画喫茶『シネマパラダイス』を再訪した。運営する羅李朋学園の元生徒達に特別料金を支払い、マニフィカはデスリラーと関連性がありそうな『仮面バッター』の連続上映を買い取ったのだ。
 このオトギイズム王国では、デザインが強い意味を有する。それらしいものはそれなりに。それ以上に。
 つまり形式美(パターン)や模倣(オマージュ)の威力を無視出来ない。
 ならばマニフィカもこの世界観にひたろう。
 作品の理解、リスペクトを我が力に。
 再び『故事ことわざ辞典の頁をめくるとそこには「急がば回れ」の記述が。
 急ぐ仕事であればこそ丁寧に、確実な方法を用いるべしという意味だろうか。
 なるほど、やはり事前準備を怠らない事が肝心。
 Drデストロイ。
 彼はこの事件の需要な糸口となるだろう。
 改造人間としての線から白衣の医者『Drデストロイ』の足取りを追跡調査し、その背後関係も探ろう。
 研究として仮面バッターシリーズ全話視聴は言うまでもなく必要と思えたが、現在までの膨大なコンテンツに後悔を覚えているのは、また別の話。
「ここまで観てまだショーワなのでしょうか。……後にヘーセーとレーワが控えていると思うとかなりハードですわね……」
 最初に訪れたあの日からシネマパラダイスは上映設備も音響も格段に進歩している。
 アイスティーをおかわりし、満足が行くところまでバッター漬けになるのを覚悟しているが、果たしてそれはいつの日になるか。
『アーマーゾーンっ!!』
 仮面バッター千本ノックは続く。

★★★

 と、人魚姫がバッター漬けという美味しそうなお惣菜になっているのと同時刻。
 王都パルテノンでマニフィカと一緒に国王からクエストを受けたクライン・アルメイス(PC0103)は、噂になっている国王似の男を捕縛しようと『エタニティ』による捜査の網を広げていた。
 さらにそこにアンナ・ラクシミリア(PC0046)は加わり、やはり脱獄補助をしたカニ男がアッシュだろうという予断を持って、捜索の一端を担った。
 偽国王。
 カニ男・アッシュ。
 どちらもデスリラーの影がまとわりついている。
「顔も解らない戦闘員を見つけるのは困難です。しかし逃走中の囚人は身元が解っているし、これからデスリラーに合流する事も考えられるので、囚人が立ち回りそうな場所をあたれば手掛かりは容易に得られるでしょう」
 デスリラーを名乗る者達の潜伏場所を捜し出す為に東西奔走するアンナ。
 パルテノンに潜伏しているだろうデスリラーの構成員を捜しだす。
 気になるのはデスリラーの一味である右手がチェーンソーのカニ男。そんな人物は以前に依頼で関わったアッシュ以外に考えられない。
 しかし彼は復讐心を捨て立ち直ったはず。デスリラーに賛同する理由が見当たらない。
 他人の空似か、脅されているのか……もしや洗脳か。
「とにかくまずは見つけ出すのが第一です。潜伏場所を探し出し、捕まえてからでも遅くはありません」
 アンナはパルテノンの街を縫う様にローラーブレードを滑走させる。
 アッシュを捜し出せば確実にデスリラーや逃走中の囚人まで一気に辿れるはずだ。
「変装する怪人、とするとカメレオン男といったところかしら」クラインは指揮系統を集中させた事務室で社員達の捜査報告を受けていた。パッカード国王に似た男がパルテノン住民に迷惑をかけているという事件の捜査だ。「右手はチェーンソーだと思いますが、カニ男のアッシュをベースにカメレオンの改造を施したと推測しますわ。わざわざ国王に変装している以上、むこうから目立つ様にしているのですから捜索は簡単ですわね、連絡体制を整えてすぐに急行出来るように準備しておきましょう」
 クラインは偽国王はカメレオン男という見当をつけて対策を練る。
 パルテノン市民達は本物の国王が事件を起こしていると思い、不信を募らせている。デスリラーの目的が国王の信用低下だとすれば効果は確実に上がっていた。
「戦闘中に保護色で消える事を想定すると、相手に匂いをつけるなどして視覚に頼らないのが大事ですわね」チェーンソー対策として、匂いの強い油を入れたプラスチック製の瓶を複数用意し、相手の武器の無力化を狙う。「油はもちろんチェーンソーの熱で溶けたプラスティックも十分に切れ味を落とせますわ。上手く引火させれば匂いも強くなりますし、カメレオンの変身なら熱にも弱いはずですわ」
 クラインは日が経つ毎にカメレオン男の捜査網を的確に収束させていく。
 アンナは手応えのあった裏町の脱獄犯を発見し、王国衛士と共に確実に逮捕していく。
 残るはあと数人というところだが、元ジャカスラック公の姿を見る事はまだなかった。
「思い起こせばスリラーの構成は黒幕の元ジャカスラック侯爵の資本を背景に、Drアブラクサスの錬金術が脅威でしたわね、ムシオの執念ならまだしもジャカスラック単身では脅威になると思えませんし、むしろ侯爵の資本力がない分よけいな口出しをする足手まといまでありますわね」クラインは捜査の詰めとして自分が現場まで出向く事とした。「さておき戦闘力はスリラーと同等とすると、トゥーランドット姫クラスの錬金術師が背後にいそうですわ」

★★★

 グリングラス領(元ジャカスラック領)にカワオカ・ヒロシテンがいたのは幸運だった。
 ジュディ・バーガー(PC0032)は思っていたのだ。徒歩の旅も悪くないけど、やはり御老公の足腰を考えるとちゃんとした移動手段を確保しておくのも大切。いざという時に立往生したら困る事になる。
 そろそろモンスターバイクに側車を追加するアイデアを本気で検討すべき時期かもしれない。
 一点物の特注品ならばドワーフに伝手もあるし。
 ふとアメフトガールはドワーフのダンブルの顔を高空に思い出した。
「三人旅でしょ。二人をサイドカーに乗せるならバイクの左右に一人ずつって事になるけどそれでいいっすか」
 『酔狂スペシャル』のスタッフ特撮造形師のニラさんが、ジュディから借りて首に巻いているニシキヘビのラッキーちゃんを撫でる。網目模様の鱗が気持ちよさそうだ。
 その意見にジュディはMu……と唸る。
 彼女とモンスターバイクならパワー的に可能だろうが、幅をとり色色と取り回しに苦労するかもしれない。
 いざという時にはスイッチ一つで両サイドカーが分離する機構にならないだろうか。
「それでいいとしても時間と金がかかるっすね」
 酔狂スタッフのメンバーに試算だけしてもらっているが、ちょっと大ごとになりそうだ。
 スタッフの為に宿一軒を貸し切りにしているヒロシテン。
 庭にテーブルを出した彼は袖を上腕部までまくりつつ、老騎士ドンデラ・オンド公と従者サンチョ・パンサに自焙煎のコーヒーを準備していた。
「美味しくなーれ、美味しくなーれ……」
 コーヒーカップに一滴ずつ黒く苦い雫をドリップする。そしてある程度溜まるとカップに茶せんをいれ一気に掻き混ぜた。きめ細かな泡と共にふくいくたる香りが立ち上る。
「さあ。召し上がりたまえ」
 口をつけ、顔を輝かせるドンデラ公とサンチョ。
「苦いがよき香りと味じゃな!」
「これはすっごく美味しいでげす!」
 ブラックのままで味を評する老騎士と従者の隣で、羅李朋学園制服を着たトゥーランドット・トンデモハット姫がミルクと砂糖をコーヒーに阿呆ほど入れる。
 しばし喫茶の時間がすぎ、ドーナツ型の雲が青空を流れるのを見ながら皆はくつろぐ。
「新しい悪の秘密結社の話かね」
 ヒロシテンが太い腕を組む。
 悪の秘密結社に関しては、やはり本家本元に尋ねるが一番。タチバナの……じゃなくて『カワオカのおやっさん』と再会したジュディは悪の組織デスリラーの話題を振っていた。
 ついでにこの世界に『ラ・マンチャの男』として実在するドンデラ公を紹介したのが、彼女の今回の主な訪問動機だ。自分が愛馬ロシナンテとして随伴中な事情もざっと伝えてある。
「仮面バッターという番組で言うと、悪の秘密結社はシリーズが続く限り連続して現れるものだったしなぁ。本来はそうであってはいかんが、スリラーが倒されても次が出てくるのは不思議ではない」
「言っとくと今回のは私は一切関与してないわよ」
 Drアブラクサスであり前回のスリラーをバックアップしていたトゥーランドット姫は、ヒロシテンの後に自分への疑惑を一言で払拭する。
 彼女は旧スリラーに協力していたマッドデザイナーであるし、脱獄したジャカスラック一族もデスリラーに加入したはず。
 再度の接触を試みる可能性が高い為、とりあえず注意喚起の為にジュディは彼女を呼び出したのだ。
 どうやら姫も再度の接触には警戒しているらしい。
「今、仮面バッターの新スーツが届きましたよ」
 ニラさんがここに到着した仮面バッターの特撮スーツを持ってきた。色色と懐かしいほつれや傷。
 昔、特撮演劇や実戦で使用した仮面バッターのコスチューム一式。色色と手直しされてバージョンアップしたそれは新しい仮面バッターとして生まれ変わっていた。
「ちゃんとジュディさんが着られるように手入れ、改良はしてますし」
 デザインが力を持つオトギイズム王国。
 ニラさんの手腕によるこのバッタースーツ改がジュディの新たなる力になってくれるはずだ。
 スーツに走る赤と白のライン。
「フロム・トゥデイ、今日からジュディは『仮面バッターV3・ジュディ』ネ!」
 セクシーささえあるコスチュームに着替えてきたジュディは皆の前でキメのポーズをとる。
 スタッフ全員、口を丸くして感嘆の声を挙げながら拍手。
「プリンセス・トゥーランドット、V3のニュー・パワーアッププランはないカシラ」
「え、私!?」
 突然仮面バッター改良案を振られたトゥーランドットは慌て、おかわりし続けていたコーヒーをこぼしかけた。
 会話の中心になると思っていなかった彼女がノープランなのは当然だが、瞳の輝きを見ると悪だくみめいたものを思いついたらしい。
「そうね……お尻をもっとTバックにしてみるとか」
「ホワイ!? Tバックデスカ!?」
「そう! 糸楊枝みたいに何もかもさらけだしてドカーンと!」
 どうも真面目なアイデアではなく悪ふざけを言っているだけにしか思えないのだが、スタッフの中には「それもいいかも」とつぶやく声がある。
 その中にニラさんがいるのが悩ましいところだ。
「君もV3パワーアッププランを思いついたら遠慮なく書いてね!」
「フー・アー・ユー・テリング、誰に言ってるんデスカ!?」
「この声を聴いているスタッフ全員、及びその他もろもろの人よ」
 トゥーランドットの発言に、二m超の外見に似合わず顔を真っ赤にして狼狽するジュディ。
 彼女にヒロシテンが一声かける。
「今回は君が仮面バッターでよかった」
 色色な意味に取れるその言葉の真意をはかりかねてジュディはさらにうろたえる。
 グリングラス領の午後にさわやかな風が通りすぎていった。

★★★

 天高く馬肥ゆる秋。
 秋だったっけ? どうも季節の推移が解りにくいと嘆く市井を置き去りにし、現時点の季節は不明ながらも座敷童子と合成魔獣の肥満化が進行しているという指摘はとても否定出来るものではない。
 もちろんその原因は過食と運動不足に尽きる。
 今日も今日とてパルテノン中央公園の片隅に寝転び、自堕落な日常生活を満喫している両者の姿が見受けられた。
「いくら豪勢な食事でも、こう毎日続くと……さすがに飽きるってモンでさぁ、兄ぃ」とレッサーキマイラ。
「なに贅沢を抜かしとんのや! バチが当たんで」と言ってみるもビリーも怠惰という自覚があるらしく、微妙に視線をそらす。叱咤する声にも気迫がない。
「えー、今さらでっせ……デザートの肉汁アイスキャンデーを頼んますわ、ファミリーサイズで三つ♪」
 シーハーと爪楊枝で歯の隙間をうがつレッサーキマイラ。
 しかし、さすがにビリーの態度が怒りメーターを貯めてきたのに気づくと、素知らぬ顔で露骨に話題を変えた。
「ところで最近こうゆうもんがあったのを知ってますか、兄ぃ」
 レッサーキマイラの話では、以前ビリーが手を貸した復讐の標的であるエイプマンが再び冒険者ギルドに依頼を出したという。
 それも復讐する側だったカニ男アッシュの捜索を願う、という内容で。
「どーゆーこっちゃ? ワケわからん」
 一応神様であるビリーは世俗にある者のその心境の変化が一瞬理解出来なかった。
 過去の冒険において表面的な判断から感情論に走り、うっかり復讐鬼アッシュを手伝う羽目になったビリー。
 結果的に丸く収まったからセーフかもしれないが、それは恥ずかしい失敗談というべきか、福の神見習いが抱える黒歴史の一つになっていた。
 すなわちエイプマンの依頼は鬼門ともいうべきものなのだが……。
「……このクエストから逃げるのはあかんやろ。ボクらの活躍を見ているよいこへの教育的配慮からも」
「教育的配慮? 今流行りの多様性へのうんたらとかでやすか?」
「いや、それは違うかもしれへんけど」
 幸か不幸か、同時期にパッカード王から依頼されたデスリラー対策が世間の注目を集めている。アッシュ捜索は悪目立ちせずにすむだろう。
 とにかくビリー達はその日の内に冒険者ギルドへ顔を出し、件の捜索依頼を本格的に受ける事にした。
 片腕がチェーンソーという外見的な特徴は目立つのでアッシュの痕跡を追いかけるのは楽勝に思えた。
 依頼を受けた後、このギルドの二階に泊まっている依頼主エイプマンへ直接面会が叶った。
 ……叶ったのだが。
「アッシュさんいなくなっちゃったんですかぁ、それは心配ですねぇ。それじゃぁリュリュミアがさがしてあげますぅ。見つかったら甘ぁい柿をごちそうしてくださいねぇ」
 一足先にエイプマンの元を訪れたリュリュミア(PC0015)は、部屋の空気をぽやぽや〜っとした香気に変えていた。
「リュリュミアさん」
「あらぁ。ビリーと……何でしたっけぇ。底抜け脱線転覆トリオでしたっけぇ」
 レッサーキマイラをえらく古風なものと間違ったリュリュミアは、既にそういう雰囲気オールOKにする謎の波動で周囲を満たしていた。多分マイナスイオンとかそーゆーヤツだ。知らんけど。
「ちゃうちゃう! アイ・アム・レッサーキマイラ!」
 よく考えてみると単数形なのか複数形なのかよく解らない合成魔獣が三つの頭を指さしてアピールする。
「あなた達もアッシュさんさがしに名乗りをあげてくれたのですねぇ」植物系淑女はアピールを華麗にスルーした。「それにしてもどこからさがしたらいいですかねぇ」
「ともかくアッシュを見つけたら知らせてくれ。俺とアッシュは過去の遺恨を乗り越えたマブダチなんだ」
 エイプマンの言葉に嘘はない、とビリーは『鱗型のアミュレット』で確認する。
 リュリュミアとビリーは自分達は依頼を受けたとエイプマンに伝えた後、彼と一旦別れ、パルテノンの街で情報収集をする事にした。
 広い都会をを雑多な人間が行きすぎる喧騒。
 二人の後を所在なさげにレッサーキマイラが尾いてゆく。
 パルテノンですでに知らぬ者はいないという程度に知名度を上げている魔獣だったが、さすがに大通りを歩くと怖がる者も多い。逃げ出す者がいないのは奇態な冒険者達を見慣れているからか。
「だれかカニの人かなんでしたっけぇ、右手にぎゅいーん!ってぐるぐる回るのを持った人を見かけませんでしたかぁ。……え、ぎゅいーん!ていうかどうかわからないけど右手になにかもった人なら見かけましたかぁ」
 片っ端から右手に何か持っている人に声をかけていたリュリュミアは、大通りから二つほど離れた小さな路地でアッシュらしい人物を見かけたという男に出会った。
「俺は見たんだ。右手に何か大きな物を持って布をグルグル巻きにしていた男が子供の飴を奪って泣かしていた。俺の記憶に間違いなければ、あれはこの国のパッカード王だ」
「そうですかぁ。それじゃぁ会いにいってみますぅ」
 さりげなく添えられていた重要情報に気がついていたのかいないのか、リュリュミアは男に示された空き地に向かって小走りになった。
 ビリーとレッサーキマイラも慌て調子で彼女の後を追う。

★★★

 再び遍歴の騎士一行として冒険の旅を再開したジュディら三人組。
 ヨシワラでは全く活躍の余地がなかったのを残念がっていた老騎士ドンデラ公をたしなめつつも、王都パルテノンを目指す事に。
 何処までも晴天は青く澄み渡り、さわやかな風が草原を横切り、のんびりと王都を目指して歩く。
 暑さを感じる陽射し。『マギボトル』を回し飲み、渇いた喉を潤し、そうした素朴な喜びから幸福を感じる。
「善は急げじゃ。早く先の町についてしまおう」
「そろそろ腹が空いてきたでげす。ここらでお弁当にしませんか、騎士様」
 相反する老騎士と従者の意見。
 そろそろ老公は休んだ方がいいと休憩を申し出ようとしたジュディは、その時見知った顔が自分達を追い抜かそうとしたのに気づいた。
「マニフィカ!」
「あら、ジュディ!」
 青空の街道で二人はばったり出会う。
 老騎士と従者に貴族式に挨拶するマニフィカ。
 Drデストロイを近辺の町で聞きこんでいたマニフィカは、ジュディが同じくデスリラー殲滅にチャレンジしている仲間であるのを初めて知った。
 マニフィカはDrデストロイとデスリラーの関係に気づいていた。
 そして彼が混沌をポジティブに捕らえる秘密結社『ウィズ』との関係がズブズブと深い事も。
 それをジュディに伝える。同じデスリラー関連なら二人は戦う同志だ。
「なんじゃ。デスリラーという邪知暴虐たる悪の組織が全ての元凶か!」
 ドンデラ公を従者がたしなめるのを見つつ、ジュディは歩行速度を上げた方がいいと結論した。
 やがてパルテノンの大門に吸い込まれる街道を、ココナッツの殻を打ち合わせた馬の蹄音は高らかに空気を鳴らした。

★★★

『元ジャカスラック領を正当なる所有者ジャカスラック公に返還せよ!』
 大きな文字だけ書かれた大量印刷のポスターが、薄暗い路地に列と段をなしてべたべたと貼りつけられていた。
 デスリラーの宣伝活動か。
 通常の表通りに貼られているポスターの効果を一〇〇とするならば、この日陰のポスターは三〇くらいだろうか。
 路地のあちこちに「ご自由にお持ちください」の札と共に黒いサングラス十数個が木箱に詰め込まれている。
 ビリーとリュリュミア、レッサーキマイラは小さな空き地に辿りついた。
 そこで皆はサングラスをかけたパッカード王が路地の壁に赤いスプレーで「破津禍悪怒国王参上!」と落書きをしている光景に出くわす。
「そこまでですぅ」
 物言わぬ壁相手にいきがっている国王にリュリュミアは人差し指を突きつけた。
「アッシュさん、あなたが偽国王の正体だというのはその右手のぎゅいーん!ってぐるぐる回るのでお見通しなのよぉ」
「あ、よかった。偽国王という情報はちゃんと伝わってたんや」
「そうでやんすね」
 微妙なところでほっとしたビリーとレッサーキマイラの前でサングラスをかけた国王が邪悪な笑みを浮かべる。
「お前がぎゅいーん!ってぐるぐる回るって思ってるのはもしやこれの事かな……」
 国王が右手の布を一気にほどいた。
 パッカード王の右手首に生えていたのはチェーンソーではなく巨大なカッターナイフだった。
「ありゃ。チェーンソーじゃない」意表を突かれたビリーの驚き。「っちゅう事はアッシュじゃないんやな」
「当たり前だ。俺は現オトギイズム王国国王パッカード・トンデモハットだよ」
「んなわけあるかい! 正体を現しや!」
 『神足通』で掴みかかったビリーは偽国王によけられてしまう。
「そんなに俺の正体を知りたけりゃ冥土の土産に見せてやるぜ!」
 国王の姿がまるでモーフィングCGの様にぐにゃりと歪む。
 二秒もかからず、偽国王が緑色の奇妙なトカゲ男の姿に変わった。
 右手から巨大カッターナイフを生やしたサングラスのカメレオン男だ。
「俺は『カメレオンカッターナイフ』!」
 怪人が名乗りを上げた。
 ドクロ模様の全身黒タイツの戦闘員が周囲の風景から「イーッ!」と叫びつつぞくぞく現れる。全員サングラスをかけている。
「うわっ! 何処から現れたんや!?」
「兄ぃ! ここは逃げの一手じゃ!?」
「そーゆーわけにはいかんやろ!」
「そーよぉ。ここはぐるぐるやっつけないとぉ」
 正義の味方達は抗おうとするが多勢に無勢。
 リュリュミアは『ブルーローズ』で壁を作るが、数に押されて圧倒されて捕縛されそうになる。
 怪人は笑いながら勝ち誇った。
「貴様らもDrデストロイの手で改造人間にされるがいいわ!」
「兄ぃ! わし怖い!」
「そこまでにしなさい! あなた達!」
 突然、路地を吹き抜ける横殴りの桜花と吹雪の滝が戦闘員達を全てのみ込んだ。
 敵にダメージはなかったが、リュリュミア達には包囲から脱出する格好の好機となる。
 ローラーブレードで滑走してきたピンクのスカートの少女が戦闘用モップで戦闘員を打ちのめす。
「偽国王で悪い噂を広めるだなんてセコい事をしてないで反省しなさい!」
「アンナさん!」
「わたくしもいますわよ。エタニティの捜査網を舐めないでいただけないかしら」
 現れたアンナとクラインは仲間の危機を救い、路地を抜ける夕陽の光を背負った。
「何だ。貴様ら! 国王の手の者か!?」
「カメレオン風情がギャアギャア鳴くんじゃありせんことよ」クラインは手にした鞭にしごきをくれ、その表面に紫閃を走らせる。
「貴様らも国王の使い走りか!」
 見下ろす様に視線をくれるクラインに巨大カッターを振りかざしてカメレオン男が襲いかかる。
 クラインはウエストバッグに入れていたプラスチック瓶二つを相手に投げつけた。
 反射的にカッターで切り裂いたカメレオンカッターナイフの上半身に、瓶の中身が降りかかる。
「ちっ!」
 舌打ちをする怪人の顔は、右手のカッターが香油まみれになって切れ味が鈍ったのを皆に示していた。
「無様ね」
 氷の微笑を浮かべるクライン。
 だがサングラスの怪人は左手でカッターナイフの刃を握るとそれをへし折った。油にまみれていない新しいカッターの刃がチキチキとのばされる。
「……これがカッターナイフのいい所だよ」
「あ、そう。でもあなたが油まみれなのは変わっていいないわね」
 再び襲いかかったカメレオンカッターナイフの肌をクラインの鞭は軽く一打ちした。
 途端、鞭は電撃を放ち、怪人の上半身に引火した。
「ぐわああああぁぁぁぁぁぁー……っ!」
「もうあなたはわたくしに既に対策されていますのよ」
 燃え上がる炎に包まれ、カメレオンカッターナイフが空き地の地面を転がる。
 かけていたサングラスが外れ、のたうち回る身体の下でバラバラになる。
「『乱れ雪桜花』……っ!」
 戦闘員を全て倒していたアンナは必殺の技を怪人に放った。
 横殴りの桜と雪の嵐の中にカメレオン男は翻弄され、致命的な打撃をくらいまくる。
 断末魔を挙げたカメレオンカッターナイフの挙動が停止し、その途端に身体が大爆発した。戦闘員も全て爆発して消え去っている。
「しまった! やりすぎましたか!?」
 アンナの乱れ雪桜花の威力が強すぎた。
 というよりこの怪人の体力が低すぎたのだ。
 戦いが終わった路地にオレンジの風が吹く。
「アンナさん、クラインさん……おおきに。ほんま助かったわ」
「助けてもらってぇありがとうございますぅ」
 ビリーはリュリュミアと一緒に、自分達の危機に駆けつけてくれた親友に礼を言った。
「偽国王と囚人を追っていたのですが、皆の救援に間に合って嬉しいですわ」
 アンナは怪人と戦闘員の残骸を確認するついでにこの空き地を掃き清める。
「さて。……って事は脱獄を手伝ったちゅうカニ男はあのカメレオンの変装って事でええんやろか」
「それはどうでしょぉ。アッシュさん本人は見つかってないんだしぃ」
 ビリーとリュリュミアもレッサーキマイラと一緒に遺留品を探すが、ボキボキに折れたサングラス以外にめぼしい物はない。
「カメレオン男は予想していましたが、やはりデスリラーの関連でしたか」
 クラインはさてこれから展開がどう動くかと顎に手を当てる。
 アッシュを追っているビリー。
 同じくリュリュミア。
 デスリラーを追っているクライン。
 同じくアンナ。
 二つはイコールで結ばれている。
 夕景が皆の影を黒く長く路面にのばす。
 アッシュへの手掛かりは一旦途切れたが偽国王事件は解決となった。

★★★

「ええい! 遠からん者は音にも聞け! 近くばよって眼にも見よ! 神聖宗教独立遊撃騎士団騎士団長『ドン・デ・ラ・シューペイン』! この場に参上して卑劣かつ邪悪な『ですりらあ』の輩に速やかなる正義の鉄槌を下さんとす!!」
 王都パルテノンの東区で老騎士ドンデラ公の名乗りが音高く石壁や低い天井に反響する。
 夕刻。パルテノンに着いて王国と連絡をつけたジュディとマニフィカは、王国衛士と一緒に囚人達が隠れていると見当をつけた路地裏の-地下酒場を急襲した。
 元から怪しかったここはデスリラーのアジトの一つだったらしい。
 大騒ぎの捕り物だった。脱獄したほぼ全ての囚人を確保出来たが、先ほどまでここにいたはずのジャカスラックとその家族と、カニ男と、Drデストロイとそのナースにはすでに逃げられていた。
「ワン・ステップ・レイト、一歩遅かったデスか……」
「囚人は置き去りにして自分達だけさっさと逃げたようでございますね」
 雑魚をあえて捨てて、肝心な人間だけ逃げる。
 大牢獄に長期懲役に服していた囚人達や戦闘員はそれぞれに屈強だったが、五倍の人数の衛士にはなす術もなく捕まえられ、表通りに並ぶ護送用馬車に詰め込まれる。皆、元の牢獄へ再収監されるのだ。
 デスリラーに配られただろうサングラスは外され、眩しい夕景の中、捕縛された囚人の最後の数人が馬車に押し込められる。
 馬車は大牢獄へと走りだした。
「ジャカスラック公は逃げましたか……」
「VIP、特別扱いデスネ。敵ドクターはアレにファインド・ヴァリュー、利用価値を見出しマシタカ……」
 ドクターデストロイを追っていたマニフィカとジュディは大通りで馬車を見送る。
 周囲は大捕り物見物で騒いでいる市民でいっぱいだ。
「まだまだデスリラーのバッドスメル、匂いがプンプンしてるネ」
「敵はDrデストロイ。それははっきりしています」
 ジュディとマニフィカは今度こそ邪悪の顔を直接拝んでやる、と心に決めた。
 仮面バッターV3のコスチュームに今回出番がなかったのをジュディは悔やんだが、デスリラー騒ぎは収まっていない。いつか嫌でも着る機会が来るだろう。
 地下酒場に戻る。
 店内では大勢の衛士達の粗い証拠品捜索が行われていた。近代捜査を知る者にとっては雑すぎる作業だ。
 酒場の壁には大量印刷の元ジャカスラック侯爵のポスターがびっしりと貼られている。
『元ジャカスラック領を正当なる所有者ジャカスラック公に返還せよ!』
 ポスターの一枚をジュディは破り取り、表を見、裏を返す。ざっと見たところ、文字しか書かれていない。
 このプロパガンダに何の意味があるのか。
 Drデストロイはまだ捕らえられていない。

★★★

 先日に地下酒場の大捕り物があった方位とは、中央の王城を挟んでちょうど反対側になる。
 朝早くからパルテノン西区で奇妙な騒ぎが起こり始めていた。
 西区には運河も大きな地下水道もある。
 しかしその大型魚類が三角の背びれを突き出して泳いでいるのは固い石畳だった。
 石の地面から背びれを突き出した一〇匹もの魚影が平穏だった西区の一般市民を襲い出した。
「さーめさめさめさめさめ〜」
 噴水の台座に足をかけた、鮫と人間を混ぜたようなサングラスの怪人が奇妙な声で大きく笑った。
「地潜り鮫達よ! このサメドリル様の命令に従って町を混乱させ、殺しまくるがいいわぁー!」
 右手の巨大ドリルが音を立てて高速回転する。
 先日、カメレオンカッターナイフの騒動があったのとちょうど反対側。
 地上を泳ぐ鮫の襲撃に一般市民は逃げ惑うしかなかった。

★★★