『ロイヤル・ウエディングは踊る』

第3回(最終回)

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★

 昼のウェディングも終わり、オトギイズム王国のグリングラス領は夜も更けた。
 領主館の迎賓ホール。
 表向きはあくまで酒宴だ。
 しかし、ここにいるVIP達によって王国の明日をも左右しかねない重要会議が開かれていた。
「羅李朋学園の定住によって頭首交代となる旧バッサロ領を、民主主義の羅李朋学園生徒会の統治下に本当に置くべきか」
 猫背気味の羅李朋学園生徒会長・甘粕喜朗が呟く言葉は音量が大きい。
 壁際に給仕が並び、各領の文官も同席するこの場で彼が口火を切ったと言えた。
「国王陛下におかれましては行き場のない羅李朋学園の生徒達、関係者に定住の地を与えていただきありがとうございます」
 アンナ・ラクシミリア(PC0046)はまず非常に丁寧な言葉をパッカード・トンデモハット国王へ送った。
「また生徒会による自治を認める事を議題にする事、誠に素晴らしいと思います。……ただ本当に民主主義かどうか疑問に残る処であります」
 彼女は披露宴でのテロリズムを皆に思い起こさせる。
「今回、ロイヤルウエディングで騒ぎを起こしたのは羅李朋学園を追放された者達だと聞きます。……一部の権力を握った者が選挙民の権利を奪い、追放する。これが民主主義と言えるでしょうか、独裁政治と何処が違うのでしょうか。このままでは旧バッサロ領と同じ道を辿りかねないと懸念します。……元元、実験的な施設であった事、こちらに来てまだ日が浅い事を考えれば、学園に監査やアドバイザーを置くのはやむを得ないと思います。本来、学園には教師といった管理側の人間がいる者ですから」
「教師による管理ですか。教師が勉強を教えるだけではなく、生徒一人一人の生活を管理指導しなければならないというのも労苦ではないかな」
 制服姿の甘粕会長がただそれだけを述べた。
 学校教師が生徒を管理するのは当然、という考えではないようだ。
「民主主義には賛成ですが、言うまでもなく、今回の自治領化はオトギイズム王国と羅李朋学園双方の益となるものでなければなりませんわ」
 次に口を開いたのはチャイナドレスのエタニティ社長・クライン・アルメイス(PC0103)。
「双方の目的を科学の発展による経済の活性化として、お互いにメリットがあるように協力していくのがよろしいかと思いますわ」
 彼女は主に経済、文化的な面に対する意見を述べる。
「学園の民主主義化には賛成いたしますわ。学園の活動なども含めて考えますと、映画や漫画などの健全な文化を中心とした娯楽街をベースとして、オトギイズム王国内及び国外からの観光での文化振興、その流れで化学への敷居を下げていかれてはどうでしょうか。初期には王国側からも文化的な発展への投資をしつつ、その投資を回収できるサイクルが理想でしょうか。……もちろん、わたくしの会社も積極的にご協力させていただきますわ」
 甘粕会長の眼が興味に輝いている。経済的な関心を持っているみたいだ。
 実はクラインはこの会議が本格的に始まる十数分前にお茶に誘い、社としてらりほう学園自治領に賛成する事を事前に伝えていた。
 彼女には懸念があった。自治領の化学力が急速に発展した場合、王国との力関係が逆転し、独立ないし王国への反逆という事態になる恐れがあるのではないか、と。
(ここでがっつり絡んでおけば、さほどあくどい事をしなくても、特許などでも多大な利益を上げる事が出来そうですわね)
 クラインはそう思いつつ、自分の意思を発言する。
「国王陛下には羅李朋学園自治領の急速な発展によって思いがけない力を持つ事には、十二分な注意を払っていただきたいと思います。……いっそのこと、自治領を秋葉原にしてしまうのが平和でよいかもしれませんわね」
「アキハバラとは……?」
 パッカード国王がクラインに質問する。
「秋葉原とは……」クラインはどう説明したものか、と記憶を探る。「サブカルチャーに特化した歓楽街と説明するのがよろしいかしら。映画や漫画、ゲームなど趣味の文化がとても発達した都市でしてよ」
 国王がふーむ、と唸って、椅子の背もたれに深く身を預けた。理解には今一つらしい。
 クラインはあらためて説明する機会があればいいのですが、とその場は一旦状況を落ち着ける事にした。
「わたくしも学園都市が思いがけない発展をするだろうという意見について思うところがございますわ」
 人魚姫マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は次に発言した。
 自分が過去に羅李朋学園生徒五万人に『冒険者になろう!』と呼び掛けた張本人である事を片時も忘れてはいない。大勢の人生や運命を変える切っ掛けとなってしまったのだ。
 今回も事前に会議参加者の思惑や希望を確認し、スムーズに合意が形成出来るよう利害調整や根回しに努めていた。
「旧バッサロ領の復興は王家の責務でもあるが、アンデッドの巣窟だった経緯から実質的な無人地帯。現状では復興に膨大な時間と費用が必要。……それらを羅李朋学園に委託するという解決策は、双方にとって極めて有益ですわ」マニフィカは酒ではなく、マンゴージュースで喉を潤す。「元の世界に帰還する手段を探し求め、学園ごと各地を放浪する学生達はスカイホエールという限られた空間で不自由を強いられたはず。でも、これからは違いますわ! 先住者に配慮する必要がなく、たとえば効率のよい大規模な機械化農業を実現可能ですわ。産業革命や文明開化すらも夢物語ではなくなる。……まさに歴史的な転換点を迎えますわ」
 ふむ、と甘粕会長。
 それに少し遅れて国王も唸る。「それも学園自治領が急速な発展をするという前提をもとに話をしているのだな。社長は文化発展都市の話をし、姫は農業、工業の発展の話をする。並び立たんというわけでもないが、目標が分かれれば発展の速度も影響を受けるだろう。当事者の意見をうかがいたいところだ」
 国王は話を羅李朋学園生徒会長に振った。
「……興味津津たる意見です」
 甘粕生徒会長は日本酒の盃を口にした。
「誠心誠意、私は経済を中心に考えます。どちらもそれなりに魅力がある。自給自足、地産地消。ですが農業に関しては学園が王国からの農作物を輸入するという選択肢もあります。いずれにせよ、学園都市の発展がこの国に産業革命を起こすのは不可逆的な流れでしょう。切磋琢磨、二つの目標は互いに相まってスピードを速め合うかもしれません」
「……ボクにちょっと学園の文化的発達というのには興味あるんやけど」
 福の神見習いビリー・クェンデス(PC0096)は大人の酒ではなく、とろりとした冷えた甘酒の杯を手に持つ。
「民主主義の統治には賛成や。スカイホエールの係留地として旧バッサロ領の統治が委任されるんやろ。この地に根を下ろし、王道楽土を建設しようや。ジュディ流に言えば」ビリーはこの席にいるアメリカ娘の親友ジュディ・バーガー(PC0032)の名を出した。「これはフロンティア・スピリッツを発露する好機や。……衣食足りて礼節を知る、とか言うやろ? 文化活動とは、そもそも非生産的な側面が強いんや。けど、それを否定するのは結果的に羅李朋学園が有する独特の希少価値を貶めてしまうん。旧バッサロ領という新天地を得て開拓する事で余裕が生まれ、もう『非生産者』を追放する必要はなくなるんや」ビリーは非生産者という言葉を甘粕会長の心に届く様にさりげなく強調した。あのテロで判明した、追放された元生徒達を救済したいという思いだ。「農業にも力を入れて自活能力を養った方がええと思うんや」
 昼間のめでたい席を盛り上げようと努めていたビリーは、テロリスト達の野暮な行為には腹が立っていた。披露宴で犠牲者が出なかった事はいわゆる不幸中の幸いだろう。どんな事情か知らないがきちんとTPOを弁えてほしい。披露宴司会として心からそう思った。
 だが、それと同時に彼らの『事情』とやらも気になった。
 彼らは甘粕会長に『非生産者』として学園を追放され、それを犯行動機とした元生徒らしい。
 準備していた各種のサブマシンガンは、この王国では入手困難な武器だろう。
 つまり学園内部に協力者が存在している?
 この問題は、かなり根が深そうに思えた。
「民主主義化には皆賛成か」
 魔導師ギリアム・加藤が濃い色のワインを飲みながら、老いた顔の顎を手でさすった。
「しかし現状の学園を民主主義社会とは捉えない者もいる。……カルチャーとサブカルチャー、農業と工業。やがて革命的な発展をする事を皆が予見しているか。この勢いはどう学園生徒に伝染して、どういう未来を呼び込むかの」

★★★

「刑務所に服役中の元羅李朋学園のテロリスト・リーダー『アル・ハサン』を死刑執行するか否か」
 甘粕会長がまた大きな声で議題を呟く。
 クラインは発言するつもりはなかったが、このタイミングでこの議題が提出された事に違和感を持っていた。
 アル・ハサンについては、スタンド能力封印の上で学園追放ということで決着していたはず。
 テロリストへの厳罰は今後の混沌『ウィズ』対策にもつながる重要なものと考えるが……。
「アルとやらが力を封じられた監視の下、スカイホエールを降りた事までしか知らないのですが、彼が何か問題を起こしたのでしょうか。まさかロイヤルウエディングの襲撃に関わったなんて事は……」
 アンナは心中の穏やかならない事を隠さない。
「ああ、それは違う」彼女の意見に、甘粕生徒会長がすぐ答を返した。「今日の襲撃は『グスキキ』関連ではない。それは解っていますよ」
「そうですか……。それはともかく、人が人の命を奪う刑の執行については彼に限らず反対します」アンナは言い切った。……言い切ったが……。「ただアル・ハサンがオトギイズム王国で新たに犯罪を犯し、妥当な判決を新たに受けたというのであれば、助命嘆願を願い出た者の責任としてわたくしは彼の刑執行を見届けます」
「ジュディは、アル・ハサンのエクスキュージョン、死刑執行を支持するスルネ」
 バーボンを飲みながら、ジュディが自分の意見を明らかにした。
 実質的な国際政治会議とはいえ、あくまでも酒宴の場である。景気づけも兼ね、カパカパと最高級のバーボンを飲み干したジュディは、今夜は無礼講のつもりで堂堂と自分の意見を述べる。
 まさにシンプル・イズ・ベスト!
 この会議では率直な発言が求められていることを本能的な直感から理解していた。
 首に巻きついた愛蛇ラッキーセブンも、じっと蛇眼で見守っている。
「どんな素晴らしき理想を掲げようともテロリストはシビア・パニッシュメント、厳罰に処すベシ。……そもそも当人に更生する意思はあるノカ。クンビンスド・クリミナル、確信犯でもある狂信的なテロリストが改心するとは思えナイネ。機会があれば何度でも繰り返そうとするハズ」
 瓶でバーボンをあおる。
「自分達の極端な価値観を絶対視し、それを暴力で他者に強要するデンジャラス・ソート、危険思想の元凶……。いずれにせよ、その重罪を償わせる為にエクイバレント・トゥ・ザ・デス・ペナルティ、死刑が相当ネ」
 そう言いながらに仮にアル・ハサンの死刑が決定したら、ジュディは執行時に立ち会いを望み、彼の遺言を聞くつもりでいた。死刑を強く主張した以上、きちんと筋は通したい。
「お断りしておきたいのは、この議題は現状ではあくまでも思考演習。シミュレーションだという事です」
 甘粕会長が断りを入れる。
「私個人はアル・ハサンの死刑に対しては賛成で、もし許されるならば即断即決、今すぐにでも施行したいと思っています。……カリスマは危険です。宗教的熱狂というものは人を盲目にする。だが死刑にすればすればで、彼を神格化する信者が出るやもしれない。悩ましい問題です。……私は効率を求めます。カリスマたる犯罪者を生かしておくのはその拘留にそれなりに費用がかかり、その警備にも金と人を割かねばなりません。その様な人物が数十人といれば、どれだけのコストがかかる事でしょう。それが私が死刑を推す最大の理由です。さもなくば犯罪者や非生産者は学園から追放するか。……今、アル・ハサンは厳重監視状態でこの王国で冒険者として暮らしていますが彼が改心する事はないでしょう。今日、死刑を支持する意見をいただけた。それだけで十分満足です」
 後顧の憂いを断ちたがっている。この甘粕会長の回答に、パッカード国王が意見する事はなかったが彼の表情には多少不満の色が表れていた。
 皆は昼間のテロリスト達が称していた『非生産者』という言葉が何を指していたか、解る気がした。
 有能でも冷酷。そういう言葉が頭に浮かんだ。

★★★

「羅李朋学園で超高性能AIを限定的に復活させるかどうか」
 甘粕会長がまた一つ議題を口にした。
「空飛ぶくじらが来てるならオクとも会えるんですかねぇ」
 まっさきに言葉を口にしたのは光合成淑女リュリュミア(PC0015)だった。
「リュリュミアも食べるだけじゃなくて少しは料理もするようになったんですよぉ」
「リュリュミア。オクはこの場に来ていないのですよ」
 アンナはそう言って彼女をたしなめる。
 しかし、甘粕会長が制服のポケットから出したスマホの画面を見て、この場にいる者は驚いた。
 その画面に制服姿の上半身を覗かせているのはアニメ調の亜里音オクだった。
「ハイハーイ! オクだよー!」
 あの頃、羅李朋学園にいた者には懐かしい電子音声が会議の席に響いた。
「私の『超高性能スマホ』です。普通のスマホでも出来ないような事も出来ますよ。これは正真正銘、私の亜里音オクです」
 これは甘粕生徒会長の羅李朋学園の技術をアピールするパフォーマンスだろう。しかしスマホのインタフェースとなったオクの声は、少し感動を与えるに十分だった。
「オクはなんだか眠そうですねぇ、疲れているんですかぁ」リュリュミアは心配そうに声をかける。並列型のスーパーコンピュータが本体だったあの頃に比べると、高性能とはいえスマホの今では動作が少し重たいかもしれない。「……あぁ電気が足りなくて元気が出ないんですかぁ。くじらから降りたら、おひさまを集めるキラキラをいっぱい作ってお腹いっぱい電気を食べたら元気出ますかねぇ。そうしたら遊びに行きますよぉ」
 リュリュミアが言っているのはスカイホエールの気嚢表面を覆っていた太陽電池の事らしい。
「超高性能AIの運用の為には、電力が必要という事でしょうか。……復活には賛成だという事でいいですね」
 甘粕会長はテーブル上にスタンドを出して、スマホを立たせて置いた。
 画面の中のオクが手を振る。しかし自我を持っていたあの頃に比べるといまひとつ何かが違う。
「ジュディも限定的な復活に賛成でいいネ」
 アメリカンガールも賛成に票を投じた。
「ところで、ジュディの故郷には『ガンズ・ドント・キル・ピープル ピープル・キル・ピープル』銃が人を殺すのではない。人が人を殺すのだ、という主張がありマス。あくまでも銃は道具で、それを使う人次第という理屈ネ。もちろん賛否両論があるケド、超高性能AIという便利なツールも同様デハ? 自我の発生という懸念に関係なく、どう利用するかによって学園都市を理想社会にもディストピアにも変えられるンジャナイカナ」
 酒精を帯びた息を吐く彼女は、そうした可能性がとある酔っ払いの杞憂で終わるなら幸い……と、言う言葉を胸に呑み込む。
 ミニスカ・カジュアルな衣装の姫柳未来(PC0023)がここで席から起立する。
「亜里音オクちゃんが勝手に羅李朋学園を管理していたのは見過ごせなかったけど……」ここで拳を胸の前で握り「正直、オクちゃんが消去されたのはかわいそうだったし、今度は勝手なコトをしないようにちゃんと監視した上で、オクちゃんを復活させてあげるのはいいんじゃないかな」
 超能力JKの主張はこの場にいる者達の胸を打つのか。
「あ、あと私、またオクちゃんのコンサート行きたい!」
 言って未来はオクのファイナルコンサートでの『惑星のひとつやふたつくらい』の振付を歌いながら踊る。
 スマホの中のオクも反応して踊り始めた。
 二人のダンスはシンクロしている。しかし……。
(うーん。今ひとつキレがないなあ)
 ビリーはエンターテインメントに一家言ある者としてオクを評価した。
「ボクは超高性能AI復活には限定的に賛成や」
 元生徒会長である亜里音オク=学天即の自我を消去した学園生徒達が、再び超高性能AIを復活させようとする。
 福の神見習いにはその利点は理解できるが、感情面では納得出来ない。
「……身勝手な話やで、ホンマにな!」
 それでも賛成に一票を投じたビリーは、周囲の「あの子は何をそんなに怒っているのだろう」という眼の中で甘酒を一気にあおった。
 友と呼べる人間にはその真意は伝わっているのだが。
「……では超高性能AIの復活は、監視を非常に重視するという前提でOK、というのが総意でよろしいですね」
 甘粕会長は慎重な面持ちで出席者に確認をとる。
 その意見に反対する者はいなかった。
「OK オク。スマホを待機モードに」
 会長はマスコットキャラに一声かけてからスマホをしまった。

★★★

「トゥーランドット・トンデモハット姫の羅李朋学園留学・移住案」
 甘粕会長が最後の議題を口にした。
「トゥーランドットもらりほう学園に行くんでしょぉ」
 すかさず待っていたかの様にリュリュミアは発言する。
「そうしたら遊びに行きますよぉ。トゥーランドットは新しいもの好きそうだし、お友達になれると思いますよぉ」
 この酒宴の場にいて意見を聴いているトゥーランドット姫は、フォーマルなドレスの上に薬品の染みなどで汚れた白衣をまとっている。この格好の方が落ち着くようだ。
「わたくしは留学に賛成しますわ」
 マニフィカは立ち上がって意見を述べた。恐らく国王や王妃は、政治的な立場と親心の板挟みになっているはず。
「可愛い子には旅をさせよ。辞典を引けば、きっとそんな言葉が出てくるでしょう。挑戦は買ってでもするべきすわ。若い内に違う世界を見てくる事は将来きっとプラスになります。果たして姫が政治の道をとるかは解りませんが、この体験は未来への血肉になる事でしょう」
 マニフィカは姫よりむしろ両親であるパッカード国王とソラトキ王妃を説得する気持ちで述べた。
 トゥーランドットにとって留学という異文化交流は、人間的な成長を遂げる為の貴重な機会。
「王女ではなく単なる一人の留学生として、羅李朋学園に受け入れてほしい。彼女の友人として切にそう願います」
 マニフィカが着席するのと入れ替わる様に未来が立ち上がる。
「……しっかり監視しなきゃいけないのはオクもそうだけど、この子もだよね」未来は眼を閉じてやれやれという顔をする。「ただ、せっかくトゥーランドット姫も凄い才能を持ってるんだから、それを生かせる所に留学させてあげるのはいいと思うよ。……で、さっそくトゥーランドット姫の為に羅李朋学園の制服を用意してきましたっ!」
 ドジャーン!と言いながら未来はハンガーに吊りさげられた羅李朋学園の女子制服を取り出した。
「これ、前に私が『スカートは短ければ短いほどカワイイ』って流行らせた時の羅李朋学園制服なんだけど、すっごくカワイイし、トゥーランドット姫にもに合いそうだよね♪」
 未来がスカートの裾をつまんでグルっと一周させたそれはスカートの丈がとても短く、着ていても自然とパンツが見える様になっている『下着バチッ!』の超ミニスカ改造制服だった。
「何よ!? そのスカートが何も機能していない制服は!?」
 トゥーランドット姫がそばかすの浮いた顔を真っ赤に染めて、叫んだ。
「いや、着るときっとカワイイから」
 からかっているのか真面目なのか解らない表情で、未来はトゥーランドット姫の前で制服のスカートをヒラヒラさせる。
 と、その顔がきわめて真剣になり、甘粕生徒会長の方を見やった。
「ところで甘粕喜朗生徒会長。昼に生徒会長を狙ったテロが起きたばっかりだけど、トゥーランドット姫が留学するにあたって、最近の羅李朋学園の治安ってどんな状況なの。もし治安があまりよくないようなら、姫の身辺警護とかも考えないと。何だったら私達が羅李朋学園に行って、治安改善に協力してもいいわよ」
「せやせや」とビリー。「学園からサブマシンガンを持ち出せるみたいな状況やったら治安がいいとは言えへんで」
「治安ですか」甘粕会長は不意を突く様な未来の質問にも特に動揺せずに答えた。「よいですよ。血の気の多い者達は冒険者として学園から降りていきましたからね。治安を守る学園警察達もほぼ万全ですし、グスキキの様な社会を乱すテロリスト達も今や学園にはいません。姫の安全は私が保証しますよ」
「サブマシンガンが王国のテロリストに渡っていた件は?」
「すぐ学園警察が逮捕出来ますよ」
 会長の顔は不敵に見える。
「ふーん、……じゃあ、それはそういう事で」
 未来は自分の椅子に着席する。ちょっと不満だが、今日はここまでにしておく、そんな気持ちで。
「ちょっと私の留学って決定済み事項なの!?  私は何にも聞いてないんだけど!?」
 恐らくこの話を初めて聞いたらしいトゥーランドット姫は慌てた顔をする。
「ちょっと世間に出ていって見聞を深めてくるがいいでありんす。姫ではなく同じ年頃の子女達の中の一学生として」
 ソラトキ王妃はワインを飲みながら、あたかも自分の娘を千尋の谷に突き落とすかの様な厳しい態度を見せた。

★★★

「えー、つまりですね。皆の忌憚ない意見を聞いて解った事は」
 甘粕会長が酒杯をあおって一息ついた。顔がほんのり赤い。
「民主主義に統括された羅李朋学園自治領がこのオトギイズム王国に誕生する事については、民には大いなる賛成をもって迎えられるだろうという事ですね。この自治領はこれまでに王国になかった『民主主義選挙で統治者が代替わりしていく』という特徴を持っています。自治領は意見通り、農業、工業を現代科学的に発展させ、王国に飛躍的な文明発達をもたらすでしょう。また自治領は秋葉原の様にサブカルチャーを発展させる事になるでしょう。これらは長期的計画になるでしょうが、統治者が交代し政権が代われば政策も見直しが図られるかもしれません。つまり現在の時点で完全な長期保証は出来かねるという事ですね。まあ、文明進歩は今のところ不可逆的変化でしょうから、民に余裕がある内は文明発達の範図は広がり、自然と発達していくでしょう。民主政治がユートピアもたらすかディストピアをもたらすかは民の一人一人の頭がよくなり、しっかりと政権の手綱をとれるか、というところにあります」
 この酒宴の場にいる各領地の文官が、甘粕会長の言葉を白本に記述していく。
「民主政治を、王国の方方はどう捉えたのですかね。ややもすれば貴族政治の既得権益の根幹を揺るがすかもしれないのですが……」
 会長の言葉にパッカード国王以下、オトギイズム王国の領主達が全員真剣な表情になった。
 甘粕会長は手の中で空の酒杯を持て余した。
「民主主義について、前任の自我を持つ超AI亜里音オクについて触れておかねばなりません。……亜里音オクは暴走し、生徒全員を支配した。しかし徹頭徹尾、彼女は学園の事を第一に考えてそれを行ったわけです。何故、オクの善行が糾弾されるべきか、その最大の問題点が解りますか」
「えっとぉ。らりほう学園の人達を洗脳しようとした事かしらぁ」
「それもあります」
 甘粕会長はリュリュミアの回答を肯定した。
「最大の問題点は民主主義の最高の長でありながら民主主義を踏みにじった事です。彼女は学生の幸福の為には手段を選ばなかった。オクは票を操作して、自分が最善と思う結果をまるで生徒達の総意であるかの様に生み出しました。ブラックボックスを勝手に覗き、中身を不正操作したのです。それだけで生徒会長・亜里音オクは学園史最大の犯罪的独裁者と呼ぶべき存在なのです」
 会長は新たな酒を盃に注いでもらう。
「アル・ハサンの死刑について……は先ほど述べた事が全てですから、ここでは飛ばしましょう。羅李朋学園で超高性能AIを限定的に復活させるかどうかですが、皆さんの意見は用途さえ正しく厳重監視しながら使えば大丈夫だろう、という事ですね。しかし亜里音オクは羅李朋アシモフ三原則に縛られていても自我が密かに発達し、暴走したという事を忘れてはなりません。生物が進化し複雑化していく過程の何処で意識が発達したのかを特定出来ないように、私達はコンピュータが何処まで進歩すれば自我が目覚めるか特定出来ていないのです。オクを懲罰出来たのは彼女がまだ三原則に縛られる存在だったからです。もし何事にも縛られない、オクを超える電子自我の怪物が現れたらどうすればいいのか、私達は事前予知を用意出来ません。勿論、超高性能AIを学園は限定的に復活させます。ただしその危険の対策について私達は怠るべきではなく、またどう対策すべきかも解っていないのです。学園全コンピュータの強制停止ボタンを用意しておく、というのがせいぜいでしょうかね。……アル・ハサンの死刑についての協議がそのまま亜里音オクについても応用出来る所がありそうですね」
 甘粕生徒会長は盃にちびりと口をつけた。
「トゥーランドット姫の留学は、羅李朋学園は歓迎しますよ。王族としても、一般生徒としても、学園で手腕を振るうだろう化学デザイナーとしても」

★★★

 酒宴がお開きになり、出席者が領主館に用意された寝室へ向かった。
 実質上の実力者会議となったこのロイヤルウエディング後の宴会は、参加した者達の中に多少のもやもやを残しながら終了した。
 私立羅李朋学園を載せた超弩級硬質飛行船スカイホエールは、デリカテッセン領に隣接した羅李朋学園自治領に係留される事となった。
 エタニティ社の支社はその地にある。
 学園生徒達は地に降り、この大地を耕作する。
 そして技術や文化はその地から王国内へ疾く広がっていくだろう。
 果たして一年後の王国に対する影響力がどのぐらいなのか、それを正確に予見する者はこの場にはいなかった。
 多分。

★★★