『十二支の結呪』

ゲームマスター:田中ざくれろ

【シナリオ参加募集案内】(第1回/全4回)

★★★

 「ヨシワラ斬られ損」という言葉がある。
 『オトギイズム王国』東方『アシガラ』地方の北東の国境沿いにある『ヨシワラ』という自治区内では、内住者、訪問者全ての身分の上下にいわゆる士農工商の差別がない。たとえ、騎士、侍の身分でも特権は通じず、刃傷沙汰、喧嘩沙汰を起こそうものなら自治隊に斬り殺されても文句は言えず、ただ恥のみが残るという事から戒めとして永く伝えられている言葉だ。
 たとえ貴族だろうが王族だろうが、ヨシワラで喧嘩されては自治隊に斬り伏せられて、それ以上はいっそう不問。自治隊の誰も責を問われない。ヨシワラの自治政の最も強力な部分を物語る標語である。
 東洋風。『遊郭ヨシワラ自治区』は『柳池』と呼ばれるちょっとした湖の如き、大池の中央に島としてある。
 一艘に客が十人も乗れば満杯になる船が岸とヨシワラの正門を往還する。
 島の縁に並べて植えられた柳の木に囲まれたヨシワラは遊郭。
 大人が遊女を買う街。
 その街は遊女と客の為にあり、朱色の柱や壁、灯籠が並ぶ街はちょっとした一国の機能を備え、大通りの脇に並ぶ遊郭の他に生活用品や食材を売る店舗や番屋等がある。小酒場や湯屋、着物屋等も。
 王国から遊郭ヨシワラ自治区として、一領地に等しい権限を与えられたこの島は夜にはまるで深海魚の如き妖光の群となる。
 夕の陽が落ちれば、遊郭は『みせすががき』と呼ばれる、全ての店から一斉に同旋律の三味線の音色が聞こえるはずだった。重厚なそれは通りに面した格子越しに客を出迎えるヨシワラの重要な音景だ。
 それが最近は、ない。
 ヨシワラにみせすががきの音色が絶えてから久しい。
 今は静かな夜となったヨシワラは、客の出入りも最近に比べれば遠くなり、きらびやかな遊女も長閑を持て余す者が多くなった。
 それもこれもヨシワラが一度、大火に遭い、その人口、建物の七割を失ったものを最近、新築、営業再開してからだ。
 ヨシワラは不死鳥の如く、見事に元の姿を取り戻した。
 誰もがそう思っていた。
 しかし大火にてヨシワラは外観や人口よりも多くのものを失っていた。
 『忘八』と呼ばれるこの遊郭都市の領首を失い、昔からの作法を知る者も多く失った。
 例えば花魁道中は内八文字、外八文字の区別こそあれ、花魁の足さばきがただの八文字だ。八文字とは高下駄の足運び。遊郭の最上級の遊女である花魁が客に呼ばれて待機の置屋から客の待つ茶屋の座敷へ迎えに行き、妓楼に行くまでの道中を旅に見立て、遊女未満の禿(かむろ)、新造、下男を従え、大通りを八文字で練り歩くのだ。外の側から八の字をさばく様に高下駄を運ぶのを外八文字と呼び、内側からを内八文字と呼ぶ。
 これが現在、伝えられている花魁の八文字であり、現在の花魁である『玉露大夫』が道中にそれをするのだが、昔は八文字とはもっと複雑な作法であると言われていた。
 玉露大夫は大火の復興の後に花魁となった遊女である。
 正式な八文字を知る者、資料は大火の折に全員、失われたと言う。
 それはみせすがきも同じだった。
「昔は花魁の八文字はもっと複雑な特殊な歩き方をしていたもんじゃ」
 玉露大夫の今日の花魁道中を観に大通りに集まった観衆達の中で、昔を知る還暦の客がそうこぼす。
「みせすががきもなくなり、今のヨシワラは寂しいのう」
 八文字やみせすががきは魔除けであると信じる者達がいる。
 その信心を裏づける如く、正式な八文字が失われた現在のヨシワラの天上に低く不気味な暗雲が垂れ込めるようになった。たとえ空が晴天でも雲は柳池の面積とほぼ同等に広がっていた。
 そして、ある日、黒雲から雨が降る如く小獣の群が落ちてきた。
 ネズミだ。
 まず一匹の真紅のネズミが落ちてきた。
 それを皮切りに黒雲からまるで土砂降りの如く、灰色茶色のネズミの群がヨシワラにざあざあと落ちてきたのだ。
 ネズミはキイキイと鳴きながら、往来を走り、人を騒がせ、建物の中へと入りこんだ。
 不潔なネズミの襲来にヨシワラの人人は逃げ惑い、柱や壁を齧り、食物を食い荒そうとするそれらを必死に追い払おうとした。池にこぼれるまで増えたネズミは網や火で追われたが、何日も勢いを止めなかった。
 ヨシワラは事実上、商売が出来ない状態が続いた。
 だが、ある日、自治隊の腕の立つ一人が小弓を持って、たった一匹の真紅のネズミを射止める。
 するとその途端、その真紅をも含めた全てのネズミがまるで煙が吹き払われる如く、姿を消した。キイキイという鳴き声もささやかなさざ波の様な走る音も一切が一瞬で消えたのだ。
 こうしてヨシワラは蹂躙の跡だけを残して、元の遊郭街に戻った。
 だが、頭上の暗雲は晴れない。
 ヨシワラの住人は居座り続ける不吉な雲の塊に不気味さを憶え、ネズミ騒動が終わってしばらくたっても、客足は平時の半分以上には伸びなかった。
 あれ以来、不気味な騒動が起こり始めたのはヨシワラだけではなかった。
 近隣の町や村で真夜中、半透明で燐光を放つ、様様な小妖怪の群が列をなして音もなく辻を行き過ぎるのが目撃されるようになった。
 『百鬼夜行』。
 数多の鬼火をつれた、半透明の小妖怪の群。
 それを目撃した人間は数日、高熱を出し、うなされながら床から起き上がれなくなるという。
 ヨシワラの不吉がまるで近辺にまで広がる、その様な噂や光景はオトギイズム王国の東方だけでなく、王国全体に人の口づてに広く知られる風になった。
 今日もヨシワラ上空の低い暗雲は晴れない。
 その雲の中からトラツグミの鳴き声が甲高く聴こえる様になった。

★★★

「で、あちきにヨシワラに戻って、その作法を教え戻してほしいというのでありんすね」
 王都『パルテノン』の王城で、王妃『ソラトキ・トンデモハット』はヨシワラからの使者にそう答えた。
 白磁の皿から甘納豆をついばむ金髪のソラトキ王妃は元は『宇宙大夫』と名乗ったヨシワラの花魁である。それも大火にてヨシワラが燃え、八文字の作法やみせすががきが失われる前の貴重な世代だった。
 艶が匂う王妃は今日も和風と洋風が折衷になったドレスを着て、洋風の椅子に座って三毛猫の背を撫でている。
 久方ぶりに里帰りをしろというのか。
 王妃は熱い茶の入った湯飲みをテーブルに戻し、都上がりの高貴な服に身を包んだ使者に眼線を配った。
「よござんす。あちきが昔ながらのヨシワラの作法をお伝えに里帰りしましょう。……ただし、最近のヨシワラの不穏も聞き伝わり、正直に言えば身の危険を感じるでありんす。ただし、と言って『斬られ損』の自治隊を備えたヨシワラ自治区に大勢の王軍を携えていくのも愚案。ここは『冒険者ギルド』に一報を入れ、腕に覚えのある冒険者を募って、あちきの護衛として同行をさせたいと思うんでありんす」

★★★

 冒険者ギルドに王妃に随行してヨシワラへ行く冒険者の募集依頼が出たのは、それからすぐの事だった。
 成功報酬、百万イズム。期間は往路復路と滞在中の全て。随行の旅行費用や食費等は勿論、王国が負担する。
 暗雲をかぶったヨシワラの不穏は勿論、どの冒険者ギルドにも届いている。
 果たしてヨシワラに何が待っているかは、この時、誰も知らない事だった。

★★★

【アクション案内】

z1.ソラトキ王妃につきそって行動する。
z2.ヨシワラを調べてみる。
z3.その他。

【マスターより】

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 今回は『遊郭ヨシワラ自治区』を舞台にした時代劇チックなシナリオです。
 今回は重要人物としてヨシワラの元花魁の『ソラトキ・トンデモハット』王妃が関わってきます。
 なお遊郭ヨシワラ自治区は、実際の遊郭吉原を参考にして設定しておりますが、色色と実在のものと違っています。
 だから「太夫がいるのに、花魁という言葉が存在しているのは歴史的におかしい」とかは敢えてやっていますので、ツッコミどころを見つけてもなるべくスルーしてもらえるようお願いいたします。
 といっても調査してもらえれば色色と細部や裏が解る様になっておりますので、そこら辺、ツッコむべき所はツッコんでもらっても構いません。
 ただ、これはあくまでもフィクションの創作なのでいわゆる「実在の人物、団体、思想とは一切、関係がありません」という事をお忘れなく……と書いていると読んでいる人間は「ツッコんでいいのか悪いのか、はっきりしろ!」と怒るかもしれませんが、面白くてそれっぽければナンデモアリという事で(汗)。
 とにかくこのヨシワラを皆に楽しんでもらえれば、という気持ちで作っておりますので、皆さん、よろしくお願いいたします。
 では次回もよき冒険があります様に。

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