「心いろいろ〜祭りだ祭りだ!〜」 第2回

ゲームマスター:高村志生子

 第1ステージ終了。第2ステージの最初は、高い山の裾野に広がるだだっぴろい森林だった。樹海と言ってもいいだろう。獣道すらなさそうな場所だったが、トップを走っていたジュディ・バーガーは、手を上げて「アイムナンバー1!」とのりのりに叫びながら、お構いなしに飛び込んで行こうとしていた。その目の前に光る球体が現れた。
「なんデスか、これ」
「ああ、この森って道がないからさ。ここに住まう光の精霊たちにコース案内をしてもらうから、案内に従って進んでくれるかな」
 首をかしげていたジュディに、リオル・イグリードがそう呼びかけてきた。リオルの周りには精霊を思しき光の球体がたくさん浮いていた。ジュディはにこりと笑うと自分の目の前を誘うように飛んでいた球体を追いかけ始めた。その瞬間、さっと脇を走り抜けて行った者がいた。赤毛の馬に乗ったホウユウ・シャモンだ。追い越されてジュディが叫んだ。
「オーノー!」
「ここで挽回させてもらうぞ」
 深い森林も巧みな技で赤兎馬を操りすり抜けていく。ジュディが躍起になって追いかけた。
「ま、どうせ降りなきゃならないような障害が待っているだろ。ここはコースアウトしないようとにかく進んでいこうぜ」
 葛城リョータが前をにらみすえているジュディの肩をぽんと叩いた。道なき密林は案内役の精霊がいないと確かに迷いそうだ。ジュディが冷静に戻ってうなずいた。少し離れたとことをワストレーヤが走っていく。これ以上追い越されてたまるかとジュディとリョータも走り出した。
 森林の入口では参加者が次々に光の精霊に導かれながら中に入っていっていた。中で1人、ミルル・エクステリアが誘導しているリオルの姿を見て足を止めていた。
「ミルル?遅れちゃうよ」
「こんなところにいたんだ」
「あ、ああ、うん。競争って柄じゃないからね。実行委員に回ったんだ。もっともミルルの花嫁姿があるとわかっていたら参加していたかもしれないけど」
「……見てくれたの!?」
「う、ちょっとね、まあいろいろあって」
 放送室でもめていましたとはさすがに言い出せなくてリオルが困ったように顔をそらせると、照れくさくなったミルルがつんとそっぽを向きながら言い放った。
「まあ、どっちでもいいけど。あんなひらひらした服、動きにくいだけだし。あたしに似合うはずもないし」
「そんなことないよ。よく似合ってた」
「え、そう?あ、ありがとう……」
 ついつい顔が赤らんでしまう2人をほほえましくながめながらアルヴァート・シルバーフェーダとアリューシャ・カプラートが飛び去っていった。
「アリューシャのドレス姿もきれいだろうね」
「いつかお見せしますわね」
 のほほんと返されたが、意味深な言葉にアルヴァートがアリューシャを抱きかかえる腕に思わず力を込めてしまった。アリューシャがかすかに顔をしかめる。
「痛いですわ。少し力を緩めてくださいませ」
「ごめん。でも落ちないように気をつけてね。足場が悪いみたいだし。怪我したら大変だ」
「はい」
 柔らかな体の感触にどぎまぎしながらアルヴァートがアリューシャを抱えなおす。そして顔を見合わせてにこりと笑いあった。
「ほら、みんな行っちゃうよ。ミルル、負けるの嫌いだろ。頑張って」
「うん。見ていてね。行って来まーす!」
 ようやく肩の力を抜いてミルルが森の中に走りこむ。見送って次の参加者を振り返ったリオルは、そこでぎょっとしてしまった。
「なにをする気なんだ!?」
「攻撃は最大の防御って言うでしょ。やられるのが嫌ならそのまえにやるしかないじゃない。ラインさん、お願い」
「仕方ありませんわね」
 ブラスターを抱えていたのはスカーレット・ローズクォーツだ。止める間もなく炎が発射される。かたわらに立っていたライン・ベクトラが魔導ブラスターから竜巻を発生させて炎の勢いを増させる。ラインは炎が森全体に広がるように竜巻を左右に展開させながら、控えていた執事アンドロイド・セバスちゃんに命令を下した。
「セバスちゃん、ビームよ……って、わたくしに向かって放つんじゃありませんわ。きゃーっ」
 セバスちゃんの放った熱線ビームがラインの近くの木を燃やし、倒れてきた木が燃えながらラインを押しつぶそうとした。その直前、レイシェン・イシアーファが滑り込んでラインを救った。
「あら、ありがとう」
「……服が」
 レイシェンの短い言葉にはっと気づくと、ラインの服は炎に焼かれてぼろぼろになっていた。恥ずかしさにかっとなったラインが、抱えたままぼーっとしているレイシェンの頬を張り飛ばした。はたかれてもレイシェンはきょとんとしている。ラインはすたすたとセバスちゃんのほうへ歩き出した。
「坊やは引っ込んでいらっしゃい。セバスちゃん!着替えを用意してちょうだい」
「かしこまりました」
 どうやって入って来たものか、豪華な人力車の中にラインが姿を消す。何故はたかれたのか訳がわからなくてレイシェンがあっけにとられていると、頭上に現れた精霊のティエラがあきれたような声を出した。
「女性の裸を見て動じないところはらしいけど、大人しく殴られてなくたっていいじゃない。ああいうときは自分の服の一つもかけて慰めてあげるものなの!」
「……そういうものなのか?」
「あーあー、これだから。女心がわからないともてないわよ」
「ふうん」
 あくまで鈍い反応にティエラがため息をついた。
 背後ではリオルが大慌てでテレビを通して消火隊の要請を行っていた。スカレーットたちの放った炎はどんどん広がって森を焼いて行っていた。見晴らしの良くなった場所を満足そうに見ながら歩き出そうとしたスカーレットだったが、そこをフレア・マナにがっしり肩を捕まえられて止められてしまった。
「なんてことするんだよ!」
「これで障害があってもわかりやすくなったでしょ?何か問題ある?アイテムの使用は禁じられてなかったはずだけど」
「状況わかってるの?あの先には仲間たちがいるんだよ。炎に巻かれて死んだりしたらどうするのさ。確かにアイテムの使用は禁止されてないけど、限度ってもんがあるだろうに。風紀委員として、これは見過ごせないね」
「そうだよ。しかも自然破壊。ある程度の修復は魔法で出来るとしても、こんなに派手じゃ追いつかないよ。ああ、返事があった」
 通信機でなにやら話をしていたリオルが加わってきた。そのころにはばらばらとヘリコプターが飛んできて消火活動を始めていた。
「ああ〜」
「ああ、じゃないって。リオル、返事ってなに!?」
「学園長からだよ。スカーレットとラインの行動はやっぱりペナルティものだって。谷・川ゾーンまで火器類は没収。加えてここからの出発は最後尾からってことで」
「なんですってー!」
 着替え終わったラインが人力車から飛び出してくる。スカーレットも不満そうだった。リオルは腰に手を当てて冷たく言った。
「この森も学園の財産だからね。それを故意に消失させてこの程度の罰則で済んだことを、逆に感謝するんだね」
「……リオル、なんか怒っている?」
「あっちにはミルルが。あ、いや同級生たちがいたのに、その命を危険にさらすなんて許しがたいに決まっているじゃないか」
「まあ、それもそうだね」
「わかったわよ」
 なおも不満げなスカーレットはそれでも仕方なく他のメンバーが走っていくのを見送った。ラインは人力車に乗り込んでセバスちゃんを待機させた。
「まだ序盤ですわ。順番が来たら一気に追い抜きますわよ」
「はい、お嬢様」
「んじゃ行くね」
「まだ鎮火しきってないから気をつけて」
「ありがと。っと、レンに置いて行かれちゃった」
 話している間にレイシェンが走り始める。フレアが後を追った。

                    ○

 道案内をしていた光の精霊の動きが急に乱れて、走っていた一行が戸惑う。アリューシャを抱えたまま森の上まで飛び上がったアルヴァートは、後方に煙が立ち込めているのを見て慌てて仲間の下に戻っていった。
「大変だ、山火事だよ」
「幸いまだ火の手は遠くの方のようですわ。先を急ぎましょう」
「まだトラップがあるんだろう。そこを抜けなくていいのかな」
 先に走って行ってしまったホウユウを思い浮かべながらリョータが言う。と、乱れていた精霊の動きがまた滑らかになった。
「ココは彼らに従うデス!」
 すかさずジュディが走り始めた。しばらく行ったところで空中マイクからディスタスの声が響いてきた。
「参加者の諸君へ。山火事が発生したが、現在は鎮火に向かっているので安心してくれたまえ。この先少し行くと猫間教諭のトラップゾーンに入る。そこは徒歩で抜けてもらうが、障害を乗り越えるためのアイテムは使用可です。ただし自然破壊は最小限に抑えること。限度を超えた場合ペナルティがつきますので注意してください」
「ペナルティ?」
 急にひょっこりホウユウが顔を現した。先に行ったはずなのにとジュディが首をかしげていると、ホウユウが困った顔で告げた。
「この先、迷路になっているぞ。まっすぐに進んだつもりがこれだ」
 どうやら光の精霊の案内はここではないらしい。ルールに従って馬を下りていたホウユウが肩をすくめた。散々走り回らされたのだろう。少し疲れた様子のホウユウに、水術で作り上げた即席ミネラルウォーターを入れた紙コップをジュディが手渡した。ついでに他の仲間にもどんどん配る。それで一息入れている間に、ジュディが提案していた。
「ヘイ、ジュディ思ったデスが、ここは皆で協力するのがベストじゃないでショウか。アイテムの使用がOKということは、仲間の手を借りるのもOKと言うコトね。違いマスか」
「その方が無難そうだな。なにしろ木々が邪魔をして、変に誘導されてしまうから。真っ正直に行けばこのざまだし。ああ、水をありがとう。美味しかった」
「ドウいたしまして!あ、第2陣がやってきたみたいですネ。さっそく伝えてきましょう」
 焼け跡を乗り越えてきたフレアたちにもルールの説明がなされている。すたすたと近寄っていったジュディは彼女たちにもミネラルウォーターをご馳走しながら話していた。そこでスカーレットたちのペナルティの話も聞かされた。せっせとすす払いをしながらやってきたアンナ・ラクシミリアが体についたほこりを払いながら言った。
「木を燃やしてしまえばトラップがむき出しになって避けやすくなると思ったんですって。けど、それでこんな大量の廃材を作り出してしまうなんて。山だってきれいにしてあげないといけないのに」
「ふうん、燃やしてトラップを丸裸にしてしまうという発想はシンプルだね」
 話を聞いたテオドール・レンツがせっせとメモを取る。アメリア・イシアーファが覗き込んできた。
「テオ、なにを書いているのぉ?」
「あ、アメリアちゃん。うん、ボク、ここでは心について勉強しているんだ。だからこの競技でも、参加者の行動からその心理を考えてメモにしているんだよ。アメリアちゃんも協力してね」
「わぁ、テオは勉強熱心だねぇ。私たちも見習わないといけないねぇ」
 かがんでいたアメリアが、傍らにいたアルトゥール・ロッシュを見上げる。アルトゥールはアメリアを立ち上がらせながら優しく微笑んだ。
「そうだね。ところでまず正しい道を探さなきゃならないだろう。だから僕らが先陣を行ってみんなを誘導しようってことになったんだ。アメリアなら地形が変えられていても、土地の精霊と話が出来るだろう。僕が抱えていくからアメリアは道を探って」
「うん、わかったぁ」
「落ちないようにしっかり掴まっていてね」
「はぁい」
 抱えられてアメリアがぽっと赤くなる。アルトゥールも照れくさそうだったが、落ちないようにアメリアの体はしっかり支えていた。走り出そうとした矢先に、テオドールが問いかけてきた。
「ねえ、2人ともどうして恥ずかしそうなの?」
「え!?」
「え、そりゃあ……好きな人とくっつくのに慣れていないとこうなるんだよ」
 いつかは堂々とくっついていられるようになるのかなと思いながら、アルトゥールが答える。アメリアがえへへと笑いながらテオドールに手を振った。
「でもねぇ。これって嬉しいことなんだよぉ」
 アメリアの言葉に内心で大喜びしたアルトゥールだった。
 徒歩でということなので、アメリアを抱えたまま疾風のブーツで怪しい道を探る。抱えられたままアメリアが大地の精霊を呼び出して先に進む道を聞いていた。
 手分けして道を探そうということで、ジニアス・ギルツは真剣に木々の様子を観察していた。ただ迷路になっているとは思えなかったからだ。案の定、つついてみた木がひょこひょこ移動して道を変化させていた。
「おい、木が勝手に動いているぞ」
「グルルゥ」
 うなって動く木に飛び掛っていったのはシエラ・シルバーテイルだ。「がうっ」と吼えて木に噛みつく。枝をばきばき折ったら、その木は身の危険を感じたのか大人しくなった。
「おいおい、犬じゃないんだから」
「わたし、犬じゃありません。狼です!山火事といい、動く木といい、森の獣たちに何かあったらどうするんでしょう。まったく」
 森の番人としては少々どころかかなり腹立たしい事態だったらしい。木が動くたびに噛みついて行っていた。ジニアスは深くは追求せずに(自分も噛み付かれそうな気がしたのだ)、ただ動く木を教えていた。アルトゥールたちが戻ってきて道を教える。ジニアスはそれを聞くと魔黄翼で空高く舞い上がって位置を確認した。確認した位置を教えると皆が進んでいく。シエラがついていきながら時折道を外れていた。
「おい、気をつけないと迷うぞ」
「確実なところに匂いをつけてきたから大丈夫……って、乙女になにを言わせるのよ!」
 どうやってとは問い返せなかったジニアスだった。
 地道ながらも団子状になって少しずつ一行が先に進んでいく。その様子はモニターで大会本部に伝えられていた。迷路トラップを仕掛けた猫間隆紋はモニターを見ながら生徒たちの様子をチェックしていた。
「ふんふん、いい連携だな。アルトゥールとアメリアが先頭で道を探っているのか?ジニアスとシエラが動く仕掛けの木の確認、と、ジニアスは上空で位置確認もしているのか。これなら合格点を与えられるかな。さて、その先は攻撃ゾーンだぞ。さあ、どうクリアする」
 隆紋の言葉に呼応するかのように、それまでは動いていただけの木々が枝をしならせて、または蔓を伸ばして行く手を阻み始めた。中には木の実をつぶてのように飛ばしてくるものもあった。アメリアがとっさに飛んでくる木の実をかかと落としで防いだ。
「アメリア……」
「えへへ、また役に立ったねぇ」
「うん、そうだね。でもここは僕に任せてくれるかな。アメリアを守るのは僕の役目だからね」
「はぁい」
 あんまりお転婆なことはしてほしくないんだけどなぁとひそかにため息をついたアルトゥールだった。
 アルトゥールたちに続いて咆哮を上げながらシエラが愛用の短剣「紫雷」「彩雲」を両手に持ち振り回して蔦を切りながら進んでくる。ミルルもトンファーで攻撃を退けていた。アルヴァートやホウユウなどといった剣を使える者が周囲を固める。仲間を守り、また助け合いながら進んでいくと、道を探っていたアメリアが大声を出した。
「あ、またリオルの光の精霊が現れたよぉ。ここのトラップはおしまいみたい」
「やれやれやっとか」
 森は変わらず続いていたが、消えていた光の精霊たちが現れて皆を招くようにゆらゆらと漂っていた。
「アメリア、行くよ。気をつけてね」
「アルトゥールなら大丈夫って信じてるよぉ」
「うん、じゃお先に!」
 アルトゥールがすかさずアメリアを抱えて走り出す。ジュディが負けじと後を追った。

                    ○

 森の中は薄暗く、光の精霊の誘導がないと何もなくとも迷子になってしまいそうだった。直線距離を行けばルートをショートカットできるかもしれないと考えていたフレアは、空さえ小さくなった深い森に残念そうにため息をついた。
「ここは大人しく誘導に従うか」
 先陣部隊を見失うまいとしようにも森が広大すぎて誰がどこにいるのかわからなくなってしまっていた。それでも光の精霊は裏切らないだろう。とにかく足を速めることに専念した。
 アンナはたくみにローラースケートを操って森を進んでいた。先はまだ長いのだ。体力は出来るだけ温存しておきたかった。密集した木立を巧みなテクニックで切り抜けていく。2人は中盤の上位をキープしつつ先に進んでいた。
 先陣部隊にいるのはアルトゥール・アメリア組や再び赤兎馬に乗ったホウユウ、飛んでいるアルヴァート・アリューシャ組などだった。しばらくは罠はなさそうだと周囲の様子を気にしながら黙々と走っていく。少し離れたところからは陽気なジュディの歌が聞こえていた。
「森はこれで終わりなのかな」
 レイシェンがぽつりとつぶやく。頭の上にティエラが現れてまくしたてた。
「だったらチャンスよー!一気にいけいけ、レン頑張ってー!」
「ほんとに終わりなのかな」
 疑問に答えるかのように、前方から悲鳴が聞こえてきた。
 待っていたのはルシエラ・アクティアだった。ルシエラはやってきた参加者に「お疲れ様」といいながら箱を差し出していた。ふたには丸い穴が開いており、手だけが中に入れられるようになっている。ルシエラは差し出しながらルールを説明していた。
「中に紙が入っていますからね。それぞれ1枚ひいてわたしに渡してください。参加者には書いてあることを実行してもらいます。成功かどうかの判定はわたしが行いますので。ずるはなしですよ」
「なにがあるやら」
 さっそくホウユウが手を入れる。引いた紙を見てルシエラがふふっと笑った。
「がんばってね。ここにいる実行委員の梨須野ちとせさんを探してつれてきてください」
「え、ええ!?いるのか」
 森なだけに普通のリスはたくさんいた。いくらちとせが完全なリスの姿ではないとしても、ちょっと見には判別がつかない。第一本当にいるのだろうか。疑問を顔に浮かべているとルシエラがにっこり笑った。
「大丈夫ですよ。彼女の了解は得ていますから、必ずいます。隠れてはいるでしょうけれどね」
「だー、わかったよ」
 しかしこの広大な森の中で小さなちとせを探すのは容易ではなかった。ホウユウがやけくその表情で戻っていった。
 続いてのアルヴァートたちは、アルヴァートが異性とキス、アリューシャがはずれと書かれた紙だった。
「えー!?」
「もちろん彼女以外とですよ」
 叫んだアルヴァートにルシエラがにこやかな一撃を刺す。アリューシャも少しだけ寂しそうな顔をしていたが、競技だからと無理に笑顔を作って見せた。そしてアルヴァートの耳元でささやいた。
「あとで口直しして差し上げますわ」
 それについでれっとなったアルヴァートだったが、ルシエラの視線に気づいてごまかすような表情になった。
「ところでわたしのこのはずれというのはなんですの?」
「ああ、はいこれ持って元に戻ってね」
 ぽんとスタンプを押したカードを手渡し、来た道を指差す。アリューシャが首をかしげていると、ルシエラはその背中を押しながら説明を続けた。
「戻ったところでわたしのペットのレイスが待っているから、そこでまたスタンプを押してもらって。そしてまた来たらもう一度紙を引いてもらうから」
「あら、そういうことですの。せっかく上位にいたのに遅くなってしまいますわね。ごめんなさい、アルバさん」
「いいんだよ。頑張って、アリューシャ。待っているから」
「はい。では行ってまいります」
「頑張ってね〜」
 アリューシャが行ってしまうと、アルヴァートは悲壮な顔でルシエラを振り返った。
「異性で恋人以外なら誰でもいいんですよね」
「そうよ」
「じゃあ、アクティア先生でもいいわけだ」
 やけくそになって言い放つと、アルヴァートはルシエラにちゅっとキスをした。見られなくて良かったと嘆くアルヴァートに、ルシエラがコロコロと笑った。
 リョータが引いたのはこの森特有のアルカという虫を探してくることだった。これまたちとせ同様小さい虫で、希少なものだ。どちらかというと細かいことには向かないリョータにとってはやりにくい指定だった。ところが偶然シエラも同じカードを引いたのだ。
「わたしだったら匂いで見つけられるわよ」
「よし、じゃあ一緒に探そう!」
 ほっとしたようなリョータを置いてシエラがさっさと飛び出していった。リョータは慌ててその後を追った。
 アルトゥールとアメリアはそろってルシエラが隠した宝石探しだった。アメリアがにっこり笑った。
「大地の精霊さんに聞いてみるねぇ」
「頼むよ」
 こちらはのほほんとしていた。
 ワスはどこから持ち込まれたものか、特大カキ氷に挑戦させられていた。
「くあー来るー」
 最初こそ勢い良く食べていたものの、かき氷につきものの頭痛がやってきた。急激に体が冷えて頭がきーんとなる。うずくまってはがばっと飛び起き再び食べだすというのを繰り返していたが、なかなか減りそうになかった。
 早かったのはシエラたちだった。得意の嗅覚ですかさず見つけ出した虫をリョータが懸命に捕らえる。アメリアたちも早かった。悩んでいたのはレイシェンだった。
「……幸せの青い鳥探し?」
 一体何のことだろうと悩んでいると、じれったくなったのかティエラが姿を現して文句を言い始めた。
「とにかく青い鳥を探せばいいじゃない。レンったらじれったいんだからー!」
「幸せのってあるだろう。確か本で読んだ。普通の青い鳥じゃなかったような……」
「じゃあどんなよ!」
「……話では、最後に身近にいたってなっていたような」
「適当ねっ」
「……それが幸せってことだろ」
「うーん」
 今度はティエラが悩んでしまった。と、ぽんとレイシェンが手を打った。そしてティエラをがしっとつかんでルシエラの元に向かい、彼女に向かってティエラを差し出した。
「レン!?」
「……身近にいる幸せ」
 ぼそっと答えると、ルシエラが苦笑し、ティエラが真っ赤になった。
「ま、よしとしましょうね」
「だって。良かったな」
「もう、レンったら」
 といいつつ幸せそうなティエラだった。
 森の中で木の上でくつろいでいたちとせとホウユウの追いかけっこが始まっていた。
「見つかったなら大人しく捕まってくれっ」
「逃げてもいいといわれているんですよ。かんたんに捕まってしまったら障害にならないでしょう」
「だーすばしっこいっ」
 小さなちとせはともすれば見失いそうになる。木をとててと駆け上がっていくのをワシワシとよじ登って追い詰めた……かのように見えたが、ちとせは浮遊バスケットに乗って隣の木に移ってしまった。ホウユウは手近な蔦を使って投げつけ、それに巻きつけた。
「きゃあ」
「捕まえたぞ。もう逃がさないからな」
「ああ、やれやれ。女性は丁寧に扱ってくださいませ。奥様に嫌われましてよ」
「だったら逃げないでくれ」
 掴む力だけはそれでもできるだけ優しくと心がけたホウユウだった。

                     ○

「えー続いての障害はエルンスト・ハウアー教諭によるものです」
 ディスの声に続いてエルンストが森の中から姿を現した。エルンストはまず軽く手を振った。
「第1ゾーンでの霊障はこれで消えたはずじゃ。軽くなったじゃろう。ああ、ホウユウのみは特別設定で背負ってもらうぞ。背負わずにクリアしたんじゃチェックポイント通過の意味がないんでな」
「うげ」
 えんえん耳元で騒いでいた幽霊たちがいなくなって皆がほっとする中、ホウユウだけは鈴の効果を打ち破って取り付いてきた「購買のパン購入競争で常に2番手だった学生の怨念」の恨み言を聞かされて頭を抱えていた。結婚以来こういうのとは無縁だっただけに、なんとはなしに気がそがれてしまう。嫌そうな顔のホウユウを満足そうに見ながらエルンストが言った。
「なに、大した害はなかろうて。ただ走るペース配分を崩されないようにな。ワシの持ち場を潜り抜けるまでの間じゃて、頑張るように。さてここでの障害じゃが、ワシの友人のゴブリン「くぁwせdrftgyふじこlp;@」君とその親戚に手伝ってもらうことにする」
 何か言ったのはわかるがなんと言ったのか理解できない言語に一同が首をかしげる。エルンストの背後には木立にまぎれるような格好の小人たち100人がずらっと出現した。エルンストがさっと手を上げて合図すると彼らはすばやく森の中に散っていった。皆同じ服装に良く似た背格好に顔立ちで誰が誰だか判別がつかない。薄暗い森の中では洋服の色彩がダミーとなってどこにいるのかも良くわからなくなっていた。エルンストは袋を取り出して言った。
「この中に彼らの写真が入っている。写真と同じくぁwせdrftgyふじこlp;@君を捕まえて来た者から抜けて行ってかまわんぞい。ただし彼らは敏捷に逃げ回っているし、正解でなくてはならんがのう」
 ほぼそっくりな「くぁwせdrftgyふじこlp;@(発音不能)」を捕まえるだけでも一苦労だと言うのに、正解でなくてはならないという。リョータとワストレーヤがやけくそのように写真をひったくると森の中に突進していった。
「ま、後になればなるほど楽にはなるんじゃがな。ふぉふぉふぉ」
 ゴブリンたちはなかなか敏捷性に富んでいた。カメレオンカラーもあいまってなかなか探し出せない中、匂いを頼りに居場所を見つけていたのはシエラだ。ただ匂いだけでは正解に当たるとは限らない。捕まえては「違う〜」と怒って噛みついて逆襲を喰らっていた。リョータやワスも最初は人数が多いので比較的容易に捕らえていたが、やはりなかなか正解にはたどり着けないでいた。
「ここは落ち着いて行くか」
 といいつつも、心眼でゴブリンたちの場所を探そうにも怨念のささやきに邪魔されて今ひとつ集中できないでいたのはホウユウだ。しかしここで負けてなるかと必死に意識を集中させようと努力していた。
「あん、もう。みんな袋を散らばせて!」
 ゴブリン探しよりもごみ探しに専念していたのはアンナだ。写真の入っていた封筒をみんながそこいらに捨ててしまったため、そちらに気をとられたらしい。せっせと拾ってはゴミ袋にまとめていた。その行動が気になったのだろう。1人の「くぁwせdrftgyふじこlp;@」君が近づいていった。アンナは深く考えずに彼を捕まえた。
「正解じゃぞ。先に進んでよし……って、おいおい」
 偶然正解に当たったのだが、ごみ拾いに熱中しているアンナはエルンストの言葉が耳に入らない様子で捕まえたゴブリンに指示を飛ばしていた。
「あなたも手伝ってください。さあ、早く早く」
 逆らいがたい迫力に「くぁwせdrftgyふじこlp;@」君が素直に従った。
 脇でミルルが追いかけっこをしている。意外な手を使っているのはアリューシャだった。見つけたゴブリンを一人ずつ「眠りのルビー」で眠らせていたのだ。
「彼も違う?」
「違うみたいですわね」
「おっと、またいた」
 捕まえるのはアルヴァートの役目だ。空中から飛び掛って捕まえる。それをアリューシャが眠らせて大人しくさせた。
 ここで順位は大きく入れ替わった。敏捷性と地道な努力が功を奏してアルヴァート・アリューシャ組がトップに立つ。シエラも匂いで居場所をかぎわけほどなく正解に至った。敏捷性では引けをとらないミルルも追いかけっこの末、なんとか捕まえることが出来た。苦戦しているのは怨念に妨害されているホウユウ。しかしここで怨念などに負けていたら家の恥となんとか意識を集中させようとしていた。
「レン〜?」
「……別人?」
 運動神経には自信のあるレイシェンも確実に捕まえていたが、正解かどうか判別するのにやや時間がかかっていた。やがてごみ拾いに満足したアンナが、自分が正解を引き当てたことに気づいて先に抜ける。のほほんとゴブリンと会話しているのはアメリアだ。
「そう、この人知らないのぉ」
「じゃ、次に行こう」
「そぉだねぇ」
 眠っている者、シエラに怪我させられて飛び跳ねている者は、捕まえるまでもなく正解かどうか見分けをつけることが出来た。フレアがそれらをあーでもないこーでもないと言いながら写真と見比べていた。

                    ○

「思ったより時間を食っちゃったな」
 やっと正解を見つけ出してクリアしたフレアは、次の障害までの距離を縮めようと道案内を無視してコース表を頼りに森の中を突っ走っていた。次の障害はどうやら森を抜けた岩場地帯のようだった。たどり着くのに安全なのは迂回路だったが(実際、光の精霊はそちらに向かっていこうとしていた)フレアはあえてまっすぐに森の中を突き進んでいた。
 その甲斐あって、岩場に着いたのはちょうど上位陣がなにやらごそごそやっているところだった。
「なにしてるの?って、えー2人3脚!?ここを?」
 すでに先のほうではトップのアルヴァートたちが必死に走っていた。
『やっぱりアリューシャはいい匂いがするなぁ』
 美しい髪からシャンプーのほのかな香りなど漂ってきて、アルヴァートの意識が一瞬それる。とたんに悪い足場にぐらついてしまった。
「ご、ごめん。大丈夫だったかい」
「わたしは大丈夫ですわ。アルバさん、疲れました?ずっとわたしを抱えて飛んだりしてましたものね。これで元気になってくださいませ」
 そう言ってアリューシャが「癒しの歌」を歌いだした。その優しい心根に感動して、アルヴァートが気を引き締めなおす。歌声のリズムに合わせながら2人はテンポ良く先に進んで行った。
「フレアさん、一緒に行きましょ」
 フレアに声をかけてきたのはアンナだ。フレアがうなずくと、アンナはさっそくはいていたローラースケートを脱いで背中のリュックにしまった。
「ここでは無理そうですものねえ」
「一気に挽回するよ」
「はい」
 渡された紐でしっかり足を固定すると「せーの」でタイミングを合わせて走り出した。
 にぎやかだったのはアルトゥールだった。チェックのため様子を伺っていたトリスティアを見つけるなり、文句を言い始めたのだ。
「トリスティア、アメリアになにを教えているんだ!」
「えー、役に立ったでしょ?」
「う」
「うんー?」
 アルトゥールが言葉に詰まると、かたわらで紐を結んでいたアメリアが無邪気に答えた。アルトゥールが怒っている理由がわからなくてきょとんとしているアメリアの頭を優しく撫でながら、視線だけはきつくトリスティアに向けていたアルトゥールは、トリスティアの次の言葉に赤くなってしまった。
「それよりせっかくのチャンスなんだから、しっかりやりなさいよ。ま、邪魔はさせてもらうけどね!」
 アメリアの肩をしっかり抱いて走り出したアルトゥールは、崖の上から大岩が降ってきて焦ってしまった。
 トリスティアの妨害はそれだけではなかった。ワスと組んで走っていたリョータの前においしそうなおでん缶を投げつけて気をそらせたり(しっかりキャッチして食べていたが)、能天気な歌を歌っているジュディと組んでいたホウユウの前には巨乳アイドルのグラビア写真集を放り投げていた。
「おお、この胸はなかなか」
「胸ならジュディも負けないネ!」
「あ、ああ」
 40cmほど身長差があるため、ジュディの豊かな胸が目線近くに来ていていささか目の毒になっていたホウユウにとって、写真集は返って競技に集中させるための道具となったようだ。浮気にならないよう写真集をバトンのように持ちながらホウユウは再び走り始めた。
 ジュディの歌と唱和していたのはテオドールだ。テオドールは走ってはいなかった。ミルルの足に紐で縛りつけられていて、ミルルが身軽さを利用して落ちてくる障害をひょいひょい避けながら走っていた。ジュディとテオドールの歌声は朗々と山にこだましていた。
「お前、運動神経に自信は?」
「……そこそこ?」
「レンはボーっとして見えるけれど、運動神経はいいのよ!」
「よしなら俺の動きについてきてくれ。障害があるようだから上手くかわさないと」
「うん。空間に足場を作れるから、そこを利用して」
「わかった」
 ジニアスはすばやくレイシェンと足を縛り合わせて足場の悪い岩場ではなくレイシェンが作った空間の足場をたたっと走り始めた。障害を見切ってレイシェンに指図する。2人の順位は次第に上がり始めた。
 組む相手がいなくて困ってしまったのはシエラだ。反射的に四つんばいになってうなっていると、トリスティアが慌てて実行委員の一人を呼んできた。
「彼と組んで」
「わかったわ。行くわよ!」
 すかさず準備を終え、半ば引きずるようにしながら岩場を走っていく。急遽競技に放り込まれた実行委員はシエラの野性的な身のこなしに悲鳴を上げながらついていった。
 最後にたどり着いたのはペナルティを課されたスカーレットとラインだった。迷路で散々な眼にあわされたラインは怒り心頭といった感じで先行く者たちをにらみすえていた。
「ああ、最後になっちゃった。ま、まだ挽回は出来るわよ。頑張ろう」
「当然よ。ビリなんてごめんだわ」
 ぷろぷりしながらスカーレットに答える。スカーレットは2人の足を縛り付けると合図をした。
「さ、これでよし、と。行きましょう」
「わたくしに指図なさらないで」
 つんと答えられてスカーレットは苦笑いしてしまった。

               ○

 岩場を乗り越え崖をよじ登ると、そこでは実行委員のテネシー・ドーラーが待っていた。トップのアルヴァートとアリューシャが息を切らせながら紐を解いているところへ、すっとスカートの裾を持ち上げて優雅にお辞儀しながら挨拶をした。
「ようこそわたしのステージへ」
「今度は一体なにがあるんだ」
 テネシーは体を横に向けると、すっと背後を指差した。そこにはさほど大きくはない洞窟が口を開いていた。
「あの洞窟を抜けて行っていただきますわ。天然の洞窟を使用しておりますが、中に罠を仕掛けておりますのでお気をつけあそばせ。ここでは運が道を左右するかもしれませんわね」
「気をつけろって、危険なのか?」
 警戒して問いかけると、テネシーは澄ました顔で答えた。
「さあ?まあ、怪我をしましても命には関わらないと思いますわ。多分、ね。クラヴィーナ先生にも待機していただいていますし」
 そこでリスティンが「はーい」と手を振りながら姿を現した。そのタイミングに嫌な予感を覚えつつも、クリアしなくては先には進めないのだからと中に入っていった。
 洞窟の中は薄暗く、天井も低かった。足場も悪くアリューシャが転びそうになる。
「危な……うわっ」
 支えようと1歩踏み出したアルヴァートの足元に大きな穴が開いた。手を取りあっていたアリューシャもろとも穴に落ち込んでしまう。上から後続のホウユウの声が聞こえてきた。
「大丈夫か」
「落とし穴があるみたいだ。気をつけろ」
「ワオ!」
 言っている矢先から穴に落ちたらしいジュディの悲鳴が聞こえた。良く見れば穴の位置もわかるのかもしれないが、薄暗い洞窟の中ではそれすらもままならない。ホウユウとジュディは慎重に足を進め始めた。アルヴァートはアリューシャを抱えると地面すれすれに飛び上がって落とし穴ゾーンを抜けていった。
「穴なんか皆あけてしまえばいいのよ!」
 そう言って足元をだんだんと踏み鳴らしながら進んでいるのはシエラだ。開いた穴が元通りふさがることはない。後続部隊はこのおかげでかなり安全に進むことが出来た。
 しかし罠はそれだけではなかった。しばらく進むと開けた場所に出た。そこは深い谷が暗く落ち込んでいた。飛んできたアルヴァートががけっぷちで止まる。良く見ると谷には細い橋が渡されていた。マイクが仕掛けてあるのだろう、洞窟の中にテネシーの声が響いた。
「その先は歩いて進んでくださいませ」
 橋は一人がやっと渡れるような狭さだった。アリューシャを背にアルヴァートがゆっくり歩を進める。ぐらぐらゆれるつり橋は高所恐怖症でなくとも怖いものだ。互いに励ましあいながら進んでいると、ひゅんと何かが風を切って飛んできた。
「なんだ、今の」
「さあ……」
 小声でささやきあっていると、背後からジュディの悲鳴が聞こえてきた。
「痛いデス〜」
「はいはい、とにかくわたって来ちゃって。怪我人はこちらでまとめて治すから」
 前方からはリスティンの声。アリューシャが問いかけた。
「なにがあったんですの」
「矢デス。壁から飛んでくるネ、気をつけて」
「うわ、ほんとだ」
 矢は壁の両側から飛んできた。アリューシャをかばおうにも狭い橋の上では己のみを守るのが精一杯だった。それでもなんとかアリューシャを守ろうとするアルヴァートにアリューシャが言った。
「この仕掛けはきっとこの橋の上だけですわ。急いで抜けましょう。でないと後の人たちも危険に晒すことになってしまいますわ。わたしなら大丈夫ですから。リスティン先生もいらっしゃるんですし」
「仕方ないな。走るよ、アリューシャ」
「はい」
 悠長にはしていられなかった。アリューシャの言うようにこのままでは後続にも被害が出てしまう。急いで橋を渡りきると、掠めていった矢傷の手当てを受けた。
 後続では突き刺さった矢を抜き去りジュディが一気に走り出していた。そのたびに橋がぐらぐらと揺れる。不幸中の幸いとでも言うのだろうか、おかげで矢の射程がいささかずれたようだった。それでもいつ襲い掛かってくるかわからない攻撃に、アメリアが風の精霊を呼び出して両側に竜巻を発生させ、防御壁の代わりにした。
「今のうちにいこぉ」
「ああ」  アルトゥールは剣で矢をはじいていたが、アメリアの護りを受けて手を掴むと必死に走り出した。
「ガアアッ!必殺、疾風双刃!」
 短剣をひらめかせて矢の攻撃をかわしていたのはシエラだ。ホウユウはアメリアが竜巻で攻撃を退けたのに気づいて、とっさに思いついた。
「そうか、仕掛けを壊してしまえばいいんだ。よし、距離はこのくらい……ならば流星天舞!」
 無数の衝撃波が飛び、壁にぶち当たる。両側に攻撃をし終えると、がらがらという派手な音がして矢の攻撃がやんだ。
「これで安心して渡れるぞ」
 ホウユウの言葉にモップで攻撃を警戒していたアンナがはーっと息を吐いた。
 橋を渡りきり怪我人はリスティンに手当てをしてもらって先に進むと、また橋があった。今度は1本ではなくたくさんの橋である。
「どれかが正解ってことか」
 真っ先に飛び出して行ったのはワスだ。適当に手近な橋を選んで渡り始める。と、とたんにその橋が崩れた。
「うわぁあ」
 すぐさまどすんという音としゃーっとすべるような音が響く。テネシーの声が聞こえてきた。
「はずれに当たりますと、入口に戻る滑り台に落下する仕掛けとなっております。ここは運が左右するところ。頑張ってくださいませ」
「1本1本試すわけにも行かないか。一か八かだ、進んでいこう。アリューシャの運に期待するよ」
「はい。ではこちらへ」
 アリューシャの選んだ橋は当たりだったらしい。てくてくと2人が進んでいった。
「きゃーっ」
「うわー」
「なかなか難しいな」
 続いてミルルやリョータが落ちていく。妻の幸運を分けてもらったのか、ホウユウは当たりを引いて先に進むことが出来た。
「あ、橋の位置が……」
 落ちた橋は人物がいなくなるとびよーんとばねのように跳ね上がってきた。ただし元の位置ではなく違った場所にかかった。そのため端の位置が刻一刻と変わってゆき、入口に戻されたものが再びやってきたときにはすっかり形が変わってしまい正解がわからなくなってしまっていた。そのため全員がクリアするまで相当な時間を要してしまった。

                    ○

 洞窟を抜けるとまた岩場になっていた。今度は罠はないらしく、それでもとりあえず慎重に降りていく。下までつくと先回りしていたちとせが手招きしていた。
「皆様お疲れ様です。こちらへどうぞ」
 招かれるままに森の中に進んでいくと、遠くに川の見える広場のような場所に柵が設けられていた。
「どうぞそこから中へ入ってください」
 トップのアルヴァートがアリューシャの肩を抱きながら恐る恐る中に入っていく。と、2人の頭上に600という数字が浮かび上がった。
「お疲れ様です。ここは休憩所ですよ。水も用意してありますから、ゆっくり休んでください。その頭の上の数字が0になるまで」
「数字?」
 言われて見上げると数字が点滅しながらカウントダウンしていた。
「怪我してらっしゃる方はどうぞこちらに。リスティン先生、手当てお願いいたします」
「ちんたら待ってられるかーっ。俺は行くぞ!」
 入ってくるなり水だけ勢い良く飲んで飛び出そうとしたリョータをちとせが慌ててとめようとした。
「あ、だめですよ。カウント0になる前に出てしまったら……」
 その言葉が終わる前に柵を飛び越えたリョータは、とたんに体が金縛りにあって地面に昏倒してしまった。リスティンが実行委員に指図して休憩所の中にリョータの体を持ってこさせる。入りなおした瞬間、リョータの頭の上に浮かんだ数字は600ではなく1200になっていた。
「えーと、このように数字が倍になるほか、その間、体が金縛りにあってしまいますので気をつけてくださいね。まあ、この先まだまだトラップは続きますから、大怪我などしないようしっかり休憩して行ってください」
「そういやミズキの罠がまだ出てこないもんな」
 ホウユウがつぶやいた。
「妹さんだったよね。すごい罠を仕掛けてくるかもしれないんだ」
 フレアが話しかけると、ホウユウはとくとくと妹のすごさを話し始めた。それはいつしか兄バカ丸出しの妹自慢話になってしまい、フレアが辟易して退散しようとしても離してもらえなかった。
「アメリアさん、アルトゥールさん、大丈夫ですか?」
「私は大丈夫なのぉ。でもアルトゥールが……」
 落ちる橋の罠に引っかかってしまい、アメリアをかばったために足をひねってしまったらしい。半分泣き出しそうなアメリアをアルトゥールが痛みをこらえながらなぐさめていた。
「すぐに治してもらえるから大丈夫だって。それよりアメリアに怪我がなくてよかった」
「ごめんねぇ。私がちゃんとした橋を選べていたらこんなことにならなかったのにぃ」
「だからそれはもういいって。誰の責任でもないんだよ。気にされる方が辛いな。笑ってよ。アメリアの笑顔があればすぐに元気になれるよ」
「うん」
 精一杯の笑顔で救護所に向かうアルトゥールを見送っていたアメリアの肩にちとせが飛び乗った

「そうですよ。アメリアさんには笑顔が一番似合いますし、アルトゥールさんの元気にもなれるんですから。笑っていてくださいね。さ、水でも飲んで元気を出してください」
「ん、ありがとぉ。ちとせも大丈夫だった?さっき、追いかけられたりしていたみたいだけど」
 ようやく肩の力を抜いて水の入ったコップを手にちとせに笑いかけたアメリアは、ふと思い出したように聞いてきた。ちとせも明るく笑った。
「大丈夫ですよ。ちょっと焦りましたけど、予定の行動でしたし、けっこう楽しかったですよ」
「そう、良かったぁ」
 そして2人はくすくす笑いあった。
 矢の罠はホウユウが壊したため、矢で傷ついたものはあまりいなかったが(いてもすでにリスティンが治していた)、落ちる橋でひねったり打撲傷を作ったり擦り傷を作ったりしたものはたくさんいた。リスティンはそれらをてきぱきと治していた。治すのは魔法でなのであっという間だ。暇になった参加者は水を飲んだり木陰で休んだりと、思い思いに時を過ごしていた。早く出発したいのは山々だったが、うかつに出ればリョータの二の舞いになるので休むしかなかったのだ。それこそがちとせの思惑通りだった。
「ま、こうやってみんなでわいわいやるのもそれなりに楽しいわね」
「これこそお祭りの『ダイゴミ』ってやつデスネ!」
 森ゾーンの終わりということでブラスターを返してもらったスカーレットが、ほっとしたように銃身を撫でながら何の気なしに言うと、さっそくジュディが話に乗ってきた。ジュディも橋落下組で順位を落としていたが、まだまだ余裕たっぷりだった。くつろいでいる仲間にインタビューを繰り返しているテオドールを見つけると、その手をとって踊りながら(というかテオドールを振り回しながら)歌を歌う。陽気なジュディとは別に、ジニアスが遠くに見える川をじっと見つめていた。
「ここから川谷ゾーンに入るんだよな」
「洪水でも起きたらどうしましょう」
 ラインがつぶやくとジニアスが安心させるように笑いかけた。
「そのときは俺が助けてやるよ」
「ま。ライバルを助けようとおっしゃるの」
「困ったときはお互い様♪ってことさ。か弱い女性を見捨てるなんてできないだろ」
「それはどうも」
 ラインはセバスちゃん(しっかりついてきていた)に世話を焼かせながらジニアスの値踏みをしていた。ちょっと可愛らしい系だが、まずまずの線を行っている。女性に優しいのも好印象だが、あえてそれは顔には出さなかった。ラインは軽く微笑しながら辺りを見回して他の男性陣の様子も伺っていた。

                    ○

 カウントが0になったアルヴァート・アリューシャ組がさっそく出口に向かう。ちとせがにこやかに「頑張ってくださいね〜」と見送った。続くのはアルトゥール・アメリア組、そしてホウユウやフレア、レイシェンなどだった。光の精霊の案内はなくなっていたが、目前にある川が次の舞台なのは間違いない。森の短い距離をずどどどっと駆けていくと、魔導科学教師の武神鈴が待っていた。
「よくぞ生き残った我が先鋭達よ!」
 嬉しそうに笑いながら鈴が仁王立ちしている。その背後にはグラウンドのときのように何かが大量に用意されていた。
「我が先鋭ってなんですか」
 警戒しているアルヴァートに鈴が説明を始めた。
「すまん、一度言ってみたかったんだ。さてここでは『食』をテーマにした障害に挑戦してもらう。諸君にはこのカードを引いてもらい、指定された料理を作ってもらう。判定は私の用意したこの傑作味覚判定マシーン『味−OX』にやってもらう。こいつに美味いぞーといわせたものからクリアだ。食材の調達や調理用具は用意したこれらを使ってくれたまえ」
 そしてばさっとかけておいた布を取り去ると、その下からは川釣り用のボートや竿、一般調理器具の類、調味料などがずらずらずらっと出現した。うんざりしたアルヴァートの後ろでアリューシャが顔を輝かせた。
「アメリアさん!」
「良かった、役に立ったねぇ」
「なんの話しだい?」
 相方の男性陣が首をかしげる。女の子2人はふふっといたずらっぽく笑って見せた。
「食材の調達は任せるねぇ」
「その後は私たちにお任せください。きっと1回でクリアして見せますわ」
 その自信がどこから来るのか謎に思いながら、引いたカードの食材調達のための道具をあさりにかかったアルヴァートとアルトゥールだった。
「調理部で腕を磨いていて良かったねぇ」
「手作り料理を食べてもらう機会がこんなに早くまわってくるとは思いませんでしたわ」
 アメリアとアリューシャは器具の用意をしながら楽しそうだった。
 肉や魚、森の植物を取り揃えて男性陣が帰ってくるとさっそく調理スタート。その手際のよさに男性陣が驚いていた。
「味見してみてくださいませ」
 引いたカードは上級者向けの満漢全席とイタリアンフルコースだったが、そろって調理を終える。はしやフォークで「あーん」と言いながら差し出されると、つられてぱくんと食べてしまう。そして美味しさに顔がほころんだ。
「やれやれのっけからクリア者が出たか。まあ、いい。後がある。そうだ、制限時間は3時間だからな。指定料理が難しいと思ったときはギブアップしてもかまわないぞ。そのときはカードを引きなおしてもらう。ただしペナルティとして特選キノコを食べてもらう。時間オーバーのときもだ。頑張るのだぞ」
 ホウユウは寿司を引き当てた。地元にも似たような料理があるが、握るにはいささかコツが必要だ。しかしあえて挑戦してみることにした。
「米っ、炊飯器はどこだ。合わせ酢〜」
 炊き上がるまでの間、魚とりにトライ。いささか不恰好ながら記憶を頼りに作り上げていった。
 以外に簡単にクリアしたのはレイシェンだ。引いたのは「学食の素うどん」だったのだ。テレポートで学園まで戻り、買い物して戻ってきた。困ってペナルティキノコを食べさせられたのはテオドールだ。肉を調達しなくてはならなかったのだが、狩猟道具が大きくて持てなかったのだ。ところがキノコを食べたとたん、体が大きくなった。
「わーい。これで狩りにいけるね」
 どうやらキノコには変な作用があるらしい。幸いテオドールには良い方向に向かったが、手打ちうどんで時間切れになったフレアが食べたら、様子がおかしくなってしまった。とろんとした視線でそばにいたワスにもたれかかる。普段はあまり見られない色気がかもし出されていて、ワスが慌てふためいてしまった。
「武神先生、これは一体」
「おや、当たりだ。心配はいらん。酔っているだけだ。そのうち正気に戻るさ」
「そのうちって、わーフレアさん、気を確かにーっ」
 自分の調理どころではない。なついてくるフレアに赤くなったり青くなったりと大忙しのワスだった。
「魚を獲るのか?なら任せておけ。いけ、サンダーソード!」
 ジニアスは魚がなかなか釣れないでいる仲間のために、サンダーソードで感電させて魚獲りに協力してやっていた。
 意外なところで苦戦しているのはラインだ。料理は「目玉焼き」だったのだが、なにぶんお嬢様育ちなので自分で料理したことなどないのだ。まず卵を割る段階で苦戦していた。セバスちゃんに任せてしまえば早いのだろうが、自分に課せられた試練をなんでも人任せにしてしまうにはプライドが高すぎた。かろうじて制限時間内に卵を割れて焼くことが出来た。焼き過ぎていささか硬くなってしまったが、とりあえず合格点をもらうことは出来た。
 同じような苦労をしているのはミルルだ。素行はともかく、いちおうは名家のお嬢様育ちである彼女に課せられたのは炊き込みご飯だった。
「痛ーっ」
 具材を切るのに指まで切って悲鳴を上げる。
「ちょっとはましになったと思っていたのになぁ」
 旅で鍛えられたつもりでいたが、本格的な調理となるとそうも行かないようだ。なんとか準備し終わって炊飯器をセット。だが水加減を間違えて出来上がったのは柔らかすぎる代物だった。当然、クリアは出来ない。幸いペナルティキノコは普通の食用に当たったみたいだが、やり直しにげんなりしていた。
 アンナは得意分野で生き生きとしていた。餃子が当たったのだが、皮からあんから手際よく用意して調理。鈴に試食してもらうと言う余裕まで見せ付けた。
「ご、ごめん」
「いや、頑張ろう」
 ようやく正気に戻ったフレアが真っ赤になりながらワスから離れる。互いに真っ赤になりながら背中を向けて黙々と課題に取り掛かった。

                    ○

 ペアの2組が先行し、アンナや元の大きさに戻ったテオドールが後に続く。川の中に入って行かなくてはならないということで、いそいそと着替えたのはアリューシャだった。脱いだ服の下に着込んでいたのは。
「か、可愛い。可愛いよ、アリューシャ。すごく良く似合っている」
「うふ、ありがとうございます。川があると聞いて着ておいたのですわ。気に入っていただけて嬉しい」
 シンプルな白のワンピースに金色のロングストレートの髪の色の対比が美しい。アルヴァートが思わず見とれてしまった。アメリアはコスプレのときのスクール水着をちゃっかり持ってきていたのか、それに着替えていてアルトゥールのため息を誘っていた。水の中に入ったことで変化したのはテオドールもだった。水分をたっぷり含んで巨大化する。
「このままじゃ重いから、あとで絞ってね」
 ずんずん進みながらアメリアたちに頼んでいた。
 斬神刀を変化させて川を渡ったのはホウユウだ。サーフィンの要領で水面を滑っていった。簡単に渡ってしまったのはアンナだ。
「これくらいの幅なら……」
 伸縮自在で強度も抜群のモップで、棒高跳びの要領で一気に川を渡ってしまった。
 後の一行はそれぞれ深さなどに気をつけながら川を渡っていた。そこで最後になってしまったのはシエラだ。深みにはまり泳いでいたのだが、頭を水の上に出し両手両足で水をかいているのでなかなか前に進まないのだ。がうがう吼えながら必死に対面の岸を目指した。
「シエラ、大丈夫?犬掻きで渡るんじゃ疲れたんじゃない」
「私、犬じゃありません!」 「あ、ご、ごめん。そういうつもりじゃなかったんだけどなぁ」
 ぶるぶる体を降って水気を飛ばしていたシエラに声をかけたフレアが、首をすくめた。
 渡り終わった一行が一息入れていると、謎の大群が押し寄せてきた。
「な、なんだ!?まさか……」
 ホウユウのつぶやきが聞こえたかのようにディスの声がマイクから響いてきた。
「この先ミズキ・シャモン教師のトラップゾーンに入ります。ちょっと難易度が高いかと思われますので、怪我人は速やかに退避してリスティン先生の救護を受けてください」
「やっぱりそうか。おい、みんな。ここはばらばらに当たったらまずい。俺の指揮に従ってくれ」
 ホウユウが叫ぶ。そのころにはばらばらに戦いに入っていた一行が谷のほうに追いやられていた。
「アリューシャ!」
 ミズキの式神兵の槍攻撃を受けて、アリューシャがわき腹に傷を負う。たちまち白い水着が真っ赤に染まっていった。怒りに燃えてアルヴァートが相手をたたききる。ホウユウがアメリアに指示してアリューシャを下がらせた。
「まだこれは第1陣のはずだ。2陣3陣と続けてくるぞ。取り囲まれたらおしまいだ。その前に突破するぞ。アルヴァート、アルトゥール、俺と一緒に先行しろ。ジュディ、ジニアス、両脇を固めるんだ。ワス、ジニアス、レイシェン。背後を守れ。魔法を使えるものは中央で援護に当たれ」
「わかった!」
「よくもアリューシャを……」
 敵兵はぐるぐる円を描きながら競技者一行を取り囲もうとしていた。みなそれぞれに腕に覚えがあるものがそろってはいたが、数が違いすぎた。ホウユウが馬に乗って中央突破を試みる。隣では怒りに燃えていたアルヴァートが片端から敵兵を切り捨てていた。
「ここは装備した方がいいわね」
 アンナがレッドクロスを装着して脇に回りこむ兵をモップでなぎ倒していた。反対側ではミルルがトンファーを使っている。戦いに不向きなラインは、中央で周りに遅れないようセバスちゃんにお姫様抱っこをしてもらいながら進んでいた。
 フレアやシエラも中央突破するホウユウたちが撃ちもらした敵兵を相手に戦っていた。兵士の戦力自体はそれほど高いものではないようだったが、いかんせん数が多い上にミズキが命令を出しているのか動きに乱れがない。倒されても倒されても後から後からわいて出てくるのだ。一行は一丸となって突破を試みていたが、無数の傷を負う羽目になった。
「ったく、きりがないぜ」
 ジニアスがぼやくと、ワスがどことなく楽しそうに応じた。
「なに、終わりは必ずあるさ。油断していると怪我するぜ」
「わかってるって」
「おっと。気をつけな」
 すり抜けてラインに迫った1体を蹴り飛ばして、ワスがラインに笑いかけた。ラインは軽く赤くなりながらつんとそっぽを向いた。
「アリューシャ、大丈夫?」
 中心にいたのは深手を負ったアリューシャと、付き添っているアメリアだった。リスティンが救護に入るにしても、その隙がないのだ。アメリアが応急処置として川の精霊を呼び出して、アリューシャの回復力を上げていた。
「もう大丈夫ですわ。私のことよりアルバさんが心配……無茶してないといいのですけれど」
 アリューシャが微笑みながら答えると、その小指に銀色の指輪が浮かび上がった。同時に先頭で戦っているアルヴァートの指にも同じ指輪が浮かび上がっていた。その指輪は2人のお互いを心配する気持ちを伝え、同時に大丈夫と言う安心感を伝えた。
「これは本物の人間なの?」
「いや、ミズキの作った式神兵だろう。それがどうした」
 ざんと刀を振るって1体を倒したホウユウは、かたわらにきたスカーレットの質問に短く答えた。スカーレットは安心したようにうなずくと、返してもらったブラスターを構えた。
「なら遠慮はいらないわね。一気に焼き払うわよ。類焼しないよう気をつけてよね!」
 ごおおーっとブラスターから炎が噴出す。敵兵がごうごうと音を立てて燃え上がった。おかげで隙間が出来たのを見つけて、ホウユウが後続の仲間に声をかけた。
「今のうちに行くぞ!」
 目の前は狭い谷になっていた。状況を把握しようと上空に飛び上がったジニアスが、松明の明かりを見つけて慌てて戻ってきた。
「大変だ!牛の群れがやってくるぞ!」
「ミズキ〜そこまでやるか」
「兄さんといえど容赦はいたしませんわ。車懸けの陣を突破されたのはお見事でしたが、次の火牛の計はいかが!?シャモン家時期頭首ならば見事突破なさってくださいまし」
 崖の上で兵たちを操っていたミズキが高らかに宣言する。しかしそれに気をとられている余裕はホウユウたちにはなかった。スカーレットのブラスターも生身の牛相手では通用しない。そこへ参戦してきたのはラインだった。松明の光を使って牛たちに幻覚を見せたのだ。幻の敵に向かって牛たちの進路が変更される。ミズキがうむとメガネの縁を押し上げた。
「なるほど。でもまだまだですわ」
 牛の数も圧倒的に多く、すべての牛に幻覚を見せることは出来なかった。ホウユウがばっと赤兎馬に飛び乗った。
「誰かが抜ければ攻撃も止むんだろう。なら強行突破あるのみ」
 斬神刀で行く手を阻む牛を切り裂き、進路を作ると一気に駆け抜けていった。
「ふむ、牛程度では足止めは出来ないようですわね。そうでなくては」
 ホウユウが去ると、ミズキは攻撃をやめさせた。牛たちは散り散りになって森のほうへ行ってしまった。

                     ○

 追い込まれたのは川の上流だった。狭い谷間で一時の休息をとる。やってきたリスティンに怪我を治してもらったアリューシャは、アルヴァートに心配そうに抱きしめられていた。
「あ、あの、アルバさん。本当にもう大丈夫ですから」
「守って上げられなくてごめん。せっかく防御力を上げていたのに、こんなひどい怪我を負わせるなんて」
「アルバさんのせいじゃありませんわ。逆に、そうしていてくれていたからこそ、この程度ですんだのですわよ?リスティン先生がおっしゃっていましたもの。見た目ほどひどくはなかったって」
「そう、ならいいんだけど。もう2度とこんな目に合わせないからね。約束する」
「はい」
 やり取りを聞いていたアメリアたちもはーっと息を吐いた。
 体力も回復してもらってようやく進み始めた一行は、河原を歩いていた。ごつごつした岩が並ぶところを慎重に歩いてゆくと、どこからともなくゴーっという音が聞こえてきた。
「何の音だ?」
 ワスの声に応じて、マイクからディスの声が流れてきた。
「皆さん、お疲れ様。いよいよ第2ステージ最後のトラップゾーンに入ります。リーフェ・シャルマール教師によるトラップですが、詳細は本人から言っていただきましょう。シャルマール先生、お願いします」
「では説明しよう」
 一際大きな岩の陰からリーフェが姿を現した。小柄な体を白いローブに包んだリーフェは、散々な戦いの後だけにひときわ不安な感じを与えた。リーフェは一同がごくりを息を飲む中、川を指差しながら説明を始めた。
「みなにはここでまず船を作って川を下って行って貰う。そのための道具は用意しておいたから、いかだでも泥舟でも好きなものを作りたまえ。ただしそれ以外のアイテムの使用は禁じる。ところで音からもわかるようにこの先は急流域になっているが、そこで紐につけた番号札を取ってもらう。さらに先に行ったところでその番号にしたがって2択問題に答えてもらおう。正解によってその先の進路が変わってくるぞ」
「間違えたらどうなるんデスか」
 ジュディの素朴な質問にリーフェはにこりともせずに答えた。
「コースアウトするか否かだ。無事に正解できたものから第3ステージに行くゲートをくぐってもらうからな。質問は以上かな」
 それ以上質問が出ないのを確認してリーフェは用意の品々を指さした後すたすたと先に進んで行ってしまった。残された面々は道具を眺め回してどれがいいかあれやこれやと口々に言い合い始めた。
「アメリアちゃん、アメリアちゃん。泥舟がいいよ」
「テオ君。でも沈んじゃわないかなぁ」
「ボクわかるんだ。この土、錬金術が施されているよ。だからいかだより頑丈で立派なのが作れると思うんだ。それでね、お願いがあるの。ボクも一緒に乗せて行ってもらえない?」
「うん、いいよぉ。いいよね?」
「ああ、かまわないよ。じゃあさっそく取り掛かるか」
 テオドールとアメリアが土を運び、アルトゥールが水を混ぜてこね、舟の形に仕上げていく。力任せに斧で材木を切りいかだを組んでいるのは、力自慢のジュディやワス、ホウユウなどだった。アルヴァートとアリューシャはアメリアたちのやり取りを聞いていて、同じく泥舟作りに挑戦していた。
「汚れてしまうのは嫌ですわ」
 他にもアンナやラインが共同でいかだ作り(といっても主に労働しているのはセバスちゃんだったが)にはげみ、ミルルやフレアは腕力の関係で泥舟に挑戦していた。
「レンはどっちにするの〜?」
「……泥。アメリアの勘を信じる」
「ん、そうだね。頑張れ〜!」
 ティエラの声援を背に黙々と作業に励むのはレイシェンだった。器用なのはシエラだった。材木で小船を作り、さらに泥で補強していたのだ。木の扱いはさすがに上手かった。さっさと作り上げ、川に乗り出した。
 他のメンバーも次々に完成させ川へと入っていった。
「わあ、テオ君の言うとぉりだったねぇ。泥が水をはじいているよぉ」
 アメリアが感嘆の声を上げる。泥舟は重さの関係でいささか遅かったが、安定感があり、急流にも負けることなくすいすいと進んでいった。いかだチームはバランス感覚の優れたジュディなどは比較的順調だったが、慣れていないリョータなどは舵取りに必死になっていた。
 しかも。
「オウ、この先はひょっとシテ」
「ひょっとしなくてもそうなんじゃないのか」
 ジュディとホウユウがぎょっとしたように会話を交わす。先行するシエラたちはとうに気づいていたが、今さら引き返せもしない。とりあえずリーフェの言葉を信じることにして、番号札を取った。
「はい、じゃあ番号を読み上げて」
「2よ」
「2ね。地球の日本の元号は天皇によって変わる。○か×か」
「元号!?なにそれ、ええい×」
「はい間違い。地球はこの世界ともなじみが深い世界だからしっかり覚えておかなきゃだめじゃない。次は」
「67ですぅ」
「あらいい番号ね。錬金術を象徴するウロボロスが元となった記号は数字の0である。○か×か」
 迫り来る滝の恐怖にどきどきしていたアルトゥールたちは、とっさに質問の意味がわからなくて言葉に詰まったが、すかさずそこを救ったのは錬金術に精通していたテオドールだった。
「×だよ。正解は∞だよね」
「よく知っていたわね。じゃあ頑張って滝にトライしてらっしゃい」
「うわーうそー」
 がくんと舟が落ちる。と見せかけて、空中でネットに引っかかって止まった。そのまま引き上げられて安全な流れに戻された。ちなみに不正解だったシエラはそのまま滝つぼに落下していった。
「がうううー!」
「うなっても引き上げてなんかやらないわよ。自力で戻ってらっしゃい。怪我はしないだろうけどね」  ざばんと川に落ちたのは番号札を取ろうとしてバランスを崩したアンナだった。
「きゃーっ」
「はい失格。滝へ行ってらっしゃい。ちゃんとしないと駄目じゃない。体力勝負なのよ」
 すかさずリーフェの声が飛ぶ。とたんにアンナの体が急流にもまれながら滝下へと流されていった。
 ジュディは簡単な計算問題で救われた。ジニアスは不正解を出して毒舌を浴びせられながら滝つぼに落ちていったが、潜息珠を使って泳ぎきり、すかさず戻ってきた。不幸だったのはワスだ。滝の恐怖にも打ち勝ってはいたのだが、質問で失敗してしまいやはり滝に落ちたのだ。
「いくら運動特待生でも、このくらい答えられなくちゃだめじゃないの。まがりなりにも学生なんだから」
「う〜わ〜」
 落ちていくワスの眼に映った虹はそれでも美しかった。
 滝におびえる参加者たちを見るリーフェはとても楽しそうだった。

「最後の障害は体力、知力、運がそろってないと難しかったみたいですねー。さて川も終わりです。皆さんには順番に『穴』に入ってもらいましょう」
 ディスの声にトップを走っていたアルトゥールたちが首をかしげた。滝を避けた安全なルートの川は広々として流れも穏やかになっていた。それで安心して舟を走らせていたのだが、見ると川の中心部に大きな渦が出来ていた。
「ま、まさかあれに飲み込まれろと」
「あの渦なんかへんだよぉ。どこか違う空間に繋がっているみたい」
 水の精霊に話を聞いたアメリアがアルトゥールに答える。そうしているうちにも勝手に舟は渦へと向かっていた。
「きゃーっ」
「アメリア、テオ、しっかり掴まって!」
 通り過ぎる瞬間、ディスの声が聞こえてきた。
「現在のところトップはアルトゥール、アメリア、テオドールの3人。続いてやはり泥舟だったレイシェン。いかだ組でトップなのはホウユウだ。ジニアスがそれに続く。さて、第3ステージは異次元ゾーンです。ここは本当になにが待ち受けるかわかりません。これまで以上に知恵を絞ってください。グットラック!以上、実況は探偵部部長のディスタス・タイキでした」
 異次元ゾーン?と悩む暇もなくどこへともなくアルトゥールたちは流されていった。

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