『バッタもの奇譚』

第2回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★
 その部屋は奇しくも『闇鍋』が開催されたのと同じ個室だった。
 天井からの照明が各各を明るく浮かび上がらせた部屋では、五人の女冒険者が長いテーブルにつき、影を壁に沿わせている。
 ネプチュニア連邦王国の王女であるマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は、パッカード・トンデモハット国王から直直に伝えられた非公式のクエストの事を、自分がよく知る信頼出来る冒険者達に打ち明けた。
「トゥーランドット姫が『スリラー』の人質になってるのぉ?」
 緑色のリュリュミア(PC0015)はぽやぽや〜とした様子ながらも驚いている。
「ベリー・ハンブル! なんて卑怯ナ!」
 二m超のジュディ・バーガー(PC0032)は拳を掌に打ちつけて怒りを表す。
「人質になったと確実に決まったわけではございませんよね?」
 赤い瞳のアンナ・ラクシミリア(PC0046)は平静を努めながら意見を述べた。
「どっちにしてもスリラーなんて悪をほっとけないよ!」
 JK姫柳未来(PC0023)は直情に身を任せていた。
 先日の大衆劇場でスリラーの『シン・仮面バッター』『クモ男』が襲撃してきた事件。ただ彼らを倒すだけではなく、行方不明のトゥーランドット姫も彼らから救出しなければならないかも、という事態に皆は難易度が上がっていると実感していた。
「この依頼……受けてくれますわよね」
 マニフィカは念を押したが、皆の決意は改めて示すまでもなかった。
 確実にこの部屋の温度は上がっている。
 本音を言えば、マニフィカはあまりカワオカ・ヒロシテン氏に関わりたくないけれども、特撮劇の筋からスリラーを追うしか今のところ、道はない。それに特撮劇が台なしとなり重傷を負い、大切な『仮面バッター』の名も奪われてしまったヒロシテン氏を気の毒に感じている。
 一方、ジュディはクモ男に負けた事のリベンジを今の自分に誓っていた。正義が悪に負けるわけにはいかない。風の噂にヒロシテンの無念を知り、今度こそは、と再決闘を願っている。
 ヒロシテンがベッドの上から「仮面バッターを悪人に名乗らせないでくれ」と涙を流しながら頼んだという想いを知って、思わず胸がキュンとしていた。
 まさに魂が燃えるシチュエーション。彼の願いに応じなければジュディの女が廃る。
 今さら何のためらいがあろう。
「わたくしは力が全てだという総統の主張には異を唱えたいですわ。その為にもスリラーの怪人をどうにかしなくてはいけないですわ」アンナは真剣な眼つきで思いを言葉にした。「それにしてもシン・仮面バッター。何者なのでしょう」
 シン・仮面バッターの姿はアンナの記憶にあった、TVで観た事のあるオリジナルの仮面バッターに近かった。
 あのスーツの造形。ヒロシテン達の他に『地球』から来た人なのだろうか。
 それとも、まさか番組スタッフの中に内通者が。
 尤もTVの特撮『仮面バッター』のコンセプトを『オトギイズム王国』のデザイナーの力で再現したと見た方が適当かもしれない。つまりオリジナルを凌駕するパクリ、超バッタモンだ。
 行方不明のはずのトゥーランドットのデザイナーとしての力が使われている気もしないでもないが、自主的か、強要されているかは判断つきかねる。
「黒幕がいるのは間違いないでしょうね」アンナは呟いた。
 国王の言う事も聞かないトゥーランドットを従わせるほどの力を持った黒幕とは……いや、一人いるかもしれない。トゥーランドットにとって父である国王と同等の立場にいる人間が……あくまで推測で、証拠は何もないが。
 未来は早速、テーブルの上に自分が持っているトランプのカードを並べていた。
 彼女の予知能力を眼に見える形にしたトランプ占いだ。
 果たしてトゥーランドットは何処にいるのか。
 それはトランプの並びが示してくれるはずだ。
 しかし。
「うーん……」
 どうもトランプの配置から意味を見出せない。
 自分の不調か。
 それともまさかトゥーランドットがこの世にもういないとか。
 どうも彼女について占う時は、この前からいつも不調だ。
 可能性としては……。
「もしかして妨害されてるとか?」
 JKは制服の腕を組んで、椅子を後ろに傾けながら唸る。
 マニフィカは皆の反応を見ながら、いつもの如く『故事ことわざ辞典』をそっと紐解いてみた。
 するとそこには「禍福は糾える縄の如し」と記されていた。
 もしや黒歴史を克服すべしとの天啓かしら?と再び頁をめくってみると「災い転じて福となす」という言葉が眼に入った。
 悪い事があれば次は上手くいくものさ、という事か。
「スパイダーマン、クモ男は劇場でドリンク・ウィズ・ポイゾンドウォーター、『毒水でも飲んでくたばれ』とか言ってたわネ!」ジュディは椅子から立ち上がりながら声を張り上げた。「このオトギイズム世界は『デザイン』がロウ、法則でアリ、形式美を重要視する傾向も強いワ」
「そうですわね。特撮で悪の組織が企てる作戦なら、まさに『貯水池毒汚染計画』は王道ですわ」アンナはジュディの言いたい事を悟った。「つまり『パルテノン』の貯水池が狙われている。必ずや貯水池の周囲で不審な動きがあるはずですわ」
 そうした予兆を早期に掴み、恐るべき悪の陰謀を阻止すべし!
 その考えが他の皆にも伝わった。
「確かぁ、このパルテノンの上下水道は北の町外れの貯水池で一旦、水を貯めてから送られてくるはずですわぁ」
 リュリュミアはその場所を囲む緑の林を思い出していた。
「じゃあ、決まったワ。そのレザボア、貯水池を重点的にパトロールネ!」
 ジュディは叫んだ。勿論、単独では限界がある。
 仲間達と協力し、きちんと役割分担するのだ。
 たとえば貯水池をパトロールする際は彼女のモンスターバイクに同乗してもらう等。他にも色色と皆で同時進行するのだ。
「アノ、それとア・コンサーン、気になる事が一つ、あるワネ……」
「『笑い仮面』ですわね」
 アンナはジュディの言いたい事を先に口にした。
 笑い仮面。未来が地下酒場での事を思い出す。
「最近のギルドのルーマー、噂でよく聞くケド……」
「印象的な人物ですわよね。正体不明。関係あるのかしら。それともただの……」その言葉をアンナは呑み込んだ。
「笑い仮面はいい人だよ! ……きっと」未来は二人に口を挟んだ。
 でも確かに正体不明だ。
「スリラーとは関係ないよ……きっと!」
 未来は敢えて彼を推した。笑い仮面は彼女の恩人だ。トゥーランドットを捜すのは彼に再会したいからと言っても過言ではない。もしかしたら捜索の過程で会えるかも、と。
「スリラーに関係あるかは解らないけれど、正体不明の彼の動向には要注意でございますわね」
 遭おうとしてもなかなか遭えない人物も自分達の警戒の範囲内に置くべきだとアンナは主張した。
「皆様、それでは行きますわよ」
 マニフィカは立ち上がり、この部屋の扉を開け放った。
 その扉の脇には皆が出ていった後に部屋の照明を消す為に、酒場のウエイトレスが待機していた。部屋の外に立っているので、よほど大きな声でなければ、中の話を聞く事は出来ないはずだ。
 部屋の外では酒場の喧騒が待っていた。
 五人の冒険者達は早速、行動を起こす為、パルテノンの『冒険者ギルド』二階の酒場から階段を降りていった。

★★★
 パルテノン中央。
 王城に沿う形で広がる公園。
 リュリュミアはお昼の食事を持って、ここに棲んでいるレッサーキマイラの処を訪れていた。
「今日はほくほくのジャガイモをたっぷり詰めたコロッケですよぉ。おかわりもありますよぉ」
「だから何でコロッケなんでい!?」
「メンチカツぅ! せめてメンチカツをお願いしますさかい!」
 文句を言いながらもレッサーキマイラは、リュリュミアが鍋一杯に持ってきたコロッケをガツガツと食う。
 やがてたいたらげて、獅子頭と山羊頭は下品にもゲップを出した。
 尾の毒蛇頭はクールで無口のままだ。
「あなた達はトゥーランドット姫に作られたんでしょぉ」リュリュミアは無様に裸の腹をさらけ出したレッサーキマイラに話しかける。「仮面バッターの劇にクモ男が出てたのですけどぉ、あれって弟分になるのですかねぇ。この分だと、兄弟がたくさん増えてそうですねぇ」
「あ、シーッ! シーッ!」
 周囲に誰もいないのにレッサーキマイラがそれぞれの口元に指を立てて、音声ミュートを申し出る。
「一応、姫が俺らを作ったちゅうのは秘密なんでえ!」
「そうや。あくまでもわいらを作ったのはDrアブラクサスなんやから! ……っていうか、クモ男って奴を作ったのはDrアブラクサスなんですかい?」
 劇場のスリラー騒動の話はこの怪物たちの耳にも入っている様だ。
「怪人って作るのは、それなりの施設や設備が必要だと思うんですけどぉ」リュリュミアは自分の口に指を立てた。「王城以外にドクターの秘密の隠れ家とか知りませんかぁ」
「そう言われてもなあ、俺達だってDrアブラクサスの全てを知ってるわけじゃあねえですし」
「あいつの研究について知ってるのはあの研究室の事以外にないやさかい」
 レッサーキマイラは山羊頭、獅子頭、蛇頭、それぞれ首をひねった。
「他にも一般の人が入れないような場所とかぁ、悪い事をする人が入れられてる場所とかぁ」
 リュリュミアがしつこく食い下がると、怪物の尾である毒蛇が何かを思い出したかの様な表情の変化を見せた。無口な彼が身を伸ばして何か言いたげにしているのを、獅子頭が身をひねって、彼の口に自分の耳を近づける。その小さな言葉を聴いた獅子頭は「あーあー、そう言やぁ」と何かを思い出した顔をする。
「どうかしたのぉ」
「いや、風の噂に聞いたんでげすがね、最近、この街の北東にある刑務所から囚人が集団脱走したっちゅう話があるんすよ」
 悪い事をする人が入れられている場所、というリュリュミアのキーワードから連想したらしい。
 しかしリュリュミアはそんな大脱走の話など知らない。
 そんなニュースをしている人を見かけた事もない。
「どんな風がそんな噂話してたのぉ」
「風ってゆーか、この前の夜に街の衛士みてえな人間が幾人かこの公園に来やがってですね、何かを探しながら『くそ、ここにもいない様だ』『大量脱走など一般市民に知られたらえらい事だぞ』『よりによってテロリストどもめ』とか言ってたのをこっそり聞いたんでえ」
「……それ、他の誰かに言ったぁ?」
「言ってやせん」
 という事はその集団脱走の件は公には伏せられているという事か。
「それぇ、いつ頃の話なのぉ」
「結構、前でやすねえ」
「トゥーランドット姫が姿を見せなくなったよりも前かしらぁ?」
「……同じくらいじゃねえですかねえ」
 ふと、リュリュミアはスリラーの怪人、構成員となった者達の正体が解った気がした。。
 国王がこの件を知らされていないはずはない。
 リュリュミアは次に訪れる場所を決めた。
「じゃあ、わたしはこれで帰るからぁ」
「アネさーん、次は肉をお願いしますよー! 肉、肉ぅ!」
 背を追ってくる様な肉のリクエストの声を聞きながら、リュリュミアは空になった鍋を抱えて公園を後にした。

★★★
 パルテノン王城。
 豪奢なしつらえを施され、壁際に衛士が並ぶ謁見の間。
 胸元がさりげなく開いたチャイナドレスを着た、長い黒髪の女性が、王の配下である様様な者達に混じって謁見に立ち会っていた。
 クライン・アルメイス(PC0103)は右に泣きぼくろのある双瞳で真剣に、国王がある貴族の謁見をしている様子をじっと観察している。
 笑い仮面やスリラーの事について独自に調査していたクラインだが、社長室にいる時、思いがけず国王からの使者が来て呼び出しがかかったのを知った。そして、この謁見の間でパッカード王が『ビン・ジャカスラック侯爵』という貴族と謁見している光景に立ち会わされたのだ。
 当初は何故、自分がわざわざここに呼ばれたのかは解らなかったが、王の前にいる白髪の生え際が大きく後退した五十歳ほどの貴族の話を聞いている内に、立ち会わされた理由が解った。
「ところでデザインの特許権や著作権というものに意義はあるのか。お前以外の誰かがそれが必要だと言い出したわけではないのだろう」と国王がジャカスラック侯爵に質問した。
「意義はございますとも。その創作物に権利を所有する事で、その無断複製、いわゆる海賊版やバッタモンがはびこるのを防ぎ、また権利物の二次利用に対して代金を得る事が出来るのです。また、それ自体を国の内外の商取引に使えます」王の疑問に、でっぷり太ったジャカスラック侯爵が滑らかな返答をよこした。
「ふーむ」王が唸る。「お前が、その権利物の管理と仲介をする、と。もし、お前と同じ考えを持つ者が他に現れたらどうするんだ。デザイナーが自由に自分のデザインを管理する者を決める事が出来たら」
「その為に知的財産の権利管理団体を一極集中して、分配や管理の複雑化を免れるのです。私達が唯一の団体となるのです」その為には国の権威を背負うのが手っ取り早い、と侯爵は言外に言っていた。
 クラインは驚いていた。
 偶然なのか、そうでないのか、このジャカスラック侯爵は彼女と同じデザイナーの版権、著作権の管理団体を作りたいという旨を国王に進言しているのだ。
 しかも自分達がその唯一の団体となりたいと言っている。
 話を聞くに著作権、版権の使用料や無断で使用した時の罰金もクラインの会社に比べてべらぼうに高かった。しかもそれの金利はデザイナーに還元されるのではなく、全て王国に徴収されるというのだ。勿論、自分達が仲介金を多めにふんだくった上でだ。
「しかし、お前と同じ考えを持つ者は既にいるのだぞ」
 国王の眼がさりげなく謁見の間に立つクラインの方へ配られる。
「貴族の私の方がその者の信用に劣るとでも?」
 ジャカスラック侯爵は国王の眼線には気づいていなかった。
 クラインの人間を見る力は、利権に群がり、甘い汁を吸おうとする者達の匂いをその貴族から嗅ぎ取っていた。
 国王は困惑している様だった。
 彼女をここに呼び、眼線を配ったという事は、最初に同じ案を出したクラインの思惑を無碍にはしたくはないという思いがあるのだろう。
 しかし、配下の貴族の案を簡単に却下する事も出来なさそうだ。国王というガバメント・コントロールが重要な立場には難しい選択なのだろう。侯爵という身分の人間に離反されるのも王国には手痛い事なのだ。
「私には難しい事はよく解らん」長考の後、パッカード王がその言葉を出した。「お前の案は、大臣達とよく論議し、後日、返答する」
「では、私の案は悪いものではないと考えてよろしいのですね」
「……ああ、そうだな」
 国王はそう答えるしかないだろう、とクラインは思った。

★★★。
「アルメイス。何故、お前をこの場に立ち会わせたかは解ってもらえたと思う」
 謁見の間からジャカスラック侯爵を含めた謁見者達が退室し、王族と大臣達と衛士とクラインの他数名しかいなくなったこの広い玄室で、王座に座る王は気さくに彼女に呼びかけた。
 クラインの他の謁見者というのはリュリュミアとアンナの事だ。
 彼女達もこの王城に訪れていたのだ。
 リュリュミアは先日、クラインが自分の名刺を渡した間柄だったし、クラインは見知らぬアンナの方もリュリュミアの挙動を見ていれば彼女とごく親しい間柄だと解る。
「お前達がここに来ているという事は、私からのネプチュニア王女の依頼を受けてくれたと考えていいのだな」
「はい」とアンナはうなずいた。
 リュリュミアはぽやぽや〜とした沈黙を以て肯定した。
 クラインだけはその依頼とは何なのだろうか、と真相を探る側に取り残された。尤も自分がそれを知って不味い立場だとすればこの玄室には残されなかっただろう。自分の『人間力』は信用されているのだ。
「スリラーの事について訊きたいのですがぁ」リュリュミアはシリアスになりきっていない声で国王に質問する。
「この街の牢獄からぁ、テロリストの集団脱獄があったのが国民に伏せられている、というのは本当でしょうかぁ。もしかしたらぁ、その人達がスリラーの怪人や戦闘員になったとも考えられるんですけどぉ」
「……マジだ」
 気さくな声の調子になったパッカード王が、玉座から身を乗り出し気味に答えた。
「外部の何者かの手引きがあったみてえだが、確かに集団脱獄があった。逃がされたのは反社会的犯罪者の数十人、ただのこそ泥や人殺しなんかには眼もくれてねえ。八方、手を尽くしたが何処へ消えたかも解らねえ。……この事は世論への悪影響を考えて、公表をしてねえ。町中の衛士はこっそり増やして見張らしてるがな」
 この場でクラインだけが一気に砕けた調子になった国王の様子に驚いていた。
「この反社会的テロリストがスリラーだとすりゃ、それまで方向性がバラバラだったそいつらを組織にまとめあげた何者かがいるって事だな。そいつがスリラーの親玉か」
 国王は顎に手をかけ、明後日の方を見て考え込む様子を見せた。それは国王というよりも市井の賭けチェス屋がする様な顔だ。。
「今、ギルドで噂の笑い仮面という冒険者の事なのですが……」
 アンナがそう質問を始めた時、国王の片眉がぴくりと反応をした。
「そいつの事か」国王は玉座に深く座り直した。
 そしてこの玄室から人払いを命じた。
 国王以外の王族と大臣達関係者と衛士達が退室し、この広い謁見の間にはパッカード王とアンナとリュリュミアとクラインの四人だけとなった。声がよく響く。
「笑い仮面は敵じゃねえ。完全に信頼出来る冒険者だ』国王は迷いなくきっぱりと言い切った。「わけがあって、こちらからも向こうからも一定期間内は一切会わないし連絡もとらない、という約束をしてるので俺も居場所はつかめねえ。だが、こっちの味方だ。それは確かに言える」
「重要人物なのですね」
「ああ、そうだ」
 アンナはフランクな彼の声を聞きながら、スリラーの黒幕に関する彼女自身の推測は間違っていたのか?と思い始めていた。
 クラインは突然、ざっくばらんになった国王の態度に驚きながらも、思いがけず手に入った笑い仮面の情報を我が身の幸運と思った。どうやら笑い仮面は国王本人ではないらしい。もしかしたら彼の黒髪はカツラか染めている可能性もあるのか。
 そして、今の国王の態度ならばあの疑問が訊けるかも、と一歩前に出た。
「パッカード国王陛下。質問をよろしいでしょうか」彼女はあくまでも丁重な物腰で国王に語りかける。「この間、この国に関する公式文書を見た所、この国の王妃の名前は『カシオペア・トンデモハット』となっていました。現王妃『ソラトキ・トンデモハット』とはどのような関係なのでしょうか」
「ああ、それか」国王は若気の至りを改めて咎められた親父の様な表情をしながら、指で頬を掻いた。「同一人物だよ。カシオペアとは、ソラトキの一時(いっとき)の名前だ。ソラトキが『遊郭ヨシワラ自治区』の花魁、宇宙大夫(そらときだゆう)だったのを俺が身請けして妻にしたのは皆、知ってると思う。俺は遊郭にいた時の事を引きずるのも何だから、とあいつにカシオペアという新しい名前を与えたんだ。だが、あいつは『自分がヨシワラで花魁をしていたという事に何ら恥ずるところはない』と、敢えて太夫名であるソラトキを本名と名乗ったんだ。こうしてカシオペアという名は廃れたんだが、その時期に作られた書類の一部ではまだその名が修正されないまま残ってしまっているらしい」
 国王はその成り行きを反省している様だ。
「我ながら要らぬ気の回し方をしたもんだ。あいつの面子を保つつもりで潰すところだった」
 思い出して苦笑する国王がその言葉を機に、背筋をきっちり正して座り直した。
「では、お前達、スリラーを壊滅させて、トゥーランドットを無事に救出する任務、しかと任せたぞ。クライン・アルメイス、お前もこの冒険者達に協力してやれ。では、任務の成功を祈る』
 表情を引き締めた、威厳のある声だ。
 こうして新しくクラインを含めた冒険者達は下ろされた跳ね橋を渡って、正門から王城を出た。
「国王からの秘密のクエストを任された仲間って事らしいですわね」
 王城の前の途上で、クラインはアンナに名刺を手渡す。
「姫を救出する事で、今後の王家とのコネも期待出来ますかしら」
 彼女はアンナとリュリュミアの前で、堂堂と本音を口にする。
 それをするのに何のためらいもない間柄になっているのだと既に悟っていた。

★★★
 『歳寒松柏』と書かれたメッセージカードを添えて、三百万イズムもの大金が見舞い金として『酔狂スペシャル』スタッフが合宿として泊まり込んでいる宿屋に届けられた。
 送り主は『三首竜王グイデュールアの巫女』の名義である。
「歳寒松柏……さいかんしょうはく? 中国語?」
「カワオカさんに聞いたら『逆境で苦しい状況でも、信念や志などを変えない』という意味らしい」
「グイデュールア……? 何処かで聞いた事がある様な……?」
「ほら、この前の酔狂スペシャルの撮影をやった時に現れた謎の女だよ」
 宿屋の広間は今日もスタッフ全員が詰めていて大賑わいだ。
 三百万イズムとはカワオカ・ヒロシテンの医療費が完治するまで払えて、スタッフ全員のしばらくの生活費になる金額だ。
「WAO! マーベラス! ワザマエ! よく出来てマスネエ!」
 ジュディはクモ男と再対決する時に着るコスチュームを発注して、その完成品を受け取りにこの宿屋を訪れていた。衣装デザインのニラさんが彼女の要望を聞いて、製作した品だ。
「うん。ここのラインはアンシンメトリーな格好良さを出すと共にセクシーさを強調したから」
 ニラさんの衣装についてのレクチャーをジュディが受けている間、彼女についてきていたアンナとクラインがスタッフから聞き込みをしていた。
 チーフ格のスタッフに名刺を渡したクラインは『仮面バッター』についてのこのオトギイズム王国での版権、著作権はどうなっているか、詳細を尋ねていた。
「版権ねえ……真面目に言えば、仮面バッターの版権や著作権は俺達やカワオカさんにはなく、俺達が元いた世界の製作会社や原作者が持ってるって事なんだろうなぁ。それで言えば俺達がやった仮面バッターの劇は版権侵害の二次創作、言えばバッタモンって事になるんだろうなぁ」
 スタッフの一人がクラインにそう語った。
 今回の劇は、異世界なら版元の眼が届かないだろうという確信のもとに行われた同人劇だというのだ。
「ムシオがいれば『バッターの偽物なんて許せない!』とか言ってたろうな」
「ムシオ? 誰でしょうか、それは」
 スタッフの言葉に、この中にスリラーの内通者がいるのではないかと聞き込みを行っていたアンナが食いつく。
「ムシオ。『ヂゴク・ムシオ』。元元、ここのスタッフで極度のバッターオタクだったんだけど、いつも『ここはボクのやりたい仕事じゃない!』って言ってて、皆がこのオトギイズム王国に迷い込んだ後に行方不明になっちまったんだ」
「そうそう。そう言えば、そうだったな。あれからどうなったかは誰も知らないな。言えば、行方不明になっても誰も心配しない様な奴だったけど」
「ここで訊かれるまで誰も思い出さなかったもんなあ」
「プライベートでは仮面バッターのオモチャをコレクションしてたって言ってたな。このスタッフに加わっていたのも、仮面バッターのヒロシテンさんと一緒に働きたかったからだって言ってたっけ」
 詳細を聞きこむに、ムシオは四十歳代のガリガリに痩せたオタクだったという。
 ヂゴク・ムシオ。
 アンナはやはりシン・仮面バッターのオリジンが地球にあったという考えに間違いないと思い始めていた。
 TVの特撮の仮面バッターのコンセプトをオトギイズム王国のデザイナーの力で再現したのだ。
 元元の仮面バッターは特撮なのだから、クモ男のあのパワーはこの世界のデザイナーの力による強化なのだろう。
 つまりオリジナルを凌駕するパクリ、超バッタモンだ。
 人質にされているというトゥーランドット王女のデザイナーとしての力が使われていそうだ。
 その協力が自主的か、強要されているかは判断つきかねるが。
「あの男は人に取り入るのは上手かったよなぁ」
 スタッフがムシオの感想について、そんな言葉を述べている時。
 クラインは自分を熱く見つめている、背後の視線に気がついた。
「……クライン・アルメイスって、あの『窮救戦隊ホスピタリアン』で悪の女幹部役を演っていたアルメイスさんですか?」
 振り向くと、彼女が配った名刺を握ったニラさんが興奮を隠せずにクラインに肉迫してきた。
「俺、あなたのファンです! あなたの為のコスチュームを作ってみたいというのが、俺のデザイナー志望の動機でした!」
「え、あの、ちょっと……!」
 珍しい事にクラインはたじろいだ。
 十代の頃、芸能界で鳴かず飛ばずの時期に演っていたのがその悪の女幹部役だ。それなりにうけてファンがついた。だが、今の彼女にとって、それは黒歴史のトラウマとなっていたのだ。
「お願いです! あなたの為に女幹部のコスチュームを作らせて下さい!」
「その話はまた今度ね……! やりかけていた仕事を思い出しましたわ」
 クラインはチャイナドレスの裾をひるがえして、長い脚を見せつけながらその宿屋を去った。
 あくまで堂堂と。
 残されたニラさんがまた再会するだろうという希望に身を託して、彼女が通りを去っていくのを見送った。
「ミスター・ニラ! このコスチュームのエクイップメント、装着の仕方について解らないとこがあるのデスケド」
 ジュディの呼ぶ声にニラさんが宿屋の中に戻っていく。
「それにしてもヂゴク・ムシオ……気になる男ですわ」
 アンナは宿屋の広間で呟きながら、メモに書き加えた名前をグルグルとした描線で囲んで強調した。

★★★
 悪だくみをするにしては空は底抜けに青かった。
 緑濃き林に囲まれた大きな貯水池の堤防には異形の者達が集まっていた。
 黒い全身タイツで身を覆った細身の戦闘員が大勢、整然と怪人の周囲に並んでいる。
 そして、怪人クモ男が人間と大グモが一つに溶けあった様な姿を青空の下にさらし、水面に姿を映していた。
「この『貯水池毒汚染計画』は、我らスリラーの覚悟が本気である事を示すというのが目的である!」
 クモ男が大きな白いカプセルを両手に抱えていた。
「この中に入っているのは『コブラ男』より抽出し、濃縮した細胞壊死性致死猛毒だ! 国王を正義と信じる愚民共は毒水を飲んでくたばるがいい!」
 そのカプセルが大きな放物線を描いて、貯水池へと放り込まれた。
 大きな飛沫があがると同時にカプセルが二つに割れ、黒い濃い液体が水の中に拡散されていく。
「これでパルテノンは全滅だ! 皆、大声で笑え!!」
 クモ男が高笑いし、戦闘員達も全員、ひきつった大声で笑いを挙げた。
「ハハハハハハハハハハハ……ん?」
 クモ男の笑い声が途中で止んだ。
 貯水池の水中の黒い水雲が急速に薄まっていく。それは自然に拡散されていくのよりも明らかに早すぎる。
 黒い毒水はやがて速やかに透明化した。
「どういう事だ!?」
 うろたえる怪人達はすぐに貯水池の水中を高速で泳ぐ人魚の影に気がつく。
 人魚は水面より跳ねた。
 濡れた銀髪が陽光に躍る、高貴なる雰囲気を持つ彼女は空中でスリラーの怪人達と眼を合わせた。
「貯水池毒汚染計画はわたくし達が阻止させていただきますわ!」
 『水術』で水を汚染する猛毒を無毒化したマニフィカは、トライデントを構えて空中でポーズを決めた。
 そして、スリラー怪人達の背後の林から大馬力のエンジン音が聞こえてくる。
 振り向くと樹林の中から複数の人間を乗せた大型バイクが突撃してくる。
「悪のスリラー怪人メ! このプロフェッサー怪物くんは、貴様の為にわしは宇宙塩を味噌鰤だゾ!」
「イーッ!!」
 意味不明の名乗りを挙げながらジュディは運転する大型バイクで戦闘員の一人をはね飛ばした。
 轢かれた戦闘員は大きく空中を飛び、背中から草に覆われた地面に落ちて、火花と煙になって爆発する。
 大型バイクは後輪を滑らせながら急停止し、乗っていた者達が一斉に降りる。
 ちなみにジュディの特殊コスチュームは『仮面バッター・ジュディ』という設定のコスプレだ。実にニライズムにあふれたデザイン。更に『猿の鉢巻き』を額に巻き、称号『大道芸人』を発動する事で並みならぬ敏捷性を身につけている。
「イッツ・ショータイム……!」
 顔を覆うバッターのマスクのあぎとを開き、マニフィカからもらった『リリのクッキー』を齧り、口に入れる。これで馬力も二倍だ。
「行け! 戦闘員共! こいつらザコを蹴散らしてしまえ!」
「イーッ!」
 クモ男の檄にのって、戦闘員達が一斉に冒険者達に躍りかかる。
 機先を制したのはマニフィカの広範囲施術魔術だった。
 水中に潜んでいたマニフィカは一人だけではなかった。『ホムンクルス』で全く同じ姿をした銀髪の人魚が水中から空へと身を躍らせる。
「『センジュカンノン』!!」×2
 空中から現われた無数の拳が戦闘員の全員を連打する。半数を仕留められるセンジュカンノンは二倍がけとなり、戦闘員全員に拳の雨を降らせた。
 戦闘員の数人はその攻撃ダメージだけで爆発した。
「馬鹿な!? 常人の三倍にパワーアップしている戦闘員が!?」
 クモ男の毒牙から焦りの声が発せられる。
 未来はミニスカの内側から『マギジック・レボルバー』を抜き、粘着ゴム弾の三連射を放ち、戦闘員一人を木の幹に繋ぎとめた。そして。
「バッターキックッ!!」
 ミニスカートの裾を風圧で乱し、白いショーツを丸出しにした飛び蹴りをその戦闘員に見舞う。
「イーッ!!」
 キックを受けた戦闘員は爆散する。
「しまった。戦闘不能にしてからトゥールの居場所を吐かせるつもりだったのにやりすぎちゃった☆」
 未来はてへぺろで今の失敗を反省した。
 その彼女の隙を背後から狙う戦闘員がいる。
 襲いかかろうとしたその戦闘員の身体に長い革の鞭が巻きついた。
「今回はわたくしもいますわよ」
 鞭の握りを持つクラインの腕の一振りでその戦闘員の身体は、鞭が巻きつくままに彼女の手元に引き寄せられる。その黒い全身タイツの背に空いた掌を思いきり張りつけるクライン。再び、鞭にしなりを加え戦闘員の身体を逆回転させて、宙へ放り投げる。
「イーッ!」
 錐もみの舞を踊った戦闘員は草地に叩きつけられ、爆発こそしないものの戦闘意欲を失くして逃げていった。
 追いかけようとするJK戦士をチャイナドレスの女社長は手で制した。
「あ、作戦通りか」と立ち止まる未来。
 戦闘員達が皆に駆逐されていくのを背景としながら、クモ男とジュディ=仮面バッター二号は死闘を繰り広げていた。
「格闘技世界チャンピオン、クモ男!!」
 正面衝突する同時タックル。
 クモ男と仮面バッター・ジュディは正面から両手を組み合わせた。
 両者の腕が震える。
 今度はジュディは力負けしない。
 二人が荒い息を吐きながらしばらく組み合った後、クモ男が苦し紛れにジュディの両手を突き放した。
 間合いを取ったクモ男が、素早い動きで右へ左へジュディの背へ回りこもうと動く。しかしジュディの動きはそれ以上に素早く、決してバックを取らせない。
「おのれ……この屈辱……許せん!」
「許せル!」
 ジュディは突進した。
 しかし、その動きを狙って、クモ男が粘着糸を発射した。
 ジュディの足が堤防の地面と接着される。今回、パワーアップしたジュディの怪力はその粘着糸を力任せに引きはがすが、スピードを殺された事は否めない。
 更に間合いをとりながら、クモ男が粘着糸を連続発射。
 ジュディはそれをかわし続けるが、なかなか相手の懐に飛び込めない。クモ男の粘着糸の連射性能は予想以上だった。
 その時。
「『乱れ雪桜花』!!」
 『レッドクロス』のアンナは『マギ・ジスタン』仕込みの魔法を炸裂させた。
 轟!と何処からともなくの桜の花びらと六花の激流が横殴りにクモ男を襲う。桜花の中に呑み込まれた怪人の粘着糸は全て花びらと雪に粘りつき、ジュディに向かって飛ぶ事はない。しかもその中で数発もの強烈な連続打撃に見舞われる。
 雪と花びらの激流が止んだ時、クモ男の姿は自らが放った粘着糸に全身をまとわりつかれ、無数の花びらと共にがんじがらめになっていた。
「フィニッシュ・アタック! バッターキック!」
 身動きの取れないクモ男にヒップを見せた仮面バッター・ジュディの、後方宙返り捻りからのバッターキックが炸裂した。
 リリのクッキーと猿の鉢巻き、大道芸人によって倍加したダメージがクモ男の胸を突き、後方へ大きく弾き飛ばす。
「マ……マーベラー……」
 最後の頼みの綱の援軍を呼ぶが、残念ながらそれも叶わぬクモ男が爆発を起こした。
 大爆砕。
「イピカイエー!」
 爆煙を背景に仮面バッター・ジュディの歓声が響き渡る、爽やかな青空。林の中から風が吹き抜ける。
 戦いが終われば、逃げた数人の戦闘員以外は全て爆発してスリラーは全滅していた。
 戦闘員が逃げた方向を見やる皆の前で、クラインはガラケーに似た物を胸元から取り出した。
「ヒーロー物の禁じ手は二つ。一つはヒーローの変身中に攻撃する事、もう一つは敵のアジトを直接攻撃する事ですわ」そのガラケーに似た物は電波受信機だ。「わたくしは空気を読めないのではなく、あえて読まないのですわ」
 逃げた戦闘員の背中に小型盗聴器兼発信機を貼りつけたクラインは麗然と笑った。

★★★
 皆は一旦、パルテノンの冒険者ギルド二階の酒場へ引き上げた。
 周囲を、痩せたモヒカンや網タイツでハムの様な太腿をした酔客がうろついているが、今、スリラー怪人の作戦を挫いてきた冒険者に注意を払う者はいない。
 飲み物を並べたテーブルについた六人は、天板の中央に置いた受信機をスピーカーモードにし、そこから聞こえる雑音混じりの音声に耳をすませていた。
 ピコーン、ピコーンと何かランプが点滅する様な音が聴こえる。
「クモ男が倒され、貯水池汚染計画が失敗したみたいだなぁ。ウィンナーがなくなったホットドッグの様に全くの役立たずだぜ。ヒュー!」
 若い男の声が聞こえてきた。結構、陽気な感じだ。
「なーに、気にする事ないわ、コブラ男。あいつは私達の中は一番の小物よ。ねえ、そうよね、猿人?」
「ふんがー! げえむわいちにちいじか!」
 気の強そうな、それでいてキャピキャピした少女の声がし、彼女の呼ばわりに野生めいた声が答えた。
「ピチピチしとる割には厳しいのぉ、ハチ女は。それでも倒した奴らには気をつけた方がいいと思うんじゃが」
 若作りの老人の様な声が二人に意見した。
「倒したのは仮面バッターだと言うが、どうせ偽物だろう。そんなバッタモンに負け続ける様なボク達じゃない。シン・仮面バッターが率いるスリラーに連敗があるものか! 勝った者が正義なんだ!」
 粘着質な感じの痩せた声が演説するかの様に張り上がる。
「どうだ、カメ男。占いには次はボク達の勝利だって運命が出てるんだろ」
「それがじゃなぁ、首領様」老人の声が申し訳なさそうに聞こえる。「わしの『甲骨占い』が最近、役に立たない事が多いんじゃよ。……運命が見通せぬというか……敵にも強力な占い師がいて、情報の読み合いで互いの予知を相殺してる感じなんじゃ」
 それを聞いた未来がハッとした。
「まあいい。奴らも次の計画『シーバス・ハイジャック計画』までは読めないだろう」首領の声。「スポンサー様のご意向だ。海に遠足の貴族の幼児達の船をハイジャックして身代金をたんまりふんだくってやる! ボクもそのおこぼれに預かって……」
「イーッ!」
「どうした、戦闘員三十四号」
「イーッ! 研究室の博士が『ティラミスが食いたい! 食わなければ研究する気が起きん!』と」
「くそぉ。あのわがまま娘がぁ……!」
「む!」老人の声が突然、緊張した。「占いによれば、このアジトの中から情報が洩れておる……そこじゃ!」
「イーッ!」
 戦闘員の声が大きく聞こえた。この盗聴器を貼りつけられている戦闘員らしい。
 受信機のスピーカーがくぐもった大きな雑音を挙げた。どうやら背中の発信機が見つかって剥がされた様だ。
「こいつらかぁ!」盗聴器のマイクに声が近づいて大きく聞こえる。「……まあいい。飛んで火にいる何とやらだ。コブラ男のシーバス・ハイジャック計画と同時にこのアジトで返り討ちにしてくれる……間抜けな戦闘員十八号を処刑しておけ! それと博士は別のアジトに移す!」
「イーッ!」
「ヒュー!」
 その声を最後に大きな破壊雑音が入り、スピーカーは空電以外の一切の音を流さなくなった。
 盗聴器は破壊されたのだ。
「発信位置は大体、パルテノンの西、十五kmほどですね」
「そこは深い森の中のはずよぉ。もしかしたら廃館とかがあったかもぉ」
 クラインは受信機の記録を調べ、リュリュミアは情報を補足する。
 黙りこくった六人の冒険者達のテーブルに一人のウェイトレスが近づいてくる。
「あのー」酒場のウェイトレスが六人の緊張を破る、申し訳なさそうな声を出す。「笑い仮面様があちらのお部屋まで皆様を呼ぶようにと」

★★★
 冒険者ギルド、二階酒場。有料個室。
 大きなテーブルの上座に黒服と黒い帽子を身につけた黒髪の男が座っている。
 顔には黄金の笑い仮面。
 やってきた六人がテーブルに着くと、笑い仮面は帽子と一緒になっていた黒髪のカツラを脱ぎ、黄金の笑い仮面を外した。
 長いブロンドの髪が波打つ。
 仮面の下にあった美形の顔は大方の予想通りの人間だった。
 ハートノエース・トンデモハット第一王子。
 国事で遠方へ行っていると国王から説明を受けていたはずの彼だった。
「今まで隠していてすまなかった。あなた達に素顔を明かした事で私の誠意は解ってもらえたと思う」
 クラインは椅子から立ち上がり、礼をしながらハートノエース王子に両手を添えて名刺を渡した。
「意外でしたわ」クラインは元の椅子に座る。「王子殿下はスリラーに洗脳されて怪人にされていたのでは?と思っていたのですが」
「わたくしは笑い仮面の正体はパッカード国王陛下本人ではないかと勘繰っていました」
「二十年前、現れていた笑い仮面は父だよ」
 アンナの疑念にハートノエースが答えた。
「私は父の仮面と笑い仮面という名を受け継いだんだ。父は国王になる前、世間を一般市民の眼線から見る為、笑い仮面という謎の冒険者として世間修行、武者修行をしていた時期があった。私の笑い仮面はそれの二十年ぶりの復活だ」
「この間は助けてもらってありがとうございました。……やっぱり、この時期に笑い仮面が復活したのはトゥーランドット姫の失踪が関係あるんですか」
「その通りだ」未来の質問に答えるハートノエース。「王女が突然、行方不明になったという事件は、一般市民に知られるところになっては王家の不穏があからさまになって、内外に色色と問題になるかもしれない。それにトゥーランドットがDrアブラクサスと同一人物だという事実が国民に知られるのは不味い。だから、衛士達を動かさずに私が極秘に冒険者として動く事になったのだ」王子はさあっとブロンドの髪をかきあげた。「そして、これは次の国王になる、もうすぐシンデレラと結婚する私の世間修行、武者修行でもある」
「それで笑い仮面は女性関係の仕事ばかり追ってたんですねぇ」
「ああ、そうだ。全てはトゥーランドットと関係ありそうな事件を捜していたんだ」
 リュリュミアの問いに答える王子。
「パッカード国王陛下とはコアパレーション、連携をしているんデスノ?」とジュディ。
「いや、父達とは修業期間中、つまりこの事件が解決するまで一切会わないし連絡もとらない、援助も受け取らないという約束をしている。つまり私はこの仮面をかぶっている限り、一人の冒険者『笑い仮面』という存在以外の何者でもないのだ」
「イネフィシェント、非効率的デスネ」ジュディは深く椅子に座り、軋ませた。
「修行だからな」ハートノエースが苦笑する。
「やはり、トゥーランドット姫はスリラーの人質になっているのでしょうか」マニフィカは紅茶を一口飲み、訊いた。
「人質になっているのならまだいいのだが……」笑い仮面=ハートノエースが奇妙な危惧を口にした。「妹は……マッドデザイナーのやりすぎで倫理面がふっとんでいるんだ……いや、倫理感がふっとんでいたからこそマッドデザイナーになったのかもしれない。もしかしたら人体実験が出来るという事で、自らスリラーの怪人開発に手を貸しているのかもしれない」
 六人の冒険者の顔が白くなる様な事を笑い仮面が言った。
「元元、妹が錬金術デザイナーを志した動機というのは、病気の母の治療法を自ら見つけたいという事だった。だが、すぐに手段と目的が逆転し、生命の秘密を暴き、新しい生命を作り出したいという使命感の如きものに捕らわれた。……人体実験だけはしないように眼を光らせていたのだが」
 六人はごくりと唾を飲んだ。
 どうやってトゥーランドットとスリラーが合流したかは解らないが、今一緒にいるのは彼女の意思であるかもしれないのだ。
 ハートノエース王子が顔に笑い仮面を装着する。
「これからは笑い仮面として、妹を取り返す為にあなた達と行動を共にしよう」
「それではわたくし達が掴んでいる情報をお教えしますわ」
 マニフィカは自分達が入手した様様な情報を笑い仮面に伝えた。
 貯水池で毒水計画を阻止し、クモ男を撃破した事。
 盗聴器でスリラー内の情報を入手した事。
 酔狂スペシャルのスタッフにヂゴク・ムシオという怪しい男がいた事。
 ついでにジャカスラック侯爵が著作権管理団体を作りたいと国王に打診している事も。
「コブラ男のシーバス・ハイジャック事件を阻止しなくてはならないな」
 笑い仮面の声は真剣だった。
「しかし、私としてはトゥーランドット奪還を優先したい。もしかしたらアジトを引越しした後になるかもしれないが私はアジトを急襲する。そこで妹が何処へ移動したかのヒントが解るかもしれない。スリラーが二手に分かれている時こそがチャンスだ。私達も二手に分かれて、ハイジャック阻止とアジト急襲を同時に行おう」
★★★