『バッタもの奇譚』

第3回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★
 人間の可能性の話をしよう。
 身長が二メートルを超える人間がそんなに珍しくない世界でも、元横綱の小錦を超える巨大な質量も誇る女性がありふれていると聞いて、あなたはそれを信じるだろうか。
 そういう世界はあるのだ。
 例えば『オトギイズム王国』はそうだ。
 その『アシガラ』地方にいて、金太郎を育てているヤマンバが既知の例の最たるものとなる。
 その様な老婆の一人が「自分の様な存在は何処にでもいてありふれている」と言っているのだから、それはそうなのに違いないだろう。
 ましてや雑多な人種が入り乱れる多次元世界『バウム』の話だ。
 人の想像力は時に、人間の『可能性』の前に打ちのめされる事になる。
 まこと、人間とは不可思議な可能性を秘めた、計り知れない広大なミクロコスモスなのだ。

★★★
 午後の青空。
 オトギイズム王国王都『パルテノン』中央、王城。
 ドワーフ製の大時計塔が午後三時の鐘を鳴らす。
 陽が射し込む、サロンとして使われているテラスが張り出した部屋の大きな丸テーブルに、パッカード・トンデモハット王とソラトキ王妃がついていた。テーブルの上には紅茶と和洋菓子が並んでいる。
 そして彼らと共に座り、茶会を一緒にしているのは、マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)とクライン・アルメイス(PC0103)の二人の女性だった。
「シーバスでの遠足を中止にするのが望ましいですが、そこまでは難しいのでしょうね」
「貴族の親族同士が顔合わせをしておく大事なイベントだからな。和平の為にな。お互いに子供の顔を憶えておいた方が衝突防止にもいいだろう。ここで同盟等の為にいいなずけを決める、という段階に進むものもあるし」
 紅い唇にティーカップを傾けたクラインにパッカード王が答えた。
 ここでは歓談ではなく『スリラー』の『シーバス襲撃計画』についての実質上の会議が行われていた。
 オトギイズム王国には各領貴族の幼年の子息令嬢が預けられている幼年学校がある。
 その春の遠足行事である、親や監督役も参加するシーバスでの海上観光に、スリラーのシーバス・ハイジャックの影があると二人は王に伝えたのだ。
 報告。
 連絡。
 相談。
 冒険者達が行っているスリラーの事件捜査の『ホウレンソウ』をマニフィカは現在進行形で伝えている。
 既に『貯水池汚染事件』とクモ男についての解決と、敵アジトを突き止めた事は王室の知識になっていた。
「……で、ハートノエース王子の戦闘技量はいかほどのものなのでしょうか」
 クラインは王に直接訊いてみたい事があった。
 勿論『笑い仮面』に関してであるが、それをはっきりとは言わない。
 このサロンにはメイドや衛士等も控えている。彼らに笑い仮面がハートノエース王子である事はつまびらかにすべきではないと、クラインには解っている。
「上の下かな」王は竹楊枝で切った黒い羊羹(ようかん)を口に運び、茶を飲んだ。「いや、中の上か。あいつ自身の腕はそんなにたいしたものではないよ。現役の頃の私の腕には及ばないな」王は鬱陶しいほどのどや顔を見せる。
 クラインはサッキュバス騒動の時に彼が不甲斐なく人質になった事も聞いていた。戦場で格好良く立ち回る、という風ではないようだ。
 だからこそ一緒に行動する仲間として、彼の技量を見極めておく必要があるのだ。
 果たして戦力か、お荷物か。
 彼の強さの噂は、王の若い頃の技量が上乗せされているらしい。ただ現代の笑い仮面がこなした依頼での悪い話は聞かないから、それなりには戦力にはなるのだろう。
「笑い仮面とは共闘状態に入りました」
 マニフィカはそれだけを伝えた。
 笑い仮面については報告はここまでにとどめた。元来、王と彼は互いに連絡をとらないと決めた間柄なのだ。
 国王と王妃はマニフィカが報告した、トゥーランドット姫が人質ではなく、自らの意思でスリラーと行動を共にしている可能性には眉をひそめた。
 マニフィカはその様子に愛想笑いに似た笑みを返しながら、隣の空いた椅子に置いた『故事ことわざ辞典』のページを手繰ってみた。
 紐解いたページに眼線を配れば「待てば海路の日和あり」という言葉が。
 これは相手の出方を窺うべし、という事かと解釈しながら再びめくると「毒を以て毒を制す」と記されていた。
「ところでジャカスラック候とはどうなりました」
 クラインはたっぷりと濃いカスタードクリームが詰められたシュークリームを齧る。
「あれから進展はなしだ。あちらは提案に決着をつけがっている様だが、私がはぐらかしている」
 王はまた一口、羊羹を口へ放り込む。
「あれも古い貴族ながら腹黒い狸でありんすから、油断は出来ないでござんすね」
 ソラトキはまたわびさびのある茶碗に入れられた玉露ならぬ紅茶を飲んだ。
 午後の気持ちよい風が吹いていた。

★★★
「私は婚約者がいる身だぞ」
 ハートノエース王子が苦笑した。まさか自分がその様な言葉を吐く身になるとは思っていなかった、という様に。
 『冒険者ギルド』二階の個室では姫柳未来(PC0023)は、笑い仮面と二人きりになり、今一度正体を確かめたいからと彼に仮面を脱いでもらった。
 ブロンドの髪の彼の美形のかんばせが現れる。
 実は未来は今の王子に好感を持っていた。
 ハートノエース王子といえば、元元イケメンで紳士。
 イケメンで剣の腕が立ち、イケメンで次期国王。しかもイケメンで未来の恩人。
「身を固める決意をし、唯一の欠点だった女癖の悪さがなくなった今は、マジでイケてる……と未来は真剣に思っていた。
「これでこの人の気が変わってくれたら……☆」
「ん? 何か言ったか、未来」
「いや! 何でもないから☆」
「よーし、気合が入った。これで運気が上がったはずだわ」
 未来は自分のサイキックパワーの向上を強く信じた。
 個室にあるテーブルに自前のトランプ一揃いを並べ始める。
 気合の入ったトランプ占いだ。
 未来の遠隔視能力をトランプの配置というインジケータで眼に見える形にした予知システムが、テーブルの上に展開されていく。
「今度こそ……うーむ……いや、これなら……うーむ……という事は、でも……」一枚一枚が山札からめくられ、並べられていく。その配置にスリラーに捕まっているはずのトゥーランドット姫の情報が表現されていく……はずだった。
「うーん……うーん……ダメだあ☆」
「駄目なのか」
 どうにも意味が読み取れなくて、残りのトランプを放り投げた未来に、ハートノエース王子が心配そうに声をかける。パラパラと宙を風切って風花の様に舞うトランプの中でJK超能力者はテーブルに突っ伏した。
「やっぱり、スリラーのカメ男とかいう占い師をどうにかしないと駄目みたい。見事に占術妨害されてるわ」
「でも、こう考えればいいではないか。私達には未来がいるおかげで敵の占い師の占いによる情報収集から守られている、と」
「……そうよね。物事の明るい面にも眼を向けなくちゃ」
 考えれば、未来のおかげで情報戦は相殺されているのだ。
 それにトランプ占いがダメでもこちらからアジトに急襲がかけられる。そこで直接乗り込んでいって、情報を集めればいい。
 未来はあらためて、スリラーのアジトに乗り込む決意を固めた。
「では、今夜はこれくらいにしておこう」
 ハートノエース王子が仮面を装着し、笑い仮面の姿に戻った。
 未来はサイコキネシスで散らばったカードを拾い集める。テーブル上や床に散ったトランプがまるで時間が巻き戻される様に宙を飛んで、彼女の手の上で整然と重なる山札になる。
 二人は個室を出、酔客で騒がしい冒険者ギルド二階の酒場へと戻っていった。
(シンデレラには悪いけど、笑い仮面でいる時のハートノエース王子はいつも未来が一番傍にいるわ☆)
 喧騒の中、JK超能力者は小悪魔っぽく、彼の黒い衣装の背を追った。

★★★
 穏やかな青空の下。沖の海面を切り分ける様に帆船が行く。
 観光に適した見晴らしのよい海の風景だった。
 島から島へと絶景を渡ってきた豪華な船は、海の真ん中で子供達の歓声が騒がしい。
 数十人の幼児達と十人ほどの保母保父と若干名の船員を乗せたシーバスは今、遠足の帰りの行程についていた。
 生地のいいスモックを着た幼児達は皆、オトギイズム王国の各貴族達の子息。
 貴族の幼稚園は様様な学業の初歩を学ぶのと同時に社交性や貴族としてのふるまい、庶民や世界の知識を得る国営施設だった。
「せんせー、あれはなーに?」
 舷側に並んで騒いでいた幼児の一人が上空を見上げて、指をさす。
 女性の保母が見つけたのはこちらへと空を飛んでくる白い三角形の群だった。
 雲よりは低い。
 しかし鳥の様に速い。
 子供達は近づいてくるそれを見上げてめいめいに騒ぎ立て始めた。
 保母保父船員達はその対処に困り、子供達を船内へと案内するのが精一杯だった。代わって、船内にいた衛士達が甲板へと出てくる。
 十数枚の紙片の様なそれが鷲のマークが描かれたハンググライダーとは誰も気づかない内に、乗っていた人が切り離されてシーバスをめがけて落ちてきた。
 と、その落下の速度はパラシュートの開傘によってゆるむ。それでいて、皆、この船に降下するコースだ。
 このシーバスがテロリスト達に狙われているのを大人達は知っていた。不審者が接近しない様に出発時から厳重に警備もしていた。
 しかし、この様な方法で乗り込んでくるとは。
 衛士達が弓を撃ち、パラシュートにぶら下がる数人の戦闘員を空にいる内に射止めた。
 だが、パラシュートの一つから黄金の光線が放たれ、甲板上の衛士達が次次に狙撃されていく。帆の陰になっている標的さえ、光線は曲折して衛士の膝を貫通した。
 その光線を撃ったパラシュートが真っ先に甲板上に着地した。傘が萎まない内にそれを切り離し、まるで毒蛇の様な敏捷さで甲板を走り抜ける。残った衛士達の肩を撃ち抜き、ドアを蹴破り、操舵室へと乗り込んだ。
「ハーイ、ジャック!」まるで蛇様の爬虫類と人間が混ざったフォルムをした異形の怪人が、肘から先が光線銃『サイコガン』になった左手を操舵手の首筋に突きつける。若い船長はとびかかろうとしたが、冷血な瞳の前に身がすくんでしまう。「ヒュー! 俺は百メートルを五秒フラットで走れるんだ。このシーバスは俺達スリラーがハイジャックした。貴族達から莫大な身代金を分捕るまで子供を含めたお前達は全員、人質だ」
 甲板上に次次と降りてくる戦闘員を背景に『コブラ男』がうそぶいた。
 ところで海の船をハイジャックというと「ハイジャックではなく、シージャックではないのか?」と思う方もいるかもしれない。しかしハイジャックのハイとはHIGH(高所)の意味ではない。そもそもハイジャックは地球の禁酒法時代のアメリカで、酒を積んだトラックを襲撃したギャング達が運転手に「ハーイ、ジャック」と言いながら銃を突きつけて脅したというのが起源だ。この場合のジャックとはアメリカでありふれた名前を示す慣用句みたいなものであり、日本語に置き換えるなら「やあやあ、太郎くん」と言いながら銃を突きつけたというニュアンスが相当だろう。嘘みたいだが本当だ。ともかくハイジャックとはこの時代から続く『乗っ取り』の総称の如きもので、飛行機でなくても乗っ取り事件をハイジャックと呼んでもいいのだ。
 無事に着地した戦闘員は船のあちこちに散らばりながら、衛士や船員達にナイフを突きつけ武装解除させている。何人かの衛士や船員が海に突き落とされていた。
「ともかく、このシーバスはこのまま港へ帰っていい。だが、接岸は駄目だ。どうせ、俺達がハイジャックしたのは既に予想されてるんだろ。なら、話は早い。子供達を盾に国王以下、岸辺の貴族達と身代金の交渉に入らせてもらう。……言っとくが俺としてはなるべく人死には出したくないんだが、抵抗するなら容赦はないぜ」
 葉巻をくわえた口端をニヤリと歪めるコブラ男。
 確かにサイコガンで撃たれた衛士達は重傷を負ってはいるが、まだ死んだ者はいない。
 操舵手と船長は完全に沈黙していた。
 この船で優位な勢力は明らかだ。
 甲板上でも船内の子供達の泣き声が聞こえてくる。
 その時、下部の船室へと階段を下りていった戦闘員達が突然、猛風に吹かれた様に甲板へ弾き飛ばされてきた。
「これ以上はさせませんわ」その階段をゆっくりと一歩一歩上がってきたのは、赤い装甲の長いモップを持った少女だった。アンナ・ラクシミリア(PC0046)は桃色の髪を甲板の潮風に流す。「これ以上は容赦しないのはわたくし達の方ですわ」彼女は子供達の安全を優先し、保母にまぎれて船にいたのだ。
 そして左舷側の海からも白い波頭を割って、黒い背びれが突き立つ。
 大きな背びれは海を裂いて中空へジャンプし、飛沫と共にそのシャチの巨体とまたがる人魚姫の姿を出現させた。海に落ちた者達はシャチの背に助け上げられている。
「てっきり海から来ると思っていましたのに……上空からだとは予想外でしたわ」
 海中パトロールをしていたマニフィカは宙でトライデントを構え、高貴な威光で威嚇のポーズを決めた。
「ヒュー!」コブラ男が口笛を吹く様に息を吹いた。「本命の護衛が待っていたとはね。どうやらギルドの回し者の様だな」
 彼の言うギルドとは冒険者ギルドの事なのだろうが、何故か海賊ギルドという言葉を連想させる。
「イーッ!」
 叫びを挙げて、戦闘員達がアンナに襲いかかる。
 だがアンナはモップの一旋で三人の戦闘員を蹴散らした。その三人は甲板上に背落ちして爆発、火花と煙になる。
「フィル、海中に敵が落ちたら頼みますわ」
 マニフィカはシャチの『フィリポス六世』に海を任せて、自分はシーバスの甲板に跳躍した。その跳躍の着地点でトライデントを突き出し、一人の戦闘員を火花と爆煙に変える。
 その瞬間、コブラ男がサイコガンを発射した。
 マニフィカは『水術』を使って、海の水を引き寄せ、甲板上に厚い水流の盾を作った。
 サイコガンの光線はその水流で屈折して彼女には命中しなかった。
 更にマニフィカは素早く『ホムンクルス』を召喚し、自分の姿を倍に増やした。
「つまらんな。魔術を使ったただの手品じゃないか」
「だけど、今度は私を上手く狙えますか」
 コブラ男の軽口に二人のマニフィカは微笑む。
 マニフィカとマニフィカ´(ダッシュ)は『センジュカンノン』を使って、戦闘員の全員にダメージを加える。
「イーッ!」
 それだけで戦闘員五人が爆発した。
「狙えるよ! 本体だけが水のバリアをまとってるじゃないか!」
 水術でバリアを張っていたマニフィカにサイコガンが命中した。しかし、その光線はクリスタルの様なバリアで屈曲する。……と思われたがその光線はバリア内にとどまったまま、次次と内面反射を繰り返し、ついにはマニフィカ本体に命中した。
「!」
 人魚姫の身体はその衝撃で甲板上に倒れた。
「ヒュー! 簡単さあ。反射角の問題だよ! 反射した分、威力は弱まった様だがな!」」
 うそぶくコブラ男の嘲笑が全身を痺れさせたマニフィカの耳に届いた。
 アンナはマニフィカをかばうと同時にコブラ男に挑もうと、ローラーブレードを滑走させる。
「おっと、動くなよ。可愛くない人質の頭に風穴があくぜ」
 コブラ男が傍らにいた船長の頭にサイコガンを突きつけた。
「くっ……!」
 アンナの滑走にブレーキがかかる。
 コブラ男は勝ち誇った笑みを浮かべた。「しかし、人質の一人か二人を殺して、自分達の無力をちょっと解ってもらう必要がありそうだな。……船室から子供を一人連れてこい」
 コブラ男が戦闘員の一人に告げると彼は「イーッ!」と叫んで船室へ下りていこうとした。
 アンナとマニフィカは動こうとして動けなかった。操舵室から甲板に出てきたコブラ男のサイコガンは、いまだ船長のこめかみに当てられたままだ。
「構わない! 俺は覚悟が出来ている! この怪人を倒せ!」
 船長が叫んだが、その覚悟が解っていてもアンナとマニフィカは動く事が出来なかった。
 しかし、その時、下りていこうとして戦闘員の足が止まった。
 その強張った視線の先をコブラ男もマニフィカもアンナも眼で追い、そして甲板上の者の全ての顔が船尾の方へと向けられたまま、凍りついた。
「ギシャシャシャシャシャシャ!!」
 いつからだろう。空には暗雲が立ち込めている。
 このシーバスを泳いで追うモノが一人……いや一体? 一頭と呼んでも差し支えない巨体が、腹を盛大に打つ豪快なバタフライで波頭を砕いてやってくる。
 顔を見る限り、天然パーマの黒髪と黒い瞳をした老婆だ。しかしその波を砕く身体は見える部分から推測すると二メートルを超えている。体重も大型の相撲取り以上はありそうだ。
 つまり元横綱・小錦関以上の質量を持つ老婆が、豪快なバタフライで奇大な笑い声と共にこのシーバスを追っているのだ。
 彼女を見た者は皆、人間の可能性は無限大だという事をここに思い知らされる事となった。
「ギシャシャシャシャシャシャ!! ただの人間ではない!! ワシは大魔王じゃ!!」
 H・アクション大魔王(PC0104)はブーケを持ったウエディングドレスを濡らして、笑い声を挙げる。
 ちなみにHは『ヘンタイ』と発音する。
「通りすがりの正義の大魔王参上!! 子供を人質にとるなど悪の組織の風上にもおけぬわ!!」
 最初は誰もが怪人が増えたと思った。
 だが、そうではないらしい。
 にわかには信じられない事だったが、冒険者達の味方らしい。
 スリラーの噂を聞いた正義のアクション大魔王は独自に情報を集めて、このシーバスの危機を知った。最初は保母にまぎれて船に乗り込もうとしたのだが、衛士達の命がけの必死の抵抗によってそれは断念せざるを得なかった。
 だが、今、こうして正義の味方達の絶対の危機に間に合う事が出来た。
 彼女自身が信じるに自分はごくありふれた巨大老婆だという。つまり彼女の様な巨大老婆はこのオトギイズムに比較的ありふれて存在するのだ。
 しかし、どうして世界にありふれている巨大老婆の内、彼女はウエディングドレスを着て登場するのか。
「ワシと結婚すれば世界の半分をくれてやるぞ!?」
 そんなアクション大魔王の叫びから理由を推測するしかない。多分、無駄だが。
 ともかく、彼女は正気度チェックを必要とする、迫りくる宇宙的恐怖以外の何物でもなかった。
「うわーっ! 来るな! 来るなーっ!!」
 クールなはずのコブラ男が船長の頭からサイコガンを外し、巨大老婆に向かって連射した。
 サイコガンは指でなく、心で撃つ。精神エネルギーを発射するサイコガンの威力は撃つ者の精神状態次第だという。
 迫りくる脅威に取り乱したコブラ男のサイコガンの軌跡は、まるでグネグネとした混乱を見せ、アクション大魔王に命中する事を嫌がる様に見当違いの方向に曲折した。
「ギシャシャシャシャシャシャ!!」
 バタフライが最後に海面からの大跳躍となり、飛沫を伴った身体は大きな放物線を描いて、シーバスの艦尾甲板に着地した。足元の木板が質量に負けて、軋んで砕けた。
 実にその巨体は、身長二百二十センチ超、体重は三百キロにも及ぶだろうか。
 歯車が不調に噛み合った様な笑い声。大きく笑った口には尖ったダイヤモンドの差し歯が並んでいる。
 船上にいる全員、敵も味方も誰もが息を乱しながらひるんだ。
 その中で一番最初にアクションを起こしたのはアンナだった。
 サイコガンが人質の誰も狙ってない事を確認した瞬間『乱れ雪桜花』が暗雲の下で発動する。
 まるで横殴りの大瀑布の様な桜吹雪がコブラ男を襲った。
「しまった!」
 視界を奪われたコブラ男がサイコガンを連射するが、桜吹雪の壁を虚しく突き破るだけで誰にも当たらない。
 サイコガンは思うだけで撃てる銃。反応速度、命中率でこれに勝る銃器はないだろう。
 逆に言えば、反射的に撃ってしまうが故に、抑えが効かないはずだ。
 威力が精神力に比例する。ならば乱れ雪桜花で無駄弾を撃たせて、精神消耗した処を一気に叩ける。
 ましてや狂気の光景に動揺している今ならサイコガンは無力のはず。
 乱れ雪桜花はその桜色の激流の中で、更に数発のダメージをコブラ男に与える。
 その一撃はサイコガンに命中した。
「サイコガンにひびがっ!?」
 桜吹雪が吹き去った時、コブラ男が大きな傷がついたサイコガンを見て叫んだ。
 どうやら発射不能のダメージである事が、その表情の判別しにくい爬虫類顔からもはっきりと知れた。
「『カルラ』召喚!!」
 マニフィカはその隙を突いて『マギ・ジスタン世界』の鴉天狗の様な老獪な仏を召喚する。
「させるかよ! 『ポイズン・スピット』!」
 だが、コブラ男が素早く口から弾丸の様に毒液を吐いた。
 毒蛇であるコブラは獲物を襲う時、まず細胞壊死毒の毒液を吐いて、その眼を潰す。
 コブラ男がそれをしたのだ。
 攻撃はほぼ同時だったが、わずかにコブラ男の技量が勝った。
 それはカルラの眼を潰し、マニフィカの攻撃はそれで中止せざるを得なかった。
 サイコガンを使用不可能になっても怪人には猛毒という侮れない武器があった。
「毒を以て毒を制す、ですわ!」
 マニフィカはそれでもくじけずに叫んだ。
 しかし、その時、コブラ男とマニフィカの間に割って入った者があった。
「ギシャシャシャシャシャシャ!! ここはこのワシと正正堂堂、一騎打ちと洒落込もうではないか、コブラ男とやら! 死が二人を分かつまで!」
 びっしょりと肌に張りついた純白のウェディングドレスの巨大老婆が、しゃがみ大ジャンプから二人の間に着地した。巨重に船全体が揺れる。
 その手に握っている特大ブーケには釘バットが隠されている事を皆は気づいていた。
「貴様の様なババアがいるか!? 後、絶対、一騎打ちなんかしないからな!」」
 明らかに動揺を隠せないコブラ男。
 確かに普通なら漫☆〇太郎やONEP〇ECEの世界でなければ存在しないと思われるだろう。
 だがバウムには「ありふれている」のだ。その事実は認めるしかない。
 頭上の暗雲から雷鳴が聞こえる。
 コブラ男がいきなり先制攻撃に出た。眼潰し毒液をアクション大魔王の眼をめがけて発射する。
 しかし、勝負の呼吸はアクション大魔王の方が一息早かった。
「大魔王忍術奥義『噛み風の術』をくらえい!! H〜ACTION!!」
 老婆の眼が赤く輝き、黒髪だった髪が黄金色で逆立つ。くしゃみと共の三十二本のダイヤモンドの差し歯の放出が毒液を撃墜する。それはカウンターとなり、毒液が届く前に差し歯はそれを撃墜した。
 まるで投げナイフが刺さるかの様にダイヤモンドの差し歯群が甲板に並んで突き立つ。
 それはコブラ男の顔面にも。
「ぐわああああっ!」
 顔を押さえて悲鳴を挙げるスリラー怪人。ダイヤモンドは毒液にも腐食はしない。
「ふがふが……(この忍術の後は大魔王語しか話せないのが弱点じゃ)」
 歯抜けとなった大魔王が更に釘バットの一撃を頭部に見舞う。
 今だ、とマニフィカは思った。
 マニフィカ´と共に『ダブル・ブリンク・ファルコン』で突撃する。失明したが魔術的にすぐ復活したカルラも共に突撃する、独自の猛毒を全身にまとって。
 毒を以て毒を制す。コブラ男と性質の違う毒ならば通じるとマニフィカは思った。
 構えたトライデントの矛先がストロボアクションの如く分身し、威力を九倍とし、素早さを七倍とした突撃がコブラ男の身体に突き立つ。
 そして、闇属性の猛毒をまとったカルラも後れて怪人に激突する。
「ふがふが……(危ないじゃないか! ワシに当たったらどうするつもりじゃ)」
 憤慨する言葉が発音出来ないアクション大魔王の頭を越えて、コブラ男が吹っ飛んだ。
「ふがふが……(貴様はもう死んでいる)」
 コブラ男が頭から真っ逆さまに甲板に激突した。その眼や口内、鱗がなくて人間の肌が見える箇所はカルラの猛毒によって不気味に変色している。
 巨大老婆と人魚姫、カルラ天の攻撃が致死ダメージに至っている事は明らかだった。
「ちょっと待って下さい!」コブラ男と仲間が戦っている間、戦場を駆け巡って、残りの戦闘員を全て倒していたアンナは怪人の死に際に滑り込んできた。「あなたにはまだ死んでもらうわけにはいきません! スリラーのスポンサー、黒幕の正体を教えなさい!」
 死に際の苦痛の中、彼女の質問を聞いて、コブラ男がニヤリと笑った。
 その口がアンナのくりっとした眼に向かって、毒液を吐く。
 その毒液はアンナの『レッドクロス』のアイシールドに遮られて届かなかった。
「フッ」コブラ男は微笑んだ。「……ハチ女の洗脳寺子屋には気をつけるんだな」
「ロリコンなど不健全じゃい。生まれ変わったらきちんとBBA萌えになるのじゃぞ」
「俺達は別にロリコンだから子供を狙ったわけじゃ……」
 爆炎。
 付け替え歯のカートリッジでダイヤの歯を再び生やした老婆の引導に答える途中で、コブラ男が大爆発した。
 その爆風を浴びる者達の頭上で、黒い暗雲が晴れていく。
 大魔王の髪も眼の色も元に戻った。
 こうしてスリラーによるシーバスハイジャック事件は解決した。
 戦いを遠巻きにして見ているしかなかった衛士や船員達が船室に閉じこもっていた子供達を解放する。
 貴族の幼児達が歓声を挙げながら、全員、甲板に走り出てきた。
 そしてアクション大魔王の姿を目撃した瞬間、全員、悲鳴を挙げながら船内へと逃げ帰っていった。

★★★
 海ではシーバスジャック事件が起こっているはずの頃。
 既に人が通わなくなってから久しい森の奥にその古びた洋館はあった。
 規模は小さいが、まるで吸血鬼でも棲んでいるのが似合う様な暗い森の洋館だ。
 発信機で突き止めたここがスリラーのアジトのはずだ。誘拐されたというトゥーランドット王女もここにいるかもしれない。
 尤もここを突き止めた事は敵にばれているから、よほどの事がなければ既に別の場所に拠点を移している可能性が非常に高いが。
「じゃあ、わたしはぁ、ここで誰か来ないか見張ってるからぁ」
 洋館の外。荒れ果てた庭でリュリュミア(PC0015)は荷馬車から降りた。
 森に詳しい彼女がここまで仲間を道案内してきたのだ。
 小型の荷馬車を『専用牽引機』で引っ張る形で仲間達をここに連れてきたジュディ・バーガー(PC0032)のモンスターバイクは、アルコール燃焼機関をアイドリングさせながら突入の時を待っている。
 ジュディは今、仮面バッター・ジュディだ。酔狂スペシャルスタッフのニラさんの作ったバッタースーツを着ている。そして『猿の鉢巻き』を巻き、称号『大道芸人』を自覚している。
「オホホホホ、仮面バッターなど特撮として二流! 『窮救戦隊ホスピタリアン』こそが真の特撮ですわ!」
 ニラさん造形のデザインをしている者がここにも一人。
 荷馬車上に立つクラインは自分の黒歴史である特撮ドラマ出演時代のトラウマを克服しようとしているかの如く、悪の女幹部のコスチュームでややキレ気味に高笑いしていた。オリジナルのデザインをより凶悪に格好良く、エロティックさを強調アレンジしたのもニラさんの造形だ。
 クラインはある物の調達と引き換えに、ニラさん造形のこのコスチュームを着る事を引き受けたのだが、嫌嫌ながらもそれを着てみるとまるで世界観が変わったかの様に思えた。
 コスチューム・プレイがただの仮装を超える力を発揮させるのが、オトギイズム王国のデザイン原理だ。
「ともかく早く突入しよーよ☆ トゥールはまだここにいるかもしれないし」
「そうだな。罠の可能性も高いが、一刻も早く突入すべきだ」
 ジュディのモンスターバイク本体に直接掴まったJK未来と笑い仮面=ハートノエース王子が仲間を急かす。
「とりあえず、周囲をざっと調査しておきましたわ。すると機材を運び出した様な轍や足跡が沢山。見つかりましたわ」クラインは陽動用の仕掛けを施しながらの周辺調査の結果を伝える。
 ちなみに未来はこの館についても占いをやってみたのだが、意味のある情報を入手出来なかった。「……という事はここに占い師の『カメ男』がいるかもしれないってコトじゃん☆」
「きっとスリラー首領の正体である『ヂゴク・ムシオ』もここですね」クラインは首領の正体を、身体的特徴や本物へのデザインのこだわりからバッターオタクのヂゴク・ムシオと推測していた。発信機をつけた事によってアジトを突き止めた彼女は仲間から大きな信頼を受けている。手に持つ革鞭にしごきをくれながら「作戦前の下準備こそが九割ですわ。王子を無事に帰す事がわたくしの仕事ですしね」
「マニフィカがここにいたらきっとスピード・イズ・ベター・ザン・スロー『拙速は巧遅に勝る』とか言ってたでしょうネ」ジュディがアクセルを吹かせた。バッターのマスクの口が開いて、親友からもらった『リリのクッキー』を齧る。「レッツゴー! 行くわヨ!」
 クラインが調達して仕掛けておいた大量の火薬がこことは違う場所で大爆発した。陽動だ。「ここに集まるだろう戦闘員はわたくしが相手をしますわ」クラインは鞭による白兵戦術の心得がある。
 今、アクセルを解き放て! 本命のモンスターバイクは轟音を立ててダッシュし、皆は正面の扉をぶち破って、洋館の中へ突入した。
「いってらっしゃ〜い」ぽやぽや〜としたリュリュミアは手を振って、仲間達の突入を見守った。「さて、中からスリラーの人達が誰も逃げてこないようにしなくちゃぁ」彼女は両手に『ブルーローズ』の種を沢山持ち、それを急成長させた。
 まるで身をくねらせる東洋の竜の様に、無数の長く太い緑蔓の茨が彼女の手から伸びていき、それは洋館の周囲に巻きつき始めた。植物系淑女のリュリュミアの能力は半端ではない。ブルーローズの頑丈な蔓は洋館に何周も巻きついてグルグル巻きにし、扉も窓も固く塞いでしまった。
 それはまさしくブルーローズによる洋館の『封印』となった。
「こうしておけば誰も出られないわねぇ。……という事は見張りもいらないかぁ」
 自分の成果を眺めて満足したリュリュミアは、手もちぶさたな風で庭にあった壊れたベンチに横になり、森林浴を始めた。
 遠くでは悪の女幹部クラインが戦闘員達を相手に戦っている。
 フィトンチッドを浴びながらリュリュミアはやがて静かに寝息を立て始めた。

★★★
 玄関から通路を走り、ドアを破って、戦闘員を蹴散らしてジュディのモンスターバイクはアジトの中心部の大部屋に突入した。
 壁には戯画化された大きな鷲のレリーフがあり、ピコーン、ピコーンと眼の部分で赤いランプが点滅している。これがスリラーのシンボルだろう。
 今まで見てきた所、この部屋以外はもぬけの殻らしかった。既にこのアジトは機能を別の場所に移したのだろう。勿論、重要書類等の類は残っていない様だ。トゥーランドット姫もいないらしい。
 迎え撃つ戦闘員達をバイクから降りた冒険者達は相手にする。
「首領『シン・仮面バッター』は何処だ!?」
 戦闘員の一人を切り倒しながら笑い仮面が叫ぶ。
「馬鹿め。首領様はもう他のアジトに移っているわい」
 カメと老人を合成した様なカメ男がその声に答えた。甲羅を背負い、禿げ頭でサングラスをかけ、白いひげを蓄えている。一見したところ、武闘の心得がありそうだ。
「そう。ここはあなた達はあたし達が仕掛けた罠の中に飛び込んできたんだから」
 ハチと桃色の髪の少女を合成した様な怪人が、二つの双羽で宙に浮かびながら可愛い声を出す。
 彼女の後ろには大猿の様な褐色の筋肉ムキムキの男が控えている。身体中が毛だらけの彼はスリラーのシンボルがついたアポロキャップをかぶっている。
『カメ男よ、ハチ女とタカハシ猿人よ』スリラーのシンボルである鷲のレリーフが、赤い眼を明滅させながら老い気味の男の声を出した。『このアジトの自爆装置は証拠隠滅の為に既に起動した。タイムリミットの前にそのアジトを敵の墓場にしてしまうがよい』
 時限式の自爆装置。
 その言葉に冒険者達は緊張した。
 緊張しながらもとびかかってくる戦闘員達を薙ぎ倒し、背落ちした彼らを煙と火花の爆発に変えてしまう。
「カ・メ・バ・ズ……」カメ男が右腰の位置で向かい合わせに構えた両手から、輝くエネルギー球が形成される。そして構えに呼吸を十分貯めた直後「……牙(が)ーッ!!」
 カメ男が前に押し出した両手から強列なエネルギー球が放たれた。
 飛んできたエネルギー球『カメバズ牙』が笑い仮面に命中する寸前、未来はサイコキネシスで彼の身体をその直撃コースから押し出した。空振りのエネルギー球は背後の石壁に命中し、爆発して大きな穴を穿つ。
「バグって……ハニー!」透明な双羽を震わせて宙を飛んだハチ女の尻から一本の針が突き出した。それがアポロキャップの上からタカハシ猿人の脳天に突き刺さる。
「んがーっ!! げえむわいちにちいちじかっ!!」それが彼のパワーアップのツボだった様で、鼻の穴から蒸気を吹き出した褐色の猿人の筋肉が一回り巨大化し、まるで削岩機の如く親指突きの連打を繰り出した。「じゅうろくれんしゃあ!!」
 タカハシ猿人の秒間十六連打の親指による無数の突きを、仮面バッター・ジュディは交差した両腕で受け止めた。しかし、その打撃は強力だ。『怪力』を倍化させたジュディさえ威力に押されて背後へと吹っ飛び、石壁にぶつかる寸前、何とか踏みとどまる。
 彼らは物凄く強い。
 それがこの洋館自体を揺るがすスリラー怪人と正対した冒険者達の素直な感想だ。
 油断も隙も許さない、緊張のにらみ合いの時間がすぎる。
 ジュディVSハチ女&タカハシ猿人。
 カメ男VS笑い仮面の構図が出来上がる。
 そうしている中でもスリラーの戦闘員達はちょっかいを出す様に襲いかかる。
 未来は張り詰める緊張の場から少し離れ、襲いかかってきた戦闘員一人を『マギジック・レボルバー』粘着ゴム弾三連射で柱に縫いつけた。幾ら常人の三倍の力を持っているとしてもこの捕縛は破れまい。
「あなたには質問に答えてもらうわ。イエスなら一回、ノーなら二回『イーッ!』と叫んで、意思表明しなさい。制限時間五秒!」
「イーッ!」
「では質問の第一……」
 そこまで叫んで未来は気がついた。
 トゥーランドットが何処に運ばれたのかを訊きたかったが、その答を得るにはイエスorノーの二択だけでどう質問すればよいのだろう? とっさに質問選択肢が浮かばない。
「えーと……とりあえず、トゥーランドット姫はここから遠い場所に運ばれたのね?」
「イーッ!」
「えーと、東西南北、どちらの方角は……二択では答えようがないから、えーと……とにかく遠い場所に運ばれたのね?」
「イーッ!」
 これでは何も質問していないのと同じだ。
 質問の傾向を変えよう。
「あなた達、戦闘員は『イーッ!』としか喋れないのね?」
「イーッ!」
「あなた達、スリラーの怪人改造はトゥーランドット姫によって行われたのね?」
「イーッ!」
「トゥーランドット姫はあなた達に無理やり協力させられてるのね?」
「イーッ! イーッ!」
 ノーだ。未来は半ば予想はしていたもののこの答には改めて驚かされた。トゥールが自分の意志でスリラーで実験改造を行っていたとは。
 次の瞬間、柱に粘着されていた戦闘員の頭に横から大型ナイフが突き立った。仲間の戦闘員が口封じの為に捕らえられた戦闘員を殺したのだ。捕縛されて尋問を受けていた戦闘員は爆発して煙と火花になった。
 未来は残る戦闘員達と再び、戦いを始めた。
 しかし、この館の何処かにある時限爆弾はやがて爆発するだろうという焦燥にとらわれる。
 それは彼女の仲間達やスリラー怪人も同じの様だ。
 エネルギー弾や十六連射が乱舞し、それを身軽によけ続ける戦闘現場は双方とも切り上げのタイミングをうかがっていた。
「この部屋ではアンフェイボラブル、分が悪いワ! 館を脱出してアウトサイド、外で戦いまショウ!」
 ジュディが叫び、バイクにまたがる。未来も笑い仮面も走り出したモンスターバイクに飛び乗った。
 そして皆、一斉にこの部屋をとび出して玄関ホールへ行った。
 行ったが玄関の破られたドアの所はとても太い緑の蔓によって、幾重にもふさがれている。
 バイクをスピンさせて他のドアや窓をうかがうが、そこも同じ様に緑色の結界にふさがれている。
「何だ、これは!?」笑い仮面が戸惑いの叫びを挙げる。
「リュリュミアの仕業ネ!?」バイクのエンジンを吹かしながら、ジュディは最も正しい推測を叫ぶ。
「よし、私に任せて☆ ……と言いたいけど、この重いのは何処まで運べるか……荷馬車は切り離すわ」未来は荷馬車の連結を外す。そして三人が乗ったモンスターバイクをテレポートさせた。
「おっも〜っいっ……!!」
 モンスターバイクは緑の結界をテレポートで跳び越えて、荒れた庭へと出現した。
 一瞬、宙に浮いたバイクが重い音を立てて、地面へ落ちる。
「だめ〜……気力がダダ疲れ……」未来は悲鳴を漏らした。三人+重量級のバイクという組み合わせのテレポートは彼女のサイキックパワーを著しく消耗させたらしい。
 そこへ外に陽動していた戦闘員を全滅させたクラインが駆け寄ってくる。「作戦は成功しました?」
「中にプリンセス・トゥーランドットはいなかったワ。重要そうな書類とかもナイ」ジュディはバイクの調子を確かめながら答える。「それと早く離れないと、この館はエクプロード、爆発するワ!」
 その時、緑の蔓に封じ込められた玄関から大声がした。
「カメバズ牙ーッ!!」
「じゅうろくれんしゃあッ!!」
 その叫びと共に玄関をふさいでいた太い茨の蔓の束が思いっきり吹き飛んだ。エネルギー爆発と無限突き。カメ男とタカハシ猿人とその脇に浮いたハチ女が若干の戦闘員と共に飛び出してくる。
 この頑丈そうな蔓による結界を破ってきたスリラー怪人達に、冒険者達はあらためて戦慄した。
 その時。
 耳をつんざく大爆発。
 地下に仕掛けられていたらしい自爆装置が小さな洋館を丸ごと爆裂させた。
 壁の様な爆風と衝撃波がここにいる全ての者達に襲いかかる。あらゆる物、深く根を張っている樹木さえ薙ぎ倒された。破片が飛んでくる。それはクラインが陽動に使った爆薬の比ではなかった。
 地面に倒された冒険者達が立ち上がった時、洋館はあとかたもなくなっていた。
「ワッツ! ヒドいメにあいまシタ……」
 横倒しなったモンスターバイクを仮面バッター・ジュディは立て直しながら、周囲の仲間の無事を確認する。
 多少の怪我を負いながらも冒険者達は次次と立ち上がってくる。
「逃げられたか……」
 笑い仮面がまず最初にスリラーの怪人達がいなくなった事に気がついた。
 今の爆発に紛れて逃げたのだろう。
 周囲を入念に捜してみたが、影も形もない。
「あれぇ。皆さんどうしたんですかぁ。お顔が煤で真っ黒だわぁ」
 ここから少し離れた所にあったベンチから起き上がったリュリュミアはぽやぽや〜とやってきた。
 爆発して洋館がなくなった事にまだ気づいていないのは、彼女らしいといえば彼女らしい事だった。

★★★
「さあさあ、今日は大豆ステーキですよぉ。特別に『海のキャビア』もついてますよぉ」
「海のキャビアってトンブリの事じゃあねえですかい!」
「肉! 肉! わいらは肉を要求するさかい!」
 夕刻の王都パルテノン。
 影が長い中央の公園で、リュリュミアは鍋を叩いて、ここに住んでいるレッサーキマイラを呼び出した。
 彼らに振る舞う夕食は今日も彼女が栽培した物だったが、基本的に肉好きな人造怪物には不満がある様だ。
 それでも食事にありつける事自体はありがたい様で、獅子頭も山羊頭も大豆ステーキにむさぼりついていた。
 尾の毒蛇は口いっぱいにトンブリを頬張って、一気に飲み下している。
「好き嫌いする子は大きくなれませんよぉ」とリュリュミアはおかわりを用意するが、この魔獣は既に十分すぎるほど育ち切っている。
 何だかんだ言いながら大豆ステーキをすっかり食べつくしたレッサーキマイラは、腹を膨らませて、横になった。器用に肘を立てた前脚を枕に寝そべる。
「そう言えば、ドクターの事なんですけどぉ」爪で牙の隙間を掃除しているレッサーキマイラに、リュリュミアはアジトが爆発した事を話す。「事前に何処かへ連れていかれたみたいですけどぉ、行き先に心当たり有りませんかぁ」
「そんな事言われてもさかいなぁ」
「そりゃあ、スリラーって奴らにしか解からねえ事じゃねえんですかい」
 言いながら魔獣は自分の頭をフル回転させて何かを思い出そうとするかの如き表情を作った。
「あ、そう言えば」
「何ぃ? 何か思い出したのぉ?」
「いや、直接にドクターの事じゃねえんですけど、Drアブラクサスが行方不明になったとかゆうのとちょっと前、不審人物をここらで見かけやしたなぁ、って」
「不審人物ぅ?」
「四十歳代のガリガリに痩せた……オタクって奴ぁさかい」
「見かけで人を判断しちゃいけないわぁ」
 そう言いつつもリュリュミアは仲間達でそんな感じの人間が話題になっていたのを思い出していた。
 はて、一体、どういう話題だったか。
「ともかく、そーゆー奴をDrアブラクサスの秘密の出入り口付近で見かけたなあ、ってそーゆ―事で」
 ふぅ〜ん、と相槌だけ打つリュリュミア。
 と、彼女とレッサーキマイラが話している繁みの向こうを子供達の一団がやってきた。
 ただの通りすがりだろうが、奇妙すぎるほどにその十人の集団は整然と歩いている。
 あれぇ、別にいい所のおぼっちゃんという感じではない悪童じみた子供なのにぃ、とリュリュミアが思っているとその小学生ほどの年の少年少女は声を張り上げて一斉に暗唱し始めた。
「寝る前に!」「ちゃんと絞めよう、親の首!」
「嫌よ嫌よも!」「地獄突き!」
「2+3=?」「へのへのもへじ!」
「全ては勝った者こそが!」「正義!」
 随分とおかしな事に声を張り上げる子供達だなぁ、と思っているリュリュミアには気づかず、子供達の姿は夕方の黒いシルエットになり、公園を通り抜けるべく、向こうへ行進していった。
「最近、あんな子供が増えてるんでさぁ」不思議そうな顔をしているリュリュミアにキマイラの獅子頭が話しかける。「『寺子屋』ってんですか? 近頃は子供にギャグを教える学校なんてもんが近所に出来たみてえなんですよ。親達は勉強を教えるつもりで通わせてるみてえなんですがね。確かに勉学も身につくらしいんですが、でも皆、あんな感じなんすよ。いやぁ、自分に言わせりゃギャグもイマイチですがねえ」何故か偉そうな顔をする。
 リュリュミアはどうも全てに納得する事が出来ず、夕刻の公園で小首を傾げた。

★★★
「まあまあ奥様。うちの子はあの寺子屋で優等生の称号をいただいたそうよ」
「あらあら奥様。うちの子もあの寺子屋に行ってから九九を全部言えるようになりましてよ」
「今時、あの寺子屋に通わせてないと恥ずかしいですからね」
「そうねそうね。オホホホホ」
「でもピンクの髪の女講師がちょっと派手すぎますかしらねえ」
「あとまるで大猿みたいな用務員も」
「あと、変な標語を憶えて帰るのもちょっと……」
「でも規律正しくなりましたでございますわよ」
「あ、そうね。確かにそうですわね」
「子供というのはいずれオトギイズム王国の未来を背負って立つ国の宝ですものね」
「そうですわよね。オホホホホ」
★★★