『ドンデラの男』

第1回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★
 『オトギイズム王国』随一の蔵書量を誇る王立パルテノン大図書館。
 古今東西あらゆる書籍が集められた知の殿堂。
 つい最近も、羅李朋学園から大量に寄贈された事が話題となった。製本された物ではなく背表紙もなく紐で綴じられた紙束や巻物が多いこの王国は一気に近代的な知識量が増えた事になる。字や挿絵だけでなく写真によるカラーグラビアがついた雑誌類も多く、未成年者が読むのはお断りとなった『禁断の知識』が増えたのは、まあ些末事。
 静まり返った閲覧室では、今日もわずかに頁をめくる音だけが聞こえる。
 閲覧者の一人である人魚姫マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は、とある冒険小説を読み耽っていた。
 騎士道物語を読みすぎた郷士アロンソ・キハーノが、自分を遍歴の騎士と思い込んで冒険の旅に出かける、そんな物語。
 異世界で出版された古典的な名作らしい。
 すっかり夢中となってしまい、司書から閉館時間を告げられて、ようやく空腹な事を自覚した。
 外の空気は通りぎた雨の匂いが残っていた。
 魚料理を看板に掲げる馴染みのレストランに向かいつつ、何気なく『故事ことわざ辞典』を紐解けば、そこには『蟷螂の斧』という四文字。添えられた「愚かな蛮勇を戒める」または「挑戦する勇気を称える」という説明文。パルテノンの街の夕方を読み歩きしながら、何を示唆するものか解らず、再び頁を捲ってみれば『大賢は愚なるが如し』の記述が眼に入る。
(外見や印象で相手を判断してはいけない、という警告でしょうか?)
 その日は夕食の後にすぐ就寝し『冒険者ギルド』で同じ人物をターゲットにした相反する二枚の依頼書を読むのは翌日の午前中となる。

★★★
 何処までも青い空。
 ゆったりと白い雲が流れる。
 広大な麦畑を貫く未舗装の一本道は、真っ直ぐ地平線の彼方へと続いている。
 生まれ故郷の原風景を彷彿とさせる見事なパノラマ。
 フンフフン♪と鼻歌でカントリーポップス、映画の主題歌にもなったオリビア・ニュート△ジョンやベン・E・キ△グの歌を口ずさみながら、ご機嫌なジュディ・バーガー(PC0032)はモンスターバイクを走らせる。
 高濃度アルコールを注入されたエンジンの調子も絶好調。
 まさに最高のツーリング日和である。
「イッツ・ピースフル、平和だネェ〜」
 距離は離れているけど、うっすらと風車のシルエットが近づいてくるのが認識出来た。
 近づくにつれ、その手前に人影も見えてきた。
 どうやら騎士と従者と緑色のワンピースを着た娘の三人らしい。
 なんだか揉めている様子。
 喧嘩? ジュディのお節介の虫が疼き始める。
 老騎士は、厚紙で作った様な甲冑で身を包んでいる。
 なんとなく騎士ごっこを連想してしまう。
 と、ここで十分に近づいて、緑色のワンピースを着た女性は黄色い帽子をかぶった自分の知人だという事に気がついた。
 リュリュミア(PC0015)だ。何故、こんな所にいるのだろう。
 ジュディが近づいてくるのに光合成淑女も気づいたみたいだ。間延びした声でこちらに手を振る。
 とりあえず、そんな三人のすぐそばまで近づいたジュディはバイクを停めて事情を聞いてみる事にした。
「騎士様、あれは怪物じゃないでげす。ただの風車でげす」
「何を言う、サンチョ! 血管が浮いた石造りの身体! 大きく振り回された筋肉質の四本の巨腕! 嵐の如き吠え声! らんらんと光る眼! あれがゴーレムでなくて何だというのだ!?」
「ですから、風車でげす! たとえゴーレムだとしても騎士様がかなわない相手だったらどうするでげすか! ただの無駄死にでげす!」
「神聖宗教の体現たる騎士は、たとえ命を失おうとも邪悪を前にして退くわけにはいかんのだ! 聖書には『騎士はたとえどんな強大な敵が相手だろうと死ぬ事を恐れず戦わなくてはならない』とある! 正義の突撃を見せてやる!」
「騎士様、聖書には『全ての信徒は神に定められた寿命を全うし、寝台で老衰で死ぬべし』とも書いてあるでげす! 神聖宗教の体現たる騎士は、寝台で寿命で厳かに死ぬ事こそ至上の使命なのでげす!」
 そんな騒動を観察していると、首に巻きついている愛蛇『ラッキーセブン』が、そんな彼女の表情を縦長の瞳孔で見詰める。
「ドント・ウォーリー、心配しないデ!」
 モンスターバイクのエンジンの脈動を響かせながら、ジュディは老騎士と腹が出た従者が怒鳴り合っているのを聞く。それで大体、状況を掴んだが、二人はあまりにも口喧嘩に夢中でジュディの登場はあまり気にしてない様だ。
「ホワット?」とジュディは二人の横でその諍いを聞いているリュリュミアに声をかけた。
「今のわたしは『緑の魔道士リュリュミア』ですぅ」彼女はジュディに今の自分を自己紹介した。「わたしはね、たまたまこの麦畑を通りかかっただけなんだけどぉ、見ると二人が『騎士ごっこ』してるじゃないですかぁ。貧民街の男の子達も騎士ごっこ大好きでわたしもよくつきあってるからぁ、混ぜてもらおうと思ってってぇ。で、わたしは二人に助言し、つき従う緑の魔道士役ですぅ」
「ザ・ナイト、騎士デスカ」
 あまりにも騎士そのものの様な騎士らしくない様な老人を眼前にし、ジュディは古典的名作『ラ・マンチャの男』のリアルバーションと理解し、思わず感動してしまっていた。
 子供の頃より憧れてきたスーパーヒーローと同様、いわゆる騎士物語もジュディは大好きだから。
 その時、さすがにモンスターバイクと身長二m越えの女性であるジュディを無視出来なくなった老騎士と従者が口論を止め、振り向いた。
「貴公、その恰幅のいい姿たるや、名のある戦士とお見受けいたす」厚紙製の甲冑をまとった痩せた騎士が丁寧に物申す。しかし、どうやらジュディを女性とは認識していない様だ。「私は放浪の騎士ドンデラ・デ・シューペインと申す者である。よければ貴公の名をお教え願いたい」
「ドンデラ公?」訊き返したジュディはその時初めて、この二人が騎士なのに馬が周囲にいない事に気がついた。
「さよう。私こそ放浪の騎士にして神聖宗教の真の体現者『ドンデラ・オンド』である。そして、これが従者のサンチョ」
「どうも。『サンチョ・パンサ』でげす」名乗った従者は左右の手にココナッツの殻を持っている。嫌な予感がするがこれが馬の蹄の音の代わりなのか。
「そして、この淑女が緑の魔女にして私達の道を導く者、緑の魔道士リュリュミア」
「どうもぉ。リュリュミアですぅ」
 あ、とっくに彼女は認識されていたんだ、と軽く驚いたジュディに、リュリュミアはあらためて挨拶する。リュリュミアは違和感すぎて気づかれていないのだと思っていた。
 本来なら魔女は神聖宗教には肯定されないはずでは、とジュディは思ったが、どうやら二人の格好も含めて彼らは色色とフランクらしい。騎士の体面にはこだわっているのに。
 まあ、自分も大蛇を巻きつけているという怪しい風体なのにそこはスルーとか。
「ところで貴公の名をうかがっておるのだが」
 ちょっと警戒の色を見せ始めたドンデラ公に、ジュディはちょっと茶目っ気のある悪戯を思いついた。
「ロシナンテ」
 彼女は『ラ・マンチャの男』に出てくるキホーテ公の馬の名を名乗った。尤もこの馬も劇中では老騎士が貧層な老馬に妄想を重ねたものなのだが。
「ロシナンテは騎士を乗せて進むグレート・ホース、名馬ネ。ドンデラ公を乗せて、何処までも行くヨ!」
 ラッキーちゃんをバイクに巻きつかせるとジュディはいなないてとモンスターバイクのスタンドを立ててとび降り、ドンデラ公を肩車の容量で担ぎ上げた。痩せた老騎士など軽い物だ。ましてや甲冑が厚紙製の者など。
 あっという間に三メートルに迫る高みまで頭を持ち上げられた公が、軽く悲鳴を挙げ、それでも威厳を失うまいと厚紙甲冑の面頬を下ろす。
「タラタラッタター! チャージ!」
 ジュディは叫んで、ドンデラ公を肩車したまま、傍の五mを越える石造りの風車に向かって突撃を敢行した。
 騎士は見るからになまくらな剣を抜いて大上段に構える。
「いざ! いざいいざいいざ! 放浪の騎士にして、神聖宗教の体現者ドンデラ・オンド! いとはかなき乙女をかどわかした邪悪なるデザイナーを打ち砕かんと参戦、突撃いたす! ゴーレムよ! 我が正義の刃の下にひれ伏せぇ!」
 ジュディの頭上で老声を枯らして張り上げるドンデラ公が、突貫の勢いのままに風車へと向かう。
「だから、それは風車でげす!」
「緑の魔道士ぃ、見参〜」
 ぽかぽかした陽気の日光の下、従者サンチョとリュリュミアも後を追った。サンチョが律義にジュディの足音に合わせて、パッカ、パッカ、とココナッツを打ち鳴らす。
 ジュディの疾走は風車へと向かう。
 その突撃は石造りの建物に跳ね返されだろうが勿論、その直前でブレーキをかけるつもりだ。
 だが。
 石造りの風車の輪郭が錆びついた様な軋り音を立てながら、形を変え始めた。
 基礎の部分が左右に分かれて短い両足となり、唸りを挙げて回転していた四枚の羽根がそれぞれ肘部分で折れて、四つの腕となる。
「ネーデルガンダ……!?」
 ジュディの声はそれが足を踏み鳴らして前進する音にかき消される。
 頂上でらんらんと輝く二つの眼。
 まさしく風車は、魔法の怪物『ウインドミル・ゴーレム』だった。
 さすがにジュディは慌てた。とりあえず両足をブレーキとし、方向転換をし、逃走に移る。
 決して怖いわけではなかったが、この老人を肩車にしたままでは何も出来ない。
「待て! ロシナンテ! 騎士道に後退はない!」
 ドンデラ公が叫ぶが、とりあえず距離を稼いで安全な所でこの老人を下ろすのが先だ。
 道を逆に辿るジュディの背を、地響きを立ててウインドミル・ゴーレムが追いかける。鈍い動きだが、それが余計に力を増して感じる。
 サンチョが転がる様にゴーレムの進路から外れる。
 アメリカンウーマンと老騎士の背後に迫る四本腕の石巨人。
「緑の魔道士、お助けしますよぉ」
 リュリュミアの両手から『ブルーローズ』の蔓がこぼれださん勢いで生長する。彼女の力によってあふれだす緑の生命力は太く長く、そして槍の如くまっすぐにゴーレムへと向かい、三十mはあったろう距離をあっという間に埋めて、更にごつい帆でもある腕の一本をしゅるしゅると捕縛した。。
「あらぁ……!」
 しかし、巻きついて自由を奪ったはずの腕が彼女ごと振り回されたのは予想外だった。
 残り三本の腕もその太いツルを抱え込む様に捕えて、その力で蔓を引っ張ってちぎろうとする。
「リアリィ!? こいつ、本気でトゥー・ストロング、強すぎるじゃないノ!?」
 ドンデラ公を肩から降ろしたジュディは『マギジック・リボルバー』を全弾見舞う。四大元素の弾丸。連続射撃音が宙を裂くが、内一発が片眼に命中して光を奪うもまだまだゴーレムは活性にあふれて皆に襲いかかってくる。
「あらあらぁ」
 丈夫なブルーローズの蔓がちぎれて吹き飛ばされそうになったタイミングでリュリュミアは次の蔓を放ってゴーレムの両脚に巻きつけるも、やはり大パワーの前に翻弄される形となる。
 その内にドンデラ公が無謀な突撃を敢行して、移動困難になっているゴーレムの石肌に剣で何度も斬りかかるも、その刃が欠けていくだけの結果だった。
「こいつはちょっとヘヴィ・シチュエーション、きっつい状況ネ」
 敵の強さを認めたジュディは『ハイランダーズ・バリア』を発動させ、全身を覆う緑光の中で『マギジック・ライフル』を構えた。
 ざっと見たところ、このゴーレムの強さは屈強の戦士二十人分という感じだ。
 ジュディもリュリュミアも総力戦を覚悟したが、その中にあって老騎士ドンデラ公の活躍はひょっとしなくても足手まといになる方向性のみが見えていた。

★★★
「さすが。塵一つ落ちてない」
 アンナ・ラクシミリア(PC0046)はクッションのきいた椅子に座りながら応接間を見回した。
 城の如き館だった。
 今日、シュペーイン領主館を訪れたのは、マニフィカとアンナと姫柳未来(PC0023)。
 三人は、同じ人物に関して相反する二種類の依頼が出ている事に疑念を禁じえなかった同輩だ。
 まだ依頼を受けたわけではない。
 この依頼のどちらを遂行するにしてもまず関係者に事実を確認、特にこの二つの異種の依頼の存在を家族が認知しているかを知る必要があると考えたのだ。
 とりあえず、決闘依頼を出したならず者っぽい男は既に見つけ出し、事情をうかがってある。彼によるとイケメンの身なりがいい男からその依頼の張り出しを頼まれたそうだ。つまり代行者にすぎないのだ。
 そのイケメン執事は金払いがよく、眉間にほくろがあったそうだ。
 ペネローペ・オンド夫人に直接面会がかなったのはマニフィカの姫という身分故だった。
「で、私にどんな御用なのかしら」
 応接間で会った美しいブロンドの婦人は豪華な扇子で口元を隠しながら、三人に応対した。
 腑抜けという噂の領主本人ではなく、実質的に用の政治権限を握っているというペネローペ夫人が三人との面談。
「この様な依頼が出ている事はご存じですか」
 マニフィカはテーブルに出された紅茶に口をつける前に、冒険者ギルドで調達してきた二種類の依頼書を卓上に並べた。勿論、対面の夫人が読める向きにそろえてだ。
 どうやら一枚は夫人にとって自明の物だったらしい。
 だが、もう一枚を見て眉をひそめた。それは決闘を申し込めという依頼書だ。
「一度に一つの事象に複数の依頼が重なる事は珍しくはないけれども、どちらの依頼も文面が気になります」アンナは紅茶に口をつけた後、夫人にきっぱりと言い切った。「一つ目の依頼が『捕らえて』ではなく『保護して』であれば間違いなく受けたと思います。二つ目の依頼ですが……『正正堂堂とした決闘で』とあるのでただの怨恨や陰謀とも違う気がします。捕えて、という依頼はあなたの依頼ですね」
「ええ、そうですわ」ペネローペ夫人がアンナの言葉を肯定した。
「この人物をここに連れてくるという事でいいですね」アンナは念を押した。
「何故、保護じゃなく捕えてなんですか」未来が手にしたスコーンを一口齧る。
「それは老いて妄想にとらわれたドンデラはこの家の恥、罪人と同じだからです。体面を保つ為にも早急に捕えてこの家に連れ戻していただく為に敢えて『捕えて』と指示しました」
 ペネローペ夫人は口紅を塗った唇を忌忌しげに曲げた。
「そして、もう一つはお爺ちゃんの殺害という、殺人の依頼に多額の報奨金が出ている……」
 未来は決闘依頼の依頼書の報酬の数字を指でなぞった。
「そんな依頼は知りません」ペネローペの不信げだがきっぱりとした言。「しかし、この家の元領主であるお父様を亡き者にしようとする輩がいても不思議はありません。……だが人質にするならまだしも決闘とは……。ただの茶化しではありませんか。お父様の呆けを知った不埒者が冗談半分にそんな依頼を出したのでは」
 アンナは、ただの茶化しで前金が必要な冒険者ギルドの依頼にクエストを依頼したりするかしら、と心の中で思う。
「父は呆けすぎて、若い頃から大変夢中になっていた騎士道物語と現実が区別がつかなくなり、自分を騎士だと思い込んで厚紙で鎧一揃いを作り、なまくらすぎて物置に放りこんでいた剣を持ち、直接のお付きだったサンチョを焚きつけて旅に出ました。このまま、床(とこ)に伏したまま亡くなってしまえば、領の面目も潰れないというのに! たとえ、元領主だとばれなくとも、呆け老人など市井の民にどんなひどい扱いを受けるか!」
 ペネローペ夫人は手にした扇子を壊さんかの表情で一気に毒を吐いた。
 呆け老人や狂人など弱者は、町や村に住む一般の人達にひどいからかいを受けて、憂さ晴らしの種にされるのがこの様な中世風の国での常だった。それはオトギイズム王国でも同じだろう。見知らぬ認知症老人に対する愛護などは、無教養の民には備わっていない時代なのだ。
 老人性の痴呆か。
 マニフィカは決して不味くない紅茶を渋く味わう。
 年齢を重ねるだけではなく、肉体や精神の衰えが止まらず、肉親や友人を失い続け、次第に強まる喪失感や虚無感。
 長寿種であり、まだ年若いマニフィカには、その意味での『老いる』という事が今一つ理解出来なかった。
 未来はこの依頼には裏がある、と思いながら、この面談では曇りが晴らせない事に胸がもやもやする。
「で、わたくしの依頼は受けてもらえるのですね」
 ペネローペ夫人からの強い念押しに三人は、え、となる。
 ここは依頼を受ける、と返すべきなのだろうが、まだもう一つの決闘依頼の真相が明らかになってない以上、様子見に徹した方がよい気もする。
「ともかくあなたの依頼を受けた場合はこの館に連れてくればいいのですね!」アンナは念を押す。
 三人は受ける、受けない、は曖昧にして、出された紅茶を飲み、一度冒険者ギルドに帰ります、とだけ言って席を立った。
 応接室を出るとメイドの付き添いを受けて、長い絨毯の轢かれた廊下を玄関に向かう。
 と、その途中で少女に会った。
「冒険者様ですか」ブロンドの少女は、ペネローペ夫人の容貌を幼さという水晶に閉じ込めた様な美しさがあった。「お爺様の依頼の件をよろしくお願いいたします」
「引き受けるかどうかはまだですが」アンナは少女に即答した。
 この館に八歳の令嬢がいるのを三人は事前に調べて知っていた。
 名前は確かミキトーカ。
 ミキトーカ・オンド。
 高貴な服の少女はペンダントを首に下げていた。
「ミキトーカちゃんはお爺ちゃんにどうしてほしい?」
 未来は背を屈めて少女に訊いた。
「念願の騎士としての旅に出る事が出来て、お爺様は今、とっても幸せだと思います。私はお爺様の夢をかなえてあげます。冒険者様もどうかお爺様の幸せを守ってあげてください」
 ミキトーカの幼いながら真摯な瞳がキラキラと輝いた。
「どうか、お手伝いをお願いします。これがお爺様です」
 ミキトーカがロケットの蓋を開けて中に収められた小さな肖像画を皆に見せた。
 依頼書と同じ顔だ。書類のエッチング画より凄く優しそうな表情をしている肖像画だった。
「お嬢様、作法の教師が待っております。早くこちらへ」
 眉間にほくろのある執事がミキトーカを促した。なかなか顔が整った男だ。
 二人は冒険者達と分かれて、館の奥へと歩いていった。
 未来とアンナとマニフィカは門番に見送られてシュペーイン領主館を出ると、依頼を受けるべきかどうか、話し合いながら近くの町の冒険者ギルドへと向かった。
 マニフィカには今も消せない疑念を抱いている。
 相反する二つの依頼。
 身柄確保の依頼は、世間体から名前を伏せており、どう身柄を扱うべきか指定もなかった。これはペネローペ夫人の性格を考えれば解る気もする。
 逆に殺害の依頼は、正正堂堂の決闘という手段を指定し、老人の名誉に配慮している。
(これは一体、どういう事なのでしょうか……)
 そしてアンナは急がなければ、とローラースケートの歩を速くした。先走った者はいないと思うがドンデラ公の為に一刻も早く他の仲間と合流したかった。

★★★
 ジュディとリュリュミアとドンデラ公は村はずれの古い館の前にある藪に身を潜めていた。モンスターバイクとラッキーちゃんは近くに置いてある。
 三人は戦力的にはかなり消耗していた。
 まさか、でくの坊みたいな図体のゴーレムがあんなに強いとは思っていなかった。
 ジュディとリュリュミアはその一回の戦闘の為に使用回数制限のある魔法やアイテム、武器、スキルは全て使用してしまっていた。少なくとも今回の冒険が終わるまでは回復しないだろう。
 とにかく、あのウインドミル・ゴーレムは完全に倒していた。あそこには残骸になった物が横たわっているだけだ。
「いやぁ強敵でしたねぇ、あ、きゅうり食べますかぁ」リュリュミアはぽやぽやさを取り戻していた、「それじゃぁ、次はどちらに向かいましょうかぁ」
「勿論、村長の娘をさらった邪悪なゴーレム・デザイナーの所であろう!」ドンデラ公が即席栽培のきゅうりをポキリと齧りとりながらゴーレム・デザイナーが潜んでいるという館を睨んでいる。「ええい、こんな所に潜んでいるのは騎士として不名誉だ! 正正堂堂、正面から突撃するぞ!」
「ア・リトル・ウエイト、ちょっと待っテ」巨躯を懸命に藪に隠しているジュディは待ったをかけた。「あんなにストロンガーなゴーレムを作れるなら、デザイナーもきっと強敵ダワ。今、村にインフォメーション・コレクト、情報収集に行ってるサンチョの帰りを待ちマショウ」
 その時「騎士様〜!」と声を挙げながら出腹を揺すって、サンチョが村からはるばると駆けてきた。
 皆は彼の到着を待ち、藪から出て林立する木の後ろで簡易会議を始めた。
「やっぱり強い魔法使いみたいでげすよ。村長の娘をさらった時、木の人形を二十体ほどつき従えていたらしいでげす」
「木の人形ぉ? かかしぃ?」リュリュミアは首をかしげる。
「いえ、マヌカンみたいな感じらしいでげす。身の丈二mもあるのが二十体ほどデザイナーの後をぞろぞろと」
「マヌカン……マネキンの事ネ」ジュディには服飾店がディスプレイに使う人形をマヌカンと呼ぶと知っていた。異世界の日本では『招かん』に語が似ていて客足が遠のきそうだから『まねきん』と呼び名を変えている事も。
 こっそりと館を見やる。
 木造の二階建てだ。
 規模からして一階は大きな部屋がざっと八部屋。前に四部屋。奥に四部屋。
 二階も八部屋という所だろう。
 全ての窓に鎧戸が閉められていて、中は見えない。
 村長の娘が囚われている部屋は解らない。
「いい考えがあるでげす。館に火を放って、その隙に村長の娘を助け出すでげす」
 いきなり物騒な提案をするサンチョ。
「やはり、正正堂堂と正面から突撃だ」
 ドンデラ公は全くぶれない。
 果たして、どうするか。
 ジュディも、リュリュミアも木の後ろでこの厄介事について考える。
 自分達が導かなければ、この二人は更なる厄介事を引き起こしそうだ。

★★★