ゲームマスター:田中ざくれろ
★★★ 『グラディース島の大洞窟』も中間地点を過ぎた薄暮の様な地中大空間。 『空荷の宝船』に乗っているビリー・クェンデス(PC0096)と観客達は、荒れ果てた『逆火山ステージ』の光景を眼下でもがいている者達を半ば鼓舞、半ば「うわぁ……」という気持ちで眺めていた。 重力が逆向きで働いているこの地中は天井が下となる。 微妙なトップポジションにいるリュリュミア(PC0015)の他の二十人の走者達は真っ青な顔で、天井にへたばっていた。 強烈な眠気だ。 混乱もして眼がグルグルになっている。 先程まで『匂い袋』から飛び出した花粉によって、くしゃみ、鼻づまり等の花粉症の効果を被っていたが、今は毒&花粉症の相乗効果で、熱が出る、頭がぼうっとするという風邪に似た状態まで症状が進んでいた。 「……幾らハロウィーンの季節だからといって、ちょっとこれは悪戯がすぎますわ……」 アンナ・ラクシミリア(PC0046)はこんな事で負けられない、と歯を食いしばって立ち上がる。 しかし、もう注意力散漫であり、必死に立ち上がって歩こうとするも逆火山から落下してきていた岩にぶつかり、転び放題の大盤振る舞いだ。 アンナに限らず、ここでふらふらになっている全員は花粉症の熱っぽさとだるさから強烈な眠気を催し、しかし鼻づまりの呼吸困難の為に眠れないという、経験者ならば痛いほどに解る地獄を味わっていた。 アンナは『カメの体勢』でゆっくり前に進む事にする。『レッドクロス』の耐久力に賭けて、防御オンリーでとにかく前進するのだ。今ここでする事でもないが、判断力が鈍っている。 傍らに立つジュディ・バーガー(PC0032)は頭の中で「いかん! これは孔明の罠だ!」という声とジャンジャンジャ〜ン!と銅鑼が鳴り響いている。熱っぽさからくる酷い幻聴だ。 「あれぇ」この光景を正座で見回しながらリュリュミアは意外そうな声を挙げた。「皆さん、青い顔してどうしたんですかぁ。お疲れでしたら、お渡しした匂い袋を使ってくださいねぇ。ぐっすり眠れて、眼が醒めたら気分そぉかい、元気になりますよぉ」 匂い袋を使ったらこうなったのだ、と皆が抗議の声。しかし、それはくしゃみと咳で言葉にならない。 「これ、もうあかん奴やん!」ビリーはステージ毎の障害で怪我人が出るのは想定していたが、さすがに毒&花粉症でダウンするとは思っていなかった、想定外の非常事態に茫然自失のパニックに陥っている。「えらいこっちゃ! あわわわ……どないしよう?」 だが、その時「そんな事してる場合じゃないよ!」とビリーのペット、金鶏『ランマル』が飼い主のお尻をツンツンとつつく。 ハッとビリーは我に返る。 スターリングラードに骨を埋めた超機械兵士の先生も『ドイツ軍人はうろたえない!』と仰っておられた。 うろたえている場合ではない。神様の見習いとして今、眼の前で苦しむ人人を救わずして何をしろというのか。 ビリーはうずくまる選手達の傍らに『神足通』で転移し、十八番の『指圧神術』や『鍼灸セット』で治療を開始した。 とりあえず緊急時だから『空荷の宝船』も天井に着陸させ、観客達からボランティアを募り、可能な範囲で応急手当を手伝ってもらう事にする。 「お疲れでしたら、匂い袋を使って下さいねぇ」リュリュミアは心底からの厚意で皆に優しく語りかけた。「え、匂い袋を使ったらこうなったんですかぁ。おかしいですねぇ、何か間違えましたかねぇ。それじゃぁ皆さん、いますぐ花粉で眠らせてあげますぅ」 「それがいかんちゅーとんねん!」カメとウサギの治療を終わらせたビリーが神足通で瞬間移動して『伝説のハリセン』でスパコーン!とリュリュミアの頭に一発ツッコミを食らわせた。「ま、今日はこれぐらいにしといたるわ」このハリセンはさわやかなほど小気味良い音が鳴るが、あまり痛くない。 治療を受け、だるさから回復していたジュディもこの騒動に張本人であるリュリュミアを一発拳固(げんこ)をくらわしたかったが、ビリーのハリセンとそれに動じないぽやぽや〜としたリュリュミアの様子にそんな怒りも冷めてしまう。 「これも彼女のヒューマニティ、人徳かもしれないワネ……バット・シー・イズ・ア・プラント、純人間じゃなくて植物だけれどモ」 ジュディは緑色系の彼女を見つめながら、病み上がりの心身をちょっとしたストレッチでほぐす。 古代ローマの風刺詩人は『健全なる精神は健全なる身体に宿る』と説いた(諸説アリババ)。 オリンピックのアスリート精神も然り。 人生をレースに例えるなら、どんな困難も乗り越え、最後まで走り続ける事が大切。 だからジュディは、決してゴールを諦めない。 そうこうしているとビリーの治療を受けた者達が次次と起き上がって、自分達の健康を体操や垂直跳躍で確かめ始めた。アンナも治療のおかげで無事に動ける様になった。 とりあえずリュリュミアの罪状はビリーのツッコミで『お流れ』になった様だ。 「おっ先〜!」 早速走り始めたのはやはりウサギだった。 それに負けじとその場の走者達が遅れて走りだす。 この逆火山とリュリュミアの騒動で走者集団はほぼひと固まりになっていた。 わずかに前に出、更に引き離そうとするウサギを皆で追いかける。 最後尾となっているのはやはりカメだ。 追い抜かれたリュリュミアもぽやぽや〜とその集団を歩いて追う。正式な走者ではない彼女だが、こんな場所に落ちてきたついでのお散歩再開らしい。 宝船に戻ったビリーと観客達は再び、船を宙に浮かせた。 宙を滑る様に飛行開始。 これで観戦も再開だ。 でも何かがビリーの心に引っかかっていた。 何かが足りない気がする。何だろう。 その時、ひーふーみーと走者の数を数えていた観客の一人が声を挙げた。 「あれ? やっぱり一人足りないなあ」 「そうや! 未来さん、何処へ行ったんや!?」 ビリーはこの時初めて、自分が治療した走者の中に姫柳未来(PC0023)がいないのに気がついた。 走者達が逆火山ステージを突破。 重力が戻って、天井から地面へと落下した。 しかし、もう慣れたもので自ら森へ突っ込んだり、柔らかそうな草地を選ぶ事で落下ダメージを最小限にする。 大洞窟は地面や壁天井に発光石が少ない薄闇の中に入っていった。 宝船の大型スピーカーが鳴らすBGMが『触手ステージ』の重苦しい、心臓の鼓動を引きずる様なメロディーに変わる。 逆重力に代わって彼らを出向かえたもの。 それは全身にのしかかり、一切の動作を重く遅くする超高重力だった。 ★★★ 触手ステージ。 ここは洞窟とは思えず、まるで星空だった。 発光石が少ない。暗闇の周囲は足場までが確かではなく、まるで暗黒の宇宙空間に浮かんでいるかの様だ。 今、ここにいるのは未来一人だった。 ウサギ以外の正式選手で初めてのトップをとった彼女。 未来はだるさと眠さが支配する身体を無理に走らせ、我先にと触手ステージに走り、いやフラフラと歩きこんでいた。 ただでさえ体調不良なのに、締めつけ、のしかかってくる高重力に捕らわれている。 「……せっかくここまで来たんだから……、こんな所でリタイアしたくないよ!」 玉の汗。苦しいが、叫んで自分を鼓舞する。 他の皆が治療を受けている隙にに、未来は病んだ身体にガッツで無理を押し通して触手ステージへと進入した。 一か八かの賭けだ。 ともかく皆に追いつかれる前に一歩でも先に進むのだ。 手には『サイコセーバー』。超能力エネルギーによる光の刃、 今、この武器の刃には重さがない事が本当に嬉しく思えた。 暗闇の中、足を引きずる。 すると、前方に小さな点が幾つか見えてきた。 段段とそれらは巨大化する。 否、小さかったのではない。遠近感が狂う様な暗さの中、大きな物が遠くにあったのだ。徐徐にそれは大きくなり、近づいてくる様子を見せている。、 宙に浮かぶ、不気味な肉団子。 癌細胞を連想させるそれは未来の身体より大きかった。そのいびつな肉色の球体から三本の触手が腕の様に生え、ゆっくり振り回されている。表面は粘液状にてらてらと光っていた。 それが五体、六体と闇の奥からやってくる。 見ているだけで不快だった。 「えーい! どいてぇ!」 サイコセーバーで身近に迫ってきた肉球を斬りつける。 銀刃がひるがえり、触手に命中して、二本、それを斬り飛ばす。 しかし肉球は一本残した触手を振り回しながら、更に近づいてくる。 未来は本体である肉球を何度も斬りつけた。 血管が浮いた粘液質な肉球は一度や二度、斬られただけでは死ななかった。 五度くらい斬りつけて、ようやくその肉球が破裂する様に消滅する。 しかしこの高重力の中、重さがない刃でも敵を屠るのは重労働だった。 息の荒さが自分で解る。 しかも一体に手間取っている間に後から十体ほどの肉球が接近していた。 未来はその内の一体に捕まった。 一体の触手がその肢体に絡みつき、更に何体も集まってくる。 触手の群。 糸を引く粘液が腕や、脚、上半身の自由を奪う。 胸に巻きついた触手がミニスカ制服のその胸の形を強調するかの様に締め上げる。 苦しい。重い。未来の呼吸が詰まった。 手首を締められ、サイコセーバーが落ちる。 それは硬質な音を立てて、地面の闇に転がった。 短いスカートの中、二本の白い内股の間に何本もの触手が侵入しようとする。 サイコキネシス。 未来は落ちているサイコセーバーの柄を念動力で手元に引き戻そうとした。 だが、その時、花粉の熱とだるさが彼女の脳裏に白い霧をかけた。 集中力がなくなり、サイコセーバーが再び黒い地面に落ちる。 触手は彼女の小さな下着を粘液で汚し、内側に潜り込むところだった。 その時、大音量のBGMが急速に接近してきた。 「危ない!」 未来に直接絡みつく肉球を突然、猛スピードで現れたウサギが蹴飛ばしてふっとばした。 そして更にその上にジャンプし、強力な足でのストンピング猛連撃を食らわし、高重力による重量増加の蓄積ダメージで肉球を破裂させる。 「おっ先〜!」 ウサギはその勢いのままに跳躍し、触手をかわしながらピョーンピョーン!と肉球の群を踏みつけて前方の闇へと消えていった。 ウサギのおかげで未来の身体は肉球の触手群より剥がれた。 この隙にあらためてサイコセーバーを拾い、重低音の連続攻撃で肉球群の触手をまとめて斬り飛ばした。一閃で十数本もの触手が切り落とされる。 だが、その後、身体のだるさが足腰に来た。暗闇の地面にへたり込む。 また肉球が集まってくる。 触手を失った怒りという感情がそれらにはある様だった。 「そのけがらわしい触手を未来さんから離しなさい!」 「ヘイ! バッド・ミートボールズ! ゲッタウェイ・フロム・未来!」 そこにBGМを背負って突っ込んできた二人が、モップでの連打とショルダータックルを肉球に決めた。 アンナとジュディは未来をかばって、攻撃を連続で食らわせる。 次次と肉球が破裂していく。 追いついてきた他の走者達も肉球を相手にしている。 尤も彼らはジュディやアンナ達に比べて苦戦しているみたいだが。 「未来さん! 体調不良のまま、先に進むなんてムチャや!」 上方に浮いていた宝船からビリーが神足通でテレポートしてきた。 鍼灸の施術で未来の体調を治す。 「花粉の治療はするけど、疲労回復はスポーツドリンクくらいにさせてもらうで。そこは競技として公平にせんとあかんさかい」 「それでいいよ。……あ〜ん、制服がべとべとに汚れちゃったぁ」 身体からすっかり毒気の消えた未来は自分の服を気にする余裕を見せた。 競走再開。 高重力の中、全走者は肉球を倒しながら、ゆっくりと前進する。 カメがこの高重力の中でもいつもの緩慢さで歩く。甲羅が重いはずだが、いつもそれを背負っているせいで筋力が鍛えられているのだろう。 「いいぞ! 皆、頑張れ〜!」 「肉団子なんかぶっ潰しちまえ〜!」 「女性陣、触手なんて引きちぎっちまえ〜! 触手に絡みつかれてのリョナ趣味なんか俺にはないぞ〜!」 「俺にはあるぞ〜!」 観客達が宝船でわめていると、そこから見える闇の彼方に肉球の大集団が一気に走者へ向かって漂ってくるのが見えた。しかも今度は全部、触手は四本持ちだ。一本多い。 船に戻ったビリーは大型スピーカーからのBGMを『ボス戦』に変えた。 ジュディはボクシングスタイルで待ち構えた。 アンナはレッドクロスの防御力任せのカメの姿勢に構えた。モップは低い姿勢から食らわせるつもりでいた。 未来はサイコセーバーの光をいっそうほとばしらせて迎え撃つ姿勢を見せた。 他の走者もやる気満満だった。 肉球の大集団との激突が始まった。 ★★★ 暗闇の道をリュリュミアはぽやぽや〜と歩いていた。 地面に潰れて落ちている肉球が頻繁に眼につく。 やがて前方から八人の男女がこちらへやってきた。 怪我をしていると解る彼らは互いに支え合って、こちらへ歩いてくる。身体中、べとべとだ。 「あららぁ、どうしたんですかぁ」リュリュミアは彼らが走者の中で見た顔である事は憶えていた。「お怪我は私が治してあげましょうかぁ」 「おっと、あんたの助けはもういいよ」一番怪我の重そうな男が彼女の申し出を断った。「俺らはもうこりごりだ。……ここでリタイアだ」 そう言い、リュリュミアとすれ違って、彼らは洞窟の入り口へと戻っていった。 「遠慮深いのねぇ」植物系淑女はそう言い、自分の両手の指を数えながら折り曲げる。「二十人いたはずだから残りは十二人ねぇ」 数えた中に自分はいない。 あくまでも彼女にとっては競走ではなく併走、散歩だった。 肉球が倒し尽くされ、安全になった触手ステージをリュリュミアは歩いていく。 ★★★ BGMが立ちふさがる全てを切り裂いて前進しなくては、と急かすメロディに変わる。 『生体ステージ』。 暗闇から抜け出た皆が見ているのは全体が怪しく発光する、動物の体内にいる様な奇妙な風景だった。 『ミク○の決死圏』や『イン×ースペース』という映画を観た事がある者はそれを思い出す。 まるで自分達がミクロ化して、体内に張り巡らされた半透明の神経網、筋繊維、血管等の複雑な空間構成を眺めている気分だ。 「まるで『はた○く細胞』みたいだわ」 「いや、その作品は方向性が違いますから」 未来の感想にアンナはちょっとしたツッコミを入れる。 肉体が光を透過している風景の妖しさに見とれていたい気分ではあったが、その暇はない。ウサギが先に行っている。 追いかけなくては。 皆は走り出した。 如何なる結果になろうとも、アスリートの本懐を遂げる為、ひたすら完走に専念。心の栄冠を求め、堂堂たるゴールインを目指すべし! それがジュディを含めた皆の意志だった。 走るには縦横無尽に張り巡らされた繊維細胞が邪魔になる。それらを切り裂いて前へ移動スペースを確保しなければならない。 すると巨大な抗体細胞の様なものが次次と現れ、細胞構成体の隙を縫って這いずってくる。 『アミバ』だ。これがこのステージの敵となる。 未来はそれらを『マギジック・レボルバー』と『イースタン・レボルバー』の二丁拳銃で迎撃。 アンナは前方の神経網をモップを振り回して断ち切っていく。 ジュディは筋繊維の様な物を素手でまとめて鷲掴みにして引きちぎっていく。 他の走者達も前方の肉質の障害を断ち切って、奥へと進んでいく。しかし何人かがアミバに捕まった。まるで全身が一つの手の如きアミバの握力に苦悶の悲鳴を挙げる。傍の走者がそれを数人がかりで無理やり引き剥がす。そして拳や蹴りの連打でアミバからようやく生命力を奪った。 アミバの一匹一匹が生命力に満ち溢れた強力な存在だ。 それらが体内の異物を排除しようとやってくる。 四方八方から次次とアミバが湧いて、走者集団をめざして接近。 皆は強力なアミバを退治するのと、前方の障害である生体組織を切り拓くのを同時にやらなければならなかった。 そうして無理やり前進していると、未来の前に一匹のアミバが立ちふさがった。波打つ表面の凹凸が人の顔の様に見える。人面アミバだ。 「んん〜。おまえ、最近毒を食らったな」陰険な顔の人面アミバが言葉を発した。 「おあいにく様。毒は完全に抜けてるわ」未来は思わず答を返した。 「心配するな。おれは天才だ。おれに不可能はない!! おれが治してやろう」相手は他人の言葉を聴かない質らしい。「その生への執着が死穴すら封じる強烈なパワーを生むかもしれん!! 成功したら、おまえの耐毒能力は倍になる!! 媚びろ〜!! 媚びろ〜!! おれは天才だ、ファハハハ!! あと一ミリでおれの指が秘孔に達する! 気力だ!! 気力で秘孔の効果を防いでみよ〜っ!!」 アミバは手らしき部分を未来の胸の頂点へと伸ばした。 「えい」未来は触れられる前に人面アミバを斬った。 「え!? えひゃい」人面アミバは一刀両断され「き……きさまぁ! おれを、このおれを誰だと思ってるんだあ〜っ!! うわっ、うわああ……うわらば!!」爆散した。 何だったんだ、今のは?と人面アミバの事はとっとと忘れて、未来は眼の前の神経繊維を切り裂いて前進する作業に戻った。 「いいぞ〜姉ちゃん」 「どうでもいいがこのステージを見ているとこの前の定期健診を思い出すな」 「内臓脂肪が溜まりすぎてますよってか?」 「ビリーさ〜ん! アタリメおかわりぃ!」 ビリーの宝船のすっかりアルコールが回った観客がうるさい。BGMをかき消す勢いだ。 定期健康診断とか内臓脂肪とか話の内容がヒロイックな中世レベルの世界から逸脱している気がする。他の世界から訪れてくる者達が国民の知識を底上げしているのだろうか。 皆で道を切り拓いていくが、やはり強力なアミバにやられる者は多かった。 既に六人がリタイアを表明している。 「うわー! もうダメェ……!」 更に一人。 それでもめげず残った五人は困難を切り拓いて前進していくと、前方にあるものが見えてきた。 それは半透明の内臓状組織の陰の小さなスペースで、寝そべっている灰色の毛並みだった。 ウサギだ。 案の定というか、トップを走っているはずのウサギがこの生体ステージで安全地帯を見つけて昼寝をしている。 すっかり油断した深い眠りだ。 「やっぱり、デュフフフ。……いつだって余裕こいたキミは俺に抜き去られる運命なのさ」 今まで甲羅でアミバの攻撃を防いでいたカメが意地悪そうな笑いと共に、寝ているウサギの横を通り抜けようとする。 だが、それを見過ごせない者達がいた。 「ここまで来るともはや誰が一番というより攻略出来るか出来ないかになりますわね。辿り着いたメンバー全員、脱落する事なくクリアしたいですわ!」そう言ってアンナが寝ているウサギを揺さぶって起こそうとする。 「スタート前にあれだけプロボケーション、挑発していたライバルがこんな所でアバンドゥンド・ゲーム、勝負を放棄なんて許せないデス! ウエイク・アップッ! 起きナサイッ!」ジュディがウサギを安全な所から無理やり引き出して、立たせる。 未来が立たされたウサギに「ビビビ」とビンタを食らわせた。 「っ! あっ! ……うーん……!」 ウサギの黒い眼が開いた。 そして、びっくりした。「え、お前達、もう追いついたの!?」 当たり前でしょ、な視線でビリーと観客も含めた皆がウサギを見つめる。 呆れていた、毎回、これが原因で負けているというのに今回もこの騒動の中で完全な油断を見せるとは。 どうやら彼の『絶対に行わない行動』は『反省』らしい。 「あー! 余計な事を!」 カメが嘆くがもう遅い。 眼が醒めたウサギが「おっ先〜!」と早速走り出した。 だが、走れなかった。 最初のジャンプに失敗して転んだ。 「あ、……足が……!?」 彼は狭い所で潜り込んでいたおかげで、両足を無理な姿勢で折りたたんで寝ていたのだ。 足を重ねて寝ていたせいで血が通わなくなり、痺れていた。感覚がない。 「ん〜、足の痺れは時間が経てば治るからなぁ……」 救護班のビリーは、今回は介護は見送る事にした。 「え〜! そんな〜!?」 今度はウサギが嘆く番だった。 「デュフフ。おっ先〜」 カメがウサギを追い越していった。 そのカメをすぐに他の走者が追い越していった。 「とにかく競技は再開やな」 ビリーは宝船を先に進ませた。 そしてすぐ前方に待っているものを見つけて、BGMを切り替えた。 『ボス戦』のBGMだ。 洞窟は肉壁によってふさがれていた。 それは巨大な内臓の様だった。 肉色の袋の様な巨大な内臓壁の窪みがそびえたち、その脇に上下一つずつの何かの放出器官がある。 正面の内臓状器官には巨大な眼球の様な光が蠢いていた。 この生体ステージを一つの細胞とすれば、それは核なのだろう。 それらから一斉に小さな高速弾がまるで噴水やシャワーの様な勢いで噴き出てきた。 まるで鉄砲水の様に高速で大量で噴出される弾幕を、皆は咄嗟にガードした。 しかし、ガードだけでは押し負ける勢いだ。 ジュディの拳と未来のサイコセーバーは向かってくる弾幕に、攻撃こそ最大の防御という事実を証明する為に向かってくる高速弾を全て撃ち落とした。弾の一発一発は脆く、得物に当たれば即消滅した。 カメは手足頭をしまっての完全防御態勢だ。しかし弾を受け止める甲羅の荒れは装甲が消耗している事を表していた。 アンナもレッドクロスの防御力に任せた亀形防御だ。だが、撃ち落とせる弾は低い位置からモップで撃墜する。 ウサギは高速弾から必死に逃げ回っていた。やがて足の痺れがなくなったのか、動作が本調子に戻るがそれでも逃げる事には変わらない。 残る走者達も高速弾の奔流に必死に抗っている。 勢いの衰えを知らぬと思われた高速弾だが、やがて時間と共にその奔流がおさまってきた。 「ORA!」 「うわ! 何をするんだ!?」 なるべく奇策はとらないつもりでいたが、ジュディはカメの尻尾を掴んだ。そして大きく振り返る様に遠心力をつけて、前方へぶん投げる。 弾体と化したカメは甲羅で弾を蹴散らし、そのまま猛スピードで巨大な核へと激突する。 生体ステージの最後を飾る肉壁はその一撃で爆裂した。 肉の破片をよける走者達は破裂の音を聴きながらステージの前方が開けたのを知る。 もう弾は飛んでこない。これで生体ステージは攻略完了したのだ。 「いてて……酷いなあ、もう」 言いながら結局トップの位置にいるカメはノロノロと走り出した。 皆もそれを追いかけて走り出す。 肉状の洞窟内壁はやがて金属的な硬質感を帯び始めた。 それは直線的に構成された機械的なパネルの組みあ合わさった内壁へと変わっていく。 そのパネル全体が発光し、洞窟は一気に明るくなった。 「よーし! BGMを変えるで!」 ビリーの宝船の大型スピーカーが突撃的行進曲へと音色を変えた。 皆は明るくなった洞窟を突き進む。 進路には砲台型生物がびっしり並んでいた。 無数のダダッカーも健在だ。 『要塞ステージ』。 残る五人はとうとう最終ステージに突入したのだ。 ★★★ リュリュミアは細胞の残骸がもたれあう様に転がっている生体ステージをお散歩していた。 さっき十二人の怪我人達とすれ違ったから、残るランナーはカメとウサギを入れて五人だろう。 カメ。 ウサギ。 ジュディ。 未来。 アンナ。 顔をよく憶えている五人だ。 ぽやぽや〜と歩いていると、行く先の地面に奇妙な光景があるのに気づいた。 地上に散らばりバラバラになった細胞片がゆっくりと集まって、一つの細胞に再集合しようとしている。 興味が出てきたのでリュリュミアはしゃがんでそれを見ていた。 やがて細胞片が一つの抗体細胞へと合体した。 まるで表面に人面上の凹凸がある。 人面アミバだ。 「復活したぞ! おれは天才だ!」 アミバが叫んだ。 そしてリュリュミアを見て。、 「おまえ、あいつらの仲間だな。おれを倒したと思った馬鹿共をいずれ、おれの前で平伏させてやるわ〜。そしておれに馬鹿共が媚びるのだあ!! くらえ! 鷹爪三角脚!」 下半分を足状にしてジャンプする。 いや、ジャンプ出来なかった。 「な、何だ!? 勝手に身体が後ろ方向に進んでいく!? 合体手順を、ん〜間違ったかな?」 足が後ろに進んでいく。自分で止められないらしい。 敵になるはずだった抗体細胞がわめきながらリュリュミアから遠ざかる。 「お……おれがこのまま去ったらおれの強さが解らんぞ!! い……いいのか? いいのかよ〜っ!!」 別にどうでもいい。 「うくく! わああ! い……嫌だ! 助けてくれえ!! な……何故おれがこんなめに!! 天才のこのおれが何故ぇ〜!!」 というか、どう助けろというのだろうか。 やたらうるさい人面アミバが騒ぎながらリュリュミアから遠ざかっていった。そして肉壁の向こうに消える。 「何だったのかしらぁ、今のはぁ」リュリュミアは顎に人差し指を当て考えてみるが答はない。 「ま、いっかぁ。この先にお花畑があるといいなぁ」 散歩を再開したリュリュミアは要塞ステージの方へと歩いていった。 ★★★ 直線的に構成された要塞ステージは入り組んでいて狭い上に、敵も弾の数も段違いだった。 途中の敵を撃破しながら、かなり先へ進んだが、行けば行くほど障害は増えていく。 ウサギが前に出ようと陰から顔を出す度、飛んでくる弾に慌てて引っ込める。 ダダッカーと砲台状生物が前方にこれまでない数でたむろしている。 結局、五人は一つの曲がり角の陰に集まり、さっきから全然、動いていない。 「行け−! 進め―!」 「タイミングは今だ! ほら! あー、折角のタイミングを逃したー!」 外野の観客がうるさい。 ビリーは宝船を比較的安全な場所に浮かべていたが、それでも時時、弾をよける為に移動しなければならない。 この弾幕を突破するのは至難だ。 未来はサイコキネイシスで隠れながら『魔石のナイフ』を飛ばして攻撃しようと考えたが、この勢いでは命中する前に撃墜されてしまうだろう。 ここが死地に思えた。 大柄の身体を必死に物陰に隠すジュディは、この状況ながら小さな感動を味わっていた。 こんな危険なだけのグラディース島洞窟走破レースに五十人も選手達が集まってきていた。 酒場の冒険者達は「ろくな見返りもないいレースに命をかける馬鹿はいない」と笑ったが、世の中は意外と馬鹿が多いらしい。 その一人であるジュディは、こうして大勢の同類達と競技出来る事自体をとても嬉しく感じていた。 「最終ステージにたどり着いたメンバー全員、脱落する事なくクリアしますわ!」 そう言うとアンナは曲がり角から飛び出した。 身を低くして亀形防御態勢でレッドクロスの防御力頼りに近づいていく。何発もの弾が命中するがレッドクロスは頑丈だ。だが何処までもつかは保証出来ない。 「デュフフフ。女の子一人にいい格好をさせてばかりはいられないんだな」 カメも頭を甲羅に引っ込めながら前に這い出てきた。 敵弾の何割かはカメとアンナの装甲に遮られる。 敵は攻撃をアンナとカメの装甲に集中させた。 「よし、これなら!」 未来はテレポートで陰から一気に躍り出た。アンナとカメに集中している弾の隙を縫って、魔石のナイフ五本を飛ばして、物陰に身を隠したままダダッカーを二体とフジツボ状の砲台三体を撃破する。 敵が戸惑いを見せて弾幕が散った。 その隙にジュディとウサギが飛び出した。 二人の装甲を跳びこし、ジュディは弾をよけながらショルダータックルでダダッカーをまとめて壁と自分の間に叩きつける。 ウサギが大ジャンプからの八艘飛びでストンピング。砲台を踏みつけて破壊していく。 立ち上がったアンナもモップで敵を掃き飛ばした。 今だ!と皆は一斉にこの地帯を走り抜けた。未来はナイフ回収を忘れない。 敵の残骸を跳び越え、通廊を走り抜けるとひらけた空間に出た。 と、一安心だと皆が思った瞬間にあちこちから敵の群が瞬間転移してきた。 ザブンだ。 空間からしみだす様に戦闘機めいた物が次次と現れる状況に、皆は落ち着いて対処出来た。これの攻略法は解っているのだ。慌てさえしなければいい。引きつけてかわして壁にぶつけて自爆させる。 ザブンの特攻をそれぞれ攻略し、走者達は前方に開いている狭い通路へとびこんだ。 跳んでくるジャンパーを蹴り壊し、物陰からスクランブル発進してくるグルグルの編隊を叩き潰して、前へ前へと走り抜ける。 敢えて順位に気に留めれば、ウサギがトップ、ローラーブレードで滑走するアンナが二位、三位と四位をジュディと未来が争う形で、どん尻がカメだ。 その更に最後尾を通路一杯に詰まる形でBGMを鳴らす宝船が追いかけてくる。 ランナー達がどんどんやってくるグルグルやダダッカーを蹴散らすと通廊はまた広くなった。 今度はザブンが現れない。 ただダダッカーがひたすら湧いてくる。 前方を見やると通路の突き当りを防護シャッターが上下から閉じていくところだった。 そのシャッターを守る様に二本の機械的触手が壁から生えて、先端から弾を発射しながらそよいでいる。 皆はあれが栄光のゴールの様に思えた。 「おっ先〜!」 ウサギが二本の触手の隙を抜けて、シャッターの隙間に飛び込んだ。 未来のライトセーバーが上方の触手を切り離し、アンナのモップが下方の触手を切り払う。 二人は次いでシャッターの隙間に飛び込んだ。 かなりギリギリの所をダダッカーを蹴散らしながらジュディがシャッターの中へ。 最後に通ろうとしたカメは甲羅を上下のシャッターに挟まれてしまった。 「ええっ! 俺だけ通れないの!? そんなぁ……!」 「かなんなぁ。先をふさがれてもこっちも困るし、今度だけやで」 「コケー」 カメの後方からビリーの空荷の宝船が突撃してきた。 甲羅に体当たりする荒っぽさで激突し、シャッターがショックで一瞬開く。 カメと宝船はシャッターの内側の暗黒空間へ飛び込んだ。 シャッターが閉じ、ただひたすらの暗黒の空間。 とても広いという事は空気で解る。 硬い床を踏みしめている。 無音。 だが、ただ圧倒的な存在感。 走者五人と宝船の乗員の眼が闇に慣れる前に、蛍光灯が点くかの様に部屋全体が瞬いた。 「噂は本当やったんや……」 ビリーは呟いた。 大型スピーカーから音はない。 しかし、その威圧感が轟音として眼前から響くかの様。 奇麗に明るく晴れた広大な空間に浮遊せし物。 その表面に刻み込まれた複雑な皺に影を刻んだ、差し渡し三十メートルはあろうかという巨大な『脳』だった。 「オー・ノー!!」 「おもろない!」 思わず叫んだジュディに、神足通のビリーが神速で突っ込む。ジュディ自身は駄洒落のつもりはなかったが。 しかし伝説のハリセンを使ったこのボケツッコミさえ空気になるほど、巨大脳の存在感からなる無音の迫力は凄まじい。 眺めるだけで対処を忘れた者達の前で、巨大脳は下部に付随した小脳と脳幹の辺りから肉球を繋げた様な二本の触手腕を生やしてきた。長いそれは大脳と同じほどの長さを持ち、皆の方へとのびてくる。 そして松果体の辺りで剥き出しの単眼が眼を開いた。 迫力を無音の音とし、巨大脳は皆の方へ迫ってきた。 動けない。それほどの威圧感だ。 掴みかかる爪を持った腕が皆へとのばされる。 「シューティング・アイや!」 叫んだビリーは宝船の大型スピーカーから『ボス戦』のBGMを大音量で流し始めた。 それを聴いた者達はそれで金縛りが解けた様だ。 爪に捕まるか、超巨量のグリア細胞の質量に押し潰されるか。 その選択肢を選びたくなければ戦うしかない。 未来は『魔白翼』を羽ばたかせて、上昇した。 ウサギとカメがただただ逃げ惑う。 ジュディは迫ってきた爪をナックルで打ち払う。 アンナはローラーブレードの滑走で押し潰そうと迫る巨大脳が迫るのを壁際に避けた。 巨脳は壁にはぶつからず、その寸前で進路を曲げた。 どうやらこの閉鎖空間を円を描く様に漂うらしい。 だが、その進路は突然、向きを変えた。 飛んでいる未来に狙いをロックオンした様だ。彼女を圧し潰す様にゆっくりと迫っていく。 未来は逃げ続けた。 ただ逃げているのではない。力を溜めているのだ。 「HEY! ギガント・ブレイン! ア・リトル・ガール、少女一人を追い回すしか能がないのデスカ!? イナプロプリエイト・イン・ザ・ブレイン、脳のくせに無能ネ!」 「こっちへいらっしゃいませ! あなたなんか豆大福の中の小豆一粒ほどの価値もありませんわ! わたくしが掃き清めてあげます!」 ジュディとアンナは床で挑発の声を挙げる。 「やい! 脳野郎! てめえの脳味噌なんかよりヌカ味噌の方が上手そうだぜ!」 「剥き出しの脳のくせに女の子を追いかけ回すなんて、テメエ、それでも金玉ついてやがんのか!」 「頭のいい脳味噌と見せかけて実は全身筋肉だろう! この脳筋野郎!」 宝船に乗った観客達も大声でヤジを飛ばす。 すると、気に障ったのか、巨大脳は単眼の視線を変え、宝船の方へと進路を変えた。 「ええーっ!?」 ビリーが慌てても巨脳の進路は変わらない。 その時だ。 「チャージ完了よ!」 未来の進路が鋭角に折れ、突撃が敢行された。 白い翼が猛速度の影響で背後でVの字になる。 『ブリンク・ファルコン』! & 『ファルコン・チャージ』! 凄まじい嵐が彼女を中心にして起こり、未来の輪郭は分身してぶれる。通常の八連続攻撃の威力を更に三倍した突撃が巨大脳の単眼めがけて繰り出された。 その突撃が行き過ぎた時、巨脳の単眼は弾けとんで消滅していた。 「やった!」 「やったね。デュフフ」 皆が歓声を挙げる中、ウサギとカメもハイタッチで喜び合う。 単眼を失った巨脳がまるで一気に腐敗する様にグズグズに全体の輪郭を崩し、溶け始めた。 汚物の雨の様に降り始めた脳の破片を、その下にいた者達はよける。 やったぁ!! 全員の一斉の叫びだった。 これでグラディース島の大洞窟は完全攻略されたのだ。 しかし、こうなると誰がレースの優勝者がよく解らない。 この最終ルームに真っ先に飛び込んだ者か。 巨大脳を倒した者か。 誰もがそんな悩みを抱え始めたその時。 「あ、あれは何だ!?」 巨大脳がいた場所に何かが浮かんでいるのを発見したのは観客の一人だった。 脳の中にいたそれは流線型の身体を持ち、機体と一体化した二枚の翼をもつ、石の塊だった。脳の破片がその表面を伝い落ちる。 自分達の世界からオトギイズム王国に来た冒険者達はそれが何なのか、大方の予想がついた。 戦闘機だ。 それも極めて未来的なシルエットの。 全長十mほどだろうか。その石の灰色が徐徐に輝きを持つ白銀色に変わっていく。 完全に銀色の輝きを取り戻した時、女性的な機械音声がこの空間一杯に響いた。 『状態急変。石化から解放。再起動完了。エネルギー、長期戦闘行動に十分。これより周囲情報を光学サーチ』 パ!と一瞬だけ機体全体がストロボ状に強く瞬いた。 広大な空間を埋め尽くし、自分達をも呑み込んだフラッシュにその戦闘機を眺める者は眼を眩ませる。 視力が回復した時、その戦闘機は次の言葉を発した。 『状況確認。大気確認。重力一G。ここは敵宇宙用要塞最深部だと確認』 「何や、あんさんは!?」 『ミーは超時空無人戦闘機『ビッチバイパー』。これより敵生命体、宇宙要塞基地を殲滅する』 ビリーの誰何にビッチバイパーは即答した。 「ちょっと、もしかしてこのグラディース島の洞窟を破壊するつもりですの!?」 『情報検索。該当ゼロ。推測にてグラディース島という地名が宇宙要塞基地を現していると結論する。イエス。 ミーはこのグラディース島とそこに存在する全生命体を殲滅する為の戦闘を開始する』 アンナの質問にもビッチバイパーは即答し、次いで女性の機械音声が次の言葉を発した。 『ミーは第三次××&&#**(発音が聞き取れない)対侵略大戦で祖星奪還戦の為に投入された超時空無人戦術戦闘機ビッチバイパー++≒〆ΡΣΡ¥番機。最終作戦で敵の要塞内部に突入、コアである『巨大脳』を倒す作戦終了段階直前まで到達するが、その瞬間に基地要塞ごと未登録惑星地表海面にまでランダムワープされ、状況確認に手間取っている間に巨大脳に捕獲されて珪化捕縛されていた。捕縛目的はデータ収集と応用と推測される。現在、再起動成功。敵要塞の機動が続行されているのを確認完了。完全武装モード。パスワード、ウエウエシタシタヒダリミギヒダリミギビイエエ』 パスワードを発音したビッチバイパーの機体が輝いた。 次の瞬間、機体の後尾から一つ一つが機体と同程度の大きさのオレンジ色の発光体が四つ連なって現われた。 そして機の鼻先に大きな青白い光の塊が、機体を前方から隠す様に付着する。 ビッチバイパーがまるで慣らし運転するかの様に螺旋状に動いた。オレンジ色の半エネルギー発光体はその動きをトレースして長い胴体の如く動く。 『スピード3。地形追従ミサイル。レーザー。オプション4。前方バリア4。パーフェクト。これより全力破壊を遂行する』 その機械音声を聴きながら、ここにいる者達は一つの伝説を思い出していた。 グラディース島最奥部の巨大脳の中には一匹の『翼竜』が捕らえられているという。 翼竜は輝く長い胴体を持ち、再び羽ばたく日を待ち焦がれているという。 その翼竜が羽ばたく時、このグラディース島は終末を迎える。 まさにビッチバイパーこそその伝説の正体なのだ。 ビッチバイパーが化鳥の鳴く如く、二つに割れた機体尖突部より細く長い銀色のレーザービームを発射した。 全く同じタイミングで四つのオプションも同じ光線を発射する。 そのレーザーが、この最奥空間の金属質の壁をナイフで温かいバターを切る様に溶かし、長く切り裂いた。 レーザーの傷跡が爆発する。 レーザーが連射される。皆はそのレーザーの射線上から慌てて逃げ惑う。 五つの筆記体を書く様な長く灼けた傷跡。 更に本体とオプション四つのそれぞれから合計五つのミサイルが投下される。 ミサイルが床に落ちるとそのまま地面と平行に飛び始めた。床にある大きな段差や壁とぶつかり、そこで全部爆発した。威力は内壁に大穴が空くほどだ。 ビッチバイパーがこの広い空間をくねって飛び回り、レーザーとミサイルを乱射した。 皆は空を切り裂く銀色の光剣と、地上を走る爆裂する猛獣の隙を縫って逃げ回った。 その内、ミサイルの一発が皆の入ってきたシャッターに命中し、それを吹き飛ばした。 「あららぁ。開かないと思ってたシャッターが開きましたぁ。行き止まりに皆がいないから変だと思ったけど、やっぱりいたのねぇ。何、面白そうな事してるんですかぁ。お花畑はありますかぁ」 爆風が吹き抜けた後、大穴からひょっこり顔を出したリュリュミアは興味深げに皆に呼びかけた。 それに皆は答えている余裕はない。 吹き飛ばされたシャッターの穴から全走者はこの閉鎖空間を逃げ出した。 「たった今からゴールだと思ってた場所は折り返し点になったんや! これから洞窟を逆走して一番先に脱出出来た奴が最終勝者や!」 最後に空荷の宝船が大穴を高速で通り抜けた時、ビリーは叫んだ。その言葉と同時に神足通を繰り返し、リュリュミアの身体を船上へとさらう。 そして皆を追いかけて要塞ステージを逆行する。 大穴からビッチバイパーが飛び出した。 彼女もこの洞窟を逆走する気だ。 レーザーとミサイルを乱射しながらビッチバイパーが狭い地形をくねりながら高速飛行する。 五本のレーザーが地形を切り崩し、乱射されるミサイルがダダッカーの群を床ごと吹き飛ばす。 洞窟を脱出した超時空戦闘機は敵要塞であるこの島を完全破壊、沈没、瓦解させるまで破壊の限りを尽くすだろう。 そして自分達にも攻撃を仕掛けている様に、洞窟の入口に集まっている観光客など無力な人間達をも襲うはずだ。全滅させるまで止まらない。それは確信だ。 走者達は全力逃走しながら行きついた考えに恐怖した。 ついに、その時が来た。 この異常体験は夢でも幻でもない。 Are you ready? また、一つ、伝説が生まれようとしている。 ★★★ |