ゲームマスター:田中ざくれろ
★★★ ある町の冒険者ギルド。 一階。受付ホール。 アンナ・ラクシミリア(PC0046)は飛脚が運んで来たばかりの依頼書が壁に貼り出されたのを見た。 「『アシガラ地方』の竹やぶでお婆さんが数日前から行方不明ですか。一刻を争う事態じゃないですか、急ぎましょう」 喧騒がざわざわとうごめく冒険者達の中で、アンナはひと際真剣に新しい依頼書を見つめる。 「運がよければ雀のお宿で保護されているかもしれませんが……いや、雀に対する仕打ちを考えると監禁されている可能性も。まさか宿のもてなしを気に入って居座っているなんて事は……」 依頼書に添えられたお爺さんからのコメントを眺めつつ、茶色の髪の少女は思いをぐるぐる巡らせる。 「何にしても急ぐに越した事はありません。手遅れにならない内にお婆さんを捜しながら雀のお宿を目指しましょう」 もし何かトラブっているなら、出来るだけ穏便に仲裁しなければならない。 そこまで見切ると、アンナは手近の窓口で冒険依頼の申し込みをすませて、ギルドを出た。 ★★★ そして、またある町の冒険者ギルド。 ここがお爺さんが直接依頼を出した場所だ。 後日になるが、冒険者ギルドの受付ホールで一人の女性がその依頼書を見て呟いたのをすぐ傍にいた冒険者達は憶えている。 ライトブラウンの肩までの髪。そして少し痩せ、眉がきりっとして気が強そうな美少女 頭に赤頭巾。手にはバスケット。服装は赤いレザーボンテージ風のハイレグ、Tバック。 『サンドラ・コーラル』という、今では名の売れた美少女冒険家だ。 何せ、Tバック。依頼を吟味していた冒険者達は彼女の登場にざわついた。 そのサンドラを見かけたのがマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)だった。 たまたま冒険者ギルドを訪れたマニフィカはサンドラ嬢の後ろ姿を見かけた。 お尻が丸出しで深紅のボンテージ姿という特徴的な外見は、まず当人に間違いないはず。 サンドラ嬢の家名であるコーラルとは『珊瑚』を意味するらしい。 珊瑚は豊かな海の象徴。 出身地が海洋世界である人魚姫マニフィカにとって、豊かな海は所縁が深き環境。 これは単なる偶然だろうか? 異世界の賢者のたまわく、この世に偶然はなく、全ての事象は必然的な運命。 愛読本『故事ことわざ辞典』も日日そう告げている。 過去の冒険で幾度も関わってきた。そういえば、子煩悩な彼女の父親はどうしているであろうか。 思索しながらマニフィカの指はいつもの如く故事ことわざ辞典をナチュラルに紐解いていた。 「旅は道連れ、世は情け」という文言が目に入る。 これは、彼女に同伴せよ、という示唆では? 再び頁をめくると「迷わず行けよ、行けばわかるさ」の記述。 (なるほど、是非もなし!) 書を片手に持ったまま器用に閉じると、受付へ向かったサンドラのヒップを、いや後を追った。 ★★★ いつもの如くパルテノン中央公園の片隅では十八番のアイテム『打ち出の小槌F&D専用』が大活躍していた。 串刺しになった丸ごと一羽の鶏肉を野外グリルの真上でグルグルと回しながら炙っていた。 刷毛で塗ったタレが炭火に滴り落ち、醤油と砂糖の焦げる匂いが周囲に広がる。 「なあ、麻雀のルールに焼き鳥ってあるやろ。あれな、実はスズメの焼き鳥ちゅう説があんねん、よー知らんけど」 焦げ目が浮かぶ鳥皮をバリバリと頬張りながら、福の神見習いビリー・クェンデス(PC0096)はふと相棒のレッサーキマイラに話を振った。 「……小さなスズメじゃ食いでがなさそうでやんすなあ」 「そもそも『麻雀』という漢字はスズメを意味するんや。牌を掻き混ぜる時のチュンチュンゆう音がスズメの鳴き声に似てるかららしいんや」 「へぇ〜」ヘエヘエヘエ!と手元のボタンを連打する仕草を見せる人造魔獣。 「せやなト○ビアの泉や。素晴らしきムダ知識……ってネタが古いわ!」 スパコーン!とレッサーキマイラの獅子頭に『伝説のハリセン』が小気味よく炸裂する。 「あっつうあっつう! ……そういえばTVのバラエティもコンプライアンスに配慮とか言って、ハリセンが禁止になるらしいでんな」 「このチャン・バラトリオの伝説のハリセンは全く痛くない地球に優しくなってるのにな〜……ってTVって何の事や! 夢の国の住人がそないな世俗的な事語るんやない!」 食祭が終わって一人(一柱?)と一頭は暇潰しがてら冒険者ギルドに顔を出してみる。 今週は情熱を意味する様な赤い壁紙が張られた受付ホールで、ビリーとレッサーキマイラは飛脚が運んできたばかりの一枚の冒険依頼に眼を止めた。 「……お婆さんが雀のお宿から帰ってこずに行方不明。依頼を受けてくれた方には大きなつづらに入っていたお宝で報酬を出します……?」 「スズメつながりでやすな。こうゆう『曹操の噂話をすると本人がやってくる』みたいなのあるんでんな」 「なんやそのけったいな諺は。ってゆーか、困り人を救うのは如何にも神の使命みたいでええやないか。よし一発この依頼受けたろ!」 「頑張ってください、兄ぃ!」 「何や他人事みたいに。勿論あんさんも強制参加や! 神から与えられた義務やと思え!」 ★★★ 著名な作家からの依頼に味を占め、すっかり冒険者ギルドに入り浸るようになった老騎士『ドンデラ・オンド』公。 傍から見てもその機嫌のよさが丸わかりだ。 御老公をモデルとする主人公が大活躍する物語が創作され、更に出版されるというのだから、そうした反応も当然かもしれない。 しかしながら……まさに好事魔多し。英語でライト・ア・ユージュアリィ・フォワード・バイ・シャドー。 騎士の従者『サンチョ・パンサ』が不安そうな表情を見せ、公の愛馬たる立場にあるジュディ・バーガー(PC0032)の野生の勘も警鐘を鳴らしていた。 (御老公が厄介事に首を突っ込もうとする前に、アズ・スーン・アズ・ポッシブル、可及的速やかに冒険者ギルドから移動すベシ!) (OKでがす!) ヒソヒソと密談を交わした二人は即座に状況に関して合意に至った。 これぞ阿吽の呼吸。 でも残念ながら、あと一歩遅かった。 「何たる悪虐たる奸賊の仕業か! か弱き女性を辱めるなぞという卑劣たる行いはそのまま凌辱者の身に返してやろうぞ!」 縛られたセクシー美女を吊るして披露しているという『見世物小屋』集団に関する冒険者達の噂話が、御老公の耳に入ってしまう。 どうやら老騎士の脳内で『縛られたセクシー美女』という言葉が、妄想を刺激した結果『囚われの姫』へと自動変換されてしまったらしい。 「姫君の救出じゃ〜!」と御老公の鼻息も荒い。 攻撃色に染まった王蟲が如く、こうとまで際立ってしまった老騎士を止める方法は皆無。 大きく溜息を吐くサンチョの背中をジュディは優しく叩いた。自分も口には出さないが心で溜息をつく。 ドンデラ公がやろうとしているのは冒険依頼への参加ではない。一文の報酬もない、市井の噂への介入だ。 「……仕方ありませんね」 こうなった以上、乗りかかった暴走船。いずれにしても、噂の真相を確かめる必要がある。 とりあえず遍歴の老騎士ら一行は、肝心の『見世物小屋』を訪れる事にした。 「しかしSMショー、ネ……」 世の中に色んなビザールな性癖やフェチがあることはジュディにも理解出来る。 生まれ故郷は保守的な土地柄であったけど、スポーツ特待生として通っていた大学はリベラルな気風が強かった。 少なくとも中世的な価値観の持ち主である老騎士と従者よりはそっち系の知識に慣れているはず。 まあ、ジュディ本人はいわゆる耳年増であり、圧倒的に実践経験が不足しているのだが。 ★★★ 依頼を受けたマニフィカは、サンドラと組んでまず依頼主である爺さんへ詳しい事情を訊きに行った。 ところで今回、久しぶりにサンドラと組むと解った事があった。 彼女と一緒に父親もおまけについてくるのだ。 「ああ! サンドラ! やはりお前に買ってあげたハイレグ・レザーアーマーはぴったりシャッキリバッチグーに似合うよ! お前の玉の肌に傷がついたら大変だ! 私がオプション&シールドになってお前の周りを高速回転でありとあらゆる害悪から守ってあげようはえぷしっ!」 サンドラの肘鉄がサンドラ・パパの顔面に決まる。武器などを入れたバスケットを手にした彼女は肉親がついてくるのは反対しなかったが、間合いに入ってくるのにはいい顔をしなかった。 「お婆さんを捜してくれるとは奇特なお方達じゃ。よろしく頼むのじゃ」 いかにも正直爺さんという感じの老夫は、囲炉裏の前で冒険者達に丁寧に頭を下げた。 「そのワー雀達とやらが住んでいる場所にある雀のお宿の位置は精確には解らないのでございますね」 「その通りなんじゃ。竹林の中にあるのは確かなんじゃが」 爺さんから情報を聞き出すマニフィカの口はフムンと息を漏らした。 行方不明の意地悪お婆さんは広大な竹薮の何処かにあるという雀のお宿にいる可能性が高い。 もしかしたらワー雀達の集落に辿り着いたとしても、お婆さんの事は知らないと言われるかもしれない。 おそらくワー雀『おチュン』への仕打ちに対する一族からの報復と予想出来る。 「恩讐の感情とは、実に厄介な代物でございますね」 マニフィカは呟く。 とはいえ、それを否定しようとは思わなかった。 いずれにしてもこのまま帰りを待っていても埒が明かない。 マニフィカは最寄りの冒険者ギルドのある町まで一旦帰ろうとサンドラに告げる。 「ところで……」爺さんは今にも娘の腿に頬ずりを始めそうなサンドラ・パパを見る。「その方もお婆さんを捜しに行ってくれるお仲間なんじゃろか」 「ご心配なく。その方にはお給金は要らないですわ」 マニフィカは言うと、最寄りの街への帰路についた。 ★★★ 涼しい緑風が竹林を駆け抜ける。 地下茎が地の下に縦横無尽に張り巡らされ、なだらかな丘の上下が続きながらも地面はしっかりと固い。 時折に何処を飛ぶのか、小雀の鳴き声が緑の竹に跳ね返され響くこの地はアシガラ地方の名もなき土地だった。 今、珍しくも奥まで訪れる者達がいる。 「あかん。低空飛行やとどうしても竹が邪魔になる。こいつは難儀やで」 「兄ぃ。向こうに人影が見えますで」 飛空艇『空荷の宝船』を地形に沿って竹よりも低く飛ばしていたビリーは、大荷物と化しているレッサーキマイラの山羊頭より報告を受けた。緑の迷宮にはまり込んだ体の飛空艇は行きつ戻りつノロノロとしか進めない。やぶ蚊が多いこの竹林で、魔獣の尾である蛇頭は蚊を追い払おうと身をビュンビュンとくねらせている。 「おーい!」というビリーの呼びかけと共にやってくる飛空艇に気がついたのはまずは海の姫マニフィカ。 濃緑の景色に映えるミニスカ制服のJK姫柳未来(PC0023)。 そして真っ赤な革のボンテージ・ファッションのサンドラ・コーラル。 と、その父である中年紳士。 「危ない、サンドラっ!」 突然、サンドラの父が愛娘の白いヒップに飛びついた。Tバックの尻がやぶ蚊に食われるのを防いだのだが、それは「喘ぎながら美少女に大ジャンプする怪しいデンジャラス・おっさん」にしか見えなかった。 「とびすぎです」 コツン、とモップの石突が中年男の頭を軽く叩く。最後に合流した『レッドクロス』を着たアンナである。 アンナは念の為に竹林の中にお婆さんがいるかも捜している。彼女はまだ迷っている途中かもしれない。そんな思いで。 「しかし……雀のお宿っちゅーのはなかなか見つからんなー……」 ビリー船長は当初たんなる迷子の老女と軽く思っていたが、オトギイズム王国ではよくあるお伽話の剽窃めいた状況だと気づき考えを改めていた。 これは『舌切り雀』という物語の迷宮だ。勧善懲悪や復讐譚という要素が加わっており、思っていた以上に根深い事件である可能性を危惧する。 口頭伝承された昔話には、残酷な描写も珍しくない。 舌切り雀の場合、後世になってソフトに変更されたが、雀のお宿を探している途中で道を教える条件として牛の血や馬の小水を飲まされる過激描写バージョンもある「実はこんなに残酷だった日本昔話!」なのだ。 「ありえへん……ホンマに勘弁したってや」 まさか今回もそのバージョンじゃないかと考え、恐るべきハードプレイに座敷童子もドン引き。 エスパー少女・未来はトランプ占いで雀のお宿を探しているのだが、残念ながら今回は不調。 「あれぇ。おっかしいな。もしかして結界ってヤツなのかな」エメラルドグリーンのオーバードライブな風景は迷宮として視界一杯に続く。「もしかして隠れ里ってゆうヤツ?」 捜索は日中を全て費やすまでに及んだ。 陽も暮れかかり、今日はここらでキャンプでもするか、という段になって捜していたものがようやく見えてきた。 雀の里。 雀のお宿。 影絵になりかかった純朴たる和風の居住まいに、辿りついた者達はホッとする。 その端境にあたる枯れ笹踏み積もる地面に、空荷の宝船は船底を下ろした。 地味な乳白と薄茶を混ぜた様な和風な村娘達が、男衆の背に隠れるようにしながら次次とやってきた。 「ここが雀の里でしょうか」 丁寧に王族として雀達に礼を尽くしながらマニフィカは問う。 人間の姿をしながら雀柄の着物を着た老若男女がここに集まったと思しき風景。雀達は典型的なアシガラの民であるように見えながら雰囲気としていかにも雀っぽい。 牛の血とかが登場せずにすんだ事にビリーはまず安堵した。 「ここですか。ワー雀のおチュンさんがいるのは」 「チュン、チュン。おチュンはこの里の出身だよチュン」 アンナの問いに如何にもお伽話めいた雰囲気で答が返ってくる。 「おチュンさんは何処かなあ!?」 「き、きゃぁぁぁぁぁぁぁ……っ!!」 「おい! マサムネ様を呼んでこいチュン!」 「駄目だチュン! 頭領はおチュンと一緒に出かけたきりチュン!」 ぬうっと飛空艇の陰から首をのばしたレッサーキマイラの三つ首に、里の民は一斉に恐怖の叫びを挙げて逃げ出した。 「あ、こら! 雀人達を驚かすんやない! ……待ってくれ、皆! こいつはこう見えてもフレンドリーなモンスターやさかい!」 散り散りに逃げた雀達をビリー達は誤解を解こうと追いかけるが、ワー雀はめいめい小鳥の姿で飛び去ってしまった。 肝が小さいのがこれでよく解った雀達を追ってまとめるのに実に小一時間ほどかかってしまう。怖い顔をしているレッサーキマイラはそれぞれの頭に布袋をかぶせられた。 「えー。皆さんが静かになるのに一時間かかってしまいました」とアンナ。 すっかり陽は落ちてしまった。 「……お婆さんはお米を食べられたくらいで、おチュンちゃんの舌を容赦なく切り落としたんだよね……」未来は雀達を前にして語り始めた。「そんな酷い事をしたお婆さんは、おチュンちゃんと同じ事をされても仕方ないと思うし、罰を受けても文句言えないと思うけど……でも、お婆さんが帰ってこなかったら、お爺さんが悲しむんだよ。お婆さんの為じゃない。おチュンちゃんを助けてくれた優しいお爺さんの為に、お婆さんを帰してあげてもらえないかな」 雀達を説得しようとする未来。正直なところ、相手が高齢者じゃなければ『魔石のナイフ』で舌を切り落として、キマイラの餌にしてやりたいくらい怒っているのだが……いや結構物騒ですね。 「優しいお爺さんに免じて、尻叩き一〇〇回くらいでお婆さんを帰してあげてもらえないか」と、雀達にお願いする。どうでもいいが「尻叩き一〇〇回」の下りでサンドラのむき出しのお尻をチラチラ見ていたのはどういう意味か。 そして未来は荷物の中から街で買ってきたスケッチブックとクレヨンを取り出す。 「ほら、喋れないおチュンでもこうやって話したい事を文字にすれば、相手とお話できるよ」 明るい笑顔でスケッチブックに「こんにちは」と書いて見せた未来。 「……あなた達は善い人なのですね」 怯え半分だったワー雀達の表情が未来のプレゼントを見て明るくなっていく。 「ぜひとも歓待させてくださいチュン」 言うや、里の奥にある雀のお宿へと冒険者達を導いた。 お宿は立派な御殿だった。 雀の宿の広間に集合した今ここにいる全員は、夕餉(ゆうげ)膳を前にして大きな車座になった。上席も下席もないのは冒険者達の希望だ。 「どうやらおチュンさんがいないみたいね」 「村の長役もでございますね」 膳にあった甘いぜんざいを食べながら未来は広場を見回し、マニフィカも感想を付する。 ビリーは機会があれば医術的におチュンの治療を試みようと思っていた……のだがそのおチュンらしき姿がここにはない。 「お婆さんもいないみたいだね……」 未来は行方不明のお婆さんの姿をここに求めた。 しかし見当たらない。 「おチュンやお婆さんですか……それが」雀達は互いに顔を見合わせ、何故か口ごもる。 どうも雀達の様子がおかしい、 「お婆さんを隠しているわけでもなさそうですわね」 山菜料理に箸をつけながら、マニフィカはお婆さんの身に起こった全てを話してもらえないか、と雀達に迫った。 「今、ここにいない関係者はお婆さんとおチュンさん、それに肝心の村の頭領くらいでしょうか」サンドラが冷静に呟く。 「そや! 何でその三人はここにいないんや!」 福の神見習いが味噌焼き団子を食べながら問いただすと、ここにいる雀達が重いくちばしを開いた。 「チュン。それが、実はあの……」 ★★★ 「ええい! こんな質素な食事も踊りもいらん!」 執念で雀の里を探し当てたお婆さんが膳ごと豪勢な食事や酒をひっくり返した。 山菜料理。猪鹿の肉。趣向の凝らされた盃に美酒。里を挙げてのもてなしをふいにされた雀達はいい気分しなかったが、この里の頭領である『マサムネ』やおチュンが「まだ待って」と合図を送り続けるので怒りを表情に出さず、意地悪老婆をもてなし続けた。 「もういい! わしは帰る! 土産はあるのじゃろう? 早く取ってこい!」 傍若無人な振る舞いを続けるお婆さんがとうとう帰ると宣言した。 ワー雀の統領マサムネが、宴の間の奥にあったふすまを開ける。その時、マサムネとおチュンの表情の端に邪悪な微笑があったのに気づかないお婆さん。 そこには大きさの違う二つのつづらが置かれていた。 「持って帰れるのはどちらか一つ。大きいつづらか、小さいつづらか、お選びください」 「ああ〜? 聞けんな〜? 持って帰ってもよい土産を用意したのじゃろう。なら二つとも持って帰って悪い理屈はないじゃろう!」 言うなりズカズカと歩み寄ったお婆さんが、小さなつづらをガバッと開けた。 そこには立派な反物や金銀珊瑚、水晶の玉などが少量ながらも詰まっていた。 「ほれ見い!」 言って老婆は次いで大きなつづらの蓋を開けた。 一瞬、空っぽだと思えたつづらの中には陶器の小さな瓶が一つ転がっていた。 「何じゃ、これは」 「長寿の薬にてございます」と頭領マサムネ。若いが威厳がある。 「ほう! 長寿と申すか! あと五〇年は生きているつもりじゃったが長寿薬があるというならそれも悪くない! どれ」 お婆さんが雀達に有無を言わさず、むんずとその瓶を掴み、コルクの栓を開けて一気に飲み干した。 「その薬にはちょっと趣向が」と頭領。「今回は身体が痺れる物も混ぜてあります」 「何ひっ!?」 お婆さんの舌がもつれた。 力が入らない。まるで糸を切った操り人形の如くビタンと身体が床に重く貼りついた。 熱い蒸し風呂に入ったかの様に全身の皺の間から汗をかく。 「寿命が延びるというのは歳が巻き戻されるという事です」 頭領の言葉を無力に唸りながら聞く老婆の全身から熱い蒸気が立ち上る。 上気した肌がまるで弓の弦の様に張りつめる。 しわがのびる。色素が沈着していた肌がまるで洗われたかの如く白くなっていく。 白髪が輝く黒い色に染まっていく。体毛が厚くなる。 白い珠の様な歯が桃色の歯茎に生えそろっていく。 腰がのびる。くびれる。 胸や尻がたんと豊満になる。 里の雀達が見守る中央に今や二十歳ほどに時を遡っていく姿。 ほどなくして、貧しい着物に身を包んで床に貼りついた妖艶な若い女性、それが年相応の老婆だったお婆さんの今の姿になっていた。 「それがあなたの若い頃の姿ですか。何とも美しい」 感心した様な嘲笑う様な頭領の言葉が、全身が痺れて動かぬ妖婦を見下ろす。 「ひ……さま……な、にを……」 「だから、あなたの望み通り、寿命の余裕を与えたのですよ。それと……」 おチュンが植木ばさみを袖から取り出し、それをショキショキ言わせた。言葉を喋れぬ一三歳の少女のそれは、何よりも能弁に彼女の心中を語っていた。 お婆さんが今から自分に何がされるかを覚り、悲鳴にならない痺れた悲鳴を挙げた。 「痺れたあなたは今は舌を切り落とされても痛くないのですから私達は何とも慈悲深い……」 里の全員が見守る中で処刑は実行された。 ★★★ 「という事があったんですチュン」 雀達の話は、まるで回想シーンを読む様に冒険者達の心に速やかな理解を及ぼした。 「それで若くなったお婆さんは頭領とマサムネに里から連れ出されて、それからはあなた達も知らないのね」 サンドラが中断した食膳の席で雀達に念を押す。 「そうですチュン」 「マサムネ君だっけ、よくもそんな男を頭領にしてるね」 「頭領は本当に頭の切れる賢き者ですチュン」 サンドラ・パパの鼻息を老いたワー雀がはね返した。 「若返ったお婆さんの行方を知る為には頭領とおチュンさんを追う必要がありますね」 アンナが立ち上がったが、雀達は穏やかに彼女を制した。 「もうすっかり夜です。どうか皆さん、今夜はこの宿にお泊りになってくださいチュン。……頭領もおチュンも今回の事は頭に血がのぼってしまって私達もやりすぎだと思っていますチュン。私達は頭領に逆らえませんが,どうか二人のやりすぎを止めてくださいチュン」 雀の里に夜のコオロギの鳴き声。 ★★★ 「今年はメガ電池関係の追い込みで年末まで忙しくなりそうですし、少し早いですが早めに忘年会をして士気を上げておきましょうか」 オトギイズム王国に展開する会社『エタニティ』の社長クライン・アルメイス(PC0103)は、社員を引き連れアシガラ地方の『アサクサ』という町を訪れた。 金ラメと虹色。ここはアシガラ地方のエンターテインメントが凝縮された町。 通りには芝居小屋、寄席、茶屋、見世物小屋などの様様なのぼりや看板がカラフルにひしめきあい、人の混雑はまるで芋を洗うかの如き。 風吹く通りではためく原色の布地は明朝体など様様な興行文句が踊り、街は見物客が喋り練り歩く騒音と呼び込みでとてもにぎやか。 エタニティは一早い忘年会。二次会で社員全員を連れて見世物小屋に繰り出す。 「ストレス解消は低俗であればあるほどよい、というのがわたくしの持論ですわ、とはいえ程度の問題はありますわね」 クライン社長は忘年会では仕事の話はせず、社員の愚痴を聞いて回る。なお、翌日は支店も含めて全社休暇だ。 ストレス解消の為の二次会はアサクサまで興行見物と出かけたのだが、その中で一番低俗に思えたのが一軒のストリップ劇場ともいうべき見世物小屋だった。 店先には色鮮やかな全裸の人魚の大看板が立ち『美女残酷ショー』という如何にもいかがわしい太文字が淫猥にくねっている。 うん低俗だ。この小屋にしよう。クラインは決めた。 料金を払って全社員男女に入り口をくぐり、柱が白骨の様に張りつめた混雑する大天幕への入場をする。思っていたよりも人気の小屋らしい。通常建築の小屋から外へとはみ出た広間を大天幕でゆったりと覆った形だ。 土の床。エタニティ社員一同、背徳と禁忌を共有した共犯関係に浸っている。若い女性社員は互いに顔を見合わせ「本当はこんな所、来たくなかったけど社長命令として皆が行くんならねー」と言いながらノリノリにこの見物に参加している。 暗いひな壇の客席の一角を社員達が陣取り、やがて舞台がライトに照らされた。 「さて皆様、古今東西のありとあらゆる奇妙奇天烈な品の数数をこの舞台にてご展覧させていただく喜び、このわたくしの座長としての下世話な満足の念をもって挨拶に代えさせていただきます。ではご笑覧ありませ!」 地味な薄茶と乳白という着物に漆黒のシルクハットという奇妙な風体の男が、鞭をしごきながら舞台の正面より去ると、様様な奇態な見世物が舞台に入れ替わり立ち替わりし始めた。 それぞれいかがわしくも軽軽しい。 人魚の干物やユニコーンの剥製。火を噴く大男に空気の様に弾む小女。蛇女と題された少女のただ半裸に蛇が絡む様などチープでビザールな演し物が続く。 千里眼の少年が客にひかせたトランプの絵柄を当てた頃から、そろそろ飽きてきたかな、という空気が客席に漂い始めるが、ショーはその次がクライマックスだった。 「さて、いよいよ美女残酷ショー! 荒縄に縛られ、鞭打たれる事に悦びを覚える美しい痴女! その痛みに耐える麗しい痴態を御覧(ごろう)じろ!」 現れた座長が鞭で床を打つ。 闇の中で舞台に運ばれてきた美女にスポットライトが当たった。 観客は思わず感嘆の「ほぉう」を漏らした。 きわどい三角形の形をした木の台座に腰をまたがらせた美女だった。 全裸の様で全裸ではない。白い裸身は荒縄が食い込む様に縛り上げられ、まるで亀甲の装飾の如くくびれている。 台座が三角形の木馬に乗せられた美女は腿と脛をつないだ荒縄によって足先を床には着けられず、身を重力の責めにゆだねている。手は後ろ手に縛られて動かせない。 「皆様の視線がご褒美であります!」 座長の声がかかると、美女と一緒に現れたレザーレオタードとシルクハットの美少女が無言で革鞭を打つ。 豊満な胸を、尻を、鞭が痛痛しい赤い痕をつけた。 その度に顔を美しく歪ませる女に観客席は魅了された様になる。責めを負う美女は悲鳴を挙げない。 (…………?) とろけた観客の中で、クラインは美女の顔が悦びというよりは恨みがましい眼つきであるのに気づいていた。 二度三度、十度と無言の美少女の鞭が無言の美女を打つ。美少女は幼いほど若くも見えるが、濃いメイクで年齢が定かではない。 打たれる度に美女は身を引きつらせる。しかし叫びはない。 観客は退廃した雰囲気に酔い、見つめている。 舞台の彼女らはただの見世物だ。 しかし、それにしてもおかしいのではないか。 クラインの疑念が最高値に達したその時。 「こんにちはぁ。面白い事やってますねぇ」 彼女は突然現れた。 「見世物小屋って楽しいそうですねぇ。つたをぐるぐる巻いてぶらさげたり鞭を振るったり、木の馬に乗ったりするんですかぁ。聞いてるだけでわくわくしてきましたぁ。リュリュミアはつたも鞭も使えるんですよぉ」 観客席からいきなり舞台に上がってきた植物性淑女リュリュミア(PC0015)は、三角木馬に手をかけると若草色のワンピースをひるがえして跳び乗った。 責め苦を負う美女の身体に後ろから馬乗りになる。 美女はそれでも声を挙げなかった。ただのしかかられた分、太腿の付け根がいっそう木の鞍に食い込む。顔が仰向いて無言で悶絶する。 「リュリュミアは木の馬は持ってないんですよぉ。一緒に乗せてくれませんかぁ。リュリュミアの願いをを聞いてくれるなら代わりに何でもお願いを聞きますよぉ」 若草色の装いにタンポポ色の帽子をかぶったリュリュミアの体重はそれほどでもない。だがそれでも縄が食い込んだ美女の豊満な尻にかかる負荷は増加する。木馬の固さがよりいっそうの責め苦となる。 「何かやりたい事があるなら言ってみてくださいぃ。全力で叶えてあげますよぉ」 それでも声を挙げない美女に、懸命な風にリュリュミアは話しかける。 そんな事を言っている状況なのか。クラインはいきなりの知人の登場に混乱した。 「もう我慢ならん!」 また客席より聞いた事のある声が響く。しかし今度は老壮たる枯れた声。 「囚われの姫よ! 今まさに救出の時来たらん! やあやあ我こそは女性の危機に立ち会わんや救いの手を差し伸べん神聖宗教の体現者、騎士ドンデラ・デ・ラ・シューペインなるぞ! 邪悪なる徒よ、いざ神妙に勝負、勝負ぅ!」 また観客席から立ち上がった三人にクラインは軽い立ち眩みを起こす。 何故ならばその三人も彼女のよく知る者、ジュディと従者サンチョと厚紙の鎧に身を包んだ自称騎士のドンデラ老だったからだ。 老人の呼ばわりに観客の幾人かは「おい、もしかしてあの本の……」などと話し合っている。先日に出版されたターキッシュ・ザッハトルテの小説にまさしくこれによく似た老騎士の登場が描かれているからだ。 つきそうジュディは老公をいさめようとするが老騎士の暴走は止まらない。ドンデラ公は観客を騒騒しく掻き分け、舞台をめざして走り始めた。 「ドント・ラン! お爺ちゃん、走らないで!」 ジュディの長い腕が騎士を捕まえようとするが遅い。老騎士は足をもつれさせて、ひな壇の最下段へと転がり落ちてしまった。 観客が大騒ぎし、ドンデラ公が脳震盪の頭の横に天使やら星などを回転させ、見世物小屋がパニックとなった。 サンチョが駆け寄り、老公の無事を確かめるが、見世物小屋全体はもう収拾不能なまでの大混乱。 「幕だ! 幕!」 慌てた座長が精一杯の冷静さで舞台のスポットライトを消す。 舞台に緞帳(どんちょう)が下りるが、座長のみ残る。 「今回は騒動の末、お見苦しい舞台を見せても申し訳ありません! 観客入れ替えの為に今回の大見世物はここでこれきりといたさせてもらいます! なお、本日興行は以降休憩をとなりますので続けて次回公演を楽しみにしていた方方には申し訳ありませんが、一旦劇場を出、明日の公演をお待ちくださいませ! では本日はこれきり!」 劇場の照明は全て落ち、観客は薄暗がりで退場を余儀なくされた。 エタニティ社員にこのハプニングはウケた様で小屋から出る時にも男女かまわず盛り上がっていた。 ジュディはサンチョとドンデラ公を抱え、人の流れには逆らわず小屋を出た。 太陽がまぶしかった。 ★★★ ここからは冒険者としての女の勘。 クラインは一人、アポイントを取って後日美女と話をさせてもらえないかと見世物小屋と交渉した。 「大人数で利用したんですし、あの美女と少しお話させていただけないかしら。もし会話が出来ないようでしたら筆談でも」 小屋の裏で座長と会う。 着物にシルクハットという奇妙な風体な彼が、腕を組んで唸った。 「あいつはうちの看板女優でね。引き抜かれでもしたらかなわんから取材の類は一切お断りしてるんだ」 「そこを何とかなりませんか」 「まからないね」 「でもしかし」 「何かこちらに見返りがあるのならともかくね」 この座長とはビジネスライクでしかつきあえなさそうだ。 どう歩み寄るか、と考えていたクラインの背後からついぞさっきまで小屋で主役以上に目立っていた二人がやってきた。 「クラインもこのファンハウス、見世物小屋で観ていたのデスネ」 「あの木の馬がすっかり気に入ってしまいましたぁ。あの女の人とお話し出来ないかしらぁ」 ジュディとリュリュミアはそれぞれ座長に会いに来たのだ。 「ドンデラ公はどうなさいました、ジュディ」 「のぼせてるからサンチョに任せて宿屋で休ませてマス。いやー、すっかりパズリング、迷惑をかけてすみマセンネ」 クラインへと答を返すジュディ。 「全く本当に迷惑だ」と座長は苦い顔をする。「大混乱で本日の興行は打ち切りだ。正直なところ、弁償してほしいよ」 「弁償ですかぁ」リュリュミアは小首をひねる。「わたしも明日からショーに出ましょうかぁ。やったぁ、スターだわぁ」 彼女の言葉にジュディはあのSMショーの猥褻な内容を思い出し、赤面する。 「芸がある美女なら私からも歓迎するよ」と座長。 「とにかく彼女と話せませんかねえ」クラインは相手の談を記録する準備をとる。 「だから出来ないと言っているだろう。彼女は喋れないんだ」 「シー・キャント・セイ、喋れナイ? ホォ?」 ジュディが興味を持った時、小屋の中から美女に鞭を振るっていた少女がやってきた。 「何だ、おチュン」 おチュンと呼ばれた少女は手振りで座長に戻るよううながす。 「解った。すぐに行く。……しばらくこのアサクサから動かないでくださいよ。損害賠償の話をしに行くかもしれませんからね!」 座長とおチュンは小屋の中に入ってしまった。残りの皆は置き去られた形だ。 「おチュンさんという人も喋れないのかしらねぇ」 リュリュミアはポツンと呟く。 「おチュン……まるでスパロー、雀みたいな名前ネ」 ジュディの言葉に、クラインはふと記憶を刺激される。 「そういえば、冒険者の依頼で舌切り雀の様な話が出ていましたわね」 「あ、それねぇ」リュリュミアは口元に指をそえ、思い出す。「ワー雀がどうとかぁ」 「ワー雀ですか。……そういえばワー鶴の時には失敗してしまいましたし、機会があればリベンジしたいと依頼を見た時思いましたわね」 クラインはアサクサの空を見上げた。 表通りの猥雑な見物人達の声が遠く聞こえる。 ★★★ |