『ロイヤル・ウエディングは踊る』

第2回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★

 実はウェディグドレスが白でなくてはいけない決まりはない。地球ではイギリスのビクトリア女王が白いウェディングドレスを普及させるまで花嫁達は様様な色で結婚式を彩っていた。
 特に庶民の花嫁は一生に一度だけ着るような贅沢をする余裕がなく、手持ちの中で一番よい服で装うのが普通だったのだ。
 しかしハートノエース・トンデモハット王子と結婚するシンデレラがこの結婚式で着るのは、とてつもなく豪華に膨らんだ純白のロイヤルウェディングドレス。
 一流デザイナー・ジョン&アレックスの仕立てによるそれはスカートに大胆な切れ込みが入り、すらりと長く白い素足を強調して惜しげもなく招待客に披露している。
「そういえば王子は脚フェチだっけ」
 フォーマルなドレスで結婚式に参列する姫柳未来(PC0023)は、ウェディングドレスにうっとりしながらもそんな事を思い出した。
 花嫁の髪をまとめるシュシュは今はチャイナドレスを着ているクライン・アルメイス(PC0103)が贈った物。ドレスと同じくジョン&アレックスのデザインであるそれは本当ならワー・鶴のおつうの羽根を使いたかったが諸事情から叶わず、しかしそれでいて純白の美しさを花嫁に付加している。
 そしてここにロイヤルゲストが一人。
 王家が主催するサロンの常連であり、それなりに事情通な人魚姫マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は、今回のロイヤルウエディングドレス製作にデリカテッセン公爵家が深く関わっているのを承知していた。高貴なる純白に乙女の端くれとしてその豪華なドレスに思わず溜息が零れてしまう。
「二人とも大輪の花が咲いたようですねぇ」
 リュリュミア(PC0015)二人を見ながら頬に手を当てて「ほぅ」とした感想を述べる。
 荘厳な礼拝堂。
 結婚式は厳粛に進んでいく。
 こんな礼拝堂でキリスト教式ではなくオトギイズム王国風の様式に則って進んでいく式で、やがてハートノエース王子とシンデレラは指輪の交換と情熱的な契約のキスを交わした。
 パッカード・トンデモハット国王。
 ソラトキ・トンデモハット王妃。
 バラサカセル・トンデモハット王子。
 トゥーランドット・トンデモハット王女。
 乙姫。
 エリアーヌ・アクアリューム王女。
 桃姫。
 むらさき姫。
 かぐや姫。
 フローレンス・デリカテッセン公爵。
 スノーホワイト・デリカテッセン男爵。
 甘粕喜朗生徒会長。
 豪徳寺轟一艦長
 ギリアム加藤魔術研部長。
 ドンデラ・オンド公。
 その他の列席者。
 拍手が爛漫の花が咲く様にあふれ出る。
 こうして結婚式は無事に進んでいくのだが、ちょっとここまでのよもやまを知る為に数日前まで時間を遡る事にしよう。

★★★

(式より一週間前)
 温泉湖『イーユダナ湖』。
 名馬ロシナンテを自称し、老騎士ドンデラ公と従者サンチョ・パンサら遍歴の騎士一行として諸国漫遊中のジュディ・バーガー(PC0032)は主君が滞留する湖に帰還する。
 湯治に飽きた主君の様子は、意外と筆まめなサンチョ氏からのこれまでの手紙で知らされていた。
 そんなタイミングでジュディに結婚式の招待状が届いた。
 これぞ渡りに船である。
 という訳で、遍歴の騎士一行は人生の次の目的として、披露宴に出席する事に。勿論、手土産の温泉饅頭と温泉卵も忘れない。
 この一行が結婚式に加わる事で何が起こるか。
 それはまだ不確定の運命の彼方だが「迷わず行けよ、行けばわかるさ」という先人の言葉が旅の視界で点滅する。
 さて現実的には厚紙製の甲冑で厳粛な席に参上するわけにもいかず、ジュディ達三人は新しくタキシードをあつらえた。
 最新型の立体裁断は羅李朋学園元生徒からの技術である。
 ちなみにジュディは、冒険者になった元学羅李朋学園園生と交流した事はあるけど、スカイホエールの学園本拠地を訪れた事はなかった。
 当時の経緯はマニフィカやビリー達から詳しく聞いていて、それなりに関心を抱いていたが、なかなか学園本体と接点を持てるような機会に恵まれず、今日までに至る。
 結婚式の招待客リストを覗いてみたら、三人ほど学園関係者の名前が記されている。
 豪徳寺艦長と加藤魔術研部長の事は仲間達から聞いていた。
 しかし甘粕生徒会長という名前は初めて耳にする。
 果たして彼は何者だろう。ジュディの『野生の勘』が風雲を告げている様な気がした。

★★★

「ネームバリューでトップを決めたのは安易でしたわね」
 クラインはトップ人事の失敗を素直に認め、リカバリーを行う為に案を練っていた。
 トゥーランドット姫の責任者案は、国王の反応もあり素直に取り下げる事にする。
 鷺洲数雄とも打合せを行い、不満点等を聞いて意思の疎通を図る。彼には一万イズムほど自腹でお酒を買ってプレゼントし、機嫌を取っておく
「羅李朋学園出身者が初代支店長という対外的なアピールは出来ましたし、今なら給料据置きでやりたい役職への異動希望をお聞きしますわよ」
「私は役職持ちは性に合わないんだ。ヒラでもいいから技術開発を思う存分バリバリやれる所を希望したい」」
 エタニティ社員の鷺巣はそう言い、ならば、とクラインはそのような現場仕えの席に彼を置く。サブリーダーという名前の実質現場職だ。
 後は、結婚式の贈り物の手配。
「ハートノエース王子は豪華な贈り物には慣れているでしょうし、初対面の正式なご挨拶も兼ねてシンデレラ嬢をメインにするべきですわね」
 シンデレラにジョン&アレックスMADEの巾着袋とシュシュを送る事にする。この二つを王女に普段使いにしてもらえば、エタニティも名が上がるというものだ。

★★★

 パルテノン中央公園の片隅のお約束な光景。
 相棒である人造魔獣レッサーキマイラ氏と一緒になってジュウジュウの『マンガ肉』を頬張りながら、ビリー・クェンデス(PC0096)は真剣に相談していた。
 今日もコストパフォーマンス絶好調アイテム『打ち出の小槌F&D専用』は大活躍だ。
「エエか、驚いたらアカンで? ……なんとボクらに王家からオファーが来たんや」
「な、なんだってー!?」
「誰がキバ○シやねん! ……あっ、ツッコミ入れてしもた」
 どうやらビリー宛に届いた披露宴の招待状を、芸人に対するオファーと解釈したらしい。
「わしらに『天下獲ったれ!』ちゅうパッカード王からの指令書でっしゃろか……」
「こいつは運命が大暴れする予感がしまっせ!」
「…………」
 まるで逆風を顔に浴びるかの如くシリアスな戦慄に冷や汗を垂らすレッサーキマイラ。
 古今東西、いわゆる結婚式とは祝儀の極みである。
 めでたい席を盛り上げる事こそ、まさに芸人の本懐と言えよう。
 更にロイヤルという冠が載るのならば尚更!
 というわけで以下、勘違いを引きずったまま福の神見習いと合成魔獣は結婚式当日に臨むのだが、その様子は当日の描写に譲る事としよう。

★★★

 そして結婚式当日の風景となる。
 式が開催されている中、盛り上がっているのは礼拝堂の中だけではない。
「結婚おめでとう!」
「ひゃっはー!」
 色とりどりの紙吹雪。
 あちこちで引っ張りだこの吟遊詩人や大道芸人。
 浮かれる町では一般の民も大きくお祭り騒ぎで威勢が上がっていた。
 アンナ・ラクシミリア(PC0046)はそんな中を見回り、自分も楽しんでいた。
「ロイヤル・ウェディングですから一介の冒険者の出る幕はもうありません」
 賓客が次次と到着するのを見守ったアンナは、式には参加せず町の祭を見て回った。
 王族の結婚式など堅苦しすぎて見てるだけで息が詰まる。そんな場所より城下町で普通に楽しむ方がいい。
 町中がお祭り騒ぎになったのは当然。
 きっと羅李朋学園をはじめとした町の外、遠方からの客も多いはず。
 この滅多にない祭を楽しみつつ、羽目を外しすぎたり、色色と出来上がっちゃった人達を警備の人たちに引き渡したりと彼女は最低限の秩序を守る役を選んだのだ。
「むう」
 そんなアンナは気になる人間達を騒がしい雑踏の中に見つけた。
 あれは羅李朋学園の生徒達ではないか。
 薄汚れた制服に身を包んだ若者達がまるで何かから逃げる様に雑踏を走る。
「……ちょっと怪しいですね」
 アンナは雑踏の中に紛れ込んでいく不審者を追いかけ、ローラーブレードの滑輪を走らせた。

★★★

 新郎新婦によるバルコニーでの挨拶を最後に結婚式は終わり、豪華な披露宴の会場となる。
 『グリングラス領』領主館迎賓室で行われた披露宴は、豪勢な食事と酒類と音楽でゲストをもてなしている。
 入り口に立っている『エタニティ社』からの豪華なスタンド花。勿論クラインから贈られた物だ。
「MCビリー!」
「アーンド、MCレッサーキマイラの!」
「グリングラス領、ハートノエース&シンデレラのコングラッチレーション・豪華披露宴! チキチキ・ぽろりはあらへんで(多分)レセプション大会ーっ!!」
「兄ぃ! 披露宴とレセプションで意味がかぶってまっせ!」
「しぃーっ! 黙っとればスルーされただろうに!」
 レッサーキマイラの頭に『伝説のハリセン』がスパコーン!と炸裂する。
 その光景をゲスト達がさざめく笑いで応えた。
 入場した新郎と新婦もにこやかな笑顔をしている。
「また馬鹿な事やってる……」
 呟く未来は結婚式でのフォーマルなドレスからカジュアルなミニスカドレスに着替えて、皆と一緒に円テーブルについていた。食事は豪華だ。
 しかし、なんと驚く事に今回のMC二人による司会進行は無事にハマっていた。天災が起こらなければいいが、といつもの二人を知る者は要らぬ心配をしてしまうほどだ。
 考えてみるにビリーは福の神見習いなのだ。真にこの現場にはふさわしいと言えるだろう。
 そして余計な下らないギャグをはさまないようにと、ビリーが三流芸人であるレッサーキマイラの手綱を上手にコントロールしている事もある。
 そのかいもあってか、披露宴はくだけたムードで進んだ。
 主賓パッカード王からの挨拶が短く簡潔にすんだのもその一因だろう。彼はこういう席はとても苦手らしい。
 『純白の礼服』を着たマニフィカも祝辞を述べる。
 披露宴は列席の者達の祝辞が続き、ようやくひと段落がつく。
「んじゃ、皆さんもしばらくご歓談とお会食をお楽しみください」
「そこらへんが終わったら、後半戦いきまひょか」
 MCビリーとMCレッサーキマイラの進行で披露宴は、皆が舌鼓を打つ光景となる。
「お色直しはやらないんですねぇ」
 円テーブルに着いたリュリュミアのドレスは、いつもの格好に色とりどりの花を咲かせたゴージャスなものだ。
「お色直しは基本的に日本だけの習慣だからね」
 未来は酒のボトルを持って賓客の席へ行く。
 「一番しっかりした王子が跡取りだし、これで王国も安泰だね♪」
 パッカード国王の杯に日本酒を注ぎながら、未来は強くて紳士でイケてる第一王子が後継者であるのを喜んだ。
 ちなみに今の言葉は問題児である第二王子と第一王女をチラっと見ながらの言葉だ。
 未来は更にハートノエース王子の盃にワインを注ぎながら「おめでとう、幸せになってね!」と友達として笑顔で祝辞を述べる。
 空になったボトルは給仕達が回収してくれる。

★★★

 アンナは領主館から少し離れた通りにあった空き家に、羅李朋学園の制服を着た者達が集まっている所まで突き止めた。
「いいか。我我は絶対に甘粕喜朗の喉元に食いつき、天誅を与えんとするものである!」
 割れた鏡や資材で散らかった空き家のホールで輪になって立つ数十人の男女は皆、薄汚れた制服を着ている。他に着る物がないのだろうか、というのがまず率直な感想だった。
 彼らをテロリストと呼んでいいだろう。その者達は何処から手に入れたか、様様なサブマシンガンの作動具合をチェックしている。
「……これは一人で突っ込むよりも警察衛士に報告した方がよさそうですね」。
 小声でつぶやいた茶髪の少女は音をたてないように一旦この場を離れた。

★★★

「では後半戦行ってみよかー!」とMCレッサーキマイラ。
 ジュディは披露宴の余興として故郷のカントリーミュージックを演奏した。
 吹き鳴らされるハーモニカの滑らかな調べが、ここにいる出席者のほとんどには新鮮でいい風にムードを高めている。
 首に巻いた愛蛇『ラッキーセブン』が揺れてリズムを刻むのは初めて見る人間に驚かれていたが、皆に余興としては楽しまれた。
 叙情豊かに歌声が流れる。
 カントリー音楽はオトギイズム王国では新しい音楽だった。
「イピカイエー!」
 ジュディは喜びの最上級を叫び、演奏はフィニッシュ。
 惜しみない拍手を浴びた。
 次に余興を披露したのはマニフィカだった。
「マニフィカ・ストラサローネ。『テントウ虫のさ……』あれ、何でしたかしら。あ、そうそう『テントウ虫の惨劇』ですわ」
 マイクを持ったマニフィカは一曲、歌を歌おうとするが、MCビリーに危機一髪止められる。
 歌う前からデスメタルな雰囲気がしていた彼女がジャイ〇ンヴォイスである事は、一般市民にはよく知られている。
「誰や! 姫さんにアルコール飲ませたんわ! ……えっ、素面やの?」
 確かにマニフィカは素面だった。
 祝いたいという気持ちが彼女にあったのかもしれないが、リーサルウエポンになりかねない危険物は贈答品にはならない。
 マニフィカは祝辞だけを述べて歌う前に退場。
 次いでリュリュミアはワゴンで黒い土の入った三つの白い植木鉢を運んできた。
「披露宴の美味しい料理をご馳走になったお礼に出し物でもお出ししますぅ。はぁい、みなさん注目してくださいぃ」
 植物系の彼女は鉢を横に並べた。
「取り出しました三つの植木鉢、それぞれに植物の種を蒔いていますぅ。この中でメロンはどれでしょうかぁ、解ったら指さしてくださいねぇ」
 リュリュミアの能力を知らない者達はさわさわ騒めきながら彼女の出し物を見物している。あてずっぽうで鉢の一つを指さしてみる者もいた。
「ちちんぷいぷぅい〜。さぁ芽が出てきましたぁ。まだ解りませんねぇ」
 リュリュミアの能力を知らないゲスト達は口口に驚いた。
 黒い土の中から同時に三つの芽が出てきた。緑の双葉はあっという間に本葉に育つ。
「ツルが伸びてきましたぁ、微妙に葉っぱの形とか違いますねぇ」
 見る見る内に三つの芽は葉のついたツルをのばす。この頃にはゲストは驚きながら楽しんでいる雰囲気になる。
「さぁ花が咲きますよぉ。どれも黄色い花ですけどそろそろ解りませんかぁ。……はい、実が生りました。あ、もうお解りですねぇ。それぞれスイカ、メロン、カボチャになりますぅ」
 あっという間に三種類の実をたわわに生らした緑の植物を前に、リュリュミアは盛大な拍手を浴びた。
「当たった方もいらっしゃいますねぇ。スイカ。メロン。カボチャ。食後のデザートに採れたてのフルーツをどうぞぉ。あ、フルーツカボチャは生で食べられるんですよぉ、お塩でどうぞぉ」
 リュリュミアがワゴンを押しながら退場しようとするとこの領主館の給仕達が代わりに運んでくれた。
 彼女の退場と入れ替わりにエタニティの鷺巣が現れた。
 コホンと空咳をし、カンペを堂堂と広げる。
『らりほう学園出身者が初代支店長という対外的なアピールは出来ましたし、給料据置きでやりたい役職への異動希望をお聞きしますわよ』アルメイス社長にそう言われた後で、遠慮なく支社長を辞退した彼は給料据え置きで技術開発部のサブリーダーに移っていた。『結婚式ではメガ電池の仕事をメインとして少しの間だけ挨拶などをお願いいたしますわ。本命の羅李朋学園との折衝は私が行いますので』高級酒を渡されると共に社長にそう指示され、仕方ないという態度でこの披露宴に臨んでいた。
「えーと、私が語らせていただきますのは『エタニティの今後の活動予定と、メガ電池開発周辺の展望について』であります……」
 鷺巣の姿はいかにもこの様な席は不慣れだ、というオーラを全身から放射していた。
 この祝辞(?)の第一目的は、羅李朋学園の甘粕生徒会長へのメガ電池事業のアピールだ。
 はっきり言って羅李朋学園へのメガ電池の売り込みなのだ。
 メガ電池というある意味オーパーツな品物は、確かにオトギイズム王国と羅李朋学園を明るく照らす未来の照明になる。
 しかし、鷺洲の話しっぷりははっきりいって下手すぎた。これは列席者の生欠伸と共に不評を買うパターンだと、クラインはすぐ見抜いた。先ほどのリュリュミアの出し物が面白かった為にそれが際立ってしまうのだ。
 クラインはさりげなく鷺巣に「速やかに話を巻くように」と手信号を送った。
 縮めろと言われるのは、話を伸ばせよりもありがたい。要点をまとめた鷺巣がさっさと話を打ち切って退場すると拍手が彼を見送った。
 このスピーチにより、甘粕生徒会長がメガ電池にいささか興味を持って食いついた様に見える。彼の聞く姿勢がそれを物語っている。クラインにとってはそれが上上の成果だった。
「はーい! ここで未来ちゃんのエモい占いがいかせてもらうからネー! マジ卍」」
 カジュアルなミニスカドレスの未来が場を継いだ。
 小さなテーブルの上で大きなタロットカードを掻き混ぜ始める。
「未来ちゃんの『それでは占ってみまSHOW』コーナー! ズバリ、新郎新婦の初めての赤ちゃんはいつ産まれるのでしょうか!?」
 十分にシャッフルした七八枚のカードを掌の中で整え、テーブル上に並べ始めた。
「一種のデジタル・コンピューティングによる予測シミュレーションね」似合わないドレスを着たトゥーランドット姫が占いの様子を興味深そうに眺めている。「CPUが未来自身で、インタフェースとインジケータがタロットカード。情報の解像度は未来の解釈能力次第だわ」
「二人の運命は何処にアルカナ♪ ここにアルカナ♪」テーブル上の大アルカナと小アルカナの配置から、未来は情報を得ようとする。「じゃーん! 赤ちゃんの誕生は今から二七三日後と出ましたぁ。十月十日として逆算すると……あれぇ、もう赤ちゃんはシンデレラ姫のお腹の中にいますねぇ。エモいわぁ」
 ハートノエース王子とシンデレラ姫の顔が真っ赤になり、グラスを口にしていたパッカード王がワインを口から噴いた。
 未来の占いが正確ならば、新郎新婦が愛の睦み事をした日を来場者達に盛大にバラしている事になる。
「おめでたですね。おめでとうございます」気づいているのかいないのか、未来はにこやかに場を締めようとした。
 その時、二人の人物が口をはさんだ。
「許可なしに他人の未来を占うのは感心せんのう」
「今までの占いの的中率は何%くらいなのかな」
 それはギリアム・加藤魔術研部長と、トゥーランドット姫だった。
 魔術と科学という一見正反対そうな分野に詳しい人物からの物言いに、未来はちょっとだけ怯んだ。「え、的中率? 一〇〇……八〇%かな……」少なめに見積もる。
「占いというのは危険なものでもあるのじゃ。未来というのは可能性。もし完全に的中させる予言というものがあれば、それは可能性でしかないはずの未来を過去の時点で固定してしまう『運命の操作』にほかならん」
「タロットカード占いは人生という物語を生成する『物語生成エンジン』だと例える事が出来るわ。物語の確度は占者次第。この物語が時間の流れにそっくり沿うのならば、人生が過去のシミュレーションに引きずられてしまう事にもなりかねないわね」
 灰色のローブの魔導師と、科学を極めんとする学問の信徒はそれぞれに意見する。
 未来は怒られているというか、この占いを気にしてのお説教をされているのは解った。
 会場のゲスト達は新婦がすでに妊娠しているという報告を素直に喜んでいいのか戸惑っている様子。万が一、外れていたらどうすればいいのだろう。
「まあ、ええやないか。運命が未来に進むと誰が決めたんや。まだまだ余興は続くで」
「ここでわいらによる最新面白ギャグ百連発でも……」
「それはやめときや!」
 スパコーン!と打ち鳴らされるMCビリーのハリセンに、MCレッサーキマイラが顔から床にスライディング。
「あっつう! あっつう! 眼玉ポーン! 眉毛ボーン!」

★★★

「全員逮捕しましたぁ! ご協力感謝します!」
 領主館近くの空き家でひと騒ぎがあったが、突入した衛士達によって、全てのテロリストをあっという間に逮捕出来た。
 アンナは大騒動が始まる前に全てが片づいた事に安堵した。
 どうやら甘粕という羅李朋学園の生徒会長には殺したいほど憎んでいる敵がいるらしい。それがテロという形で爆発寸前だったのだ。
 しかし、彼らは既に開かれている披露宴に後から乗り込んで状況を引っ掻き回すつもりだったのだろうか。今から領主館に侵入するのはちょっと無理そうに思えるのだが。
 そして、そこまでする義理はないが、アンナはこの館の散らかり具合が気になった。出来るならば綺麗に清掃したいが……いや、今ここで始めたらただの変な人になってしまう。
「士長! 奥の木箱からこんな物を発見しました!」
 アンナは壁際でうずうずしていた時、テロリストの大荷物を漁っていた衛士達が一そろいの制服を持って部屋に入ってきた。
 それは給仕の服だった。アンナはそれを領主館で賓客の到着を見守っている時によく見た物だと気づく。
 彼女の肌がさっと蒼ざめた。
「……まさか、もう手引きをする者が既に会場に侵入しているとしたら……!」

★★★

「甘粕喜朗ーッ!」
 披露宴の余興が終わりかけた頃、突然、会場にいた給仕の幾人かが同時に声を挙げた。
「天誅ーッ!」
 隠し持っていたサブマシンガンが甘粕へと会長に向けられるが、何人かの衛士はとっさに傍にいたVIPを床に押し倒す。襲撃から守る、最優先動作だ。
 連続した射撃音。硝煙とマズルファイアを盛大に吐き出す銃口。
 悲鳴が挙がる。
 一瞬、衛士の手を離れて立っている甘粕会長の周囲の空気に、幾十もの火花が金属音と共に閃いた。全弾が命中したかと思われたがそれは彼の周囲で何かに弾き返されたのだ。
 弾き返された拳銃弾が披露宴会場のあちこちの物品に小さな弾痕を穿つ。
「なんやなんやなんやぁーっ!?」
「なんじゃなんじゃなんじゃーっ!?」
 跳弾で飛んできた弾丸がMCビリーとMCレッサーキマイラの輪郭を縁取る様に壁に穴を空ける。
「ちぃっ!」
 標的にダメージなしと見た給仕の一人が隠していたドスを抜き、腰だめに構えて甘粕へと走った。
「甘粕ーッ!」
「ドント・レット・イット!」
 ジュディは傍に置かれた鉢からスイカをもぎ取るとそれを力一杯投げた。
 固く重い音がして特攻テロリストの横っ面にスイカが命中。派手な音と共に赤く砕け、テロリストが転倒して気絶した。
 他の急襲テロリストも残らず衛士達やマニフィカ、クライン、そして未来の超能力に押さえつけられた。
 硝煙の香が立ち込める混乱の中、衛士達や出席者の活躍によってテロリズムは未遂に終わったのだ。
「我が王よ! お怪我はありませんか!?」
 ドンデラ公が押し倒して上に重なったパッカード王に様態を訊ねる。
 このテロは王族を狙ったものではなく、国王達は無傷だった。
「まさか賊が既に身内に潜入していたとは……」
 マニフィカは嘆息した。彼女はこの派手なイベントの裏に利害対立など思惑もあるはずと思い、水面下で王家の諜報網と連携して不測の事態に備えていたのだ。
 杞憂ですめば幸いだったが、事件は起こってしまった。
「銃撃程度は防げるつもりでいましたが刃物の白兵攻撃はヤバかった……。助かりました」
 甘粕会長がジュディに礼を言う。彼は自分の周りを回っていたピンポン球大の機械が光の盾を展開しているのを、会場の皆にお披露目した。
 銃撃を防いだのは常に会長の周りを周回する小型自動ガード衛星だった。勿論、羅李朋学園製だ。
「いやー……派手すぎるキャンドルサービスやったなぁ」
「……えーと、披露宴はこれで打ち切りっすか!?」
 MCビリーとMCレッサーキマイラは自分達に向けられたスタッフのフリップを読んだ。まあ、宴はもう終わり際だったのだが。
「めでたい席で『打ち切り』言うなっちゅうねん! ……というわけでコングラッチレーション・豪華披露宴! チキチキ・ぽろりはあらへんでレセプション大会はここでお開きや! 今まで応援してくれてありがとな!」
「また何処かの会場でおめにかかりまひょな。では最後に万歳三唱〜……え、万歳なし? ……ばんざ〜い、ナシよ↓」
「だからサゲてまとめるなっちゅーてんねん!」
「ごめんなさい! 兄ぃ!」
「いーよぉ!」
「え、許してくれるんすか」
「いーよぉ! ……そっちがごめんなさいー!て言ってきたら、こっちもすかさずこの角度でいーよぉー!って返しちゃうでしょお。それが摩擦のない素敵な社会でしょ」
「兄ぃ、何か口調が変わっとりますが……」
 MC同士が奇妙なギャグを繰り広げている最中、外からアンナが息せき切ってこの会場に到着した。
 バックバンドがエンディングを演奏している最中に駆けつけた彼女は、テロこそ起こったもののほとんど何の被害もなかった事に心から安堵した。

★★★

 紫暮れて結婚式の夜。
 新郎と新婦は新婚旅行には出かけず、結婚して初めての夜を領主館ですごす事となった。
 既に帰途についたゲスト以外は夕食後に迎賓ホールに集まり、ゆったりとした雰囲気の中で懇親の酒卓を楽しんでいた。
 VIPと冒険者達。
 かぐや姫の周りにはバニースーツの護衛がついている。
 バーボンを飲みながらジュディは、ドンデラ公を甘粕会長に紹介した。『ラ・マンチャの男』のリアルバーションであるこの老公は、小説の知名度から甘粕会長の興味を引けるはずと思えた。
「ほう。この世界にはドン・キホーテが実在しますか。童話、寓話の登場人物が実在する世界だと聴いていますが、いやはやこれは興味深い」
 オールバックに髪を撫でつけた猫背の男は、ドンデラ公になみなみならぬ関心を抱いている様だ。
 アメリカンな合理主義者でもあるジュディと彼は互いの精神に共通点を見つけている。
 甘粕会長とアポイントを取っていたクラインも、パテントについて協議を行いつつメガ電池の共同研究をする事をこの席で改めて依頼した。
 ついでとばかり甘粕会長の人となりや能力をチェックする。
 クラインには彼はやり手に見えた。と同時に披露宴での振る舞いを見るからに何とも食えない男、だとも。その眼に時折、冷たい光が宿る事も。
「以前、私の方でもオトギイズム王国に特許のお話をしましたが、その時には概念が難しいということで不調に終わっていますわ」クラインは以前の経験から彼にアドバイスした。「知的財産のパテントをすぐに王国全体に導入ではなく、まず羅李朋学園都市領にて試験的に導入してみては。我が社も全面的に協力させていただきますわ」
「それは前進的な意見ですね。是非ともお願いしたいものです」
 マニフィカは酒類を慎み、マンゴージュースのコップを唇に傾けながら、歓談に耳を澄ましていた。
 以前、彼女は仲間達とデリカテッセン領に隣接するバッサロ領に攻め込み、黒幕の鏡の精と悪の領主ハイネケン男爵を倒している。結果、アンデッドの巣窟だったバッサロ領は浄化された。
 その旧バッサロ領がもうすぐ学園都市領として再編される。
 おそらくそれはオトギイズム王国と羅李朋学園の双方にメリットや利益をもたらすはずだ。
 旧バッサロ領がスカイホエールの係留地となれば、羅李朋学園から王国に及ぶ影響は、特に経済面で急拡大する。その恩恵は、隣接するデリカテッセン領において最も顕著に現れると予想する。
 甘粕生徒会長と太いパイプを作るのに、この懇親の宴は非常に重要なものとなりえる。マニフィカはその事をフローレンス公とスノーホワイト公とも話し合ってもいた。
 しかし、マニフィカは思う。
 彼女の諜報網によれば披露宴でのテロリストは彼に『非生産者』として羅李朋学園を追放された元生徒達だという。
 その報告に甘粕会長の眉は動かなかった。明確な敵を作っているのは自覚しているのだ。
 さて言い切ってしまえば、この酒宴は重要な国際政治会議でもある。
 首脳会談。
 VIP達によるざっくばらんに思える懇談が進む内に、この会議に取りざたされている幾つかのテーマが浮き彫りになってきた。
『羅李朋学園の定住によって頭首交代となる旧バッサロ領を、民主主義の羅李朋学園生徒会の統治下に本当に置くべきか』
『刑務所に服役中の元羅李朋学園のテロリスト・リーダー『アル・ハサン』を死刑執行するか否か』
『羅李朋学園で超高性能AIを限定的に復活させるかどうか』(自我が発生しない様に重点的な監視下に置くが、亜里音オクは予期せず自我が自動発生した例である)。
『トゥーランドット・トンデモハット姫の羅李朋学園留学・移住案』
 主に羅李朋学園に関する事柄だ。
 国王など支配者が直接語り合うのだ。
 こんな重要な会議に自分達が同席していていいのだろうか、と冒険者達が尻込みしていると。
「どうかこの会談に参加しておくんなまし」豪奢な和式ドレスのソラトキ・トンデモハット王妃が呼び止める様に冒険者達に声をかけた。「忌憚のない広い意見をわっちらも期待しているでありんすに。既に羅李朋学園でのおぬしらの評判は耳に入っているでありんす。……何でも『真・インフルエンサー』と呼ばれていたかと……」
 真・インフルエンサー。
 その行動や思想の影響が民へと広く深く波紋を広げていく性質を持つ者達。
 羅李朋学園でそれを体験した冒険者も多いが、とかく自分が気にかける事、意見する事がその土地での流行、影響として皆に速やかに伝わっていくのだ。
 水面が揺らぐ。風の輪が広がる。
 いわば無差別テレパシーの中心点。
 冒険者達はこの会談で意見する事を許された。
 オトギイズム王国の行く末を語る会談への参加である。

★★★