ゲームマスター:田中ざくれろ
【シナリオ参加募集案内】(第1回/全2回)
★★★ 食事というものは栄養があって、美味しいに越した事はない。 ある町で開かれていた病院は決して利益追求型ではないが、近隣の住人の圧倒的支持を受けて、大層立派な建物として建っていた。運営が中世並みの『オトギイズム王国』の医者としては例外的に大きな物だ。 その内にある食堂も大層立派なものだった。まかないをする人達の腕もあって、食堂は立派に繁盛した。病気や怪我がなくても食堂を利用する為に病院を訪れる人は日に何人もいた。 ところがこの春、料理長であるおばさんが高齢の為に引退した。 それを知った食堂常連の人人は悲嘆した。 この食堂の質のよさは大半がそのおばさんによるものだと解っていたからだ。 食堂はしばらくの間、通う人も減り、普通の食事を普通の値段で提供する場として、繁盛期にはるかに及ばない客数をもって、商売を続けていた。 ところがこの間、モヒカンのか細い男が新たな料理長として食堂に就職した。 この町の人間は誰も知らない男だったが、料理の腕は確かなものだった。 「いやあ、ニックさんだっけ? 今度入った人はとても腕がいいじゃないか」 「この町じゃ、とんと見かけんかった顔だが、料理は本物だよ」 「なんか、ここで食事を摂っているとケガや病気の治りが早くなった気がするよ」 料理長『ニック・マンソン』が働くようになった病院の食堂はやがて元の繁盛を取り戻す事が出来た。 いやケガや病気を治すという効能がうたわれる様になった病院の食堂の繁盛ぶりは前以上だった。 「メニュー? ……そんな物ないよ」 代わりといっては何だが食堂の注文の仕方が以前と大きく変わったのが、初めてニックの料理を食べる事にした人間を戸惑わせる事になった。 食事に来た客は自分の予算をあらかじめ食堂側に伝え、テーブルに着いた後、料理長ニックから直接の対面問診を受けるのだ。問診といっても医者のそれよりは簡単である。モヒカンのニックは客の顔や手を見て、その健康状態を把握するのだ。 「吹き出物が多い。寝不足の上、油分を摂りすぎた食習慣があるな。あと、手の爪の状態も悪い。三食ちゃんと食べず、指を酷使する仕事をしてるな」 そして、ニックが選んだ料理が客に運ばれてくるのだ。 客が自分の食べたい料理を選べないこのやり方は最初は不評に思われた。しかし、すぐに。 「美ー味ーいーぞー! 自分に足りない物がきちんと食べられた食べ応えがあーるー!」 「うおー! どどんがどーん!」 「このボルシチを作ったのは誰だーッ! ほめてやるーッ!」 客を無駄なほどにハイテンションにさせるニックの料理は全ての客を満足させる実力の品だった。 しかも確実に、食べた患者の怪我や病気が驚異的な速度で治していく風に思えた。 こうして前以上の常連を増やす事に成功した食堂はますますもって繁盛する様になった。まるで食堂がメインでここの本体は病院である事を忘れさせるほどの自己主張っぷりである。 「……俺がめざす料理は究極にして至高。食の千年王国を打ち立てる俺の道はまだまだ途上だ……」 食堂で働くコック達がそんなニックの呟きを知るほど、彼はストイックに日日の料理道を追及していた。 そんな毎日が続く中、ある日、食堂の壁に一枚の紙が貼られた。 再起した食堂初の、客が自由に注文出来る唯一のメニューだった。 『ブラックカレー』。 カレーという料理自体が珍しいオトギイズム王国で、更にその異彩に磨きをかけた様なネーミングだ。 「黒いカレー? なんか食欲を失いそうな料理だな」 カレーライスという物を知る食通の客の間でそんな評判がたったのもむべなるかな、最初はその得体の知れなさに注文をためらう者ばかりだった。 だが、メニューが出た初日に挑戦する客が出た。 注文した男のテーブルの周りに人だかりが出来るほど、皆の関心は高く、遠慮のない視線が周囲から注がれた。 注文してから待つほどもなく白服のウェイターに運ばれてきたのは、大きな皿の上の片側半分にほかほかの白米のライスが載せられ、残り半分に真っ黒い熱いルーがかけられたなじみのない客は初めて見る料理だった。 やたらスパイシーな刺激臭が観客の鼻孔をくすぐる。 「徹底的に炒められた玉ネギというのは基本ですな。あと、トマトは凍らせた物をすりおろして入ってますな。……しかし、何と言ってもこの大量かつ複雑なスパイスは……はっきり言ってこの私でも正体を掴めないほどの……」 食通らしい注文客が銀色のスプーンに載せたライスと黒いルーを口元に運びながら感想を述べる。何と言っても複雑かつ芳醇なスパイスの香りが周囲にも匂ってくる。 客の唇がスプーンの中身を口に入れて閉じた。舌が辛いと感じた瞬間、それは濃厚な旨味としてほぐれて口の中に広がった。 すると、世界が飛んだ。 無重量空間にいるみたいだ。 周囲の色彩が突然ビビッドな極彩色として感じられる様になり、見物人の顔と共に景色が歪んで周囲を巡り始めた。 周囲の声が色彩を持ち、景色の色が音としても感じられる。 味覚に感じられた心地よさが身体全部に染みわたる。 「おお……何という感動だ……これは、美味しい……!」 脳が美味しいと叫ぶ。食べた男は宙に浮かぶ感覚を味わいながら涙を流していた。 スプーンが急いで黒いカレーライスを口へと運び始めた。スプーンは何かにとり憑かれた如きスピードで往復し、皿の中身はあっという間になくなった。 「お、おかわりだ!」 「俺も注文する! 注文させてくれ!」 「俺も!」 「わたしも!」 食べた人間のあまりにも尋常でない感動っぷりに、騒いだ客が次次にブラックカレーを注文し始めた。 カレーが運ばれてくる度に感動の声が挙がり、争うかの様に注文の新しい叫びが追う。 そして二十分もしない内にその日の提供分は底をついたのだった。 「いやー、今日もブラックカレーを注文ですか」 「あれ以来病みつきになりましてな。最低でも一日一食食わないと気持ちが落ち着かんのですよ」 数日経ち、ブラックカレーは日に日にリピーターを増やし、病院の食堂は外へまで続く長い行列を作る事となった。日毎に提供されるカレーの数は増えているが、果たして、行列の何処までがこの日のブラックカレーにありつく事が出来るのか……。 「……ブラックカレーはまだまだ未完成だ。だが、俺のめざす食の千年王国が来る日は近い……」 注文が開幕ダッシュのブラックカレー一辺倒になった調理場で、それ以外の料理が顧みられる機会はあまりなくなった。そこまでブラックカレーのインパクトは凄かった。 料理長のニックのブラックカレーを作りながらの独り言は、調理場のコック全員に聞こえるほど大きく、自己陶酔していた。尤も自己陶酔にふさわしい料理の腕が確かにこの男にはあるのだが。 ★★★ 「病院内の薬物が頻繁に盗まれているので、それを調査してほしい?」 ブラックカレーの話題が冒険者達の口端にのぼる事が多いこの町の『冒険者ギルド』の大掲示板にひっそりと隠れるかの様にその依頼書が貼り出されていた。 一口三十万イズムだと書かれたその依頼は「他言無用、絶対秘密を守れる冒険者向け」と注意書きが添えられた。病院から薬物が持ち出しされていると解れば、大事件だ。病院はこの事件自体を伏せて、内内にすませたいのだ。要はメンツを保ちたいのだ。 オトギイズムの医者の医療報酬の主なる物は、治療に使われた薬剤の料金だった。つまり薬代と医療報酬はほぼ等しいのだ。 腕の悪い医者は近所のやぶに出かけていき、患者を治療するよりも長い時間をやぶで薬草を調達するのに費やす。これから腕の悪い医者を『やぶ医者』と呼ぶ習慣が出来た。 件の病院は決してやぶ医者ではない。然るべきルートから手に入れたちゃんとした薬剤が主だ。眼が飛び出る様な高額の薬もある。 それらが最近、次次に消えているのだ。 警備状況、保管状況からすれば身内としか思えない。 身内から犯人が出たと姿勢から気づかれたくない。そういう意味も含めての「病院のメンツを守る」なのだ。 「ブラックカレーの食堂のある、あの病院か……」。 掲示板を見上げた冒険者が呟く。どうやら盗まれる薬剤には幻覚効果のある危険な副作用のある物が含まれている様だ。 ブラックカレーの話題が絶えない、この町で、病院の盗難事件の方に興味を持つ冒険者はどれだけいただろうか。 ★★★ |
【アクション案内】
z1.病院でカレーを食う。 z2.ニックの事を調べてみる。 z3.薬物盗難を調べてみる。 z4.その他。 |
【マスターより】
★★★ 皆は好きな料理は先に食べる派ですか? 後まで残す派ですか? 私は先に好きな物を食べてしまうと食事のモチベーションが落ちると思うので、後者です。 さて「食事シーンがある漫画アニメやゲームは名作」と言われているように(誰が言った)今回は名作になるかもしれません。保証は出来ませんが。 というわけで今回は知る人ぞ知るPBM用語「病院でカレーを食う」ですね。 私(田中ざくれろ)はこの言葉が生まれた時期にPBMをやっていたわけではありませんが、どうやら某PBMのプレイングマニュアルに「自分だけにしか意味のない、意図不明な行動」という悪いアクションの例として示されていた言葉だったそうですね。それでも、そのPBMではわざと「病院カレー」をアクションとしてかけてくるPCがいて、マスターもそれに応えてマスタリングしたので、結局「病院カレー」はアクションとして立派に成立したとか。全くPBMは何処にどう転ぶか解ったもんじゃありません(笑)。 私はこのシナリオをもって、皆様に飯テロを敢行したいと思う所存であります。 では、皆様によき冒険があります様に。 ★★★ |