『違和感の色彩』

第1回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★
「まぁさかり〜かぁついでぇ〜♪
 きぃ〜んたろぉう〜♪
 く〜まにま〜たがりぃ♪
 お〜うまのぉけぇいこぉ♪」
 『オトギイズム王国』のアシガラ地方。
 古き良き日本の原風景を彷彿とさせる豊かな自然に恵まれた環境で、皆は自然と童謡を口ずさむ。。
 というわけで緑色と土色が濃い田舎道をテクテクと座敷童子ビリー・クェンデス(PC0096)が歩いている。
「『まあ、サカリがついて』ってのは下ネタじゃねえんですかい」
 ビリーの後ろを歩いていたレッサーキマイラの獅子頭に『伝説のハリセン』がスパコーン!と炸裂する。
「下品なツッコミはせんでええんや! せっかく既に著作権が消滅してJ〇SRAC先生もニッコリの安全な歌やのに!」
 そんなのんびりとした道のりで、夕刻にビリーとレッサーキマイラは、金太郎という少女とヤマンバが住む山の一軒家に辿りついた。
 自然、予定していた金太郎達とカレーパーティは晩飯となった。
 庭先に出た金太郎とヤマンバと、そして全自動洗濯機IZUМIの精霊と一緒に、ビリーとレッサーキマイラとリュリュミア(PC0015)はカレーパーティを始めた。
「リュリュミアさん! いつの間にここに現れたんや!?」
「いやですわぁ。一〇〇mほど間を開けてぇ、ずっとついてたわよぉ」
 いきなりにさりげなくリュリュミアが加わっていたのにビリーは驚いたが、当の光合成淑女は涼しい顔でカレーの皿を手に持ち、スプーンを口に運んでいる。
「カレーは寝かせた二日目の方が美味いといーますけど、作ったばかりでもやっぱり美味い物は美味いでんなあ」
「美味しいからって寝かせすぎるとウエルシュ菌というのが増殖して食中毒になるから気をつけた方がいいですよ。ウエルシュ菌は火を通してもなかなか死滅しないの」
 レッサーキマイラの山羊頭が皿を平らげているのを見ながら、IZUМIの精霊が無粋なうんちくを披露した。
 ともかく、ホカホカとした湯気が立つカレーライスの皿がパーティ参加者の周囲に沢山置かれている。
 ビリーの十八番の『打ち出の小槌F&D専用』が大活躍し、今日はご当地カレーの食べ比べ企画。
 たとえば和牛カレー、帆立カレー、粗挽きキーマカレー、地鶏カレー、クリームチーズカレー、きのこカレー、海軍カレー等等。
 まさに食欲の望むがまま、とにかく自由に選び放題。カレーあふるる約束の地を再現せしむ。
「海軍カレーには、カレーの具として海軍は入ってないんやな」
「ウグイスパンだって中にウグイスが入ってねえじゃねえか」
 レッサーキマイラの山羊頭のボケに、獅子頭がツッコむ。
 うん、このタイミングや、と茄子カレーを食べながらビリーはこの三流芸人に湧いている愛着を再確認した。
 金太郎はレッサーキマイラとカレーをたいらげた皿の数を争っていた。レッサーキマイラは二つ頭で(三頭目の蛇頭はちびちび黙食している)二人分の食欲を誇っていたが、金太郎の食欲はそれ以上だ。瞬く間に皿が積み上がっていく。
「あのぉ〜」しばらくすると真ん丸に膨らんだ腹を抱え、もう食べられないと呟きながら横たわる金太郎嬢やレッサーキマイラを横目に、リュリュミアは緑の風呂敷に包んでいた物をさしだした。「これでカレーを作ってもらってもいいでょうかぁ」
「なんや、それ」
「農家の収穫作業を手伝ったら、ただで分けてもらえたんですよぉ」
 リュリュミアが差し出した物。それはカボチャだった。ゴロゴロと三つが転がる。
「うーん。ボクの打ち出の小槌は料理を出すもんであって、作るもんやないからなぁ」
「じゃあ、何も具が入ってないカレーを鍋で出せんかね」凄まじい顔をしているヤマンバの顔に似合わぬ優しい声。「うちのかまどでそのカボチャと一緒に煮込めばいいじゃ」
 成程、とビリーは打ち出の小槌を振る。
 すると大鍋に入ったトロリととろけたカレールーが出現した。
 皆は金太郎の家の厨房へと移動した。
 かまどに鍋を置き、薪をくべる。
 まな板にカボチャを載せて、ヤマンバが大包丁でカボチャを小片に切ってみる。
 途端、ここにいた全員が「う!」となった。
 切り刻まれたカボチャの断面。それは何とも言えない不気味な色にほの光っていたからだ。なんというかアニメとかで心底不味い料理が出来上がってしまった時の表現としてよくあるアレだ。アレがリアルにこのカボチャの内部で不気味な光として染み出していた。
「……リュリュミアさん。失礼やけど、このカボチャ、傷んでるとちゃうん?」
「今日、収穫したばかりのちゃんとした新鮮な物ですわよぉ」
 何か金臭いような泥臭い様な臭気が厨房に漂い始めた。
 火を通せば何とかなるかもしれん、と、ウエルシュ菌よりも危険そうな物をヤマンバがカレー鍋に放り込んでみる。
 すると、煮立つカレーがその不気味な色に浸食され、見る見る内にカレー全体がその何ともいえない不吉な色になってしまた。
「モザイク料理や……」ビリーは呟く。
「ここは……芸人としては味見をせねばならんシチュエーションやな……」
 額に汗をかいたレッサーキマイラが、おたまを不気味な色彩のスペクトルを放つカレーに突っ込む。
「待ちぃや! これはさすがにボクもストップをかける! 闇鍋よりも危険や! リアクション芸人がホンマに死亡して番組が打ち切りになるパターンや!」ビリーはおたまを持つ前脚にとびついて止めた。「リュリュミアさん、このカボチャ、何処から持ってきたんや」
「普通のお百姓さんの畑からですけどぉ」リュリュミアは皆を危機に落としいれようとしているのは心外だ、という顔をする。「隕石が降ってきて以来、畑の作物が何とも言えないえぐみを持って売れなくなったからぁ、ただで幾らでも持ってっていいってぇ」
「えぐい……食べられる事は食べられるんやな……」でも味見はやめさせておこうとビリーは決める。「……隕石……なんやそれ」
「さぁ。何でもカボチャ畑に降ってきて、変なピエロみたいな人が大金で買っていったらしいわよぉ。隕石も変な色をしていたらしいけどぉ……」
「ピエロ……宮廷道化師や吟遊詩人もそんな恰好したりするって聞いた事あるけど。何でそんな物を買ってったんやろ」」
「わたしは思うにサーカスの関係者、あのディス・マンみたいのが関係してるのかなぁってぇ。そういう事考えると心配になって夜もぐっすり眠れないのぉ」
「ディス・マンか……」ビリーは前に王都で起こった『透明獣騒動』の首謀者を思い出していた。「ヤマンバさん、なんかここらでも最近、変わった噂を聞かんかったりせん?」
「噂ねぇ……」ヤマンバが不気味カレーに手をのばそうとする金太郎の手を叩きながら頭をひねる。「関係あるか解らないけど、最近『鶴の恩返し』の話を聞いたねぇ」
「鶴? どんなんやのん」
「それがな……」
 ヤマンバが語り始めた。
 山のふもとで薪売りを生業としていたある優しい若者が、雪の日、猟師の罠に足を取られていた一羽の鶴を逃してやった。
 するとそれから数日し、若者の家に一人の白い着物を着た美女が訪れ、そのまま男の押しかけ女房となった。
 その女房は「決して覗いてはいけません」と家の奥の障子を閉ざして、彼の母が亡くなるまで使っていた機(はた)織り機で反物を織り始めた。
 出来上がった反物はとても見事な物で町の呉服問屋に売ると大層な値がついた。
 女房はそれからも反物を作り続け、若者の暮らしはとても楽になった。
 だが、ある日、若者は好奇心に負け、機を織っている最中の奥の部屋を覗いてしまった。
 するとそこには一羽の鶴が自分の羽根を抜いて、反物に織りこんでいる光景があった。
 その時、家の中に突然、白虎やペンギンやパンダ、ダチョウやシマウマやシャチやシベリアン・ハスキーという動物の集団が押しかけてきて、若者の手から女房をさらうと何処ともなく逃げてしまった。
 ……という事だった。
「ちょい待ち……んなワケあるかい! 海の生き物まで混じっとるで。ぶっちゃけ、ありえへんやろ」ビリーはヤマンバにツッコミを入れる。
「まあ、噂話だかんな」と涼しい顔でヤマンバ。
 皆が外に出ると、すっかり夜になっていた。
「その噂によれば、向こうの方角にある家だという事だがな。……ん?」そう言ったヤマンバが一方向を指さそうとし、全く違う方向に気を取られた。「なんじゃ、あれは」
 皆がヤマンバが気にした方向を見る。それは遠方の山山の間にある暗い風景だった。
 夜の闇の中にポツンと小さな光が点っていた。
 それはあのカボチャの内側、不気味カレーと同じ色の光の一点だった。

★★★
 朝の陽光。外で雀がチュンチュンと鳴いている。
(……知らない天井ですわ)
 二日酔いの鈍痛に眉をひそめながらもダブルベッドから身を起こすマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)。
 自分が裸であるのに気づき、反射的にシーツを掻き寄せた。
 その時、同じベッドに横たわる大柄な人影が寝返りを打つ。
 意味深なシチュエーションに直面し、思わずそちからから眼を反らしながらもパニックに陥ってしまう。
 どうしてこうなった!?
 精神を落ち着かせるべく深呼吸し、冷静に周囲の様子を見渡す。
 薄暗い部屋は、たぶん宿屋の一室だろう。
 床には脱ぎ散らかした衣類。
 そして見おぼえのあるテンガロンハット。
 テンガロンハット?
 思わずまじまじと隣を見返すと、下着姿の親友がぐっすり寝入っている。
 うーん……これはセーフかもしれない、おそらく、メイビー。
 そうであってほしい。
 少なくとも二人が愛し合った跡はない。
 あってはたまらない。
 いそいそと貫頭衣を着たマニフィカは、テーブルに置いてあった便せんに『ご迷惑をおかけしました』というメモを残し、静かに立ち去る。
 宿屋の階段へと急ぎ、酒乱の悪癖を呪いつつ、習慣から『故事ことわざ辞典』を紐解いていた。
 そこには『三つ子の魂百まで』という一文が記されていた。
 ……どういう意味だろう。
 今度ばかりは辞典の託宣を疑いながらも深い溜息を吐き、無言のまま本を閉じる。
 頭が痛い。
 マニフィカは再び頁をめくろうとはしなかった。
 一階に下りて気がついた。
 ああ、ここは『冒険者ギルド』兼の宿屋なのだ。
 いつもとは違う町に来ていたので気がつかなかった。
 ついでに受付大広間の冒険依頼書も眺めていく。
 その気はなかったのだが、一つの依頼が気になって立ち止まってしまった。
 その依頼はかつて『デリカテッセン領』で知り合った仕立て人ジョン&アレックス両氏からの依頼だった。
 過去に幾度も関わってきたデリカテッセン領とは縁が深い。
 これも『最も深遠に坐す母なる海神』のお導きなのかもしれない。
 マニフィカもその導きにのる事にし、受付嬢の方へ行った。

★★★
 朝の陽光。外で雀がチュンチュンと鳴いている。
 さわやかな朝の目覚め。
 窓から差し込む朝陽が眩しい。
 コキコキと肩を鳴らし、それから大きく背伸び。朝陽を逆光とする均整の取れた筋肉のシルエット。
 ジュディ・バーガー(PC0032)はぼんやりと昨夜の出来事を思い出した。
 活動資金を稼ぐ為、老騎士ドンデラ公と別行動中のジュディは、ようやくクエストを達成し、その祝杯をあげていた。
 たまたま居合わせた親友マニフィカにも軽い気持ちで酒を勧めたところ、彼女の酒乱の悪癖で大騒ぎに……。
 すっかり酔い潰れた彼女を抱え、とりあえず宿屋へと『お持ち帰り』した次第。
 ……そういえば、マニフィカは?
 彼女の姿を探してみたが、室内には見当たらず、伝言らしきメモを見つけた。
『ご迷惑をおかけしました』
 どうやら先にチェックアウトしたらしい。
 下着姿だったが服を着込み、最後にテンガロンハットをかぶって部屋を出る。
 宿屋のフロントに宿泊費を払い、連れがいつ帰っていったかを聞いてみる。
 三十分くらい前だという事だ。
 ジュディが一階広間に降りていった時には彼女の姿はなかった。
 まあ、またいつか会えるだろう。
 半鎧姿やローブの雑多な冒険者達。
 そのまま、広間を通り過ぎて玄関を出、馬小屋の横に駐車していたモンスターバイクに燃料を補充し、愛蛇ラッキーちゃんにも餌を与えてから旅立つ事に。
 出発の準備を整えつつ、……なんとなく違和感を覚えた。
 どうしてだろう。
 それは建物前を行き交う冒険者達から時折、会話が漏れて聞こえる、ある種の話題。
(……畑に落ちた隕石?)
 実話ともただのヨタ話とも聞こえるその話題がジュディの耳を大きくしていた。
 ある地方に夜空から一閃の流星が落ち、平地のかぼちゃ畑を小さく穿った。
 くぼんだ地面より堀り起こされたその隕石は握り拳ほどだったが、なんともいえない不思議で気味の悪い色味を帯びていたという。
 やがて、一人の男が現れ、農民達からそれを高値で買い取った。
 男はシルエットこそローブに身を包んだ魔術師の様だが、その服装の色やアクセサリー、身体のあちこちに付けられた鈴は奇矯でまるでサーカスにいるピエロか宮廷の道化師の風であった。
 その畑のかぼちゃには味に何とも言えないえぐみがあり、とても売りに出せる物ではなかったという。
 どうしてもその話題がジュディの気にかかる。こういう時の自分の勘は信じた方がいいと稼いだ経験値が告げている。
 アメリカンな合理的精神と野生の勘が融合したジュディの心はモンスターバイクの次の行く先をその噂の元らしい農村へと決め、轟音と共に走りだした。

★★★
「久しぶりですわね。クラインさん」
「ええ。すっかり社長業の方が忙しくてね。戦闘からも長い間、遠ざかっていたから、最近は毎朝に軽くトレーニングを行っているのよ」
 スリットの深いチャイナドレスを着たクライン・アルメイス(PC0103)は、アンナ・ラクシミリア(PC0046)達との久方ぶりの再会でも変わらない親交を温めた。
「現場を見ることは大事ですからね。そろそろ鞭も新調しようかしら。せっかくオトギイズムにいるのですからデザインに優れた優雅な物がいいですわね」
 オトギイズム王国の純和風地帯アシガラ地方のとある町に依頼を受けた冒険者達は来ていた。
 和服姿の人人でごった返す大通りにある呉服問屋。
 ここでは冒険者達の姿は浮いていた。
 デリカテッセン領の仕立て屋ファッションデザイナー、ジョン&アレックスの依頼遂行の為に訪れた冒険者達は、依頼者が欲しがる高価で貴重な反物の供給がどうして閉ざされたのかを呉服問屋の主人に訊ねてみた。
「……それが仕入れ先の村の若者……五作ってんですがね、そいつが時時、売りに来てたんですが、最近、とんとやってこなくなりましてね。無い物は売れませんので……」
「その反物は、五作という若者以外から代替の流通ルートを作るわけにはいかないでしょうか」
 アンナはそう訊ねてみたが、問屋主人は首を振った。「それが五作が持ってきた以外には見た事がない代物で、五作以外から仕入れるなんてどうやったらいいのか……」
「その反物って本当にそんなに見事ですの。出来れば実物を見せてほしいのですけど」
「実物が解らなければ、そもそも話などできませんわ」
 マニフィカとクラインの申し出に主人は困った顔をした。「それが既に全部、デリカテッセンに送ってしまった後なんで……いや、待てよ。見本用の切れ端なら奥に……」
 呉服問屋の中で冒険者を畳のある間に上げて応対していた主人は、言うや、一度奥へ引っ込んだ。
 桐の大箪笥の引き出しをしばらく確かめていたが、目当ての物を見つけ出し、小さな巻物を片手に持ってくる。
「これが見本となりますね」
 主人が広げたのは一辺二〇センチほどの白と黒のコントラストがはっきりした布だった。
 滑らかな白と艶やかな黒が入り混じった布は本当に上品で美しく、ところどころに織り交じられている鳥の純白と漆黒の羽毛が奇麗に輝いている。
「これは……」
 クラインは思わず値踏みしていた。これならどんな高値がついても納得の極上品だ。
 これが市場から消えてしまうのは惜しい。そう思わせる逸品だった。
「何故、売りに来なくなったかは解らないの」
「それがとんと……。理由が解るなら私からもお願いしたいです」
 呉服問屋の主人の表情が明かるくなった。
 皆は五作の家に直接尋ねに行く事にし、その住んでいる所を主人から聞き出した。
 町からかなり離れたアシガラの山沿いの一軒家だそうだ。

★★★
「思っていたよりも随分歩きましたわね」
「しかし、皆もこの家に行くなんて奇遇やな」
 五作の家を訪ねにアシガラの牧歌的な道を歩き続けた皆は、途中でビリーとリュリュミアとレッサーキマイラと合流していた。
 まさか、こんな所でビリーとリュリュミアはともかくレッサーキマイラの様な魔獣と遭遇したのには驚いたが、まあ最近はビリーが連れまわしてる事は多く、想像出来ない事ではない。
 それよりもビリーとリュリュミアの『鶴の恩返し』の話は初耳で、その方に興味をそそられた。
 その話が本当だったら、五作が反物を売りに来なくなった理由は納得出来る。
「しかし、鶴をさらっていったのは白虎やペンギンやパンダ、ダチョウやシマウマやシャチやシベリアン・ハスキー……動物ばかりですね」
 アンナの素直な感想に皆はうーん、と唸らされた。
「鶴と何かヤバげな関係あるのかなぁ。マジ卍」
 姫柳未来(PC0023)も道中で一緒になった一人だった。彼女も依頼を受けたのだが独自に『鶴の恩返し』の話を聞きつけ、直接五作の家を訪れに来ていたのだ。彼女の情報源は主にトランプ占いで、五作の家にもそれで見当をつけていた。
「……そういえばこういう話もあるのよぉ」
 長い道中を情報交換しながら歩く冒険者達。リュリュミアは隕石の落ちたカボチャ畑とモザイクカレーの話を皆に話した。
 奇妙な話と皆は受け取り、未来は「げろげろ〜」とおどけた調子で天を仰いだ。
 しかし当面の話題とは関係ない、というのがその時の皆の感想だった。
「でもぉ、ディス・マンみたいのがまた暗躍してるかもしれないわよぉ」
 隕石を買い取っていったという派手で奇矯な身なりの謎の男を、リュリュミアは心配してる様だ。
「ディス・マンね。この騒動の裏で暗躍してる者がいるか……考えすぎでしょうか」
「その奇妙な身なりをしていたという男の名前は解りますか」
 マニフィカはあまりにノイズが多い現状に辟易している風だったが、クラインは食いつき気味にリュリュミアに訊ねていた。
「……スッピンとかぁ……思い出しましたぁ。農家の人達の話を聞くとぉ、確かアンドルー・スピンとか名乗っていたみたい」
「アンドルーねぇ……」
 未来が呟く。
 さっぱり聞き覚えのない名前を思い出そうと皆の脳が疲れた時、五作の家らしい場所についた。
 小さなこざっぱりとした、アシガラらしいかやぶきの木の家だ。
「すみませーん」
 未来が声をかけると、戸が開き、朴訥な若者が顔を出した。
 レッサーキマイラを見て驚く若者に、急いで事情を話して騒ぎをおさめるのはこれまでさんざん繰り返してきたルーチンワークだ。
「おいらが五作だ。まあ、奥へ上がってくれ」
 落ち着かせて訪問した事情を話すと、狭い家の中へ五作が皆を招待する。全員中へ入れないほど狭く、レッサーキマイラはビリーが作り出した『わん〇ゅ〜る』を食べながらの屋外待機となる。
 五作の家は大雑把に言って二部屋しかなく、奥の一部屋を大きな機織り機が占領していた。
 家の中はこざっぱりしていたが、着物や座布団や家内の修繕など一部に上質な生活の跡が見られた。これは反物がよく売れていた時の稼ぎのおかげだろう。
 囲炉裏を囲む六人に奇麗な湯飲みと美味しいお茶が行き渡った事でも、昔の暮らしの上等ぶりが解った。
「その湯呑は……」
「おつうの分だで」
 一つ目立つ、小ぶりで綺麗な空の湯呑を五作はそう説明した。
「とりあえず、お粗末様ですが……」
 正座を崩してチャイナドレスのスリットから白い太腿をのぞかせるクラインが、持参の紙袋から和菓子の包みを出し、五作に渡す。
 そしてにじり寄り、座布団に座った。
 皆もクラインの真似をして、拳でにじり寄り、座布団に座った。座布団に座る時の正式なマナーだ。
「それでお前様方は何かおつうについて訊きたいとか……」
 おつう。
 若者が言ったその名こそ、話の核心らしい、
 皆は当人から『鶴の恩返し』の話を聞いた。
 結論から言えば、皆がそれぞれに聞いた『鶴の恩返し』の噂は正しかった。
 ある日、五作は鶴を助け、おつうという押しかけ女房が現れた。
 おつうは美しい布を織り、反物は高い値で売れた。
 五作の暮らしは楽になったが、おつうが鶴の姿で機を織っているのを見てしまった。
 途端、動物達の群が押し寄せ、おつうと一緒に家を出て行ってしまった。
 五作は元の貧乏暮らしに戻る事となった。 ←今ここ!
 噂話は本当だったのか、と皆は茶を飲みながら驚いた。
「それで勿論、五作さんはおつうさんに今も会いたいんやろな」
 突撃レポーターの風に、ビリーは五作に食いつく。
「ええ。勿論だで」
「とにかく、おつうというのは鶴の化身で、彼女がいないと反物は作ってもらえませんのね」
 アンナの質問に五作は微妙な顔をした。
「勿論、おつうがいなければ作れん。でも、おいらはおつうにはこれ以上無理強いはしたくないんだ。……反物を作る度におつうはやつれてく様な気がして……」
 皆はその言葉に、問屋で見せられた反物の見本の美しさを思い出した。
 奇麗に織り込まれていた羽根。あれがおつうの鶴の羽根を織り込んだものだとしたら、文字通り、身を削って作っていたのかもしれない。
 クラインは可能ならばこの反物を会社で直接取引して製造と流通のラインを確保したいと考えていたが、生産効率から考えるとどうも無理そうだ。
「ところでおつうさんをさらっていった動物達に何か心当たりはありませんか」
 マニフィカが質問すると、五作は複雑な表情をした。どんな複雑さかというと科学者に「あなたは宇宙人がいると思いますか」と訊いた時の様なものだ。
「ここらには、人間になれる黒と白の動物達が住む『陰陽(おんみょう)の里』があるっちゅう話が伝わるけども、信じてるのは子供くらいだで」
「陰陽の里……なるほどね……。だったら私達は協力するよ」
 未来はあくまでも明るく五作に伝えた。
 皆も五作の悩みを解決したい気でいたが、伝(つて)が子供のおとぎ話程度の信憑性しかないとすると正直、先行き不安だ。
 でも、ジョン&アレックスの依頼を遂行したいのならば、そのか細い糸を手繰るしかない。
「どうもお世話になりました。私達はおつうさんを取り戻せるか調べてみます」とアンナ。
 皆、五作にしばしの別れを告げ、町に戻る事にした。
 町で宿屋を見つけ、そこで先行きの案を練ろう。そう皆の気持ちは決まっていた。
「地道な聞き込みが必要かもしれませんね」
 マニフィカは五作の家の戸を閉めて呟いた。
 とりあえず陰陽の里とかいう場所を特定するのが先決と思われた。
 しかし、おとぎ話みたいな場所をどうやって特定しろというのか。
「結局、どうなりましたんで」
 外にいたレッサーキマイラがわんちゅ〇るの空き袋を手に寄ってくる。
 ビリーは事の仔細を伝えながら、レッサーキマイラにまたがり皆と一緒に町への道を辿っていった。

★★★
 ドラゴンの吐息みたいな音をさせて、ジュディのモンスターバイクは隕石が落ちてきたという村に着いた。
 見渡す限り、村の土壌は悲惨なものだった。
 何とも言えないおぞましげな灰色に変化し、金臭い様な泥臭い様な臭気を発している。
 集まってきた村人がやつれた表情をし、独特の陰鬱さにとりつかれていたとしても無理のない事だ。
「HEY! ここらにミーティア、隕石が降ってきた畑があるって聞いたのデスが、このヴィレッジ、村デスカ!?」
 大声で吠える見慣れない金属の獣にまたがった、大蛇を首に巻いた大柄な西洋人の女性に話しかけられて、村人達は腰が引けていたが、やがて一人の若者が勇気を振り絞った様に「そうだで」と答えた。
「畑は全部収穫したが、皆、臭く不気味になってしまったで。売り物になる奴が一つもあらん」
「悪臭? バッド・スメル?」
「カボチャなんかはそこに積んであるが、中身がみんな気持ち悪く光る様になってしまって、村で食う事もありゃせん。皆、えぐすぎる、吐き気がする」
 バイクから降りたジュディは畑の隅に山と積まれたカボチャを見た。
 変にいびつで、中には鍬でえぐられた物もあったが、不気味に光る中身をさらして、全部が異様に気味悪い。
 悪臭もそこから漂ってくる。
 これが降ってきた隕石の影響なのだろうか。まるで腐りきって蠅もたからない有様だ。
「隕石を買いに来た男がいたとか、聞きマシタガ」
「ああ。大金を払ってな。村はそれでしばらくやってけるが、土が戻らんと野良作業が出来ん。村を捨てるかどうかを話し合いしてる最中やで」
「おっ父、通りすがりにそこまで語らんとも」
「愚痴でも吐かんとやっとられん!」
 どうも村人はたいそうまいっている様だ。
「隕石を買った男というのはやたらフラッシー、派手だったと聞きマシタガ」
 男というのがピエロを連想するくらい派手な外見であれば、目撃者も多いはず。
 派手な服はカモフラージュという疑念も残るが、いずれにしろ謎の人物を追跡すべくの材料を集めたい。
 オトギイズム世界では『デザイン』が大きな力を得る。
 だからジュディは発想を逆転した。意図的にデザインのバランスを崩したとすれば、この世界にどんな悪影響を及ぼすのだろうか、と。
 デザインは一貫性や整合性が重要であり、またそれ自体が秩序を形成すると思っている。
 その対極となる混沌やカオスが、違和感の根源かもしれない。
 混沌……『ウィズ』という混沌をネガティブに捉えた者達をジュディは思い出す。
「ああ、そいつな」五十代ほどの農民がジュディの隕石を買った男とは?の質問に答える。「全身、緑色の髪で緑の服を着て、黄色い帽子をかぶって……」
「おっ父、そいつは違う。その緑の服を着ていたのはカボチャの収穫を手伝ってくれた若い女だ」
 ん? ジュディはデジャブの如き感覚を抱いた。それは自分の知り合いのリュリュミアではないのか。
 そしてジュディは、暗い顔をした村人達が火のついた松明を持ってここに集まっているのに気がついた。
「ホワイ? 何をするつもりデスカ」
「そのカボチャを焼いて始末するだ。あっても邪魔にしかならん」
 どうやら野積みのカボチャを焼却処分する為に村中の者達が集合しているらしい。どうやらカボチャに火を着けるというのは憂さ晴らしも兼ねている様だ。
 ジュディは特に止める理由もなく、彼らの作業を見守る事にする。
 カボチャの山に次次と松明が投げつけられた。
 膿み爛れたカボチャの山が煙を上げて燃え始めた。
 熱くなったカボチャが爆ぜ割れ、不気味な色の汁が飛び散る。
 火と煙。ジュディがカボチャの山があっけなく炎の中に崩れていくのを見守っていた、その時だ。
 カボチャの残骸から不気味な光が染み出し始めた。
 燃える空気が火の色ではなく、カボチャの内側にあった不気味な光の色に染まり始めた。それは周囲の空気に音もなくどんどん広がっていく。
 村人達が騒ぎ始めた。
 ジュディも警戒心が背筋にビンビン来た。
 不気味な光。それは煙でも霧でもなかった。光。色彩。にじみ。純粋な混沌のスペクトルがまるで輪郭がない透過性のスライムの如く、煮立ち、カボチャの山から周りの景色を染め始めた。
 火に一番近かった村人がその光の中に取り込まれた。
「ぐおおおぉッ!」
 苦しみだしたその男に向かって、ジュディの姿態は反射的に動いた。
 手を取り、その色彩の中から引っ張り出す。その時、彼女の手も色彩の一部に触れた。
 激痛。
 ジュディの手は赤く腫れた。一瞬だったが、何とも言えないおぞましさが背骨を駆け上がった。まるでエネルギーを吸われたかのごとき。
 引っ張り出した男を後方の村人達に放ると、自分は足元に転がっていた松明を光の流れに投げつけた。
 しかし、新しい火は混沌の色彩に対して何の影響も与えなかった。
 広がる色彩のグラディエーション。
 二〇メートル四方にも影響範囲が拡大していく。
 村人達は手の届く範囲まで広がったそれに鎌や鍬で切りつけた。
 だが、それは何の抵抗もなく光を通り抜けるだけだった。
(これはノーマルウエポンが効かない!?)
 ジュディは咄嗟に判断して『マギジック・レボルバー』を抜く。
 中には水の属性の魔法弾が入っている。
 ジュディは大きすぎる目標を撃った。命中する以外ない、大きさと距離だ。
 撃たれた色彩が音もなく大きく震えた。その拡大が停止する。
 その代わりにジュディの方へと色彩の触手が一気に伸びてきた。
(マジカル・ブリット、魔法なら効ク!)
 ジュディはためらわず二丁拳銃で全弾を撃ち尽くした。片方は風属性の弾丸だ。
 全弾命中。不気味な色彩はまるで切り刻まれる様に風景に散り、そして全体が消滅した。
 後にはグスグズの炭になったカボチャの残骸と、灰色の土壌だけが残った。
「ホワッツ! なんなノ、アレ!」
 ジュディは空になった拳銃をホルスターにしまいながら、色彩に取り込まれた村人へと駆け寄った。
 村人の肌は真っ赤に腫れあがり、所所に水膨れが出来ていた。しかし、それよりも気がかりなのは重病的なひどいやつれだ。まるで生気を吸われたかの様な。
「ノーバディ・ノウズ! 隕石を買った男の事は、皆は何も知らないのネ!」
 ジュディの疑問に、村人達は「これ以上は何も知らない」とうなだれた態度を示した。
 とりあえずの手がかりを断たれたジュディは焦りの表情を浮かべる。
 何なのだったのだ、今のは。
 隕石の影響だとすると、それを買った男は何を企んでいるのか。
 ジュディの頬に冷や汗が流れ伝った。

★★★
「やっぱり、あの光が気になるんや」
 町へ行く道の途中の分かれ道でビリーは思いを漏らした。
 その光とは昨夜、金太郎の家で見た遠方の不気味な光だ。
 それを見たのはこの仲間達ではリュリュミアとレッサーキマイラだけだが、ビリーの心中には不気味カレーと同じものが遠方の山間に光っているのを忘れる事が出来なかった。
「そうねぇ。あの不気味な光はちょっと気にかかるわよねぇ」
「行くんならお供しますぜ」
 リュリュミアとレッサーキマイラも、座敷童子との同行を選んだ。
 ヤマンバのおかげで方角だけならわかっている。この分かれ道は獣道みたいなものが、あの光が見えた方角へ通じているらしい。
「では、おつうさんの行方は私達が町で調べますわ」
「気をつけてくださいね。何もなかったら早く帰ってらっしゃいね」
 クラインとアンナが、自分達は街へ戻ると告げる。
 未来は道にトランプを並べて、占った。
「……どうやらわたしも行った方がよさそうね」
 超能力JKはビリーとの同行を選んだ。
 マニフィカも故事ことわざ辞典に託宣を求めようとし、そして今朝の「三つ子の魂百まで」という言葉を思い出した。
 その意味は「幼い頃に体得した性格や性質は、一生変わる事がない」という事。
 マニフィカは褐色の肌の自分の顎に人差し指を当てた。
(あれは一度与えられた道行きは変えない方がいい、ともとれますわね)
 人魚姫は決意を伝えた。「わたくしはアンナとクラインと一緒に町へ戻りますわ」
 こうしてビリーとリュリュミアと未来とレッサーキマイラは遠くの山へ、クラインとマニフィカとアンナは町へと、道を別ったのだった。

★★★
 遠くの光をめざして進む者達は夕刻まで歩き続けた。
 道中は獣道から既に道なき道という様相を呈し、遂には道が消えてしまった。
「こっからは上から行こ」
 ビリーは『空荷の宝船』を出し、皆で乗って森となっている風景の上を進む事にした。むしろ、この方が方角が解りやすい。
 しかし、目的地へと着く前にアクシデントに襲われた。
 そもそも「用を足したい」とレッサーキマイラが言い出し、船を地上へ下ろし、魔獣が森の中へ消えてからの事だ。
「おが〜ちゃ〜んっ!!」
 ガサガサッ!と大きな葉擦れの音がし、響いたレッサーキマイラの悲鳴にビリーとリュリュミアと未来は現場へ急いだ。
 すると頭上の木の葉が散り、ロープの罠に足を取られて木の上で逆さ吊りになった魔獣の姿がそこにあった。
「何でぇ、こんな所に罠があるのかしらぁ」
「あ、リュリュミア! そっち行っちゃダメ!」
 未来が叫んだ時、リュリュミアは別の罠の仕掛けを踏んでいた。
 ビリーと未来とリュリュミアは脚元に広げられていた大網に一気に三人とも絡めとられ、樹上へと持ち上げられた。
「な、何や!?」
「わ、罠ッ!?}
「あらぁ〜!?}
 一緒くたに捕まった三人。
 だが、ビリーは『神足通』で、未来はテレポートで瞬間移動して、網の外へ脱け出す。
 これで樹上に罠でぶら下がっているのはリュリュミアとレッサーキマイラだけになった。
「ちょっと待って! 今、二人とも下ろしてあげるから!」
「わしの罠にかかった獲物をどうする気だ、てめえら!」
 未来が叫んだ時、森の中、今まで船が目指していた方角から藪をかき分け、一人のがっしり太った男が現れた。
 身長が一m八五cmはあろうかという坊主頭の身なりのいい和服を着た若者だ。
「ちょっと待ちや! 見れば解るやろ! 一頭はともかく、女の人がかかってるんや! 獣もボクの連れや!」
「知るか! わしの獲物だぜ! どうするかはわしが決める!」
 ビリーの言葉は、太った若者に通用しない。
 これは実力行使しかない、とビリーと未来が思った時。
「突進太(とっしんた)!」
 太った若者が来た方向から新たな若者が現れた。
「突進太、早く来てくれ! 里の井戸から漏れ出てくる変な光る雲みたいなもんが大きくなって、皆を襲ってるんだ!」
 切羽詰まった若者の表情に、突進太と呼ばれた男は「何ィ!?」と答えるや、森の中を来た方向へと走り始めた。
 三人と一頭は、すっかり寒くなった夕闇の中に取り残される形になった。
 若者が去った方角、遠くに未来以外には見覚えのある不気味な光が見えた気がした。

★★★
「皆、大丈夫かしら」
「きっと大丈夫ですよ」
「と言いつつ、ちょっと心配ですわね」
 昇る三日月。
 町の宿屋から夜空を見ながらクラインとアンナとマニフィカは、別れた仲間を気づかっていた。

★★★
 ジュディのモンスターバイクのライトは、走る夜道の闇を穿っていた。

★★★