『チェーンソーに心奪われし者達』

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★
 雨が降り去って雲がかすれ、夏の晴天がやってきた。
 『オトギイズム王国』に、異世界から来た学園都市国家『羅李朋学園』が伝えた知識や技術、そして文化的な影響は極めて大きいと言われている。
 新天地を求めて超弩級飛行船『スカイホエール』から下船した生徒達の大半は冒険者となったが、ごく普通の一般人として現地社会に溶け込もうとする例外者も少なからず存在した。
 弱小サークル『名作映画同好会』に属していたその生徒達は、とある街角で映画喫茶『シネマパラダイス』を開店した。
 この世界では、そもそも映像エンターテインメントが普及しておらず、店内で映画鑑賞出来るという物珍しさが評判を呼ぶ。
 薄暗い店内で旧式なゼンマイ式映写機で地球製の映画をスクリーンに投影する。
 惜しむらくは店内の広さからスクリーンがそんなに大きくないのと、音響設備が物足りない事か。
 それでも週替わりで地球の名画の数数が上映される。
 しっとりとしたモノクロのサイレント・コメディー。
 金をかけた豪華なセットが一気に火事で燃え落ちる大作映画。
 名優ばかりで誰が最後まで生き残るか、予想がつかない災害パニック物。
 実在の格闘技の如く華麗に銃を白兵武器として操るSFガンアクション。
 客席にカメラを向けたまま、映画の中で映画を撮るという風変わりな不条理劇。
 所構わず海だろうが宇宙だろうが鮫が暴れまくる鮫鮫鮫の鮫映画。
 荒野と酒場と無法者の西部劇。
 無論ジュディ・バーガー(PC0032)も映画喫茶の常連客だ。
 つい先日も、地球の極東南部の半島地域で発生した戦争を題材とする海兵隊の鬼教官が登場する『完全被〇弾』と、片田舎で人皮マスクを被った大男が襲撃と殺害を繰り広げるホラー『デビルズ・サクリファイス』という豪華二本立てリバイバル上映を鑑賞した。
 映画の内容に感化されたジュディは、すっかりチェーンソーの魅力に目覚め、勢い余って早速、武器屋で大型のそれを購入してしまった。羅李朋崖園では武器として扱われてはいなかったが、アルコール・エンジンのそれを彼女は『シャーリーン』と名づけたのだった。
 友人のジュディから薦められ、マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)も映画喫茶『シネマパラダイス』を訪れてみた。
 そんな彼女が鑑賞したのは偶然にも『人魚姫』というアニメーション映画だった。
 人魚姫。
 内容は異種族との恋愛をテーマとする悲恋劇。
 思わず感情移入し、ハンカチを涙で濡らす事となった。
 観終わって、店内が明るくなると、今の感動をしっかり胸に刻みつけながら、気分転換しようとテーブル上の『故事ことわざ辞典』を紐解けば「正義はつねに目標でなければならず、必ずしも出発点である必要はない」という記述が。確かに正論かもしれないけれど、素直に頷けない気分を覚え、再び頁をめくると今度は「陰徳あれば必ず陽報あり」の一文。
 こうした啓示は何を意味するのだろう。
 いずれにせよ、マニフィカは『最も深き海底に坐す母なる海神』の導きに従うのみだと心に決めている。
 皆にとって厄介な未来が近づいてきていた。

★★★
 ここは市民の憩いの場『パルテノン中央公園』。
 福の神見習いビリー・クェンデス(PC0096)は広大な敷地の片隅に陣取って十八番『打ち出の小槌F&D専用』を使い、三流芸人『レッサーキマイラ』と野外フードフェスを楽しんでいる。
 ノーマルなBBQも悪くないが、どうせならドーンと豪勢にと、打ち出の小槌からその何十倍も質量がある特選ブランド和牛を放出した。ちょっと贅沢すぎてバチが当たりそうだ。
「肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉!」
 でっかいフォークとナイフを使って肉を剥ぎ取るレッサーキマイラと、サーロインをモグモグ食べるビリー。
「牛肉はカビが生えるほど熟成させたカビ牛が一番美味だそうですぜ、師匠」
 何処から仕入れてきたのかそんな会話をしながら食を進めるが、さすがに牛丸ごと一頭バーベキューはやりすぎたかもしれない。
 焼肉の匂いに誘われてきた来園者達がいきなり口から尻まで太い串が刺さった牛一頭が焼かれているのを見て、ドン引きで逃げていく。泣いて逃げる子供もいたし。
「やりすぎやったかなー」
 熱い肩ロースを食べながら、やがてビリーはレッサーキマイラに会いに来た本当の理由を話す。
「なあ、この依頼、どう思うん」
 ビリーは『エイプマン』が冒険者ギルドに持ち込んできた依頼について相談した。
 『冒険者ギルド』にエイプマンという猿男から提示された新依頼は「自分の身を理不尽な殺人鬼から守り、そいつらを倒してほしい」という内容だった。
 報酬は一人、五万イズム。何でも持ち込んだ『魔法の如雨露』を金に換えて報奨金を準備したらしい。
「いやあ、白衣の医者らしき男から『チェーンソーを持った三人の奴が俺を殺しにやってくる』と聞いて、とりあえず逃げ出したんだよ。いや、俺には身に憶えがないよ。それでさ、冒険者を雇えたら、一度、自分の家へ戻ろうと思うんだよ。逃げてばかりよりもそいつらが襲いやすいシチュエーションを自ら作って、そこで迎え撃とうと思うんだよ。どうだい。俺は頭がいいだろ」
 エイプマンは冒険者ギルドで、そこにたむろしていた者達にそう語っていた。
 しかし、このエイプマンの言動を疑う冒険者は多かった。
 どうも、この依頼は怪しい。
 そう考えた者達が猿男が去った後に小銭を出し合い、ギルドにいるジプシー占い師の婆さんに彼の過去を探らせた。
 すると占い用の水晶球に映し出されたのがこの冒険依頼の裏にある出来事だ。
 エイプマンがカニと、おにぎりと柿の種を交換した事。
 彼が、カニが魔法の如雨露で急成長させた柿を独り占めにした事。
 カニに青柿を投げつけ、重い怪我を負わせた事。
 これが明らかになれば、チェーンソーを持った三人の復讐鬼がこのカニ関連である事は容易に察しがついた。
 襲ってくる三人のチェーンソー使い。
 果たしてエイプマンに味方し、三人の襲撃者を迎撃する依頼を受けるのか。
 復讐者達の悲願が成就するのか。
 この依頼は混沌とした状況にあった。
 ビリーはカニの『アッシュ』へ悪行を重ね、更に冒険者も騙して保身を図ろうとするエイプマンの方に憤りを覚えていた。
「ボク、復讐者のアッシュの方に加勢しようかと思ってるんやけど……」
「ええんちゃいます」レッサーキマイラの物言いはあっけなかった。「どう見ても悪人はその猿の方やし」
 爪で歯の間に挟まった筋をほじりながらレッサーキマイラは軽い調子で、肩ロースに齧りついているビリーに答えた。
「え、ええんか」思わず背を押してくれた三つ頭の魔獣に対して顔を明るくするビリー。「じゃあ、あんさんらも一緒に戦ってくれるんやな」
「そらお断りしやす。それとこれとは話が別でげす」
「……え、ボクと一緒に戦ってくれへんの」
「どう見ても猿の方が悪者で、カニが被害者には間違いないでげす。でも、これはちょっとした戦争でござんす。わいらは得も損も義理もない抗争には参加したくありやせん」
 きっぱり言い切る獅子頭の態度に、ビリーの頭でピーッ!と蒸気が沸いた。
「なんでや! 義を見せてせざるは勇なきなりやで! こっち正義なんや! なんやねん! 見損なったでホンマに!」
 樹液を食べるカブトムシの様に牛にしがみついて食べているレッサーキマイラを置いて、思わず『神足通』で飛び出すビリー。
 こうしてビリーは魔獣の忠告に耳を貸さず、プリプリと怒って公園を去るが、後になってこの軽はずみな行動を深く反省する事態になる……。

★★★
 アシガラ地方の雰囲気がある、林の中の二階建ての一軒家にエイプマンは帰っていた。
「なんだ、護衛に来たのはたった三人か。まあ、でも何とかなるだろう。使えそうな奴らだ」」
 失礼な台詞を言い放ったエイプマンに、三人はちょっとした苛立ちを覚えた。
 短い茶毛に全身を覆われた猿男は基本的に失礼な奴だという印象だ。
「エイプマンさん、あなたは命を狙われる覚えがないといいましたが本当ですか。言いにくいと思いますが、正直に話していただいた方が早く事態収拾しますよ」
 この家の主人で、依頼者である猿男にきっぱりと言い切ったのは、依頼を受けた一人であるアンナ・ラクシミリア(PC0046)だ。
 ついでにこの家の清掃もしていた彼女は「勿論、護衛はしますが、冒険者も万能じゃない事を憶えておいてください」と釘も刺した。
 アンナの目的はむしろ襲撃者を退治する事ではなく、無力化してエイプマンを狙う理由や背景を把握する事だった。
 理由が判れば和解に持っていくのも不可能ではない、そう考えていた。
「俺に何か非があるわけないねえか。もしかしたら、何処かで知らねえうちに逆恨みの種を買ってるかもしれねえが」
 エイプマンがそう言い切り、アンナは小さなため息をついた。
 彼女は屋根裏の二階に上がって、ベランダ風の張り出しがある窓から外を眺める。
「……ハートマンにゃ〜負けナイぞぉ♪ チェーンソーは最高ダぁ〜♪」映画『完全〇甲弾』の影響をもろに受けたジュディは『猿の鉢巻』と『ハイランド戦闘服(特大サイズの迷彩柄)』を身につけ、大型チェーンソーの『シャーリーン』を構えて、家の前の庭を走っていた。「のめりこめ♪ のめりこめ♪ ママさん達には内緒だぞぉ〜♪」何か余計なものが混じっている気もするが、映画中の海兵隊訓練的な歌らしい。
 依頼を知ったジュディは即座にエイプマンの護衛を引き受けていた。
「偉大なるハンムラビ王は言いいマシタ。即ち『アン・アイ・フォー・アン・アイ、眼には眼を』ト。チェーンソーにはチェーンソーで対抗スベシ!」
 ジュディはチェーンソーを抱えて走り回り、引き締まった姿態に健康な汗をかかせていた。
 彼女はカニのアッシュが復讐を望む気持ちは理解出来ている。
 手段は選ぶべきなのだが、残念ながら、話し合いだけでは全ての問題を解決できる訳もなく、時として暴力は言葉よりも雄弁である。
 ゴルディアスの結び目を断ち切ならければならない時もあるのだ。
 ジュディが走っているのは確実に戦闘前の準備運動だった。
 戦闘上等!の心構えだ。
 そんなジュディをアンナは黙って見下ろしている。
 チェーンソーの三人組が相手。
 チェーンソーは派手でパワーはあるが、本来は戦闘用の武器ではない。
 回転する刃は危険だが正面から受け止めないように、刃のない横面や持ち手を狙うとか、チェーンの隙間に『魔石のナイフ』の刃を立てるとか、戦い方は色色とあるだろう。
 そこまで考えて、アンナはふと喉の渇きを覚え、台所の水桶を思い出して細いが頑丈な階段を降りていく。
 囲炉裏でエイプマンが干した魚をあぶりながら、茶碗で酒を飲んでいた。
 その囲炉裏の向かいでは姫柳未来(PC0023)が猿男の様子を見守っている。
「覚悟完了!……ねえ」」
 さっきジュディが言っていた言葉を思い出す。やはり、そこから連想するのは昔読んだ少年漫画だ。
 未来には片腕と所持品を奪われ、心を傷つけられ、命までも奪われかけたアッシュの気持ちがよく解った。。
 彼の心境を考えれば、復讐もやむなしと思う……が、それでも看過出来るのは、エイプマンに対する復讐までだ。
 それ以上の破壊や暴力を見逃す事は出来ない。
 その為にエイプマンの一番そばで見守るつもりでいた。
 アッシュらチェーンソー三人組が復讐から逸脱しないよう見守りつつ、なるべく合法的にエイプマンの罪を裁けるよう手を尽くすつもりだ。
 それにしてもエイプマンの態度のなんて憎憎しい事だろう。
 未来は立ち上がると『ごついウォーハンマー』を取り出し、素振りを始めた。
 一家は天井裏までが普通に広く、この巨大鈍器を振り回す事が出来る。
 だが、屋根裏部屋となっている二階は狭く、あちこちに柱や梁がある。戦場には不向きだ。
「逃げ込むんなら仕方ないけど、二階で敵を迎え討とうとは思わないでよ」
 未来はそうエイプマンに念を押しておいた。
「そーゆーのは俺が、高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応する」
 対してエイプマンの答えたのがこれだ。

★★★
(……こらアカンわ。やってもうた、かもしれへん)
 エイプマンの家へ向かう、チェーンソー持ちの三人衆を見つけたビリーは声をかけて助っ人を申し出たが、三人の濃すぎる面子を見たビリーが思わず呟いた。
 右手がチェーンソーになった人間体型のカニ、つまりカニ男でこの三人の中心人物であるアッシュ。
「この俺にその口でクソをたれる時は前と最後に『サー!』をつけろ! 俺はチェーンソーを買って、丸太で試し切りをしている時にこの武器の素晴らしさに眼醒めた! このチェーンソーは俺の恋人だ! こいつは誰を切るのも差別はせん! これの前には全てのものは平等に価値がない!」チェーンソーを持った軍服姿の中年男『ハートマン」。
 みすぼらしい服の前半分を革の長エプロンで覆っていたボサボサ髪の大男は、皮で出来たマスクをかぶっていた。マスクのせいで表情が解らない。「………………………………」チェーンソーを両腕で抱えたその男は、無言でチェーンソーの震動に身を任せていた。
「そいつの名は『ババ』どん。生きてる恋人よりもチェーンソーを選んだ、屠殺場からやってきた男ばい」
 アッシュが、そうババを紹介した。
 やっちまった!
 この三人の濃すぎる助っ人になる事を選んだビリーは心の中でそう叫んでいた。
 ……ともかく、三人の復讐が「やりすぎ」になる前に制御しなくては。ビリーはそう考えていた。
 ビリーはアッシュへ悪行を重ね、更に冒険者も騙して保身を図ろうとするエイプマンに憤りを覚えている。。
 復讐鬼と化したチェーンソー三人組に味方すべく接触。
 それにしてもこの三人組はヤバかった、
 アシガラ風の風景で、エイプマンの家に向かう途中、手ごろな木や看板を見つけると、片っ端からチェーンソーでギュワーン!と切り倒しまくり、おがくずが飛び散る。
 復讐の事がなくても、三人はただの迷惑かけまくり屋だった。
 時折、道行で一般人に出会う事があるが、皆、自分達を見てすぐ逃げていく。
 この三人と同行するだけでまるで裸で外を歩いているみたいに恥ずかしかった。
「そうやってチェーンソーで切り倒しまくるって、迷惑やないかな……」
 復讐というよりはもはやチェーンソー祭のパーリーピーポーだ。
「一番の復讐は、復讐相手よりも社会的に成功する事だ、なんて意見もあるんやけどもね」
 ビリーは三人の心にちょっとでも刺されば、と大きな声で自分の呟きを聞かせる。
「社会的成功! そんなものは共産主義者の風呂の垢を掻き集めたよりも価値はない!」ハートマンがチェーンソーを振り回して反論する。「何故ならば、社会的成功などいうものには刃が食い込む手応えと震動がないからだ!」
 その言葉に賛同したらしく、ババもチェーンソーを振り回す奇妙な舞いを無言で踊る。これが彼の唯一の感情表現だ。
 ビリーは確かな頭痛を覚えた。神様見習いの自分さえ頭痛が起こる。
(いやチェーンソーという過激な武器を持ってるだけで差別してはあかんねん。もしかしたらシャイなハートをそれで自己主張してるだけのちょっと気分が大きくなった人達かもしれんで)
 ビリーはそう考えて、彼らを擁護し、自分を納得させようとする。
 ともかくエイプマンへの復讐を速やかになるべく穏便にすませて、それでもこの三人が暴れるようであれば全力で止めよう、とビリーは誓った。
 エイプマンの家が段段と近づいてくる。

★★★
 マニフィカは一人『医者』を追っていた。
 ジプシー占い師の婆さんに背後関係を探らせた冒険者達の一人から、エイプマン氏が依頼したクエストの裏事情を聞かされたマニフィカは、強い疑念を抱いた。
 かつてバッサロ城の門番と死闘を繰り広げ、両腕がチェーンソーの異形の巨人を倒した当事者である人魚姫は、チェーンソーに抱く印象が悪い。
 その為か『復讐』と『チェーンソー』の組み合せに違和感を覚えてしまう。
 二つのキーワードを結ぶパーツが欠けている気がしてならない。
 誰がアッシュを治療したのか?
 チェーンソー三人組を結成する切っ掛けは?
 マニフィカの疑問は以上の事を強く意識させた。
 被害者アッシュの治療で恩を売り、チェーンソーの義手を与えて復讐心を煽り、同行者まで用意していた謎の人物がいるのだ。
 つらつら考えながら素人探偵として背景を探っていくと、事件の背後に白衣の医師が存在する事に気がついた。
 その者は「この世の混沌と悪を欲する神に仕えている」と放言したらしい。
(またしても混沌をネガティブに捉える『ウィズ』の狂信者でしょうか)
 ウィズといえば、それが深く関わった『トナフト』近郊に建立された慰霊碑が脳裏に浮かぶ。ウィズにそそのかされた大商人が大量の児童殺人を行った館の跡だ
 ウィズ、許すべからず! それがマニフィカの意志である。
 色色な町の冒険者ギルドや酒場で訊きこむと、人を改造するのに長けた流れの医者と黒衣の女性看護師のコンビがこのオトギイズム王国をさすらっているとの情報を得た。
「ああ、あの『Drデストロイ』だろ」
 ある町の酒場で、その医者の噂をよく知っているという冒険者パーティにマニフィカは出会った。
「何ていうか、腕は凄いんだが、人と動物とか動物と機械とかそんなつぎはぎをするのが大得意というか大好きなカオスな医者さ」
「その人は何かの信仰を前面に押し出しているのでしょうか。例えば混沌をネガティブに捉えた……」
 ネガティブ・アメリカンの様な風体をしたリーダーの男の説明こそマニフィカが求めていものだった。彼女は更に核心を求める。
「ウォズーだかウォーズだかいうものを崇めているとかいう事は聞いた事あるな」
 きっとウィズだ。間違いない。そのDrデストロイこそ、エイプマンとアッシュの抗争に深く関連しているのだ。
 Drデストロイ。
 自分はその名を絶対に忘れないだろう。
 今、マニフィカの手元には冒険者ギルドから五〇万イズムで買い取った魔法の如雨露がある。
 エイプマンが護衛任務の依頼報酬として、冒険者ギルドで換金した物をマニフィカは買い取ったのだ。
 アッシュから盗まれたこれをビリーに渡せば、抗争の根本にあるエイプマンがアッシュに対して行った犯罪を立証してくれるはずだが。そうすればエイプマンの身柄を司法に渡し、この抗争自体をないものに出来る。マニフィカはそう考えていた。
「あのぉ〜、マニフィカさんですかぁ」
 酒場のテーブルを囲み、その冒険者パーティと談話をしていたマニフィカの背に知り合いの声がかけられた。
 気がつくと植物系淑女リュリュミア(PC0015)の緑色調の姿がそこにあった。
「探したわぁ。冒険者ギルドから魔法の如雨露を借りようと思ったらぁ、既にマニフィカさんがお金を出して買った後だと知ってぇ。……それぇ、わたしに貸してもらえないかしらぁ」
「え、これを」
 手荷物の中から、魔法の如雨露を出すマニフィカ。
 銀色に光り、所所に緑の芽が芽吹いた様な浮彫のアールヌーボー風のデザインをしたそれは如何にも『デザイン至上』のオトギイズム王国の物らしい。
「うん。それぇ」
「残念ですけどこれを貸すわけにはいかないですの。これをビリーに渡し、犯罪の証拠として提出するつもりですので……」
「証拠として使う前にわたしに貸してくれないかしらぁ」
 マニフィカはその言葉にちょっと考えたが、リュリュミアならば植物関連ならどんな事でも任せて大丈夫だろうと推測する。
「……いいですわ。煙の様に消えてしまうのでなければ」
「じゃあぁ、交渉成立ねぇ。善は急げぇ」
 リュリュミアは如雨露を持って、店の出口に向かう。
 マニフィカも情報代と酒場の料金を払うと彼女を追って店を出る。
 二人はアッシュがやってくるだろうエイプマンの家へ向かう前に、まずアッシュの家へ向かった。リュリュミアがそれを望んだのだ。
 アッシュの住所を聞きこむと、それはすぐに明らかになった。
 エイプマンの家からはそんなに離れていない。

★★★
 夏の日の黄金の正午。
「ここが復讐の戦場じゃん! 皆、遊ぶっぺ!」
 アッシュは名乗りを挙げた後、右手のチェーンソーを振り回しながらエイプマンの家へ突撃した。
「突撃だッ! さっさと行くぞッ! 急げッ! タマ落としたかッ!?」
 軍服姿のハートマンもチェーンソーに唸りを挙げさせながら突撃。
「……………………」
 皮のマスクをかぶったババもチェ−ンソーを躍らせながら突進する。しかし彼は走るのが得意ではなさそうでせいぜい速足の速さだ。
 チェーンソー突貫を見守るようにビリーも後に続く。
 助っ人としてついてきたものの血の復讐に乗り気ではない。
 いくらビリーの神業でもチェーンソーで切り刻まれた傷の治療は難しい。
「すぐに命を奪わなくとも復讐する方法は沢山あるやろ……マニフィカさん、如雨露が間に合ったらええけど」
 心細げにビリーは呟き、三人の突貫を追いかける。
 マニフィカが証拠の如雨露を持ってくれば、流れは変わるはず、とビリーは彼女の一刻も早い到着を願う。詐欺罪や強盗傷害罪が成立するだろうし、その証拠固めも順調。
 でもアッシュは納得しないかも。そこまで考えたところでこのオトギイズム王国の犯罪に対する法制は何処まで進んでいるのだろうか、と、ふとビリーは気になった。
 国王があの『パッカード・トンデモハット』王なのだから極端な悪政を敷いていないとは思うが、近代的な法整備はされているのだろうか。
 そんな事を考えていると、アッシュと『レッドクロス』をまとって家の中からローラーブレードで滑走してきたアンナは衝突した。
 右手のチェーンソーを振り回すアッシュと、その周囲を旋回しながらナイフで斬りつけるアンナの間で赤い火花が飛ぶ。大振りのチェーンソーの側面を叩く様にアンナのナイフはその軌道を反らし続ける。
 それに加勢しようとしたハートマンのチェーンソーを火花と共に弾き返したのは、突撃してきたジュディのチェーンソーだった。
「当方に迎撃の用意アリ! プリパレドネス・コンプリーテド、覚悟完了!」
 ジュディはチェーンソーVSチェーンソーでチャンバラを始めた。
 それにババが追いつき、二対一のチェーンソーの切り結びになる。唸るモーター音と甲高い回転刃がぶつかる耳障りな音をさせながら『怪力』のジュディは二対一でも引けを取らなかった。
 ここで均衡を崩すのは上手くない。
 そう考えたビリーは参戦せずに後方で見守っていた。
 尤もビリーは元より医療班志願だ。
 すると。
「ハートマン! ここはお前に任せたっぺ! 俺が復讐を遂げるぞな!」
 言って、アッシュがアンナを置き去ってエイプマンの家へ走る。
 そこでアンナに肉薄したのがハートマンのチェーンソーだ。
 ジュディはババと一対一になっている。だが正面から組み合うと互いに怪力を発して、二人は大型チェーンソーの回転する刃を介して膠着状態となった。
「貴様! この俺と互角とはいい腕だな! だが貴様と俺では武器が違いすぎる! ひざまずけ、クズ肉!」
 ハートマンが叫び、アンナと更に切り結ぶ。
 牙と牙が噛み合う様な固い音が鳴り響く。
 ジュディは無言のババと膠着状態。
「おいおい……旗色悪いんじゃねえのか……」
 二階の窓の張り出しからそれこそ高みの見物をしていたエイプマン。
 未来は窓の傍に浮かんで、戦いの行く末を見守っている。
 その猿男をめざして走っていくカニ男。玄関へ飛び込んだ。すぐ二階へ行く為の階段を見つけて昇る。
「うわぁっ! 何だ、テメエえええええぇぇぇ!」
「しまった!」
 と言いつつ、未来は窓の外でギリギリまで戦況を傍観するつもりでいた。
 二階の窓際まで走り寄ったアッシュが横薙ぎにチェーンソーを振るうと、エイプマンの茶色の頭髪が河童の如く削ぎ切られ、薄だいだい色の頭頂が丸出しになった。
 てっぺんが禿げたエイプマンは腰が抜けて、張り出しから二階内へ転がり滑る。
 アッシュが必殺の武器を振り上げる。
「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
 エイプマンは声を振り絞って、悲鳴を挙げた。
「そこまでっ!」
 その瞬間、未来は力の限り叫んだ。
 チェーンソーを持達つ者の手が止まる。
「エイプマンは後悔の悲鳴を挙げたわっ! これ以上、何を望むと言うのっ!?」
 ビリーも同じ考えだった。
 片腕と所持品を奪われ、心を傷つけられ、命までも奪われかけたアッシュ。
「これ以上は何を望むかだにとぉ……」奇妙な方言のアッシュは、失禁したエイプマンを見下ろしながら声を張り上げた。「決まってるっぺ! これからが最高のなぶり殺しタイムだでよぉ!」
 動きを止めていたアッシュのチェーンソーが再び唸りを挙げた。
 ここで均衡が破れた。
 受け止めた刃が火花を散らしまくり、ジュディの顔にチェーンソーの刃が食い込む寸前で、未来が二人の頭上にテレポートして、ババの頭にごっついウォーハンマーを振り下ろした。
 物凄い音と星が飛び散る様な光を放って、もろに頭上に巨大鈍器をぶちあてられたババがひっくり返る。そのウォーハンマーはチェーンソーごと寡黙な巨人を叩き潰していた。
 アンナは、ハートマンのチェーンソー本体ではなくその持ち手をナイフで狙った。
「うあっ!」
 ハートマンの手から血が流れ、チェーンソーが離れた。駆動したまま地に落ちたチェーンソーの刃が地面をキックして、あらぬ方向へ跳ぶ。
 彼の頭上に未来はテレポート。その軍服姿の脳天にも彼女はごついウォーハンマーを叩きつけた。
「貴様……俺の頭に鈍器を叩きつける前と後には……必ず、サーと……言……え……!」
 ハートマンの身体が地に崩れ落ちた。
 次はアッシュへとテレポートしようとした未来が念じる前に、ジュディの巨体は走り出した。
 猿の鉢巻きで身軽になっているジュディはエイプマンの自宅の壁を高速フリークライミングで駆け上がり、外から直接、二階へと到達する。
「テメエ!」
 エイプマンの身に大きな傷を走らせようとして叫んだアッシュのチェーンソーが、ジュディの怪力の前に弾き飛ばされた。しかし右手と一体化しているそれはカニ男の身体と共に飛び、床の木版に食い込んで梁への激突を止める。
 アッシュの所へ跳ぼうとした未来は、ごついウォーハンマーを持ちながらテレポートするには二階が狭すぎる、と窓と水平に飛行しながら気づいた。
 それはジュディも同じだ、この屋根裏の二階は、長身のジュディが大型チェーンソー『シャーリーン』と共に戦うのには狭すぎる。
 周囲を破壊するのに躊躇のないアッシュのチェーンソーがバズ音と共に、エイプマンをかばうジュディに迫った。
 その時。
 外から歌が聴こえてきた。
 ル音を長く引く『平和の歌』。
 戦場となったエイプマンの家に風に乗る様なメロディーが歌として流れてきた。
 全ての争いを止め、聴く者の心を穏やかにする声がアシガラ風の風景に染み込んでいく。
 反戦ではない。反体制ではない。
 あくまでも平和を歌う歌。
 バラードが聴衆から全ての棘を消していく。
 平和の歌を歌いながらリュリュミアは、風景の向こうからマニフィカとやってくる。
 二人とも竹編み籠に一杯の柿の実を抱えながら。
 ババもハートマンも起き上がったが、二人から戦いの険しさはなくなっている。
 皆、戦意を失い、アッシュの右手のチェーンソーも駆動を止めた。
 平和の歌の力は確実にこの戦場を支配していた。
 戦いが終わったと皆は悟った。
 柿のオレンジ色が鮮やかだった。

★★★
 魔法の如雨露を借りたリュリュミアは、その足でマニフィカと一緒にアッシュの家へ向かった。
 主人のいない家の庭で、切り倒された柿の木を『腐食循環』で土に返して、エイプマンがその場に食べ散らかした柿の種を拾い集めて埋めなおす。
 そしてリュリュミア自身の天才的な『植物知識』と魔法の如雨露の力で柿を育てた。
 魔法の如雨露の口から放物線を描いたたっぷりとした水滴は、土の中で幾つもの種を潤し、見る見るうちに芽を育て、茶色の土壌から鮮緑の茎を屹立させた。
 鮮緑の茎は絡み合いながらどんどんと生長し、やがてあっという間に一本の柿の木として太い根と長い枝をのばした。
 厚い緑葉が茂る柿の木は沢山の青い実を生らし、それは瞬く間に輝くオレンジ色へと染まっていく。
 リュリュミアとマニフィカは熟した実を残らず収穫し、アッシュの家にあった二つの竹籠に入れるとエイプマンの家に運んだのだった。

★★★
「! 美味しいですわ!」
 柿を頬張ったアンナの口の中で甘い果汁と果肉が溶け混ざる。
 皆、エイプマンの家の中で敵と味方だった事を忘れて柿の実にかじりついている。
 舌に粘りつく様に甘い。
「どっちかが丸儲けとかじゃなくて、協力したら二人とも幸せになれるのにぃ」平和の歌の歌唱者は、自分も柿の実を食べる。「リュリュミアもおいしい柿の実が食べたいんですよぉ」
 中世修道士のトンスラの様な髪型になったエイプマンも柿の実にむしゃぶりついている。「今まで食ったどんな柿よりもうめえ!」
「ほう! この柿は美味だな! どんな奴にも取り柄の一つはあるもんだ! お前の美味を俺は本当に歓迎してやる! 家に来て、俺の妹をF××Kしていいいぞ!」
 ビリーの治療を受けたハートマンが罵倒するのと同じ口調で柿を褒めながら食べている。
 同じくババが噛むのではなく、次次と柿を皮のマスクの口に押し込み潰すようにして食べている。
 ここには『柿食べタイム』が永久の様に流れていた。
 マニフィカも食べる。涙を流しそうになるほどに美味。あまりの美味さにこれを表す言葉は出ないものかと故事ことわざ辞典を紐解いてみる。しかし出たのは意外な言葉だった。
 『眼には眼を。歯に歯を』。
「地球最古の法律書『ハンムラビ法典』は『眼には眼を。歯には歯を』の報復を基本にした法が書かれている。しかし、これは同時に『それ以上の事を相手にしてはいけない』という復讐の制限を定めた法でもある、ですわ」
 マニフィカは解説を読み上げた。
 五個の柿を食べて舌とお腹を幸せにしたビリーは、リュリュミアに貸した形になっていた魔法の如雨露を手に取り、エイプマンに訊ねた。「エイプマンさんが冒険者ギルドで換金したこの魔法の如雨露は、元元はアッシュさんの物だったのを盗んだものやな」
「……それは……」
 ビリーは詰問しながら手の内に『竜の鱗』のアクセサリーを握っている。これは相手が嘘をついた時に震動を止めるという物だ。
「……俺がアッシュから一時、預かってた物だよ」
 ビリーの手の内で鱗が振動を止める。
「てんめえ!」
 折角の和平を踏みにじるかの様に嘘をついたエイプマンに対し、アッシュは再びチェーンソーを駆動させる。響き渡るバズ音。
 ビリーはカニ男の怒りを手で制し「言っとくけど、ボク達はこの王国の最高権力者とマブダチなんやで。ボクの魔法のアイテムはエイプマンさんの嘘をお見通しや。王様に極刑を言い渡されてもええんやな」そう猿男に釘を刺した。
 その褐色の子供の言葉に、エイプマンは、う!と息を詰める。「……そ、その、魔法の如雨露は……」ここからエイプマンの態度に病的なほどの変化が現れた。「お……俺が……アッシュ……か……ら……」全身が痙攣する如く大きく引きつる。謝罪の態度とそれをよしとしないプライドが全力でぶつかりあって拮抗している。まるでドラマ『〇沢直樹』最終回で土下座を嫌がる常務の様に。
『自分の非を認める』。これはエイプマンにとっては『絶対に行わない行動』なのだろう。
『ぬ……盗……んだ……も……の……で…………す……!」まるで自分の寿命の火を使い果たす様にエイプマンは自分の罪を告白した。
 竜の鱗の震動は止まっていない。「今のはホンマやな」
 アッシュのチェーンソーは駆動を止めた。
 エイプマンは板張りの床に倒れ込んだ。全身の茶色の毛が汗でぐっしょり濡れている。
「それが真相だったのですね」アンナはこのエイプマンの無様な様子を見届けながらオレンジの果肉を頬張った。「全てはエイプマンさんが柿を略奪し、アッシュさんが謎の医者に改造されてそそのかされた復讐劇だった、というわけでございますね」
 中身のない復讐劇をこれ以上、続けようとする者はここにいない様だった。
 これにて復讐者から依頼主を守るという冒険は終わった。
 ハートマンとババは、アッシュの家の裏に行ってチェーンソーで風呂の薪用に用意されていた丸太を切りまくる事に興味が移っている。
「復讐は終わったんでしょ。だったら、もうこんな武器は必要ないよね」
 手元の柿を食べ終わった未来は指を舐め、アッシュの武器を破壊しようとごついウォーハンマーを振りかぶった。
「ちょっと待ってくれ!」止めたのはアッシュ自身だった。「確かに今までのこれは俺の武器だった。だが、チェーンソーは伐採の為の便利な道具にもなる。どうか、俺の右手をこのチェーンソーのままでいさせてくれ!」 アッシュはまるで憑き物が落ちた様にさわやかな顔をしていた。
 未来は巨大鈍器をゆっくりと床に下ろした。
 マニフィカは魔法の如雨露をアッシュに返す事とした。
 と、するとアッシュから代金五〇万イズム分を代わりにもらえないと採算が合わないのだが、それに対してアッシュは「元元はおらの所から盗まれたもんじゃし、冒険者ギルドに話をつけて、全てをチャラにしてもらうわ。あんたらの依頼報酬は猿の代わりにおらが払っとく」と太っ腹な所を見せた。
 後の事は丸く収まりそうだ。
 柿は美味。
 柿によってすっかり腹が満たされたのは今、皆が平穏な気持ちとなっている事に無関係ではないだろう。
 事件は無事に終わったのだ。
「イピカイエー!」
 ジュディは二階のベランダの様な張り出しに立ち、喜びのチェーンソーダンスを踊ろうとした。
 本当はババの様な全身で心の内を表現する様な大胆なチェーンソーダンスを踊りたかったが、足場のベランダが狭く、ジュディはシャーリンを両手で頭上に掲げ、ただジャンプして前後へと反転を繰り返す事しか出来なかった。これは何とも中途半端で唯一の残念だ。映画『デビルズ・サクリファイス2』のラストシーンの様に。
 太陽は柿の様な灼熱のオレンジ色になっていた。

★★★