★SHOW MORE NIGHT WANNA TOUCH

★★★
 最近は学生服をワイルドに着こなした『羅李朋学園』の学生の姿もあちこちの支部に現れ始めた「オトギイズム王国』の冒険者ギルド。
 大きな町ならほとんどの町にある、或るその一つ。
 その二階にある酒場でジュディ・バーガー(PC0032)はなみなみと酒精を満たす特大ジョッキを傾け、脳内でまさに郷愁を誘うカントリーミュージック系の音楽を奏でながら、遥かなるニューアラモの牧草地帯や歓声に沸くフットボールスタジアムの幻影を眺め、珍しくもホームシックに似たセンチメンタルな気分に浸っていた。
 ああ、故郷の皆はどうしてるだろうか?
 瞳はあの時に見た空の様な濃い青に染まっている。
「……赤いレザーボンテージにTバック……」
 そんなジュディの耳にフラッシュバックを閃かせる言葉が届き、彼女はピクリと反応を示した。
 ほろ酔い気分で周囲を見渡すと、カラフルなモヒカンに棘の生えた革ジャンという世紀末風のユニフォームを着込んだグループがヒソヒソといやらしそうな顔を寄せ合う姿。
 如何にも凶悪そうな格好をしているけど、たぶんニューカマーである羅李朋学園の生徒だろう。
 学生服を脱いでいるが、なんとなく雰囲気で判る。
 形から入る。それも大事な事はジュディには解っている。
 しかし、彼らは若いのにキメすぎだ。
「ヘイ、ボーイズ! 今のハナシ、もっとジュディに聞かせなサーイ♪ アー・ユー・OK?」
 二m越えのしなやかな筋肉質の彼女は酔いどれ調子のままでテーブルを立ち、素早く近づいて両腕で二人のモヒカンをヘッドロックしながら会話に乱入する。それだけでモヒカングループは「ひええ」と委縮する。
 赤いレザーボンテージにTバック。
 そんな恰好をしている冒険者など一人しかいない。
 サンドラだ。
 間違いない。
 『赤頭巾』ことサンドラ・コーラルとは、これまで過去に幾つかの冒険で親交を深めた仲だ。
 その彼女が話題になっているとすれば、ここは話に絡まないわけにはいかない。
「……いや、別のギルドから流れてきた話によると、へんちくりんな罠だらけのダンジョンがあって、その攻略にTバックの女冒険者が参加するって……」
「……そうそう。依頼料も出ないそんなダンジョンに挑戦するなんて、なんて物好きなおかしな尻丸出しの女冒険者がいるんだって、皆で笑って……」
「イッツ・ゥロング! 彼女を、挑戦者を笑うなんてテンイヤーズ・アーリアー……十年早いネ」
 虎の様に笑いながらそう言うと、ヘッドロックをほどかれたモヒカン達は小さな悲鳴と共に逃げていった。転倒する勢いで一階へと階段を降りていく。
 フム、とジュディはトレイを運んでいるウエイトレスから水のタンブラーをさらうと中身の半分を一気に飲み、残りを自分の金髪の頭頂からかけ流した。
「どうやら、ジュディもそのエクスプロール、探検に参加しなければならい様ね」
 お節介の虫が疼いてきた彼女は、サンドラをフォローするには我が身あり、とその依頼が出されている町を訪ねる事にする。
 まあ、どの様にそのへんちくりんな罠だらけのダンジョンに挑もうなど、細かい部分は正直なところ、ノープラン。当たって砕けろ。海兵隊のガンホー精神を発露すべし、と少少、酔いが醒めた、濡れたシャツが胸に張りついた身体で自分も階段を降りていこうとする。
「ト、その前に」
 ジュディは自分が飲んでいたテーブルの椅子に乗せていた愛蛇『ラッキーセブン』を手に取る。そして、そのニシキヘビを首元に巻く。
 ウエイトレスに飲み代を渡し、今度こそ階段へ。
 ふと気づくとラッキーセブンの如何にも爬虫類らしい冷静な瞳が、無言の問いかけをしている風に感じた。。
「テイク・イット・イージー! 心配しなくても大丈夫ネ」
 ジュディは笑ってみせ、階段を踏み鳴らしながら降りていった。

★★★
 ビリー・クェンデス(PC0096)は哀しかった。
 とある自我を持った人工知能を救えなかったから。
 超弩級巨大飛行船『スカイホエール』から戻って以来、もっとよい方法があったのでは?と後悔していた。
「コケー……」
 慰める様にくちばしでつつく金鶏『ランマル』を優しく撫でながら想う。
 思えば見た目が子供な福の神見習いとしてずっと生きている。
 これからも縁ある人を救えないというのも多多あるだろう。
 でも『亜里音オク=学天即』の事を忘れない。
 たとえ何百年が経とうとも……。
 さあ、笑う門には福来る、だ。
 どんなに哀しくても幸福を招く妖精らしく笑顔を貫こう。
「それはそれとしてや」
 王都『パルテノン』の冒険者ギルドにひょっこり顔を出したビリーは、へんてこりんなダンジョンに関わるというクエストがあるのを知って狂喜した。
「これや! こんなんオモロイやつ待ってたんや……」
 この奇妙なしょうもなさそうなトラップが山ほど待っていそうなダンジョンがあると知り、真っ先に思い浮かんだのは王都の公園でひねもすすごす『ダメ芸人』こと『レッサーキマイラ』だ。
 一流芸人をめざしているらしい彼は奇妙な愛嬌があるし、素の会話も特に悪くない。
 でも致命的にコントや漫才が滑る。
 しかしトークが駄目なら、身体を張って受けをとるリアクション芸人を目指してはどうか。彼らにはその可能性があるのではないか。
 ハリセン芸。ゴムパッチン。アツアツおでん。熱湯風呂……。
 しょーもないトラップでも、発想を転換すればリアクション芸を体得する絶好の機会。
 一世を風靡した先達に続くべし!
「と、いうわけで早速、この依頼を受けてきてやったで! 勿論、連名でや!」
「ビリーさん、痛い思いするのはわしらなんですぜ。何もそんないかにも面白そうに」
「そやそや。わいらにも意見立法審査権はあるんやさかいに」
「………………」
「あっまーい!」と獅子と山羊と蛇の頭を持った合成獣に、スパコーン!と伝説の芸人『チャン・バラトリオ』が使っていたのと同タイプだという『伝説のハリセン』を見舞うビリー。
 王城に隣接する公園の石舞台で座敷童子に叩かれた巨獣は「あつぅあつぅ」とハリセンで叩かれた頭をさする。尾の蛇は無表情を貫く。
「野球にはキャッチャーがいる様に、押す指にはボタンがある様に、アクションがあったらリアクションがあるのは当然の『作用・反作用の法則』なんや! リアクションを制す者は世界を制すんや!」
「そんなもんですかね、兄貴」
「で、わてらはそのダンジョンで何をすればええんですかい」
「………………」
「とにかく罠にかかってかかってかかりまくればええんや! バナナの皮があったら踏む! それが基本や! 面白いリアかどうかはボクが採点したる!」
 という訳で、レッサーキマイラを『空荷の宝船』に詰め込んだビリーは、王都からその現場のダンジョンへと一路、空を駆けたのだった。

★★★
「探検の仲間が増えたのはいいけど、私の足を引っ張らないでね」
 山賊のアジトとされている洞窟は丘のふもとから石肌を剥き出しに奥へ続いている。
 ランタンの明かりを頼りに先頭を進んでいくサンドラが、旅の仲間として加わったリュリュミア(PC0015)達をちょっと面倒くさそうに扱っていた。
 旅は道連れ。
 サンドラはジュディのモンスターバイクにタンデムして、この迷宮前で皆と合流した。
 最後にやってきたのがビリーの空荷の宝船だ。
 このダンジョンはレッサーキマイラが自由に身をひねれるほどに広く、天井が高く、深い。
 まだ新しいトラップには引っかかってないが、あちこちにある石のでっぱりや中途半端に煉瓦で補強されている所など色色怪しそうだ。分岐した角を曲がった所にある暗闇なども。
 先頭のサンドラの白いヒップを追いながら、アンナ・ラクシミリア(PC0046)は彼女の脇から伸長したモップの先でその足先にある石床を強く突いて罠を確かめている。
 リュリュミアも蔦を伸ばして狭い所や高い所を探っている。
 実は姫柳未来(PC0023)はこの探検について、事前にトランプ占いで幸運不運を占っていたのだが『最凶』の結果が出た事を皆には知らせていなかった。
 不気味なダンジョンをゆっくり進んでいく冒険者達。
 曲がり角を曲がった所で、アンナのモップの先端に突つかれた天井のはめ石がまるでボタンを押したかの様にカチリと沈んだ。
「ア、イッツ・デンジャラス! 危なイ!」
 天井の太い梁の上に載せてあった大きな壺が傾いて粘液を下に降り撒いたのを、ジュディは先頭のサンドラの手を引いて自分と場所を入れ替える。
 濃厚な甘い匂いをさせながら大量の粘液が盛大に下の者達に降りかかる。
 ジュディ、アンナ、リュリュミアの頭からかかって粘っこく濡れそぼらせたのは黄金色の蜂蜜だった。彼女達の全身がべとべとした蜂蜜まみれになる。
「ははーん。ハニートラップって奴でやんすな」
「うーん。上手い事言うてる気がするけど、そのギャグは点数をつければ7点ってとこやな。ってゆうか、感想を述べるよりも自分からかぶりに行かなあかんで」
 レッサーキマイラのギャグに点数をつけるビリー。
 ジュディは派手に頭を振り、手を振り、周囲に蜂蜜を撒き散らす。
「もう嫌ぁ、おうち帰るぅ!」
 髪も身体もべとべとにしたアンナは早速、泣きが入った。清潔好きな彼女にこの早速の洗礼はきつかったか。
 濃厚な甘い蜂蜜を浴びたジュディはとりあえず全身を拭う為の大きな厚布を荷物から取り出そうとする。
 その時。
 わさわさわさわさわさわさわさわさ……。
 床に並べられた石畳の隙間から黒い絨毯の様に広がる無数の蟻の流れ。
 蜜の匂いを嗅ぎつけて出てきた小さな昆虫軍団はあっという間にジュディ、リュリュミア、アンナの足を這いあがり、全身を黒くまばらな模様に変えてしまった。
「オーマイガー! アンツ・バタリオン!」
「もう嫌ぁ! 本当におうち帰るぅ!」
「あらぁ〜。蟻さんだわぁ〜」
 ジュディとアンナは大騒ぎになるが、リュリュミアは何処かぽやぽや〜としている。
 ともかく、全身を蟻にたかられている光景に全員ぞわわ〜となるが、水筒を持っている者達があふれてくる真水の流れをありったけ三人の頭から急いでかけてやり、蜂蜜ごと蟻を押し流した。
 流された蟻は水流として石床の隙間に戻っていく。最後の蜂蜜が床に吸い込まれると蟻は一匹もいなくなった。
「ファイヤー・アント、ヒアリじゃなくてよかったワ」
 びしょびしょの姿で一息つくジュディ。
「蟻でよかったんですよぉ」ぽやぽや〜とリュリュミア。服が身体と一体である彼女は厚布で全身を拭い、簡単に乾いた姿になった。「バッタじゃなくてよかったですぅ。バッタだったらぁ、むしゃむしゃ食べられちゃいますからぁ」
 植物系淑女の感想は他の皆とはツボが違っていた。
 しかし、この罠にきつすぎる精神的ダメージを追った少女もいた。
「うわぁ〜ん!!」
 半泣きのアンナはまだ混乱状態にあって、よりによってダンジョンの奥の方へローラーブレードを滑走させて走っていってしまった。
「ちょっと! アンナ!」
 ランタンを持ったサンドラが後を追いかける。
 皆もその後を急いで追った。
 アンナは走りながら幾つものの罠を作動させるが、彼女はローラーブレードで高速で走り抜ける為、罠の影響は後続の追跡者がかぶりまくっていた。
 尤もその罠は顔面めがけてミートパイが飛んできたり、大きな網で皆を天井へとすくい上げようとしたり、見え見えの落とし穴を避けたらバナナの皮がそこにあって、すっ転んだ未来がパンツ丸見えになる様な些細な罠だったが。
 幾つもの分岐を曲がってダンジョンを走り抜けると、この通廊は壁にはめ込まれた木のドアで行き止まっていた。その前ではさすがにアンナも冷静になって立ち止まるを得なかった。
「なんじゃ、この仮面」
 追いついた皆は、アンナの前のドアにかけられた石製の仮面に気がついた。率直な疑問を口にしたのはレッサーキマイラだ。無表情な細い眼と口の仮面がドアで皆を待ち構えている。
『このドアを開けるなら我の問いに答えてもらおう……』
「喋るのねぇ、この仮面」
 リュリュミアはぽやぽや〜と応対する。
「もしかしたらビッグなお宝チャンスかも!?」
 自分の出した占いの結果を忘れ、未来はウキウキとした表情をする。
『山羊で獅子で蛇で、しょうもないギャグばっかり言って、いつも人を嘆息させているのは何だ……?』
 仮面が出した質問に皆の視線は一ヶ所に注目する。
 勿論、レッサーキマイラにだ。
 その眼線にリアクション芸人をめざす合成獣は狼狽した。
「なんじゃなんじゃ、わしが当然の答であるかの如く……」レッサーキマイラは不服そうだ。だが、今、何が求められているのかには気がついている様だ。「自分だと答えるのはプライドが……でも、あえて言う! その答はわし、レッサーキマイラじゃ!」
『ブッブー! 答は『山羊皮の帽子と獅子の毛皮のマントを身に着け、蛇の巻きついた意匠の杖を持った、デー〇・スペクターだ』
「なんやそれッ!! ってゆうかデーブ・〇ペクター、この世界で通じんのかいーッ!!」
 ビリーのツッコミで石仮面がハリセンでしばかれる。
「強引に開けたる! こんなドア!」
 同時に三流芸人レッサーキマイラがドアのノブを前脚で器用に掴んだ。強引に開けようとしたその姿は一瞬、総毛を逆立て、蒼い火花と共にレントゲン写真の様な骸骨になる。
「しびびびびびびびびびびびび……!!」
 怪物は感電しまくっていた。
「そうや、それや! 骸骨姿は正解や! 10点や!」
「そんな事よりしびびびびびびびびびびびび……!!」
 ビリーの採点を聞きながら強引にドアノブを回す。するとレッサーキマイラの力でドアは容易に押し開けられた。
 開け放たれたドアから覗いたのは黄金の装飾品や宝石や宝箱で埋め尽くされた宝物庫。……ではなく恐らくはこのダンジョンの元の持ち主の山賊が使っていたと思しき広い住居スペースで、はっきり言って男やもめにウジがわく、凄まじいまでの汚部屋だった。
「なんじゃ、こんな部屋を魔法で守っとったかい!」
 獅子のたてがみにアフロパーマがかかったレッサーキマイラが叫ぶ。
 期待が裏切られてがっかりする冒険者達の中で、アンナの眼だけはピキーン!と輝く。
「入っちゃ駄目! ここは私に任せてみんなは先に進んで!」
 そう叫ぶと彼女はモップを抱えて部屋に飛び込み、ドアをバタン!と急いで中から閉めた。
「え!? アンナ? アンナさーん!?」
 慌てたサンドラがドアを何回もノックする。
 しかしドアは開かない。
 アンナと長い間つき合って彼女をよく知っている他の皆は、この状況に落ち着いたものだった。
「絶対に汚部屋を完全に掃除するまで出てこないつもりよね」
「まあ、ビザールなトラップにかかりまくるよりはアンナのメンタル・レスト、精神安静にイイでしょうネ」
 未来とジュディはウンウンとうなずく。
「もうこうなったらぁ、アンナは清掃と整理整頓が終わるまでぇ、ここを出てこないわよねぇ。わたし達はわたし達で彼女を置いてぇ攻略を優先させた方がよさそうだわぁ」
 リュリュミアはそう言い、サンドラをここから動かそうと背を押した。
 道を引き返す事になったが、ダンジョンはまだまだ未探索地帯でいっぱいのはずだ。

★★★
「あーれー!」
「ワッチ! サンドラ、危なイ!」
 地上の石畳の隙間にうまく隠されていたロープ罠がいきなり作動し、閉じた輪で足首を結ばれて、三人が天井へと逆さの宙ぶらりんになる。
 高い天井近くで逆さまになったのは未来、ジュディ、そしてレッサーキマイラだった。
 ジュディだけはまたサンドラを突き飛ばし、身代わりになった形だ。
「やーん!」
 未来は逆さまの姿で下にミニスカがまくれあがり、派手な下着が丸見えという煽情的な姿。
 この場にいる男性がビリーとレッサーキマイラだけでよかった。鼻の下をのばす様な男にはもったいない光景だ。尤も怪物の方は片足をローブに縛られ、だらしなく股間全開というみっともなさだが。
「いやーん! まいっちんぐー!」
「お前が言うても色気ないんや! もっとリアクションとらんかい!」
 ビリーは『神足通』で天井まで跳んで梁にぶら下がり、厚紙のフリップに『3点』と書いて、それでレッサーキマイラの山羊頭をはたく。
 ジュディは腰のベルトからホルスターに収めていた『スコップ』を取り出すと、腹筋を使って自分の上半身を天井へ持ち上げ、それで足首の結び目を切った。頭から落ちたのを持ち前の運動能力で身を翻して足から着地する。
 未来は『超能力』で足首のロープを切り、念動力で浮遊しながら床へと着地する。
 レッサーキマイラのロープを、ビリーは結び目をほどいて降ろしてやる。怪物の頭が無様に床へと激突する。
「じゃあぁ、この先の階段はわたしが先に行かせてもらうわねぇ」
「え、そんなあからさまに怪しい階段を! リュリュミアさん!」
 サンドラが止めるのも聞かず、前方にあった上階へ通じる木の階段をリュリュミアは昇りだす。
 と、終わり近くまで登ったところで踏板が全て倒れ、階段は滑り台へと姿を変えた。
「あらぁー」
 ツルツルの滑り台を緑色レディは一直線に滑り落ちてくる。身体表面が起伏に乏しい滑らかな彼女は勢いよい滑走速度で床を滑って、後続者達の足下をくぐって曲がり角にあった壁の穴に吸い込まれていった。
 大変だー!と皆が彼女を追って壁の穴を覗き込むがそこは暗闇になっていて中が見えない。
「ランタン、ランタン!」
 ジュディは照明を片手に中を覗き込むがなかなか光は完全に奥を照らせない。
 と、皆が覗き込んでいると、その背後の床に穴が空き、その下からリュリュミアの姿がせり上がってきた。彼女は皆が背後に気づくまで正座をして待っていた。
「……何の意味があるの、このトラップ?」
「さあぁ? 何ですかぁ?」
 最初に振り向いた未来の疑問文にリュリュミアは率直に疑問文で答えた。
 それからもリュリュミアは無防備に、というよりは積極的に罠にかかりまくった。
 どうも彼女はこれを娯楽だと思っている節がある。

★★★
 大亀裂。
 地下通路は途中で下に地下水の川が流れる険しい谷へと行きついた。
 通路はその川で分断され、長い吊り橋がかけられた向こうの崖に先へ行く洞窟が空いている。
 向こうとこっち側はかなりの距離が離れていた。
 皆は吊り橋と共に水平に渡された命綱である左右のロープを握って、その危険そうな行程を辿り始めた。
 見下ろすと地下川では大きな水車が複雑な歯車の組み合わせと共に回っている。これが洞窟内の罠を動かしている動力になっているのだろう。
 と、強い風が急に下から吹き上げた。
 皆は人間など軽く吹き飛ばす勢いの猛風に、必死に命綱にしがみついた。
「やーん!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
 その風に未来のスカートは完全にまくり上げられ、体重の軽いビリーの手が命綱より離れた。
 JK制服のスカートが完全にめくれた未来は思わず手綱から手を放してしまい、上へと吹き飛ばされる。
 亀裂の天井はまた岩としてとじており、そこには金属製の逆棘が幾つも並べられている。凶悪なトラップだ。
 その逆棘の寸前、小柄なビリーの身体は神足通で瞬間移動し、眼に入った吊り橋の終端へと跳んだ。そこで両手で一本の命綱にしがみつく。
 未来も超能力で身をクルクルと回転させて風速を殺すと、ビリーの傍へと瞬間移動した。ビリーとは逆にある命綱にしがみつく。
 未来はスカートがめくれ上がる羞恥と猛風のパワーに耐えた。
「あらあらぁ」
 リュリュミアも吊り橋の途中で左右の命綱にしがみつく。彼女はスカートがめくれ上がっている事に恥ずかしさを感じていない様だ。尤も下着をつけてないすべすべの下半身には、植物らしく何の複雑なデティールはないのだが。
 しばらくすると風が収まってきた。
「エブリバディ! 今の内に渡りきるワヨ! レッツ・ラン!」
 ジュディの声で皆は風がなくなっている隙に吊り橋を渡った。
 次に風が吹くのがいつか解らないから出来るだけ急ぐ。
 吊り橋を渡り切った皆は岩壁の洞窟にとびこんだ。
「ビリーさん。今のリアクションはあまりに普通でしたぜ。3点」
 そんな事を言いながらレッサーキマイラが最後に四本脚で駆け込んでくる。
 洞窟の入口からの通路は短く、曲がり角を曲がるとすぐに広い空間へと行き当っているのが解った。
 その部屋は広かった。
「なんや。意外としょぼいな」ビリーは感想を述べる。
 それは大金持ちの屋敷のワンルームの様な広い行き止まりだった。
 空虚な洞窟部屋だ。
 その中央に銀貨銅貨の小山があり、頂きに古く大きない宝箱が一つきり置かれていた。
 これだけの探検の戦利品としてはささやかそうな規模だ。
「まあ、宝箱があるだけめっけもんじゃねえでしょうか」
「そやそや。残りもんには福があるってゆうやさかい」
「…………」
 レッサーキマイラの三つの頭が揉み手をしながら笑う。いや蛇頭は笑わず、無口を貫く。
「ここが最終地点かしら。まだ辿ってない道は沢山あるけど、これを開けた後での探索でもいいか」
 サンドラが言いながら近づいていく。
「鍵はかかっているかな」
 未来は錠を確かめようとする。
 もしかしたら、この部屋にも何処かに罠があるんじゃないかと残りの者達が周囲に眼を配ったその時。
 宝箱が自分からぱっくりと牙が並んだ口を割った。
 蓋がはねあげられ、中から十数本ほどの肉色の太い触手を吐き出される。
 まるで蟹の様な柄に支えられた二つの眼が中から起き上がる。
 各触手は鞭の如く、未来とサンドラの肢体に巻きついた。
 手首や足首、太腿等を拘束し、二人の身を空中に持ち上げて無力にする。
 粘液を分泌する触手は滑る様に二人の剥き出しの太腿に巻きつく。未来とサンドラは二人並んで触手によって全開M字開脚のポーズにされ、更に脚をガバッ!と背側に引っ張られる。
 勿論、胸は布地の上から搾り上げられ、いっそう盛り上がる。
「キャー!」
「いやー! こんなのなしよりのなしだよー!」
 サンドラと未来は悲鳴を挙げずにはいられなかった。
 サンドラのハイレグTバックがますます食い込み、白いヒップがさらに割れる。
 未来の太腿はM字開脚の度合がどんどん限界を超えていく。更に触手の先が敏感な処をくすぐり、彼女は恐怖と笑いが入り混じった呼吸困難になる。これにより超能力に必要な精神集中が出来ない。
 宝箱の中から長い節足動物の脚が幾つも出てきて、底を持ち上げ、蟲の動きで歩き回り始めた。
 宝箱は縁に牙の並んだ蓋を開け閉めし、触手に絡まれた二人をそこに運ぼうとする。
「行けぇ! こーゆー時に頼りになるトコを見せるんや!」
「よーし、すぐ行く! かっこいいトコ見せましょ!」
 ビリーにけしかけられたレッサーキマイラが颯爽と宝箱の怪物にとびかかる。
 が。
 次の瞬間、触手に往復ビンタをくらった合成獣は四肢をのばして宙を回転した。
「サンドラ! ミク! アイル・ヘルプ・ユー・ナウ!」
 ジュディが触手の群に組みつき、得意の『怪力』で次次に引きちぎる。
「えぇい。力比べですぅ」
 リュリュミアは両手に持った『ブルーローズ』の種を猛進たる勢いで成長させた。彼女の手からあふれたみずみずしく太い緑の蔓の群が、怪物の各触手に巻きつき、綱引きの状態となった。
 宝箱の怪物が節足を石床に踏ん張り、鞭の様にしなって振り回される触手で攻撃しながらも二人の捕虜をますます締め上げる。
 ビリーは『カスタムパーツ』付きの『サクラ印の手裏剣』を眼柄めがけて投擲し、怪物の右眼を潰した。すると敵の動きが止まった。
 触手の力が緩む。
 その隙にジュディとリュリュミアは一気に触手の数本を引きちぎる。
 未来とサンドラは自分達の縛を解けたの気づいた。
 未来はサンドラを抱え、安全範囲まで瞬間移動する。
「仕掛けて仕損じなしや!」
 ビリーは神足通にて一瞬で近接状態になり『ニードルショット』を見舞った。
 一回目は手応えなし。
「まだまだやあ!」
 二回目。また手応えなし。
「もういっちょ!」
 三回目の針は相手の急所を捉えた。鳥の鳴く様な悲鳴が相手に大ダメージを与えた事を告げる。
 更にジュディの渾身のショルダータックルが怪物の胴体が収まっているはずの宝箱を砕いた。
 木片が弾け、汚泥の様な紫の血を噴き出す。
 一斉に全触手が力を失くしてだらしなく床に垂れ、節足は痙攣しながら箱の底を地に下ろした。
 宝箱の中の怪物は死んだ。
「まさかぁ、一番目立っていたのが罠だったなんてねぇ」とリュリュミア。
「十万イズムというところね」サンドラが布で自分についた粘液を拭いながら、宝箱が載っていたコインの山を目測でざっと数えた。「しけてるね。宝箱の中身はびっしり怪物で中に宝物は何もないわ」
 そんなサンドラに近づいた未来は彼女にそっと耳打ちした。「サンドラ……ムダ毛はもっと気合入れて処理した方がいいよ。マジ卍」

★★★
 どうやら宝箱の怪物がいたのがこのダンジョンの最奥の様だった。
 皆はそれからもマップの空白を埋める為にダンジョンを歩き回ったが、あったのは以前の冒険者が解除に失敗したと思われる宝箱の中にあった真珠十個だった。一つで一万イズムほどだ。
 それ以上にはめぼしい宝にも罠にも怪物にも出会わず、無事に踏破完了した事を悟った。
 そしてアンナがこもっているはずの山賊達の居住スペースに帰ってきた。
 ジュディは覚悟してドアを開けたが、感電の罠はもう作動しない様だ。
「お帰りなさい。戦果はありましたの」
 そのドアの向こう側。すっかりピカピカになった部屋で、アンナは紅茶とお湯の準備をして、満面の笑みで仲間達を出迎えた。
「ああ〜。やっと休めるぅ〜」
 たいした事はしてないレッサーキマイラがダラァーと床に寝そべる。
 残りの皆は、小銭を入れた大袋を床に置き、開けた床に置かれたテーブルについた。
 『喫茶TeaPartyの紅茶』の香りが鼻をくすぐる。それだけで全身の疲れが抜けてきた。
「まあ、菓子でもつまもうや」
 ビリーは『打ち出の小槌F&D専用』で最中(もなか)や大福など甘い物を出す。疲れている時は甘い物に限る。
 皆はアンナに彼女が抜けてからの探検の全てを語った。
 性悪な罠。
 しょうもない罠。
 なんかやけにいやらしい罠。
「戦果は二十万イズム? 苦労に見合うかしら」
「まあ。元元、どんなしょうもない罠があったかを語る為の依頼だった様なもんだしね」
 アンナに答え、サンドラが熱いお茶を苦手そうな感じで飲む。
「それにしてもスカンクルームが結構クリーンになったワネ。掃除はベリー・ハード、結構大変だったデショ」
「まあ、掃き清めて、雑巾をかけて、邪魔物を端にかたしただけですけどね。……あ、この部屋にはまだ正体不明の仕掛けがあるみたいなので、むやみに触らないで下さいね」
「え?」
 レッサーキマイラが腰かけた壁のレバーは、その体重で押し下げられていた。
 ガコン!
 レバーが下がった途端に、石壁の中から大きな音がした。
 その音はまるで連鎖反応の様に次次に連続して響き、次いで何か大きな鉄鎖が引きずられる様な音があちこちで鳴り始めた。
 遠くで何か大きな物が外れて、水飛沫を上げる音。
 それを機に石壁の中の音はいっそう激しく、沢山鳴り響く。
「うーむ。ボクが思うに、川にあった水車やその部品がばらけて壊れてく音やないやろか」
 ビリーの言葉が終わらない内に壁も天井も床も震えてきた。
 天上から塵が落ち、部屋に亀裂が幾つも走る。
「……あのぉ、逃げた方がいいかもぉ」
 全然、慌てている風に見えないリュリュミアはそれでも皆を急かしていた。
 全員、お茶会を放り出して、この部屋から逃げ出した。

★★★
 全員が外に脱出して数分してから、洞窟の上にあった丘が大きく陥没した。
 それはダンジョン全部が潰れた事を意味していた。
 瞬間、今度は炎の柱と黒煙と共に、丘だった場所が大爆発。
 冒険者達は皆、安全な所まで逃げていたが、それでも耳を聾する爆音と炎の熱を浴びた。土や小石も降ってくる。
「自爆装置付きでしたとは……」
 アンナが呆然とした表情で青空に盛り上がる黒煙を見つめる。
 皆は何でここまで派手な展開になったかをちょっといぶかしんだが、山賊達がこのアジトを作ったのではなく、たまたま見つけた大魔法使いだか何だかのダンジョンを利用していたのだろうとすぐ結論する。
「ともかく見つけたリザルト、戦果は全部リアル・ゴールド・マネー、金貨に換えて皆で分配しマショウ」
「と、すると一人、二万ちょいか。さんざん恥ずかしい目に合わされてるから安い気もするけど」
「一人二万として余りはぁ、貧民街に寄付するのでぇ、いいわねぇ」
 ジュディと未来とリュリュミアは戦果の分配を決めるが、レッサーキマイラが「やた! 現金収入!」と浮かれる。
「まあ、リアクション芸はまだまだやけど今回の収入は認めたる。これからも芸を磨くんやで」
 ビリーは浮かれた怪物に釘を刺す。
 ああ、これからこのダンジョンのいかれた探索行を冒険者ギルドで待っている奴に話しに行くか、と皆は爆煙を背にして歩き出した。
「あ、でも」
「エッチな罠の事はなるべくオブラートね」
 サンドラと未来は最後に皆に『お願い』したのだった。

★★★