『ロイヤル・ウエディングは踊る』

第1回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★

 すっくと立ったタンポポがいつのまにか白い綿毛になっていた。
 少女は風に栗色の髪を流す。エスパーJK、姫柳未来(PC0023)はさわやかな景色の中に立っていた。
「ついにハートノエース王子が結婚かぁ。……あんな紳士で素敵な王子と結婚出来るなんて、シンデレラはマジ幸せだよね。……よしっ! じゃあ、ここはハートノエース王子の友達として、一肌脱ぎますか」
 『ハートノエース・トンデモハット』王子と『シンデレラ・アーバーグ』の結婚。
 既に『オトギイズム王国』内に広く知れ渡っているその話にケチをつける輩はいない様だ。
 そんな折、未来は『冒険者ギルド』で特別な依頼を受け取った。
「えっと……この結婚式の招待状を『羅李朋学園』の新生徒会長に届ければいいんだよね。まあ、羅李朋学園が来るっていう『バッサロ』領だったら行った事があるし、来るのはまだ一ヶ月後だっていうから、そんなに大変じゃないでしょ、たぶん」
 高級紙の手紙を手にした未来は、今いるリンドノの町を制服姿で後にする。
 どうせ一ヶ月余裕があるのなら、羅李朋学園を降りた元生徒である知己が今どうしてるのか、ちょっと訪ねながら移動しようかな、という気分になる。
「そう言えば鷺巣はクラインの所に就職したんだっけ」未来はクライン・アルメイス(PC0103)の会社『エタニティ』に就職した元羅李朋学園生徒『鷺巣数雄』について思い出す。町の景色に汚れた上着の鷺洲の顔が思い浮かんだ。「相変わらず乱れた生活なのかな……性的な意味で。あれで普段はどうやって生活してるんだか」
 鷺巣の状況は簡単に掴む事が出来た。
 クライン社長の直下で働く彼は最近、異例の出世をしたという噂の的だった。直接会ってみたいと思ったがクライン社長と行動を共にしているらしく、最近あちこちを飛び歩いている女社長と一緒に現在地点がよく解らなくなっている。
「数雄とは会えないのかな。まあ、焦らなくても次があるか」
 今度は『五月雨いのり』の消息を訪ね歩いた。羅李朋学園では『裏・性と愛の科学研』にいた彼女は未来のマジ友だ。
 すると彼女は王国東方の『アシガラ』地方『遊郭ヨシワラ自治区』に遊女としてお勤めしているという。
 丘の景色に「ちょりーす」とVウインクで笑顔を浮かべている黒ギャルの顔が思い浮かぶ。ヨシワラの遊女の最高位『花魁』にあと一歩まで迫る売れっ子というか風俗アイドルぶりは相変わらずで、特色を生かした実り多い人生を送っている様だ。
「いのりは元気そうで何よりだよ。相変わらずスカート丈はヤバそうだね。私以上に……くっ」想像の親友に対抗心を燃やす未来。「何にしても、いのりが元気そうで本当によかった……」
 彼女に会いにヨシワラまで行ってみようかとも思ったが、生憎そちらはバッサロ領とはまるで違う方角。今はヨシワラに会いに行く機会ではないと素直にあきらめた。まあ、いつかはゆっくり会いに行ける余裕も生まれるだろう。
 青草のなびく丘陵地帯を低空飛行しながら、他の馴染みの元羅李朋学園生徒の顔を思い出す。
 すると街道の景色にまた思い出した顔が浮かぶ。
 白い甲冑で白馬にまたがったキリステ教の自称・新聖騎士が腕を組んで笑っていた。
 『岸堂那偉人』。はっきり言って思い出したくない大騒ぎ男だ。
「えーと、こいつはパスして……」
「何じゃ。あの異教徒の老騎士と一緒にいたJKではないか。元気してたか。わしは元気してたじゃよー! ところでトップ・ブリーダーが放置を絶賛推奨するあの死にぞこないはどうした」
「回想シーンが声かけてくるなーっ! ……って本物!?」
 丘の景色に浮かんだ自分の思案の投影だと思っていた岸堂那偉人は、実際にそこにいた本物だった。
「わしはますます絶賛発売中じゃよー! ところで噂では我が母校、羅李朋学園が帰ってくるとかどうとか。もっと詳しい事をお前は知らないかにゃー」
「知らないよー! 情報は自分で集めてよー!」
「つれないにゃー! もっとフレンドリィになって互いにフレンドリィ・ファイアをしまくろうじゃないかー!」
「わたしは先を急ぐんで。マジ卍」
「食費宿賃はちゃんと持参しているのじゃよー」
 那偉人を振り切ろうと未来はテレポートをしまくるが、キリステ教の白騎士は乗馬の速度で後をついて来ようとする。
 未来と騎士の追いかけっこは街道をまたいで幾つもの町を通り抜け、それから何日も続いたという。

★★★

 泡立つ白波のはるか下、海底。
 三人と流線型の獣の影。
 一人は魚尾を泳がせ、一人は中空の透明球に乗って海中を行く。そして一頭のイルカ。
 更にもう一人。二人の特徴を組み合わせた様に魚尾のある人魚が中空の水晶球、ただしこちらは海水で満たした物の中に入ってついていく。
 まだ周囲が海である内はその海水球の意味はない。だが、人魚姫『エリアーヌ・アクアリューム』は地上へ上がる前にこれに慣れていよう、と地上用のこの『マリンボール』に海中から乗り込んでいる。
 思い起こせば七日前。
 優雅なティータイムの後に冒険者ギルドを訪れていたマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は、王家からの結婚式の招待状を届け、賓客を連れて帰るというクエスト参加を即決即断した。
 もちろん選んだのは竜宮城の乙姫と人魚王国の女王に招待状を届ける依頼。
 母なる海神の眷属として、これは大変に名誉な役目と認識している。
 別世界での立場とはいえ、まごう事なくマニフィカは人魚の王族。
 幾つかの冒険を通じてトンデモハット王家の人人とも浅からぬ縁が生じた。今や王家が主催するサロンに顔を出す事も多い常連客の一人で、秘密裏に相談を受けるのすら珍しくない。
 つまり此度の結婚式に自分が招待される資格は充分なはず。
 長命種の人魚にとっても結婚は人生における重大な通過儀礼。
 思い返せば、過去に不誠実なハートノエース王子に平手打ちしたのもマニフィカだった。それが切っ掛けとなり、王子とシンデレラ嬢は正式な婚約を結んだのだ。
 まさに恋のキューピッド。いずれにせよ、彼と彼女には今度こそ心から祝福の言葉を贈れるだろう。実に喜ばしい限りである。
「マリンボール、きつくありませんかぁ」
 深海圧に耐えうる『しゃぼんだま』に乗るリュリュミア(PC0015)は自分と同速度のアクアリューム王国の人魚姫に声をかけた。
 この海水を満たしたマリンボールはリュリュミアのアイデア。勿論、彼女もクエスト参加組だ。
 いつかと違って地上を歩く足を持たないエリアーヌを地上へ揚げる方法として、リュリュミアは自分のしゃぼんだまとは逆に海水を満たした中空球を思いついた。
 素晴らしいデザインのそれは設計して作るのには六日がかかった。製作費用は王家持ちなのが幸いだ。
「きつくないわぁ。それにしてもこれは楽ちんだわねぇ」
 エリアーヌの声が返ってきた。
 小さくから大きく出来るマリンボールをリュリュミアは後一つ持っている。それは『竜宮城』の『乙姫』用。
 アクアリューム王国で女王とまず面会したマニフィカとリュリュミアは、濡れても大丈夫な特殊な紙とインクによる招待状を献上し、第二王女エリアーヌ姫の随行が願い叶った。
 女王の身代として全権大使を任されたエリアーヌ。真珠や珊瑚で美しく着飾った彼女は王族としての威厳を背負って次なる目的地、竜宮城へ向かう。
 まあ、ギャルっ気が根っこに残っているのは何年かぶりでも相も変わらずというところだ。
 結婚式にはバラサカセル第二王子も列席するだろうから、彼女の一目惚れが再燃しないといいのだが。
 マニフィカのサポート・アニマル、イルカの『フィリポス六世』愛称フィルが彼女達につきそって泳走する。
 海中を疾く走る海獣の影はしばしば速く行きすぎて、先行しては戻り、マニフィカ達の周りをぐるぐると巡る。その繰り返しがこの航海にある。
 皆が目指すのは次なる招待状の渡し先『竜宮城』。
 今だ謎深き『時の結界』の只中にある豪華絢爛たる深海の甍(いらか)は、暗き深海のまだまだ先にあるのだった。
 決闘の決意をふと思い返し、マニフィカはちょっと厳しい顔をするのだった。

★★★

 黄金の陽が射す海上。
 アンナ・ラクシミリア(PC0046)は獄門島への貸し切りの船に乗って、ジュディ・バーガー(PC0032)と共に三人の姫達に招待状を渡しに行った。
 ジュディのモンスターバイクは追加料金を取られるほどの重さだったが、旅の費用は全て王家持ちなので心強い。
 アンナは船縁から視界に大きくなっていく獄門島を見やる。
 桃姫はともかくむらさき姫もかぐや姫もそれなりに強いし移動手段も持っているので護衛が必要かは疑問。だが、ついてくるかもしれないあのラビィが今回もバニースーツ姿なのかというのが、アンナの興味のほぼ一〇〇%を占めていた。でも、何があるかわからないので気を抜かずに真面目に護衛しようとは思っている。
 ジュディとはこの旅の途中でアンナと合流した。
 名馬ロシナンテを自称し、老騎士ドンデラ公&従者サンチョら遍歴の騎士一行として諸国漫遊中のジュディはつい最近までイーユダナ湖で滞留していた。
 すっかり温泉地を気に入ってしまった御老公が湯治の延長を望んだからなのだが、神経痛やリウマチなどとにかく高齢者に持病はつきもの。つまり自分への御褒美として冒険ギルド2Fの酒場で痛飲するのと根底は同じなのでだと気がつき、御老公の希望を叶えるべく、ジュディは湯治延長娯楽旅行の軍資金の出稼ぎに。
 冒険者ギルドの大掲示板を覗いたジュディは、王家からの依頼書に早速とびついた。
 二枚ある内から選んだのは、結婚式への招待状を三人の姫達に届け、グリングラス城まで護衛するというクエスト。
 かつての獄門島から月世界へ渡るという大冒険は、今となっては実に良き思い出だ。
 とりあえず獄門島へは船で渡るとして、月への交通手段はどうすべきだろうと二m越えの巨女は思案する。
 その悩ましい疑問には今こそ座右の銘を実践する機会だと気づく。
 まさに『案ずるより産むが易し』。ぶっちゃけノープランの事なのだが、当たって砕けろの海兵隊ガンホー精神で彼女はクエスト完遂を目指す所存。
 首に巻いた愛蛇『ラッキーセブン』も落ち着いた眼で静かに見守っているではないか。
 船は青波に揉まれて獄門島をめざす。
「案ずるよりイッツ・イージァー・トゥ・ギブ・バース・ザン・ユー・シンク、ネ!」
「あの三人の姫に会うのも久方ぶりでございますね」
 今のジュディとアンナにはアスレチック感覚で真理王の国や雷鬼の国を楽しもうとする余裕があった。

★★★

「いやあ。こんなにマグロまみれになったのは『聖なる樹ユグドラシル戦記』で生きたマグロを喚起出来る魔導師とマグロの土砂降りの中でマグロ・チャンバラをやって以来でんがな」
「いつ、そんな異常事態に陥ったちゅうねん! 適当な事を言っとると怒るでしかし!」
 幸福の神見習い・ビリー・クェンディス(PC0096)は、芸人見習いのレッサー・キマイラに赤いツッコミを入れた。箸に持ったマグロの赤身のツッコミだ。
 パルテノン中央公園。
 マグロ解体ショーとなったこの石舞台でマグロの刺身だのカルパッチョだの兜焼きだのを味わう一人と一頭は……いや、今回は大人数だ。クライン社長と二〇人ほどのエタニティ社員もマグロ尽くしのご相伴に預かっている。紙皿の上に載せたマグロ料理を割りばしと醤油風調味料と粉わさびで祝うマグロパーティだ。
「トロを食えるところを敢えてスジを食うのが通やで」そんなわけないのにスジを推すビリー。「それにしても王子は結婚するし、羅李朋学園は帰ってくるわでおめでたい事ばかりやん。めでたいこっちゃ、ホンマに」
 旅に出ていた羅李朋学園が帰ってくる。
 今やオトギイズム王国では知らぬ者はないんじゃないか、とまで言える噂だ。
 ちなみに羅李朋学園を載せた超弩級硬質飛行船『スカイホエール』の運行スケジュールは、意外な事にも映画喫茶『シネマパラダイス』を運営する元生徒達が知っていた。さすがは『ヲタク』のネットワークとビリーやクラインは感心している。
「早く出かけないでいいのかしら」
「スケジュールはばっちり押さえてある。時間には余裕あるで」
 もうマグロを食べ飽きたクラインに『打ち出の小槌F&D』で更に新鮮なマグロを出してふるまうビリー。
「元バッサロ領を羅李朋学園都市領とするという事は、羅李朋学園の化学力を積極的に活用していくという王国の意思表示と考えてよいのかしら」
 クラインは会社として羅李朋学園を訪れる意思がある。既に国王からは使者の拝命も受けていた。
「そうなんやないかなー。この王国にも産業革命を起こすつもりなんやないか」
 ビリーは頭の中に文明が急発達したパルテノンの風景を思い描く。が、それは想像が行きすぎて映画『ブレードラ△ナー』『ブラック△イン』が混ざったオオサカの夜景になっていた。
「そろそろなにかしらの成果を出したいですわね」
 クラインは『メガ電池』研究に一定の目途をつけるのを目的としている。
 オトギイズム王国のデザインの理とらりほう学園の化学力を上手く活用できればなお良し。
「『メガ電池』は利益を独占するには大きすぎる事業ですし、王国の後ろ盾は喉から手が出るほどほしいですわ」クラインは粉わさびを溶いた醤油風調味料でマグロを食べる。ツン!と来る空気が鼻に抜ける。「元バッサロ領が軌道に乗るまでは、科学との相性も考えてトゥーランドット姫を王国の責任者とするのがいいと思っているのですけれど、その事をこの間の茶会の時に進言したら王は苦い顔をしてましたわね」
「トゥーランドット姫は責任者っちゅーの嫌がりそうやからな」
 二人は白衣を着たグルグル眼鏡チンチクリンのトゥーランドット・トンデモハットを脳裏に思い浮かべた。確かに彼女は科学との相性はいいだろうが、責任というものは片っ端から放り投げそうだ。
 クラインは会社のメガ電池研究部署に資料作成を依頼し、国王に対してメガ電池のプレゼンテーションを行っていた。
 メガ電池のエネルギー事業としての有効性をPRし、事業成功のための補助金の申請を茶会で行っていた。開発が成功した場合の技術提供及び税金の適正な納付を約束する事で、王国に後ろ盾となってもらいたい、と申し出たのだ。その延長でのトゥーランドット推しだったが、どうも先行きが芳しくない。
 どうやら国王は羅李朋学園自治領の領主は学園の新生徒会長に任せるつもりらしい。
 恐らく王国初の民主選挙に選ばれた領主になるだろうが、トゥーランドットとの二頭体制が上手くいくかどうかは今のところ未知数だ。
「自治領が軌道に乗るまではトゥーランドット姫を責任者とするのがいいと思うのですけどね。私もサポートさせてもらいますし」
 皆はマグロ尽くしがすぎて食傷気味になりつつ食事パーティを終えた。焼いた目玉を食べたがった男はエタニティ羅李朋学園支店の支店長となる事が内定している元羅李朋学園生徒・鷺巣数雄だ。
「支店長とかいう役職、私向きじゃないんだよなー。……給料上がるって言うから引き受けたけど」
 ぶつぶつ言ってる中年男は目玉の周りの脂をしゃぶっている。
「じゃ、ちょうどええ塩梅の日が来たら、羅李朋学園が自治領の係留場所に着く前に宝船飛ばして接触を図るで」ビリーは食べたマグロの骨をかたづけながらクラインや社員達に声をかける。アンナさんがいたら、この掃除はやりがいがあると言って喜ぶんじゃないかと思いつつ。
 レッサー・キマイラが長楊枝で牙をシーハーしながらうつ伏せに寝そべっているのを見たビリー。
「……お前らも同行や。羅李朋学園生徒を怖がらせんよう、立派な魔獣芸人としてムダ毛の処理とかしておくんやど」

★★★

 深海で光を放つ、豪華絢爛な竜宮城。
 時の結界の中にある華美な東洋風御殿で乙姫こと沙々重(さざえ)に招待状を手渡したマニフィカとリュリュミア。
「時の結界による時間差が発生しても、数日を地上ですごす程度なら誤差の範囲に収まると思いますわ」マニフィカは助言を添える。
 乙姫がグリングラス領にある婚礼会場に赴く事を快く引き受けた。彼女もエリアーヌと同じマリンボールに乗って地上に上陸する事になる。上陸の動機にはこのマリンボールへの興味があるのかもしれない。
「いつも竜宮城に来る人を歓待しているんだから、たまには歓待される側になるのもいいんじゃないんですかぁ。お付きのタイやヒラメも一緒に行くんですかねぇ」
 リュリュミアは歓待の間でタイやヒラメの舞を見ながらそんな疑問を口にする。
 どうやらタイやヒラメは同行しないようだ。それは残念とリュリュミアは思う。地上の人達が美しい魚の見事な舞を観ればどれだけ感動出来るだろうと、そんな気持ちの素直な残念だ。
 畳敷きで座布団が敷かれた謁見の間。
 ここには海魔女アルケルナ・ボーグスンやタコ人間ギガポルポや河童のヒョースも列座している。
「と、いう事で用事はすみましたね。……実は久しぶりにアルケルナ達に会いたかったんですよぉ」クエストの要件を終え、リュリュミアは彼女達に挨拶をしに行った。「ちゃんとお土産も持ってきましたよぉ。実は最近、漬物に凝っていてぇ」
 リュリュミアはヒョースには生のキュウリと浅漬けを渡した。
 ギガポルポには身体を動かすから疲れが取れるように酸っぱい梅干を。
 アルケルナには頭を使うから梅干しのはちみつ漬けを。
「研究もいいですけど、閉じこもってばかりじゃ足腰が弱っちゃいますよぉ。たまには外に出てみたらどうですかぁ。新しい発見やヒントがあるかも知れないですよぉ」
 早速、腕一杯のキュウリをポリポリ齧っているヒョース。
 アルケルナもギガポルポも梅干し初体験なのであからさまなスッパ顔をしている。ギガポルポは酢ダコだ。
「ギガポルポさんが護衛についてきてくれたら安心なんですけどねぇ」
「……ギガポルポさんにはわたくしからの用もあります」
 マニフィカはまるで覚悟を決めたかの様な静かな落ち着いた声でタコ人間に話しかけた。
 ギガポルポが武人の表情でそれに応えた。

★★★
 竜宮城の前、一辺五〇mほどのなだらかな地形。
 乙姫やアルケルナ、リュリュミア、数多の海生生物達が遠巻きに円を作って、その中心にいる二人を見つめている。
 上半身裸のギガポルポ。『海塩剣』を抜く。
 海中で魚尾のマニフィカ。トライデントを構える。
「すっかり忘れていたタコぜ……」
「ちゃんとした決着はつけますわよ」
 再決闘。
 開始。
 それは一瞬の瞬きだった。
 相手との距離は三十メートルはある。いきなり、タコ人間が凄まじい勢いでその間合いを詰めた。泳ぐ、というより疾走。「本気で行くタコ! この剣を受けた奴は一人もいないタコ!」あたかも連続する飛燕。孔雀の尾羽の様に広がった六本の手が「斬る」という一瞬の挙動の中で剣を何十回と持ち変える。ひるがえり続ける剣の輝く様はまさしく飛雷。「俺様の海塩剣を受けてみるタコ! されば決闘は決着だタコ!」
 タコ人間の猛攻撃に正対したマニフィカはその本質を見抜いている。要は最後にどの手からか振り降ろされた剣を受けとめればいい、大雑把に言って、右から来るか左から来るかの二者択一の攻撃だ。
 ただ、それに物凄い速さで無数のフェイントが入っている。
 右か?
 左か?
 思考の閃く一瞬しか余裕がない。
 交差。
 金属同士が打ち合わさった物凄い音が響いた。
 観衆は眼で追えなかったが、決闘は人魚姫のトライデントがタコ男の剣を受け止めた形で決着した事を知る。
 その体勢から二人は動かない。いや、動けないのだ。
 双方、次の一手が繰り出せない。
「引き分けだタコ」
「いえ。わたくしの負けですわ」絶妙のバランスで武器を重ねていた仲からマニフィカがトライデントを引く。「小細工せずに正攻法で挑んだものの、私の強さにはアイテムやスキルによる底上げがありますもの」
「アイテムやスキルで自分をブーストしていたのがズルだと思っているタコか。だったら俺の腕が六本あるのも生まれつきのチートだタコ。アイテムもスキルもお前の今までの人生の積み重ねだタコ。人生そのものを決闘にぶつけてなお立っている、それがお前の強さの証明だタコ」
「それではわたくしの気が治まりません。いつかまた決闘を」
 マニフィカは更なる自己研鑽を決意し、ギガポルポに背を向けた。
 そして乙姫はマリンボールに乗って、結婚式場への旅に出発する。
 ギガポルポは竜宮城に残った。

★★★

 波が岸壁を打つ、獄門島。
 パステルカラーの『真理王の国』。
 ジュディは桃姫に自分が預かっていた『猿の鉢巻』を返還した。
「返してもらわなくてもよろしかったのですが……」
「バット・アイ・ウィル・リターン・イット、でもジュディは返しマスワ」
 ジュディは獄門島突破の時の謝礼代わりだった三宝の一つを返した。大変に役立つアイテムだったが、涙を飲んで桃姫に返還する。
 三つそろってこそ完璧な『宝』。それをジュディは解っているつもりだ。
 獄門島南半分の真理王の国で桃姫に招待状を渡すと、一行はすぐさま北半分の『雷鬼の国』へ赴く。
 攻略の仕方が解ってる国なのでテーマ・パークの様に楽しもうとジュディとアンナは桃姫と共にやる気満満で挑んだが、残念な事にこの国を治めるむらさき姫はこの魔界の村の難易度を大幅に落としていた。
 おかげでむらさき姫の所まで簡単に着く事が出来た。
「うちがむらさき姫だっちゃ」
 城の奥では虎縞の十二単をまとったむらさき姫が招待状を受け取り、読んですぐさまにOKの返答をする。
「ふむふむ。で、お前らは月のかぐや姫に会いに、うちのUFOを借りたいって言うっちゃね」
「運賃ならオトギイズム王国の王家にネセッサリー・エクスペンセス、必要経費として申請しますカラ」
「あー、運賃の事はいいっちゃ。他人の恋路は美少女の栄養だっちゃ。面白そうだからうちはとことんつきあわせてもらうっちゃよ」
 虎縞UFOはむらさき姫と三人を乗せて獄門島を飛び立った。
 小ワープすればあっという間に月を眼下に望む宇宙空間だ。
「今回は通信が出来るから敵扱いはされないっちゃよ」
 確かにUFOは平和裏に月面の下世界へ降りていける。
 透明のバブルドームを抜け、今回はかぐや姫の城へ直接ではなく、城外の平地に着陸する。
 と、城から出てきた馬ウサギに乗った銀ラメのバニースーツの者達が出てきて、UFOを囲んだ。敵対的ではない。あくまでも歓迎だ。
「……あ、やっぱりその格好なのですね」
 アンナはバニースーツの騎士達の隊長をしているラビィを見て、呟いた。
 あのラビィが騎士隊長になっているとは以前の功績からなる出世だろうか。
 ちなみに騎士は男女が半半ほどの比率で構成されている。男の筋肉質な身体でバニースーツというのはちょっと見ただけでお腹いっぱい。胸やけがする。
「かぐや姫様への客なのだな。UFOを降りてついてきてもらおう」
「UFOは月では飛行出来ないのでしょうか」
「出来るっちゃよ」
 アンナの問いにむらさき姫が答え、UFOに乗ったままで騎士を付き添えに城門をくぐる。
 するとバニー服美少女戦士な方方と共にかぐや姫が城内で出迎えてくれた。そこで皆はUFOを降りる。
「この月世界の城へようこそ! ……って見た事ある人達ね」
「UFOを見た段階で気づいてください。っていうか、通信して了解を得たのではないのですか」
 かぐや姫のボケ(?)にわざわざ突っ込んであげるアンナ。
「ただの小粋なジョークよ。それにしても結婚式の招待状の事で用件があるとか」
 アンナは招待状を彼女に渡した。
 難しい字が読めないらしいかぐや姫は家臣にさりげなく内容を尋ねて、中身を一通り把握したらしい。
「あたしにオトギイズム王国の結婚式に出席しろというのね。いいでしょう! ズバッと参上して差し上げましょうじゃありませんか!」
「……えーと、ユー・ゴー・アウト・ノーマリィ、普通に出向いてもらえるだけでイイのデスガ……」
 さすがのジュディも疲れを見せたこのやり取りの中、アンナはふと覚えた疑問を訊ねる。
「……もしかして、この国の式典用礼服というのは……」
「それは勿論バニースーツよ!」
「あ、やっぱり……」

★★★

「オクさんの好きな花は紫蘭、と。……なんや、シネマパラダイスの連中に訊いたら思いがけず解ってしもたな」
 紫蘭。花言葉は『変わらぬ愛』『楽しい語らい』『希望』。
 ビリーが求めていた元羅李朋学園生徒会長・亜里音オクの好きな花は学園に乗り込むまでもなくあっさり解ってしまった。ありふれた花だったので花束の入手も簡単だった。
 武骨な鉄骨で組まれた太古の巨塔。羅李朋学園自治領へと変わるはずのバッサオ領の大平原になる超弩級飛行専用の巨大係留施設の前にビリーは立っていた。
「個人の友情はさておき、経営者としてハートノエース王子に合法的に賄賂を贈る機会は逃せませんわね」
「やっぱり世界は陰謀で動かされている……」
 エタニティ社員を従えたクライン社長は草が散る強風に髪を乱す。
 地べたにしゃがみこんで要らん感想を言っているのは、羅李朋学園に支店長として送り込まれるはずの鷺巣だ。
 実はこの係留施設の建設にも設計面でエタニティが一枚?んでいた。
「まあ、とにかく、あの岸堂那偉人を振りきれてよかったわ……」
 未来はちょっと疲れた様子で、やがてスカイホエールが現れるはずの北の山脈を見つめていた。誰よりも早く出発したが、あちこちを訊ねながら旅したおかげでビリーやクラインに追いつかれてしまっていた。
 北の山脈にはドワーフの国『ガジランド王国』がある。
 その方角から来るはずの巨大飛行船を大勢の人間が待っていた。王国からの正式使節や行事の為に待っている貴族も大勢いるが、大部分は一般の見物人だ。
 正確な到着時刻を知る者は懐中時計を時折見やり、やがて山脈の方角の空に一点の影が近づいてくるのに気づく。
 その一点はどんどん大きくなり、輪郭が解るほどはっきりするとやがて全長三〇〇〇mの青銀色の鱗持つ巨大飛行船の姿となる。
 大歓声に包まれて、超弩級巨大硬質飛行船スカイホエールはここに凱旋したのだった。

★★★

「いやー、なんか凄い風景でがんすなあ。空飛ぶ巨大な風船の中に入ったら、内側にも空がある。風船の中は巨大な構造物と濃緑の畑で一杯(いっぺえ)だ。人も沢山いて……人に酔っちまう、ウプ」
 羅李朋学園に乗り込んだレッサー・キマイラが吐き気を催すジェスチャーをして、ビリーに『伝説のハリセン』でスパコーン!と頭を叩かれた。
 空飛ぶ『空荷の宝船』で船内に運ばれたビリーにクライン、未来、鷺巣、エタニティ社員達、おまけのレッサー・キマイラは路面電車に乗って、迎賓館に向かっていた。
「ところでこのメガ電池はこのままだと量産出来ないですか……」
「このメガ電池は凄いパワーが出ますが、オトギイズム王国で使われてる電線ではろくにもちませんね。溶けちまいます」
 クラインに学園生徒の電気工事研の一員が回答する。
 メガ電池は大きなパワーを供給出来るが、充電も出来ない使い切りでいまいちコスパが悪い、高価。とさんざんな評価を受けてしまった。
「むしろ、小さな電池を量産する為の礎(いしぞえ)にした方がいいですねえ」
 安全ヘルメットをかぶった中年学生にそう言われたクラインはむう、と唸る。「デザインで何とかならないかしら……」
 おのぼりさんの様な社員達を乗せた路面電車が迎賓館に着いた。
 館内では巨大な応接間の大テーブルの後ろにビシッとした制服に身を包んだ男が待っていた。
「どうも、皆さん。私が現在の生徒会長『甘粕喜朗(アマカス・ヨシロウ)』です。
 オールバックの黒髪を整髪フォームで固めた、二〇歳ほどの生徒会長が微笑んだ。やや猫背だ。
 その周囲を小さな人工衛星みたいなピンポン球サイズの機械が巡っている。
「今回はようこそいらっしゃいました。用件の方は無線通信で王国から承っております。ハートノエース・トンデモハット王子の結婚式に出席、その件ですね。誠心誠意、対応に務めさせていただきます」
 遅れて豪徳寺轟一艦長と魔術研のギリアム加藤部長も到着し、ビリーは手土産として彼らにオトギイズム王国産のウイスキーを贈るのだった。

★★★

「学園は学天即の性能が落ち、コンピュータ支援が実質的制限されている現状から、政治は党派による代議員制が取られています。甘粕は保守派である与党『経済学会』党首です」
「なんや。直接民主主義じゃなくなったんか。普通の国になったみたいやな」
 亜里音オクの最後のコンサートが開催された多目的ホールのステージに、ビリーは紫蘭の花束を献花した。
 ビリーと話をしているのは、ステージに設置されている学天即の視聴システム、その汎用AIである亜里音オクだ。勿論、以前の自我を持つ超AIだったオクとは比べ物にならないほど性能が低い。
「甘粕会長は羅李朋学園の知的財産をパテントとし、オトギイズム王国へ貸し出す事で外貨を稼ぎ、経済面から学園を立て直そうとしています。消費税導入。緊縮財政。働かざる者は食うべからず派。機材は外部に持ち出さず、パテントのみを王国に貸し出す事で、知的優位に立とうとしています」ホールに設置されているマイクがビリーの声を拾い、スピーカーが情報を音声出力する。「また働けない者、問題がある者を実質追放し、王国に移住させようとしています」
「……けったいやなぁ」
 甘粕会長は結婚式への出席をOKしたのだ。
 それ以上の行動は今の皆の本分ではない。
「クラインさんはトゥーランドット姫を推してたけれど、その会長はどうにも食えん奴っぽくてどうなんかなぁ。甘粕生徒会長とトゥーランドット姫の二頭体制は上手くいくんやろうか」
「計算しますか?」
「人の将来が解る計算なんかあるんか」
「不確定要素が多すぎます。複雑すぎます。取り消します」
 オクの声で人形みたいに無機質な応答をされるとムズムズする。
 座敷童子はとりあえず今の会話の内容をここに来た王国の皆に話しておく事にした。
「ここまで会長の情報が解ってええんかなぁ」
「公開情報と世間の評価ですから」
「あ。やっぱりここにいた」
 風が巻いて、ステージに瞬間移動してきた未来が現れた。
「もう夕食懇談会が始まるよ。早く来た方がいいよ」
「遅く行って困る理由があるんかな」
「レッサー・キマイラが漫才百連発を披露して親睦を深めようと張り切ってるけど」
「あいつらぁ、人に相談もせんと……」

★★★

 後日。
 パッカード・トンデモハット国王。
 ソラトキ・トンデモハット王妃。
 バラサカセル・トンデモハット王子。
 トゥーランドット・トンデモハット王子。
 エリアーヌ王女。
 乙姫。
 エリアーヌ・アクアリューム。
 桃姫。
 むらさき姫。
 かぐや姫。
 甘粕喜朗生徒会長。
 豪徳寺轟一艦長
 ギリアム加藤魔術研部長。


 とうとうグリングラス領の荘厳で立派な領主の館に、招待された全ての貴賓が集まった。
 このロイヤル・ウェディングに招待された正装の者達が、領主館の巨大な白いチャペルで大きな鐘の響きを聴いている。
 ハートノエース・トンデモハット王子とシンデレラ・アーバーグ姫。
 敷かれた赤い絨毯の上の新郎新婦が誓いの祭壇に向かって歩き出した。

★★★