ゲームマスター:田中ざくれろ
★★★ 伏線。 一頭の純白の馬が麦畑の中の道を走っている。 「ハイヨー! ホワイトシルバー!」 またがった白いスーツアーマーをまとった一人の若者が声をかけると、走りながら白馬はたからかな声でいなないた。 「わきゃー! うるせぇー! 大声で騒ぐんじゃねぇー!」 理不尽な怒りを爆発させた白鎧の男の姿が、麦穂の波が黄金色に光る地平線の彼方に消えていく。 伏線終わり。 ★★★ シューペイン領。領主の館。 アンナ・ラクシミリア(PC0046)は門から出て十歩ほど歩いた所で立ち止まっていた。 アンナは門番に見送られてシュペーイン領主館を出ると、依頼を受けるべきかどうか、話し合いながら近くの町の冒険者ギルドへと向かおうとした。 だが三人の歩みはそこで止まっていた。 マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は今も消せない疑念を抱いている。 相反する二つの依頼。 冒険者ギルドに掲示されていた「ドンデラ公を捕縛してこい」という依頼と「ドンデラ公と決闘して殺してくれ」という依頼。 身柄確保の依頼は、世間体から名前を伏せており、どう身柄を扱うべきか指定もなかった。これはペネローペ夫人の性格を考えれば解る気もする。 逆に殺害の依頼は、正正堂堂の決闘という手段を指定し、老人の名誉に配慮している。 (これは一体、どういう事なのでしょうか……) アンナは急がなければ、とローラーブレードの歩を速くした。先走った者はいないと思うがドンデラ公の為に一刻も早く他の仲間と合流したかった。 だが、その歩みはすぐ物思いで立ち止まる。 普通に考えれば、一つ目の『ペネローペ・オンド』夫人の依頼を受けるべきだろう。 二つ目の依頼は『ドンデラ・オンド』公の孫娘『ミキトーカ・オンド』と眉間にほくろがある執事が絡んでいる気がする。 というか祖父の夢を叶えたいというミキトーカの純粋な想いを利用して、故意に意図を捻じ曲げた依頼をした者が、執事の後ろに黒幕として存在している気がする。 色色と調べたい事があるけれども、これ以上は時間切れだ。 とにかく、ミキトーカの願いはドンデラ公の夢を叶える事。 ドンデラ公の夢は騎士として冒険する事で、死ぬ事が目的ではないはず。 ドンデラ公をサポートして、ある程度満足したところで連れ帰れば、ミキトーカの希望も叶え、ペネローペ夫人の依頼に沿ったものになるはずだ。 そこが双方の話の落としどころ。 後はドンデラ公の行いをいかに恥ずかしくないものにするかだ。 アンナは、老公のもとに出来るだけ早く馳せ参じる決意でローラーブレードを走らせた。その前にまず『冒険者ギルド』で依頼を受けなくては。 超能力JK・姫柳未来(PC0023)も門番を背にして立ち止まっていた一人だったが、やがて背後を振り向く。 「大丈夫だよー、ミキトーカちゃーん! お爺ちゃんが立派な騎士として名前を残せるように、私も冒険を手伝ってくるねー!」 館の中にいるミキトーカに届くようにと声を張り上げた後、館を背にして走り出した。 未来は夫人や執事からの依頼ではなく、心やさしい少女、ミキトーカからの願いを聞こうと決意。ドンデラ公の援護に駆けつけようとする。 (ペネローペ夫人の依頼を受ければ、ドンデラは痴呆老人として疎まれながら、領主館で人生の最後を迎える。→そして領主家の名誉は守られる。 領主家の執事の依頼を受ければ、ドンデラは名誉ある決闘の末、旅先で人生の最後を迎える。→そしてドンデラ公の名誉は守られる) しかし、それはドンデラやミキトーカにとって本当に幸せな事なのだろうか……という逡巡が未来の想いだった。 ミキトーカは言っていた。今のお爺様は幸せだから、未来達、冒険者に守ってほしいと……。 自分は八歳の少女の一途な想いを守るのだ。 走りながらジャンプした未来は、そこからテレポートを連続させてこの館を離れ、一刻も早くと冒険者ギルドへ正式に依頼を受ける為に向かった。 マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は早早と小さくなっていくアンナと未来の背を見送りながら、常時携帯している『故事ことわざ辞典』を紐解いてみた。 困った時の神頼みではないけれども、今の自分達には導きが必要だ。 するとめくったページには『寄る年波には勝てぬ』という記述が。 舌の上に紅茶の苦い味を思い出される。 「若さを過信して行動しても、結局は年相応の事しか出来ない」という意味だ。 めくった余力で再び頁をめくるとそこには『枯れ木に花』の一文が。 これは「一旦、衰えたものが再び栄える事」のたとえだ。 ふむ、と口の中が清清しくなった。 名誉ある死は恥ずべき生に勝る。そんな価値観を尊ぶ精神風土もあると聞く。 老公は領主家の恥であり、罪人と同じとペネローペ夫人は言い切った。 保護ではなく、捕えろとも。 これは酷い事かもしれない。 連れ戻され、死ぬまで幽閉されるくらいなら、いっそ……という発想が何処かに生まれても不思議ではない。 そういえばミキトーカ嬢の発言で気になるところがある。 たとえば、失踪中の祖父が幸せである、と現状を肯定している。 夢を叶えてあげるとも。 では、自分が憧れた騎士道物語の主人公であると思い込んでいる前領主の望みとは何だろうか? 『お爺様の幸せを守ってあげてください』 母親であるペネローペ夫人とは異なり、孫娘のミキトーカ嬢の態度からは祖父に対する本物の愛情が感じられた。 決闘依頼を持ち込んだならず者の代行者は、金払いも身形も良いイケメンな人物に頼まれたという。眉間にホクロという特徴から領主家のイケメン執事と思われるが、相応の理由がなければペネローペ夫人の意向に逆らわないはず。 では決闘依頼もペネローペ夫人が秘密裏に提出したものか。 いや違う。 やはりミキトーカか。 もしかしたら孫娘のミキトーカだけではなく、前領主を慕う人達も協力した結果『正正堂堂の決闘』を条件とする殺害が依頼されたのでは。決闘による死亡はドンデラ公を慕う者達の総意では。 そんな事を考えているマニフィカは今、廊下で別れたミキトーカと執事の姿が館の玄関から出て、門番と一緒に自分を見つめている事に気がついた。先ほど未来が大声で呼びかけたのが気になって。二人は出てきたのだ。 「そこの執事。……名前は何ていうのかしら」振り向いたマニフィカは声をかけた。 「マニエルです」 「……マニエル。代行者を通じて『冒険者ギルド』に決闘依頼を申し込んだのはあなたですね」 「…………」眉間にほくろのある彼が沈黙をもって肯定した。 「オンド家に忠実なはずのあなたが、ペネローペ夫人の意向を無視する様な依頼をギルドに提出したという事は、あなたはより家内のもう一つの道筋、例えば、そのミキトーカ嬢やドンデラ公を深く慕う人達に依願されたという事なのでは」 「…………」 「それは違いますわ」口を挟んだのは美しい少女だった。「他の誰でもありません。私が一人で考え、マニエルを通じて冒険者ギルドに、お爺様を決闘で殺していただけるように依頼したのです」 ミキトーカの意外な告白だった。 傍らにいる門番達もそれを聞いて驚いている。 「何故、そんな事を……」 「私は誰よりもお爺様を愛していますわ」八歳の少女の赤い唇。「お爺様は今、長年の夢だった世界を現実として生きています。今がお爺様の最高の時なのです。一番上まで昇りきったら後は下るだけです。私はお爺様をこの世の苦しみから解放し、最高の騎士のままで人生を終わらせてあげたいのです」 八歳の少女とは思えないほどの真摯な美しさだった。 それでいて子供らしき無邪気すぎる考えだとマニフィカには思えた。 彼女の心にあるのはただひたすらの善意なのだ。 「そんな事……」許されない、とマニフィカは言いたかった。 しかし、あのペネローペ夫人の様な対応を見ていると、ミキトーカの考えに納得がいく気がする自分がある。 仮に前領主を保護し、無傷で連れ帰ったとしても、おそらくハッピーエンドとはほど遠いものになるだろう。 では、ドンデラ公は決闘で葬るべきなのか。それが老人の幸せなのか。 一体、何が最善だというのか。今の人魚姫には今一つ解らなかった。 「……とにかく、私もドンデラ公の所に行きます」 それだけを言い、この場から離れる事しかマニフィカには出来なかった。 皆はドンデラ公に会う手続きを踏む為にまずギルドに依頼を受けに行った。 ともかく踏む段階は全て速やかに踏み、一刻も早く老公の死地へ向かうのだ。 シューペイン領の冷たい風が騒ぎ始めていた。 ★★★ 館の近くの藪陰に隠れて、ドンデラ公、その従者のサンチョ・パンサ、ジュディ・バーガー(PC0032)とリュリュミア(PC0015)が建物をこっそり見張っている。 さっきから喋る者がいなかった。 それというのもここにいる全員、リュリュミアが出したキュウリを齧っていたからだ。 「ナイス・キューカンバー」 久しぶりに喋ったのがジュディだった。『ロシナンテ』を名乗る彼女は太くみずみずしいそれを豪快な音を立てて齧り折る。濃緑の野菜の断面は水の滴る白緑色。ロシナンテは馬なのでここはニンジンを食べるべきなのかもしれないが、このキュウリは美味だった。「ヤムヤム……癖になる味ネ。もう一本プリーズ!」 早速、あやとりの様に両手に渡したツルの中で新しいキュウリを速成するリュリュミア。だが、それはそれとして皆に意見があった事を思い出す。 「火を着けるのはやめてくださいぃ。緑の魔道士は、火と相性が悪いんですぅ」 「え〜。でも効果的だと思うでげすよ」 館に隠れているゴーレム・デザイナーを火で炙り出そうと言ったサンチョが彼女に反論する。 「バット、イフ・セット・ザ・ファイア、館に火を放てば、仮に人質を解放出来たとしては村長から恨まれるハズ。そもそも、ウィ・キャント・コントロール・モーメンタム・オブ・ファイア、火の勢いをコントロールする方法がジュディ達にありマセン」 村長の娘の救出を優先するべきだ、とジュディも反論する。 「それに家に火を着けるなんてぇ、騎士のする事じゃないですよぉ。やっぱり騎士は正正堂堂ですよねぇ」 穏健派のはずのリュリュミアにまで言われて、しゅんとなるサンチョ。彼の意見は分が悪く、採用されなさそうだ。 「全く、当たり前だ」自分を騎士だと思い込んでいる厚紙製の鎧を着込んだ老人、ドンデラ公が全く健康的にキュウリをたいらげた後でやる気満満の声をだす。「騎士は姑息な作戦などいらん! 堂堂と名乗りを上げて、正面から突撃! これに決まっている!」 「それは不味いでげすよ!」館の中の者に聞かれたら、と心配そうに声を低くするサンチョ。 「何を言う! それが騎士というものだ!」 しー!と皆が口に人差し指をあてて沈黙を迫るが、ドンデラ公が激高している。 館の内部には村長の娘を人質にしたゴーレム・デザイナーがいるはずなのだ。 その男が作ったゴーレムの強さはさっき、手持ちの技を全て出し尽くしてやっと勝利を収めた事で解っている。 情報によるとその男の作った木のゴーレムがまだ二十体ほど控えているらしい。 それを考えると火を放とうと言った、サンチョの考えに至ったのも納得はまだ出来るのだ。 ジュディは腕を組んで唸った。 どう考えても戦力不足が否めない。 冷静に判断するならば、いったん引き上げて態勢を整え直し、改めて再チャレンジすべき。 そこまで考えたジュディだが、やる気満満になっている老騎士ドンデラ公や従者のサンチョを止めるというのも何か違う気がした。 これがとてつもない厄介事だとは百も承知の上でだ。 「……!」 知恵熱が出るくらい考え込んでいたジュディは、忘れかけていた自分の本分を思い出した。 たとえ茶目っ気でも一旦『ロシナンテ』と名乗った以上は、老騎士ドンデラ公を手助けする為に力技で押し通すべきだ。。 為せば成る、為さねば成らぬ、何事も。 結果ばかり気にするあまり、つい過程を軽視してしまったようだ。老騎士ドンデラ公が『騎士物語』に相応しく振舞う事が重要なのだ。 「というワケで真正面はOK! 放火はNG!」 ジュディは藪の陰から立ち上がった。そのまま、ドンデラ公の身体をひょいと持ち上げ、自分の肩の上に乗せた。 彼女の二m超の身長+ドンデラ公の座高で、三mの肩車だ。。 「イッツ・ア・ストレートフォワード・アサルト・フロム・フロント、ネ!」正面攻撃という事だ。 「でも今日はもう遅いしぃ、約束もなくいきなり尋ねたら失礼ですよぉ」 今にも地面を蹴って走り出そうとしていたジュディの出鼻を挫いたのは、足元の長い影を確認したリュリュミアの言葉だった。 そういえば、いつの間にか、夕暮れ時だ。 「それにゴーレムと戦った後で、みんな泥だらけじゃないですかぁ。だから『村長の娘を返してください。要求がのめないなら正正堂堂、戦って決着をつけましょう。場所と時間はこうです』って書いて、果たし状として扉に貼りつけて、今日のところは村に戻って身支度を整えましょうよぉ」 リュリュミアのぽやぽや〜とした意見は、疲れていた皆にとって非常に説得力があるものだった。 しかもこの提案にのって考えると、ドンデラ公と決闘をする、という依頼に似た形になるのでは。 「しかし、騎士としてすぐそこにいる邪悪を前にして逃げ出すわけにはいかな……!」 「逃げるんじゃなくて、せ、せん、戦らく的なんとかでげす」 「戦略的後退ねぇ」 「そう! それでげす!」 リュリュミアからの助け舟を拾ったサンチョが、不満そうな公を乗せたジュディのアメフトコスチュームの裾を引いて、彼女を後ろへと振り向かせた。 「今は、明日の為の戦略的撤退でげす!」 「ストラテジック・セットバック!」 ジュディは館に背を向けて走り出した。思いがけず突進方向が変わってしまったが、確かにさっきの風車のゴーレムとの疲れが抜けきってないのを自覚して、ここはリュリュミアの策に乗っかる事にした。 騎士物語としても騎士側が負けてしまったら、元も子もないのだ。 ジュディはドンデラ公を肩車したまま、来た村へ向かって走り始めた。 「あ、ちょ、ちょっと待て! お前……!」 ドンデラ公の不満そうな声は力強い足音と共にドップラー効果の彼方へ消えていく。麦の穂が踏みつけられた平地に転がっている風車ゴーレムの残骸のある方角だ。 その後を追って、従者サンチョも走りだす。両手に持ったココナッツの殻を打ち鳴らして、馬の足音を演出しながら。 「…………え〜とぉ」 残されたリュリュミアは、手持ちの荷物の中から大きめの羊皮紙と羽根ペンを取りだし、その場で文をしたため始めた。 「……『悪のゴーレムデザイナーさんへ。騎士ドンデラ公と、従者サンチョと、愛馬ロシナンテと、緑の魔道士ですが、今日は用件を思い出したので一旦帰ります。明日の午前中にこの館の前で決闘しますので、私達が勝ったら、村長の娘を返してください。もし、彼女に危害を加えた場合は阿鼻叫喚が待ち受けているのでそのおつもりで』……これでよし、っとぉ」 果し状を書き終えたリュリュミアは、ぽやぽや〜と歩きながら何事もなく館に近づき、玄関まで来ると扉にピンでその紙を貼りつけた。 敵地にここまで接近して何の怯みも見せないのは彼女の度胸か、危険感知能力のなさか。 結果として緑の魔道士は行きも帰りも何にも襲われずに、回覧板を送る様な気軽さで無事に仕事を終え、先に村に向かった三人を追って歩き出した。 長い影が麦畑の中にのびていく。 もしかしたら強敵に対し、冒険者達は唯一無二の奇襲の機会を失ったのかもしれない。 明日は敵も万全の用意を整えて、戦いに臨んでくるだろう。 でも考えてみると、あのまま放っておいたらドンデラ公が堂堂と名乗りを挙げて館に正面突撃していたはずで、その場合も奇襲が成立しなかっただろうから、結局はどっちも同じで結果オーライではある。 ★★★ 「騎士とは神聖宗教の体現者なのだ」 どうやら、このオトギイズム王国の神聖宗教というのは、キリスト教ととてもよく似ているものの様だ。 夜になった村で、ジュディとリュリュミア達は、アンナと未来とマニフィカと合流した。 この村に来たのは未来のトランプ占いの導きだ。 ここで彼女達はドンデラ公本人と出会う事になったのだ。 新たな女性達が自分の味方らしいという事に納得したドンデラ公が、彼女達に自分の英雄譚を語り始めた。特にリュリュミアはそれを強くせがんだ。 「おお、荒海よ! あの時、私は一艘の帆船に乗り込み、凶悪なる牙鯨にモリを撃ち込んで、飲み込まれそうになりながらも見事にそれを退けた!」 「ボートに乗って釣りをしていたら、思いがけない大物に針がかかって、湖に落ちそうになっただけでげす」 ドンデラ公の生き生きとした大言壮語に、サンチョがツッコミを入れる。 「丘の上から大合戦を見守った! 土煙の中の大軍同士、参加した騎士のその甲冑と盾に描かれた紋章と全員の名前を、私は今もそらんじる事が出来る!」 「牧草地に放たれた飼い豚の群を見て、妄想してたんでげす」 「小鬼の群を剣で蹴散らし、正義の名の下に改宗させた!」 「ガキ共に悪戯で石を投げられ、文句だけ垂れて逃げてきたでげす」 「黒い皮翼のドラゴンが吐いた火炎をこの盾で受け止め、返す剣でその固い鱗を切り裂き……!」 「塀の上の黒猫が吐いた毛玉を、頭にぶつけられただけでげす」 「……さっきから話の腰を折るでない、サンチョよ。私は体験したままを語っているのだ」 「全てはご主人様の妄想でげす。あっし達は館を出て、そんなに遠くはまわってないでげすよ」」 それでもドンデラ公が自分の冒険の数数を語った。 虹の橋を渡っての雲上での雷王との戦いを、道端で異教徒百人と斬り結んだ事を、魔界の城をたった一人で攻略した事を。 「全て妄想でげすがね」サンチョのツッコミがその度に入るが、老人の舌が回るのは止まらない。 「ねえねえ。お話にお姫様とか出てこないの」 興味深げに訊いた未来に、老騎士がむふうと唸る。 「騎士とは一人の姫に生涯を捧げるもの。私のハートはミキトーカ姫に捧げているのだ」 ミキトーカとは勿論、彼女の孫娘の名前だとアンナ、マニフィカ、未来は解った。どうやら彼女はドンデラ公の妄想の中では成人のお姫様に変換されている様だ。 「それにしてもウインドミル、風車のゴーレムはトゥー・ストロング、手強すぎる敵でしたネ」 村長の家でコーンスープの入ったマグカップを持ったジュディは厳しかった戦いを皆に語る。 「そろそろ冒険に満足したのではないですか。ここらで家に帰ってはどうでしょう」 「何を言っている! 騎士は正義の為に邪悪な奴らを倒さねばならないのだ! この世に悪がある限り、死んでも満足など許されないのだ!」 アンナは公を無事に帰したくて、さりげなく帰宅を促した。彼をある程度、満足させられていれば、老もミキトーカもペネローペも三方損なしの帰宅となるだろうと考え、落としどころを探ったのだ。 しかし、ドンデラ公が彼女の申し出をつれなく蹴った。 「あなたの夢は騎士として冒険する事で、死ぬ事が目的ではないはずです」アンナは食い下がらない。 「左様。騎士は無駄に死ぬ為に生きているのではない。だが邪悪な者がそこにいるのならば、たとえ死ぬような戦いになろうと騎士は立ち向かわなければならないのだ」 「しかし、神聖宗教は『信者は神より与えられた天寿を全うし、老衰でベッドで死ぬべし』と説いているでげす」 「ならば、死を恐れずに突撃するというのは神聖宗教の教えに反するのではありませんか」マニフィカは素直な疑問をドンデラ公に訊ねた。 「騎士という者は『天寿を全うしてベッドで死ぬべき』『死ぬような戦いも避けてはいけない』この矛盾する教えを抱えながら実際に生きていく存在なのだ。たとえ、死ぬと解っていても、姫の危機を邪悪から救う為に正面から敵の攻撃を受け止めなければならない時も来るであろう。逃げないのが真の騎士道だ」ドンデラ公の語りに迷いはなかった。 未来はそんな話を漫画で読んだ事がある気がした。昔、友達から借りたファンタジーだかSFだかよく解らない漫画だ。確か『剣聖』と呼ばれていた騎士がまさしくそういう死に方をしたのではなかったか。 「ところでぇ、誰か来たんじゃありませんかぁ」 柑橘類の香がする湯を飲んでいたリュリュミアが外から聞こえてきた物音の事を皆に伝えた。 その時、村長の家の玄関ドアが外からノックされた。 応対に出た村長の妻がドアを開けて、悲鳴を挙げた。 皆がそちらに注目する。 すると顔がない身長二mほどの細身の木の人形が五体、ずかずかと夜気と共に家の中に入り込んできた。 屈んで戸をくぐる木の質感。杭の様に尖らせた手指の先。 そして先頭の一体がここにいる皆に一枚の紙を突きつける。そこにはこう書かれていた。 『我の屋敷(といっても無断で借りてるだけだけどさ)の扉に貼り紙を残してくれてありがとう。 我もそちらにお返事の手紙を出す事に決めたので、じっくり読むがよかろう。 我が名は混沌を崇めるゴーレムデザイナー『バイアン・ダニスター』。 早速、我が丹精込めてデザインしたウインドミル・ゴーレムをリサイクル不可能なまでの残骸に変えてくれて、この腐れ外道ども。 お礼といっては何だが、こちらが幽閉している村長の娘を見せしめの為に、明日の正午、処刑する事にした。 まだ村長の娘にあんな事やこんな事『夢の粘液エロエロ出血大サービス、ポロリもあるよ』を施す前なので結構惜しいが、これもお前達の無力を見せつける為だから仕方がなかろう。 まあ、その前にお前達冒険者は我が差し向けた五体のマヌカン・ゴーレムに今夜、これから皆殺しにされるのだがな。 せいぜい足掻いて、戦ってくれたまえ。 では永遠にさようなら。 混沌の化身『ウィズ』に栄光を! バイアン・ダニスター、記す』 五体のマヌカン・ゴーレムは皆が手紙を読み終えた頃を見計らって、それを放り出し、狭い家の中で一斉に襲いかかってきた。 「やあやあ! このドン・デ・ドンデラ・シューペインに立ち向かうとは不届き千万!」 そう宣言して、ドンデラ公がなまくらな剣を抜いたが、皆は彼を背にかばって直接戦えない様にした。 前陣を張った冒険者達がマヌカン・ゴーレムのラッシュに立ち向かった。 村長の家はそれなりに立派だが、応接室は十人ほどの戦いの場には狭い。 「えい!」 アンナはモップを伸長させて、自分へのゴーレムの貫手をかろうじて防いだ。受け止めたモップからミリッと嫌な音がする、 ジュディは、壁を伝って、天井まで蹴り上がろうとする一体を両腕で捕まえた。そのまま、床の絨毯へと手を離さずに叩きつける。 「ッデム! このモンスターは魔法じゃないとダメージが与えられないみたいネ!」 平気で起き上がってくるそのゴーレムに、ジュディは文句をぶつけた。こうなるとスキルやアイテムを使い果たした自分は不利だ。 マニフィカは三叉槍を使いたかったが、この部屋で振り回すには柄が長すぎる。 リュリュミアは『ブルーローズ』を掌で生長させ、そのツルで一体をぐるぐる巻きにする。そして、壁に、天井にと叩きつけた。しかし傷つきながらもその一体はツルの束縛をちぎって、脱出した。 状況はブルーローズのツルが張り巡らされた室内での、障害物をよけながらの白兵戦になる。 乱戦。ゴーレムは邪魔なツルを引きちぎって、移動範囲を確保しようとする。 しかし、その一体をジュディが抱き上げ、燃えている暖炉の中に突っ込む。頭を突っ込まれたゴーレムは一瞬、じたばたと暴れたが、火力の前に頭が炭になり、動きが止まった。 「ファイア・イズ・エフェクティブ、イーブン・イフ・イッツ・ノット・マジック、魔法じゃなくても火なら効くみたいネ」 ジュディはもう一体に手をのばそうとしたが、それは太いツルが邪魔となり、逃げられた。 マニフィカは敵と自分の間にテーブルを置き、長柄の突きをゴーレムに食らわせた。それで姿勢を崩したところを『火炎系魔術』で発火させる。上半身が松明となったそいつはドアから外へ逃げ出した。 ゴーレムの一体がジャンプ。くるりと空中で器用にとんぼをきり、両足のキックで天板を突き破った。そして逆さまの姿勢のままそこに脚を固定し、両腕を広げてとがった両手を振り回す。 その回転に近づいた者の服に沢山の傷跡を作る。 「危ないじゃない!」制服の胸の辺りを切られた未来が、その逆さまのゴーレムに『サイコセーバー』で斬りかかった。光刃で見る間に両腕を切断されたその一体は、次いで首を切断され、床に落ちた。 残るゴーレム二体はドアと窓から外にとびだした。 それを追ってとびだした冒険者達は、マニフィカが火を着けた一体が地面に転がって燃えているのを見る。 外には村の者達が突然の大騒ぎを聞きつけ、野次馬として集まっていた。 「危ないからぁ、近寄らないでぇ」 リュリュミアはそんな彼らにぽやぽや〜と警告を出す。 アンナは『火球の杖』でゴーレムの一体を膨れ上がる火の玉に封じ、全身を焼き尽くして炭化させる。それはボロボロの炭となって地に崩れた。 未来は自由な動きが出来る屋外で白翼を広げて夜空へ飛翔し、一気に分身しながらの急降下を敢行した。 『ブリンク・ファルコン』! ミキサーの如き、光刃の渦に巻き込まれたマヌカン・ゴーレムの最後の一体がバラバラになる。 自分の攻撃の勢いで胸の辺りが大きく裂け、危うくバストがこぼれそうだった未来が制服の布をかき集めたところで戦いは決着した。 村長の家が火事になりかけていたのでマニフィカは水の精霊『ウネ』を召喚して、局地的な大雨を降らせ、火を消し止めた。 雨をかぶって濡れた野次馬達がくしゃみを連発する中、家内からドンデラ公がやっと出てきた。 「何という事だ、戦いは終わってしまったか!」老人は本当に悔しそうな顔を見せた。「サンチョ! お前が私をずっと押さえていたからだぞ!」 「この人達は本当に強いんだから、全て任せた方がいいでげすよ」 「それよりも村長の娘が正午に処刑されそうなのはどうしますか」 アンナが周囲を見ながら最後に村長夫婦に眼線を止めると、彼らはいかにも娘を助けてほしそうな顔で冒険者達を見つめた。 「正午に処刑、って事はそれまでは無事なのねぇ」 「こちらもこの戦いで疲弊しました。一晩休んで、朝早く救出に向かいましょう」 リュリュミアの言葉に、マニフィカは休息の案を出した。 「何を言っている! か弱き女性を人質にとる邪悪な輩などこれからすぐに行って、討たねばならん! それが騎士というものだ!」 ドンデラ公が一人憤るが、リュリュミアが自分の花粉を手に取り、ふっと公に向かって吹きかけるとそれを吸った老人はあっという間に無力化して、その場で寝息を立てて寝てしまった。 「へえ。便利なもんでげすな」 サンチョが眠るドンデラ公の身を抱え上げ、村長の家にある客用の寝室へ運んでいった。 「皆、とにかく一旦寝よ。明日は早めに朝食を食べて、早朝にこのバイアンとかいうゴーレム使いを倒しに出かけましょ」 ゴーレムが持ってきた手紙を拾って内容を再確認した未来は、皆に就寝を促す。 「アーリー・モーニング、早朝に集合ネ。村の人達に寝るスペースを貸してもらいマショ」 ジュディはそう言い、長身の自分が寝られる寝床を持つ村人の後をついていく。 「皆さん、お休みなさい。わたくしはここを片づけたら寝ますから」 散っていく人達を見送りながら、アンナは夜の村でモップを使って自分達が戦った跡を掃き清めるのだった。 ★★★ 東の空に朝日が昇る早朝。 朝食をすませた冒険者達は声援を送る村人達を背に、邪悪なゴーレムデザイナーが潜むはずの館へ向かって歩き始めた。 なるべく静かに移動しようと思ったが、ジュディの肩車に乗ったドンデラ公にサンチョがココナッツの殻を鳴らして馬の足音を再現し、騒がしい。 それでも麦畑の中の道を進み、ウインドミル・ゴーレムの残骸のある場所を通り過ぎた。 しかし、そのすぐ先のなだらかな丘で、頂きで待っている見知らぬ男に出会った。 それは白馬にまたがった白いスーツアーマーの若者だった。背中に黄金のロザリオを背負っている。背負わなければならない大きさの十字架をロザリオと呼べるなら、だが。 「この村が騒がしいと噂に聞いたからやってきたら案の定じゃー!」男は白い鎧を朝日に輝かせながら叫びを挙げた。「似顔絵と同じ顔の老人! お前が依頼書にあった騎士ドンデラ・オンドじゃな! わしの名は『岸堂那偉人(キシドウ ナイト)』! 貴様に決闘を挑むキリステ教の騎士じゃ!」 その騎士を名乗る若者は突然、歌い出した。 『岸堂那偉人のテーマ』 ♪初めて見知った、人野愛(人名) そのやらしさにめざめた朝から遅刻する男 「汝、右の頬を打たれたら 十倍返しじゃァ!」 投げられた十字架は直角を三度描いて手元に戻ってくる 遠距離攻撃が出来ないド▽キュラハンター 「オラァ! 『ダヴィ△チ・コード』は焚書じゃァ!」 嗚呼ァ、キリステ様に最も愛された男 その名も岸堂那偉人 聖騎士(パラディン)岸堂那偉人♪ 「どうだ! 解ったかァ!」 何がだ!?とわけの解らないマイペースな男の登場に困惑する冒険者達。 (マスター的に解説すると、岸堂那偉人は世界三大宗教のあの宗教の騎士という設定だったが、キャラがアレすぎてクレームがつくのでは、と心配になって自主規制に走ったという危険なバックグラウンドを持つナイスガイである) 「どうも、このオトギイズム王国の純正騎士じゃないカンジね」未来は彼の正体を推理する。「あなたは羅李朋学園の元生徒でしょう!」 「YES! キリステ!」那偉人は高らかに答えた。「元キリステ教研究部所属! 例え、異世界だろうと神はキリステ教一択じゃー! 異教徒はもれなく撲滅なのじゃよー! 理由:何故ならば異教徒じゃから」 「それは聞き捨てならぬ!」ドンデラ公がいきりたって、なまくらな剣を抜く。「神聖宗教の神こそ唯一神なり!」 一刻も早くゴーレム・デザイナーの邪悪な企みを挫かなければという状況で、二人の騎士はあっという間に決闘状態の興奮が高まっていく。 「馬に乗ってない騎士とは滑稽じゃのう、爺さん」 「ぽざけ、若造! 異教徒よ! 正義の刃を受けよ!」 今にもドンデラ公が決闘相手の待つ丘へと走り出したがっている。ロシナンテであるジュディは突撃するべきか迷った。 「わしの『聖剣エセクスカリバー』も異教徒の血を吸いたがっているわァ」 那偉人が抜いた剣の白刃を舌でねぶる。 ざっと見た処、決闘相手はその落ち着きから剣の腕は相当なものだと思えた。 早くも問題が起こった状況で、冒険者達は決断を迫られる。一体、何をどうするべきなのか。 太陽は今も昇り続けている。 ★★★ |