『グラディースの洞窟』

第1回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★
 その『グラディース島』は周囲の他の島と比べて、地質的に異質だった。
 表面に無数にある小さな円形は、まるで宇宙空間で幾つもの小惑星を受け止めたクレーターの様に見える。
 周囲の地形も、島を中心に無理やり波紋が広がった様に円くえぐられている。
 幾何学的な奇麗なカーブを描いた浜の沖合。
 紺碧の海に浮かぶ島。
 外側を見たグラディース島はそれなりに太いが、奥へ行くほど底が深くなる様に長い。
 外見を例えるなら、少し長いチョココロネだろうか。
 その洞窟の入り口にあたるチョココロネのチョコがこぼれ出る穴の部分に、ここをこれから走破しようという選手達、大勢の見物人や賭け事師、それを目当てにした様様な屋台が色とりどりに集まっていた。
 勿論、ここには実際にチョコなどは詰まっていない。
 あるのは深奥へと続く薄い暗闇だ。
 洞窟の内壁には発光性の鉱物が多く含まれ、薄暮とそんなに変わらない明るさでランナーが走れる。
 この入口前の広場で、歓声と共に五十名ほどの選手達がウォーミングアップやストレッチをしていた。
 テンガロンハットをかぶったジュディ・バーガー(PC0032)はグラマラスな肢体にピッチりとしたランニングウェアを着用し、入念に身体をほぐしていた。
「はわわぁ。ジュディさんって本当にダイナマイトボディなのねぇ」
 リュリュミア(PC0015)は彼女の柔軟体操を見ながらぽやぽや〜と感想を漏らした。二m超ながらもシルエットが非常に女性的なジュディは股割を楽楽とこなす。ヒップからふくらはぎにかけてのラインがなかなか眼福である。
 今回もおなじみのタンポポ色の帽子をかぶったリュリュミアは選手ではない。
 彼女は選手達に「がんばって下さぁい。疲れたらこれ使って下さいねぇ」と言って、一人一人に手製の『匂い袋』を渡していた。「疲れた時、ぎゅっと握ったらすっきりしますよぉ」
 勿論、ジュディにも渡した。
「サンクス、リュリュミア! ジュディが絶対にビー・ア・ナンバーワン、一番になるワ!」
「困るんだよねえ。俺を差し置いてそんな発言してもらっちゃ」
 あちこちにいる選手の中からフサフサした灰色の毛並みが近づいてきて、そんな言葉をかけてきた。
 長い耳。
 人間と同じ背格好。
 『ウサギとカメ』のウサギだ。
「ジュディさんはいつも乗っているというバイクに乗った方がいいんじゃないのかな。せめてそれくらいはハンデとして」その隣の濃緑色の甲羅を背負ったカメもデュフフと笑う。「どうせ、主役は俺らなんだから」
 その言葉を聴きつけ、離れた場所にいた姫柳未来(PC0023)もアンナ・ラクシミリア(PC0046)も「ん?」と振り向く。未来は電動アシスト自転車で、アンナはローラーブレードで参加するつもりだった。
「アイ・キャント・ヒア・イット、聞き捨てなりマセンワネ」ジュディが軽く膝の屈伸をしながら答える。「ジュディは元プロのアメフト選手。フェア・アンド・スクエア、正正堂堂、一介のアスリートとしてコノ勝負、勝ってみせマス!」
 意気揚揚なジュディに続いて、未来とアンナもやってくる。
「そちらこそ悔し涙で顔をぐしゃぐしゃにしてあげるからね」と未来。
「例年通りにゴール間近で居眠りを始めたりしませんようにね。そうでなくてもわたくしらが優勝しますでしょうけれども」とアンナ。
「言うねえ。お嬢様方」とウサギが感心した様な、呆れた様な表情を作る。
「ようし。ゴールで会おうぜ」カメが重そうな甲羅を背負い直し、二人してスタートラインの方へ歩いていった。
「ウサギはスピードに定評があるらしいですわね」見送りながらアンナが未来に言う。「わたくしも少しは自信がありますわ。ここは胸を借りるつもりでトップを目指しますわ」
 未来は彼女の眼にスピードの世界に生きる者の炎を見た。
 リュリュミアはそんな彼女達にも匂い袋を渡すのを忘れてはいなかった。
 その上空。
 ビリー・クェンデス(PC0096)はモーニングミュージックと称して『空荷の宝船』に積んだ『大型スピーカー』からシンセサイザーめいた音楽を鳴らして、機械の調子を見ていた。
 ビリーもリュリュミアの様に今大会では観客でいるつもりだ。
 しかし、ただの観客ではない。空荷の宝船でランナー達に併走(併飛行)し、スポーツドリンクの補給等のバックアップをしながら、絶好のビューを観客達と共に楽しもうという企画の運営者なのだ。
 関西芸人の精神を受け継ぐビリーは、とにかくにぎやかなイベントが大好きだった。
 毎年恒例の長距離走、特に今年は危険すぎるコースらしい。
 しかも、お約束の大逆転劇で有名な『ウサギとカメ』の二人がレースの主役。
 ここまで舞台を整えて盛り上がらないわけがない。野次馬根性の血が騒ぐ!
「コケー」
 ヨット大の宝船の船べりにとまった金鶏『ランマル』が鳴く。
 殺到した希望者から抽選で選ばれた観客が乗船がすでにビールを何本か空け、出発の時や遅しと騒いでいる。
 もしかしたらこの洞窟の危険な地形や生物のせいで、乗客にも何かしらかの危機もありえる観戦だ。勿論、基本的には自己責任だと言ってある。安全の保障はない。
 その代わり、ビリーの『打ち出の小槌F&D専用』によるコーラやポップコーンやポテチやビールに串カツといった美味のご相伴に預かれるのだが。
「危険に巻き込まれても当局は一切関知しないからそのつもりで……ソースの二度漬けは禁止やで」
 ビリーが呟いた時、地上ではメガホンを持った大勢の作業員役が、出場選手はスタートラインに並ぶようにと通達を出して走り回った。
 いよいよ。その時が来たのだ。
 五十人ほどがスタートラインに並ぶ。中央にウサギとカメがいた。その横に広がる様に、または後ろに着く様に選手達が今や遅しと筋肉を張りつめさせている。
 スタートの合図役にはビリーが任命されていた。
(……宇宙ガ、マルゴト、ヤッテクル……)
 ビリーは思った。
 ついに、その時が来た。
 この異常体験は夢でも幻でもない。
 Are you ready?
 また、一つ、伝説が生まれようとしている。
「いいか、行くで。では、よーい……」
 ゴォォォォォォッォオッォォオッ!!
 福の神見習いが思いっきり『大風の角笛』を吹き鳴らした。
 地上を猛風が吹き抜け、観客達の服をはためかせ、スカートをめくり、カツラを吹き飛ばした。
 それを合図に選手達は一斉に洞窟の入口にとびこんだ。
 先頭は『ナチュラル・ボーン・トゥ・ラン』なウサギ。大口を叩いたのにふさわしい速さだ。
 最後尾は重い甲羅をえっちらおっちらと担いだカメとなる。これは大方の予想通りだ。
「ボクらも行くでー!」
 観客を満載したビリーの宝船も洞窟に飛び込んだ。
 ヨット大の船など楽勝、の広い洞窟だ。

★★★
 空荷の宝船の大型スピーカーは『火山ステージのテーマ』を大音量BGMとして流している。
 如何にも「今から突撃するぞ。冒険の始まりだ」といった風の勇ましい曲だ。
 大洞窟は何十人という人間が一度に進める広大さ。
 ゴツゴツとした岩肌が剥き出しになった荒れ野のあちこちに灌木が生えていて、その陰から鳥足の機械の様な生物『ダダッカー』がポンポンと鉄砲の弾を撃ってくる
 宙では『グルグル』と呼ばれている飛翔機械生物が、弾丸を放ちながらヒット&アウェイで猛攻を仕掛けてくる。
 決して速い弾丸ではないが、一撃は重い。
 このグラディース島独特の金属光沢のを帯びた生物群の迎撃をかわしながら選手達は走る。
 先頭は変わらず、ウサギのまま。物凄い健脚だ。
 その後を電動アシスト自転車に乗った未来とローラーブレードのアンナが続く。
 この三人の特徴は、狙われて撃たれる前にとにかくスピードを出して、敵を振り切る事にある。
「弾よりも速く、狙われる前に突破ですわ」
 呟いたアンナが更にスケートの滑走スピードを上げる。
 ウサギも負けじと健脚を振るった。
 先頭グループから少し離された後続グループは、厄介な不整地と敵生物の攻撃に苦しみながら、それでも何とか後を追う。
「いいぞーッ! 行け−ッ!」
「頑張れよーっ! あんちゃんーッ!」
「突っ込め―ッ!」
 空荷の宝船に乗った観客達が無責任に遅れた選手達に声をかける。その声も大音量BGMにかき消されそうだが。
 まるで王者の如くポテチや柿の種やポップコーン等をパクつき、ぐびぐびとコーラを飲む観客達。
 宝船は今、後続グループの上空にいる。
 後続グループの中でトップをとっているジュディ。
 その彼女の所に大きな円筒形の機械状生物がピョンピョンとジャンプで近づいてきた。
「コーション! 危なイ!」
 ジュディは素早く岩陰に隠れるが、その声に咄嗟に反応出来たランナーは少なかった。
 ジャンプする生き物が、その跳躍の頂点で一度に四方八方へ弾をばらまいたのだ。
 その弾に当たって、五人の選手が地面へ倒れ、リタイアの白旗が上がった。
 ジャンパーは跳躍しながら弾丸をばらまき続ける。
 ジュディはダッシュの勢いで、そのジャンパーにショルダータックルを見舞った。
 敵はその一撃で粉砕された。
 彼女は遅れを取り戻すべく、再び走り出す。
 宝船は倒れた五人の選手達の直上へと移動した。
 ビリーは『神足通』と『指圧神術』『鍼灸セット』で五人の選手へそれぞれ応急措置を施す。
「ええか、怪我は治したで。競技を続けるかどうかはあんさん達次第や」
 ビリケン坊やにそう言われて、二人が競技続行の意志を示し、鼻血を出した三人がそのままリタイアした。
 その時、ジュディはトップに追いつこうと走り続けている。
 特別なスキルもアイテムも使わず、この洞窟を走破するのだ。
 ここは見物が難しいほど非常に危険なコースだ、と記憶はこのレースの開催を知ったあの日を振り返る。
 冒険者ギルドの酒場。
「新規参加を募っているが、ろくな見返りもないレースに命を懸けるバカはいない」そう言って酔客である冒険者達は笑っていた。
 その笑い話にカウンターで隣にいたジュディの耳は反応した。
 教会の日曜礼拝でも『人はパンのみに生きるにあらず』と説いていた。
 こんな面白そうなイベントを逃すのは勿体ない。
 酔狂である彼女はニヤリと不敵な笑みを浮かべて、特大ジョッキを飲み干す。
 開拓者の末裔であるアメリカ人は、良くも悪くもチャレンジ精神を尊ぶ。
 勿論、ジュディも例外ではない。
 ろくな見返りのないレースへと参加者として挑戦する事を決定する。スポーツマンシップに則り、正正堂堂と全力を尽くして競技する。参加した以上は本気で優勝を目指すべし!
 それがジュディの意志だった。
 ビリーが戻った宝船はトップグループの方へと移動する。
 未来は正面に現れたダダッカーの群に行く手をふさがれていた。
 どうしても避けきれず、ハンドルから手を放して『マギジック・レボルバー』『イースタン・レボルバー』の二丁拳銃で応戦。
 見事、ダダッカーの群は撃退したが、トップのウサギとアンナから少し遅れた。
 トップと後続グループの丁度、中間的な位置となる。
 加速する未来に、後続グループがまとめて迫る勢いだ。
 後続グループの最後尾を走るカメが一度に複数の敵のターゲットになったが、弾丸は全て背の甲羅に弾き返された。彼は走力が悪いが耐久力がとても高いタイプなのだ。
 トップグループであるウサギとアンナ。
 行く手に火山が見えてきた。
「あれがこのステージ、最後の関門でございますわね」
 アンナが呟いた時、地面と空気の重い鳴動が始まった。
 ほの明るかった空間が赤みを帯びて暗くなった気がする。
 それとほぼ同時に火山が轟音をあげて頂上から火を噴いた。爆発し、噴煙と共に沢山の火山弾を周囲に撒き散らし始めた。
 観客を乗せた宝船は比較的安全な天井付近に避難する。
 そして大音量でスリリングな『ボス戦』のBGMを流し始めた。
 噴石はそれぞれに放物線を描いて、広く、地上のランナー達へ降り注ぐ。
 足元が震えて、普通に立つ事さえおぼつかなくなった地上では選手達が逃げ惑う。それでも前進する者は必死に前進するが幾人かが火山弾の直撃を受けて、地に転がった。
 こうなるとローラーブレードは不利だ。
 アンナはバランスをとる事を最優先にしながら、火山弾をよけまくった。
 ウサギが自前の敏捷性で石をよけつつ、走る。
 カメが甲羅で石を弾き返しつつ、ゆっくりと前進していた。
 地上のランナーの中に未来の姿はなかった。
 揺れる地面には彼女の電動アシスト自転車のみが倒れていた。
 未来はいつのまにか宝船と同じ、岩質の天井付近にいた。彼女は火山まで来ると躊躇なく自転車を捨て『魔白翼』で飛翔して、天井へと上昇したのだ。
 無数の噴石も天井まで届く物は少ない。
 未来は自分の方へ飛んでくる物だけを『サイコセーバー』で弾きとばして進む。
 段段と噴火が止んでいく。
 ウサギと未来とアンナは、噴火が止む前にこの火山域を突破していた。
 未来は自転車を捨て、再び地上を走り始めた。今度は自分の足でだ。
 この混乱でトップグループと後続の距離が縮まった。
 後続の最後尾にカメがいる。
 怪力と元アメフト選手ならではの運動性で火山噴火を無理やり突破した形のジュディは、もはやトップグループに追いついた状態だった。
 完全に噴火が止んだ時、地上には二十人の選手が倒れていた。
 ビリーの応急処置が済んだ時、十人の選手がリタイアを表明した。
 残り四十名の選手が第一ステージを突破した。
 ここから行く手の洞窟の様相がガラリと変わっていた。
 依然、トップはウサギ。ビリはカメだった。

★★★
 ここで低空飛行の宝船から選手達はスポーツドリンクの補給を受けた。
 ビリーのサポートについてはルールがなかったが、特定選手だけでなく全員に与えられるのでOKが出ていた。 大型スピーカーの大音量BGMが切り替わる。
 『迷路ステージ』。焦る心臓が早鐘を打つ様に不安を煽る、ミステリアスな音楽だ。
 今度の洞窟内は行く手一杯に小さな丸い石が詰まっていた。
 そこに幾つか人間大の穴が空いていて、奥へと選手達をいざなっている。
 だが、その岩陰からフジツボの様に並んで貼りついた砲台生物が弾を撃ってくる。
 行く手をふさぐ丸石の壁には、見た所、脆い石が並んだ個所が沢山ある様だ。石の色が違う。ここを壊して突破するというのも戦略の一つだろう。
 ともかく、事前情報ではこの一帯は迷宮になっているはずだ。
 一見したところでは、何処が正しいルートか、最短距離かは解らない。
 解っているのはここが危険ばかりという事だ。
「おっ先〜!」
 ウサギが右へ左へと弾をよけながら、空いていた穴の一つに飛び込んだ。まるで八艘飛びの如く、砲台の上をぴょんぴょん踏み跳びながら姿が奥へと消える。
 ローラーブレードでアンナも穴にとびこむ。ウサギとは違う穴を選んだ。それが正しいかは解らないが、比較的、ローラーブレードの滑走が容易に見えるものを選んだ。
 ジュディは脆い石壁にタックルをかまして、破壊して道を作る。その陰に隠れていた砲台生物も巻き込んで粉砕し、ズンズン奥へと進入する。
 この壁に辿りついたランナーはめいめい空いている穴にとび込んだり、脆い丸石を引っぺがしたり、蹴りや体当たりで破壊したりと道を切り拓きながら進んでいく。
 その最中に砲台生物の弾に当たって、卒倒する者も続出だ。
 カメがノソノソと弾をはねかえしながら穴の奥へ入っていく。
 ビリーの宝船は倒れている走者に応急処置を施しながら、皆が通り抜けて、安全となったルートを辿って後を追う。
 ここでも六人の選手がリタイアした。彼らは洞窟の入口へと命からがら戻っていく。
 さて、この丸石の集積地帯はところどころ広い間隙もあったが、基本的にややこしい迷宮だった。
 奥へ進めばいい。それは解っているが、分岐する道の果ての所所で石壁は行き止まりとなり、走者を混乱させた。
 その中で道を破壊しつつ進むジュディは順調だった。
 いや、それよりも遥かに有利に進んでいく者がいる。
「ゴールに続いてる道は……多分こっちだね!」
 未来は正しい道を予知能力で感じとりながら、迷路を進む。
 彼女には迷いがなかった。今までの数数の冒険で頼りにしていた超能力がここでも道を切り拓く。
 襲ってくる敵は『ブリンク・ファルコン』による加速と、素早く振り回すサイコセーバーで寄せつけない。
 丸石を積み上げた迷宮をスピードを落とさず無事に走り、ウサギの背中が見える所まで来た。
 未来はウサギに追いつく。
 と、ここでいきなり迷宮が終わった。
 何もない広い空間が突然、現れた。
 走り抜けるにしても広い。
 ウサギと未来にかなり遅れて、後続の選手達もこの空間へと突破を果たす。
 壁や天井、地面に埋まっている発光鉱物の明かりのみが選手を照らす。
 攻撃が始まった。
 この広大な空間のあちこちからまるでにじみ出す様に金属光沢の飛行生物が次次と現れて、選手めがけて突進してきた。
「これは『ザブン』でございますね!」
 アンナは叫びながら特攻してくる機械生物をよけまくった。
 何もない空中からどんどん瞬間移動してきて特攻するザブンをよけまくるのは難儀だった。
 とにかく数が多い。
 出現パターンがランダムだ。
 ジュディは一匹の体当たりを受けて倒れたが立ち上がった。
 ウサギは敏捷性にものを言わせてよけまくった。
 皆もよけまくった。
 カメは甲羅に頭と手足を収納し、地面に伏せてやり過ごす算段の様だ。
 そうしている内にビリーの宝船も迷宮を抜けて、この空間へ現れた。
 大音量の『ボス戦』BGMが鳴り響く。
 素拳で撃墜する猛者もいたが、何人もの選手がザブンの体当たりを受けて、地に倒れた。
 未来はサイコセーバーを振り回して身を守る。
 そうこうしている内に攻略法が見えてきた。
 ザブンは出現した後、愚直に近くの者めがけて特攻してくる。
 出現した瞬間から引きつける様に誘導し、素早くかわせば、一度に幾つもの特攻でもかわせるのだ。そうすればザブンの集団はまっすぐに地面や壁にぶつかって自滅してくれる。
 その攻略法に皆が気づいた後、被害者はいなくなった。
 やがて、ザブンの出現が止む。
 皆は『迷路ステージ』を攻略完了したのだ。
「今回は危なかったね。でもお先に行かせてもらうよ」
 ウサギが誰よりも早くそう言うと走り始めた。ザブンとの戦いで皆が息を整えている最中にもう走り出したのだ。
 置いていかれたランナーが急いで後を追う。
 ザブンとの戦いで四人がリタイアした。
 残りは三十人。
 依然、トップはウサギ。ビリはカメだった。

★★★
 カモメが鳴き、海風が吹くグラディース島。
 高所。内部に洞窟をはらむ島の上側をリュリュミアは一人、歩いていた。
 クレーターが散在する岩肌は表面が潮風が運んだ塩と砂に薄く覆われている。
 足元深くでは今もランナー達が走り続けているはずだ。
「結構、地面の下の振動とかは伝わってくるわねぇ」
 ぽやぽや〜と散歩する彼女は、先ほど地震を感じていた。丁度、火山が噴火していた時だという事は彼女には解っていない。ただ足の下に地響きを聴いていただけだ。
 洞窟内部の者達は、あらゆる障害に足を止めて対処せざるを得ない状況。
 しかしリュリュミアはそんな心配はなく、とてとてと一人で歩き続けていた。
 結果として、洞窟内のランナーとそんなに変わらない距離を洞窟の上にある地面を歩く事が出来ている。
 水平線。青い空と白い雲。
 若草色のワンピースの裾を海風がさらう。

★★★
 また雰囲気がガラリと変わる。
 何故、それがここにあるのかは知っている者は多分、いない。
 もしかしたら宇宙的な歴史のある事なのかもしれないが、とりあえず現在は厄介な障害としてのみ認識されていた。
「あー、これ知ってるー。モヤイって奴でしょー。何でこんな所にモヤイがあるの」
「モヤイじゃなくてモアイです。モヤイは渋谷にあるアートですよ」
 未来の言葉にアンナは訂正を入れる。ただ、何故ここに像があるのかという問いには答えられなかった。
 走りながらスポーツドリンクを飲み終わった選手達は、新たなる障害となるモアイ像を行く手に見やる。
 『地球』のイースター島にあるので有名なその石像は、あって当然の雰囲気でそこにあった。
 洞窟は、石の台座が何段にも分かれて並んでいる上や下に沢山のモアイ像が並んでいる風景が現れた。
 台座から起き上がった、またある物は仰向けで、台座の上方ではうつぶせに掘られた、見渡す限りの人面像。
 彫りの深い細長い顔。
 まるで深遠な宇宙哲学に思いを耽らせている様に見えなくもない、
 ビリーの宝船からBGM『モアイステージ』が大音量で流れ始めた。
 リズミカルながら何処かフェイントをかける様な、癖のある、これからここに突入する者達を歓迎する様なBGM。
「ゴー・アヘッド! 行きマス!」
 スポーツウェアのジュディは走りながら叫んでいた。既にトップグループだ。
 勿論、彼女が追いつけない速度でウサギも前を走っている。
 ランナーが辿りついた順位のまま、走り続ける。
 何かの一線を越えた様に石のモアイ像の群が一斉に口を開いた。
 口から無数に吐き出されたのは明滅する光のリングだった。
 イオンリング。
 侵入者に反応してイオンリングと呼ばれる光輪を口から何十と発射する。
 モアイ自体は動かないが四方八方からの怒涛の光輪攻撃は脅威だ。
 まるで激流の様に選手達に襲いかかる。その勢いだけで全てのランナーを押し戻せそう。
 勿論、食らえば大ダメージ必至の一つ一つが強力な攻撃だ。
「だけど正面にしか発射出来ないわ!」
 未来がブリンク・ファルコンによる加速で素早くモアイの側面に回り込み、死角から隙を突いてモアイの口を叩き斬る。怒涛の発射に負けない勢いでサイコセーバーを叩きこむと、そのモアイは口が破壊されて、全体的な輪郭も崩壊した。破壊成功。前に進む。未来はトップグループだ。
 その前方でウサギは器用にイオンリング群をかわしながら、モアイを八艘飛びしている。
 高低差のある台座を跳んで、一斉にランナー達は自分達の道を切り拓くべく走り出した。
 イオンリングはこちらから攻撃を撃ち込めば一つ一つ破壊出来た。
 ジュディは拳のラッシュを叩きこんで、イオンリングの勢いに負けずにモアイの口を破壊、次次と本体を崩壊させる。
 アンナはローラーブレードを駆使し、上下左右からのイオンリングを回避しながら飛び蹴りを正面のモアイの口に見舞う。リングを連鎖的に粉砕する勢いのままに口を破壊した。
 未来は最低限の破壊に留めて、奥へとひた走る。彼女はこの競走中、テレポートを自ら禁じ手としている。
 奥へ進む度、新たなモアイの群が列挙している。
 ここにはモアイの他に敵性の生物はいない。そこがランナー達には幸いだったが、それを無意味にする様にイオンリングは後ろからも飛んでくる。
 五人のランナーがこのイオンリングを身に受けて、倒れていった。
 ビリーの宝船が倒れた者達を介護するが、彼らはそのままリタイアの意思を表明した。
 宝船は選手達がモアイを破壊した安全ルートを飛んで、選手達を追いかける。
 同じ様に最後尾のカメが安全ルートを辿って走っていた。時折、飛んでくる流れ弾は甲羅が受け止める。ここまで来たのに、ひびの一つも入っていない甲羅の頑丈さは驚くべきものだ。
 ビリーの宝船が長長と続いたモアイルートを突破すると、最前方は新しい敵と戦っている最中だった。
「よーし! 音楽を変えるで!」
 『ボス戦』BGMに切り替わった戦場は、前から群をなして飛んでくる丸く大きな敵を相手にしていた。
 ここは皆、つらかった。
 何せ丸まったダンゴムシを連想させる敵の厚い金属質の表面は攻撃が通じない。
 更に前部装甲が左右に展開すると、中から固い大きな弾を何発も射出してくるのだ。翼の如く広く左右に展開した装甲は場所をとって、進むに物凄く邪魔でもあった。
「お先〜っ☆」
 それなのにウサギはわずかな隙を突いて、ジグザグに縫う様に前方へと走り去ってしまった。
 後続は、大きな弾の突進に五人の選手が踏み潰される事態となっている。
「皆様方! 敵は弾を発射する為に装甲を開いた瞬間が隙となりますわ!」
 不死身と思われた敵の弱点を見抜いたアンナが叫んだ。
 皆は彼女の声に従った。
 装甲が展開して弾を発射した瞬間、懐へとびこんで剥き出しになった内部を攻撃する。
 すると装甲がばらけて、敵は消滅した。
 攻略法を見つけた走者達は次次と敵を撃破し、前へと進んだ。
 やがて、しつこかった敵の勢いが止まった。前方から現れる物がいなくなる。
 『モアイステージ』を走破したのだ。
 走者は残り二十名。
 ウサギがトップで、カメがビリなのは依然変わらず。
「頑張れ、ウサギ! 今回こそ勝利だ!」
「カメ―、頑張れよー! お前に全財産賭けてるんだからなー!」
「その他大勢のモブも頑張れよー! もしかしたら勝てるかもしれないんだぞー!」
 宝船の観客の声援に「やれやれ、モブ扱いか」と全選手達が思いながら走る。
 大番狂わせを見せてやる。それが皆の共通した想いだった。

★★★
 そのエリアに入り込んだ途端、皆の足が地面を離れ、身体が宙に浮いた。
「うわわぁぁぁぁぁぁぁ……!」
 皆は『天井』に向かって『落ち』た。
 幸い、木や灌木が覆い茂っていたので、逆しまの重力に引かれて天井にぶつかった者達はそれをクッションとして最小限のダメージですんだ。
 天井?
 今はこの逆さの状態になった者達にとって、上が『下』だった。立ち上がると逆さまの状態のまま、立てる。髪が逆立つ様な事はなかった。足を上にした逆立ちの状態こそが今の彼らにとって自然だった。
 地形は重力が逆に働く逆さである事態を除けば、最初の火山ステージと全く同じだった。
 つまり、ここは『逆火山ステージ』。
 捻りをくわえて船体を上下逆さにしたビリーの宝船から、大音量の新しいBGMが流れ始める。
 火山ステージとテンポが逆気味の、徒競走の様な軽快なポップ。それが進め進めと皆を促す。
 ウサギを先頭に皆は走り始めた。
 ダダッカーやグルグルも逆さにやってくる。逆さに跳ねて、逆さに着地する。幾らか射撃は激しく速くなっている。
 皆は逆さに敵を迎撃した。
 逆さに走る。走る。全力で走る。
 その中で魔白翼を広げた未来のみが底面、つまり天井を走る事はなかった。
 最下部、つまり地面スレスレを飛びながら、出来るだけ敵をスルーしてスピード突破を狙う。
 だがその彼女をめざして飛んでくるグルグルだけはどうしても避けられない。未来はサイコキネシスでの『魔石のナイフ』五本撃ちやマギジック・レボルバー、イースタン・レボルバーの二丁拳銃による射撃で対処した。
 ここで初めて、ウサギのトップを奪うかどうかのきわどい競り合いまで未来は自分を持っていった。
「アップサイド・ダウン、あべこべなんておかしなフィーリングネ!」
 それを追いかけてジュディはショルダータックルで行く手のダダッカーを弾きとばす。
「たとえ、空が落ちてこようとわたくし達は走り続けるだけですわ!」
 アンナのローラーブレードも天井に貼りついた砲台生物をキック&ラッシュ。
 ここまで激しくなっている敵の攻撃にリタイアするランナーはいなかった。勝ち残ってきた実力があるのだ。
 天井を走るウサギと、地上を飛ぶ未来。
 トップはウサギがとるか未来がとるかのきわどい状況で、前方に双子の火山が見えてきた。
 勿論、火山は天井からそびえている。
 辺りが赤黒く暗くなると共に洞窟全体に鳴動が響き始めた。
 轟音。
 大噴火。
 双子の火山は溶岩火花と共に無数の噴石を噴き上げ始めた。最初の火山より激しい。
 勿論、重力が逆だから、噴火の放物線は逆を描き、地面に飛んで、天井へ落ちてくる。
 その怒涛の噴火をランナー達は不安定な足場でやり過ごす。
 今回の噴火は最初の火山ステージより厳しかった。
 大地震は洞窟の天井へ壁に幾つもの巨大な地割れを作り出す。
 ウサギすら焦っていると見えて、岩陰に隠れて噴火をやり過ごすつもりでいる様だ。
 カメが手足を収納して完全防御体制に移行している。
 地震に身体をシェイクされ、立っている事も出来ない。
 このカタストロフはランナーの肉体だけでなく、精神にも生命の危機感を与えるほどだった。ややもすればトラウマになりそうだ。それまでに激しすぎる。
 飛行して揺れを感じない未来まで空気の轟きに焦燥感を覚える。
 彼女は時時、自分へ飛んでくる噴石のみをかわし、地面近くで慎重に待機した。
 噴火の起こす空気の撹拌が猛風を起こし、ミニスカの裾が盛大に乱れて、下着が丸出しになるが気にしない。こんな状況、どうせ見る者などいない。
 ……と、未来は思っていたが実は彼女のスカートの中身をもろに見ている者達がいた。
 背後の空中。丁度、ランナー全てを見られる絶好のビューに位置するビリーの空荷の宝船だ。
 観客達は『ボス戦』のBGMを流している船の前方の船縁に身を乗り出し、真正面にある未来のスカートの中を覗き込もうと押し合いへし合いをしていた。船も空気の鳴動に揺れている。しかし、そのスケベ心は火山の恐怖心にうち勝つ類のものらしい。
「やい、どけ! 俺にも見せろ!」
「ああ、こんな事があると解っていれば、あの時にドワーフ製の遠眼鏡買っとくんだった!」
「場所を代われ! 見えんだろうがっ!」
「嗚呼、あの丸みを帯びたお尻と発達しきった太腿!」
 肩を掴んだり、肘打ちを食らわせたりと場所を奪い合う者達にビリーが叫ぶ。「あんさん達、あまり厄介事せんでくれや! 未来さんはまだうら若き乙女やとゆうんに!」
 その時、天井にまるで大地を掘り起こす様な巨大な地割れが広がった。

★★★
 海風とカモメ。
 リュリュミアは更にとてとてと奥へと洞窟上を歩き続けていた。
 突然、地響きと共に足元が激しく揺れ始めた。
 その規模は先程の比ではない。
 煙の様に砂埃が舞い、地面に縦横無尽に亀裂が走る。
 ある場所は陥没し、ある岩は突出した。
「あらららららぁ」
 とてもじゃないが立っていられないほどの振動に思わず地面にしゃがみこむ。
 と、その自分がいる場所の地面が大きく裂けた。
「あらららららぁぁぁ……!」
 タンポポ色の帽子を押さえながら、リュリュミアはその深い亀裂へと吸い込まれる風に落ちていった。
 長い長い落下だった。

★★★
 凄まじく長い時間に感じていた揺れがようやくおさまってきた。
 双子火山の噴火が止んだ。
 最後の一つが天井に落ちた時、選手達は安堵の息を漏らしながら天井から起き上がった。
 グズグズになった地面。
 広範囲に降り積もった噴石。
 凄まじい天災だった。
 皆の心臓がバクバク言っていた。
 どっと疲れた。
 それほどまでに今の噴火、地震は酷い恐怖だったのだ。
 その時、アンナは思い出した。
 リュリュミアが手渡してくれた匂い袋。
『疲れた時、ぎゅっと握ったらすっきりしますよぉ』
 彼女は確かにそう言っていた。
 アンナが懐から匂い袋を取り出すのを見ていたジュディも、その事を思い出し、自分のそれを取り出した。
 それを見た他の選手達も、自分の物を取り出す。
 その気づきは波紋の如く、人から人へ広がっていった。
 植物系淑女リュリュミアは分け隔てなく全ての選手にそれを配っていた。
 ウサギとカメも未来もそれを取り出している。
 二十名の選手全員がその手に匂い袋を持った。
 皆の気持ちは一つだった。
 心をリラックスさせるアロマな効果を期待していた。配ってくれたリュリュミアの女神の様なイメージをその匂い袋に重ねて。
 皆、一斉に匂い袋を握った。
 匂い袋からきめ細かい粉の様な物が噴き出した。
 皆、その薬効を期待して大きく息を吸い込む。
 だが。
 瞬間、血の気がサーっと引いていった。
 全員、いきなりくしゃみをした。くしゃみは連発される。呼吸が苦しくなる。
 一気に体調が悪くなり、全員がけだるさを感じて、地に膝を着いた。
「アチューッ!」ジュディは英語でくしゃみをした。「これは……ポイズン&ヘイ・フィーバー……毒と花粉症……」頑健なジュディまでもがその呟きと同時にうずくまった。
「こりゃ、どないしたんやー!?」
 レースどころではない現状に、空中の宝船のビリーも慌て、うろたえる。
 その時、天井に会った地割れの奥から「ぴょい」と一人の正座した人影が飛び出した。
 その人影は天井から地面へ向かって飛び出したが、すぐに逆重力に引かれて、正座のままで天井へ着地した。
「なんかぁ、前にもこういう体験した事がある気がするわぁ」
 それはリュリュミアだった。
 ともかく現状はカオスだった。
 現在、逆火山の噴火は止み、あまりの気分の悪さに天井へ着地した未来はウサギと並んで、双方ほぼ一位という位置関係にいる。
 いや、違う。
 その前方に正座したリュリュミアがいるのだ。
 果たして参加選手として数えるのはどうかと思えるが、確かに一位の位置にいるのはリュリュミアなのだ。
 ウサギと未来の後ろのに十八人もそれを確認していた。
 しかし今、ジュディもアンナも、最後尾のカメもその他の皆も全員、顔を真っ青にしてうずくまっている。
 平気なのはリュリュミアと空荷の宝船のビリーと観客だけだ。
「もしかしたら競技中止かぁ」
「ちょっと待った!? 賭けはどうなるんだよ!?」
「立てー! 立ち上がれー! 立つんだじょー」
「コケー!」
 宝船の観客がうるさく叫ぶ。しかし、その鼓舞に応えられる者が現在いない。
 この先にも苦難が待ち構えているはずのグラディース島の洞窟走破レースは思いがけない中断を迎えていた。
 BGMも鳴りやみ、深刻な雰囲気。
 果たして、レースはどうなってしまうのか?
 一人でも走れれば成立してしまうのか?
 くしゃみの連発でその事を落ち着いて考えられる人間はいるのだろうか?
★★★