『セントウ開始』

第3回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★

 かすかに硫黄が香る湯気の中に、緑濃き火山島。
 湯源郷『イーユダナ湖』の湯中では、全長二〇mもの『女王ザメ』が同じ湯中へと落ちた『盲目の守護者(ブラインド・ガーディアン)』に対して一撃を与えようと牙並ぶあぎとを開いていた。

★★★

 この温泉に立ち塞がる強者『盲目の守護者』の攻略法を探るべく、アンナ・ラクシミリア(PC0046)と共にイーユダナ湖の火山島に上陸したジュディ・バーガー(PC0032)。
 守護者の嗅覚を妨害するというアンナのアイデアにうなずきながら蒸し暑いジャングに分け入り「守護者が女性恐怖症」という可能性の指摘にはなるほど、と感心してしまう。
 火山島における生物相は巨大化という特徴があり、おそらく守護者の巨体も同様の理由かもしれないと考えながら、なんとなくジュディは子供の頃に観た怪獣映画『猿の王』を思い出す。
 この島は、いわば『髑髏島』かもしれない。
 そこまで思いを巡らせたところで、ふと脳裏に疑問が浮かんでくる。
(『盲目の守護者』は、本当に倒すべき相手なのカ……?)
 脳筋ィストのジュディにしては珍しいストレートな戸惑いだった。
 それにしても白い巨人はやはり索敵に嗅覚を用いるらしい。
 誰の仕業か(笑)巨大花の悪臭は極めて有効な戦略だったという事だ。
 火山島では先手必勝でジュディとアンナが連続攻撃を放ち、守護者の視野を封じる眼帯を破損させた。
 視覚を取り戻した守護者の反応は劇的で、ジュディの肉体美を見て鼻血を噴き出したのだ。
 思いがけず判明した意外な弱点に、ジュディの瞳がキラリンと輝いた。
 今、ジュディとアンナは共に巨人と女王ザメがいる火湯の中にいるという状況。
 『レッドクロス』を身にまとったアンナは思う。
(リュリュミア(PC0015)に普通を期待したのが間違いでしたわ。まぁ効果は想像以上だったので結果オーライですが。守護者をおびき出せたのは正解ですけども、目標は守護者じゃなくて女王ザメですわ)
 白雲と青空。
 濡れた『魔竜翼』を羽ばたかせて湖上に静止しながら、マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は湯中の女王ザメを睨む。
 女王は配下の湯ザメを全て失い、しかも手負いの獣となっている。しかし全長二〇mに達する巨体はそれそのものが脅威だ。
 上空にいても女王サメの濃厚な殺意が伝わってくる。
 ひりつくような緊張感が生み出す真剣勝負を、何故か心地良いとすらマニフィカは感じてしまう。
 戦場の雰囲気に酔う反面、冷静な思考を保つべく気を引き締める。まだ明鏡止水の心構えに至るまではほど遠いけれども。
 人魚姫は形式美として懐から厚い『故事ことわざ辞典』を取り出す。
 紐解けば「大敵と見て恐れず、小敵と見て侮らず」という記述が眼に入った。
 強い相手を恐れても怯んでもいけないし、逆に弱そうでも油断してはいけないという意味らしい。
 なるほど、己の未熟を忘れてしまっていたようだ。冒険者としての本分を思い出す。
 これまでを海より深く反省し、再び頁をめくると「初心忘れべからず」の文言。
 さもあらん。最も深き海底に坐す母なる海神よ、お導きに感謝を。
 その時、マニフィカの足の下で女王ザメがゆらりと動いた。
 湯に落ちた盲目の守護者に致命的な一撃をくわえようと、牙列の並ぶ大顎を開いて突進する。
 明らかに巨人が湯に流している大量の鼻血に興奮している。
 二〇mの巨体が湯流を巻き起こしながらの突撃をする寸前に、アンナは割り込んでその巨大な鼻面に戦闘用モップの一撃を食らわせた。
 湯中に大量の泡が放出される。女王ザメの攻撃は巨人に食らいつく寸前で方向転換を余儀なくされた。
「皆さん! 一旦、湯から上がって島へ逃げましょう! 女王ザメは陸へ上がれません!」
 湯面に頭を出したアンナは力強いストロークで島へ向かって湯をかいた。
 マニフィカと姫柳未来(PC0023)は彼女を守るかの様にその頭上でゆっくり飛行する。人魚姫の『ホムンクルス』の分身は消えてしまったが『カルラ』の毒は続効しているはず。
 敵の弱点を突き、どんな些細な勝機をも逃さぬよう努めたい。マニフィカはそう望んでいた。
 そもそも人魚と鮫は不倶戴天の仇敵という間柄なのだ。限りなく共存は難しい。
 無論それは今回の湯ザメでも同様。このイーユダナ湖にとって招かれざる客、侵略者は強制的に退場してもらうべし。
 とにかく今は一意専心あるのみ。まだ色色と不可解な事もあるが、それは退治が終わってから考えよう。
「今、とどめを刺すとこだったのになぁ〜」
 未来は呑気をかましながら島へと再上陸しようという仲間達を援護しながら『魔白翼』を羽ばたかせる。
 ジュディは火山島への再上陸の為にチェーンソー『シャーリーン』を両手で牽引しながら、水泳の足さばきで黒い岸をめざした。
 驚くべき事に盲目の守護者も平泳ぎで島へ向かって泳ぎ始めた。人語を解するのか。
 島へ再上陸しようとする者達の足を齧り取ろうと二〇mの女王ザメは追いかける。
 しかし、泳ぐ者達のスピードの方が速く、皆は危機一髪で黒い岸へと這い上がる。
 巨大な鮫の女王は岸に衝突する前に首を巡らして、湯の沖へと帰っていく事しか出来なかった。トライデントに抉られた傷は爛(ただ)れて、紫色の血を流している。

★★★

「何でございますか!? この不快感はっ!?」
 島へと降下したマニフィカはまず鼻を刺すほどの腐敗臭に悲鳴を挙げた。
 このイーユダナ湖中央の火山島はジャングルに覆われているが、その緑の中に幾つもの赤い巨大花や奇妙な形をした傘状の巨大花が点点と落ちていた。島中の物を集めればとんでもなく大量というのが解るだろう。
 赤い花はラフレシア。巨大な傘から一本にょっきりと棒状の物が突き出た花はショクダイオオコンニャク。どちらも開花時には凄まじい悪臭を放つ。
 密林はその悪臭の漂う空気で、もやっていた。実際にもやがかかっているわけではないが、その空気を吸うと視界が歪むのだ。
「全く臭いわよね。どうにかなんないかなぁ」
 未来も密林の高い枝に腰かけながらぼやいた。やはりこの匂いには辟易している様だ。
「あらあらぁ〜。皆さんもぉこの島に上陸していたんですねぇ」
 皆が集まって濡れた身体を乾布で拭いている所に『しゃぼんだま』から降りたリュリュミアがやってきた。
 この瞬間、誰もがこの島に沢山の臭い花をばらまいたかの真相が解った。
「リュリュミア」アンナはちゃんと花の種類を特定しなかった自分自身に反省しながら彼女に意見する。「確かに香りの強い花を、とお願いしましたがこういう時はユリやキンモクセイでしょう」
「ええぇ。でもこういう花もアリなんじゃないですかぁ」
「アリかナシかの問題ではなく……」
 突然の暴走音。
 皆がそんな意見を交わしている中、突然、白い巨人が筋肉に任せて暴れ出した。
 さっきまで止まらない鼻血で大量出血のせいか丘にもたれかかり大人しくしていたのだが、今は乾布をこよりの様に鼻孔に突っ込み、出血が止まった状態になっている。鼻の穴をふさいだので臭い匂いにダメージを受けなくなっているようだ。
 まるで駄々っ子の如く、ヤシの木を引き抜いて振り回したり大暴れする盲目の守護者。今は鉄の眼帯がなくなり、盲目者でないのが解っていたが封じられていた視覚が復活したので、鼻孔をふさいで嗅覚を失った状態でも的確に周囲の人間を狙って、ヤシの木をスイングする。その凄まじいパワーで振り回される幹が轟く。
 皆は必死に逃げ回らなければならなかった。
「性差によって人を区別する浴場の番人ですか。やっぱり倒さねばならないようですね」
 マニフィカは緑の葉を踏みながらトライデントを構える。
 と、そのマニフィカに太いヤシの木の唸りが猛速で突撃してきた。
(飛んで逃げる! 間に合いますでしょうか!?)
 瞬時の判断を迫られた彼女にヤシの木のしなりが容赦なく迫る。
 そのヤシの幹を真っ二つにしてマニフィカを救ったのはジュディのチェーンソーだった。
「HEY! ユー・イン・ツー・イコール・パーツ、このシャリーンで真っ二つになりたければかかってキナサイ! おいで、坊ヤ! ぱふぱふするならば五〇○○イズムヨ!」
 チェーンソーのエンジンの駆動に合わせ、ジュディの迷彩ビキニに包まれた豊満なメロンが震える。震動に弾力で増幅されてわがまま勝手なバウンドとなる。
 盲目の守護者の赤い眼は野性的にバウンドするアメリカンガールの胸の谷間に釘づけになっている。
「あの結局、盲目じゃなかった巨人、私のスカートの中見てるよね」白翼を羽ばたかせながら未来はジャングルの絡み合った枝や葉の間を縫って飛ぶ。「あっち向いて見ないふりしてるけど、あれ絶対にチラチラ見てるよね!」ミニスカ制服で暴れる白い巨人の上を飛ぶ。「女王ザメ退治の邪魔をしないんだったら、別にいいんだけど……」
「話を聞いて下さい! 鮫に対して共闘しましょう!」
 アンナは巨人の戦闘範囲に敢えて入り込みながら、根気よく話を通わせようとする。この地上はローラーブレードでは走りにくい。
 地上では仲間の皆が逃げ惑う中、白い太腿がスカートを割って、その中の白いショーツを覗けるように飛ぶ未来。戦闘中なら別に誰かに見られても構わないという思いがある様だ。とにもかくにも巨人の暴走を止めようとする。
 ジュディはチェーンソーのバズ音をあげながら、巨人が次次へと引っこ抜くシダ植物のカウンターアタックにあたる。その途中でまるで白い巨人を挑発する様に投げキッスを送ったり、双丘を二の腕で挟んで強調するポーズを見せつけるのだが、その煽情的な仕草の度、巨人の赤い眼がそこへ引きつけられるのがよく解る。巨人が攻撃する時、お色気見せつけポーズをとる度に動作がおろそかになるのだ。
 白い巨人の実力ははジュディと未来の色香に惑わされ、出血多量による体力低下で本調子ではないらしい。本当なあらばクマ数頭と同時に戦って勝てる力はあるだろう。
「いい加減にしてよね」
 『立派な槍』を携えた未来は翼と脚をすっかり開いたX字になって、巨人の眼前に空中静止してうんざりした顔を見せる。巨人からの視界ではミニスカから白いパンツが見えるか見えないかというギリギリの間合いだ。
 「OOPS!」
 ジュディのチェーンソーが宙を仰いで、その瞬間にビキニの肩紐が外れた。
 二つの迫力のある白い果実が弾力感の音と共に外気に剥き出しになる。
 その瞬間、盲目の守護者の鼻に詰められていた乾布がまるでシャンパンを開けた様に弾けとんだ。その乾布を追って、赤い鼻血が勢いよく流出する。まるでロケット花火だ。
「あ……お、おんな……」
 その血の奔流は今までにない勢いだった。
 剥き出しになったジュディの胸を見ながら、巨人は赤い奔流の勢いのままに仰向けにひっくり返った。七mの巨体がふかふかの腐葉土にほとんど音もなく倒れ込む。
 盲目の守護者は今度こそ出血過多で気絶してしまったようだ。
 ジュディは裸の胸を隠そうともせず、他の仲間達と一緒に倒れた巨人を覗き込む。尤もアメリカンガールの胸の頂点のチェリーは、あらかじめ貼られていたハート型のニップレスに固く封印されていたのだが。
「スケベってゆうよりは永遠の思春期とでも呼ぶべきもんじゃないかな、この巨人は」
 地に降りた未来が鼻を押さえながら巨人のすっかり血の気の失せている(といっても元から病的に白いのだが)顔を覗き込みむ。
 エスパーJKは、巨人からミニスカの中身が見えるか見えないかギリギリの位置。
 気絶した巨人に反応はない。
「あ、これは完全に意識を失ってるわ。マジ卍」

★★★

 温泉座敷童子と化したビリー・クェンデス(PC0096)はイーユダナ湖の熱い波打ち際に立ち、一曲、浪曲でも唸りたい気分になっている。
 ……旅ぃゆけぇば♪
 スルーガ・ロードにぃ茶の香り〜♪
 ならぬカンニング、するが閑人。
 思い起こせばビリーは相棒の『レッサーキマイラ』を道連れに、ご機嫌な温泉旅行を楽しむはずだった。
 ……だった。そう、いわゆる過去形。
 走馬灯の様に頭で記憶がくるくる巡る。
 この温泉湖に着いて「男女に区別出来ない人物は入浴禁止」という不文律に抵触したビリーは、門前払いをくらって失意のまま湖畔を彷徨い、とある個性的な老人と出会った。
 その老人『フレックス』から事情を聞き出そうと試みたが、オウム返しで煙に巻かれてしまう。
 とりあえず成り行きから温泉でレジスタンス運動を繰り広げる組織へ仮入部する事に。
 老人のエキセントリックな言動は、法螺話や妄想の類に聞こえてしまうけれど、果たして本当にそうなのだろうか。
 思わぬ真実が隠されているかもしれない、とビリーの直感は告げていた。
「さあ、全国の女子高生の皆さ〜ん♪ では今週の山場っ!」(声:八奈〇乗児)
 飛空艇でフレックスらレジスタンス有志を火山島に運ぶ。
 とにかく話はそれからだ。
 フレックスの発言を精査し、要点の抽出を試みたが、嘘か真かは別にして、フレックスは一〇〇歳を越えており、一〇〇年前のイーユダナ湖の様子にも言及している。
 もしかしたら彼は冒険者仲間のマニフィカみたいな長寿種という可能性もある。
 もともと火山島にいたらしく、帰還しないと生命が危険だとも言っている。外見は老人だが、火山島に戻れば不死鳥の如く蘇るらしい。
 ……とても正気には思えない内容。しかも仮定だらけの話とはいえるが、もしこれらの事が仮に本当だとしたら。
 ビリーはここまで一気に考えたが、既に肝が座っていた。
 ともかく鍵はあの火山島にあるはず。
 ビリーは自分の飛空船『空荷の宝船』にレッサーキマイラとフレックスとレジスタンス・リーダー『アシュラン・ボンゴ』と革命同志十数人を乗せた満杯ぎゅうぎゅうの体で、火山島へと出発する事にした。
 レジスタンスを率いるアシュランという雌雄同体人間は湯ザメをイーユダナ湖に引き入れた張本人らしいが、その後先をよく考えない突進力は、あえて肯定的に評価すれば革命家としての才能かもしれない。
 逆に否定的に勘ぐれば、混沌を希求する宗教組織『ウィズ』信者との類似性が気になるところだ。
「兄ぃ! 船が満杯すぎて一人か二人、こぼれ落ちそーでげす!」
「お前が一番、スペースをとってんのや! 船の腹に逆さにしがみついてみせるくらいの根性見せんかい!」
 ビリーはレッサーキマイラを叱咤する。
 青空を切る様に宝船は火山島へと高速で飛んだ。

★★★

「この混戦はチャンスですわね。情報が足りませんが、私が先回りして火山島の秘密を解き明かしてみせますわ」
 太陽に誓った『エタニティ』社長のクライン・アルメイス(PC0103)は、会社用にャーターしてあった漁船を一艘呼び寄せた。
「すでに戦闘は始まっていますわ、このチャンスを逃さずレジスタンス全軍で盲目の守護者を叩くべきですわ」
 そう宣言したクラインは知り合ったレジスタンスのメンバーを全て乗せるつもりだったが、リーダーのアシュランやフレックスなどビリーの狭い飛空船でも構わないと言った連中は一足先に火山島へ向かってしまった。
 さすがにクラインでも漁船のスピードでは空を飛ぶ船に敵わない。島へ先回りするつもりだった彼女は、残念ながら福の神見習いの後塵を拝するところとなった。
「帆船なのがまた速度が上がらない理由ですわ。どうやらスクリュー製造技術を羅李朋学園から購入した方がよさそうですわね」艶のある唇で溜息をつく。「過去の活動の話によると、手段はさておきレジスタンスは本当にジェンダー運動をしているだけなのかしら」
 幸いクラインには島に着くまでの間、たっぷり情報収集が出来るレジスタンスが沢山いた。リーダーの眼がない今だからこその情報が手に入るかもしれない。
「ジェンダー活動? ああ、そりゃもう数えきれないほどしてるよ」セーラー服と学生服を混ぜた様な衣装を着ている男(?)が疑問に答えてくれた。「まあ、施設に落書きとか、女子トイレと男子トイレの敷居の壁の破壊とかをだね。あとは街頭のアジ活動とか抗議ビラの貼りまくりとかかな。やっぱり温泉ザメをでっかい生肉で誘導して、この温泉湖へ放ったのが最大のイベントだったね」
 その発言は他のレジスタンス達が声援を挙げて支持していた。どうやら誇りに思っているらしい。
 漁船内は声の響きでいっぱいになる。
 それにしてもジェンダー差別に異議を唱える者がこんなにいるとは。
 もし、このレジスタンスに同情の余地があるなら自分の会社で救済の対応してもいいと考えていたクラインは、市井の嘆きにも似たこれら大勢の声を聞き、うーんと唸った。
 レジスタンスの彼ら彼女らの意見を聞く限りでは、アシュランが混沌の破滅的指向を信仰する『ウィズ』と関係している事実はないようだ。ある意味、最も混沌としている人間なのだが。
「二人共、大人しくしているみたいですしね」
 クラインの持っている電波受信機は発信機を取りつけたアシュランとフレックスが火山島に上陸したきり、位置を大きく変えていない事を示している。
 火山島の秘密とは太古のデザイナーの遺産と推測、盲目の守護者のコントロール権もしくは召喚関係の戦力ではないか、とも考えているクライン。先回りして火山島に上陸し『サイ・サーチ』で召喚契約や祭壇などの手がかりを探して先に抑えられるように行動するつもりだったが、それが叶わなかったのは現状の通りだ。
(レジスタンスの第三ステージ及び最終目的は火山島の占拠と推測しますわ。レジスタンスを戦闘方面に引きつけて時間を稼いでおくのが肝要ですわね)
 クラインは装備として腰につけている『電撃の鞭』を触って、その感触でリアルを確かめた。。
 彼女がこの状況で危惧している事はまだある。
 フレックスが一〇〇年以上生きている事、会話が成立しない知能の低さ及び溶岩を気にしている事から彼は召喚獣『フェニックス』ではないかと推測しているのだ。
(いや、盲目の守護者を召喚したのはフレックスもしくはその先祖の可能性もありますわ。フレックスが召喚獣でその契約もしくはエネルギーが切れかかっている為に火山島に、というのは考えすぎかしらね)
 あのとぼけた老人に出し抜かれないように発信機は注意しておかなくては。
 溶岩にとびこまれてフレックスがフェニックスとして復活するのは避けたい。フレックスが単独行動をとるようなら電撃の鞭で縛り上げてでも止めなくては。
 盲目の守護者が太古に召喚されたとの事だが、可能であれば情報収集でどのくらい前なのかも調査しなくては。もしかして盲目の守護者の行動は召喚された時の契約に縛られているだけではないか。
 考える事、調べる事が沢山あるクラインは少し船縁にもたれて涼みたかったが、この何処もかしこも温かいこのイーユダナ湖でそれを叶えてくれるのは船の前進に伴う微風くらいの物だった。
 その時、甲板に集まっているレジスタンスの一人から挙がった声が耳に入った。
「…………ってよぉ、俺の爺ちゃんが若い頃にはこの湖も男女の区別もなく混浴でよ、客は勝手に裸で温泉に入ってたんだよ。で、男女でもっとえろえろエロい事をしまくる裸の社交場だったんだって。でさ、そーゆー風潮を嫌う一派が町長選で裏工作して一人のデザイナーを町長にしてさ、で勝手に温泉を男湯と女湯に分けて、異世界から召喚したあの巨人を性別の番人にしたんだよぉ」
「ちょっと、あなた」クラインは喋っていた鉢巻き姿の若者の肩を掴んで振り向かせる。その若者はハーフスライム状で男女の区別と肩の位置ははっきりしない。「その話は何処から聞いたの」
「え、爺ちゃんだよ。もう数年前に死んじまったけれど」
「この湖が混浴だったっていうのは何年くらい前なの」
「え、だから俺の爺ちゃんが若い頃だから……六〇年以上前?」若者は自信なさげに答える。
「混浴じゃなくなったのは何年くらい前なの」
「え……と六〇年くらい前?」若者の眼が泳ぐ。
「その町長って誰なの」
「俺も詳しくは知らないよ。名前は解らないけれど、今から二〇年くらい前には病気で死んじゃったって……普通の人間の男だったって」
 という事はこの温泉町は何十年も前の縛りにいまだ囚われているというのか。
 あのフレックスとかいう老人が口走った事はこれを示しているらしい。
「という事は盲目の守護者はその死んだ元町長がこの火山島に置いたのね」
 クラインは思いがけず手に入った情報を吟味する。
 漁船は確実に火山島に近づいていた。
 もうすぐレジスタンスの全員を上陸させる事が出来るだろう。

★★★

 リュリュミアはまた一つ拾ったラフレシアを抱えた腕の中で『腐食循環』し、見る見るうちに枯らして土に戻した。
「びっくりしたな、もう。まさか、あんさん達が火山島まで来ているなんて。今度は鮫退治でっか。ボクはこの爺さんの為にちょっとひと肌脱いでるんや。脱皮」
 島へ到着したビリーは久しぶりの再会となる先行者達に驚いた。
 既にビリー達の空荷の宝船は火山島上陸に成功し、レジスタンスの先発メンバーはふらふらしているフレックスと一緒に降りている。
 リュリュミアのおかげで(張本人も彼女だが)火山島を覆う臭気は劇的に薄らいでいた。ラフレシアもショクダイオオコンニャクもリュリュミアの眼につく限り、片っ端から枯らされている。
「だからぁ、あなたを釣り師にしてぇ、女王の鮫を釣り上げればいいんですよぉ。水の中だとちょっと手が出せないですけどぉ、でも、巨人の人だったら船を投げ飛ばせるくらいだから女王ザメも引っ張り揚げられるんじゃないですかぁ。そうですねぇ、スギの樹を成長させて枝葉を落として、糸の代わりにツタを付けたら大きな釣竿の完成ですぅ」
「それは面白い案ね、リュリュミア。盲目の守護者よ、私達もあなたとの共闘を望みます」アンナはリュリュミアの「巨人に女王ザメを釣り上げさせる、という計画に賛同していた。何よりも盲目の守護者という強力な怪物を仲間に出来るならば心強い。「私も別に混浴とか望んでいる訳ではなくて、ただどちらにも入れず困っている人達に配慮してほしいだけなので」
 リュリュミアは広場と呼べる開けた地で、ホウレンソウやプルーンなど鉄分が多い食用植物を高速栽培して巨人に食べさせたいた。流しつくした血の代わりだ。
 そのすりつぶしたペーストを大量に摂食した巨人はある程度、元気を取り戻していた。
 巨人は冒険者達と会話が出来る事も明らかになっていた。といっても知性の発育具合は小さな子供の様だが。
 その巨人が活力を取り戻すと最初にした事。それは温泉に上陸したレジスタンス数人を、それぞれの性別の湯へ無造作に放りこむ事だった。
「ひえ〜!」
「あれ〜!」
 ただのジェンダーフリー主義者の男女は大きな放物線を描いて、それぞれの性別の湯の方へと放り投げられる。
「ちょっと待ちなさい! その作業をよしなさい!」
 マニフィカは止めるが、巨人はその仕事しかしない機械人形の様に次次とレジスタンスを湯に放り込む。
「…………!」
 だが、巨人はビリーを放り投げようとして、その作業的な動きがピタッと止まった。
 動作がフリーズしてしまった。
「なんやなんや」
 巨大な手に一旦掴まれながらも太い指がほどけたのでビリーは脱出する。
 盲目の守護者は冷や汗を沢山かきだした。
「おとこ……おんな……」周囲の人間を見回した。「おとこでもおんなでもないのがたくさんいる……どうすれば……おしえて……ごしゅじんさま……」
「ヘイ・ユー!」
 ジュディは盲目の守護者を呼び止めると、自分の迷彩ビキニをめくってニップレスを貼った弾乳を見せつけた。
 するとそれを目撃した巨人が鼻血を噴き、プシュ〜と全身から力が抜ける。
「あまりその方法で強制終了させるのはよくないんじゃないかな〜」
 未来はまだ残っていたほうれん草とプルーンのぺーストを、しゃがみこんで気絶した巨人の口にスコップで運ぶ。
 まるで離乳食の様なそれをねぶりながら巨人の眼に光が戻った。
「おとこでもおんなでもないのがたくさんいる……どうすれば……」
「一旦、そのルーチンから離れましょう」アンナは巨人をなだめるかの様にしゃがんだ肩をポンポンと叩いた。「それよりもわたくし達と一緒に戦って、あの女王ザメを倒しましょう。後はそれから皆で考えましょう」
 そんな事を皆がやっている最中、フレックス老人はふらふらと踊っていた。
「いぇい。しぇきなべいべ。天然物の私は火山島に戻ってきたのじゃよー。天然物じゃない異世界召喚された危険外来生物の白い巨人君は残念じゃのー。寿命が尽きるのに間に合ったし、あとは火口にレッツ! ダイブ!するだけじゃのー」
 老人の下手な踊りは湖の方を見ていたレッサーキマイラにぶつかって転んだ。
「……どうやらクラインさんも間に合ったみてーやの」
 そう言うレッサーキマイラの視線の先に、一艘の大きな帆船がこの火山島に着岸した光景があった。
 直接着岸出来る岸があってよかった。
 桟橋を下ろし、残りのレジスタンスの連中が降りてくる。
 彼と彼女らは見知らぬ冒険者達がここにいるのに驚き、ついで盲目の守護神が彼女達と一緒にいるのに驚いた。
「盲目の守護者も、フレックスも、アシュランもこの火山島に勢ぞろいしたわけですか」
 桟橋を降りて、クラインはこの火山島の土を初めて踏んだ。

★★★

「だから女王ザメ釣りの餌が何でわたくしなんでございますか!」
「えー、だってぇ、さっきはリュリュミアが手伝ったんだからぁ、次はアンナの番ですよぉ」
 リュリュミアは大きな杉を一本、急生長させていた。
 それを切り倒して枝葉を全て落とすのにはジュディのチェーンソーが役立った。
 その杉に丈夫なツタを取りつけ、先にアンナを縛ってぶら下げれば盲目の守護者サイズの巨大な釣り竿の完成となる。
「だから何でわたくしなんです! ……キャーッ!」
 周囲でレジスタンスの者達が騒がしく見守る中、盲目の守護者が教えられた通りに竿を振って、騒ぐアンナを沖へと放る。
 湯中へ落ちたアンナはヤシの実の浮力で湯面へと上がってきた。そこで波を立てながら脱出を試みる。しかしなかなかツタがほどけない。
 遠くの湯面が割れて巨大な背びれが浮かび上がった。
 その速度はのろい。やはり女王ザメの身体は毒で弱っているのか。
 だからこそ、危険な温泉の女王は元気なアンナを狙っているのだ。活きのいい彼女を丸呑みにし、健康体へと返り咲く精力をつける為に。
 女王ザメがアンナへと突進。
「ちょ、ちょっと待ってください! 冗談にならないですわ!」
 戦闘状態ならば一人でもなんとかなったかもしれないが、束縛がほどけない。
 女王ザメの突進はアンナへの直接的危機だ。
 しかし高空からまるで獲物を狙うカワセミの如く、その危険な巨大鮫をロックオンしている逆光の影がある。
 魔法の翼を羽ばたかせている未来とマニフィカだ。
 未来はこれまでこれまでは急降下攻撃でのヒット・アンド・アウェイを繰り返していたが、今回は確実に女王ザメを仕留める為、より高い高度に陣取っていた。
「行くっ!」
 その高さからの急降下敢行。
 落下しながら身体を回転させ、未来は全ての勢いを乗せたドリルになる。
 充分に利かせた『ファルコン・チャージ』でこの突撃は攻撃力三倍の『ブリンク・ファルコン』に相当する。
「チャージを利かせた分、女王ザメには逃げる余裕はあったかもしれない……しかしその余裕を奪ったのがわたくしの『猛毒』ですわ。スローすぎるくらいです」
 呟いたマニフィカの見守る直下で、未来の立派な槍による突撃刺突が女王ザメの脳天に直撃した。
 螺旋のひねりを利かせた槍の直撃は深く頭蓋骨を抉り、湯に大きな渦を作る。
 一瞬、二〇mもの巨体が湯中から空へと跳ねあがった。
「沈んでいなさい!」
 それを再び湯中へと弾き返したのが背びれを打ったマニフィカのトライデントだった。
 女王ザメの巨身が大波を立てて湯に沈む。その脳天にはいまだに未来の槍が突き刺さっている。
「さよなら。鮫さん」
 未来の槍が離れた時、女王ザメの身体は全ての力を失っていた。
 女子高生の白い翼は舞う。
 浮き袋のない巨大な鮫が沈んでいく。それは既に死体となっていた女王の最後だった。
 マニフィカはその女王を追って、湯の中へ飛び込む。
 下半身が魚尾となり沈む身体を追う。
 と、しばしして人魚姫は湯面を割って、空中へと飛び出した。
 その手には一本の白く長い巨大な牙が握られていた。
 女王ザメの牙。それがマニフィカのトロフィーだ。
 未来はアンナの縛をほどいて、彼女が泳ぐのを助けた。

★★★
「鮫は沈んだ。巨人は味方になった。これでは俺達レジスタンスはどうしたらいいのか」
 予想外の事態にアシュランはリーダーとして悩んでいる様だった。
 自分が引き込んだ湯ザメは全滅し、盲目の巨人は呆然とここにしゃがみこんでいる。彼の想定外の展開だ。
「おとこ……おんな……そのどちらでもないやつ……」
「だから、そう悩む事はないでしょう」
 盲目の巨人をなだめているアンナは、さっきまでさんざんリュリュミアに怒ってきた後だった。
「あらぁ。レジスタンスの人達ってほとんどが杉花粉アレルギーなのねぇ」
 尤も当のリュリュミアにはアンナの怒りはあまりこたえてないようだ。
 レジスタンスのメンバーは皆、まだいくらかこの広場に残っている杉の花粉に当てられて、涙や鼻水でげしょげしょやっていた。リュリュミアの育てた杉はあまりにも活きがよすぎたらしい。
「……おれ……ねどこいく……」
 考えるのに疲れた巨人が歩き出す。
「巨人の寝床って何処や」
 疑問符を浮かべるビリーと共に皆、盲目の守護者の後をついてジャングルを歩き始めた。
 多分に好奇心からの行軍だ。
 途中で見つけた臭い巨大花をリュリュミアは腐食循環で土に戻しながら進む。
 広場から離れる事でレジスタンスは杉花粉の呪縛から離れられたらしい。体調が復活する。
 と、永い時間をかけて皆は火山島のふもとまでやってきた。
「ねどこ……ここ」
 巨人の寝床。それは山の裾野のごつごつとした岩に生じた縦の割れ目だった。皆を連れてくる事には抵抗などなかったらしい。
 そこから始まる洞窟はすぐに行き止まりにつきあたった。
「おれ……ねる」
 巨人はゴソゴソと自分の身体に丁度よさそうな岩のくぼみに身を納める。
 だが。
「なんや、コレ……」
 ビリーは盲目の守護者に不似合いな物を見つけた。
 この割れ目にある巨人の寝床。
 その反対側の一角に、蓋の開いた小さな木の宝箱が無造作に置いてあった。
 その中には金貨や宝飾品などきらびやかな品が詰め込まれていたのだ。
「トレジャー・ボックス? バット・ディス・イズ……」
 ジュディ達、冒険者の見立てでは、その中身は今までの冒険行で見つけてきた宝に比べれば大した物ではない。
 しかし一般人のレベルでは立派なひと財産だった。大金と言っていい。
 何故、こんな物が、と戸惑う皆に巨人が声をかけた。
「それ、ごしゅじんさまのもの。ここにおいとけ、まもれ……いわれた。また、ごしゅじんさまが、やってくるときまで……」
「おいとけ、ってなんやねん」
 ビリーが不思議そうにその金貨の感触を確かめた時、レッサーキマイラの山羊頭が「あれ?」と声を挙げた。
「あの老人、フレックスやっけ? 何処行ったんや」
 皆はその言葉で初めてあのみょうちくりんな爺さんの姿がここにないのに気づいた。
 クラインは急いで洞窟から出て受信機を見た。そして火山を見上げた。
「しまった。虚を突かれましたわ! ……火山を登っている。まさか単独で火口をめざしてるの?」
「何か、あのお爺さん、まずいの?」
「召喚獣フェニックスの可能性がありますわ」
 未来の問いにクラインははっきりと答えた。
「召喚獣フェニックス? 不死鳥のフェニックスなら知ってるが……」
 アシュランには召喚獣フェニックスという概念が解らないようだ。
「火山島に戻れば不死鳥の如く蘇る、とか言うてたし、可能性はあるで」ビリーは慌てた。そして空荷の宝船を荷物の中からセットアップする。「追うんなら乗せたるで」
 あの老人が火口に着いた時に何が起こるか。断言出来る者はいなかった。
「案外、何も起こらなかったりして」
 茶化す様に言うレッサーキマイラにビリーは拳固を見舞ったが、そんな可能性さえ否定出来ないほど状況は混沌としていた。

★★★