『違和感の色彩』

第2回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★
 モンスターバイクの眩しいヘッドライトが暗闇を切り裂く。
 夜道にエンジン音を轟かせながらジュディ・バーガー(PC0032)は、いたずらに先を急いでいた。
 村人を救おうとした際に、あの不気味な色彩に触れてしまい、まるで火傷の様に赤く腫れた片手が痛む。
 焦る気持ちが滲み出るその横顔を、首に巻きついた愛蛇『ラッキーセブン』が無言で見つめている。
 まだ夜は始まったばかりだった。。

★★★
 月が山の稜線近くに昇り始めていた。
 夜の森の中。見覚えのある不気味な光。
「まんまと罠にはまってしもうた……洒落にならへんで、ホンマに」
 ビリー・クェンデス(PC0096)は、自分は無事に逃げ出したものの仲間が木の上で宙吊りになっている現状を嘆いた。
 宙吊りにした者は自分達を見上げていたが、仲間に呼び止められて興味を変えた。
「突進太、早く来てくれ! 里の井戸から漏れ出てくる変な光る雲みたいなもんが大きくなって、皆を襲ってるんだ!」
 そう仲間の若者に言われて、咄嗟に走り出した突進太と呼ばれる太った若者を「ちょっと待ってよ!」と超能力で罠から脱出した姫柳未来(PC0023)は呼び止めた。「人を罠にかけたかと思うと放っておいて! こっちの話も聞きなさいよ!」
 未来に呼び止められて、太ったガタイのいい坊主頭の男と、彼を呼びに来た若者が止まる。しかし気は急いていて、今にも走り出したいという気持ちがあるのが解る。
「わたし達は『陰陽の里』という場所を調べてるんだけど、突進太? あなたは何か知らない?」
「てめえ達はわしらの里を探しに来たのか」突進太という男がまるで唾を吐き捨てるかの如き無礼な態度で未来に答える。「てめえらもアンドルーとかゆう奴の仲間か」
「アンドルー?」
「あ、アンドルーですねぇ。隕石のカボチャを収穫してた村で聞いた名前ねぇ」リュリュミア(PC0015)は木の上で大網にかかったまま、答えた。「畑に落ちた隕石を買っていったという派手な男の名ですねぇ」
「そうだ。そういえばアンドルーっていたわよね」と未来。
「そや。アンドルーや」とビリー。
「てめえもアンドルーの知り合いかぁ!」
「名前を聞いただけですよぉ」
 食ってかかる様な突進太の怒声を、リュリュミアは涼しげな顔で受け流す。
「アンドルーの知り合いだったら遠慮なくぶん殴っていたところだ」突進太が忌忌しげな顔をする。「罠から出たら元に戻しとけよ!」
「なんやねん! ええ加減にせえよ、いわしたろか?」
 そうしている内にビリーは空中の『空荷の宝船』を寄せて、リュリュミアと逆さ吊りのレッサーキマイラを助け出しながら怒っていた。
「ありがとぉ、ビリーさん」リュリュミアは褐色の座敷童子に礼を言う。「このままだとハンモックに揺られているみたいで危うく寝ちゃうところだったわぁ」
「すんませんです、あにさん。グラッチェ・パンパンや」とレッサーキマイラ。
 二人(正確には一人と獣三つ頭分)の礼を聞きながらもビリーは憤っていた。「人を罠にかけるなんて失礼かましといて、放っておいて行こうなんて大大大失礼にもほどがあるわ、ホンマに! 怒るでしかし!」とりあえず仲間達を罠から解放してみたが、このままでは腹の虫がおさまらない。「おまけに人をアンドルーの知り合いとかと間違えるし」
「アンドルーって奴は里の井戸に変な石を投げ込みやがったんだ!」と突進太が大きく体格差があるビリーに遠慮もせずにくってかかる。「あの派手な道化師みたいな奴の知り合いだとしたら、こんなんじゃ、すまさねえところだ!」彼は怒りに支配されているのが解る。と、その身体が大きく変形し始めた。感情のままに自らを変身させていくこの男の和服が脱げ、ついには黒と白の模様に分かれた魚状の巨体へと姿を変える。
 突進太は身の丈が三mはある様な『シャチ』に姿が変わり、森の中でビクンビクンと身体を大きく跳ねさせ始めた。
 それを見た彼を呼びに来た若者が慌てる。「突進太! 怒りに身を任せるとおめえはすぐ変身しちまうから! もう!」
「シャチ!?」それを見た冒険者達は驚いた。
「もしかして、あなた達の里って『陰陽の里』!?」地道に訊きこんで里への情報を集めようとしていた未来はいきなりのビンゴに驚いた。
 その時、重い駆動音が近づいてくるのに皆は気づいた。ビリー達が来た方向からだ。
 何かが藪を無理やりかきわけ、近づいてくる。
 それはやがて白く眩しいヘッドライトの輝きとして現場へ到着した。
「ホワット!? あの『色』と同じ光を追いかけてロード・ノット・ロード、道なき道を突き進んでいたら、こんなシチュエーションに出くわしてしまうナンテ!?」
 突然、登場したのはモンスターバイクに乗って、首に愛蛇ラッキーちゃんを巻いたジュディだった。
 勿論、皆は驚いたが、ジュディの顔は、ヘッドライトに照らされてのたうっている、地上のシャチを見て更に驚く。
「キラー・ホエール!? これとのバトルシーンに出くわしてしまったのデスカ、ジュディは!?」
「ちょっと待って! これは敵じゃないの……多分」
 そう言いながら、未来はシャチに恐れずに近づき「どうどうどう」と自分の手でその喉を撫でた。そして全身を使って抱きつき「ハイハイハイ、動物はこうやって撫でてやると喜ぶんですねぇ〜」とム〇ゴロウさんの様にコミュニケーションをとり始めた。
 すると段段とシャチが大人しくなり、その姿が小さく人間化していく。
 一分もしない内に白黒のシャチは元の突進太の姿に戻っていった。
「や〜ん! 服はちゃんと着てよ!」
「るせぇ! 人間をあんな扱いしやがって!」
 裸の突進太はすぐに自分が来ていた着物を?き集め、着る。どうやら今の未来の扱いで人間に戻ったのは予想外らしく、周囲の人間は里から呼びに来た若者を含め、ぽかーんとなった。突進太の顔は赤い。屈辱を覚えてもいる感じだ。里の人間達を動物扱いするのはまずいかもしれない。
「ともかく!」突進太を呼びに来た若者が急き立てる。「突進太! 早く来てくれ!」
「解ってる! わしに命令するんじゃねえ、与助!」
 帯を巻きつけながら、走る突進太を皆は追いかける事にした。
 ビリーもあの突進太の態度には気に食わないところはあったが、大事の前の小事と気持ちを切り替える。救世主見習いとしての心に素直に従った。
 後を追えば、陰陽の里はあるのだ。
 そして、あの不気味な光の源も。

★★★
 先を走る里の男達を、空荷の宝船とモンスターバイクは追う。
 困った時は『ホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)』と、ジュディはその途中で情報交換を仲間に持ちかけた。
 ジュディはカボチャ畑で不気味な『色』に襲われ、それを手傷を負いながら撃退した事を、ビリーとリュリュミアはその畑でとれたカボチャをカレーにしたら凄くその『色』の不気味な代物になったのを、未来は陰陽の里に皆が捜している『おつう』さんがいるらしい事をそれぞれに語り合った。
 ジュディは不気味な色彩との接触時に感じた激痛を詳しく語った。。
 ほんの一瞬ではあったけど、おぞましい戦慄が背筋を駆け上がった。
 まるでエネルギーを吸い取られるかの如き不快な違和感。
 あの色彩は極めて危険な存在だと皆に説明した。
 皆からアンドルー・スピンという男がその村に現れていたらしいという話も聞いた。その男こそ今、ジュディが追いかけている相手だ。
 モンスターバイクの眩しいヘッドライトが暗闇を切り裂く。
 エンジン音を轟かせながらジュディは、道なき道をバイクを走らせた。
 あの時、村人を救おうとした際に、あの不気味な色彩に触れてしまい、まるで火傷のように赤く腫れた片手が痛む。
 焦る気持ちが滲み出るその横顔を、首に巻きついた愛蛇ラッキーセブンが無言で見つめている。
 皆が走っていく方向、木木が茂る闇の隙間からあの不気味な『色』の光が漏れ出でてくる。
 どうやらそのスケールは皆が予想しているより、遥かに大きい様だ。
 森が切れて、皆は開けた場所に出た。
 それは結構大きな村だった。ここが陰陽の里なのか。
 不気味な光の逆光のシルエットとなって、人人が逃げ惑っていた。
 その中には人としての形を崩した動物達のシルエットも。鶴らしき影も二、三羽いる。
「ここが陰陽の里ですかぁ」宙を飛ぶ宝船に乗ったリュリュミアが二〇mほど下のまるであふれんばかりに膨らんでいる『色』の奔流を見下ろす。それは夜だとは信じられないほどの輝きだった。
 空気まで汚染しているのか、金臭い様な泥臭い様な匂いが充満している。
 光にとりついた突進太が大きな鉈を振り回しているが、まるで役に立っていない。単に宙を切っている様だ。
「みんな! あの色彩にはマジカル・ウェポン、魔法の武器しか効かないノ!」
 バイクに乗ったまま、ジュディは『マギジック・ライフル』を取り出しながら皆に警告。
「そもそも、これは何なのよ!?」
 『サイコ・セーバー』から精神力の銀色の光刃をのばしながら未来は身を低くして構える。
 あふれる『色』は光る雲と形容されていたが、はっきりした雲や霧の様な輪郭があるわけではない。オーロラの如き光る色彩のにじみがうごめていた。。
「井戸に石を投げ込んだって言うてたな。中心地に井戸があるはずや」
 レッサーキマイラとリュリュミアを乗せた宝船のビリーは、上空から『色』は家と家の隙間を縫った通りを直径一〇〇mは広がっているだろうと見当をつける。
 逃げ惑う里人達の反応は様様だった。
 ほとんどの者達は逃げ惑っているが、ある者は投石や弓矢で攻撃し、雨を溜めた溜め池から木桶で水を運んできて火を消すみたいにかけている者もいる。しかし、それらが何の役にも立っていない。
 動物や鳥の姿で右往左往している者達もいる。
 もしかしたら、光の中に倒れている被害者がいるかもしれないが、それは『色』を見通せないので解らない。
 そうしている内に、まるで炎が噴きあがる如く、光が上方に急速に伸びていた。
 その先にあるのは空荷の宝船だ。
「ええぃ、ですぅ」
 リュリュミアは宝船の縁先から下方に向かって『ブルーローズ』のツタを両掌から怒涛の如く、急速に伸ばした。
 それを広げて傘状の壁を二つ作る。
 するとそれに遮られて『色』の流れが止まった。
「ブルーローズは魔法も遮断出来るから、この『色』にも効くんやな」
 船をコントロールするビリーが感心する。
 地上ではジュディがマギジックライフルの魔弾を撃ち込むと、まるで悶えながら無音の悲鳴を挙げる様に光の色彩は後退していく。
「エフェクティブ! 効果ありネ!」
 一方、未来の噛みしめた口から吐く息が、周囲の空気を白く染める、
「一閃!」
 里の家の外壁を蹴って、斬撃の軌跡が六度の閃きとして『色』を斬り刻む。サイコ・セーバーのESP精神力の刃もこの敵に対しては有効だった。
 更に地を降りた所で平蜘蛛の如く、片膝を落とした抜刀術の構えを未来はとる。足を限界まで開いて、周囲からはミニスカの中の縞パンはバチッと丸見えだ。
 その未来に対して『色』は反撃に出た。
 瞬間、抜刀の如き勢いで銀色の光の刃が横薙ぎでその反撃を迎え討った。鞘はない。が、速度は居合のそれだった。
 斬りつけられ『色』は後退する。
「こっちのペースになってきとるな」
 船の上から覗き込んでいるレッサーキマイラが戦況を見ている。
「せっかくやから、おまいらも参加したらどうや」
「いやぁ、わいら、魔獣という他称なんすが魔法的な攻撃っちゅーと山羊頭の『狂気の眼』くれえしかねえんですわ」
 相手の正気を奪う魔力がこの場面で有効とはビリーにも思えなかった。
 だが、もう既に眼下では未来やジュディの攻撃が功を奏していた。
 『色』は徐徐にその光る範囲を狭めていく。中心へと吸い込まれる様にどんどん小さくなっていく。
 リュリュミアのブルーローズで光る触手状の攻撃を防ぎながら、空荷の宝船も追いつめるように高度を下げていける。
 ジュディが撃つ。未来が斬る。
『色』が縮こまっていき、その中に隠れていた倒れている里人の犠牲者達の姿も見えてきた。
 煙が噴き出る映像を逆再生する様に『色』がどんどん収束していく。
 と、里の中央にある大井戸の中へと全て吸い込まれてしまった。
 里は闇の中、里人が手に持つ松明以外、光はなくなった。
「どーやら退散したみてえでんな」
 レッサーキマイラの軽口を聞きながら、ビリーは空荷の宝船を地上に降ろした。
「ビリー!」
 アメフト・アーマーのジュディはこちらに駆けてくる。
「里人達を助けてくれマセンカ。ビリーならケア、治癒出来るデショ。グランパ、祖父もトゥデイ・ユー、トゥモロウ・ミー、情けは人の為ならずと言ってマシタ」
「言われんでもボクは治す気満満や」
 ビリーは『鍼灸(はり・きゅう)セット』を取り出すと『指圧神術』も並行して里の地面に倒れている者達の治療にとりかかった。
 倒れている者達は全身が火傷した様に赤紫になり、まるで体力を奪われたみたいに衰弱していた。
 里人が広場になっている井戸の傍にござを集め、そこに負傷者達を並べる。
 彼らはビリーの治療によってかろうじて一命をとりとめる、という状況だったが、残念ながら二人が手遅れで絶命していた。
「なんやねん! アンドルー・スピンっちゅー奴がこの騒ぎを起こしたっちゅーのか!? なんでここまでの事をせにゃあかんのや!?」
 手遅れになった人達に最後まで蘇生処置を試しながらビリーは憤った。
 それにしてもこの手際ならば、あのカボチャの村の負傷者もビリーに任せられると、ジュディは後でこの座敷童子に相談しようと決める。
「ともかく、ここが陰陽の里である事は間違いないのね」
 未来はこの広場に集まった里人達を見回した。
 五十人ほどの里人は老若男女、全員、白い和服を着ていた。松明や月の光が彼らに黒い影を落としている。あの混沌の光をばらまいていた『色』がなくなり、色彩の落ち着いた里を見ると、まるで白黒映画を見ている様な落ち着いた景色だ。モノクロの画面だ。
「これが『陰陽の里』なのね。わかりみが深い」未来がうなずく。「で、里の長は誰なの」
「わしの親父だ」
 そう言ったのは突進太だった。
 彼は横たわった大柄な死体の一つにひざまずいている。
 つまり、死んだ一人が彼の父親であり、長だったのだ。
「わしが里の長を継ぐ! 誰も文句はないな!?」
 突進太が叫ぶ。有無を言わせぬ態度であって、それに異議を唱える里人はいなかった。
「随分と強引ねぇ」緑一点のリュリュミアは呟いた。
「こうなったからには、わしは許嫁(いいなずけ)のおつうと結婚し、早いところ、この里を立て直す! そしてアンドルーとかいう奴がまた来たら、今度こそ殺してやる!」
「おつう!?」未来は叫んだ。「やっぱり、おつうはこの里にいるのね」
 この広場にいる里人の中から線の細い、美人だがパッとしない女性が歩み出てきた。
「おつう」突進太が彼女に近寄り、無造作に手を取る。「祝言は後回しにするが、今からお前とわしは夫婦じゃ。立会人はここにいる皆じゃ。わしは新しい里の長となり、この里を統率する」
「立会人がここにいる皆ならば、わたしはそれを認められないわ!」未来は腕を組んで一歩前に出た。「あなたがおつうさん? 五作さんがすっごく心配してるよ」
「五作……五作を知っているのですか」おつうが安堵と使命感の葛藤が表れている表情を未来に向けた。
「よそもんは口を出すんじゃねえ!」突進太が、未来とおつうの視線の間に傲慢に割って入った。「里のもんは里のもんと結婚すれば幸せになれるんだ!」
「ムラ意識ね……」未来は呆れた表情を作った。
「そもそも、ここはどういう里なんですかぁ」リュリュミアは疑問符を頭の上に浮かべる。
「この里は普通の人間に迫害されとる『動物の姿になれるもん達』が集まってる里だ」突進太が意外にあっさりと喋った。「ただの動物じゃねえ。この世で最も美しい黒と白の動物になれるもんだけが集まった里だ。選ばれた民だ」
 ここで皆「あ」と腑(ふ)に落ちた。
 五作の所で聞いた話。白虎やペンギンやパンダ、ダチョウやシマウマやシャチやシベリアン・ハスキーという白黒の動物達はこの里の者達なのだ。
 陰陽の里。ワーウルフの如く、動物の姿に変身出来る人間の種族の共同体なのだ。
「とにかく、おつうさんは五作さんとこに戻した方が幸せになれるんとちゃうん?」
 負傷者を治療しながらのビリーの言葉に、突進太は一m八五cmの高みから鼻をふん!と鳴らした。
「里の外の人間と結婚して何かいい事なんかあるもんか。実際、おつうはわしらに助けられる前はやせ細って酷い有様だった」
「それはおつうさんが自分から……」
「あのう……」リュリュミアが横から口をはさんだ。「それよりも井戸の中を確かめた方がいいんじゃないですかぁ。あの光の色はこの井戸の中にいるんですよねぇ」
 すぐ傍の大井戸を指さすリュリュミアの指摘に、この場に集まっている里の民はざわつく。
「銀次郎!」突進太が若者の一人を呼んだ。「今すぐ、井戸の中がどうなってるか見てこい!」
 命令された若者の顔は正直なところひどく怖がっていたが、新しい里長に逆らえる気力がなく、見るからに嫌そうな態度で着物を脱いだ。
 と、その姿は一瞬で砲弾型のシルエットのペンギンになり、その白黒の身体を井戸の中へと踊り込ませる。井戸の底の水音が皆の耳にも届いた。
「さっきの話やけど」ビリーは中断した話を再開した。「おつうさんは五作さんに命令されてつらい仕事をやらされてたんやない。恩返し、五作さんとの暮らしをいいものにしようとして自発的に始めたんや。そうやろ、おつうさん」
 ビリーに話を振られたおつうが沈黙している。この場合、沈黙はビリーの意見を肯定していると皆は雰囲気で覚った。
 堂堂と里長となった突進太に、真正面から異議を唱えるだけの気力がここの里人にはないのだ。
「おつうさん。五作さんはあなたに感謝して、絶対に帰ってきてほしいと願ってるよ」
 未来は、五作の代わりになって、彼の悲痛を訴えた。
「とにかく駄目なもんは駄目だ! おつうはわしの許嫁だったんだ!」
 突進太が怒りに任せてシルエットがシャチ化しそうになった時、大井戸の中からペンギンがピョーン!とジャンプして縁に乗っかった。身震いして身体の水気を切る。
「井戸の中にあの光はいなくなってる」銀次郎がペンギンのままで喋った。「水脈を通って逃げていったんじゃねえのか。あとこんなのを水底に見つけた」腹の辺りの羽毛の中から握り拳大の石を取り出す。
「ホワッツ? そのストーンは?」
「アンドルーの野郎が放り込んだ石にまちげえねえな」
 ジュディの疑問に答える形で突進太がその石を拾い、答えた。全く、何の変哲もない黒銀色のツルツルした石に見える。
「あの色味はありませんねぇ」
 リュリュミアはその石の間近に来て、観察する。
「前はすっごく不気味な色をしてたんだがな。その色が井戸の中から明るく漏れ光っとったんだが」
 これで陰陽の里にやってきた部外者は納得した。暗闇の中で灯台の様に自分達を導いていたのはその光なのだ。
「この里と、あの『色』とアンドルーには何の因縁があるんや」
「因縁なんか何もねえ!」ビリーは気になっていた事を訊ねてみたが、返ってきたのはシャチ人間の怒号だった。「アンドルーとかいう派手な身なりをした奴は三日前、いきなりこの里に現れて『この村には色味がまるでなくてつまらないね』とかぬかしやがって、皆の前でこの石を大井戸に放り込んだんだ。その後、自分も井戸にとびこんだ。そしたら井戸の水があの何とも言えない色になって飲めなくなったんだ。……で、今夜がこれだ」
「井戸の底には水流があるんですかぁ。アンドルーとかいう人もそこから逃げられたんなら人が通れるほど大きいのねぇ」リュリュミアがぽやぽや〜と自分の推測を口にした。「わたし、その水流を辿ってみるわぁ。さっきの『色』もそこから逃げたっていうんならぁ、水流が他の井戸とかに繋がっていて、そこから出ていってるかもしれないじゃないですかぁ」
 言うなり彼女は大井戸の中にピョンと飛び込んだ。
 皆は思いがけない彼女の行動に大慌てになり、松明を持った者達が急いで大井戸を覗き込んだ。
 すると彼女は深い井戸の水面、深海も進める大きな『しゃぼんだま』を自分の周囲に展開させて、水の中に潜っていくところだった。
「光る雲が流れてくる大元にはアンドルー・スピンがいるかもしれないですしぃ。行ってきまぁすぅ」
 しゃぼんだまは水中へと沈んでいった。
 見送る皆は彼女の事を心配しながらも、これからこの里をどうにかしないといけないと現状を危惧して、里の風景を眼に映した。
「そや、あれやね、なんやかんや言ってもわいらはこの里を救ったヒーローなんやから、今夜はこの里に泊めてもらって、晩飯でも馳走になって、明日、わいらのアンドルーについての意見とおつうさんについての意見をあらためて吟味してもらわんといけんね」
 偉そうな台詞を吐いたのは、何もしていないレッサーキマイラだった。そういえば里人達はこの魔獣に怯えてはいない。獣を見慣れているのだろう。
「ち!」ばつが悪そうに突進太が舌打ちする。「まあ、いい。泊まれる家を準備する。今夜はある程度、現場を片づけて怪我人も一か所に集めて収容する。全ては明日だ」」
「アイド・ビー・ハッピー・イフ・ユー・クゥド・アッド・ア・リウォード・フォー・ディナー、ちょっとばかし、夕食にはご褒美を上乗せしてくれると嬉しいんですケドネ」アメフトアーマーを着たジュディはテンガロンハットのつばを傾け、ラッキーちゃんの身を撫でながら微笑む。「ご褒美はアルコールに限るケドネ」

★★★
 朝の陽光。外で雀がチュンチュンと鳴いている。
(……また、知らない天井ですわ)
 マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)はけだるげな眼醒めにひたりながら、ベッドの上でふかふかな羽根布団から身を起こす。
 と、突然、先日の醜態がフラッシュバックし、咄嗟にシーツを掻き寄せようとするが、今の自分が浴衣姿なのに気づいて安堵する
 今度は裸ではない。
 その事がどんなに嬉しいかが身に染みて、安堵の息はとても長く尾をひいた。
 昨夜を思い出す。
 仲間達と一緒にアシガラ地方の町へ戻ったマニフィカは、ひなびた温泉宿に逗留し、ゆったり湯浴みを楽しんで英気を養った。
 湯上りに冷えたアルコールを所望したいところだったが、酒乱という自分の悪癖を思い出して我慢我慢。先日はそれで死ぬほどの焦りを覚えたのだ。
 年季が入った木造の建物ながら、部屋の隅隅まで手が行き届いており、掃除に一家言あるアンナ・ラクシミリア(PC0046)嬢も太鼓判を押してくれるはず。
 晩餐の山河の幸に舌鼓を打ち、彼女とクライン・アルメイス(PC0103)も巻き込んで、軽くガールズトークで盛り上がり、そのまま心地よく熟睡を……。
 はて、自分はいつ布団に入ったのだろう。
 そこらの記憶が曖昧だが、同衾者がいるという落ちもなく、今朝の眼醒めは気持ちよかった。
 下に降りると食堂形式の朝食が待っていた。盆の上に自分の食べたいおかずの小皿を取るバイキングだ。
 卓に着いたマニフィカはいわゆる眼醒めの一杯の紅茶を嗜みながら、持ってきた『故事ことわざ辞典』を紐解いてみる。
 すると『無い名は呼ばれず』という文言が目に入った。
「名称のないものはどうにも呼びようがない事を意味し、事実がない所には噂を立てようにも立て方がない事」を言う。
 まあ、これは今朝の眼醒めの事を素直に言っているのだろう、と褐色の人魚姫は結論した。今朝は何もなかったのだ。
 再び頁をめくれば『騎虎の勢い』と記されていた。
「虎に乗った者は途中で降りると虎に食われてしまうので降りられない様に、やりかけた物事を行きがかり上、途中でやめる事が出来なくなる事」のたとえだ。
 騎虎か。いずれにせよクエストを受けた以上、最後まで全力を尽くす所存。
 ?油を垂らした豆腐を器用に箸でつまんでいると「相席いいかしら」と聞き覚えの声がかかった。
「よろしくてよ。クライン」
 その声に応じて、既に青いチャイナドレスに着替えているクラインが座った。手にした盆には和風の朝食の皿がそろっている。勿論、茶碗と味噌汁の入った碗もあった。
「昨日、手に入れた情報によるときなくさい匂いがしていますね」クラインはしじみの味噌汁に口をつける。「鞭を新調した甲斐はあるかしら」
 昨日は五作の家からこの町に戻った後、皆で三様に情報収集に歩き回った。
 その中でクラインは自分の新しい鞭を購入したのだが、運よく質のよい物を安く手に入れられたのだ。
 『電撃の鞭』。黒い革の艶に青く細い電撃が巻きついた模様のデザインの鞭は、名の通り打ったものに電撃を与えられる。
 これを手に入れられたのは幸運だった。売っていた店の主がクラインの足に見とれていたという事もあるかもしれない。
「おはようございます」
 次いで現れたのは浴衣姿のアンナだった。二人に礼を返されて座った彼女も和食の盆を持っている。
 卓についた三人は朝食を進めながら、昨日の事をあらためて話し合った。
「わたくしとしては必ず白い着物を着て訪れているという者達が怪しいと思うのです」
 味付きの焼き海苔をご飯に巻いて、箸で口に運ぶアンナは陰陽の里の者がこの町を訪れる事はないのかと調査をしていた。
 おつうの行方を知るには黒と白の動物たちを探す必要がある。
 彼らが人間になれるという事は、人間の姿で町に来ている可能性があるという事だ。
 この町の商店を巡って、出身はよくわからないけれど時時、何か品物を持って売買しに来る人達がいないかと、アンナは聞き込みをした。
 正体を隠しているはずなので、見つける事も接触することも難しいと思えたが、地道な作業は実を結んだ。
 必ず白、あるいは白と黒の模様の着物を着て、時折、この町に野菜や鹿や兎等と引き換えに生活必需品を買い込みに来る特定の者達がいるのが解ったのだ。
 そして、彼らが訪れる方角というのが、昨日別れたリュリュミア、ビリー、未来達が行ったのと同じ方角であるのも。
 それにアンナはアンドルー・スピンが時折、この町に現れる事も突き止めていた。。
 具体的にはアンドルーの見当をつける方が簡単だった。何せ、普通に名乗っているし、道化師の様につぎはぎの派手な鈴まで着いた派手な格好でいつもいるのだから。
 クラインもアンドルーについては、その奇抜な衣装、カボチャを高値で買い取った事から金回りの噂をヒントに調査していた。どうやらアンドルーは元貴族の家系らしいという噂もあった。
 しかし、昨日は彼はこの町にいたわけでなく具体的な居場所は解らなかったが。
 とりあえず三人が優先したのはおつうの居場所だ。
 おつうの正体らしい鶴や彼女を連れ去った動物達は白黒の柄という共通点があり、噂に聞く『陰陽の里』の住人と特徴が一致している。これが単なる偶然とは思えないのはマニフィカやクラインもアンナも同じだった。
「もともと夫人は陰陽の里の出身者であり、隠れ里に連れ戻されたようですね」
 そうマニフィカも予想を立てている。
「ペンギンやシャチなどの目立つ動物なら、目撃情報などの噂話も仕入れやすいはずですわ」
 クラインは海の動物の情報を中心として調査していた。
 三人の調査は、陰陽の里が白い着物を着て現れる者達が来る方角と、時折不思議な黒白の獣が現れる山の付近、そして昨日見た不気味な光、という場所で点と線が結ばれた。
 ただあくまでも『陰陽の里』というのはこのアシガラ地方では一般人にはお伽話程度の都市伝説という扱われ方をしていた。
 それを丹念に調べようとする者の方が好奇の眼で見られるほどの。
「陰陽の里には良質の素材の秘密でもあるのかしら、隕石の影響による変異という事もあるかしらね」
 クラインはおつうの羽根と普通の鶴の羽根の違いも調べていた。
 どうやらおつうの羽根は普通の鶴の羽根よりも清純と言うべきか、野性味がない代わりに繊細できめ細かな光沢がある様だった。これはおつう自身の個性の様だ。
 ともかくアレックスとジョンの依頼の第一は、おつうの織っていた見事な反物の流通を復活させる事なのだ。おつうの健康を考えると、おつうを連れ戻すだけでは反物の流通を復活させる事は出来ず、依頼も達成出来ないとクラインは考える
 おつうの様に鶴になれる者は陰陽の里では彼女一人なのだろうか。クラインはおつうはもちろん彼女の同族の鶴を探す事も目的にしていた。複数の鶴が見つかれば、高額報酬を前提に交渉し、身体の負担にならない程度でギブアンドテイクの取引を持ち掛ける余地はあるだろう。
 これらの捜査にクラインは『サイ・サーチ』で、見本を持っていた呉服問屋の切れ端にまとわりついたフォースの流れから、辺りにこれに類した物はないのかと探知を行っていた。
 すると、あまりにも距離が離れすぎていて漠然としていたが、これと同じ様な物、つまりこの見事な鶴の羽根を持つ者はこのアシガラ地方に「複数いる」という感覚が感じられた。
「とにかく優先順位の一番はおつうさんの行方を探す事です」
 アンナは熱い味噌汁の汁椀を飲んだ。
「おつうさんに五作さんの元に戻りたい気持ちがあるかどうか確認する事、反物はおつうさん以外に陰陽の里で作れる人、作ってもいいと言ってくれる人がいるかどうかです。その為に今日にも陰陽の里を訪れましょう」
 陰陽の里らしき場所が解った以上、躊躇する理由は何処にもない。
 そして、その陰陽の里でビリー、リュリュミア、未来達に再会するだろうという予感もアンナにはあった。
 三人は食事を終えて、茶を飲んだ。
 マニフィカもあらためて緑茶を飲む。
 その時、宿の外が騒がしくなったのに気づいた。
 どうやら町の通りが人の声で騒がしくなっている。
 宿の玄関がこの食堂から覗けて、そこでは大勢の人人が走っていくのが見える。
 確か、あの方向は温泉の源泉があるはずだが。
 地面から湯が沸き出る口はその温泉の様様な成分で岩の口がとろけて、まるで絵の具をぶちまけた様な幻想的な岩景になっている。
 三人は好奇心の虫が騒ぎ、食堂から玄関を通り、外へ出る。
 宿から出れば、すぐ湯元へと向かう上り坂だ。そんなに数もない宿が並んだ坂を急ぐ。

★★★
「地下水路は、全く迷路ですねぇ。さんざん迷ってこんなに水が温かくなった場所に辿り着いちゃったわぁ」
 大きく口を開けた源泉は町の広場になっていて、周囲を竹の垣根で覆われている。
 まるで溶けたアイスクリームにも思えるとろけた岩は様様な温泉成分による多彩な色彩に覆われ、そこから流れ出てくる熱湯の湯気で周囲は煙っている。
 そこに突然現れたのはしゃぼんだまに乗ったリュリュミアだった。
 水路はいろんな所で枝分かれして地上への口を開けていて、結局あの『色』がどの口から出ていったのか解らなかった。
 それでたまたましゃぼんだまごと地上へ出られる大きな出口を見つけ、出てみた所がこの温泉町の源泉だったのだ。
「リュリュミア!」
「あ、アンナさぁん。やっほぉ」
 素早くローラーブレードを装着したアンナがいち早く駆けつけ、リュリュミアの興味を惹く。
 少し遅れてクラインとマニフィカも到着した。
 リュリュミアとこんな出会いの仕方をするとは誰も予想外だった。
 周囲には、源泉から突然現れた黄色い帽子をかぶった緑の淑女に驚いた野次馬が大勢いたが、気にせず四人は会話を続ける。
「陰陽の里は見つかったんですか」
「見つかったわよぉ。そこで大きな光る雲と戦ったんですよぉ」アンナの問いにリュリュミアは答える。「それにしてもここは蒸しますねぇ。わたしは萎びてしまいそうなので、しゃぼんだまから出ずにお話しますわぁ」
「おつうさんは見つかったんですか」とクラインが訊ねる。
「いましたよぉ。でも許嫁と無理やり結婚させられそうなのぉ」
「許嫁?」
「シャチの人ですぅ。何だっけぇ、名前が確か『とてちて太』という里長ですぅ」
「リュリュミアはどうしてここへ」マニフィカは垣根をのりこえて、湯気の中、しゃぼんだまに近寄ろうとしたが、リュリュミアの方からしゃぼんだまごと近づいてきた。
「光る雲はとどめを刺される前に里の大井戸に逃げ込んだのでぇ、後を追ってみたんですぅ。でも、水路は迷路でさんざん迷いましたぁ」
「……あの程度の迷路で迷うだなんて、どうやら方向感覚は私の方がいいみたいだね」
 突然、聞きなれない男の声が会話に割って入ってきた。
「この岩のカラフルな所が実にいい。来る度に思うね、世界もこうあるべきだと」
 鈴の音。
 冒険者達は見た。
 野次馬に紛れながらも、あまりに悪目立ちする派手すぎる服装の三〇代の痩せた男を。
 肩で反った長髪は右を緑色、左をピンクと染め分けている。
 瞳は赤で、肌は雪の様に白い。
 魔術師の如きローブは様様な派手な布地のパッチワークとなっている上に飾りや鈴があちこちについている。
 アンドルー・スピン!
 皆は彼の正体がすぐに解った。噂に聞いていた通り、そのままの姿だ。
「あなたが陰陽の里に光る雲を放った道化師ですねぇ。黒と白で整った里にあんな物を放してぇ……」
 リュリュミアはシャボン玉の中から彼を指さした。
「陰陽の里? 黒と白の美しさ? ノン、本当の美しさは混沌にあるとあなた方に教えてあげる為にやっただけだよ。なに、特に礼はいらないよ」
「そんな派手なだけの趣味が悪い服を着て、恥ずかしくないのでしょうか」
「このファッションセンスが解らないとは……ご立派な感性ですな」
 マニフィカの指摘に、アンドルーが「いやはやなんとも」といった気障な身振りを見せる。
「何の考えがあって、こんな事をしているのですか」
「考え?」アンナの指摘を受け、アンドルーが滑稽そうな『考えるそぶり』をしてみせる。「考えねえ。その時の気の向くままかな。混沌を崇める私としては無計画な方がいいんだよね」
「あなたの『隕石』が陰陽の里の動物達に何か影響を及ぼしているのですか」
 クラインは『電撃の鞭』をしごきながら、無礼な男にかねてからの疑問を突きつけた。『小型フォースブラスター』も隠し持っている。
「影響? それは何とも言えないね。何が起きるか解らない事こそ混沌だからね。……あの里で『色』を育てて、やがては世界中に広められるほど大きく、沢山作るつもりだったんだけど、どうやら陰陽の里のは負けて逃げ帰って来ちゃったみたいだからねえ。まあ、もう一回、ばらまきに行くか、あの里に」
 突然の展開に野次馬が遠巻きにし始めたアンドルー・スピンが、持っていた杖を一振りした。
 すると、そのローブの内側から何とも言えないサイケデリックな光があふれ出て、一瞬、皆の眼を眩ませる。
 皆が姿を見失った次の瞬間、アンドルーが竹の垣根を超えて、温泉の源泉があふれ出る岩の口の前にいた。
 胸の前の玉虫色の小箱に両手が添えられている。
「君達も食らいたまえよ、この素晴らしい『色』を。私はこの『色』をやがて世界中にばらまくよ。混沌の化身『ウィズ』に誓って」
 小箱の蓋が開いた途端、爆発するかの様に『色』があふれでた。
 包んだ人間の生命力を奪う、凶暴な色彩だ。
 そのオーロラの様な虹色のにじみはあっという間にこの広場一杯に広がった。
「この光る雲は魔法しか効かないですぅ。あと、触ると大火傷みたいになりますぅ」
 大きな声でリュリュミアはここにいる仲間や野次馬全員にぽやぽや〜と警告した。
 野次馬達はめいめいに声を挙げて逃げ出した。
 リュリュミアはしゃぼんだまごと『色』に包まれたが、どうやらこの透明の玉の中にいる限り影響はないらしい。しかし視界全部が不気味な色で埋め尽くされる。
 クラインはこっそり準備していた懐中電灯を点し、色のついたセロハンを張っていたそれで『色』を照らした。
 彼女は『色』を、色相環で正反対に位置する補色で照らして無彩色化する事で威力を相殺出来ないかという狙いがあった。
 『色』はその効果に少し怯んだ様子を見せた。
 しかし、それもすぐ逆襲にとって変わる。『色』はめまぐるしく色彩を変える混沌の光で、補色となるものがほぼ特定出来なかった。
「これから君達には混沌の色に染まってもらいます。何、寂しくはないよ。陰陽の里もすぐ後を追うからね」
 その声と同時にアンドルーが湯気の上がる源泉の口へと投身した。
 先ほどの発言が本当ならば、彼はこの地下水路を知り尽くしているのだろう。
 朝の温泉街を『色』が襲いかかった。逃げ惑う泊り客や宿を飲み込もうとしているのだ。

★★★
 時間をちょっと遡り、陰陽の里の夜である。
 昨夜、皆が眠りにつくまで「お前の物は俺の物。俺の物は俺の物」的な突進太や里の顔役の者達を相手に、ジュディや未来は話し合った。
 この里ではおつうの様な『ワー鶴』(ワーウルフのノリでこう呼ぶ)は他にも五、六人いたが、皆、おつうみたいに自らの羽根を抜いて反物に織り込もうなどというつらい作業を行いたいと考える者はいなかった。
 まさしくおつうの織った反物はそんな自己犠牲精神の表れだったのだ。
 また、あの『色』とワー鶴の美しい羽根の色は全く関係がないのも解った。。
 しかし、このままではおつうと突進太は結婚してしまう。尤も亡くなった者の喪が明けるまでは婚礼の儀は始められないだろうが。
 皆はおつうが五作のもとに帰りたいと、無口ながらその感情が表情にありありと表れているのに気がついている。
 突進太は里の者以外の意見を聞くつもりは毛頭ない様だ。
 そして里の者も傲慢な彼に意見出来る気概のある者はいないようだ。
 こうして議論にあまり前進がないままで夜は更けた。
 おつうには今夜はまだ訊きたい事があると突進太を自宅に帰らせた。
 今夜は、おつうを皆と一緒にこの家で寝かせる事にした。
 前にジュディの手に受けた負傷もビリーの治療でかなり改善した。
 ビリーがとりあえずの処置を『色』による負傷者に施し終えた頃、皆、それぞれに敷いた布団で横になったのだ。
 そして、朝。
 白と黒のセキレイが、チチ、と囀りながら地面の虫を突いている。
 だが、陰陽の里の朝はいきなり騒がしくなった。
 里人達が水を汲んでいた大井戸からいきなり、混沌の色彩の道化師が飛び出したのだ。
「おはようございます。白と黒しか色気のない皆の衆」
 神を緑とピンクに染め分けていた派手なパッチワークのローブの男が高らかに笑った。
「あれがアンドルー・スピン……」
 ビリーも、ジュディも、未来も、彼を直接見るのは初めてだったが、その姿は全く噂に聞いたその者に間違いなかった。
「昨晩は私がせっかく放した混沌の『色』を撃退したって? 全く素晴らしく余計な事をしてくれる輩がいるもんだね」
 そう言って懐から玉虫色の小箱を取り出す。
「まあ、いい。今度は昨夜の量の倍だ。抗えるものならば、抗ってみせればいいさ。温泉街の方にも放ってきたしね」」
 小箱の蓋を開けると爆発的に『色』が噴き出した。
「さて、皆さん」アンドルー・スピンは病的に白い顔を微笑ませた。彼もここにとどまって戦うつもりでいるのか。「最終ラウンドだよ」
★★★