『ターキッシュの備忘録』

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★

 ポッカリとした白雲が青空に浮かんで風に流れていく。
 大勢の勤労者達が尊き汗を流し、一所懸命に生活の糧を得ているそんな昼時……ここパルテノン中央公園の片隅では、いつもの如く座敷童子と人造魔獣のコンビが飽食という名の大罪を犯していた。
「ホンマにエエ天気やなぁ……お日様がポカポカしてはるから、めっちゃ眠とぉなるわ……」
 ビリー・クェンデス(PC0096)はまさにストレスフリーを体現するマイペースな日常風景。
 串だけになったおでんを口にくわえて、草枕で空を眺めている。
「……って兄ぃ、眠れない体質だったんじゃ」
 と、隣で仰向いて生意気に足を組んで寝っ転がっているレッサーキマイラがツッコミを入れる。
「そうや。何か忘れてる気がしてたんやが、ボク生まれつき寝れない性質だったんや」
「兄ぃはやっぱりうっかりさんやのぉ」
 ハッハッハッハッハッとやたらくっきりした笑い声を挙げる一柱と一頭。
 寝られないビリーはとりあえず冒険者ギルドに顔を出す事にした。
 すると今日も奇妙な依頼を見つける。
 小説家ターキッシュ・ザッハトルテからの冒険譚求むというというけったいな依頼。
 聞くところによると、ターキッシュ氏は著名な小説家。アイデアの枯渇は深刻な問題らしい。
 おそらく相当なストレスが負荷になっているはず。
 思い立ったら吉日なり。福の神見習いとしてターキッシュ氏に会う為の口実として、冒険を語るクエストを受ける。
「やっぱビリーもこの依頼受けるの?」
 依頼受付に行くと、超能力JK姫柳未来(PC0023)もこの依頼を受けたところだった。
 彼女は面白そうに自分の記憶を辿る。
 冒険者として数多くの冒険をこなしてきた未来。その冒険の中には、凄惨だったり悲しい結末を迎えたり、人に話せない内容のものもあるが……。
「面白い物語の題材になりそうな冒険だったら、老騎士ドンデラ公の武勇伝かなぁ」
 彼女は老騎士ドンデラ・オンド公の冒険譚を推した。
 この小説が評判になって、モデルになったドンデラ公の評価が上がったら、彼の冒険に否定的だった家族の考えが変わってくれるといいなぁ……と未来は夢見る。
「OH! 未来! さすが眼のつけどころが違うワネ」
 なんとその場にやってきたのはジュディ・バーガー(PC0032)とドンデラ公本人だった。勿論、サンチョ・パンサもいる。
 ジュディはぎっくり腰の治療を終えて入院生活から解放された老公のリクエストに従い、冒険者ギルドを案内していた。
 大掲示板の前で説明している時、老公は眼の前に貼られたターキッシュの依頼文に興味を示したのだ。
 過去の冒険を語るという内容は、まさに遍歴の騎士に相応しいクエスト。
 彼の語る物語が妄想の産物であるのはジュディも承知しているけど、たぶん依頼の意図から外れてないはず。
 従者サンチョの突っ込みも絶妙かつ面白いと思ってもらえるだろう。
 こうして三人の冒険者達と老騎士と従者と魔獣がこの依頼を受け、ターキッシュの家へと押しかける事になった。

★★★

 街角で見掛けた古本屋の看板。
 年季を感じさせる扉からマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は入店すると、黴臭い空気が出迎えてくれた。
 棚に掘り出し物はなく、気紛れから一冊の冒険小説を購入。
 ターキッシュ・ザッハトルテの著作。
 有名な文筆家らしい。
 馴染みの喫茶店で優雅なティータイム。古本を本格的に読み始めたのはそれからだ。
 しばらくして読んでいた古本を閉じ、お約束の『故事ことわざ辞典』を紐解けば「沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり」という記述が目に入る。
 再び頁をめくると「事実は小説よりも奇なり」の文言。
 これらが何を意味するのかが気になったマニフィカは、冒険者ギルドの大掲示板を覗き、小説家ターキッシュの依頼に注目。
 なるほど。
 最も深き海底に坐す母なる海神の導きと理解。
 是非もなく、この依頼を受けたのだった。
「あら。マニフィカ」
 その時に声をかけてくれたのが、アンナ・ラクシミリア(PC0046)だった。柄の長さを縮めたモップを担いでいる。
 マニフィカが受付で記述した書類を読んだアンナは、同じ様に依頼内容に興味を持たようだ。
「冒険譚ですか。私、あまりそういう話をするのは得意ではないのですけれど、でもそうですね、冒険譚というか記憶に残っている話はあります」
 自分の記憶の中にだけ物語が残っているのはちょっともやるらしい。
 アンナもマニフィカと同じ依頼を受け、依頼主の家へ二人して足を運ぶ事にした。

★★★

 小説家ターキッシュ・ザッハトルテの屋敷。
「しばし仕事を忘れて気分転換のリフレッシュをはかるのはどうや」ビリーはターキッシュの仕事場である書斎で、大きな机の前に座っている彼に話しかけた。「きちんと睡眠しとる? 食欲は? プレッシャーが心身に悪影響を及ぼすのは常識やで」
 ビリーは早急なストレス解消が必要だと診断する。単に休暇を薦めても、おそらく効果は薄い。
 だから小説家の好奇心を利用する。
 蓄積したストレスを心理系の状態異常と捉え『催眠療法』で回復。
 更に『指圧神術』と『針灸セット』の組み合せで体調を改善。
 その影響は精神面にも及び、創作活動を活発化させるはず。
「どや! この未体験の心身治療フルコースは、ボディ&ブレインの完全なリフレッシュと共に好奇心をビンビン刺激されるやろ」
 座敷童子が勝ち誇った時、書斎の隣の広い応接間はもう冒険者とその連れで満杯だった。
「一般の読者受けする話ではないかもしれませんが、違った方向からインスピレーションを受けるという意味では悪くないのではないかしら」自分の記憶を語る時、クライン・アルメイス(PC0103)はターキッシュにそんな前置きを置く。彼の著作はもう既に代表的な二冊『獏の騎士』『雨空とネコとドラゴン』を読んでいる、「思えば結構な数の冒険をこなしてきましたが、何より冒険者の活動を通して会社の拡大にもしっかりと貢献出来ている事は我ながら素晴らしいですわ」
 メイドからカップを受け取ったリュリュミア(PC0015)は新鮮なレモン水で喉を潤す。その水気は全身に行き渡る。
「冒険のお話ですかぁ、リュリュミアはあんまり冒険とかした事ないんですよぉ。代わりにおさんぽとかおともだちの話でもいいですかぁ。リュリュミアはおさんぽが好きなんですよぉ」
 どうも今までガッツリ冒険した事は散歩レベルの話として彼女に記憶されているらしい。
「冒険者としては成功だけでなくそれなりにミスも失敗もしていますが、会社の方にはきちんと成功の影響の方を取りこめていますしね」クラインは書斎に赴き、ターキッシュに自分の話の伝える。「むしろミスをした時のリカバリーこそが、会社経営でも冒険者でも大事なことだと言えますわ」
「……ふむ。君らの話をまとめるとこういう風な物語が出来そうだな」
 ターキッシュは自分の口髭を整え、ビリーのマッサージを受けながら冒険者から仕入れたばかりの冒険譚を紙に文字起こししつつ粗筋として語り始めた。

★★★

 冬風が野分の如く吹き荒む。
 刈り入れが終わった麦畑の地平線をただ進む遍歴の騎士達がいる。
 誰が呼んだか、その冒険者のパーティの通称は『スターファイターズ』。
 遍歴の老騎士『ギルギャー・バーントゥード』とその女従者『ハン・アント』。
 そして彼を恒星とする七つの惑星。
 毛皮のビキニをまといし巨人族の女戦士『ヴァルキリー』。
 青紫の鱗鎧を着た深淵の女王『ブルーマーニャ』。
 獰猛なキマイラを従える、翼ある小児神『キューヘッド』。
 ローラースケートを履き、悪党を始末する掃除屋『ウィリーガール』。
 美しくも強力な植物系モンスター『グローリア』。
 黒い鞭を携える大富豪の美女『パンシル』。
 世界一可愛いエスパー美少女JK『さくら』。
 世人に仕える道はとらねどその血流には正義が流れる九人の男女。ある時は人に変質する風車の怪物を剣の一振りで倒し、またある時は極悪非道な聖騎士との一騎打ちで敵を爆発四散させ、邪悪なゴーレム・デザイナーを拳で木っ端微塵にしてさらわれた少女を助け出すなど、人人の為に旅を続ける英雄達。
 その冒険の旅に心ゆだね、ヤーヤカード国王が治めるカッパドの麦畑の道を進むある日の事。
 宝石を産する領地ユーパーを治めていた城主ニーグルゲン三世が急死したとの報せが、旅する伝令より伝えられた。
 城館の塔から転落したらしい。
 事故か。
 それとも他殺か。
 真相が霧の中にある内に未亡人アンリタが新たなる城主となったという。
 城には前妻が産んだフランソワ―ゼ姫もいる。
 亡き城主の友であった誠実な老騎士ギルギャーは流浪の旅の行く先をユーパー領に変えた。
「葬儀に間に合うんかな」とキューヘッド。
「ニーグルゲン三世には良く迎えてもらいましたしねぇ」とグローリア。
「葬儀に間に合わなくても墓には参らなければなりませんわ」とウィリーガール。
 口の端端にニーグルゲン三世の思い出がのぼるスターファイターズ。
「どうした。ハン」
 ギルギャーは旅路にあって浮かない顔をしている女従者を気づかった。
 最近、彼女は物思いにも似た表情をしている事が多くあった。
「いえ。別に」
 とハンは答えたがその実、彼女には憂き事が確かにあった。
 ハンは鮮明な夢を見続けていた。
 ……ふと気づけば、いつの間にか不思議な空間にポツリと一人で立っている。
 ここは何処かと周囲を眺めてみるが、何処までも続く深い闇。
 ただ足元から階段が延び、踊り場で四方に分岐している。
 そんな光景が延延と繰り返され、まるでフラクタルな騙し絵の如き広大なラビリンス。
 遠くからドーン!という重低音が響いてくる。
 それが幼い頃の記憶だとハンは夢の中で気づく。
 夢の中で理解する。
 早く彼の危機を救わないと。
 無意識に階段を駆け下りる。
 階段の一歩ごとに彼女は幼くなる。
 すると一つの階段が彼女の回想へと連結していた。
 階段を振り切った風景へ辿りつくと、美しい夕焼けに染まる故郷の牧場。
 戦の真っただ中。
 ハンの大切な故郷を理不尽な戦禍が襲っている。
 無作為に着弾する砲撃。ここは火薬式の武器があるのだ。
 窓ガラスが震え、兵士達が逃げ惑う。
 何かを誰かが叫んでいる。
 夢はいつもそこで終わっていた。
 当時の記憶もそこで途絶えていた。
 それを繰り返すのがハンの夢。
 今日もその夢を見た。

★★★

「私の人生経験からくる人間力が根拠のない警告を発していますわ」クラインは皆の前で構想を語るターキッシュから聞こえないようにジュディに語った。
「ホワイ?」
「出来上がった小説の内容をごちゃまぜの混沌として、合体怪人のような敵が出てくる予感がふつふつとしますわね、杞憂だとよいですけど。いつでも戦闘に入れる準備だけはしておきましょうか、仕事の依頼中に油断す事などもちろんないのですけれど」
 ジュディもそれはさすがに考えすぎだとも思ったが、今まで相手にしていた混沌主義の輩を思い出すと、あながちそうとも言い切れない。
「かなり皆の冒険譚がまぜこぜになった感じですのね」とアンナは独り言。「キャラ名をそのまま使うわけにはいかないらしいのでしょうか」

★★★

 スターファイターズは旅路を急いだ。
 ユーパー領に到着した。
 今までも何度か訪れていた城へと馳せ参じる。
「本葬には間に合いませんでしたね」とパンシル。
「墓には参ったからいいではありませんか」とブルーマーニャ。
「墓前ではぴえん超えてぱおん、思わず泣いちゃった。ニーグルゲンには本当によくしてもらったね。キャパいくらいにラブ」とさくら。
「しかしコーズ・オブ・デス、死因が気になりマス。本当にアクシデント、事故だったのでショウカ」とヴァルキリー。
 冒険者ギルドの宿に泊まったスターファイターズ。
 城主の死に領民は静かに沸き続けていた。
 事件か事故か。何でも手掛かりは黒衣の占い師パーリオンにあるという。
 巷の冒険者達も真相究明に挑んでいるが前途は多難。
 そんな中、遺族を和解に導こうとする行動によって、城主の未亡人アンリタが瀕死の重傷を負う急展開に。
 ユーパー領は今騒然としている。
 そんな折、メンバーは全て老人という、ごく少数派の科学至上主義者により構成された革命組織『科学の朋』がこの領にあった。
 弱小な組織は軍資金がとぼしく、食事ですら不十分。
 宗教を敵視する彼らには聖夜の恩情などは全く関係ないと思われた。
 そしてやってきた、わびしいクリスマスの夜。
 下町で火事が起きた。
 その聖夜の火事は最初はただの事故だと思われていた。寒い夜に住宅街で火事が起こるなどよくある事なのだから。
 被害は大きかったが、運よく犠牲者は出ずにすんだ。
 しかし焼け跡で炭になったマッチの軸が見つかり、これで事故ではなく事件だという事が判明する。
 ただの放火犯の仕業ではなく、昔、火事で死んだ貧しい少女の霊が事件を引き起こしている。
 赤い衣装の少女の名はイオータ。世の中を恨み、炎の悪霊と化している。
 スターファイターズは赤い流れ星が領地外れの丘の向こうに落ちていくのを見る。
 流れ星が落ち、その丘が真っ赤に染まった。
 皆を導いたのはグローリアだった。
 彼女が導いた理由は「自分もたまには赤い服が着てみたいなぁ」と思ったから。グローリアは時に凡人には理解しがたき思考を閃かす事がある。
 ドワーフの民が行っていると聞いたから、まずはそのドワーフを訪ねようとした。
 すると奇習。丘の近くの村では村人達もドワーフも皆とんがり帽子をかぶって冒険者を攻撃的に出迎えた。
 追いかけてくる村の人達から逃げている途中で、皆は赤い服の幽霊イオータと知り合う。
 哀しい眼をした幽霊だった。
 冒険者達はパンシルの意見を取り入れ、とんがり帽子をかぶった者達の警戒の死角を突く事にした。
 再び、とんがり帽子の村人といさかいになった時、わざと逃げる敵を逃がしてその集団の一人に発信機をつけて敵のアジトを突き止める事にした。敵の指揮官ではなくあえて誰も警戒していない村の民の一人をターゲットにしたのだ。
 追跡の結果、とんがり帽子をかぶっていた者はその下に赤いチューリップを咲かせている事、チューリップの親玉が丘の魔女だというのをつきとめる。
 スターファイターズが魔女の丘に行くとそこは赤いチューリップが満開だった。村の人もドワーフも赤いチューリップを頭頂に咲かせている者達は武器を持って彼らを出迎えた。。
 老騎士ギルギャーは戦いの中で敵に訴えた。「皆から離れてくれ。我らには友人になる余地が残されている。戦いをやめて、このクリスマスの夜を祝おう」と。
 するとチューリップは皆、人人の頭から離れ、同時にそれぞれ夜空へと飛んでいった。
「彼らとはいつしか再会するでしょぉ」とグローリアは予言した。「だってぇ、もう『おともだち』なんですからぁ」
 こうして聖夜のチューリップ騒動は終わった。
 だが聖夜の全てが終わったわけではない。
 わびしいクリスマスの夜。
 科学革命組織・科学の朋へ、キューヘッドは『打ち出の小槌F&D専用』と共に現れた。
 彼は呟いた。「ワレ速ヤカニ忘年会ヘト突入セリ」
 不思議な小槌よりふんだんに振る舞われる東西の美味。
 キューヘッドは頑固な変わり者だが気のいい老人達と意気投合した。その老人達の中には何故か頭にチューリップを咲かしていた者もいた。
 皆は食べた、飲んだ、歌った。
 小児神が携帯する『飛空艇』から見学した冬の花火は最高の思い出だ。
 それを見た赤い服を着た少女イオータもその聖夜の平和な光景に満足したのか、成仏していった。
「最終的に彼女は改心して成仏してくれました」とウィリーガールは花火と夜空に溶けるイオータを見た。「もちろん彼女のした行いは許されるものではありません。しかし彼女をそこまで追い込んだのは私達かもしれないんです。……救いようのない悪党もいるかもしれませんが、まだ踏みとどまれる人も大勢いると信じています」
 ようやく聖夜の永い夜は深くすぎていった。
 スターファイターズも床に就く。
 冒険者ギルドの宿屋に泊ったハンは今夜も夢を見た。
 牧場を見下ろせる小高い丘の上に姿を現したハンは、全速力で駆け下りる。
 いつのまにか自分は幼い姿に戻っていた。
 何もかも懐かしい場所だが感傷に浸っている余裕はなかった。
(大丈夫……きっと生きてる!)
 遠くで砲声。
 近くで爆裂音。
 眼前に戦渦に巻き込まれた牧場の家があった。
 幼い彼女は瓦礫と化した馬小屋から、埋もれた老人を必死に助け出す。
 それはハンの祖父だった。
 応急手当を優先し、祖父が呟いた言葉が聴き取れなかった。
 でもハンは知っている。
 かつて幼い頃の自分に何度も聞かせてくれた、その感謝の言葉を……。
「お前が助けてくれたんだね、ありがとうハン……」
 ようやく因果律が一つに結ばれた。時間矛盾は肯定的に自然な流れになった。
 そしてハンは朝遅くに眼醒めた。
「今朝のお眼醒めはベリー・レイト、ずいぶんと遅かったみたいネ」彼女の寝顔を見守っていたのは同室だったヴァルキリーだ。「でもイイ顔をしてるネ。ビッグ・ウォーリー、大きな悩みがすっきり落ちた顔ネ。ワカル、ワカルネ」

★★★

 ジュディは自分の語った事がこのようにまとめられた事に驚いた。
 マニフィカも小説家の才能を刺激すべくこのオトギイズムではない異世界の冒険から選んだのだが、それはほぼ無理なくこの小説世界の王国へと組み入れられてしまったのに驚きを隠せなかった。
 未来は「現実に起こった事が、まるでライトノベルみたいな物語にまとまっていくのねー」と感心する。
 すると原稿を読み上げていたターキッシュがふと真面目な顔をした。「物語と現実は、等価だ」

★★★

 この日。騒然としていた領内での城主の座を争った状況は意外な新展開をした。
 今は亡きニーグルゲン三世の懇親であった騎士アンドルーを慕うフランソワーゼ姫の告白が拒否されたという。
 騎士は養子であり、実は亡き城主ニーグルゲン三世と占い師パーリオンの間に生まれた子供。
 つまりアンドルーとフランソワ―ゼ姫とは腹違いの兄妹。
 その真相をパンシルは突き止めていた。
「証拠探しなどの情報収集の依頼でも、本人でも関係者でもない、その情報を知っていても隠す必要がない利害関係を持たない第三者を狙って情報を集める、というのは状況によって有効な手段となりますわ」
 パンシルはそう言い、自分の情報網を誇った。
 ブルーマーニャの思索もこの真相に辿り着いていたが、彼女はあえて傍観という形で状況を見逃した。
 再び未亡人アンリタを襲おうとしたパーリオンの行為が阻止された。
 パーリオンは予知していたのだ。
 きっかけは城主ニーグルゲン三世の事故死だった。未亡人アンリタが男子を宿している事を予知したパーリオンは、彼女の実の子である騎士アンドルーを新城主とすべく暗躍していたのだ。
 真相が白日の下にさらされた。改めて未亡人アンリタとフランソワーゼ姫は和解した。
 騎士アンドルーは実の母である占い師を連れてこの土地を去り、ユーパー領の全ての事件は終わった。
「真にほどきがたき絡まりは人の縁よ。こればかりは快刀乱麻を望んでもいと得難きなり」真相を知った老騎士ギルギャーはその始終を見送り、スターファイターズは旅立った。

★★★

「私は物語が人生に及ぼす影響力の大きさを信じている。私は物語のよい面がその人や周囲の現実によい影響を与えるようにと願って小説を書くのだ」
 そう力説したターキッシュに、クラインは質問した。「物語の影響力を信じているなら、悪い面の影響力も信じている、という事ですか。暴力的な小説を読みふけった子供は将来暴力的になる、という様な」
「……ああ、そうだな」小説家は口ごもりながらも認めた。それが彼の意見と言う事だ。「尤も悪い小説を私は書くつもりはないがね」
 クラインはいかにも混沌の信者が言いそうな事ですね、と心のメモにその返答を深く刻んだ。
 今の彼はまだ混沌の信者ではないかもしれない。
 だが、いざ誘惑が忍び寄ってきたら彼はどうするだろう。
 これが創作者というものか。危ういですわね、と小さく溜息をつく。
「老騎士ギルギャーの出番が少ないみたいな……」聞いていた未来は不満を漏らす。「これだとドンデラ公の家族に解ってもらえる……かな?」
「今の粗筋だと関りが薄いな……大丈夫、次稿では上手く話と絡めるとしよう」
「マジ卍? だったら超能力美少女さくらの出番もマシマシにして☆」
 これからターキッシュは原稿を見直し、完成稿へと近づける為に何度も推敲を繰り返す。
 時には編集者やエージェントの意見を交えて、何度もだ。
 そして羅李朋学園からもたらされた活版印刷の技術を経て、エッチングのイラストと共に書物として印刷される。
 オトギイズム領は活版印刷が普及した後では明らかに国民の識字率が高まっている。
 これから小説の需要はますます増すだろう。
 もしかしたら自分達の冒険譚はまた必要とされる時が来るかもしれない。

★★★