ゲームマスター:田中ざくれろ
★★★ 『アサクサ』の街の出店夜店。 足踏み機で熱いザラメを溶かして綿菓子を作る出店。 狐狸狗猫のお面を並べる夜店はわら束に風車(かざぐるま)の軸を挿し、秋風に吹かれて回るがままのそれを売っている。 金ラメと虹色。ここはアシガラ地方のエンターテインメントが凝縮された町。 通りには芝居小屋、寄席、茶屋、見世物小屋などの様様なのぼりや看板がカラフルにひしめきあい、人の混雑はまるで芋を洗うかの如き。 風吹く通りではためく原色の布地は明朝体など様様な興行文句が踊り、街は見物客が喋り練り歩く騒音と呼び込みでとてもにぎやか。 ついぞ昨日、このアサクサである見世物小屋で客が暴れ、興行が中断するという騒ぎが起きた。 この見世物小屋の『美女残酷ショー』はまごう事なき低俗だ。 しかしだからといって興行の途中で客が次次と乱入し、ショーを強制停止していいわけがない。 見世物小屋の管理人たる座長マサムネとその従者たるおチュンたる美少女は怒りを胸に、乱入者に弁償要求も辞さないという態度をとった。 この態度が新たな見世物小屋の芸人を増やす事になったとは、この時点で誰が予想しただろう。 それが更なる盛況を呼ぼうとは。 ★★★ 老騎士ドンデラ・オンド公の暴走により、SMショーの興行が打ち切りとなった見世物小屋。 噂の鞭打たれる美女も、おチュンという鞭打つ美少女も口が利けず、なにやら訳ありの様子。これは怪しいとジュディ・バーガー(PC0032)の野生の勘が告げていた。 このオトギイズム王国は御伽噺や昔話が実在する世界。 口が利けぬ二人から『舌切り雀』の民話を思い出すのは難しくなかった。 そういえば、冒険者ギルドの掲示板にも舌切り雀を連想させるクエストが貼り出されていたはず。 もしや見世物小屋と関連があるのでは。クエストを受けたと思われる他の冒険者達に連絡を取るべきかもしれない。ジュディの勘はそこまでの計算を導いていた。 「あら、ジュディさん」 冒険者ギルドで『雀のお宿』関連の依頼を受けてきたクライン・アルメイス(PC0103)は背の高い友に挨拶をした。先日は見世物小屋で思いがけず出会った二人だ。 「クライン。冒険者としてザッツ・クエスト、あの依頼を正式に受ける事にしたんデスネ」 「ええ。つらつらと情報と照らし合わせるに、お婆さんは自業自得みたいですし、あまり助けたいという気もしませんが、依頼としてなら受けてみる気になっています」 「ジュディはあのファンハウス、見世物小屋に芸人として乗り込むつもりなのですケレド、クラインは?」 「わたくしはお爺さんに一度会ってみようと思いますわ。状況を説明し、見世物小屋に連れていこうと思いますの」 「クエストを受けた他の皆とも連絡を取るべきダト思うワ」 言いながらジュディは先日の見世物小屋で、ひな壇から転がり落ちたご老公の事を思い出していた。 とりあえず無事とはいえ、脳震盪の後遺症が心配。 従者サンチョ・パンサに介護を頼み、しばらく宿屋で静養してもらう事になっている。クエストはその最中にクリアしたい。 ジュディは直接見世物小屋に向かおうと思ったが、クラインはお爺さんの家に行くらしい。 二人はギルドの玄関で別れ、それぞれの訪問先へと足をのばした。 ★★★ アサクサの冒険者ギルド二階にある居酒屋の一角で、海の人魚姫マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は海中ならぬ懐中より取り出した『故事ことわざ辞典』を取り出した。 栞紐を解けば「過ぎたるは猶及ばざるが如し」という文言が眼に入る。 これは充分に復讐は果たされた、という示唆か? 再び頁をめくると「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」の記述。 なるほど、おチュンとマサムネはその深淵か。 ハンムラビ法典という異世界の遺物には「目には目を、歯には歯を」という有名な一文がある。 罪刑法定主義の起源とされる同害報復であり、その趣旨は過剰な報復を禁じて報復合戦の拡大を防ぐ事。つまり負の連鎖を止めようとしている。 しかし実はもう一つ、負の連鎖を止める方法が存在する。 それは相手側の関係者を徹底的に全滅させ、報復の応酬そのものを不可能にする事。 まさに冷酷非道の極みであり、あまりに多大な犠牲を強いる事からも忌避される行為。 そしてまたマニフィカの遠い祖先達が『陸を海に沈めた』という伝説に残す、謂わば人魚の原罪に等しい歴史的蛮行でもある。 いくら復讐を続けても、その行為に際限は無い。 手段と目的の逆転。最後の一線を越えてしまう前に、おチュンとマサムネを止めるべき。 二人とも心の奥底ではそれを誰かに望んでいるかもしれない。 ならば止めるべし!とマニフィカは思う。 決意を固めたマニフィカのテーブルの向かい席で、クリームソーダをなるべくアイスクリームとメロンソーダを混ぜ合わない様に飲んでいる座敷童子ビリー・クェンデス(PC0096)。 いわゆる『舌切り雀』のクエストを受け、ようやくワ−雀の隠れ里に到着したビリー達は、意地悪お婆さんに何があったのかを知った。 それを因果応報や勧善懲悪と言い切れてしまうほど、世の中は単純ではない。むろんオトギイズム世界でも同様なはず。 たとえ誰もがハッピーエンドを望んでいるわけではないとしても。 それがビリーには、ちょっぴり寂しかった。 「なんやー。ボク、アンニュイやわー」 似合わない言葉を使うビリー。ちなみにレッサーキマイラは何処かへ遊びに行っている。 ビリーは心優しい依頼主お爺さんの為にも、里から連れ出された意地悪お婆さんの身柄を奪還してこのクエストを達成すべきだとは思っている。 そうすると行く先不明におチュンと里長マサムネの行方を追うべきだが、その手掛かりがない。 ビリーとマニフィカは雀のお宿からいったん冒険者ギルドに引き上げた。 色色と思うところもあったが、とりあえずマサムネとおチュンの居場所を見つけ出さないと先に進めない。 というわけでギルド二階の居酒屋で何か伝(つて)でもないかと二人が喫茶空間をたゆたっていた時、飛脚が走ってきてビリーとマニフィカに手紙がもたらされた。 「捜しましたぜー……!」 疲れ果てた飛脚がさりげなく割り増し賃金を要求する。 さて差出人を見ればジュディから。その手紙にはアサクサでの見世物小屋騒動顛末の一部始終が書かれ、そして「三人で芸人として出演しないか」という彼女の呼びかけがしたためられていた。 手紙を一読した途端、人魚姫と座敷童子に天啓の様な稲妻に撃たれた。 紙面に書かれている見世物小屋の座長とはマサムネ、そして喋れない女性座員と鞭打たれる若い美女とはおチュンと意地悪ばあさんの事ではないか! 「どうしました。妙に気張った顔をして」 階下から居酒屋に上がってきたサンドラ・コーラルが二人に訊ねる。彼女の尻に迫るだろう視線の脅威はサンドラ父が双眼鏡で見張っている。 「サンドラさん! 行きまっせ!」 ビリーが間髪入れずに立ち上がる。その子供の身の丈は『飛翼靴』で宙に浮く。 思いがけず答を得られたマニフィカも走る。 「あいつらが帰ってきたら芝居小屋へ行ったと伝えといてや!」 店の者にレッサーキマイラに対しての伝言を残すと、ビリーとマニフィカとサンドラ父娘は先日の芝居小屋へと走った。 まずはジュディとの合流だ。 ★★★ 「眼には眼を、舌には舌を、ですか。シンプルですが理にはかなっていますね。更に危害を加えるというのであれば見過ごせませんが」 アンナ・ラクシミリア(PC0046)はこの事件をそもそも依頼してきたお爺さんの家にやってきていた。 雀の里ではワー雀たちも村の外とは往き来をしているはず。アンナはよく訪れる街や村の外での活動拠点を訊き、頭領とおチュンが行きそうな場所のアタリをつけていた。 とにかくこれ以上事態がエスカレートしないように三人を確保して、やりすぎであれば謝るなり補償するなり解決への道を模索するべきなのだ。失ったものは元に戻らないかもしれないが、お互いの出来る限りを相手にする事でそれぞれの生活に戻って行けたらと、アンナは考える。 冷たい隙間風が吹き始めた季節に、囲炉裏で暖をとる。 囲炉裏を囲む者はお爺さんとアンナだけではなかった。 「お婆さんですがなんでも若返りの薬を飲んで見世物小屋にいるようですわ、そこにはおチュンさんもいますがどうも様子がおかしいので、確認の為にも一緒に来ていただけないかしら」 『エタニティ』の女社長クラインも訪れて今、足を崩している。彼女が来たのはお爺さんを連れて一緒に見世物小屋に行き、おチュンと座長がお爺さんが知る者と同一人物なのかを確認してもらう為だ。 「お爺さんからは恥ずかしがり屋の少女と聞いていましたが、あの濃いメイクといいちょっと様子がおかしいですわね、何か裏の事情があるかもしれませんわ」 クラインが言った時、お爺さんは魚が焼けたと告げた。 囲炉裏で炙っていた川魚の串焼きを三人は食べ、熱い茶を胃に落とすとほう、と一息ついた。 「さて行きますか」 クラインは立ち上がり、アンナもお爺さんに肩を貸して立ち上がらせた。 これから三人はアサクサへ行く。 外へ出ると恐らくは人間ではない、本物の雀が彼女達に驚いて空へ逃げた。 ★★★ アサクサの件(くだん)の見世物小屋。 ここで陳列されていた『人魚の剥製』を観て「こんな醜悪な物が人魚であるわけないですわ」とマニフィカは文句を言っていた。 「いや。人魚の剥製みたいなのは昔から日本の名物で、海外用のお土産なんや。猿のミイラと魚のミイラとか上手い事継いで外国人に売ってたんや」 「このアサクサも、日本なのでしょうか」 解説していたビリーは、果たしてオトギイズム王国のアサクサも、自分達が来た地球の日本と全く同じなのかとマニフィカに訊かれて「うーん……」と唸った。 「まあ、ええやんけ。今度はボクらが見世もんや」 今日は興行を潰されて怒っていた見世物小屋で、冒険者達が芸人として自分を売り込みお客に芸を披露する。身体で返そうというわけだ。 見世物小屋は本日の興行を始める。 時間的にぶっつけ本番とならざるを得なかった芸の数数。座長は興行の流れのまま、リハーサルもなくいきなり舞台へ投入した。 「もっと下品に! もっとお下劣に! 退廃的に!」 マスター・オブ・セレモニー、MCとして叫んで舞台を盛り上げる座長の紹介のままに、冒険者達の芸が観客達に披露される。 前座扱いながら、舞台では身長二m超のジュディが『迷彩ビキニ』で美しい筋肉を誇張する。 彼女は一抱えもある大玉に乗って踊りながら登場し、酒瓶を抱えて火を噴き、燃える松明をジャグリングしてみせる。 意気を声に出して客席を盛り上げるノリノリのジュディは、二本の燃える松明をジャグリングしながら三拍子目で投げキッスを大サービス。 「さてますますの盛り上がり! しかし皆様、踊り子さんには手を触れないでください!」 盛り上げるシルクハットの座長が声を張り上げる。 いつもの退廃的な雰囲気に慣れている客達は最初は戸惑ったものの徐徐に歓声のボルテージを上げていく。 ジュディは最後に酒瓶をジャグリングの一つとして加えた。さすがにここまでやるとバランスが危うかったがペースを落として何とかやり抜く。 全て受け止めてフィニッシュすると客の拍手が小屋を揺らした。 ★★★ クラインとアンナはお爺さんを連れて、興行中の見世物小屋の裏口にいた。 「お前はおチュンじゃないか……!」 お爺さんがこの興行で、謎の美女を鞭打つ役目をしている革レオタードの美少女を見て、妖艶なメイクの下にある正体を一目で見抜いた。 おチュンと呼ばれた少女は、裏口の脇でばつが悪そうにお爺さんの顔から眼をそらしている。 クラインは座長に話をすると面倒くさくなると思い、まずお爺さんをおチュンに会わせ、彼女を通して謎の美女と面会させてもらおうとしていた。 するといきなりこれだ。 「これは一体どういう事なんじゃ……」 「どういう事と言われてもですね……」 アンナの推理にとっては当然の展開だったが、お爺さんの戸惑いには少少気分が重たくなった。 お爺さんと一緒に、被虐される謎の美女に会いに来たのだが、展開は彼らには厳しい事になっている。 クラインは事前の情報収集である程度の状況を掴み、彼女がおチュンであるのと座長が最近この見世物小屋を始めたのは最近であるのは知っていた。 が、現実として答え合わせに立ち会うとお爺さんは気の毒なほどの狼狽だ。 皆は小屋の裏口から中に入り込み、舞台の袖まで行く。お爺さんとおチュンに座長が頭領マサムネなのかを確認してもらう為だ。 様様な芸人達とすれ違う。また新たな芸人か?と疑問符を浮かべる形で。 「……あの雀のお宿にいた雀達の頭領じゃないか。……何故、こんな所で……」 袖から照明眩しい舞台を覗いたお爺さんの呟きで、座長の正体がワー雀達の頭領マサムネであるのが皆にも解った。 「捜しましょう! なら、お婆さんもこの小屋の何処かにいるはずです」 アンナは叫んでローラーブレードで走り出そうとしたが、おチュンが前に立ちはだかった。 その手には長い革鞭が握られている。 「通しなさい!」 クラインは『小型フォースブラスター』を抜いて構えた。 皆、声なく、緊張が走る。 一方の舞台では観客達が大盛り上がりを見せていた。 ★★★ あらためて舞台では新芸人達の饗宴が続けられている。 マニフィカは舞台に用意した大きなガラスケースの中で水中ショーを披露する。 最近は羅李朋学園からの技術で急発達している気泡抜きの透明ガラスケース。水を満たしたそれに漬かるマニフィカはまさしく真なる人魚で、スパンコールがきらびやかな水着の上半身をくねらせて水飛沫をひな壇の観客へ届ける。下半身の魚尾は並ぶ鱗を健康的に輝かせる。 清水を満たしたガラスケースの中にはくねる者がもう一人いる。 それはハイレグ水着のサンドラ。尻をきわどく切れ込んだ水着は足をうんと長く見せ、ガラスの壁に張りつく様に水を泳ぐ姿態は照明の光を妖しく反射する。 やがてマニフィカは『水術』を使って、舞台のあちこちに小さな噴水を出現させる。 あちらと思えばこちら。 こちらと思えばあちら。 まるで気まぐれに舞台のあちこちに噴水は現れ、終いにはサンドラの両掌や頭頂までにも出現させる。フィナーレは舞台の四方八方あちこちに一斉に飛沫が舞い上がる。 手元の書を読み上げたマニフィカの姿が瞬時に消え、やがて照明が消えて水舞台は闇に溶け込んだ。 「さあさあ! 人魚姫の水舞の次は正真正銘、福の神による招運来福の芸であります!」 スポットライトで座長が叫ぶ。 観客は新たな演目を期待するギラギラした眼をしている。 ★★★ 「ああ、サンドラ! 濡れたその水着姿も美しいよ! 皆の見世物になるのは決していい顔が出来ないけれど、これも青春の一ページと思えばパパもそれなら満足さってはぷし!」 一説によれば鞭という武器は物理ダメージはそれほどでもないが、打数を重ねれば死に至るほどに痛みは激しいという。 柔らかいタオルとバスローブを持ったサンドラ・パパがクラインとおチュンの間を走り抜けようとして、ワー雀が放った革鞭の一撃を頬で受け止めた。 「あどくらぺしべしッ!!」 奇声を挙げながら螺旋状にもんどりうって気絶したサンドラ・パパの姿に、おチュンがまるで張りつめていた毒気を抜かれた様に呆然となる。 「あなた達は意地悪なお婆さんから自分と同じに声を奪いました。それ以上やるのはやりすぎですわ」 アンナは彼女にゆっくりと近寄り、鞭に手をかける。あっさりと鞭はメイド戦士の手に渡った。 クラインはフォースブラスターを握った手を下げる。 「おチュン……どうして……」 心配そうに覗き込むお爺さんの眼からおチュンは再び顔を背ける。 彼女は答えようと顔を上げたが、その叫びは声にならない。 アンナは預かってきた画用紙帳とクレヨンを彼女に渡した。 その意味を悟ったおチュンは紙に自分の言葉を書きつける。全部ひらがななのでアシガラ地方を旅出来る程度の人間にも理解は出来た。 『ほんとうのわたしはおじいさんがおもってるほどかわいくもやさしくもないの』 「座長に……マサムネという男に騙されたのですね」 アンナの言葉におチュンはフルフルと首を横に振り、泣き崩れた。 その途端。 「そうだ! この私がおチュンをそそのかしたのだ!」 突然の声に皆が振り向けば、見世物小屋の座長であるマサムネが舞台照明を逆光にしてこの舞台袖を覗き込んでいた。 彼の表情は『大笑い』である。 ★★★ 観客のギラギラした眼は萎びていた。 レッサーキマイラ。彼らの顔は普通に恐ろしい。 だが自分の口端を手で引っ張って表情を誇張しても、それは恐ろしさを通り越して呆れるほどの滑稽さが浮き彫りになるだけだった。 「そないな顔芸でイケるレベルやと思っとたんかーい!!」 福の神ビリーの『伝説のハリセン』がレッサーキマイラの三つの頭にスパコーン! スパコーン! スパコーン!と炸裂する。尻尾の蛇頭は無口なだけなので殴られ損だ。 舞台上は戦場だ。 レッサーキマイラの殴られ損でようやく客の笑いが勝ち取れる。 「スマンです! 兄ぃ!」と獅子頭。 「わいらの不甲斐なさにお手をわずらわせてすいやせん!」と山羊頭。 客席のひな壇は狭い。人間心理として膝を接するほど狭い空間に押し込められた群衆は、周囲の感情を自分のものとして同調するという。 今、観客は周囲の笑いを自分のものとして爆笑の感動が伝導していた。 観客席が温まっている隙にビリーは自分の芸を披露する。 天使の仮装で『神足通』と飛翼靴を組み合せ、いきなり空中に出現したり消えてみたり。 虹色鮮やかな軌跡を残して『精霊の一輪車』で舞台上を高速一周してみせたり。 レッサーキマイラにリンゴを二個手渡して、頭に載せるようジェスチャーで促す。 「待ってくれい、兄ぃ!」 「それをクロスボウで射貫くなんて荒業は……!」 「…………」 片眼を開けながらおっかなびっくり魔獣はリンゴを頭に載せる。蛇頭だけが冷静だ。 すると『サクラ印の手裏剣』を取り出した福の神見習いの手が、桜花の紋章を投擲。微妙なカーブの軌跡が一個、そして二個、三個とリンゴに突き刺さる。 拍手と共に鳴り物が入り、ポーズを決めるビリーにスポットライトが当たる。 だが次の瞬間、ライトの位置がずれ、舞台の天井を照らし出した。 「歓迎されちゃいましたぁ。これでリュリュミアもスターですねぇ」 天井からクルクル回りながら降りてくる木馬と緊縛された若い美女。 そして舞台に登場する、革鞭を持ったリュリュミア(PC0015)。 リュリュミアは「馬は動いた方が馬らしいですぅ」と座長に説明し、裸の美女がまたがる木馬を天井からぶら下げてぐるぐる回せるようにしていた。 ロープに支えられた木馬はまるでいななく様に前後にも揺れ、その度に荒縄にくびられた美女が無言の苦悶に歪む。 突然、舞台を奪われたビリーとレッサーキマイラは戸惑いの表情一杯だ。 背徳的な回転木馬が着地する寸前に、リュリュミアは持っていた鞭を無力に垂らした。 「やっぱり鞭を振るより馬に乗りたいですぅ」 不満げな彼女は『腐食循環』で美女を絡めとった荒縄の緊縛を解く。そして鞭を渡して、代わりに自分自身を掌中から出した長いツタでぐるぐる巻きにして馬に乗る。 緑色な彼女は、全裸の美女と立ち位置を交換する結果となった。 「リュリュミアのお尻は意外に硬くてすべすべしてるから木馬にぴったり合うんですよぉ」 その台詞を言った淑女は、木馬の上で鞭で打たれるのぽやぽや〜と待っている。 突然、拘束を解かれて鞭を渡された美女は、逃げればいいのに場の空気を読めずに全裸のままで舞台上で呆然と立つ。 馬上のリュリュミアはカモンカモンと指をなびかせて鞭を待つ。 その命令を受け取った様に、全裸の美女はようやく緑色の淑女に鞭撃を放った。 しかしリュリュミアは木馬の上で身体をしならせて鞭を避ける。さらに鞭が放たれると木馬ごとぐるぐる大回転してそれをよける。 鞭打つ美女も見守る観客も、この舞台の主題が何処にあるのか解らなくなっていた。 本当に楽しそうな表情で鞭をよけまくるリュリュミア。木馬は拷問用具ではなく、ただの公園の遊具の様になっている。 ところで彼女は冒険依頼を受けていないからただ働きの形になるがいいのだろうか。 「ぐるぐるぐるぐる楽しいですぅ」 ただ働きでも楽しいからいいらしい。 眼がグルグルマークになってもリュリュミアは木馬を前後左右に振りながら回転し続けた。もう美女の鞭はただの合いの手になっている。 スポットライトから離れたビリーとレッサーキマイラは、互いを見ながら肩をすくめた。 ★★★ 観客は沸いていた。 「まあ、昨日分の弁償としては十分か」 舞台袖から舞台を覗く座長。 「あ……あれは婆さんじゃないか!」 お爺さんが袖から覗き、舞台の被虐美女が自分のつれあいであるのを確信していた。 ようやく結婚までこぎつけた自分達の若い頃をその面影に重ねる。 「やはり正体はお婆さんでしたか」クラインはいつでも座長を撃てる位置に陣取りながら舞台を覗き込む。「若返りとは元に戻すかどうかはちょっと部外者は口出ししにくいですわね、同じ女としても複雑ですわ」 「おチュンをそそのかしたとはどういう事です」アンナは座長に戦闘用モップを突きつけながら訊くが、彼女には先ほどの大笑いの表情が作ったものであるのには気づいていた。「お婆さんを元に戻す方法はあるのですか」答が返ってこない内に次の質問をする。 復讐はおチュンの真意なのだ。 だが、それを座長は知って彼女の為に隠し、罪を全て被る気でいる。 「元に戻せる方法は……ない!」 座長はまるで状況を楽しむかの様なS気のある笑みを浮かべた。 「何故こんな事をしたのです」というクラインの問いに「酷いのは先に舌を切ったお婆さんの方だよ。私はささやかな復讐心に火を着けただけだ」と座長は返す。 「後先の問題じゃないでしょう」とアンナ。 『おじいさんにはしられたくなかった……』 おチュンが新しく書いた画用紙には雀少女とお爺さんの素朴な絵が添えられていた。 「わしはおチュンを恨めん……!」 お爺さんは床に膝をついて嘆いた。 いつのまにかマニフィカとジュディとサンドラとビリーとレッサーキマイラがこの寸劇を眺める立場に加わっている。 「本当に元に戻す薬はないのかしら。我が社が料金を立て替えてもいいのですよ」 「いや、わしが大きなつづらに入っていた宝物で支払う」 女社長クラインとお爺さんの申し出に座長はフッと笑い、懐から陶器の瓶を出す。 「お高いよ」 「あるではありませんか」 「いや、これは婆さんを若返らせたと同じ『長寿の薬』だ。痺れ薬は混入していないがね」 「お婆さんをさらに若返らせてどうするんですか。ただの赤子になってしまうだけでは」 アンナは意見を挟むが、その時、お爺さんの手がその陶器の瓶をひっつかんだ。 「お爺さん!」 止めようとしたアンナより早く、お爺さんが瓶の栓を開け、中身を飲み干した。 瞬間、周囲は蒸気と化したお爺さんの大量の汗で白く煙った。 上気した肌がまるで弓の弦の様に張りつめる。 しわがのびる。色素が沈着していた肌がまるで洗われたかの如く白くなっていく。 白髪が輝く黒い色に染まっていく。体毛が厚くなる。 白い珠の様な歯が桃色の歯茎に生えそろっていく。 お爺さんは、今や二十歳ほどに時を遡っていく姿。 ほどなくしてしわくちゃのお爺さんは肌の張り確かな若い青年になった。意外に男前だ。 「これはひどい!」座長マサムネは笑いながらギラギラした眼を輝かせた。「高価な薬を飲み干されてしまった! あなた達はこの弁償をどうするつもりなのか!」 「わしの宝で払う」と若くなったお爺さん。 「あなたの財宝は、もともとわたくし達の冒険報酬に当てられているでしょう!」 マニフィカは反論する。 お爺さんは言葉を失った。マニフィカの言う事をもっともだ、と感じたのだ。 「あなたが当てにした財産がないのだとすれば、私は高価な薬を飲まれ損だという事になってしまいますよね!」 笑う座長が両手で鞭の輪をしごく。サディストの匂いがほのかに漂う。 「仕方ないですね。では我が社がその金を……」 クラインはその金を一時立て替える、と言おうとしたが、お爺さんが一足早く若い唇を開いた。 「わしがこの小屋で働いて、薬代を稼ぐ! わしの働き賃を全てお前が持っていけばええ!」 「ほう」と座長。「この小屋で働けるほどの芸がお有りか……? 何にしてもこれからの長い一生をただ働きでもいいというのか」 「それは……」お爺さんは口ごもった。だが。「わしもこの小屋で見世物になる! わしとお婆さんで見世物になるから二人の給金をさっぴけばええ!」 この会話を聞いて皆はさすがにどよめいた。 「ふむ。美女残酷ショーをパワーアップさせるか。美男美女残酷ショー。交合はせずともそれを匂わす淫猥な演出で互いを縛り、鞭を当て、木馬にまたがらせる……これは女の客も呼べそうだな。十何年もかかりますよ」 「構わん」 算段を始めた座長を遠巻きにする冒険者。 「冒険者の皆のこれからの芸代も二人の薬代に当ててもらえないでショウカ」 マニフィカは座長に申し出たが、座長は首を横に振った。 「お前達の芸はもう今日だけでいい」 「ジュディ達の芸にノット・イナフ、不満がありまシタカ。十分にお客達を沸かせたと思いますが」 「お前達の芸はよい。お客が金を払う価値はあるだろう。だが」座長は皮肉めいた笑みを浮かべる。「芸人には芸風がある。お前達の芸は上品すぎるのだ。ここは見世物小屋だ。演芸小屋じゃない。もっと下品に! もっとお下劣に! フリーキーに! ここはサーカスよりも低俗でなければならん」 言って座長は舞台袖から舞台を眺めた。 人工の照明あふれる世界では、リュリュミアの木馬がまだお婆さんの鞭をよけ続けていた。 ★★★ 「なんや。あれだけウケたのに一日でクビなんかい」 レッサーキマイラが不満を述べる。 「ボク達だってあそこの専任になるわけにはいかんのや。そこは理解せんと」 ビリーは『打ち出の小槌F&D』で特上マグロの炙り焼きを出しながら魔獣の愚痴を聞いてやる。 『オトギイズム王立公園』。 枯れた色をした公園はすっかり秋の季節。 「ぐるぐるぐるぐる楽しかったですぅ。リュリュミアはあの木馬を譲ってほしかったのにそれが叶わなかったのは残念だわぁ」 木の器のキーウィサラダを食べるリュリュミアはさほど残念そうな表情をしていない。 「そういやあ、こんな話があったっけな」 マグロの焼けた眼玉とにらめっこしている魔獣の前で、ビリーは昔聞いた事のあるお話を思い出した。 ある女が魔法使いの呪いで一羽のニワトリに変えられてしまいました。 魔法使いは言った。 「二度と人間には戻れないよ」 するとその夫が魔法使いに言いました。 「僕もニワトリに変えてください!」 二羽のニワトリは命尽きるまで仲良く暮らしましたとさ。 ★★★ |