『違和感の色彩』

第3回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★
 『オトギイズム王国』東方のアシガラ地方。朝の温泉街。
 カラフルな絵の具を溶け合わせた様な温泉の源泉は、まるで濃霧の如く空間を広がっていく不気味な『色』に侵略されていた。
 湯煙の風景を無音で過ぎ渡る、オーロラの如き光のにじみ。
 悲鳴を挙げて逃げ惑う浴衣姿の温泉客達。
 温泉街に広がる『色』は宿の玄関にも侵入しようとしていた。
「させません!」
 深く腰を落として身を翻し、一瞬の回転でアンナ・ラクシミリア(PC0046)が浴衣から『レッドクロス』に変身する。
 桃色の髪の彼女が手に持った『魔石のナイフ』が朝の光に輝いて、テンションはまさしく戦闘フォームに。
 玄関に侵入しようとしていた『色』へローラーブレードによる滑走と共にナイフで斬りかかる。
 揺らめく『色』には魔力の攻撃しか通用しない事が解っている。魔石のナイフはまるで空間を切る様に『色』を切り裂いた。刃に沿って滑らかに色彩が断裂する。
 宿に進入しようとしていた触手めいた広がりが痛みを感じた様に後退する。
 アンナとアイ・コンタクトを交わしたマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は、浴衣の裾を翻し、褐色の太股も露わにネプチュニア流槍術の真髄を披露。「いざ推して参ります!」愛用の三叉槍に『ブリンク・ファルコン』で魔力を宿らせ、その八身分身でミキサーの如く『色』を螺旋に?き乱す。
 マニフィカは温泉街の一般人を守る為に『色』を自分へとひきつけようとしていた。
 人魚姫は思う。あの『アンドルー・スピン』とかいう混沌の輩の、極端な価値観を掲げて無関係な者を平然と巻き込むその手口はまさに無差別テロそのもの。どのような理由があろうともこのような非道や外道は看過出来ない。
 温泉街や宿泊客に被害が出ないよう配慮し、スマートな魔術戦闘で不気味な色彩を相手にして無差別テロを阻止に励む。
 幾度も共闘し、阿吽の呼吸が通じるアンナ嬢やクライン・アルメイス(PC0103)女史の二人とアイコンタクトを交わす。
 気持ちはクラインも同じだった。
「反応を見ると、直接的な効果はなくても嫌がっているのは間違いなさそうですわね」
 手にした『電撃の鞭』が地を打ち、『色』を打つ。こちらへもヘイトを向けさせようとしているのだ。
 青いチャイナドレスに身を包んだ絶世の女社長は、赤いカラーライトで『色』を怯ませ、自分の方へと誘導しようと挑発する。赤色とは闘牛士からの着想だったが、それによって敵が怒りを覚えたのか、クラインの方へも『色』は突撃にも似て身体を進めてきた。
 クラインは新調した鞭や『小型フォースブラスター』では決め手に欠けるというのも考慮して、仲間へ決定的な機会を生み出すように右へ左へと動き続ける。
 光は自分の領域を拡大しようとしながらも三人のコンビネーションに押し戻される光景を繰り返す。
 それは周囲にいた野次馬達が逃げ去る為の時間稼ぎでもあった。
 周囲にある温泉宿では上階の窓から戦う者達に声援を送る声が止まない。正直に言って、窓から乗り出す声援者は彼女達の邪魔なのだがそれを叱る暇もない。
 ともかく、まだ被害者は出ていないはずだ。
 だが、やがて『色』はマニフィカとクラインをめがけて、まるで強風で霧がなびく様に襲いかかってきた。
 アンナは『サクラ印の手裏剣』を投げて声援者を襲おうとした光の触手を牽制。そうしながら『火球の杖』を取り出す。彼女は様様な戦術をこの戦闘で試すつもりでいる。
 火球の杖によって生まれた炎は『色』の身内で膨れ上がり、まるで光がもっと眩しい光をかき消す様に触れた真球状にえぐった。飛び道具の様に杖から火が飛ぶのではない、杖で指示した場所に火球が生じるのだ。
 身悶えする『色』は源泉を出て坂を下って流れていく。
「源泉から離れましたねぇ。これでしゃぼんだまから出る事が出来ますぅ」
 今までずっと源泉の中で『しゃぼんだま海中仕様』の中に避難していたリュリュミア(PC0015)は、そこを出ると背後を突く形で両掌の『ブルーローズ』を急成長させた。
 まるで彼女の腕が延長した様な青薔薇の絡み合う太いツルは、『色』を穿って、内部で大輪の青い薔薇を次次と咲かせた。
 それもまた『色』の身の内をえぐる攻撃だった。
 更にブルーローズはその太いツルを縦横無尽にのばして、まるで荷造りでもする如く『色』の外郭を縛りつけ、押さえ込み始めた。
 その大きさとあやふやな外形で全てを押さえ込むには至らなかったが、これ以上、移動しようとするのを阻害するのには十分な束縛だった。
 『色』本体の進攻が止まる。
「わたくしを本気で怒らせたのが間違いですわね!」
 電撃と光弾射が『色』を撃つ。クラインによる鞭とフォースブラスターの牽制は効果を発揮した。
「好機!」
 マニフィカは三叉槍の突きで光の触手が後退した隙に『ホムンクルス』による自分の分身を生み出した。褐色肌の鏡写しの姫二人が銀髪を風に流す。
「『センジュカンノン』っ!」
 マニフィカの宣言により、無数の手を持つ輝く仏像が召喚された。その御身がジュディの姿と重なる。
 すると頭上の雲から土砂降りが降る様に、黄金にも等しき輝きを持つ下腕と拳が無数に垂直に『色』を打ちつけた。この全体の三分の二にも及ぶ攻撃は虹色のにじみをほぼ等しく打ち、魔力しか効かない相手に大きな痛打を与えた。
 マニフィカの猛攻は止まらない。
「『ダブル・ブリンク・ファルコン』っ!」
 大空に飛びあがったマニフィカと彼女の分身は同時にブリンク・ファルコンを敢行し、ほぼ垂直に急速降下する。三叉槍を構えた彼女の姿が一六身にも分身する。
 それは渦巻銀河を乱す様な攪拌だった。
 光が音を出すならば、凄まじい叫びを挙げていただろう。
 『色』はもはや千千(ちぢ)にちぎれたオーロラ状の光の断片と化していた。
 その断片をクラインは電撃の鞭やフォースブラスターが各個撃破する。
 狙い撃てば、千切れた破片など雑魚に等しい。射撃によって消滅していく。
 集合して大きさを取り戻そうとする断片もあったが、それはアンナの火球の杖で焼却される。まるで紙が燃える様にある程度まで集まった『色』はまとめて燃焼させられる。
 もはや勝敗はついていた。
 マニフィカは最後の仕上げとして『神気召喚術』を使用し、喚起した狛犬の邪気祓いで汚染を浄化する。
「阿(あ)!」
「吽(うん)!」
 宇宙の始終を表わすという狛犬の吠え声が温泉街に大きく響き、湯煙の里の空気を清浄な雰囲気で一新する。
 それがとどめとなったか、温泉街の『色』は全て消滅し、湯の街は日常通りの光景を取り戻した。
 戦いの終了に、温泉宿の窓から乗り出していたり、玄関から見守っていた湯治客はあらためて沸いた。
 声援の中、アンナはレッドクロスにこもった熱を湯の町の風にさらして冷まし、マニフィカは乱れて裾を大きく割った褐色の太腿を浴衣の内にしまった。こぼれそうな胸も襟を正す。
 青いチャイナドレスのクラインはフォースブラスターをホルスターに戻し、電撃の鞭を道路に一打ちして、掌に巻き取る。
「あぁ〜。勝ちましたねぇ」
 青薔薇のツルを枯らして、リュリュミアは疲れきった休憩モードに入っている。その姿は温泉の熱で幾らかしなびてもいる。
「逃げてったアンドルーを追いかけたいところだけどぉ、一晩中、水脈迷路で迷っててもうへろへろですぅ。美味しいお水を飲んでひなたぼっこしながら眠りますぅ。おやすみなさぁい」
 リュリュミアは温泉宿の玄関前に出されていた長椅子に腰かけると『マギテック・ウォーターボトル』、通称マギボトルを取り出して冷たい真水を飲み干した。
 そして両手を頬の下に敷いて、横になって寝息を立て始めた。
 午前の陽が彼女の光合成を助け、しなびた部分が元に戻り始める。
「アンドルーは陰陽の里を襲うと言ってましたわね」
 クラインは道にあふれてきた湯治客の中で、難しい顔をした。
「リュリュミアの様子からすると、ビリーや未来が行っているみたいですから大丈夫でしょう」
 マニフィカは三叉槍を石突で地面に立てながら、友人達の実力を信じ、断言する。
「おつうさんの事について、リュリュミアが言ってましたわね。……許嫁(いいなずけ)と無理やり結婚させられそうとか」
 アンナは戦いで蹴散らされた現場にモップをかける。
 皆は短い相談で、これから陰陽の里に行く事に決めた。
 何はともあれ、水路も陸路も陰陽の里の場所を知っているのはリュリュミアだけだ。
 湯治客で再び騒がしくなった温泉街で、アンナとクラインとマニフィカは、長椅子で寝息を立てているリュリュミアが眼を醒ますまで待つ事とした。

★★★
 白と黒とが支配しているはずの隠れ里『陰陽の里』の朝。
 今ここでは温泉街と同じ痔混沌の嵐が吹き荒れていた。
「混沌の具現『ウィズ』に誓って……」髪の片方ずつがピンクと緑に染め分けられたカラフルな衣装の男、アンドルー・スピン。「このモノクロームを全て混沌の色彩で染め上げてあげるよ」
 昨日の物量を倍する大きさの混沌の『色』が、陰陽の里を再び襲っていた。
 色彩の暴走。
 膨大な光の渦。
 里の人間達は白黒の獣に姿を変えるくらい慌てながら逃げ惑った。
 雪崩の勢いで膨れ上がる『色』の前に、村人達は為す術がないと思われた。
 しかし、今回は最初から助けがいた。
「ブラザース! テイクス・ア・ガン! 兄ぃヨ! 銃を取レ!」
 ジュディ・バーガー(PC0032)は自分の魔法武器を里の顔役に配っていた。
 不気味な『色』は魔法の武器しか通じない。
 つまり魔法の弾丸なら通じる。
 ジュディは里の顔役三人に手持ちの『マギジック・レボルバー』『イースタン・レボルバー』計三丁のハンドガンを貸し出している。
 そして彼女自身は『マギジック・ライフル』の三段撃ちをフル活用して『色』に銃弾を撃ち込み続ける。
 膨れ上がろうとした『色』は機先を制される形で、魔弾を浴び、その拡大にブレーキがかかっていた。
 ジュディは撃ち続けながら考える。
 この里の長役を継ごうとする『突進太』はいきなり理不尽な出来事で肉親を失った。
 彼が薄情者とは思えない。やるせない悲しみを隠し、新たな里長として虚勢を張っているはずだ。
 そんな不器用な青年を応援するのも悪くない。
 でも、彼におつうと結婚されたら自分達は困る。
 頑固な彼を説得出来る代案が必要。具体的には今、眼の前にある危機を解決する事だ。
 ジュディと顔役の村人達は魔弾を撃ち込み続ける。
 不気味な『色』は触手をのばす様に攻撃者に光を面積拡大させて襲おうとするが、その度に魔弾の勢いに押し戻される。
 一進一退の攻防にも見えるが、『色』の体積は確実に減ってきている。エネルギーを失っているのだ。
 突進太や村の顔役達に魔法の武器で戦わせる、それによってこの里を納めるのにふさわしい格がある事を里人達に確かめさせる。それはジュディの策だった。
「どうだ! わいらの力を思い知っとるか!?」
 まるで自分が活躍している如く威勢を上げている『レッサーキマイラ』。彼らは何の活躍もしていないが、威張る態度だけは十人前だ。
 尤も何の足しにもならない獣が敵を挑発出来るほど、調子はこちらにあるという事だ。
 そんな銃撃戦が行われている時に『色』の主人であるアンドルーは何をしているのか。
 里の離れた場所でその彼と戦闘を交わしているのが姫柳未来(PC0023)と突進太だった。
 魔法の武器を受け取らなかった突進太が、愛用の鉈を振りまわして、派手で気障なアンドルーを追い詰める。
 アンドルーがカラフルなローブを翻し、サイケデリックな光線による攻撃を行いながら、突進太と未来と跳ね回る様に戦っていた。
 小テレポートを繰り返し『サイコ・セーバー』の斬撃でアンドルーを牽制するJKエスパー未来。
 おつうを五作のもとに帰してあげたい未来は、何としてでも突進太を説得したかったが、彼は人の話を聞いてくれるような性格ではなかった。
 そこで未来は突進太に「この際だから二人の勝負で全てを決めよう」と提案した。
 どちらが先にアンドルーを倒せるか、というシンプルな条件で、おつうをどうするか決めようと勝負しようと言ったのだ。
「もちろん、自信がなければ断ってもいいけどね」
 そんな未来の挑発に突進太がまんまと乗っかった。
 そして、二人は災厄の元凶アンドルーを直接討伐しようとしているのだ。
「あなたは昨日、里の住人を二人殺した。そして、今も住人を殺そうとしてる。だから私は……あなたには容赦しないよ!」
 普段は人を傷つけたり、命を奪ったりはしたくない未来だったが、今回は容赦する気はなかった。
 あまりにもカラフルがすぎるアンドルーをシンプルでビビッドな赤色に染めてやる。その気分だ。
「私を一色に染めようですって」アンドルーの放つサイケな光線は二人の足元にあった岩を砕き、まだ余裕を感じさせる。「面白い! この混沌の使徒である私をどうやって赤くしようというのか!?」
「そう。例えば、こんなのはどうかな!」
 未来は白いパンツが見えるのも構わず、ミニスカで地面に屈みこんだ。アンドルーと突進太の眼が一瞬、釘づけになる。
 だが、彼女はミニスカの内から隠しておいた『炎貝』を取り出し、そこから赤い翻旗の様な火炎を放射した。
 赤い炎の中に一瞬、アンドルーの全身が包まれる。しかし彼の服は不燃性だった様で、フリルなどは焦げたものの身に火が着くのは免れる。
 そこで生まれた隙に突進太が重い鉈で斬りかかる。
 アンドルーの派手な服が一部切り裂かれ、鈴の飾りが飛び散って地に転がった。
 突進太の怒りは隠せなくなっている。何故ならばその姿が段段と海に棲む巨大哺乳類、シャチへと変じ始めたからだ。陸でその姿になるのは不利だと解っていても感情のままに止められない。
 アンドルーはペイズリー柄が混じった様な幅広のサイケな光線を突進太に向けた。
 命中した光線に黒と白の魚状の巨体はもだえ苦しむ。得物を持てなくなったヒレから鉈が落ちた。
 未来は腰を地に落として座り、M字にミニスカの膝を立てた。これは男は思わず覗き込まずにはいられない。
 だが、そのミニスカ内の白い布地を覗く者は、両手で構えられたマギジック・レボルバーの銃口と対面する事になる。
 連射。
 火属性の魔法の弾丸が発射される。
 それはアンドルーの顔面で炸裂し、彼の顔で炎が赤く弾けた。
「私の髪が……!」
 ピンクと緑に染め分けられたアンドルーの髪が黒く焦げ、一部、火が点く。
「今だわ!」未来が身体を上昇させ、太陽を逆光とした。「ブリンク・ファルコンっ!」
 サイコ・セーバーの銀刃が分身急降下でアンドルーの服をズタズタにする。彼の服は無数の傷口からの大出血で真っ赤に染まった。
 すっくと里の地に立った未来の背後で混沌の使徒の姿が倒れる。
 が。
「最後の最後に……隙が生じましたでございますね……」
 アンドルーの言葉は力なく、しかし確実に彼の必殺の光線が女子高生の無防備な背に放たれようとする。
 だが、地に伏した彼の肢体は上空からの黒い影に塗り潰された。
 重い激突音。
 アンドルーの全身が、地を跳ねた黒と白の巨大なシャチの身体に押し潰された。
 シャチが横に転がって退いた時、派手な衣装で身を飾っていた道化師めいた者は真っ赤な血の一色に染まって絶命していた。死体はなかば地に埋まっている。
「どうやら……わしのとどめで勝ちみたいじゃな。これでおつうは……」
 ゆるゆると人間の姿に戻っていく突進太の声を聴きながら、未来は「しまった!」と慌てた。
 これでは賭けには負けて、おつうの獲得権は突進太に渡った事になってしまう。
「未来さん!」
 『空荷の宝船』で空から戦場を見回し、いざとあれば突撃救護班となる予定だったビリー・クェンデス(PC0096)は、アンドルーとの決着に二人の所へ降下してきた。座敷童子には未来と突進太が交わした勝負の言葉が耳に届いていた。「これでアンドルーとかゆう奴はしまいでっか。……でも、突進太さんが勝って、勝負の約束はどうするんや」
 どうしよう。未来は焦った。
 その時、里を襲っていた『色』についても決着が着いていた。
 里の民の派手な銃撃戦で膨大な『色』も徐徐に削れ、最後には井戸の付近にまで追いつめる事が出来た。
「ユー・ビー・クワイエット! お前は黙っていナサイッ!」
 『色』に対して最後のとどめとなったのは、ジュディの『ハイランダーズ・バリア』によるシールド・ナックルの一撃だった。
「イピカイエー!」
 井戸に逃げ込む時間を与えず、その打撃は最後の一塊となった『色』を完全に粉砕し、不気味な光は自然光の中に溶けて消えた。
「どうじゃ! これが友情パワーじゃ!」
 皆の意を代弁して勝ち誇りの雄叫びを挙げるのはレッサーキマイラだ。勿論、彼らはこの戦いに何の貢献もしていない。
「せめてアンドルーとの戦いを手伝わんかい! このあかんたれ!」
「えー! でも、あっちはあっちで何かと『赤』くて怖かったんだに……」
 ビリー師匠の抗議に、三つ頭の魔獣は身を縮こませて申し開きをする。
 人間の姿に戻った突進太が褌を締め直した。
 今の陰陽の里を支配するムードは、白と黒が代表する穏やかな風景だ。
 こうして陰陽の里をネガティブな混沌に陥れようとした男の計画は完全に潰えた。
 しかし、おつうの事、彼女が作る反物の事。肝心な事はまだ解決していないのだ。
 午前の陽光に照らされる陰陽の里には、何処かアンニュイな空気が漂っていた。

★★★
 太陽も沈みかけ、温泉郷にいた者達も眼醒めたリュリュミアに連れられて、皆、陰陽の里に集合した。
 水脈を使おうとも思ったのだが陸路を選んだのは、やはりこちらの方が行きやすかったからだ。
 昨日に皆が分かれた分岐路まで行けば、罠にかかった場所まですぐだ。今度は罠にかからないように用心し、ジュディのモンスターバイクの車輪の跡を辿って里に到着した。
 皆を出迎えたのは野趣ある白と黒に分かれたモノクロームの里だった。
 これで『色』に関わる事になった冒険者が全員合流した。
「ともかく、約束の通り、わしはアンドルーを殺した。おつうは元元、わしの許嫁じゃ。これで問題があるか」
 あぐらをかきながら茶碗で濁り酒をあおる突進太とその左後方に正座するおつう。
 夕飯と共にアルコールを要求したのはジュディだった。皆で戦ったご褒美だ。
 皆は里長の家に集まっていた。この会談は里の者達全員の興味の的だった。
 上がり込んだ冒険者達全員の前に濁り酒の入った茶碗が配されている。
 マニフィカはこの様な飲み方をする礼儀はなく、また自分の酒癖を考えて、畳の上の茶碗には手を出さない。正直に言えば、紅茶が欲しい。
「おつうさんはこれでええと思ってん?」
 同じ様に酒をスルーする見た目子供のビリーは、ワー鶴の彼女に質問する。
「ええ……」
 おつうがそれだけを言葉にする。突進太を肯定している様だが、ビリーは密かに手に握っている『鱗型のアミュレット』が震動を止めたのに気づく。この澄んだ鋼の色をしたアミュレットは、おつうが何かをごまかそうとしている時に震えを止めるのだ。彼女は嘘をついている。
 酒の肴に猪の肉を干した物をくちゃくちゃと噛む突進太。
「五作さんとの結婚は反故にしてもいいのですか」
 アンナはおつうの真意を確かめる様に強く念を押す。
 彼女は何も語らない。
 これは、ジョン&アレックスの依頼は成功させるのは難しい、とアンナは覚っていた。
「もし何かを変えたい、後押しが必要なら言ってください。協力はしますから」
 アンナはそう言って、ちびりとだけ茶碗の濁り酒を舐めた。
 ビリーにはおつうの気持ちが解っている。五作の為に自分を犠牲にする様な反物を作っていた事を考えれば、おつうの気持ちは明らかだ。
「おつうさんは本当に五作さんとの復縁を望んでいないんやな。このまま突進太さんの嫁になってええんやな」
 ビリーもずばりと切り込んだ。
 だが、彼女は何も語らない。
 アミュレットは震動を止めている。
 思えば、突進太と初めて会った時、ビリーは売り言葉に買い言葉の応酬だった。
 今はうっかり突進太と喧嘩しそうになったその時の己の未熟さを反省している。
 あくまでも自分に対するケジメとして、突進太の肉親を救えなかった事は既に彼に詫びている。だが突進太の返事は「てめえが何かしたところで何かが変わったか」という居丈高な態度で、彼がビリーを見くびっているのは眼に見えて解った。
 ビリーは嘆息した。全ての人人を救済したいけど、まだまだ非力な神様見習いであり、こうして手が届く範囲でさえ限界がある。そんな現実が悲しかった。前代が不慮の死を遂げ、里長を襲名したばかりの突進太が虚勢を張るべく意固地になっている、と福の神見習いは最初は思っていた。だが、今の態度が普段の彼の態度であるのは解ってきていた。。
 濁り酒を次次と飲み干すジュディもちょっとばかり当てが外れてきた気分を味わっていた。
 いわゆるお山の大将タイプのこのジャ〇アニズムあふれた新里長の青年は『映画版』ではない様だ。ただの傲慢な『TV版』のジャイ〇ンだ。
 戦い、陰陽の里を守り抜いたというこの戦いの実績で、突進太や顔役達が住人達から新たな信頼や支持を得られたはずだ。
 その余裕は、おつうに対して寛容に働くのではないかと思わせたが、それはなかった。
「おつうさんと五作さんとの間にはすでに婚姻関係が成立していますわ」
 青いチャイナドレスのクラインは膝を崩して座りながら、濁り酒に唇をつける。
「勿論、二人の同意ですわ。それは五作さんの所に行って、よーく解りました」
 クラインはきっぱりと言い切りながら、今回のこの騒ぎの発端について思い起こしていた。
 今回の行動を振り返ってみると、ジョン&アレックスの依頼の達成にこだわりすぎて視野が狭くなっていた。
 おつうの状況を把握したならば、依頼達成がほぼ不可能と素早く判断し、傷が少ない状況で失敗の報告をまとめるよう対応するべきだった。
 経営者として『損切り』の視点を持てなかったのが彼女の反省点だ。
 クラインの美貌に見とれていた表情をした突進太が五作という名を聞いて、不機嫌そうに「むう」と唸った。
「五作さんの家に不法侵入しておつうさんを拉致。立派な犯罪行為ですわね」
 女社長は法律の観点から突進太を締め上げにかかった。
「里の方方がおつうさんと五作さんの結婚を認めるんでしたら、司法取引として犯罪行為については見逃してさしあげますわ」
 覗いている村人達がざわざわと騒ぎ始めた。
 おつうの拉致に参加した者がその中にいるのだ、このままでは犯罪者にされてしまう。
 しほーとりひきの意味が解らない者も多いみたいだが。
「わしは難しい事は何も解らんっ!」
 突進太がいっそ清清しいほど言い切った。
 騒がしくなる村人の中で新しい里長は揺るがない。
 グッと酒を飲み干す。
「この隠れ里は王国に税を納めてるんかな」
 次の瞬間、三頭分の濁り酒をがぶ飲みしているレッサーキマイラの一言で突進太の表情が強張った。
「……なんじゃ。難癖つけようというのか」
 濁り酒のせいで酔いが回っていた突進太が、舌がもつれ気味に文句をつけた。
「わたし達は国王様とズッ友なんだけど」
 ここぞとばかりに未来は『オトギイズム王国名誉勲章』をカバンの中から取り出した。今までの色色な冒険での戦績、栄誉を証明する物がごまんとその中に入っている。
「パッカード国王にこの里の事を直接言いつけも出来るんだ☆」
 クラインは「村の方方がおつうさんと五作さんの結婚を認めるんでしたら、司法取引として全ての犯罪行為については見逃して差し上げますわ」と言葉を繰り返した。いや「全ての」という言葉が加わっている。
 ぬぬ……!と突進太が唸った。手の中で茶碗が割れる。
「おつうさん」ビリーがおつうに直接、語りかけた。「五作さんの元へ戻れるなら、それでおつうさんは幸せなんやな」
 おつうの顔が明るくなった。まるで全身を縛りつけていた鎖がほどけたみたいに。
「……はい……!」
 ビリーのアミュレットは震動をやめなかった。
 突進太の手が茶碗の破片を誰もいない壁の方へ叩きつけた。
「おつうさんをあきらめてくれれば、この里は『隠れ里』のままで見逃して差し上げますわ」
 クラインの言葉をとどめと思ったか、突進太が立ち上がり、奥の座敷に一人行く。
「つまらん! 夕餉(ゆうげ)は終わりじゃっ! おつう、てめえは明日になったら何処へでも好きな所へ行きやがれっ!」
 そう言ってふすまが閉まると、おつうが涙を流しながらただうなずいていた。
 後は彼女を五作の所へ連れていくだけか。
 皆は今夜の宿を村人達のめいめいの家へと誘われ、これまでの冒険譚を語るのと引き換えに寝床を手に入れた。
 意外とおつうが里の外の者、五作と結婚する事を受け入れ、それを喜ぶ人達ばかりだった。

★★★
 冒険は失敗した。
 『冒険者ギルド』にジョン&アレックスからの『反物入手、安定した入手流通ルートの確保』依頼の失敗を報告した冒険者達は、その足でデリカテッセン領に向かい、ジョンとアレックスという二人の服飾デザイナーに「もう反物を入手出来る伝(つて)はない。今、あるだけの反物が全てになる」という事を直接伝えた。
「それは本当に残念な事です。あの様な芸術品をもう扱えなくなるとは」
「これであの反物を使った服の価値はまた跳ね上がる事になるでしょうね。それだけの芸術品です」
 ジョンとアレックスが、報酬は支払わなかったものの領主館の豪勢な茶会で皆の労をねぎらってくれた。
 フローレンス・デリカテッセン女侯爵とスノーホワイト・デリカッテセン嬢も参加してのお茶会だ。
「いやあ、あの気持ち悪い『色』とやらにはてこずりましたぜ。それでもこの俺様は当たると幸いにその『色』をちぎっては投げ、ちぎっては投げ」
 熱い茶は飲まず、嘘の活躍譚を貴族に語りながら、茶菓子である八つ橋をガブ食いするレッサーキマイラ。魔獣をこの館内にあげるだけでも領主達はいい顔をしなかったが一応無害であると冒険者達が保証して、茶会に彼らは呼ばれる事が叶ったのだ。
 依頼は結局失敗だったが、おつうが無事に五作のもとに戻り、二人の夫婦生活は元に戻っていった。
 今度はおつうが自分の身を犠牲にする事はない。
 前よりも生活はつつましくなるが、二人の愛はそれに苦難も覚えないだろう。

★★★
 思えば数日。
 この村に『色』が乗り移った隕石が落ちてきてから騒動は始まったのだ。
「混沌の化身『ウィズ』ですか……」
 マニフィカはここで混沌の隕石を買っていったアンドルーの事を思い出していた。ウィズ。また、その名を聞いた。彼女には以前、幽霊屋敷の地下で数多の子供を拷問死させた忌まわしい存在として憶えられている。
 それを信奉する輩がまた事件を起こしたのだ。
 最初に隕石が落ちてきた畑。
 ビリー、マニフィカ、ジュディ、リュリュミア、アンナは事件の発端であるこの村にやってきていた。
 この地がまだ『色』に汚染されているのは泥臭い様な金臭い様な空気の匂いで解る。
 『スコップ』を手にし、アンナが村の土を掘り起こして穴を掘る。その断面を見ると『色』の汚染は深さ三〇cmくらいにまで達しているのが解った。
「このままでは土壌が汚染されたままや。畑は使えん。皆して、この村の土地全ての表層三〇cmほどを削って、一ヶ所に山として積んでや」
 ビリーは村人達にそう言って、自分はまだ苦しんでいる『色』に襲われた村の重症者の治療に向かった。
 動ける村人全員は男女総出で村の地面を掘り起こし始めた。
 ここでもジュディの『怪力』が役に立つ。見る見るうちに土を掘り起こし、一ヶ所に積んでいく。
 その作業は二時間ほどで全て終わった。
 三mほどの高さのすそ野の広い大きな土山が積み上げられた。悪旬を放つその表面には『色』が渦を巻いている。
「汚物は清掃させていただきますわ」
 皆が見ている前でアンナが火球の杖の力を使った。
 汚染された土山が炎に包まれる。
 無音の断末魔が空気を揺るがせた。土の表面を身悶えする様に『色』の名残がうごめく。燃やし尽くすのには火球の使用一回分では足りず、アンナは数回、火球の杖をくり返し行使した。
 やがて、『色』のにじみは消え、ここの誰にも脅威は感じられなくなった。焦げた土。空気の匂いも、焦げた匂いの他は清清しいほどに普通だ。
「終わりました……」
「これでこの畑で野菜が耕作出来るようになったんですねぇ」
 アンナの呟きと同時に、リュリュミアは嬉しそうな声を挙げた。植物系淑女には土が綺麗になった事は至上の喜びなのだろう。
「リュリュミアとしては安心して食べられる美味しいかぼちゃが収穫出来れば十分ですぅ」
 そう言って彼女はまるで秋を待つ様に、自分が出した『フラワーバスケット』の中の座席に座り、空気のさわやかさを味わいながら寝息を立て始めた。

★★★