『チークちゃんに叱られる! ゲージュツって何だ!?』

ゲームマスター:田中ざくれろ

【シナリオ参加募集案内】(全1回)

★★★
 『オトギイズム王国』。
 芸術家として名高い、あるピアニストが新作を発表する事になった。
 舞台となった劇場は音楽通として名高い貴族から裕福な豪商、果ては女房を質に入れてまでこの芸術作品の発表に立ち会いたかったという音楽好きの庶民まで沢山の人間で一杯になった。
 発表される作品名は『十五分』。
 満員の観客が最高級のピアノが置かれたステージを前にし、作品の発表を待った。
 やがて、そのピアニストが現れ、そのピアノの前に座った。
 開いた楽譜を眼の前に置く。
 静まり返る観客達。
 ピアニストは鍵盤の蓋を開いた。
 唾を飲む音が聴こえるかの様な静寂。
 ピアニストは蓋を開いたピアノの前でただ座っていた。鍵盤に手を伸ばす事さえしない。
 勿論、ピアノから音はしない。
 曲はない。
 そのまま、時間が過ぎていく。
 しばらく会場の静寂は続いていたが、やがて、観客席のあちこちでざわざわとという小さな騒めきが起こり始めた。
 それでも大勢の観客が、ピアニストが何かアクションを起こすだろうという期待で、舞台を見守る。
 やがて五分が過ぎた。
 ピアニストは鍵盤の蓋を閉めた。
 それだけである。
 観客席の騒めきは確実に大きなものになっている。
 ピアニストがまた鍵盤の蓋を開けた。
 そして、やはり一切、それ以上、ピアノに触れる事はなかった。
 またすぎていく無音の時間に観客達の間から確かな騒めき、戸惑い、溜息、怒りの声、嘆きのすすり泣きさえ聞こえ始めた。
 無音の五分が過ぎ、鍵盤の蓋がまた、閉められた。
 そして、最後の五分。鍵盤の蓋がまた開かれたが、ピアニストはやはりピアノに触れる事はしなかった。
 もう、観客のはっきりした怒号が響き、席を立つ客も少なからずいた。
 それでもピアニストは曲を奏でる事を一切しなかった。
 時間だけが過ぎていく。
 そして五分後に鍵盤の蓋が閉められ、立ち上がったピアニストが観客席に深深と頭を垂れても、拍手をする観客は一人もいなかった。
 こうして彼の新しい芸術作品の発表は終わったのである。
 後で解った事だが、楽譜には鍵盤の蓋の開け閉めを示すタイミング以外、一切の音符は書かれていなかったそうである。音符が書かれるはずのスペースは全て空白で、全休符さえ書かれていなかったのだ。

★★★
 ある有名な前衛彫刻家が新作を発表した。
 これまでに色色と斬新な前衛彫刻を作り、発表して高い評価を得てきた彼の新作である。
 権威ある美術館に贈られたその作品は、市販の出来合いの男性用小便器に『清涼』という作品名が書かれた札が添えられただけの物だった。
 それが彼の新作である芸術品の全てだった。
 果たして、これが芸術であるか、論争が沸き起こった。
 ある者はこれは芸術家である彼が発表した物だから芸術だと言い、またある者はこれは創作物ではないのだから芸術とは呼べないと言った。
 その論争は譲り合う着地点を見せないまま、感情論や人格批判にまで達しそうな勢いとなり、ある物は書簡として、ある物は好事家達が共作している芸術誌への投稿として、激しい火花を散らした。
 その論争は今も決着していない。
 尚、後で解った事であるが、この作品を芸術として認めないという、最も激しい論の急先鋒である攻撃的な匿名投書は、筆跡鑑定の結果、この作品を発表した前衛彫刻家自身の手によるものであった。

★★★
 雑多な人間達。時には異世界からの流浪人達が集まる『オトギイズム王国』の『冒険者ギルド』という場所は、とかく色色な者が集まるものだ。
 冒険者ギルドの一階、様様な依頼書が大掲示板にこれ見よがしに貼られている受付ホールに、今日は一人の幼女が紛れ込んでいた。
 身体中に茨を巻きつけた求道者風の呪術師や、身体の右半分を黒く、左半分を白く塗ったセクシーな女戦士等の人ごみに紛れた幼女は、刈り上げにしたおかっぱ頭の黒髪をしている。
 彼女はこの近辺では見知らぬ大人達に突然、自分の疑問をぶつけてくる事でよく知られている。
 ふくよかなほっぺたを桜色に染めた彼女は『チークちゃん』という名の五歳児だ。
「ねえねえ、観客の前でピアノの蓋を開け閉めするだけで一切の曲を弾かないピアノ曲は『芸術』なの?」
 フリフリポーズで赤いスカートの裾から白い下着が見えるチークちゃんは、冒険者の一人の服の裾を掴んではこう質問を浴びせる。大人に質問するのが好きなのだ。ところでチークちゃんはそれなりに可愛い幼女だが、あまりに幼女すぎて下着があからさまに見えても嬉しくない。
「一切の曲を弾かないのは芸術なのか、か?」質問された短髪の盗賊風の少女は、質問をオウム返しにして首を傾げる。
「大人は何が芸術で何が芸術じゃないか、解るんでしょ」チークちゃんは相手の反応を楽しむ様に更に訊く。「なんで?」
「え〜、え〜とぉ……」盗賊少女は困り眉で悩む。「……芸術だって言う方が多かったら多数決で芸術なんじゃないかな……?」
「多数決……?」チークちゃんは小悪魔の様な微笑を浮かべた後、眼が燃える悪魔の様な形相へ変じた。「ほわほわ生きてんじゃねえよッ!!」
 きゃあ!と叫び、盗賊少女はおびえた顔とポーズになって、ひくつく。
 チークちゃんの変貌はこの受付ホールにいる屈強の冒険者達を驚かせるほどの迫力だった。
 その顔はすぐに元の可愛い五歳児に戻る。
 チークちゃんはいつもそうだった。
 大人の集まっている所に現れては、無邪気な顔で自分の疑問を投げかける。
 そして満足する答を得られないと鬼の形相で怒鳴りつけるのだ。
「え、え〜と」盗賊少女はまるで自分よりも格上のものを相手にする様に幼女に尋ねる。「……じゃあ、チークちゃんはどう思うのかな……」
「知らない」五歳の幼女はあっさり答えた。「知らないから質問してるのよ。お姉さんが五歳児の疑問に答えられないって恥ずかしくないかなぁ」
 青ざめた表情の盗賊少女が何も言い返せずに立ちん坊になると、チークちゃんは次の冒険者に眼をつけた。
「え? わたくし?」まるで貴族然としたシルクハットに燕尾服の初老の紳士は自分を指さして、クールな雰囲気の中に戸惑いを見せる。
「芸術家が市販の男性小便器に『清涼』ってタイトルをつけたら、それは芸術なの?」五歳児が彼女に向かって、ちょんと小首を傾げる。「その芸術家は過去に例のない様な物を作り続けてきた前衛芸術家だけど、その人が発表したら何でも高価な値がつくの? 何で?」
「ええと……」初老の紳士の顔に苦悩の皺が浮かび上がる。「美術館に飾られたら……」
「美術館に飾ってもらえれば、何でも芸術?」
「ええと、それは……」
 チークちゃんの顔が火の眼を持つ、蒸気を吹き出す鬼相に変わった。「ほわほわ生きてんじゃねえよッ!!」
「ひえ〜!」初老の紳士はらしくなく、思わず跳び退った。
 もはや受付ホールは嵐の訪れにとまどう羊の群れの如くだった。
「聴く者が誰もいない、深い深い森の奥で雨上がりの木木の葉から水滴が落ち、下の葉に次次とぶつかって、たまたまの偶然でそれまで世界中の誰も聴いた事のない、美しいメロディを奏でたとするわ。誰も聴いた事のなかった、世界で一番、美しいメロディよ。でも、周囲にはそれを聴いた人は一人もいないわ。聴かれない、誰も知らない……そのメロディって『芸術』?」
 呟く様に無差別に三つ目の質問を投げかけるその可愛い五歳児の声を聞いた途端、皆は逃げ出した。
 もはやこの受付ホールで勝者と敗者はくっきり区切りがつけられていた。
 勝者は一人だった。
「全くもう、皆はシャイなんだから」勝者は冒険依頼の受付嬢の所まで来ると、自分の背より高い受付の書類を書く為の張り出しにジャンプしてぶら下がった。「依頼を一つお願いしたいんだけど〜」
「え? 依頼?」まさかこっちへ来ると思っていなかった受付嬢がひるみを見せている。
「うん、依頼。これでいいかな。んしょ」
 チークちゃんはポケットに丸めて入れていた羊皮紙を受付口に見せた。片手でぶら下がっているが、身を乗り出している事と体重の軽さがあるのだろう。
 それには木炭で書かれた幼児ならではの下手な字が乱れた行列を作っていた。
『いらいしょ チーク(五さい)
 「観客の前で音を一切、音を奏でないピアノ曲は芸術なの?」
 「芸術家が市販の物品をただ出しただけで論客がけんけんごうごうとなった作品は芸術なの?」
 「誰も聴かなかった、自然が奏でた世界で一番美しいメロディは芸術なの?」
 上の三つのしつもんになっとくするこたえをくれた人に50イズムあげます』
「50イズムって安いわね……」
「それがチークのおこづかいの精一杯なの」
「それに……これは冒険の依頼とはちょっと違うんじゃないかしら」
「あ、そう」チークちゃんはあっさり床へ降りた。「じゃあ、チークのやりたい様にやらせてもらうわ」
 チークちゃんが歩き出すとざわついていた人ごみがモーゼの紅海の如く二つに割れて、道を作った。
 チークちゃんは大掲示板の出来るだけ上に、それでも半分の高さまでいかないが、背伸びして自分の『いらいしょ』を貼りつけた。書類を貼りつける画鋲は板に余っていた。それでだ。
「これでいいいかな」
 チークちゃんが自分の貼りつけた物を満足そうな笑みで見つめた。
 が。
「こっちの方がいいかも」
 背伸びして木炭で羊皮紙の『いらいしょ』の文字を二重線で消して、次の様に書き加えた。
 『ちょうせんじょう 期限、あしたのひるまで』
 またまたざわつく冒険者ギルドの人ごみを分けて、チークちゃんは玄関の方へと向かった。
「じゃ、明日の昼にまた来るから」
 最後の言葉を残して、チークちゃんは冒険者ギルドを出ていった。
 残された冒険者達のざわつきはおさまらなかった。
 彼女の残したこれは依頼じゃない。ただの規格外の落書きに等しい。
 しかし、それを剥がす勇気を持った人間はここにいなかった。
 これは五歳の幼児からの挑戦状である。
 たかが五歳に大人達がマジになるのか、と、五歳児の質問に答えられない大人は恥ずかしい、という相反する念がこの場の空気を支配していた。
 結局、その挑戦状は微妙な空気のまま、剥がされずにそこに残される事となった。
 ところで後になって気づかれた事だが、玄関から出ていったはずの幼女をその外で見た者は誰もいなかった。
 そして、次の日となる。
 正午、冒険者ギルドにチークちゃんがまたやってきた。
 果たして、彼女の質問に答えられる冒険者はいるのか……?
 芸術っていったい何なの!?
★★★

【アクション案内】

z1:チークちゃんの挑戦を受け、質問に答える。
z2:チークちゃん自身に絡む。
z3:その他。

【マスターより】

今回はあの番組のインスパイアシナリオです。
とりあえずオープニング内に提示された三つの質問に答えてもらうのがメインの進行予定です。
真面目に正解を答えていただいても、PC独自の説、受け狙いのネタでも構いません。
ただ五歳児にも解る様に説明していただけるのがベストです。
『z1.チークちゃんの挑戦を受け、質問に答える』を選んだ方はアクション制限の800字以内なら、三つの質問の内、幾つ答えてもらっても構いません。ただ一つの質問には回答は一つでお願いします。
質問に答えるのではなく、チークちゃん自身に絡む、例えば一緒に遊んだり、説教したりしたいという方は『z2.チークちゃん自身に絡む』の選択肢を選んで下さい。
ちなみに『一切の曲が弾かれないピアノ曲』『タイトルがつけられただけの男性用小便器』は実在します。
では皆様によき冒険(?)があります様に。