「ビブリオマニアになろう!」(読書ライフ満喫編)

ゲームマスター:夜神鉱刃

もくじ


●アンナの読書ライフ

●マニフィカの読書ライフ

●リシェルの読書ライフ

●ジュディの読書ライフ

●リュリュミアの読書ライフ

●ビリーの読書ライフ

●未来の読書ライフ

●萬智禽の読書ライフ


●アンナの読書ライフ


『ちゃんちゃかちゃ〜ん!! 午前八時です! 開店時刻です! ビブリオ書房、本日もフル回転で皆様の読書ライフ、応援致します!! お客様方、良き読書ライフを!!』

 11階建ての巨大な書物タワー、いや、ビブリオ書房がいよいよ開店時刻となった。
 本書店前には、警備員や係員の指示の元、大勢のビブリオマニアたちが大蛇のような列を作って並んでいる。
 ぞろぞろと、読書好きたちが入場するその中には、我らのヒロインたちもいた。

「ふう……。やっと、開店ですわね! お早めに入場して、例のブツを入手しなくては!」

 フランス令嬢のアンナ・ラクシミリア(PC0046)は、小さな手に図書券や商品券を握りしめて、今か今か、と入場を心待ちにしている。

「ん? あら、アンナさんではございませんこと!? お早いですわね! おはようございます! 本日は、ビブリオマニア同士、共に読書発掘をがんばりましょう!!」

 アンナの背後斜め付近から声をかけてきたのは、人魚姫大学生のマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)である。背が高いのと特徴的な古代の衣装なので、アンナは友人をすぐに認識できた。

「あ、あら!? マニフィカ……。ボン・マタン(おはようございます)! え、ええ、お早いのですわねえ……お互いに……」(アンナ、ちょっと気まずそう……)

「ですわね! ところで、その例のブツって、なんですの!? レアな本なのかしら!?」(何も知らず、にこにこしているマニフィカ)

(うっ!! 口を滑らせましたわね! ちゃっかり聞かれていましたわ! ですが、このミッションを遂行するためにも、ここは……!?)

「え、ええ! 9Fで理論魔術の素晴らしいご本が販売されているそうですわ! 本日はそのご本をメインに買い物に来たのですわ!」

「おほほほ! お気持ち、わかりますわ! 楽しみですわね!」

 ひとまず、アンナは、ミッションの最初の関門を切り抜けたようだ……。

***

 すたたたたたた……!!
 アンナは人目を忍んで、急いで3Fへ移動した。
 もちろん、店内は走ってはいけないので、速足で。

 まさか冒頭で知り合いにばったり会うとは予想外だったアンナ。
 だが、ここまでくれば、もう大丈夫!
 さあ、例のブツ、いやお宝を!!

【3F サブカルチャー ラノベコーナー】

 この階は、萌えが重視されているので、あらゆるところに萌えキャラの展示物が飾られている。人気ラノベキャラたちのポップや等身大人形がアンナをお出迎えしてくれた。

(あ、ありましたわ!! そう、これですわよ、これ!! モエジマ文庫編集部『これがマギ・ジスの萌えラノベだ!』 これさえあれば、この国のラノベがざっくり、すっきり、丸わかりですわ!! 掲載されているラノベ短編と編集部の解説を熟読すれば、この国のラノベは制したも同然ですわ!!)

 アンナがうきうきわくわくしていたそのとき……。

「おーい、こっち、こっち!! ラノベはこっちだ!」
「おう、ラノベはそっちか?」
「例のもん、あった?」
「いや、見つからんな。モエジマ文庫編集部『これがマギ・ジスの萌えラノベだ!』の本棚はおそらく近くにあるはずだが……」
「あ、あれじゃね? 山積みになっているっしょ!?」

 現れたのは、風紀モブたちであった!
 アンナは、ちょっとだけ知り合いだ。
 そう、『3番目の魔術師事件』のときに協力関係にあったり、助けてあげたりして……。

(ま、まずいですわ!! モブといえどもNPC! 列記とした知人ではありませんか!? わたくしの趣味がばれたら、何と言われることでしょう!! かくなる上は、ここは……!!)

『こら!! あなたたち! ラノベなんて読んでないで魔術の本でも買って勉強しなさい! これは風紀委員長命令です!!』

 アンナは付近の本棚の物陰に隠れて、スノウ委員長(NPC)の声色を使い、モブたちを威嚇(いかく)した。(固有スキルは持っていないので、あまり似ていないが……)

「うお、やべ、委員長か!?」
「え? どこどこ? 姿が見えないけれど」
「って、おい、きっと監視しているんだ!!」
「逃げろ!!」
「うひゃー!」

 ひとまず、危機は去ったようだ……。
 だまされたモブたちは、どこかへ逃げて行ってしまった。

(ふう、早いところ、レジに持って行きましょう……。次は誰に会うかわかりませんものね……)

***

 3Fで無事にラノベを買えたアンナは一安心ができた。
 さて、他にも買いたい本はあるので、順次、回って行くようだ。

【4F 文芸 SFコーナー】

 SFコーナーは、各地に科学模型が飾られていた。いわゆる空想科学という分野なので、派手で萌えな戦闘機なんかも天井から吊るされている。

 アンナがSFコーナーに着くと、既に先客がいた。

「ふむ。モブ水組よ。このSFの本を買おう。色々詳しく載っているぞ」
「うむ。モブ風組。マギ・ジス大学のSF研究会が編集した本だな。たしかにこれは……他と比べて抜群に詳しい!!」

 アンナはこれまた別の風紀モブたちと遭遇した。
 今回のSFに関しては、アンナは隠しているわけではなく、世間に説明できる理由があるので、堂々と輪に入って行った。

「あら、ごきげんよう、風紀モブたち! そのマギ・ジス大学のSF本って、どれぐらい良い物なのかしら?」

「あ、これは、アンナさんではありませんか。先日の事件ではお世話になりました。いやはや、実はね、我々、お恥ずかしいことに、前回の事件では随分と足を引っ張ったではありませんか。それでね、今後、また科学勢力と戦うことになる場合に備えて、今のうちに科学の研究をやっておこうと思ったわけです」

「まさしくそのとおり。それで、SFの本で使える物を探していたわけです」

 アンナは、なるほど、と頷いた。
 実は、アンナがSFコーナーに来たのも同じような理由からだ。
 アンナは以前に、SFは想像力を鍛える訓練になると学院の授業で学んだことあった。
 しかもマギ・ジスタン世界は科学対魔術が戦う異世界の本場だ。
 なおのこと、科学のことは知っておいた方が良いだろう。
 そこで、彼女は、手っ取り早くわかりやすい科学知識の補給をしたいと思い、SFを読むのが良いかと思い至ったそうだ。

「そうですわね。やはり科学のことは何かと勉強しておくべきですわね! しかし、ここのコーナー、色んなSFの本がありますわ! ふうむ、そのお話に出ていたご本、中身をちょっとだけ見てみましょう……」

 アンナは、マギ・ジス大学SF研究会『近未来SF古典集成』を手に取り、ぱらぱらと、めくってみた。どうやら、科学別(大枠として数学、物理学、化学、地学、生物学など)に分かれて古典的に有名な短編SFが満載されていた。本の厚さもそれなりにあり、ちょっとした事典になっている。イラストや図解も多く、読みやすい工夫もされている。

「うふふ。あなたたち、でかしましたわね! わたくしもこの本、買うことにしましたわ! では、わたくし、買い物の続きがありますので、この辺で、オルヴォワー!(さようなら) お互いに精進しましょう!」

 アンナは良い本を勧めてくれた風紀モブたちに別れを告げ、レジに向かった。

***

 エレベーターで一気に上がり、アンナは9Fへ向かった。
 9Fは、いかにも怪しい魔術的雰囲気を醸し出す魔窟のようなコーナーだ。
 入り口の入門書コーナーは、初心者向けの魔術の本がこれでもかと宣伝されていた。
 その道で有名な獣人ハムストン教授の顔写真も、なぜか立体ポリゴンで表示されている。

【9F 魔術書 入門書コーナー】

 アンナは、先ほどのマニフィカとの話で出した理論魔術の本を求めてこの階にやってきた。念のため、マニフィカがいないかどうか、ざっと見渡したが、彼女の姿はなかった。もし、何か言われた場合、理論魔術を購入しているところを見せればセーフだ。

 理論魔術の本は意外と簡単に見つかった。
 魔術書入門コーナーの入り口にその本のポップが出ていた。
 すぐそばの本棚にたくさん在庫があるのが見えるし、そもそも山積みになっている。
 しかし、アンナは山積みを見落としてしまい、棚に手を伸ばす。

(あ、ありましたわね! ジョン・ハムストン『図解 マギ・ジスタン世界の魔術と科学』!あら、ちょっと棚が高いですわ!! ええい、それ!!)

 アンナはぴょんぴょんしながら、その本をつかんだ、はず、だが……。
 一人の女性が、ちょうど同じときに、同じ本を、ぱっとつかんでいた。

「あ、あなたは!?」
「あら、あなたこそ!?」

 二人は、顔を合わせて、思わず、苦笑しまった。

「あら、スノウではありませんか!? あなたもこのご本をお探しで!?」

「ええ、そうよ。この魔術で魔術スキル全体の底上げをするのよ。なにしろ、前回の事件、私は委員長でありながら実力不足を痛感せざるを得なかったわけで……。ここらへんでスキルアップしないと、次の十年はないわね!」

「そうですわね! お互いにがんばりましょう!」

 アンナは、次の十年もこのスノウという人は委員長をやるのだろうか、と首を傾げたが、話を合わせておいた。いや、この人物は存在そのものが委員長なので、きっと一生委員長をやるのだろう。

 そして、令嬢が委員長にその本を譲ると、別の人物がアンナに同じ本を差し出してくれた。

「はい、これ、アンナさんの分!! 私たちもがんばります!」
「がんがりやす!!」

 風紀モブの無属性組の魔術学生たちもこのコーナーにいた。
 二人の微笑ましいやり取りを見ていたようで、にこにこしていた。

「ええ、メルシー(ありがとう)ですわ!! あなたたちもぜひがんばってくださいね!」

 ちなみに、この階のレジへ行く道中、アンナはコピーマン先生(NPCで元アンナの師匠)とも遭遇したが、あえてあいさつはしなかった。
 先生は、はあ、はあ、と喘ぎながら、東洋魔術の本を立ち読みし、あ、あいぜん、みょうおおおおおおおおう、うはは……と叫んでいたからだ。
 きっと、先生は、お仕事で多忙な最中なのだろう……。

***

 アンナが10Fに着くと、この階は色々なスポーツ用品の展示があり、豪華な魔剣や魔銃なども飾られていた。サッカー選手やバスケ選手などのスポーツ選手のポスター、そして有名魔法剣士や有名魔銃士のポスターもきらびやかに電子的に表示されていた。

【10F スポーツと格闘技 打撃コーナー】

(ええと……。あ、あった、ありましたわ! ウラジミール・ブレイコフ『重く痛い打撃のための指南書』! この本で打撃の勉強をしたいところですわ! なんだかんだ言っても、わたくしは、モップ使い! モップの突きは打撃ですわ! 他にも、『乱れ雪桜花』や『ゴーレムパンチ』などのスキルも打撃ですし! ここで戦力アップですわ!)

 この階では、アンナは特に知人には会わなかったので、さっさと本を買って、11Fのカフェへ急いだ。

***

【11F カフェ 魔法ランプの席】

 11Fのワスプ支部であるカフェテリアは広々としていた。
 お昼を少し過ぎたところだが、客席のスペースがもともと広いので、なんとか座れそうだ。
 アンナは、魔法のランプが点灯している角スペースのテーブルに座ることにした。

(ふう、すっかりお昼を過ぎてしまいましたわね……。さて、何にしようかしら!?)

 アンナは、テーブルのメニューをぱらぱらとめくった。
 やってきたウェイトレスには、Cランチ(トマトソースのパスタ)とミルクティを注文した。

 令嬢は、本を取り出して、料理やお茶が来るまで待つことにした……。

(ふう。読書でもしますか。この分厚い入門書をそれなりに読んでしまいましょう! 今日が終わるまでにどこまで行けることやら……。あらあら、この本、導入からして愉快ですわね! 教授の似顔絵から始まって、魔術と科学の定義や対立の図式がわかりやすいですわ!!)

「へい、おまちどさま、だぜい!!」

「あら、メルシーですわ……。って、聞き覚えがある声ですわ!! あなたは!?」

 ワスプのバーテンダー、ナイト・ウィング(NPC)がパスタとミルクティを運んできてくれた。しかもコック自ら!

「アンナちゃん、来てくれたんですかい!? うれしい限りですぜい。へへへ、あまりにもうれしくなっちまって、わざわざ俺自ら運んじまいやしたぜ!」

「うふふ。ありがたく頂きますわ! きっと、ナイトが作ったのですから、美味しいのですよね?」

「もちろんですぜい! んじゃ!」

 実はアンナ、風紀経由でここにいるので、この日、ナイトがここで働いているのは知らないのである。突然のハプニングでうれしかったが、ともかく、今はパスタとミルクティだ!

(むむむ!? アルデンテなコシのある噛(か)み応えですわね! トマトソースもあま〜くうまみがあって……ナスやひき肉もまた絶妙!!)

(さて、ミルクティの方は……。おや、これまた、お上品な味が!! これは、マーギ・グレイの茶葉ですわね! 深みのある苦みにミルクと砂糖の甘さ加減がトレビアン!!)

 アンナは、食べ終わると、ウェイトレスに食器を下げさせて、再び本を取り出した。
 読書好き令嬢は、マーギ・グレイをたまにすすりながら、読書に熱中してしまった。
 この日は、表が暗くなるまで、理論魔術の本をじっくり読んでいたようだ……。


●マニフィカの読書ライフ


 自他ともに認めるビブリオマニア・マニフィカは、もちろん開店直後には既に店内にいた。先ほど、並んでいるときにアンナとも遭遇したが、特に怪しんではいないようだ。マニフィカは天然なので、アンナの言葉を素で受けてしまったようだ。

「さてと。てきぱきとビブリオマニア活動を始めますわ! まずは、1Fですわね! ん? あそこにいらっしゃるのは!?」

 怪しくも厳つい熱血魔術教師、いや、アスラ学院長(NPC)の姿がそこにあった。

「ふむ。これはいかん!! 開店直後だと言うのに、我が校の学生の姿が全然見当たらんとは、何たる不届きなことだ!! ぷりぷり……」

 どうやら、学院長は、学内の読書シーズンイベントのチェックに来たようだ。
 学院長の脳内では、本来ならば、学院生たちが今の時刻に本を買い求めることがデフォルトのようだ。だが、現実は違うらしい……。

 マニフィカは、念のため、怪しい挙動の学院長に声をかけることにした。

「おはようございます! ご機嫌よろしゅうございますか、アスラ学院長?」

 背後から呼ばれて、学院長は、くるり、と向き直った。

「うむ。おはよう。これはこれは、風紀協力者で魔術博物学部のマニフィカさんではありませんか。ふむ、感心、感心。やはり学院の読書シーズンである今、開店直後に店にいて、読む本を探すことはもはや我が校の常識! どうも最近の学生はそれがわかっていないようだが……マニフィカさんは優等生なだけあって、さすがですな!」

「いえいえ。とんでもございませんわ! わたくし、そもそもがビブリオマニアですので、これぐらいは当然ですわね! それと、学院から支給された商品券、ありがとうございました。お陰様で本を買う資金が増えて助かりましたわ!」

 姫であるマニフィカの財政状況からすれば、学院から支給された商品券などささいな額だが、ここはきっちりとお礼を述べておいた。

「ふはは。商品券でもあげれば、少しは学生たちの重い腰も動くかと思っての創意工夫だったのだよ。では、私は見回りがあるので、この辺で! 良い本に巡り合えるといいですな!」

「はい、精進致します! 学院長の方こそお気をつけて!」

 マニフィカは、1Fの見回りを続けるアスラ学院長にぺこりとお辞儀をして、彼の姿が見えなくなるまで見送るのであった。

***

【5F 文芸 絵本コーナー】

 文芸の絵本コーナーは、幼児や児童向けのコーナーなだけあって、子ども向け絵本のポップやキャラ展示物で溢れていた。児童向けのゆるキャラたちの等身大人形も並んでいた。

 実はマニフィカ、絵本も大好きだ。『召喚☆バカムートくん!』シリーズは大のファンであり、スタンプトン先生(NPC)の新刊を心待ちにしていたぐらいだ。

「あ、さっそくありましたわ! 『バカムートくん、さいごのたたかい』! あの山積みのところですわね!」

 マニフィカが、積まれている本から一冊、ひょいと、取り上げた。
(背が高いので、見下ろして取り上げた、と言うのが正確だろうが)

「ななな、なんということでしょう!!」

 絵本の帯には衝撃の事実が書かれていた。

『わたしには、もはやこれいじょうのバカムートくんをえがくことができない。このほんでさいごになります。よいこのみんなありがとう!』

 噂では聞いていたが、どうやら真実であったようだ。
 スタンプトン先生は絵本作家としての才能の限界から執筆を断念されたらしい。
 国民的に愛されていたバカムートくんシリーズも今回で本当に最期のようだ。

 そんなショックな気持ちで落ちていたマニフィカのすぐ近くで、幼児が泣いていた。
 見たところ、知人のジェニー(NPC)よりも年下の女の子だ。

「あらあら、よしよし! どうされたのかしら? お姉さんに教えて頂けます?」

 まさか、スタンプトンの断筆宣言で泣いているわけではないだろうが、事情が飲み込めない人魚姫は、とりあえず話を聞いてあげようと思った。

「ママー!! ママがー!! ママがいなーい!! うわーん!!」

 なるほどね、とマニフィカは頷いた。
 要するに迷子なわけだ。

「では、お姉さんと一緒にママを探すことにしましょう! さあ、お手々をつないで、行きましょう! アナウンスのお姉さんにお願いしてママを呼んでもらいましょう!」

「う、うん……ありがとう!」

 こうして、マニフィカは数分、迷子の子のおもりをしていた。
 小さい子の母親もアナウンス後、すぐにやってきた。

「この度は、ありがとうございました! 何とお礼を述べればよいでしょう!」
「いえいえ、お母さま、お礼には及びませんわ! 姫として当然のことをしたまでですわ!」

 母親とその子どもに別れを告げた後、ぴこん、とマニフィカの頭脳が閃いた。

「そうですわ! そうしましょう! 本日は、ビブリオマニアや司書の名にかけて、本屋で困っている人たちを助ければいいのですわ!」

 マニフィカは、各階に困っている人がいないかどうか探し始めることにした!

 ところで、彼女の視界の片隅で、アスラ学院長が学生たちを説教している姿がちらりと見えた。マニフィカは、そのときは気に留めていなかったのだが……。

***

 マニフィカは友人、知人、赤の他人で困っている人を見つけては、片っ端から助けていた。やがて、彼女が8Fに上がると……。

【8F 科学書コーナー 出入り口付近】

 科学書コーナーの出入り口は、科学系の展示物やポップでにぎわっていた。
 機械工作から科学兵器まで並んでいて、ちょっとした科学博物館の入場口だ。

「ううむ……。次の革命集会で読んで議論するにふさわしい科学書が見つからん……。アレは学問的にちょいとレベルが低い。コレはなんか科学的にウソくせえ。ソレは既に読んで議論した。ぬぬぬ……こんなに真剣に悩むと、余計にハゲそうでいかんなあ……」

 科学的革命残党分子の指導者ヴァイス(NPC)は、科学書の選定に困っていた。
 できることならば、誰かのアドヴァイスが欲しいぐらいだ……。

「科学書でお困りですわね! こういうご本は、いかがでしょう? 例えば、化学であれば、マギ・ジス大学化学部アンチ錬金術研究会が出版された『錬金術の死亡宣告書』など、どうでしょう? 生物学であれば、マギ・ジス大学生物学部アンチ霊体研究会が出版された『霊体の批判と細胞生物学』は、いかがでしょう? どちらもあなた方がいつも主張されている魔術のアンチについて研究された科学書ですわよ!」

「お、おお!! そうか、そういうのがあったか!! うむ、それにしよう、ありがとう、マニフィカ!! あ、だがな、言っておくが、俺は、魔術勢力と馴れ合うつもりはさらさらないぜ! しかし、アドヴァイスはアドヴァイスとして受けっておこう! 科学は感情抜きで事実に正確でなくてはならないからな! さらばだ!」

 ヴァイスは、受け取った二冊を抱えて、レジに逃げて行った。
 どうも魔術師は未だに苦手なようであるし、本を勧められて照れくさいようだ……。

 革命老人と入れ替わりに、アスラ学院長がやって来た。

「ふむ。科学書か。本来ならば、魔術学生が科学書を読むのはけしからんことだが、これもまた時代の要請でもあるな。魔術対科学の最終的な決着がつかない今、我が校も科学の研究に本腰を入れないといかんかもしれん……」

「おっしゃるとおりですわね、学院長! 見回りご苦労様ですわ! 学院長も良いご本は見つかりましたか?」

「いやいや、私は見回りだけで十分だよ。ほっほっほ……」

 学院長はすぐに行ってしまったが、マニフィカはまたお辞儀をして見送った。

***

【9F 魔術書 魔導動物学コーナー】

 魔導動物や魔導系の魔術書がぎっしりと詰まっている本棚。
 そこには、魔導動物やら魔導科学やらの模型も展示されていた。
 コーナーの一角には、かの有名なウォルターラットの剥製(はくせい)や魔導科学UFOの模型もあった。

「くうう……。心配だ……心配だあ! 私とウォルター先生(NPC)の本が売れるだろうか!? 学生たちはちゃんとあの本を購入して勉強してくれるだろうか!?」

 魔導動物学のコーナーで怪しくうろついているのは、魔導動物学准教授のフレドリック・バードマン(NPC)であった。

 人魚姫は、彼があまりにあからさまにも怪しいので、嫌でも気になってしまう。

(先生……。お気持ちは察しますが、あからさまですと変質者みたいですわ! そうですわ! わたくしが先生のご本を買って差し上げましょう! どの道、購入予定でしたし!)

 マニフィカは、ハインリヒ・ウォルター&フレドリック・バードマン『魔導動物学概論(竜人編)』を本棚からそっと抜き出し、バードマンに気づかれないように、レジに向かった。

 やがて、購入を終えたマニフィカは……。

「バードマン先生! ご機嫌よろしゅうございますか?」

「ん!? うおっ、マニフィカさん!? あはは、もちろん、ご機嫌はよろしゅうよ!?」

 答え方がおぼつかない時点で、先生は相当焦っていることがわかる。

「バードマン先生にお願いしたいことがございますわ! わたくし、先生方のご本を購入したのですが、サインを頂けないでしょうか?」

「え? 購入してくれたんですか!? それにサインまで! はい、喜んで!!」

 しゅるしゅるるる、とバードマンはサインをしたためた。
 ついでに、ウォルター先生の分までサインをしてくれた。

「うっははーい!! きゃっほーい!! 本が売れましたー! サインしましたー!!」

 獣人化せずとも、バードマンは両手をひらひらと羽ばたかせて、どこかへ飛んで行ってしまった。

 そこに、アスラ学院長がやって来た。

「うむ。バードマンとウォルターが出した本か。これは先日、読んだな。悪くはない本だったが、この二人もまだまだ精進が必要だ。もっとも、学院生には読むことを推奨したい。マニフィカさん、ぜひこの本で勉学に励まれてくだされ!」

「はい、精進致しますわ! 先生も見回り、お疲れ様です!」

 本日、アスラ学院に出くわしたのは何度目だろう、と思いつつも、マニフィカはお辞儀をして、見送るのであった。

***

【10F スポーツと格闘技 魔力格闘コーナー】

 魔力格闘コーナーでは、重厚な魔槍や甲冑(かっちゅう)が展示されていた。
 魔力波動を放出しているイメージキャラのポスターやポップなども飾られていた。
 巨大なスクリーンには、聖アスラ学院主催の魔導剣術学部の剣道大会が放映されていた。

 そこで、マニフィカは、恐るべきものを目撃してしまった。

「うおおおおおおおおおおおおおお!! 本、うぜえええええええええええ!! おもしろくねえええええええええええ!! どこにも魔剣の本なんかないじゃねえかあああああああ!! ぐおおおおおおおおお! 暴れてやるうううううううううううう!!」

 魔炎の精(NPC)が暴れていた。
 彼は、本を探していたようだが、探し方がわからず、通路で寝転んでじたばたしていた。
 もはや幼児の如しだ。

 それを見かねたマニフィカは、注意をする。

「こら、魔炎さん! 本屋は本を買うところですわ! 本を買う人たちの通行の邪魔をしてはいけませんわよ!」

 知り合いに声をかけられたので、魔炎は、むくりと起き上がった。

「おう、マニフィカか! 先日のインチキ博士との決戦以来じゃねえか! いやあ、わりいわりい。俺よ、本って苦手でさ。でも研究所の調査で本を買わないといけねえんだよな。で、魔剣の本を探したんだが、ねえんだ、これ!」

 ビブリオ書房のような大きな書店で、魔剣コーナーの本棚があるはずなのに、彼は一冊も魔剣の本がなかったと主張する。
 これは、素人特有の視野の狭さゆえに本を発見できなかったケースだ、とマニフィカ司書は閃いた。

 マニフィカは、目の前の本棚から、目についた魔剣の本を一冊、抜き取った。
 そして、簡単に中身を確認する。

「はい、ここにありますわよ! 聖アスラ学院魔導剣術学部魔剣研究会『魔力と格闘の波動研究』! このようなご本はいかがでしょう? 学院の魔剣学部による、魔剣を繰り出す際の波動の流れについて研究されたご本ですわ! 写真や図式も豊富ですし、すぐに誰でもわかるように読める工夫もされていますわよ!」

 魔炎は、人魚姫から本を受け取って、表紙をちらりと眺めた。

「おう、これよ、これ! これにするぜ! ありがとよ!」

 魔炎は中身もタイトルもろくに確認していないが、とりあえずマニフィカが勧めるから大丈夫だろうという判断(そして探すのが面倒くさいという手間)からこの本を買うことにしたようだ。彼は、礼を述べると、すぐにレジへ向かった。

 そこへ、アスラ学院長がやって来た。

「ふむ。あれはシルフィー隊長(NPC)の手下だな。たしかに、あのような脳筋は本を読んで学ぶべきだろう。マニフィカさん、彼に本を勧めてくれてありがとう。現代魔術研究所に代わって私から礼を言おう。それと、我が校の魔剣学部は世界一の魔剣学部だ。きっと、マニフィカさんも魔槍の観点から学ぶことが多いだろう。ぜひ、あなたも魔槍の修練には今後も励むように!」

「はい、了解しましたわ! 今後とも修練に精を出しましょう! 学院長、毎度、ご丁寧にありがとうございます!」

 マニフィカは、また深々とお辞儀をして、学院長を見送った。

***

 ところで、今、何時だろう。
 マニフィカは、本屋にいる人たちを片っ端から助けていたので、食事も買い物も全然していないことに気が付いた!

「あら、もうお昼の時刻はとっくに過ぎて、そろそろ夕方ではございませんか!! 昼ご飯……いや、夕ご飯!? いえいえ、三度のご飯よりもご本ですわ!! 買いそびれたご本をすぐに買って帰りましょう! ええと、あと、今日買う予定だったご本は……フレイマーズ大学環境科学研究所『ストップ!フレイマーズ沙漠温暖化』。アガサ・マープル『錬金術の再生神話』。ジョン・ハムストン『図解マギ・ジスタン世界の魔術と科学』……さあ、急がなくては!?」

 人魚姫は、人助けを中断して、買い物の続きに勤しむのであった。
 もちろん、帰宅後は直後に猛読書である!


●リシェルの読書ライフ


「ふわあ……。そろそろ昼頃か……? それにしてもこの本屋、メシ時前なのにそこそこ混んでね? ま、開店直後に来るよりかは、いくらかマシなんだろうが……」

 黒装束の盾魔術師・リシェル・アーキス(PC0093)は、本日、ナイトに誘われたという名目でビブリオ書房に来ていた。課題の本やクエストで使う本なども探しに、休みの今日、とぼとぼと歩いてここまで来たようだ……。

【6F 人文と芸術 言語学コーナー】

 言語学コーナーには、色々な語学書が所せましと並んでいる。
 特にマギ・ジスは多民族国家であるので、あらゆる言語辞書や学習書が多彩だ。
 エルフ語辞典、ドワーフ語辞典、スライム語辞典……。
 国の公用語であるマギ・ジス語の教材も豊富に本棚に入っている。

 リシェルは、ヨーク・ヘイスティング『マギ・ジス語文法事典ABC』を本棚から取り出し、ぱらぱらとめくり、中身を確認した。

「おう、あった、これこれ! 教養科目の言語学入門の授業で使うんだよな。留学しているからには、マギ・ジス語は完璧にマスターしたいぜ! そもそも、この国でしばらくは暮らすわけだから、言葉がちゃんとわかんねえと困るしな……」

 リシェルが、レジにその本を持って行くと、レジで……。

「お客様! その事典、少し厚いですね? 電子書籍版もございますが、いかがなさいますか?」

 店員が気を遣ってくれたが……。

「いや、紙でいいぜ! 電子書籍ってのも、なんか味気なくてな……。俺は、紙の方が好きだし、こっちが便利だ!」

 そういうわけで、リシェルは紙にこだわり購入するのであった。

***

 リシェルが、レジに並んでいるとき……。
 レジ前の棚にキャッチーな最近の本がずらりと並べられていた。
 しかも、その中には、彼のよく知る男の写真がポップで飾られていた!

「ぶっ!!(思わず吹き出す)ナイトじゃねえかよ! しかも歯がキラリとか、キザじゃね? ん、なんだ……。ナイト・ウィング『人気バーテンダーがこっそり教える心理トリック』、か……。ナイトも本出してんのか? 話の種になりそうだし買っとくか?」

 リシェルは、手前にあったナイトの心理学本も手に取り、ぱら読みして、やはり買うことにした。そして、レジへ持って行くのであった。

***

 リシェルはエスカレーターで階を上り、7F(社会・法・政経)のフロアも冷やかした。この階では、以前、砂漠の植林対策で手伝ったフレイマーズ大学のメンツの本もあり、ぱらりとめくって立ち読みした。懐かしいな、とも思ったリシェルであったが、今日は別に買う予定の本もある。7Fは立ち読みだけにしておいた。

 さて、リシェルはエスカレーターで階を上がり、8Fに来た。

【8F 科学書 地学コーナー】

 科学書の地学コーナーは、鉱物や天文模型やらの展示がされていた。
 リシェルもこのコーナーに入るや否や、珍しい鉱物や小惑星の模型を眺めながら、地学書の本棚へ近づいて行った。

「むむむ!? 色々あるな……。そういや、前回、『3番目の魔術師事件』なんていう事件が学内であったようだが、あのときもたしか、科学勢力のごろつきがバックにいたんだったか? 俺はクエストが忙しくて行けなかったが、今後もこの世界にいる限り、科学勢力とやり合うこともまたあるだろうな。今のうちに科学も勉強しておかねえと……」

 リシェルは色々と本を比較して検討したところ、ある一冊の本が良いという結論になった。

「よし、こいつだ! マギ・ジス大学地学部惑星運動研究会『惑星運動からわかる魔術のカラクリ』……。科学分野は色々と難しいが、まずは惑星運動の方から学んでみるか。それにこの本、魔力カットのMAP兵器付きかよ……。なかなか使えそうだぜ!」

 そういうことで、リシェルはこの本をレジに持って行くことした。

***

 リシェルは、科学書を購入した後、また階を上がり9Fの魔術書コーナーへ来た。

【9F 魔術書 黒魔術コーナー】

 黒魔術コーナーは、怪しい儀式の道具やら派手な攻撃魔術展開シーンの映像画面が飾られていた。その一角に黒魔術の名家ゴールドブレイズ家からの寄付金感謝云々の看板も立っていた。リシェルは、女王様の仮面や鞭やロウソクやらも飾られている展示物を見ながら、これはちょっと違うんじゃねえか、と首を傾げていた。

「よっしゃあ! 魔術書探すぜ! ここからが俺の本領発揮だ! 何しろ、俺は魔術師本職だからな……。今回は、攻撃魔術を強化したいぜ! そうすると……やはり、看板にもあったゴールドブレイズ家の本でも読んでみたいな……」

 リシェルは、本棚から、トドロフ・ゴールドブレイズ『黒魔術の歴史と死の商人』を抜き取った。

「おし、これこれ! あ、でも待て! 定番の奴が良書とは限らんぞ! もう少し、他の本も見比べてから、購入を決めよう」

 リシェルは十数分、複数の本を見比べて迷ったが、結局、定番のゴールドブレイズ家の本を買うことにした。

***

 リシェルは、ゴールドブレイズ家の本をレジへ持って行く前に、魔術書入門コーナーも立ち寄った。

「ま、今さらだがよ、入門書なんて……。だが、ハムストン先生の『理論魔術研究』の講義、良かったよな……。聞くところによると、あれを持っていると各魔術スキルが底上げされるんだよな……。ある意味で、持っていてもっとも役立つ本かもしれん……」

 ジョン・ハムストン『図解 マギ・ジスタン世界の魔術と科学』は、苦労することなく見つけることができた。さすがに有名な入門書なだけあって、店頭コーナーで山積みになっていた。リシェルは、ひょい、と取り上げて、立ち読みした。

「ふむふむ……。この魔術対科学の図式とか学説の対立とか、授業でやったな? 類書も多いが、ハムストン先生の本が一番詳しいだろう。うん、これにしよう!」

***

 リシェルが買い物を終える頃は、昼メシ時もやや過ぎていた。
 リシェルには、もうひとつ、やるべきことがある。
 それは……。

【11F カフェ カウンター席】

「うっす、ナイト! 来てやったぜ。なかなかいい買い物ができた、感謝するぜ!」

「おおお!? リシェルの旦那じゃありゃしませんか!! よくぞいらして!!」

 リシェルがカウンター席に着くと、ちょうどそこにはナイトがいた。
 ナイトがコーヒー豆をひいていたところであった。

「で、もちろん、冷やかしじゃねえですな? なんか、注文してくれるんでしょ?」

「もちろんさ。そのコーヒーなんだよ? なんかいいやつか?」

「これはいいものだ、ですぜ! マギラルド・マウンテン産のコーヒーになりやす。渋みと苦みのバランスが良くて、食事にも読書にも最適なコーヒーですぜ!」

「よし、それにした! ブラック、ホットで!」
「はいよ!」

***

「そういやナイトも本出してんだな。後でゆっくり読ませてもらうぜ!」

 リシェルは、鞄からナイトの心理学の本を抜き出して、本人の前で本を掲げた。

「おお! そいつは、まさしく、我が本ですぜい! ありがとさん、買ってくれて! お礼に水道水も付けますぜ!」

「おう、礼には及ばねえぜ! 俺も前から、心理トリックには関心があってだな……。あと、水道水はこの国ではタダなんで、遠慮なくもらうぜ!」

 ナイトから淹れたてのコーヒーを受け取ると、リシェルは静かにすすってみた。
 目の前のバーテンダーが言う通り、確かに渋みや苦みがバランスよく出ている味だ。
 リシェルは、美味いコーヒーをさかなにして、先ほど購入した黒魔術の本に読みふけるのであった。

(読書ライフもいいもんだぜ! コーヒーのいい匂いをかぎながら、難しい本を読むと、なぜか自然とすらすらと読めるもんだな……)

 そんな静寂な時間を楽しむリシェルであったが……。
 その数分後、とあるアメリカン・レディの登場で中断することなる……。

「ヘイ、ナイト! ジュディ、カミング、デース!! オウ!? ユーは、リシェル!? ユーもカミング、デース!! みんなでレッツ・トーク!!」

「お!? ジュディ(ジュディ・バーガー(PC0032))かよ!? 俺はだな、読書中で……。ま、いいや、せっかく本屋に集まったわけだし、ビブリオトークでもするか!?」

(ジュディ編の後半に続く)


●ジュディの読書ライフ


 ウェスタン姿のジュディは、愛蛇ラッキーを首に巻き、本屋でのショッピングを楽しんでいた。1Fでは、美食の本を、2Fではアウトドアの本を、4Fでは時代劇の本を、それぞれ購入したようだ。エスカレーターで階を上がり、ジュディが8Fの科学書フロアに差し掛かった頃……。

(オウ!? 金髪プリンスルックのアレは、ブラスト(NPC)ネ! ヒー(彼)は、サイエンスブックなんて立ち読みして、ナーニ、してる、デース!?)

 ジュディは、科学書を買うつもりはなかったが、一度、この階で降りた。

「ヘイ、ブラスト! ハウー・アー・ユー?(お元気ですか?)」

「ううむ……。あれでもない、これでもない……。ん!? ジュディ!?」

 ブラストは、ちょうど今、化学の本を読み比べていたところだった。
 いきなり背後から読みかけられて、少し驚いたようであった。
 あまりにも熱中していたので、不覚にも背後を取られたようだ。

「ああ、化学の本をちょっとな……」

 ジュディは、ブラストが読んでいた化学の本のタイトルを垣間見た。
 表紙には、マギ・ジス大学化学部アンチ錬金術研究会『錬金術の死亡宣告書』と、書いてあった。

「ムムム!? ケミストリー(化学)ですか!? アルケミストリー(錬金術)のリサーチ(研究)の応用技ネ!?」

 面倒くさそうな顔をしているブラストだが、前回の事件で借りもあるので、答えてあげることにした。

「いや、応用技の研究じゃねえな。前回よ、科学勢力のインチキ博士にだまされて大失敗しちまったからよ……。今のうちに科学も学んだ方が、また科学勢力とドンパチやるときにはいいかなって、思ったんだよ」

「ヘイ、ナイス・優等生ネ! ジュディも応援しマース!! トコロデ、あとで、11Fのカフェにカミングしてくだサーイ! 会わせたいパーソンとお話、ありマース!」

「ああん!? 会わせたい奴と話!? ま、いいぜ、付き合うか。科学書を何冊か買ったら、あとで行くんで、席を取っておいてくれ!」

 ひとまず、ジュディはブラストと別れた。

***

 ジュディが階を上がると、今度は10Fで元TMたちがいた。
 眼帯リーダーのサイレンス・ドロンズ(NPC)、青髪マッチョのジェームス・ゴーストソン(NPC)、暗示の錬金術師のドニー・メタファーマン(NPC)、ピグテイルの転移魔術師のスライス・ウィンドショット(NPC)、魔導科学のUFO少女のドロシー・ドレイナー(NPC)の五人が、魔力格闘のコーナーで、ああでもない、こうでもない、と議論していた。

「ヘイ、元TMネ!! ユーたち、そこでナーニ、してマース!?」

 ジュディに話しかけられて、サイレンスたちは、はっとした。
 サイレンスが代表して答えた。

「おっ、ジュディ先生ですね? 先日の合宿はどうも、お世話になりました。ご存知のとおり、TMは既に解散しましたが、この友人グループのリーダーとして、ごあいさつさせて頂きます。現在、我々は、魔術に直接頼らない戦闘手段を研究していまして、魔力格闘の本を探しているところです」

「オウ、ソウヨネ、あの事件あったから、TMは解散ネ! デモ、ユーたちなら、TMなんかやらなくても、オール・オッケー!! きっと、上手く行くネ!」

 先日の「3番目の魔術師事件」で、ジュディは元TMたちと、それこそ、拳と拳でファイトした仲ではあるが、今では事件も終わり、和解し、合宿も共に参加し、良い仲である。サイレンスたちも、事件後、いじめられることもなく、学院ではがんばっているようだ。

「オウ、アイデア、ありマース!! あとで、ブックの購入終わったら、11Fのカフェ、カミングデース! 会わせたいパーソン、話したいストーリー、ありマース!!」

「おう!? 11Fでカフェか!? 会わせたい奴と話したいことか……。いいぜ、付き合うぞ!」

 今度はジェームスが答えてくれた。

 他のメンバーたちも拒否する理由はなく、あとで、みんなでカフェで集まることになった。
 なお、ジュディは、10Fにも本当に用事があったようで、現代魔術研究所魔導ロボ研究チーム『魔導ロボ研究からわかった狙撃の真実』と聖アスラ学院体育学部スポーツ研究会『楽しいスポーツ百科事典』を購入してから、カフェへ向かった。

***

【11F カフェ カウンター席】

「ヘイ、ナイト! ジュディ、カミング、デース!! オウ!? ユーは、リシェル!? ユーもカミング、デース!! みんなでレッツ・トーク!!」

「お!? ジュディかよ!? 俺はだな、読書中で……。ま、いいや、せっかく本屋に集まったわけだし、ビブリオトークでもするか!?」

 ジュディがカフェへ入ると、カウンター席には既に先客のリシェルがいた。
 コーヒーを飲みながら、本を読んでいるところらしい。

 ジュディは、リシェルの隣には座らず、先ほど呼んだ人たちも集めることにした。

「ヘイ、ブラスト、こっちネ!」
「ハーイ、サイレンスたち! ユーたちもカム!」

 ブラストや元TMたちは既にカフェにいて、席に着いてコーヒーなどを飲んでいた。
 ジュディが学生たちをカウンター席の一か所に集めた。
 カウンター席では、全員分の席がなかったが、彼らを見た先客たちが席を譲ってくれたので、とりあえず全員着席できた。

 見計らったように、ナイトが話し始めた。

「おやおや!? ジュディさんじゃ、あーりませんかー!? それに若い奴らもいっぱいいますね? どうしやした!?」

 ひとまず、ジュディは、紹介することにした。

「ヘイ、ナイト。単刀直入に申し上げマース!! このヤングでパワーがありあまっているゴロツキ共にクエストのハードなワークを与えて、鍛えて欲しいデース!!」

「ん!? なんか、よくわかんねえけれど、すごい話ですかい!? まあまあ、順を追って、お聞きしましょう……」

 要するに、ジュディは、ブラストや元TMたちをワスプで雇ってあげて欲しい、という話なようだ。

「おい、ちょい待て、ジュディ!? なんで俺がワスプで働くんだよ!? あと、元TMも一緒って、どういう!?」

「うむ。ブラストは好かないが、今だけ彼に同意だ! なぜ、我々がワスプに!? そして、なぜここにブラスト!?」

 ブラストと元TM……。
 前回の事件では因縁の仲だった。
 事件後も、合宿などで打ち解けたはずだったが……。
 それでも完全に和解したわけではないので、こういう場面では素が表に出てしまう。

「ヘイ、ブラスト、サイレンス!! クワイエット!!(お静かに!!) ユーたち、そんなんで、社会に出てドーシマース!? ユーたち、社会の厳しさを学ぶ必要ありマース!! ソシテ、ユーたち、そんなに元気がありあまっているなら、世の中にそのパワーを役立てるデース!! ジュディは、教師として、心配しているのデース!!」

 そこで、事情を察したリシェルが割って入った。

「まあまあ、ジュディ。気持ちは、わからねえでもねえよ。だがな、ギルドの先輩の俺から言わせてもらうが、ワスプの仕事って、決して楽じゃねえんだよ。こいつらまだ学生だろう?(まあ、俺もだが)覚悟のねえ奴がワスプの仕事をしても、ケガしたり命を落としたりする場合もあるんだぜ!? いきなりってのもかわいそうだから、少し考える時間をやったらどうだ?」

 リシェルは、アドヴァイスをしたつもりだったが、今度はブラストがくってかかった。

「おまえは……。防衛魔術学部のリシェル・アーキスだな!? 知っているぞ、この前のシールド魔術検定で学内トップを取ったんだよな? ははは、おもしれえ、外に出ろよ、俺とおまえ、どっちが上か決着をつけてやる!」

 リシェル・アーキスを目の前にして、ぴくりと動いたのは、ブラストだけではなかった。
 今度は、元TMたちが汗をたらたらと流していた。
 なぜなら……。

 元TMたちの心の中:(防衛魔術学部のリシェルって、たしか、我々が先日の事件で優等生退治をしていた頃……狙っていたうちのひとりじゃないか!?)

 そこで今度は、ナイトが割って入った。

「まあまあ、皆さん、落ち着いて。ここは、本屋であり、カフェだ。百歩間違っても、ここは殴り合いをするところじゃねえんだぜ……。それにリシェルさんの言うことも一理ある。いくらジュディさんのおすすめであっても、我々は仕事としてやっている。学生でも腕と責任感のある奴はもちろん雇うが、見たところ、こいつらは、今、何の覚悟もなしに、突然、言われて、ここにいると見た」

 だが、とナイトはきらりと牙を輝かせた。

「ワスプは無条件で専属冒険者は雇わねえ。うちには、トライアルってもんがあるんですぜい。そこの金髪の兄ちゃんや眼帯の兄ちゃんやその他仲間たち……。おまえさんらに、ワスプを受ける覚悟はありやすかい? もし、本気で受けるなら、本日中、遅くても明日中には、本店の方のトライアル申込をしてくれ。俺が相手をしよう……。もちろん、ワスプに入れた暁には、みっちりと社会人の厳しさを教えてやるぜい!」

 ワスプの指導者のひとり、ナイト・ウィングにまでそう言われてしまったら、さすがのブラストやサイレンスたちでも逆らう気が起きなかった。ひとまず、リシェルは殴り合いにならずほっとして、ジュディも顔見世が成功したものと胸をなでおろした。

「ヘイ、ユーたち! そーいうわけで、本日は、パーティ、シマース! じゃんじゃか、食うデース! すべてジュディのおごりデース!! ついでにそこにいたリシェルもおごりデース! ユー、食えヨ!」

 リシェルはさすがに悪いと思い断ろうとしたが、これはアメリカン・マナーだと言われて、しぶしぶとおごられることになった。ブラストやサイレンスたちもそれとなく断ろうとしたが、ジュディの気迫に押され、パーティタイムになった。

「ヘエエエエエエエイ!! ジュディ・イーツ・オール!!(ジュディは何もかも食べマース!!)」

 ジュディの目の前には、ほぼ全ての料理がそろっている。
 Aランチのふっくらパンケーキ。
 Bランチの豪華イースタン海鮮ちらし。
 Cランチのあつあつカルボナーラ。

 デザートもあたりまえのように全制覇だ。
 ショートケーキ、コーヒーゼリー、プリン、アイス、パフェ、フルーツミックス。

 お菓子バーもついでにどかん、と勢ぞろい。
 チョコレート、マカロン、クッキー、ビスケット、ウェハース、キャンディ、ガム、キャラメル、グミ、ラムネ、マシュマロ、ポテトチップス。

 ドリンクだけは、プライスレスな水道水だ。

「ヌオオオオオオオオオオオオオウ!! レッツ・フード・ファアアアアアアアアアアイト!!」

 ジュディは猛烈な勢いで、全てのランチを同時に平らげた。
 その直後、全てのデザートを平行しておそろしい勢いで片したあと、お菓子バーをぺろりとぱくりとコンプリート。

 横で見ていたリシェルは覚悟を決めた。

「うおおおおおおおおおおおおおお!! もうヤケだぜ、やってやるぜええええ!!」

 ジュディほどではないが、リシェルも猛烈な勢いでトマトソースのパスタをガツガツと食べ始める……。

「ジュディさんとリシェルさんに続けー!! 我々も参戦だー!!」(サイレンス)
「よっしゃあ、リーダー、そうこなくっちゃよお!」(ジェームス)
「ぼ、僕も……巨漢として負けるものか!」(ドニ―)
「いけいけー! あたしはお菓子だけ食べる!」(スライス)
「そうよね。甘いものならいくらでも!」(ドロシー)

 元TMたちもすさまじい勢いでデザートやお菓子にがっついて、平らげて行く。

「ふっ……。大食い検定ってところか!? なら、負けるわけにはいかん!!」

 何かを勘違いしたブラストもジュディやリシェルに次ぐ勢いで、パンケーキを次から次と平らげ、おかわりをする。

「ひゅー、まいどありー! 今日は、たんまりともうけさせてもらったぜー! ありがとさーん!!」

 ビブリオ書房ワスプ支部が大変な繁盛を見せて、ナイトはご満悦だ。
 この後、ナイトにボーナスが出たとか、出なかったとか。
 ジュディ御一行様は、ビブリオ書房カフェでもフードファイトの新たなる歴史を刻んだのであった。


●リュリュミアの読書ライフ


 お昼もうららかな正午過ぎ……。
 天然植物由来ののほほんお姉さん、リュリュミア(PC0015)がゆらゆらと本屋へやって来た!

「うふふぅ〜。美味しい本あるかなあぁ〜。本食べたいなぁ〜!」

 現代魔術研究所に任された任務で一応来ているものの、お姉さんの脳内は既に美味しいものでいっぱいのようだ。そう、本すらも食べてしまいそうな勢いで……。

 リュリュミアは、階層が説明されている掲示板を見ると、何の迷いもなく、1Fの美味しい本のところへ向かった。

【1F 暮らしと生活 料理コーナー】

 リュリュミアが料理コーナーへ入ると、ところどころにマギ・ジス料理や各国の料理サンプルが展示されていた。ポスターやポップも、今にもよだれが出そうなほどの東西南北のグルメ、グルメ、グルメ、の数々だ。

「わぁ〜。いっぱいありすぎぃ〜。どの本がいいのかよくわかんないわねぇ〜。まさか料理の塩ビサンプルを持って帰るわけにはいかないしぃ〜」

 リュリュミアが困っていたら、そこにサクラ・ブロッサム(NPC)がやって来た。
 リュリュミアは、サクラとは以前にイースタ旅行の際に知り合っている。
 東西の混血美女、サクラは忍者衣装で料理本を探していた。

「サクラぁ〜。お久しぶりぃ〜。お元気だったかしらぁ〜」

 サクラが、くるり、と振り返る。

「あら、リュリュミアさん! お久しぶりです! もちろん元気ですよ! リュリュミアさんの方こそお元気そうですね?」

「うん。おかげさまぁ〜。ところでぇ、料理の本を探しているんだけれどぉ〜。サクラもぉ?」

 にこり、とサクラが答える。

「はい。今度、うちの異文化交流委員会でマギ・ジス料理の特集をするんです。それで、本場の料理本を探していました。リュリュミアさんは、どのような本をお探しですか?」

 う〜ん、とリュリュミアは悩む。

「食べられる奴ぅ!」

 あらら、とサクラが困った。

「食べられる本……。さすがに食用の本はないでしょうね……。そうです、これなんてどうでしょう!?」

 サクラが本棚から引き抜いた本は、聖アスラ学院美食部『マギ・ジスタン丸ごと食べ旅、と書いてあった。

 リュリュミアは、手渡されて、本をぱらぱらとめくってみる。

「うわぁ! すごぉい! マギ・ジス料理の基本からハイランダーズ山岳ご飯、ノーザンランドスープ、フレイマーズ激辛カレー、サウザンランドシーフド、イースタ寿司までぇ……。この世界のあらゆる料理が載っているわねぇ!! うん、これにしたわぁ! ありがとぉー!!」

 リュリュミアは、るんるん気分で軽くスキップして本をレジに持って行くのであった。

***

【11F カフェ テラス席】

 実はリュリュミア、本が苦手である。
 どうも本は、彼女にとって庭いじりと違い勝手が悪いようだ。

 本の購入は、これぐらいにしておいて、11Fのカフェへ向かった。

 昼過ぎのカフェは大変にぎわっている。
 カウンター席では、リシェルとナイトが何やら楽しそうに談話しているようだ。
 リュリュミアは、カウンター席には座らず、陽当たりの良いテラスで着席した。

 ウェイトレスから、メニューを渡されると、直感型のお姉さんは即答した。

「Aランチ! パンケーキがいいわぁ! それとぉ、天然水! フルーツミックスにぃ、お菓子もいいわねぇ!」

「はい、かしこまりました! お菓子バーはセルフサービスとなります! あちらのお菓子エリアでお好きなだけお取りください! ご注文を繰り返します、Aランチ、天然水、フルーツミックス、お菓子バー、以上ですね!」

 リュリュミアは、席を立ち、お菓子バーへさっそく行ってみることにした。

「わぁ〜! チョコの噴水だぁ! 食べちゃおぅ〜!」

 無邪気なお姉さんは、スティック菓子で刺されたマシュマロの棒を一本取り、流れるチョコにゆるゆると着色してみた。

「うふふぅ。おもしろぉ〜!」

 他にも、リュリュミアは、クッキー、ウェハース、グミなども少しもらい、席へ帰った。

 リュリュミアは、自席でお菓子をパクつきながら、先ほど買った本を読みだした。

「むしゃむしゃぁ……。ふうん……。マギ・ジスでも十月にはぁ、お化け祭りと言ってぇ、お菓子を食べてお祝いするのねぇ〜。へぇ〜、このチョコ付きマシュマロのスティックはぁ、もともとも魔法の杖がイメージされているのねぇ〜。むしゃむしゃぁ……勉強になるわぁ……」

 そして待つこと十数分ほど、メニューがやっと運ばれてきた。

「待ちくたびれたわぁ〜。さあて、食べるわよぉ〜!!」

 リュリュミアは、ふっくらと焼きあがったパンケーキにたっぷりとシロップをかけて、フォークとナイフで切り分ける。

「はふはふぅ、パクりぃ……むしゃむしゃぁ……。あらぁ、パンケーキが柔らかくて、甘くて美味しいわぁ……。そういえばぁ、この本、パンケーキも出てたかしらぁ……」

 気になったお姉さんは、マギ・ジス料理のパンケーキのページをめくった。
 ページには、まさに今、食べているパンケーキと寸分も違わない写真が出てきた。

「さすがに甘いわねぇ……。チェイサーが必要ねぇ……」

 ごくり、ごくり……リュリュミアは、天然水でのどを潤し、甘さを浄化した。

「さてぇ……。フルーツミックスも続いて食べるわよぉ……。ワスプ特製だしぃ……きっといいフルーツ使っているのよねぇ……。イチゴからいこぉー! ああん、むしゃむしゃぁ……」

 リュリュミアは、引き続き、本を参照している。
 ページには、マギ・ジスのイチゴ畑のページが出てきて農家がインタビューされていた。

 さて、一通り食べ終えて満腹のリュリュミアは、眠くなってしまった。
 ひとまず、ウェイトレスに食器を片してもらい、日光浴をすることにした。

「うぅ〜ん! 春らしい、いい日差しねぇ〜!!」

 リュリュミアは、軽く背伸びをして、あくびをした。
 穏やかな日光が、魔法バリアの張ってあるテラス全体を照らし、生暖かい。

「うとうとぉ……」

 食事にも日光浴にも満足したお姉さんは、そのままテラス席で寝てしまった……。

 数時間後……。

「リュリュミアさん? そろそろ起きた方が良いと思いますよ……。もう夕方でそろそろ寒くなるわ……」

 夕方の少し寒くなり始めた頃、リュリュミアを起こしてくれたのは、老錬金術師のアガサ・マープル先生(NPC)だった。

「あらぁ!? マープル先生……おはようございますぅ!! って、なんで、先生がリュリュミアのおうちにいるのですかぁ!?」

「うふふ。寝ぼけているのね。ここはビブリオ書房のカフェよ。おうちじゃないわ。さあ、リュリュミアさんも遅くなる前に、本当のおうちに帰った方が良いわよ……」

 軽く寝ぼけていたことを自覚したリュリュミアは、舌をぺろりと出して、先生にお礼を言う。マープル先生も帰る時間だったようで、二人は談話しながら一緒に帰ることにした。

 ビブリオ書房の出入り口で、二人は別れた。
 リュリュミアは、風にゆらりゆらりと乗って、隠れ家へ帰って行くのであった。


●ビリーの読書ライフ


 ビリー軍曹こと、ビリー・クェンデス(PC0096)は、CM分隊(カプセルモンスター・スクワッド)を率いて、書籍の巨塔前で立ちすくんでいた。

「ななな、なんという巨大な塔や! この中に、世界中のあらゆる知識がストックされているんかいな!?」

 隊長であるビリーは、くるり、と背後にいる部下たちに向き直った。

「ええか、本屋で騒いだらあかん。お行儀良くせんと怒られよるからな!」

「コケー!」

 ビリーのペットである金の鶏のランマルが代表して返答した。
 ランマルは、直属のペットであるし、ビリーと一番付き合いが長いので、今や副隊長の位置にいるらしい。
 ランマルが答えると、その後、ミューとか、プゴーとか、萌えーとか、各自が返答に続くのであった。

 時刻は既に正午を過ぎている……。
 うららかな日差しの良天候の中、CM分隊は穏やかに突入するのであった……。

***

「なんや、ごっつ広いねん! 気いつけんと、ほんま迷子になってまうわ!」

 11階建ての威容を誇る大型書店へ突入するや否や、CM分隊は、重厚な防御陣地に足止めを食らってしまった。まさに本の密林地帯であった。

「う、うきゅ?」
「もぐもぐー!?」

 ウォルターラットのトーキチとアリ地獄モグラ改のゴローザが、きょろきょろしていた。どうも巨大書店が物珍しいらしく、そわそわと落ち着かないようだ。今こそ隊長の価値を見せるべきだ、とビリーは彼らを一列に並べて先導した。

「よお、部下たち! 先陣はボクが切るで! 黙ってボクに着いてきや!」

 べろべろ、シャー、と今度は、お化けハイランダケのリキマルとサンドスネークのボーマルが返答した。

***

【1F 暮らしと生活 恋愛/結婚コーナー】

 恋愛/結婚コーナーは、特に女性向けを意識した作りになっていた。
 色調も全体的にピンクで、ところどころに恋愛相談だの結婚式だのを意識した展示物やポップが飾られていた。

「まずは、こいつや!!」

 ビリーが本棚から引き抜いたのは、聖アスラ学院恋愛研究会『恋占いであなたの恋愛と結婚がわかる!』である。

「ボクは、そもそもキューピーさかい。こんなふうな恋占いは本来、得意分野やで! 今のうちに極めておきましょ!」

「萌え、萌え、ダンス☆」
「チー、チー、チー☆」
「みゅー♪」

 CM分隊たちは、いつも通り、踊り出していた!

「こら! 騒いだらあかんやろう!!」

 隊長に叱責されて、部下たちは一斉に踊りを止めた。
 こういうときは、彼らのうちでも統率が取れているらしい。

(そうかい……。待っている間の暇なのがあかんのか……)

「なあ、みんな! 次のフロアからは手伝ってくれや! 総力戦でいくで!」

「プゴー!」
「コケー!」
「シャー!」

 以下、仲間たちは続いて返事をするのであった。

 ところで、なぜかこのフロアの店員は、ビリーを注意するのではなく、拝んでいた。
 恋占いのキューピー、現世に現る、とでも思われたのであろうか……。

***

 階が上がるごとに、本の難易度も上がっているのだろうか。
 ビリーたちCM分隊は苦戦を強いられた。

 2Fの雑学コーナーでは、CM分隊は、偽マスター『マギ・ジスタン世界の雑学大百科』を発掘した。ビリーは、マギ・ジスタン世界を創った人物について以前から疑問を抱いていた。歴史上はレヴィゼル神が世界を創造したということになっている。だが、そうしたらレヴィゼル神は誰が創ったのだろうか。仮に、ゲームマスターという世界の創造者がいるのならば、その人物についての本を読んでみたいと思ったようだ。この本の著者である怪しい老人は、ワシがこの世界を創ったんじゃ、と言っているが、真偽はいかに!?

 5Fの児童文学コーナーでは、CM分隊は、シルフィー・ラビットフード『ようせいたいちょうのぼうけん』を探り当てた。ビリーの上司であるあのシルフィーが児童文学を書いたのだという。半信半疑であったが、ビリーはこの本を買って読むことにした。部下である彼には、半ば、仕事上の義務みたいなものかもしれない。だが、嫌々ながら読むのではなく、向上心を持って読むのが一歩進んだ部下のあり方だとビリーは思った。

 6Fの心理学コーナーでは、CM分隊は、ナイト・ウィング『人気バーテンダーがこっそり教える心理トリック』を発見した。いつもギルドのクエストでお世話になり、美味しい物を食べさせてくれるあのナイトが本を出したらしい。シルフィーが本を出したのと同じかそれ以上に衝撃的だ。しかもあのキザな男の心理テクニックの数々が詳しく解説されているという。ビリーは、うしし、と笑いながら、ちょいと怪しい本の購入に情熱を燃やすのであった。

 やがて、7Fの経営学コーナーに差し掛かると……。

 ちゃらりらりん♪ CM分隊は、ティム・バトン(NPC)とジェニー・バトン(NPC)の兄妹とエンカウントしてしまった!

「あ、あんさんらは……!! ティムさんにジェニーさんやないか!?」
「コココ、コケー!?」

 ビリー隊長とランマル副隊長が驚きの声を上げると、ティムとジェニーがにこりと返事をしてくれた。

「ビリーさん、ですよね? いつもお世話になっています! 今日は皆さんおそろいで、本でも探しに来たのですか?」

 ティムがそう質問すると、今度はビリーがにかっと笑った。

「ま、まあな。これは任務……いや、趣味や! そう、趣味でボクら、ニッチな本を探しいるんや! ボクなあ、最近、商売?盛の方でお守りでも発売しようかと思っておるねん。んでな、経営学の本でも読んでな、ちょいと一発当てようかと企んでいるねん!」

 くふふ、と兄妹はそろって笑った。

「ビリーさんとは気が合いますね。そう、実は僕たちもホットドッグスタンドで一発当てようかと企んでいるんですが……。経営学の本って、どれも難しいですよね? 僕は、大学に行ってないどころか、高校や中学すらろくに行ってないもんで……。なにかいい本ないですかね?」

 ティムはどうやら本を探して悩んでいるようだ。
 ビリーは、ぴこん、と閃いた。

「そうやな! だったら、ここにCM分隊おるんで、みんなで経営学の良さげな入門書探すで! 全員で手分けしたら早いで!!」

「おお、さすがビリーさん! 頼りにしています!!」
「さすがね!」

 ティムとジェニーの熱い視線と声援がビリーには眩しかった。

「シャー、シャー、シャー!!」
「ぷごおおおおおおおおお!!」

 部下たちもやる気満々である。

 そして、数十分後……。

「はあ、はあ、はあ……。なかなかないなあ!? おい、ティムさんに部下たち! そっちはどうや!?」

 苦戦している隊長からの呼びかけに、それぞれが答える。

「ううん……。ダメです、こっちも全然ありません!」(ティム)

「チー!!」(がんばったけれど、見つかりませんでした)(トーキチ)

「コココ、コケー!!」(無理だよ隊長、もうあきらめよう!)(ランマル)

「ぷ……ご……!!」(俺はもうダメだ。あとは任せた……)(ゴローザ)

「みゅみゅみゅー!!」(これ以上は戦闘不可能! 撤退します!)(マタザ)

 以下、ほぼ同文。

 そこに、ジェニーが店員を連れてやって来た。
 ジェニーは、とある一冊の本を抱えていた。

「はい。にいさんにビリーさん。このごほんがいいらしいよ!」

 ビリーがジェニーから手渡された本は……。
 マギ・ジス大学経営科学研究会『犬でもわかる! ホットドッグスタンド経営学入門』、という書籍であった。

 ビリーは、ぱらぱら、とページをめくる。
 どうやらこの本は、犬のゆるキャラと変な教授キャラがホットドッグスタンドというケーススタディを通して経営学の基本を解説する作りになっている。初心者にも配慮がされていて、字が大きく、カラフルで、写真や図解などもふんだんに取り入れられていた。

「せや……!! これや、これやで!! ジェニーさん、でかした!!」

 にこり、とジェニーの一言。

「そうだね。はじめから、てんいんさんにきけば、はやかったね!」

 カーン!!
 試合終了!!
 勝者ジェニー、CM分隊、ノックアウト!!

***

【11F カフェ テラス席】

 無事に経営学の本も見つかり、レジにてそれぞれの会計を済ませたのであった。
 ビリーは、戦の後は腹が減るねんと、ぐううう、と腹の虫を鳴らしていた。
 そういうわけで、ティムたちも誘って、CM分隊は11Fのカフェへ突撃した。

 ビリー含めてCM分隊は10名、ティムとジェニーで2名なので、合計12名になるため、テラスのテーブル席へ通された。

 ビリー御一行様は、ソフトドリンクとお菓子バーを頼むことにした。
 ひとまず、本が見つかったことなどの祝杯を上げるのである。

「では、CM分隊とティム&ジェニー(チーム名)の再会、そして経営学入門書の無事な発見と入手、さらに今後の商売?盛でのぼろもうけを祝い、ここらで乾杯やでー!!」

 ビリーが音頭を取ると、残りのみんなもコップやお菓子を高く上げた。

「ホットドッグスタンド開店と繁盛を目指して、かんぱーい!!」(ティム)

「ビリーさんとにいさんをいわって、かんぱーい!!」(ジェニー)

「コケコッコー!!」(かんぱーい!!)(ランマル)

「萌え萌えビィィィィム!!」(かんぱーい!!)(キチョウ)

 以下、ほぼ同文の部下たちの鳴き声。

 ちなみに、異次元獣(ポリゴンブロック)のジューベーは、今回、ビリーの座席として登場している。

 今後、ビリー率いるCM分隊とティム&ジェニーは、手に入れた経営学の本から勉強をして、どんなビジネスをするのであろうか。彼らのビジネスチャンスにグッドラック!


●未来の読書ライフ


 読書日和なうららかなお昼過ぎ……。
 超ミニスカ制服でひらひらと歩く姫柳 未来(PC0023)がビブリオ書房へやって来た。

「うわー、すごー。開店直後は混んでいるだろうと思って、お昼過ぎを狙って来たんだけれど、まだまだ混んでいるねー。でも最新の人気書店だから当然かな!?」

 未来は実は読書好きである。
 マンガやラノベは人並み以上に読むし、ファッション誌は毎月買っている。
 今日も、新しい大型書店ができたと聞いて、心待ちにしていたのだ。

 本日は色々と買う予定だが、未来はまず1Fのファッション誌売り場へ足を運んだ。

【1F 暮らしと生活 ファッション誌コーナー】

 さすがはビブリオ書房とでも言おうか。
 なんと、マギ・ジスのみならず、マギ・ジスタン世界や交流のある他の異世界の全てで発売されている今月・今週のファッション誌がどどん、と並んでいる!
 もちろん、男性向け、女性向け、その他向け、ユニ・ファッションなど、すべての性別に対応したラインナップが勢ぞろい。特に女性向けは年代別でファッションががらりと変わるが、そこもぬかりなく対応されている。ベビーファッション用品から老淑女向けのファッションまで何もかもあった。

 この怒涛の品ぞろえには、さすがの未来も思わず、おお〜う! と、心の中で叫んでしまった。(本屋で叫ぶのは良くないので、未来は声を出していない)

「ええと……。いっぱいあるけれど……。今、学院の女子の間で流行っているアレ、ないかな〜? かわいいから参考にしたいんだよねえ…………ん、と、えと、あ、あった、これこれ!!」

 未来が探し当てたのは、ピピ編集部『男女兼用ユニ・ファッション図鑑』である。そもそも、ピピ編集部とは、若い女子向けの流行の先端を行くファッション誌出版社である。未来はこの本も毎号欠かさず読んでいる。今回出版されたこの本は、月刊誌ではなく、イレギュラーな特集をするときに出される特別号である。

 未来は念のため、ぱらぱらとページをめくってみた。
 すると、男女兼用の春のコートやらマフラーやらのページが垣間見られた。
 これで間違いはないようだ。そう、今、まさに聖アスラ学院高等部で流行っているのが、このユニ・ファッションなのだ。特に若い男女がペアルックをするのが熱いとか。未来の場合、ペアルックで、というよりは、単純にかわいいから欲しい、という理由らしいが……。

***

 1Fのレジで買い物を済ました未来は、今度は、3Fへ登って行った。

【3F サブカルチャー アニメコーナー】

 アニメコーナーは、その名を冠するだけあり、アニメグッズやコスプレの数々が展示されていた。また、中央の巨大なスクリーンがあり、今、テレビでやっているアニメを流している。しかもアニメ関連の書籍のラインナップも熱い。マギ・ジスでやっている国民的アニメからイースタ産の深夜アニメまであらゆるアニメ本がそろっているのだ。

「うわー、いっぱいあって驚きだよー! んと、やっぱりアニメはイースタ産が最近は、いいよね! あっちの魔法少女アニメも栄えたことだし! それ関係の買いたいんだけれど……」

 未来は、アニメコーナーのイースタ棚をたどって行った。
 彼女は、イースタアニメの研究本が欲しいのだが……。

「あ、あった! イースタ大学アニメ研究会『二次元映像になりたい人のための研究書』、これだね!」

 ここでも念のため、未来はぱらぱらとめくってみる。
 すると、その本では、人気アニメ『魔法少女レヴィ』以降に分岐された最新の魔法少女アニメが研究されていた。もはや『レヴィ』の時代は終わったのだ。今、アニメ業界では、ポスト・レヴィ時代の萌えアニメが戦国時代のように競われているらしい。

「ふうむ……。この魔法少女のポーズとか衣装、参加になりそう! うん、やっぱりこれ買おう!」

***

 未来がアニメ本をレジに持って行こうとしていたそのとき……。
 道中のラノベコーナーを通りかかったとき、萌え魔導士のトムロウ・モエギガオカ(NPC)、風紀副委員長コーテス・ローゼンベルク(NPC)、風紀ヒラのトーマス・マックナイト(NPC)の三人が、なんやかんや、と小声で議論していた。

「で、トムロウ君! 例のブツっていうのは……このラノベで、間違いないよね?」
「ああ、そいつだ、コーテス! 『ケモミミ少女☆丸秘湯けむり大作戦』、これを今後の活動のために読んでおこう!」
「え? ウソ!? 著者にマギケットの黒幕、って書いてあるけれど!? コーテスにトムロウさん、この情報は本当なの!? あの黒幕が書いたというなら、大変なことだね!」
「焦らないで、トーマス! 慎重に……行こう! この本、実は商業出版されているけれど……限定品なんだよ! 本日、このビブリオ書房でだけ……限定50冊の販売なんだ」
「おう、そうなんだぜ、トーマス君! 俺もぎりぎり昨日キャッチしたレア情報だ。でもマニアの間では既に知られた情報らしく、今、危うく最後の四冊しか残っていない!」
「ふう、危なかったよね、トムロウ君! これも何もかも……寝坊したトムロウ君が……悪いんだけれどね! もし、売り切れていたら、杖でぶん殴ってやろうと……思ったところだよ」
「コーテス、気持ちはわかる! でも今、仲間割れをしている場合じゃないよ? あと四冊で完売なんでしょう? だったら、ほら、早く! その辺のオタクやらマニアやらに持って行かれる前にすぐにレジへダッシュだ!」
「おうよ、トーマス君! 善は急げ、萌えは急げだ! 行くぞ、コーテスよ!」
「ああ、待ってよ! 僕、急ぐの……苦手なんだよ!!」

 とまあ、こんな感じでひそひそ話をしながら、萌えトリオは怪しい萌えラノベを一冊ずつ抱えてレジへすっ飛んで行ってしまった。

 それを棚の影から見ていた未来は……。

「へえ……。そうなんだ……。あのラノベ、レアなんだね! よ〜し、じゃあ、わたしも読んでみよう! 善は急げ、萌えは急げ! オタクやマニアに先を越されるなー!!」

 未来は、事の実態を半分以上理解していないが、何やら面白そうなラノベとのことなので、「サイコキネシス」で本を取り寄せてキャッチし、そのまま最後の一冊をレジへ持って行くのであった。

 その後、帰宅して楽しみにラノベを開封し、読んだら……。

 きゃああああああああああああああああああああああ!!!!

 という、絶叫展開なことは、もはやお約束。

***

 未来は、本日の買い物の最後は10Fへ行くことにした。
 10Fは格闘技関係の本が充実しているそうだ。
 まじめな少女は、今後の戦いに備えて今のうちに学んでおこうと思ったらしい。

【10F スポーツと格闘技 格闘技コーナー】

 格闘技売り場には、あらゆる格闘技に関する武器の標本やら有名格闘家のポスターやらポップやらが展示されていた。特に未来は斬撃と打撃に関心がある。斬撃コーナーには、包丁から剣まで、色々な斬撃研究の本が並んでいる。打撃コーナーには、拳の格闘から鞭やこん棒の扱いまで、こちらも色々な打撃研究の本が並んでいた。

「さてと……。『ブリンク・ファルコン』は今後も鍛えるべき技能だから……。それなら、初めからファルコン先生の本でも買った方がいいだろうね……」

 未来が手に取ったのは、リーダー・ファルコン『鮮やかな斬撃のための指南書』である。

 ここでも確認のため、未来はぱらぱらと読んでみた。

「あ、ファルコン先生が出ている! なになに……斬撃を繰り出すときは、事前に気の練り方が大事で……武器の手入れも普段の心がけが実戦での勝利につながる……。ふふふ、先生らしいね! うん、これ買おう!」

 次は未来、打撃の本棚に移り、ある本を手に取った。
 その本は、ウラジミール・ブレイコフ『重く痛い打撃のための指南書』である。

「へえ……。ブレイコフって人、あの『スキル・ブレイカー』の師範なんだね……。わたしは習ったことないね……。あ、ジュディとリシェルが習っていた先生だったかな!? よし、これも念のため、立ち読みを……」

 彼女が確認したところ、この本は打撃の繰り出し方やあらゆる打撃武器について詳しい解説がされているようだ。
 未来はもともと、こん棒使いでもある。こん棒を今後も扱いこなすためにも、この本からはぜひとも学んでおきたいとおもったらしい。

 なお購入理由はもうひとつある。それは、トムロウたちが変態行為に及んだ場合の護身術を鍛えるためでもある。正直なところ、未来は、トムロウやコーテスのような変態がいつ痴漢になって逮捕されてもおかしくはないと思っている。仮にトムロウたちがそこまで堕ちてしまった場合、未来が自ら引導を渡してあげるのもやさしさであるのだろう。

「うん。この本も買おう! わたしのためにも……トムロウたちのためにも……!!」

***

【11F カフェ ソファー席】

 時刻はそろそろティータイムだ。
 それでも三時には早いが、未来はカフェでまったりしたいと思い、11Fへ向かった。

 ワスプ系列なだけあり、ティータイムであっても店内はにぎわっている。
 未来はテーブル席ではなく、ふかふかのソファーの席へ案内してもらった。

「わーい!! もふもふじゃんこれー!? ウサギ系魔物の毛皮じゃない!? いいの使っているよね〜!」

 ぱふん、ぱふん、と未来は座ったままジャンプしてちょっと遊んでみた。

「お客様。こちらがメニューとなります。ご注文が決まりましたら、そちらのブザーで呼んでください」

「ああ、ちょっと待ってウェイトレスのお姉さん! 注文なら既に決まっているよー。マーギ・グレイのストレートティをホットで! あとチョコレートケーキね!」

「はい、かしこまりました! ご注文を繰り返します……」

 実は未来、学生街を通る際に、カフェのパンフレットを事前にもらっていた。
 パンフレットには、美味しそうなチョコレートケーキと味わい深そうな紅茶の写真が出ていた。ビブリオ書房のカフェへ行く際には、ぜひこれを注文しようと思ったらしい。

 未来は、ケーキと紅茶が来るまで、ウラジミール・ブレイコフ『重く痛い打撃のための指南書』を読んで待つことにした。

(へえ……。打撃って面白いねえ……。空手の正拳突きって、こうやるのか……)

 気づいたときには、既にケーキと紅茶は来ていた。

「よ〜し! 食べながら読もう! ふうむ、肘鉄とは、こういうもので……」

 パクリ、とチョコレートケーキを口にいれた瞬間……。
 本に熱中していた未来は……。

 ぱああああああああああああ!!
 笑顔になった!!

「美味しいよ、これ!! チョコが口の中でとろけて甘々! スポンジもいい感じでクッションになっている!!」

 そして、紅茶も上品に少しづつ口へ運ぶ。

「むむ!! マーギ・グレイっていい味出しているね!? 甘い物にぴったりのストレートな渋みだね!!」

 その後、食べ終えて飲み終えた未来は読書へ戻った。

(ほお……。スライムをこん棒で殴るときは、持ち方や打ち込みの角度なんかが重要なんだね……)

 ところで未来、本日ももちろん超ミニのスカートだ。
 ソファーで足を組んで読書をしていると、下が無防備になる。
 ちらり、ちらり、と萌えな布が見え隠れしているが、読書に熱中している本人は気づかづ……。

 そこへ暗躍する萌え部員たち。
 トムロウ・コーテス・トーマスの萌えトリオは、真向いのテーブル席より、先ほどからずっと未来の下半身の動きが気になっていたらしく……。

「ぶほおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 トムロウが激しく鼻血を噴いた!
 鮮やかな流血の噴水が飛び散り、さすがの未来もこれには気がついた。
 未来の頭と制服は、返り血を浴びてしまって……。

「え!? なにこれ、ひどい!? ん? トムロウ!?」

 時、既に遅し。
 未来が振り返ると、コーテスとトーマスと目が合った。
 三人の変態たちが見ていた先には桃源郷があったのだが……。

 ごおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
 未来の背後で炎が燃えた。

「待てー!!この変態トリオー!! 成敗してやるー!!」(未来)

「うわー、しまった、気づかれた、逃げろー!!」(トムロウ)
「ひえー、ごめんよー、わざとじゃないんだー!!」(コーテス)
「ちょ、ちょっと、待ってよ、みんなー!!」(トーマス)

 未来は、先ほどの本から学んだ三拍子の突きを実践した。

 正・反・合!!

 トーマスのみぞおちに正拳突き!
 コーテスの顔面に肘鉄!
 トムロウの股間に膝蹴り!

 変態トリオ、死す!
 完。

(安心してください。履いてますよ……ではなく、次のページより萬智禽さんの「リアクション」へ続きます)


●萬智禽の読書ライフ


 昼時も過ぎた日差しの淡い午後のことだった。
 ぷかぷか、と巨大なアイボリー系の目玉が空を飛んでいた。
 空を飛びつつも、1Fの出入り口からちゃんと出入りする律儀な目玉である。
 そう、この飛行物体こそ、萬智禽・サンチェック(PC0097)である。

 目玉の軍師がまず、目をつけたのは……。

「うむ。2Fで西洋将棋の本が欲しいのだが……。あの本棚の魔境を探索するのも億劫(おっくう)であるな……。ここは、ぴぴっと一発、電子書籍のご登場を願おう!」

【2F 趣味と雑学 電子書籍販売ブース】

 萬智禽は、2Fの電子書籍販売ブースへぷかぷかと移動した。
 念力で、ぴぴっと、パソコンを操作し、検索にかける。

「ふうむ。色々あるのだな。西洋将棋の本で一番良い物は……。おそらくこれだろう……。聖アスラ学院将棋部『西洋将棋わん・つー・すりー』……。この本、テレビでもやっていたのだな。あの西洋将棋で29連勝した子が勉強していた伝説の演習本だな……。私もこのゲームを習熟して、いつか公式戦29連勝を目指したいであるな」

 萬智禽は、ぴぴっと操作して、購入し、自前のMoendows7へ書籍データを転送するのであった。

***

【3F サブカルチャー 電子書籍販売ブース】

 続いて、巨大目玉はエレベーターに乗り、3Fで買い物をすることにした。
 最近、萬智禽は電子書籍にはまっている。
 電子書籍の利便性と合理性にほれた彼は、本日の大半も電子書籍で買い物をする予定だ。

「まずは、これだな! えい、ぴぴぴのぴ! うむ、『二次元映像になりたい人のための研究書』が一瞬で見つかったのだ。さすがは電子書籍対応だな。ふうむ。本書の主題は、三次元から二次元へ、か……。これが噂に聞く、宇宙の実体は二次元であるとする『ホログラフィック宇宙論』とかいう宇宙仮説を扱った本なのであろうか? ふふふ、楽しみだ。あとでじっくり読んで研究してみよう」

 何かを激しく勘違いした萬智禽であったが、探していたものを購入できてご満悦だ。
 さらにもう一冊、彼にはどうしても買い忘れてはいけない本があった。
 それは……。

「ぴぴぴのぴ、と。おお、あった! あったのだ! 『ケモミミ少女☆丸秘湯けむり大作戦』……これだな。私が極秘ルートから仕入れた情報では、確か、本日にこの本屋にて限定販売だったそうな。だが、それは紙の書籍で購入する場合なのだ。電子書籍はデータのやり取りなので、在庫が切れることは基本的にないからな。こういうとき便利なのだ。ま、今さらこの本の紙の書籍を買おうとしても既に売り切れているだろうしな」

 そこへ、風紀モブたちがやって来た。

「あ、あなたは!? 前回の事件で我らモブと共に戦った軍師・萬智禽先生では!?」
「まさしくそうだ、違いない!! 皆の者、先生に敬礼!」
「はっ!!」

 いきなり敬礼されて驚いた萬智禽であったが、少し目玉(頭)をひねって思い出してみた。
 やがて、ぱっと思い出す。
 そう、このモブたちは、前回の「3番目の魔術師事件」で、萬智禽指揮下の元、サード・インパクトを一緒に撃破した者たちであった。

「おお、そなたらは、いつぞやのモブたち……。あ、そうだ!! 軍師として言いたいことがあるのだよ! 『きすとら』(正式名称:『奇襲だ! ストラテゴス!』)を電子書籍で買うのだ! これがおすすめなのだ! オシメンは、主人公、トラ耳将軍のモー子である! モー子、ラブなのだよ! それと、アニメは毎回観るのだ! アニメOPの『純愛☆大艦巨砲主義』もいいであるぞ!」

 目玉を真っ赤に充血させながら、軍師は嬉々としてかつての部下たちに迫った。
 そんな萬智禽を尊敬するモブたちの反応は……。

「了解しました、萬智禽先生! ぜひ買わせて頂きます!」
「うむ。買おう! 先生みたいな立派な人になれるようにぜひ我々も読んでみよう!」
「そうだな。モー子の巨乳から我々は人生とか男の道とかを学ぶべきだろう!」

 布教は成功したようだ。
 巨大目玉は牙をむき出しにして、にかりと笑った。

***

【8F 科学書 数学コーナー】

 数学書のコーナーは、怪しくも難解な数式のホログラフィーが飛んでいた。
 相対性魔術理論やイースタ式情報数学の数式なんかがビュンビュン回っていた。
 壁の掲示板やポップには有名な数学者たちの顔写真が載っていた。

「さて、この階であるが……。これは電子書籍ではなく、紙にするか。そもそもこの世界の科学書は他の世界と違い、戦闘で効果を発揮する物が多いのだな? 私が購入予定の数学書もパソコンの中に入れておくよりは、持ち歩いた方がいざというとき便利であるだろう……」

 巨大目玉は、ぷかぷかと本体を浮かせながら、ゆらゆらと念力で本棚の中の本をゆらし、くるりんぱ、と手元(目元)に標的物を取り押さえた。

「よおし。これだな。マギ・ジス大学数学部現代数学研究会『バタフライはカオス理論から未来予知ができるか?』……。いわゆる『蝶が羽ばたけば、桶屋が儲かる』という連鎖理論について解説された本であるか? 何々……表紙の帯によれば……蝶たちの羽ばたき方次第で、数学的に演算された天気予報に狂いが出たりするのか……。面白そうである。戦闘効果云々以前に、家に帰ったらじっくり研究をしてみよう!」

***

【9F 魔術書 電子書籍販売ブース】

「さて、お次で本日の購入は最後とするか……。これもぴぴぴと一発検索でもらうのだ!」

 萬智禽が検索をかけると、錬金術の本が画面にたくさん出てきた。
 正直なところ、この世界は魔術主体の世界なので錬金術の本は山ほどある。
 だが、聖アスラ学院の錬金術学部の本が群を抜いて確実な本である。
 それを知っていた萬智禽は、『アガサ・マープル』とキーワードを念力で打ち込んだ。

「おお、あったのだ! これがいいだろう! アガサ・マープル『錬金術の再生神話』! 私が身に着けている魔術体系には、錬金術関連の知識はなかったのだな……。そもそも、ゾットスルー族は錬金術のエキスパートではないのだし……。ま、これで勉強するのである。目指せ、近所の医師……じゃない賢者の石!」

 その後、ぴぴっと購入する目玉の魔術師であった。

***

【11F カフェ コーナー席】

 やがてすべての買い物が終わると、萬智禽は11Fのカフェへやって来た。
 ウェイターに案内されて、ぷかぷかとコーナー席へ座るのであった。

「ヘイ、ウェイター! マギラルド・マウンテン・コーヒーという奴をブラックのコールドで頼むのだ!」

「はい、かしこまりました! ご注文を繰り返します……」

 そう、萬智禽は一度、これをやってみたかったのだ。
 この前に見たイースタの深夜アニメでは、今みたいなシーンがあった。
 ウェイターにかっこよくコーヒーを注文するのが今時の喫茶店アニメの流行りらしい。

 店はティータイム時期だというのに、なかなか混んでいる。
 ランチやディナーのピーク時に比べればまだマシな方であろうが……。
 コーヒーが出てくるまで十分以上は待たされることだろう。
 萬智禽はMoendows7を起動させた。
 そして、先ほど購入した電子書籍(『西洋将棋わん・つー・すりー』)を読みながら待つことにした。

(ふうむ。西洋将棋では、魔術女王の駒をいかにコントロールするかが勝敗の決め手になることもあるのか……。いや、待てよ。魔術女王は切り札でもある。ゲームの序盤では、魔法剣士や宮廷魔術師の運用にこそ力を入れるべきでは!?)

 あれやこれやと、読んで悩んでいたら、気づけばコーヒーがそこにあった。
 どうも彼は熱中していたらしく、ウェイターに気づかなかったらしい。

「では、いただきますなのだ!」

 アイスコーヒーをぷかぷかと浮かせ……。
 巨大目玉が大口を開けて……。
 じゃああああああああああああ、と流し込む。
 ごくごくごくごくううううううううう、ごくりいいいいいいい!!

「ぷはー! この一杯のために生きている、という奴だな! わはは!」

 マギラルド・マウンテンのカフェインに酔い、萬智禽がいつになくハイテンションだ。

「さてと。仕事もせねばならぬ。できる男(私は無性別だが)は、カフェで黙々と仕事をするのだな! 現代魔術研究所への報告書でも書こう……。ううむ……。そうだなあ……」

 萬智禽が周囲を見渡すと、色々な種族の客層がそれぞれ楽しそうにしていた。
 コーヒーやケーキでくつろぐ者たちがいて。
 読書や本の議論に熱くなっている者たちもいて。
 カップルや家族連れも多く、休日を楽しんでいる者たちも多い。

「よし! これを報告書に書くか! ええと……『ビブリオ書房の客層は多岐に渡る。客層のそれぞれが書店とカフェで平和に楽しんでいる。マギ・ジス国家は、公式に非戦中立地帯に認可すべき』……。うむ。これで良し! やはり読書は平和が一番なのだ!」

 ときに彼の報告書は、次の一瞬で覆されてしまうのであった。

「待てー!!この変態トリオー!! 成敗してやるー!!」(未来)

「うわー、しまった、気づかれた、逃げろー!!」(トムロウ)
「ひえー、ごめんよー、わざとじゃないんだー!!」(コーテス)
「ちょ、ちょっと、待ってよ、みんなー!!」(トーマス)

 炎を背景に怒り狂う未来。
 未来に何かをしたらしく逃げ惑う変態トリオ。
 最後は、変態死すべしとも言うべく、トリオに血祭が訪れた。

「う……。こ、これは……!? いや、見なかったことにしよう! うん、私は何も見ていないのだ。報告書は完成なのだ。平和でめでたし、めでたし!!」

 巨大目玉はにっかりと笑ってパソコンを閉じた。

(終わり)