『闇鍋奉行、参上!』

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★
『注意書き』
 今回のそれぞれの食材を誰が食べるかは、厳正なアミダクジによって全くランダムに選ばれました。
 ですから作為的に見えてもそれはあくまでも偶然の結果です。
 いや、だって本当にそうなんだってば!

★★★
 少少灰色がかっているが、大雑把に見れば晴天だ。青灰色というべきか。
 港町『ポークオーツ』の近海。
 陸遠く、まだ冷たく泡立つ波にマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は海の珍味を採っていた。
 浜には『芝浜水産』とロゴの入ったオート三輪が駐められていた。『ジャンボ海ブドウ』は既に十分以上の量を収穫し、水系魔術で凍結した物が、荷として置いてある。
 今は海底の『お化けホタテの貝柱』を採るべく、海底へと急直下に潜水を繰り返している。
 ホタテ貝というのは泳ぐのだ。
 まるでふいごの如く貝殻をパクパクと開閉し、水の噴射で泳ぐ。敵に襲われて逃げる速さはちょっとした魚でも追いつけない。
 しかし、そこは人魚姫の面目躍如。
 海底から逃走するその大きな貝を、マニフィカは先回りする泳速で素早く懐へと抱え込む。
 ネプチュニア連邦王国の王女マニフィカは正真正銘の人魚であって、海中活動こそまさに彼女の真骨頂。
 最近は脚である事が多かった下半身も、今は流麗な鱗の並ぶ魚尾だった。
 肌にまとわりつき、髪を後方へ流す海水こそ羊水の様。
 浮上。貝を抱いて波を割り、海面に浮かせた籠の中へとまた一つ、獲物を放り込む。
「お化けホタテ貝はこれだけ採れば十分でしょうね」
 空高い太陽をマニフィカは仰ぐ。
 解る者が見れば、ホタテも海ブドウも闇鍋などに入れるには過ぎたと言える高級具材だ。
 どうもマニフィカは闇鍋という物を誤解している様で、真剣に皆に食べさせたい美食を集めている。故にゲテモノ系ではなく、希少で美味な高級食材を厳選しているのだ。
 そもそも闇鍋パーティへの参加を決めた日も、いつもの如く優雅にアフタヌーンティーを嗜んでいて、ふと天啓を受けたからなののだ。
 最も深遠に坐す母なる海神のお導きと感じて『故事ことわざ辞典』を紐解けいていた時、「名物に美味いものなし」という記述に指が当たった。
「何を示唆しているのでしょうか?」
 どう解釈すべきかと彼女は迷い、再び辞典をめくってみると「えぐい渋いも味のうち」の一文が。
「もしかすると食事や料理に関係するクエストかもしれませんわね」
 首を捻りながら冒険者ギルドの大掲示板を覗いてみたところ、闇鍋大会の通知ポスターが眼に止まった。
 まさしくこれと勿論、即座に参加を決意。
 あらためてポスターの説明文を読み進めると、食材調達の為に一日だけ解放される地域が列挙され、その中にポーツオーク近海があった。
「そろそろトライデントのメンテナンスも必要な時期ですものね」
 以前のアクアリューム王国と竜宮城の戦争の時、ポーツオークの武具ギルドと浅からぬ縁が生じた。
 海の幸を得るついでに久しぶりに武具ギルドへ立ち寄るのも悪くない。そして、食材の一部を彼らにふるまおう。
 そうして、この海で漁を始めたのだ
「さて、後は本命の『オトギイズム大イカ』ですね」
 波間に身を委ねていたマニフィカは、手にしたトライデントの刺突部の鈍い銀色を確かめた。
 伝説にも語られる様な大物を狩る事を決意している彼女の眼には輝きがある。
 いや狩りではない。
 もはや戦闘だろう。
 それもこの海の何処にいるのか。
 闇鍋の為、マニフィカはためらわずに波の下へ潜った。
 連れてきていたイルカの『フィル』と一緒に。

★★★
「いやぁ」
「久しぶりに会えて」
「愉快だな」
「狩りを」
「してたんだって?」
「いい獲物は」
「捕れたかい?」
 長テーブルに座ったドワーフの七人、ザック、ジック、ズック、ゼック、ゾック、ダック、ディックが左から順に声をかける。
 夕刻。
 『モンマイの森』の一軒家でジュディ・バーガー(PC0032)は七人のドワーフ達と野趣あふれる料理に舌鼓を打ちながら、ビールを酌み交わしていた、
 ジュディも闇鍋参加予定組だった。
 この一日前の事だ。
 平凡な日常の延長線上にこそ冒険者の生活は成り立つ。
 その日、今日も今日とて冒険者ギルド二階の居酒屋で大ジョッキを傾け、無事にクエストを達成した自分へのご褒美を心地よく堪能していたジュディは、隣のテーブルの冒険者達の会話が、聴くともなしに耳に入った。
(YAMINABE……?)
 米国ニューアラモ出身の彼女には聞きなれない言葉だ。
 しかし、ほろ酔いながらも料理の事だとはすぐさま見当がつき、耳がエルフの様になる。どうやら彼らは一階の受付ホールに掲げられた新しいポスターの事を言っている様だ。
 千鳥足で階段を降リる途中で蒲田行進曲風のプチ階段落ちを披露しながら、マニフィカは一階の冒険者の騒めきに加わった。
 誰よりも高い頭越しに眺めて、ポスターの内容で闇鍋というものを理解する。
 食材調達の為に一日だけ解放される地域がポスターに羅列されており、以前に訪れた事のある場所も何ヶ所か含まれていた。
 その中でモンマイの森という地名を見た時、彼女の中で思い出が蘇った。
 スノーホワイト・デリカテッセンや酔狂スペシャル探検隊のカワオカ・ヒロシテンの懐かしい顔。
 酒を酌み交わした七人のドワーフ兄弟。
 瞬間的にジュディの闇鍋参加の意は決まっていた。
 彼らと再会すべく、ジュディは狩場をモンマイの森に選ぶ。
 翌日、大型バイクでジュディは森へと旅立った。
 勿論、手土産としてビールを樽で差し入れる事を忘れない。
 ジュディは午前は『野生の春キャベツ』を摘み、午後は魔法銃による獣狩りに没頭した。
 スポーツハンティングではない。食物採取としての狩猟だ。
 狩猟解禁はこの一日しかない。
 やがて鹿を仕留め、そしてしばらくしてから猪を仕留めた。
 魔法銃で急所を狙い、それぞれ一発で仕留めてすぐに血抜き。
 養父母の牧場で生まれ育ったジュディは、獲物の血抜きや解体作業も手馴れたものだ。
 『水術』の綺麗な水で洗って冷やす。特に内蔵系は念入りに。ジビエの心臓や肝臓は希少な珍味であり、多分、闇鍋の趣旨にも合致するだろう。
 これで十二分の食材が確保出来た。
 狩猟中、近くに放している相棒のニシキヘビ『ラッキーちゃん』は地上に迷い出たモグラを呑んでいた。
 狩猟もその後の七人のドワーフ達との飲み会も楽しかった。採った肉の一部はここで野趣あふれる料理へと変わった。
 鹿肉のステーキに猪肉のソテー。
 七人+ジュディで、ビールを大ジョッキを叩き合いながらベロンベロン。
 前哨戦の夜はすぎていく。
 後は本番の闇鍋を待つだけだ。

★★★
 見た目がまろやかににじむ水彩画の様な、まこと東洋的昔話的田舎的な山奥の景色だった。
 かつて桃姫が大きな桃に乗って流れてきた、通称『桃姫川』。
 やってきたメイド少女、アンナ・ラクシミリア(PC0046)には料理にそれなりのこだわりがあった。
 食べた事はないが、スッポン鍋という料理はオトギイズム王国でも有名らしい。
 今の季節は『桃スッポン』が旬だと聞く。滋養強壮に良。味も美味ならば新鮮なスッポンを入手して、最高のスッポン鍋を楽しみたい。
 彼女は運よく、桃スッポンを捕まえていた村人からそれを買い入れる事に成功した。
 そして次。
 故国フランスではカエルはエスカルゴと並んでポピュラーな食材だ。
 そこでアンナはモップの先に網をつけて、離れた場所から『ウシガエル』をすくいとる事にした。
「PYOKON PETAN PITTANKO KONJOH KONJOH DOKONJOH」
 不思議な呪文を唱えながら、長くしたモップにつけた網で川辺のウシガエルをすくいとり、その柄を短縮して獲物を手元に引き寄せる。
 あっという間に持参した木桶の中は健康そうなカエルで一杯になった。
「これだけ捕れればOKですわ。第二計画に移りましょう」
 アンナは最大限に伸長したモップの先に針と糸と捕ったばかりの太ったカエルをつけて、川の淵に糸を垂らした。
 しばし待つ。
 頭上の高空を雲がゆっくり流れていく。
 彼女の釣りには時間が必要だった。
 風が吹きすぎる。
 はしたなくもアンナは自分の口の端から欠伸が漏れ出る様な、平坦な時間の経過を味わう事となった。
 手が疲れてきた。さすがにモップを釣り竿代わりに使うのは無理があったかもしれない。
 と、川に沈んだ糸の先のカエルが不意に強く引かれた。
「来ましたわー!」
 大飛沫。竿を立てると川の中から大きく黒くぬめった魚体が一気に引き上がった。髭のあるその口には糸の先にある針とカエルが丸呑みにされていた。
 ウシガエルを丸呑みといえば『ナマズ』である。
 その肉はボリュームがあると聞く。
 春先のナマズだ。
 冬のまどろみから醒め、餌を食いまくり太ろうとしていた。
 引き上げられ、どさりと地面に落ちたナマズにアンナは駆け寄る。
 抱え上げるにふさわしい大ナマズだ。
 桃スッポン。
 ウシガエル。
 ナマズ。
 三種の食材を手に入れたアンナは、来るべき闇鍋大会への挑戦権も手に入れたと微笑むのだった。

★★★
 緑濃き山に好んで踏み入るは、美食を愛でる者達なり。
「まいど!」
「お久しぶりねぇ」
「ねえ、元気してた?」
 『アシガラ山』へやってきたビリー・クェンデス(PC0096)とリュリュミア(PC0015)と姫柳未来(PC0023)は、山中の一軒家で懐かしき金太郎とヤマンバと全自動洗濯機IZUMIの精霊と再会した。
 ビリーは早速『打ち出の小槌F&D』によって皆で昼食にする。
 今回もカレーライスだが、今日のルーはトマトをぐつぐつと徹底的に煮込んで崩したトマトカレーだ。辛さの中でトマトのほのかな酸味が口中に広がる、シェフ納得の一品だった。
「美味しいですぅ」
 あれからすっかりと金太郎一家に溶けこんだIZUMIの精霊が皿と銀色のスプーンを持って、感涙している。
「うめえ! おかわり!」
 赤い腹掛けに白ふんどしの金太郎が「カレーは飲み物」とばかりにガツガツと腹の中に流し込んでいく。金太郎は女の子だが、前に比べると幾らか体形に女の子らしさが表れている気がする。それが肌色の露出面積極大である様は結構、エッチさがある。そのヤバさをキリリと下半身に食い込むふんどしが倒錯性を更に増している、そんな感じ。
「本当にうめえのう、このカライライスは! こっちもおかわりじゃあ!」
 口が耳まで裂けたヤマンバが金太郎とはまた別の食べ方で一口で食べていく。大きく開けた口にわんこ蕎麦の如く、カレーライスを一皿ごとに放り込む。これで美味しく味わえているらしいのは結構不思議だ。
 金太郎とヤマンバは、食べ終えた皿を撃墜マークの様に横に重ねて数を競っていた。
 昼食タイムが終わった時、カレーの食べ比べは金太郎がヤマンバにダブルスコアで勝利していた。
「さてと、昼食も終わったところで腹ごなしがてら、闇鍋大会の食材ゲットとまいりますか」
 うーん、と伸びしながら畳の上で立ち上がる未来。
 それぞれの食材がある場所をヤマンバに教えてもらうのだが、一人がそれを家の中で教えてもらっている時は他の二人は外へ出ているというルールが既に出来ていた。勿論、聞き耳を立てる等という事はしない。
「どうして、そんな事をわざわざするんだ?」
「だってぇ、闇鍋の食材が事前に他の人にばれちゃったら面白くないじゃないですかぁ」
 その様子を不思議そうに眺めていた金太郎に、リュリュミアは答える。
 ヤマンバにそれぞれの食材の自生場所を教えてもらった三人は早速、三方へ散る事にする。

★★★
 アシガラ山の斜面に広がる竹藪(たけやぶ)へやってきたリュリュミアは、顔を地面に近づけて黒土のわずかな盛り上がりを確かめていた。
「やっぱり朝早く来なきゃダメだったかなぁ……。あ!」
 緑深き竹林に黒土の微妙な盛り上がりを見つけたリュリュミアはぽやぽや〜とそれに走り寄った。
「あ、時間的に間に合わないかと思ってたけれどぉ、ちゃんとあってくれたわねぇ。よかったぁ」
 黒土を掘り起こして、それをゲットする。
「ああ、見てるだけでシャキシャキして美味しそぉ……」

★★★
「後、一つやな……」
 清流の水地にやってきたビリーは、美しく冷たい水の溜まった池の上に神足通で浮かんだ。
「あ、これやこれ」
 水の中に手を突っ込んで、黄色いソレを採るビリー。根の太い物を選ぶ。
 奇麗な水の中にあったそれは清清しいほどに汚れていない。
「これで赤青黄のシリーズ、コンプやな。……くっくっく……闇鍋奉行の座は、ボクのもんや!」
 望んだ食材をゲットしたビリーは一人、ほくそ笑むのだった。
 ペットの金鶏『ランマル』は呆れた様子でそれを見ていた。

★★★
 森の中の険しく薄暗い中をサイコキネシスでふよふよ〜と浮いてきた未来は、最後の残り一つの食材を探してさまよっていた。
「超高級食材のアレは採ったし、匂いより味のアレは採ったし、後はアレだけなんだけどな……」
 足場が険しくとも空を飛べれば怖いものはない。
 未来は思い切って、傍にあった白い崖を伝い降りてみる。勿論サイコキネシスでだ。
「あ、あった!」
 突き出した石の陰に、草と共に目当ての物が生えていた。
「赤いハートマーク……見てなさい、闇鍋の主役はこの一本よ」
 望んだ食材をゲットしたJK未来は一人、ほくそ笑むのだった。
 しかし実はこの時点で未来は大きな間違いをしていた。
 彼女が探していた最後のキノコは赤いハートマークではなく、赤いスターマークのキノコのはずだったのだ。
 つまり彼女は採るべきキノコを間違えたのだ。
 キノコの種類を間違う事は、それが毒キノコかもしれず、時に人命に関わる事故になる。
 闇鍋パーティが大変な事にならなければよいのだが……。

★★★
 告知ポスターが出てから一週間。
 闇鍋パーティ当日の夜が訪れた。
 冒険者ギルド二階の酒場の個室に、それぞれが獲得した三種類の食材を運び込んだ六人の冒険者が鍋の置かれたテーブルを囲んでいる。
 だし汁を張った土鍋は普通の物より大きな物だ。下には炭を利用し、五徳の置かれたコンロが置かれている。
 炭は静かに赤く燃えている。換気設備は十分なので、一酸化炭素中毒になる心配はない。
 部屋には酒場のウェイトレスが一人ついていた。
「いいですかー」部屋の照明となるランプの傍にいるウェイトレスが皆に呼びかけた。「これから照明を消しますから、真っ暗になったら食材を鍋に入れて下さいねー」
 もう皆、心の準備と食材の下ごしらえは出来ていた。
 後はそれぞれに見えない様に袋に入れられた食材を土鍋に投与するだけだ。
「消しますー」
 ウェイトレスの声の後、ランプに覆いがかけられ、部屋は真っ暗になった。
 わずかに確かめられるのは土鍋の底をくすぐる暗い炭火だけだ。
 暗闇の中、ジャポン、ジャポンと色色な食材が鍋の昆布と鰹節の合わせだし汁の中に放り込まれる音が続く。
 そして、全て入れられた後、ウェイトレスが土鍋の蓋を閉めた音がする。
「点けますー。そしたら、煮えるまでしばらく待って下さいー」
 部屋のランプの光が今、煮えている最中の土鍋と、ビリー、ジュディ、未来、アンナ、リュリュミア、マニフィカ、そして名が知れぬ美少女ウェイトレスの姿を照らし出す。
 皆はしばらく待った。
 そろそろいいかな?と皆が思ったタイミングでウェイトレスが土鍋の蓋を開けた。
 もわっとした熱く白い蒸気が雲の様に立ち上る。
「誰から食べるのぉ?」
 とリュリュミアが覗き込む様に身を乗り出した時。
「レッツ・ドゥ! ロック・ペーパー・シザース……!」
 突然、ジュディが声を張り上げ、それ以外の皆が「あ、アメリカ式じゃんけんだ」と慌てて気づいて、急いで彼女の行動に反応する。
 皆は一斉にそろってじゃんけんの手を出すが、唯一リュリュミアだけがぽやぽや〜と遅れる。
 リュリュミアが後出しをする事になったが、それでも彼女のチョキは他の皆がそろって出したグーに負けてしまっていた。
「あ、負けたぁ」
「えー! 何で負けるの!? 後出しなのに」
 未来が驚きの声を挙げた時、マニフィカが疑問を口にした。
「このじゃんけん、勝った方が先に食べるのでございますか? それとも負けた方?」
「負けが先でいいのではないでしょうか」
 アンナはそう意見を出す。罰ゲーム感覚なところがあるかもしれないというムードを感じたのだ。
「じゃあ、ワンスモア、もう一度! ロック・ペーパー……!」
 ジュディがまたじゃんけんの動作に入り、他の皆は反応して手を出す。
 何回か勝負は繰り返され、食べる順番は次の様に決まった。
 1:リュリュミア。
 2:ジュディ。
 3:アンナ。
 4:マニフィカ。
 5:未来。
 6:ビリー。
 つまりビリーが一番勝った事になる。
「あー! よく考えてみたら、福の神のビリーが運よく勝つのは当然じゃないの!?」
「そうとも限らへんよ。ボクはあくまでも見習いやし。勝負は時の運や」
 不満を漏らした未来にビリーはそう答えるが、実は自分でも完全にはよく解らない事だった。確かに見習いではあるのだし。

★★★
「では一番、行きますわぁ」
 リュリュミアは白い湯気で中が見えない土鍋に長いフォークを突き刺した。
 そして引き上げる。
 フォークに突き刺され出てきた物は傘の張った大ぶりの真っ青なシイタケだった。
 それを見た他の者達はいきなりげんなりした。シイタケ自体が悪いわけではない。ただ青色というのは基本的に食欲を減退させる色なのだ。
 リュリュミアはフーフー吹いて、ある程度、冷ますと口の中に入れた。
「あれ、ちょっと辛いけど美味しいですわぁ」
 リュリュミアはにこにことそれを食べる。まだちょっと熱かったらしく食べるのに時間がかかったが、美味しそうにそれを呑み込んだ。

★★★
 次はジュディだ。
「いきマス!」
 湯気の中にフォークを突っ込むと、先端には白い糸状の物が束ねられた様なのが絡みついて出てきた。
「OH! シメジ・マッシュルームだワ」
 匂いマツタケ、味シメジ。口の中に入れるとちょっと辛みを帯びただし汁をほどよく吸い込んで、非常に美味だった。噛む度に味が広がる。
 とても美味しいシメジだった。

★★★
 アンナの番。
 フォークを突っ込むと先程のシメジと同じ様な白色をした、しかし大きな低く太い円筒形の塊が引き上げられてきた。
「え、何ですか? これは?」
 アンナは一目ではそれが何なのか、理解出来なかった。
 それによく見るとシメジの様に細い繊維状の物が束ねられていると解る。
 アンナは食べる前にそれをよく観察した。珍しい物なので余計興味を惹かれた様だ。
「……解りましたわ。これは寿司でも見かける貝柱ですわね。しかもこれだけのサイズとなると本体はとても大きな貝ですわね」
「ご名答でございます。これは海の珍味『お化けホタテの貝柱』でございますわ」
 アンナの答に、調達元のマニフィカが拍手した。
 アンナはそれを一口で食べるのには苦労しなければならなかった。
「貝の旨味が、辛みを帯びたスープとあいまって、ほぐれていきながら歯応えもいい。美味ですわね……」

★★★
 マニフィカが突き刺したフォークの先端に付いてきた物はとても奇妙な物だった。
 フォークに突き刺さっている物はどうやらキノコらしい。
 しかし、その形が「やらしい」のだ。
 その姿は、言ってみれば……その……人間の殿方の……股間についている……アレである。
 ええと、はっきり言ってしまえば、その形はサイズも共に男性の勃起したオ〇ンチンそのものだった。反り返ったそれは非常にたくましい、頼もしい代物だ。
 自然にあるとは思えず、思わず「作ったんじゃないのか!?」と疑える見事な造形だった。
 その全体が蛍光ピンクに染まり、ハートの赤い斑点がまんべんなく散っている。
 それとご対面したマニフィカは時間が止まっていた。
 ところで、ここでこのリアクションを読んでいるPL諸氏は、彼女のPC世界設定のある疑問に直面せざるをえない。
 マニフィカ・ストラサローネは『人魚』である。
 果たして魚類の下半身を持つ種族が、その生殖について人間と全く同じだという事はありえるだろうか?
 果たして人魚の男性の下半身にはこのキノコの様な生殖器が付いているのだろうか?
 果たして、このキノコを見た、お年頃の人魚のマニフィカは、人間の女性が男性のアレを見てしまった時と同じ羞恥を抱くのだろうか?
 ……その答はマニフィカの次の行動によって出される事になる。
 マニフィカの紅い唇はそのキノコを先端からくわえこんだ。
 そして、中ほどまで呑み込むと……一気に歯を立てて食いちぎった!
「ひえええ!?」
 何故かビリーが股間を押さえてのけぞった。この座敷童子はそんな大人の姿形をしてないにもかかわらずだ。
 人魚王国の王女は、蛍光ピンク&ハートマークの全てを口に入れると眼を閉じて咀嚼し、味わった。
「これは……キノコなのに海の牡蠣の様な味わいですわね……絹の舌触りながら歯応えに弾力があり、辛みのあるスープも染み込んだ濃厚なエキスが口の中に広がっていきますわ……」
 感想を述べたマニフィカはキノコを嚥下した。
 胃の腑の辺り、胸の内に料理の温かみが落ちる。
(あれ……ちょっと何か変な心地ですわ……)
 その温かみが体温を上昇させた気がし、動悸が早まったのを意識する。
 ともかく、マニフィカは自分の番をクリアした。
 でも、凛とした顔がやや潤んだ眼をして『マギボトル』の水で口をゆすいだのは、やはり嫌だったからなのかもしれない。
 常人にとって、人魚の生態はまだ解らない事だらけだった。
 だったのだが……。

★★★
 未来の番が来た。
 ミニスカJKは手にした箸を、土鍋の中に入れた。
 すると奇妙な食材が熱いスープから取り出されてきた。
 一見すると一房のマスカットみたいだ。
 しかし緑の粒が細かく、量が多い。
 何処かで見た事がある。
 未来は記憶再生力を総動員した。
 そうだ。思い出した。
 これはサイズこそジャンボに大きいが、グリーンキャビアとも呼ばれる海藻、海ブドウではないか。
 サラダに加えたり、ポン酢で和えたりすれば大変美味と聞く。
 でも、煮えている。
 海ブドウを煮込んだ料理など聞いた事がない。
 嫌な予感がするが、未来は箸を口に運んだ。
「…………これは…………!」
 未来の予感は当たった。
 海ブドウの風味は全て消え去っていて、舌触りも悪かった。
 しかも辛い。辛く味つけされたスープに多少の海水を混ぜて、煮込みすぎた昆布の様な料理になっている。
 残念ながら未来はハズレを引いてしまったらしい。ただでさえ辛い料理は苦手だというのに。
 それでもJKの意地にかけて、汗を流しながらも我慢して完食した。

★★★
「さーて、いよいよボクの番やね。いっくでー!」
 キューピー・ビリーは腕まくりして箸を持つ手をブンブン振るった。
 今までのから察すれば、美味しい食材に当たる確率の方が高そうだ。
「何が出っるかな♪ 何が出っるかな♪」
 歌いながらも箸を土鍋に突っ込み、白い湯気を上げるスープをぐるぐるとかき回す。
 箸が何かを掴んだ感触があった。
「これやっ!」
 掴んだ物を一気に顔の前まで運んできた。
 それは一口大の真っ赤な塊だった。
「しもた! 赤タケノコや!」
 ビリーはよりによって、自分が調達した食材を自分で選んでしまったのだ。芸人としてやってはいけないパターンだ。
 でもとりあえずは旬の珍味なので美味しくないわけがない。
「ごっつうウマイねん! 暗黒の宝石箱やー!」
 辛いスープで味つけされた赤タケノコはとても美味しかったが、闇鍋パーティとしては寂しいオチだった。
「まあ、次があるやろ」

★★★
 ビリーが食べた事で皆は一巡し、再びリュリュミアの番だ。
 油の浮いた油面に彼女が突っ込んだフォークの先には鮮やかな緑色の物が突き刺さっていた。
 ウコギ科の落葉低木タラノキの新芽。
 タラの芽だ。
 苦みや癖が強いが、旨味と風味にあふれている。
「あー、自分が入れたの引いちゃいましたぁ」
 リュリュミアはビリーに次いで『自分が入れた物を選んでしまったパート2』となってしまった。
 まあ、不味い物を選んだわけではないし、野菜大好きなのでニコニコ笑みを絶やさずに美味しく食べたが。
 舌に広がる、辛みを含んだ苦みある初春の味を楽しめたのだった。

★★★
 ジュディの番だ。
「ゴッド! プリーズ・ギブ・ジュディ・サムシング・デリシャス、ジュディに何か美味しい物ヲ!」
 力強くフォークを差し入れた湯面から、熱く湯気を上げる赤みがかった淡灰色のデカブツを引き上げる。
 その全体を見極めない内に素早く大きく開けた口に入れ、丈夫な歯で噛みしめた。
 口の中にあふれる辛みを帯びた肉汁。
 それは!?
「オーマイガッ! ジュディ・ドゥン、やっちゃっタ……!」
 それは肉だった。
 ジュディ自身が入れた鹿肉だったのだ。
 ジュディは『自分が入れた物を選んでしまったパート3』になるのか?
「バット、もしかしたら、ジュディ以外にもプット・ザ・ベニソン・イントゥ・ザ・ポット、鹿肉を鍋に入れた人がいるとしたら……?」
 ジュディはなけなしの期待を込めて皆を見やる。
 しかし、彼女の期待に応える顔はない。他に鹿肉を鍋に入れた人間はいない様だ。
 ジュディが『自分が入れた物を選んでしまったパート3』なのは確定となった。
 せめて微笑みながら十二分に肉を噛みしめ、肉汁を存分に味わって、胃の中へと送り込むのだった。

★★★
 アンナのターン。
 彼女が差し込んだフォークの先には、先ほどビリーが取ったのと同じ様な物が突き刺さっていた。
 しかし色は赤くなく白い。
「これはつまり……普通のタケノコですわね!」
「当たりぃ」答えたのはリュリュミアだった。「しかも今が旬の、地上へ出てくる寸前の若いタケノコよぉ」
「という事は本当の本当に美味しそうですね。いただきます」
 アンナはタケノコを口の中へと上品に運んだ。
「嗚呼! これはシャキシャキとしてまるで何か新鮮なサラダをいただいているかの様な歯応え! 噛みしめる内に辛みのある汁にタケノコ自体の野趣ある味が絡んで広がって…………美味でした」

★★★
 次は再びマニフィカの番だが、何やら彼女の様子がおかしかった。
 頬が桃色に染まり、熱に浮かされた様にポーッとしている。
「なんや、マニフィカさん。風邪ひいたか?」
 ビリーの問いかけにマニフィカは横に首を振って答える。眼線もさまよいがちだ。
 とにかくマニフィカの番だ。
 具材が減って湯面が下がってきている土鍋へ、トライデント代わりのフォークを突き立てた。
 そして引き上げる。
 フォークの先に突き刺さっていたのは、隣席の未来が「ひ!」と声を出して固まってしまうグロテスクな物だった。
 桃スッポン。
 全身がピンクに染まったオトギイズム原産の肉食ガメの一種が、丸ごと一匹入っていた。
 ゼラチン質に覆われた桃色の甲羅がヌメーッとした印象を皆に与える。フォークは軟らかく煮こまれたその甲羅に刺さっていた。
 これはマニフィカの泣きが入るのではないかと皆は思ったが、しかし。
「カメ……頭……スッポン……食べると精がつく……」
 まるで熱に浮かされてうわごとを言っているかの様な人魚姫は、フォークを巧みに操って、皿の上のスッポンを解体し始めた。あっという間に甲羅は剥がされ、骨と肉に切り分けられていく。
 そして意外なほどに素早い動作で一匹のスッポンをたいらげてしまった。
「スッポン……食べると精がつく……」
 また同じ言葉を繰り返すマニフィカ。
 汗をかいて銀色の前髪を額に貼りつかせた人魚姫は、まるで桃色の霧に包まれてさまよっているかの様。
 何はともあれ、彼女は桃スッポンを完食した。

★★★
 未来は箸を汁に入れて、具材を探してかき回した。
 箸が当たる手応え。
 未来はそれを素早くつまんで引き上げた。
 鮮やかな濃緑色のキャベツの葉がざっくりと切られて束ねられた物だった。一本の柔らかいパスタがその葉の束を貫いている。ゆでられる前の硬いパスタを生キャベツに突き刺し、串の様に使ってまとめたのだろう。
「春キャベツね!」
「イエス。ワイルド・スプリング・キャベッジ、ネ!」
 未来の言葉に、ジュディが答えた。
 ミニスカJKは野生の春キャベツを口に入れ、噛みしめた。
「とっても歯応えシャキシャキ〜! かなり辛いけどスープの中から染み出てくる甘いキャベツの味がこうジュワ〜っと広がって、本当に美味しく喉に流れていくわ〜」
 さっきの海ブドウを忘れさせてくれる早春の風味に未来は満足した。

★★★
 ビリーは箸を土鍋に入れた。
 一瞬、油の浮いた湯面に見えた白い物をそのままつまんで引き上げる。
 スープを垂らしながら引き上がったのは、大きな一つの白い蕪(かぶ)だった。
 これは他に比べると随分とオーソドックスに思える。
 辛みのあるスープを十分に染み込ませた蕪を、ビリーは大口を開けて頬張った。
「あつあつ。辛みが染み込んだ身が丁寧で上品な味となって煮崩れて、美味やなぁ。こいつは美味さの、白い悪魔やー!」
 満面の笑みでくるくるとトリプルアクセルを決めるビリー。
 そんな風におどける福の神見習いだったが、実は今ちょっと状況を危惧していた。
(ここまで誰も『アレ』食べてないやん。……まさか、このまま最後まで残ってまうなんて事が……いやいや、そんな……)

★★★
 リュリュミア三巡目。これが最後のターンだ。
 土鍋の中身も残り少ない。
 リュリュミアのフォークが最後にゲットした物は……。
「うわぁ」
 気の抜けた驚き。
 ナマズだった。
 白い切り身だが、特徴的な頭が解る様に残してある。
 リュリュミアは一瞬、ちょっと引いた。
 それでも恐る恐る食べてみると……。
「あらぁ」おっかなびっくりの顔が明るくなった。「味が淡白だけど結構いけるのねぇ。小骨が多いかとも思ったけれどもそんな事なくてぇ、汁の辛みとあいまっていい感じぃ」
 ちょっと熱さに手間取って時間がかかったが、それでもナマズを食べ終えた。
「ごちそうさまぁ」

★★★
 ジュディの最後の番だ。
 祈りを込めて、土鍋に突っ込んだフォークが突き刺したのは、前と同じ肉類だった。
「Ah……これはマサカ……」
 彼女の考えた通り、猪の肉だった。
 ジュディは二回連続で自分が入れた食材を自分で取ってしまったのだ。
 残念だが観念するしかない。
 フォークに突き刺した肉を口の中に入れると豚肉に似た野趣あふれる肉の味が広がる。
 食べてしまえば美味しい肉だ。
 辛子をつけた角煮の様な肉汁が口の中に広がっていく。
「アザー・ワン、他の人にも、ディス・ベター・テイスト、この味を味わってもらいたかったデス……」
 噛みしめるジュディが最後に吼える。
「うーッまーッいーッぞーッ!」
 口から黄金光線を放射する様な叫びを挙げる・
 その咆哮で、ジュディは食事を終了した。
 美味しくない物を取らなかったのがせめてもの救いだ。

★★★
「!」
 アンナはフォークに突き刺さってきた物を見て顔が凝固した。
 イカだ。
 それだけなら言葉を失ったりしない。
 アンナは寿司が大好きで、イカの切り身にも慣れているのだ。
 しかし、それはただのイカではなかった。
 オトギイズム大イカというオトギイズム原産の巨大イカの頭部の部分だけが、丸ごと切り取られてスープの中に隠れていたのだ。これを入れた人間は巨大イカを捕ったのはいいが、闇鍋用の鍋に収まるサイズにしなくてはいけないと思い、色色と考えた結果、最もイカという存在を主張している頭部だけを選んだのだろう。
 アンナにとって、これはゲテモノだった。
「……これはなかなかボリュームがありますわね」
 珍しい物を見る眼でイカの頭部を観察していると、濁った巨大な眼球とコンニチハした。
 アンナの故国であるフランスがある『地球』では、巨大イカの眼球は全生物の中で最も大きいという。
 アンナは煮立ったイカにガンをつけられ、思わず座っていた椅子を後ろに引いた。
「……逃げてばかりではいられませんわ! 我、不退転、ですわ!」
 さすがに生臭さは消えているイカに、アンナは向き合った。
 挑戦。
 結構長い時間かけて、それをナイフで切り刻み、片っ端から自分の口に放り込んだ。
 食べ終わった時にはアンナのお腹は完全に張っていた。
 もう三日間は何も食べなくても生きていけるのではないか。
 そんな事を感じさせるほどに彼女は満腹になった。

★★★
 さて、マニフィカの様子が変なのは前に確認した通りだ。
 そのマニフィカが最後に取った食材とは。
 松茸だった。
 そう、あの超高級食材の松茸だ。
 鍋から引き揚げられた今、そのかぐわしきふわりとした香が室内に漂い始めた。
 歯応えもきっとコリコリで、十分に鍋の汁を吸った何とも言われぬ味が噛みしめれば染み出てくるだろう。
 最後の最後で大当たりを引いたのだ。
 それに一秒でも早くむしゃぶりつきたいという衝動には勝てまい、そう皆は思っていた。
 当のマニフィカ以外は。
 人魚姫はとろりとした眼でフォークに刺さった松茸を見つめ続けている。
 松茸はサイズXLだ。
 恐らく、十五、六センチはあるだろう。
 白く太い茎の先に開ききっていない焦茶色の傘がついている。
 マニフィカの眼はトローンとしている。
 半開きの眼線で、そして白い人差し指で松茸の輪郭をなぞる。
 見る限り、全身の肌が火照っている。
 そして、突然。
「気分はエクスタシー!でございますわ!」松茸からナニを連想したのか、マニフィカは普段の彼女からとても想像出来ない物凄く色っぽい声を挙げながら、この場で唯一の男子であるビリーに襲いかかった。「ビリー、あなたにこのわたくしが○○○○で××して○○○××△△△〜!」
「あわわわ〜! 待てやあ、マニフィカさん!」
 突然の事にビリーはズボンを半脱ぎにされ、神足通で逃げ回る。
「ヘイ! マニフィカ! ウェイト、待ちなサイ!」
 怪力のジュディがマニフィカを羽交い絞めにする。
 それでも人魚姫の身体はピチピチと大きく跳ねた。「駄目ですわ! もう我慢出来ませんわ! もうこうなったらジュディでもアンナでも未来でもリュリュミアでも構いませんわ! その松茸を使って〇〇××っ!」
「えい!」
 背後に瞬間移動したビリーがマニフィカの首筋に『鍼灸セット』の針を打ち込んだ。
 するとマニフィカは意識を失い、その全身を脱力させた。
「発情期の獣を大人しくさせるツボや……。まさかマニフィカさんに使う事になるやなんて……」
「なんでこんな事になったのでしょうね」とアンナ。
「心当たりがあるとしたら、あの最初のキノコかなぁ」とリュリュミア。「毒キノコだったのかしらぁ」
「えー、でも、食べても害のない、美味しいキノコだよ?」と未来。彼女はそもそも自分がキノコを間違えた事に気づいてないので、動揺がないし、嘘を言ったつもりもない。
 結局、しばらく皆は議論し「たまたま食い合わせが悪かったのだろう」という結論になった。
 こうして、気絶したマニフィカは闇鍋パーティが終わるまで部屋の隅で毛布をかけられ、寝かせておかれる事になった。
 闇鍋が終わる頃には落ち着いているだろうという希望的観測だ。
 しかし、このリアクションが十五禁ではなく成年指定だったら、展開がどうなっていたか解らないところだった。そうなったらマスターも思わず筆が走っていたかもしれない。キケンだ、キケンだ、ケンダマン(BYキ〇肉マン)。

★★★
 闇鍋再開。
 といっても後は未来とビリーしか残っていない。
 もう具が二つしかない土鍋に箸を突っ込んだ未来が取った物とは。
「やだー! カエル―!」
 未来の箸が足をつまんで引き上げたのは、一匹丸ごとのウシガエルの煮物だった。
「フランス料理では高級食材でございますわ」
 アンナが状況をフォローする。
「…………」
 そうは言われても未来は姿がそのままのカエルを食うのは思いきり抵抗があった。
 しかし引いてしまった物は仕方がない。
 汗をダラダラ流しながら、我慢して、勇気を振り絞って、彼女はそれを食べた。
 だが、十分煮込まれた淡白な白身の味と足の中のぷにぷにした脂肪によって、それは意外に美味な物だと気づかされた。
 スープが辛いがそれはしかたない。
 とにかく、食用ガエルの美味に萌えた。
「意外にイケるじゃん」
 未来の闇鍋は幸せ風味で完結した。

★★★
 最後に残ったビリーは箸を握りながら褐色の肌に嫌な色の汗をダダ流しにし、土鍋の前で硬直していた。
 他の具は全部食べられてしまった。
 と、すると最後に残った一つは『アレ』しかない。
 ビリー自身が採り、他の誰かが食べるのをずっと楽しみにしていた『アレ』しか。
「どうしたのぉ、ビリー。ラストなのよぉ」
 表情を察したのか察してないのか解らないリュリュミアがビリーを急かす。
 ビリーは決意した。
「もう、どうにでもなれ、や!」
 人を呪わば穴二つ掘れ、という言葉を思い出しながら、熱い汁の中に箸を突っ込み、最後の一つを掴みだした。
 茹で上がった、鮮やかな真っ黄色。
 素晴らしく黄色い。
 超激辛な天然物として知る人ぞ知る幻の逸品。
 闇鍋大会に相応しい最終兵器と言える、デスソースと競える辛さの王様。
 伝説の『黄ワサビ』だ!
「ててててっててー!」
 やけくそ気味に効果音を口ずさみながら高高と黄ワサビを掲げるビリー。
 その顔面で、嫌な色の汗は最高潮。
「行け! 今こそボクは生ける伝説になるんやっ! ボクなら出来る! 飛べ! 輝け!」
 自分を鼓舞しながら、箸につまんだそれを口の中に放り込む。
 そして。
「くぁwせdrftgyふじこlp;@……っ!!」
 何とも言えない悲鳴の様な言葉を叫びながら、ビリーは部屋中をのたうち回った。
 凄まじいリアクションだ。
 今、彼は一気にリアクション芸人のチャンピオンになった。
 ビリーは口を手で押さえながら、神足通で姿を消した。ランダムテレポート。「いしのなかにいる!」しなければいいが。
「あら、何処かでカエルが『ケロケロ』鳴いていますわ」
 耳をすませたアンナがそんな事を呟く。
 とにかく、これで全ての具材が食され、闇鍋は終了した。
「締めの酒を飲もうと思うケド、他に誰かつきあいマスカ?」
 そんな事を言いながらのジュディを先頭に、皆は個室を出る。
 マニフィカはまだ寝たままだ。ジュディに抱えられて一緒に出ていく。
 炭火の消えた土鍋が残される。
 その湯も今に冷めるだろう。
 意外にゲテモノよりも正当な美食を楽しめた、充実した一時となったのだった。
 闇鍋パーティ、これにて完。

★★★
 ……もうちょっとだけ続くんじゃ。
 この闇鍋パーティで一つだけ食べられなかった食材があった事に、プレイヤー諸氏はお気づきだろうか。
 冒険者達が出ていった個室に一人残ったウェイトレスが、コンロの陰に落ちていたそれを拾った。
「……美味ー☆」
 超高級食材である松茸を噛みしめながら、ウェイトレスは呟いた。
 闇鍋パーティ、これにて本当に完。
★★★