「心いろいろ〜祭りだ祭りだ!〜」 第1回

ゲームマスター:高村志生子

 ぽーんぽーんと小気味良い音を立てて花火が上がる。見上げる空はどこまでも青い。風も穏やかで、絶好の体育祭日和だった。
 早い時間から思い思いの服装で、競技に参加する生徒は裏庭に集合していた。恒例ならグラウンドがスタート地点になるのだが、なぜか今年は裏庭にきゅうきょ変更されたのだ。これはなにかあるぞと参加者たちはわくわくしながら出発のときを待っていた。ジュディ・バーガーがお祭り前の騒ぎに興奮して、右手を高々と上げて「アイム ナンバーワン!」と宣言している。もちろんびしっと人差し指を立てている。その肩にはペットのラッキーちゃん(注・小型ながらも立派なニシキヘビだ)がそそと鎮座ましましていた。そばではアルヴァート・シルバーフェーダが、どぎまぎしながら傍らにいるアリューシャ・カプラートを見ていた。今日のアリューシャの格好は白の体操服に紺色のブルマだった。ブルマからすんなり伸びている白い足が清楚な色気をかもし出している。婚約者なのだから別に堂々と見てもかまわないのだが、つい垣間見てしまうような雰囲気があった。視線を走らせたり外したりしていると、そんな恋人の様子には気づかない感じでアリューシャがアルヴァートを見上げてきた。
「なんだかわくわくしますね。どんな障害が待っているのでしょう。でも、協力しあえばきっと大丈夫ですわよね。楽しみましょう」
「う、うん、そうだね。打ち合わせどおりスタートダッシュをかけていこう。でも最初の障害はグラウンドなのかな。距離を稼げるといいんだけどな」
「うふふ、どうなのでしょう。わたしは無事に完走できたらそれでいいのですけれど。そうしたらお楽しみがあるんですのよ。ね、アメリアさん」
「え?ああ、あれね。アリューシャ、頑張っていたものねぇ」
「お楽しみ?」
 アリューシャに声をかけられたアメリア・イシアーファが少しいたずらそうな笑みを浮かべる。2人で分かり合っている様子に、アルヴァートがちょっとつまらなそうな顔になった。
「いいよな、2人は。寮の部屋も一緒だしさ。まあ、俺が別なのは仕方がないとしても、でもそろそろ入った部活くらい教えてくれないかな」
「それはまだ内緒ですわ」
「そうなの。もうちょっと待っていてねぇ」
 会話を聞いていたアルトゥール・ロッシュがふと口を挟んできた。
「部活って、アメリアとアリューシャ、同じところだったよね。確か……」
「あー!アルトゥール、教えちゃだめだよぉ。女の子の秘密なんだから。ね?」
「あ、そうなの?まあ僕はいいけど」
 素直に口を閉じるアルトゥールにアルヴァートが恨めしげな目を向けた。アメリアはごまかすように近くにいたレイシェン・イシアーファに声をかけた。
「でもレイシェンも参加するなんて、ちょっと意外だったなぁ」
「……参加することに意義がある」
「真面目なのはお兄ちゃん似なのかなぁ。ラーナに似ていても真面目だろうけどぉ」
 血筋的には叔母と甥の関係に当たる2人は、時空を越えて同じ学校に通う身となっていた。始めは驚いていたアメリアだったが、直に慣れて弟が出来た気分でいた。微笑みながらレイシェンを見つめていると、やきもちを焼いたアルトゥールが宣戦布告してきた。
「なんであれ、勝つのは僕らだからね。レンといえど容赦はしないよ。アメリアもそのつもりでいて」
「レンだって頑張るってー」
 レイシェンの肩に手の平サイズの少女が現れた。快活に笑いながら一同を見回す。レイシェンはぼーっとしたまま黙っていた。精霊ティエラは代わりにとばかりまくし立てた。
「だって言っていたわよ。いけるときはいけるって。どうせ参加するなら上位は狙った方がいいものねー。レンはこれで運動神経いいし、きっと負けないわよー」
「……ティ」
 ぼそっとレイシェンがティエラの言葉をさえぎる。アメリアたちは一様にうなずいていた。
「私たちも頑張ろうねぇ、アルトゥール。せっかくトリスティアがこの競技用に特訓してくれてんだものぉ。足手まといにならないようにするからねぇ」
 アルトゥールがぎくっとした顔になった。
「特訓だって?一体なにをやったんだい」
「なにって……護身術?」
 無邪気な返答にアルトゥールがふるふるとこぶしを震わせた。
『設営にまわるとか言って、影でそんなことやっていたなんて。トリスティアの奴、あとで覚えていろ』
 この場にいない昔馴染みに向かって思わずそう誓ってしまったアルトゥールだった。
「いいなぁ、みんな一緒に楽しむ仲間がいて」
 そうぼやいたのはミルル・エクステリアだ。アリューシャが小首をかしげた。
「どうなされましたの?」
「うん、あ、いや。なんでもないんだけど」
 ぼそぼそと言葉を濁す。アメリアがぽんと手をたたいた。
「彼を探しているのぉ?そういえばいないねぇ。実行委員になったって話も聞かないんだけどぉ」
「か、彼だなんて。いいの、いないならいいの。一緒に頑張りたかったなんて思ってないんだからねっ」
 真っ赤になって叫ぶと、ミルルは人ごみの中に消えていった。アリューシャがぽつりと言った。
「ミルルさんも意地っ張りですわね」
「でも、本当にどこに行ったんだろう」
 アルトゥールが不思議そうに言った。
 ざわめく生徒たちの間を、浮遊バスケットに乗った梨須野ちとせがコースの最終チェックを終えて戻ってきた。
「あれは2〜3日で始末がつくと言ってますから……まあ、大丈夫でしょうね。そうそう、あのことをリスティン先生に言っておかないといけませんわね。あそこは怪我人が多くでそうですわ」
 ぶつぶつつぶやきながらふよふよと飛んで待機している教員陣たちのところへ行く。そこでしばらく打ち合わせした後、学園長が壇上に上がって開会の挨拶を述べた。続いてちとせが壇上に上がる。慎重12cmでは普通の人間の体型に合わせたマイクに届かない。ちとせはバスケットに乗ったままマイクにしがみつくようにして生徒たちに注意事項を伝えていった。
「えー、すでに発表されていますが、今年の競技はこの裏庭を出発してまずグラウンドに行き、そこから正門を出て草原地帯に向かってもらいます。途中には教員や実行委員たちによる数々の障害が存在していますので、頑張ってかいくぐって次のフィールドに進んでくださいませ。まあ、ご安心下さい。命に関わるような罠はありませんから」
 そこでちょっと言葉をとぎらせる。そして視線を微妙にそらせながら続けた。
「……多分」
 体は小さくてもマイクの声はよく通る。生徒達の間にどよめきとも歓声とも取れないざわめきが広がった。
「へっ、どんな障害にだって負けないぜ」
 気合が入っているのは優勝候補に上げられているワストレーヤ・ナタクだった。負けず劣らず張り切っているのは葛城リョータだ。
「あったりまえだぜ。どんなもんかわからねー障害にビビってられるか。とにかくぶっこんでいくぞー!」
「おお!」
 なにやら連帯感からか男の友情が芽生えているらしい。2人そろって声を張り上げながら拳を振り上げている。それを冷ややかに見ているのはライン・ベクトラだ。ラインはなぜか豪華な人力車に乗って風に髪をなびかせていた。
「熱血もよろしいのですけれど、周りも見ていただきたいものですわ」
 障害物競走という種目にはいささか不似合いな胸の大きく開いた黒いドレスは、ラインのセクシーな姿を強烈に周囲にアピールしていた。実際、ついつい見とれている野郎どもがちらほらと見受けられた。目の前の目的に集中しきっているワスとリョータはひたすら無関心だったが。それがいささか面白くないラインだった。
「さて……と、あら?なんですの?放送室のトラブル?」
 説明を先に進めようとしたちとせの元に伝達が来た。なにやら実況担当の放送室で騒ぎが起きているらしかった。
 学内でも科学の粋を集めたかのような放送室には、さまざまな機械が設置されていた。コースのあちらこちらの設置されている中継カメラの受信や、空中へのホログラム映像の発信などはみなここで行われることになっている。実況役として待機していた探偵部部長のディスタス・タイキは、中に入ってこようとしたリオル・イグリードを見つけてにこやかに笑いながら拒絶していた。
「君、基礎過程のリオル・イグリード君だろ。大会に参加もしないでこんなところでなにやっているんだい」
「競争と言う柄でもないので。実況をやらせてもらおうと」
「実況役は俺達の担当。選手として出場しないなら実行委員として設営か誘導に回らないと。さあ帰った帰った」
「え、いやその」
 取り付く島のない言いようにリオルがいささかむっとする。さすがに顔に出すことはなかったが、ディスには伝わってしまったらしい。からかうような顔で詰め寄られてきた。
「邪魔をするって言うなら、君の彼女の恥ずかしい噂をばらまいちゃうぞー?」
「彼女?なんの話ですか」
 とっさにそ知らぬふりをしたリオルだったが、ディスの次の言葉に固まった。
「ミルル・エクステリア。からかいがいがありそうな彼女だよなー。あーんな噂やこーんな噂ばらまいて、疑いを君に向けさせようか」
「なんでミルルのことを」
 ちっちとディスが指を振った。
「俺にわからないことはないんだよ」
「後輩いじめもそのくらいにしておいてください。そろそろ始まりますよ」
 あきれたようなレイミーの言葉にディスはリオルを放送室から追い出そうとしてふと手を止めた。
「今から行ってもスタートには間に合わないか。どうせラストになるなら第一関門を見物していけよ。面白いものが見られるかもしれないぞ」
「……なにがあるんですか?」
「そっれっは。見てのお楽しみ」
 そしてリオルを放っておいて忙しなく機械を操作しだした。モニター画面にいくつかの映像が映し出される。スタートの合図を待っているミルルの姿も映っていた。

                    ○

 空中に映像が浮かび上がる。それを確認してちとせが説明を再開した。
「コース説明や状況は随時あのホログラムで放送されます。順番は指示に従ってください。実行委員の方々も準備は状況に合わせて行ってください。タイキ先輩、用意はよろしいですか」
 ちとせの言葉に放送室からディスが答えた。
「あーあー。基礎過程の諸君、学園長の合図と同時にスタートしてまずは第1関門のグラウンドに向かってください。そこで実行委員の指示に従ってください。それでは学園長、よろしくお願いいたします」
 ちとせに代わって学園長が再び壇上に上がる。ちとせはグラウンドに抜ける道の脇に待機した。ぱーんとピストルの音が響く。同時にリョータとワスが「うおぉ」と吼えながら走り出す。それにぴったり併走しているのはジュディだ。ちとせが笑顔で「がんばってくださいね」と見送る。養護教諭のリスティンも投げキスを送っていた。
 そのまま3人が先行するかと見えたが、アリューシャを抱えたアルヴァートが、空中を飛行しながら脇をすり抜けていった。
「あー!」
「お先に!」
 アルヴァートの腕で比翼の腕輪がきらりと光った。心地よい風を受けながら2人はすいすいと飛んでいく。風に乗ってアリューシャからはいい香りが漂ってきていた。腕に感じる感触も柔らかく心地よい。ずっとこのまま飛んでいたい……そんな気に駆られた。
『いかんいかん、集中集中集中』
 アルヴァートたちに続いて赤兎馬(セキトバ)に乗ったホウユウ・シャモンが駆け抜けていった。
「負けてなるものか!追い抜け、セキトバ!」
「く、負けるもんか」
 ホウユウはぐんぐん走って先頭に踊り出た。僅差でアルヴァート・アリューシャ組。リョータやジュディ、ワスが団子状になってそれに続く。ミルルやレイシェンもそれに追いつこうとしていた。転びそうになったのはアメリア。アルトゥールがアルヴァートたちを見て心を決めた。
「アメリア、しっかりつかまっていて」
「う、うん」
 しっかり手を握られてアメリアが赤くなる。2人はそのまま手に手を取って仲良くグラウンドを目指した。
「とにかく走って一番になればいいの?これって鍛錬なのかしら。でもそれだったら賞金なんてでないわよねぇ、って出遅れちゃったー!」
 第2陣の先頭に立ったのはシエラ・シルバーテイルだ。純白の体毛が日の光に光っている。出遅れはしたが、先陣部隊に迫りそうな勢いで裏庭を走り抜けていった。
 逆にのんびり走っているのはアンナ・ラクシミリア、ジニアス・ギルツだ。アンナは皆が走った後にごみが落ちていないか確認しながら走っていたので、ときおりうろうろとコースアウトしたりしていた。ジニアスは先陣の様子を伺いながら走っていた。
「さあ、第1陣がグラウンドに到着したぞ!トップはホウユウ・シャモン君だ。だがこの障害は馬に乗っていては越えられないぞ!」
 グラウンドで待ち受けていたのは魔導科学化教師の武神鈴だ。鈴の後ろにはなにやらたくさんの衣装が積みあがっている。トラックを走りながらそれを見ていたホウユウは、空中から聞こえる声にはたっと我に帰った。
「武神先生自慢の障害は衣をテーマにした仮装競争だ。トラック上にある封筒を取って中の紙に書いてある衣装を山の中から探し出し着替えてトラックを1周したのち、校門前のゲートに向かってもらいましょう。そこで正しく着られているかチェックが入ります」
 言葉に従って地面を見るとたくさんの封筒が散らばっていた。その先には件の衣装の山、そして特設更衣室が設けられていた。たどり着いた者たちがてんでに封筒を拾って中をチェックしては悲鳴を上げたり我先にと山に向かったりしていた。
「あー、そういう障害なんだ」
 上位陣の後方にいたフレア・マナがつぶやく。となりでミルルが封筒の中身を見てうなっていた。が、やがて決死の表情で衣装の山に向かった。どこかわくわくした表情でいるのはスカーレット・ローズクォーツだ。
「衣装がたくさん!素敵ね。私はなにかしら。いいのがあたるといいんだけど。あらこれね。どれどれ」
 おしゃれ好きのスカーレットには気に入った衣装が当たったらしい。うきうきとした様子で山をあさり始めた。
「サイズがあるかな……?」
 困った様子だったのはテオドール・レンツだった。ぬいぐるみに合う衣装が果たしてあるのか?ともあれ封筒を拾い上げる。そして中身を確認して誘導をしていたちとせに近づいていった。
「はい?水ですか?どうぞ」
「あ、ちとせちゃん、たくさんちょうだいね」
「はいはい。きゃああ」
 飲み水をばしゃばしゃとかけられたテオが巨大化する。ちとせが驚いてバスケットから転がり落ちそうになった。
「驚かせちゃった?ごめんね。うわぁ」
 ちとせに謝ったテオドールが驚きの声を発した。背後に立ったシエラが大きくなったテオドールの耳にかじりついたのだ。
「ちぎれちゃうよー!」
「あら、しゃべった。障害じゃないのかしら」
「違うよ。ボク、水で大きさを変えられるだけだよ。なんでかじりついたの?」
「目の前にあったから」  シエラの答えは明快だった。テオドールはちぎれかけた耳をせっせと縫いつけながらシエラの心理を想像していた。
「猛犬注意?」
 ガルルとシエラがうなった。
「犬じゃありません!私、狼です」
「ごめんなさい」
 とりあえず素直に謝ったテオドールだったが、シエラの行動はなかなかに興味深いものだった。サイズが変わったため今は使えないメモ帳に、あとでしっかり書いておかねばと思った。ともあれ同時に更衣室に入る。出て来たとき、テオドールはサンタクロースの、シエラはトナカイの気ぐるみを着ていた。
「……ペア?」
「トナカイでもありません!」
 怒鳴り返してからシエラが一気にダッシュをかける。そのあとを真っ赤な衣装のテオドールが、赤い三角帽子を揺らしながらついていった。
 ホウユウに当たったのは地球の日本の古代衣装ジュウニヒトエだった。地元の衣装と似ていたので探したり着たりはまだ良かったのだが、さすがにこれでは馬には乗れない。翼で飛ぶことも出来ない。
「妻には見せられない姿だな……」
 身重のため一緒に入校して来れなかった妻の姿を思い浮かべながらホウユウがせっせと着替える。そこへ鈴の声が聞こえてきた。
「ちなみに。この特設更衣室は一定時間が過ぎたらリングが落ちる仕掛けになっている。手間取っていると恥ずかしい姿を晒すことになるぞ」
 慌てて手を早めたホウユウだった。
 更衣室に入るために仕方なく離れたアルヴァートとアリューシャは、どうやら無難な衣装をつかんだらしくすんなり更衣室をクリアして走り出した。その脇を走り抜けていったのは、どでかい注射器を抱えたピンクのナース姿のジュディだ。ぼんきゅぼんなナイスバディにミニタイトのナールスタイルは良く似合っている。肩のニシキヘビと馬用注射器がなかったらだが。
「お注射するデスー!」
「うわぁ、やめろおぉ」
 追いかけられているのは紋付袴のリョータと褌姿のワスだった。ジュディが嬉々として注射器を構えて走る。アルヴァートたちはあっけに取られてそれを見送った。
 唖然としている者は他にもいた。更衣室を出た瞬間、アルトゥールは鼻血を出しそうになった。アルトゥールは黒のタキシードにびしっとマントを羽織っていたのだが、相方のアメリアは。
「スクール水着……?」
 紺色の無地の水着に身を包んだアメリア自身は己の格好に無頓着だったが、ちょこっとおしりのあたりを直したりして周囲の目を集めていた。アルトゥールは思わずマントを外してアメリアに巻きつけてしまった。
「お前ら見るなーっ」
「はい失格!」
 その格好でチェックゲートまで来たら、無情な声が響いて圧縮空気が炸裂した。ひゅーんと空中を飛んで校舎の屋上に落下する。粘着質の物体が入った屋上プールに落ちたので怪我はなかったが、全身べたべたの上に振り出しに戻るで最下位になってしまった。
 時間切れでリングが落ちてしまった者もいた。ミルルだ。ミルルは純白のウエディングドレスを着込んでいた。いちおうヴェールもつけブーケもちゃんと手に持っている。だがその姿を晒すのが恥ずかしくて遅れてしまったのだ。
「ほー。ミルル・エクステリア嬢は花嫁衣裳ですか。なかなか似合ってますねー。横に立つ果報者は誰なのかな」
 放送室でディスが茶々を入れる。後ろで様子を見ていたリオルが無言で飛び出していった。
 ミニスカ婦人警官のフレアがあさられて散らばった衣装を整理しているメイド服アンナを勢いで注意している(曰く競技への参加は真面目にやるようにと)。そこを真紅のチャイナドレスに着替えたスカーレットや迷彩色に彩られた軍服に身を包んだジニアスが追い越していった。

                    ○

 無事にゲートを通過する者、ちょっとおかしな着方になって屋上に吹っ飛ばされる者と様々ではあったが、とりあえず全員がなんとかゲートを抜けていった。ちなみに衣装はゲートを無事に通過すると、あらかじめかけられていた魔法で元の姿に戻っていた。
 校門を抜けて林を過ぎると第1ステージの草原地帯に出る。先回りしていたちとせが、準備に余念がない世界史教師のルシエラ・アクティアに最終確認を行った。
「もうすぐやっていらっしゃいますよ。準備はいかがですか」
「ええ、これでばっちりよ。そうそう、あのことちゃんと伝えて置いてもらって」
「わかってます。タイキ先輩〜」
 ルシエラの要請を受けて空中に声を投げかけると、「了解」の返事が返ってきた。
 そのころトップ選手たちは林に差し掛かっていた。そこで注意事項の伝達が入る。
「続いてはアクティア教師による障害です。この林を抜けた先500mが範囲になります。ここでは飛行などのアイテムの使用は禁止となります。地道に走って抜けて行ってください」
「ちっ」
 遅れを取り戻そうと飛んでいたアルヴァートたちや馬に乗っていたホウユウがしぶしぶ地面に降りる。そして目を疑った。
 トップを走っていたリョータが草原地帯に出るなりずでんと転んだのだ。勢いがついていたからたまらない。ワスやジュディが折り重なるようにしてリョータの上に倒れこむ。
「重い!どけぇ!」
「なにがあったんだ?」
 足元を見ると、丈の長い草が結ばれて足を引っ掛ける仕組みになっていた。単純だが意外に効果のある罠だ。これを500mも越えてゆかなくてはならない。うかつに走ればまた足を取られることになるだろう。脇で見物していたルシエラが、椅子に座って手をひらひらとさせながら「がんばってねぇ〜」と楽しそうにしていた。
「無生物相手か」
 心眼でトラップを感知することも出来ない。ホウユウも慎重に足を進め始めた。意外にすったか進んでいるのはレイシェンだ。身軽さが幸いして、跳ねるようにして進んでいく。と、その体がいきなりずぼっと穴に落ち込んだ。
「レン!?」
「……大丈夫」
 とっさにテレポートして難を逃れたレイシェンだったが、後方陣にざわめきが広がっていた。
「落とし穴まであるとはね。あーそこ!飛行アイテムは使用禁止でしょ。ルールは守りなさい」
 フレアがつい飛んで行こうとしたアルヴァートをたしなめる。その間にレイシェンがどんどん先に進んでいく。草のトラップは比較的容易に発見できたが、落とし穴はうまく隠されて見つけにくい。落ちかけるたびにテレポートで回避しているのだ。あとに続くワスたちは草などぶち切れののりで走っていたが、見事に穴にはまってどろだらけになったりしていた。
「ああ、服が汚れてしまうわ」
 仕方なく人力車を降りたラインがぼやく。この際順位にはこだわらないことにしたらしい。慎重にだがどうどうと胸を張ってトラップゾーンを進んでいく。ジニアスが肩をぽんと叩いた。
「そんなにゆっくりしていると最下位になっちまうぞ」
「あら。まだ先は長いんですもの。無理は禁物ですわ」
 白いライン入りの黒のジャージは色気が少し物足りなかったが、顔はまずまずの線なのでそれはそれでいいかと、せっかくのチャンスだからラインがとろけるような笑みを向ける。ジニアスはどきりとして赤くなると、早足になった。とりあえず足元の草の罠は剣でなぎ払ってクリアしていく。あからさまに落とし穴っぽいのを回避しようとしたらそれもまた心理戦だったらしい。飛んで着地した先が穴になっていた。
「いてーっ」
 そこにいがいがしたものが一面に敷き詰められていて思わず悲鳴を上げる。どこからともなくリスティンがやってきてすりよりながら魔法で怪我を治してくれた。
「ま、そんな擦り傷ごときになに密着しているんですの」
「擦り傷だって怖いのよ」
 上から様子を見ていたラインが文句を言うと、対抗してリスティンがふふんと笑った。
 レイシェンを追い抜こうとしているのはシエラだ。狼の頭を地面に近づけて罠を見破っている。鼻が利くらしい。くねくねしたルートにはなるが最短距離を走り抜けていった。
「このくらい大したことないわね」
「あー!レン、追い抜かれちゃうよ」
「……まだ挽回できる」
 いくつめかの落とし穴から脱出したレイシェンが冷静に相棒に言った。
「うわっ危ない危ない」
 向こう見ずに走ってつんのめったのはミルルだ。こちらは策も何もない。ひたすら直線距離を行く気のようだ。おかげで何度も転びそうになったり落とし穴に落ちたりしていた。そしてリスティン先生にたしなめられていた。
「女の子なんだからきれいにしていないとダメでしょ」
「はーい」
 泥まみれを魔法できれいにしてもらいながらうんざりした声で返事していた。
 アルトゥール・アメリア組は精霊に罠を教えてもらいながら進んで順位を挽回していた。
 みなそれぞれに罠にはまったり、何とか回避したものの代わりに遠回りさせられてため息をついたりと様々だった。ルシエラはそんな生徒たちの様子を楽しそうに見ていた。
 ここで順位はたびたび入れ替わった。トップを走っていたジュディやリョータがつい罠に引っかかったりしていたせいだ。だいたいが突っ走りキャラはストレートに罠にはまるらしい。レイシェンやシエラのように頭をめぐらして罠を抜けるのが一番早かったようだ。意外に早かったのは水分が抜けて体のサイズが元に戻ったテオドールだ。体重も減ったので落とし穴に落ちないらしい。草の罠には引っかかったが転んでも怪我は負わないのですぐに走り出していた。
 悲鳴が轟くなかを生徒たちが駆けていく。短い中に細かいトラップをたくさん仕掛けられて全員が一気に疲れを感じていた(テオドールを除く)。ルシエラはできばえに満足していた。

                    ○

 そして500m先にあったものは。
「ここって、草原地帯じゃなかったっけ?」
 アルトゥールが眼を疑った。そこへディスの説明が入った。
「はい、ここからはシャルマール教師による障害です。先生お得意の錬金術で成長促進されたこの巨大草原地帯を抜けてもらいます。迷ってコースアウトしないように気をつけてください」
 そう、目の前にあったのは明らかに草の、ただし異常生育した巨大植物群だったのだ。その前にいるとまるで自分が小人になったかのようだ。実践錬金術講師のリーフェ・シャルマールは、この大会のために数日前からわざわざ錬金術の奥義を使ってこの林(?)を作り上げていた。
「本当に迷いそうだな」
「こんなのドウってことないネ!」
 行く手を阻む植物を自慢の怪力でぶちぶちちぎりながら進んでいったのはジュディだ。リョータやワスもそれにならう。が、直に行き詰った。足元になにかが絡み付いてきたのだ。
「べたべたネ〜!オーマイゴッド!歩けまセン〜」
「鳥もちか、こりゃ。うおっ」
 一歩一歩地面から足を引き剥がすように進んでいると、目の前の植物ががばっと口を開いた。甘い香りで頭がくらくらしてくる。ふらふらしてその口の中に頭を突っ込みそうになったとき、いきなり炎が吹き付けられてまさにリョータたちを食べようとしていた食虫植物が焼き尽くされた。
「行く手を阻むものはみんなこのブラスターで焼き尽くして差し上げるわ!」
 きりりとブラスターを構えて立っていたのはスカーレットだ。足元の鳥もちも焼いて硬くしてしまう。しかし術で促成された草は復元能力も素晴らしかった。焼く端から再生してゆく。スカーレットはスカートをからげると、再生する前に通り抜けようと駆け出した。
「ここは飛んでもいいんだよね」 「そうですわね」
 前方の様子を見て足場の悪さを確認したアリューシャとアルヴァートは、再び密着して飛び上がった。でかくても木ではないので割合すんなりすり抜けていける。ここで一気に!と思った矢先。ぱんぱんぱんとなにかが弾け飛んできた。
「痛〜〜〜」
「種……ですわね」
 触れると弾ける種がぶち当たったらしい。ばしーんと地面に叩きつけられた。
「あの形状の奴がやばいんだな」
「迂回しましょう」
 見定めて再び飛ぶ。しかし回り道しながらの行程は決して楽なものではなかった。
「ガウッ」
 襲い掛かってきた蔓に咬みついたのはシエラだ。そのままぶちっと噛み千切る。そしてまずそうに顔をしかめた。
「苦いわね」
 それでもあとからあとから襲い掛かってくる罠には反射的に咬みついてしまうシエラだった。
 剣と炎を組み合わせてくぐりぬけているのはアルトゥールとアメリアだった。飛んでくる種はアメリアが作った防御壁で交わす。こちらは地道ながらも着実に進んでいた。
 地道なのはもう1人いた。ミルルだ。剣のように植物を切り落とすことは出来なかったが、愛用のトンファーで襲い来る巨大植物を叩き落し、身軽さを利用してとげを足場に植物と植物の間を跳ねて行っていた。
 フレアもスカーレット同様、バーナーロケットや炎の魔法で植物を焼き払いながら進んでいた。足元の鳥もちはとりあえずそれで硬くなったままになるらしい。ジュディたちがその上に続いた。  一風変わった戦術を取ったのはレイシェンだった。巨大植物群の前でライバルたちが悪戦苦闘しながら進んでいくのを見てしばらく考え込んでいた。
「レン〜?遅れちゃうわよ」
 ティエラが言うと、少し間があってから返事が返ってきた。
「この障害、どのくらいの距離があるのかな」
「さあ?空からでも確かめてみたら」
「うん。飛んじゃおうか」
 テレポートで上空に飛び、終着点を確認すると細かいテレポ−トを繰り返して上を通過して行ったのだ。おかげで無傷で通過することが出来た。
「それは卑怯よ」
 思わず文句を言ってしまったリーフェだが、レイシェンは淡々と言った。
「……力禁止とは言われなかった」
「う、確かに」
 アイテムや能力で障害を通過している者はたくさんいた。レイシェンの方法を違反ということは出来なかった。

                    ○

 巨大植物群を抜けて普通の草原に戻った一行は、その広々とした光景にどこか心安らいでいた。ちとせやディスから特に注意事項もなかったので、ここはまっすぐに進んでいいのだろう。
 と思ったのはつかの間だった。
「はい、ではこの先の木を右に曲がってください」
 ちとせの指示に従うと、そこではたくさんのバニー嬢が歓声を上げて待ち受けていた。
「おお」 「いやその」
「あれ全員、学校関係者なのかな?同じ顔に見えるけど」
 てんでに感想をもらす。彼女たちはどんな妨害を仕掛けてくるのだろう。疑問に思いながら走っていると、レイシェンが転んだ。
「?」
 足元を見ると、先ほどと同じように草の罠が仕掛けられていた。
「またか」
 ディスが説明をした。
「ここより猫間隆紋先生のトラップゾーンに入ります。あのバニー嬢は式神です。彼女に『ちゅう』をすると紙に戻ります。その紙に書かれた指示のことを行ってください。まずはそこまでがんばってたどり着くように」
「ちゅう?」
 にやけたのはリョータ。がすぐにわれに返ってこほんと咳払いなどしてみたりする。何も考えてないワスは『ちゅう』の意味がわからなくてリョータにささやいた。
「なあ、ちゅうってなんのことだ?」
「キスしろってさ」
「えええーっ」
 とたんに真っ赤になったワスだった。相手が人間なわけじゃなし、減るもんでもなしと飛び出したのはジョディだ。もちろん足元の草のトラップには気をつけてだが、それは先ほどより数は多くなかったのでなんなくクリアした……ように見えたその体が沈んだ。
「オウ!痛いデス〜」
 落とし穴もしっかり用意されていた。しかも底には先端のとがった竹やりが仕掛けられていた。まともに刺さらなかったものの、わき腹をえぐられてジュディが悲鳴を上げる。ようよう這い出るとリスティン先生が待ってましたとばかりにやってきて怪我の治療を行った。
「距離はたいしたことない、か。迂回するか」
 きゃあきゃあと嬌声を上げているバニー式神までの距離はそう遠くない。リョータがゆっくり歩を進めた。その脇をアルヴァート・アリューシャ組が飛んですり抜けていった。先行しながらもアルヴァートは困った顔をしていた。
「好きでやるわけじゃないからね」
「大丈夫、わかってますわ。競技ですもの。私のことは気になさらないで」
 式神相手とはいえ婚約者の前でキスをすることに抵抗があったらしい。優しいせりふにほっと胸をなでおろしたアルヴァートだった。
「あ、逃げるな!」
 ミルルが怒鳴った。式神にキスしようとしたら、相手が逃げ出したのだ。見ていた隆紋が声をかけた。
「捕まえないといけないからな。敏捷性には念を入れたつもりだ。がんばって捕まえろよ」
「そんなぁ」
 見事捕らえたのはアメリアだ。土の防御壁で逃げられないように閉じ込めたのだ。すかさずアルトゥールが頬にキスする。どろんとバニーが人形の紙に変わった。
「なになに。スクワット……100回〜!?」
「私のはぁ。スキップしながら進むことかぁ。割りと楽なのにあたったみたい。アルトゥール、先に進んでいるから追いついてきてねぇ」
「落とし穴に注意しろよ」
「はぁい」
 言われたそばから穴に落ち、リスティンの救護を受けたアメリアだった。必死にスクワットをしながらその様子を心配そうに見守るアルトゥールだった。
「アメリアちゃんたちはやっぱり仲良しだねえ」
 アルトゥールの心配そうな様子をメモしながらつぶやいたのはテオドールだ。その前をバニーさんたちがきゃいきゃい言いながら走り回っている。どうやって捕まえようか困っていると、シエラが逃げ回るバニーさんを追いまわし咬みついていた。これもいちおうキスにカウントされるらしい。バニーが紙に戻った。が、興奮しているシエラは別のバニーに向かって行ってしまった。テオドールはラッキーとばかりにひらひら落ちてきた紙を拾い上げた。
「いやーん」
「競技なんだから」
 嫌がって黄色い悲鳴を上げたのはティエラ。そっけなく答えて目の前をよぎったバニーをすばやく捕まえキスをしたレイシェンにかせられたのは。
「Sアカデミア学園歌を振り付きで踊ること……?」
「当たりましたねー。ではミュージックスタート!」
 誰になにが当たったのかわかる仕掛けになっていたらしい。空中マイクから学園歌が流れてきた。レイシェンがぼーっとしていると、ティエラが焦って促してきた。
「レン!踊るんだって!」
「ああ……そう」
 運動神経が良いだけあって、即席の踊りはなかなか様になっていた。いささか無表情なのが惜しいところだった。ラインが興味深げに踊りをながめていた。
「かえるぴょこぴょこ三ぴょこぴょこあわせてぴょこぴょこ六ぴょこぴょこ。天王寺の舞堂から舞を舞えとの毎度のお使い。毎度のように舞が舞えるなら参って舞を舞いますなれど毎度のように舞えませぬゆえ参って舞は舞いませぬって、発声練習じゃないでしょー!」
 なんとかバニーさんを捕まえたミルルが早口言葉50問に難儀していた。
「シエラ、噛みついていないで指示のことをやらなきゃ」
 相変わらずバニーさんを追い掛け回していたシエラを止めたのはフレアだ。シエラが首をかしげた。
「前を走られるとつい追いかけたくなるのよね」
「それじゃ犬と一緒よ」
「私、狼です!」
「はいはい。じゃ、競技に集中しましょう」
 うなりながら紙に戻ったバニーをひったくる。書いてあった指示はうさぎ跳び100回だった。
「楽勝楽勝、進んでもいいのよね」
「あ、その場でやってくれよな」
 すかさず隆紋が言う。こけそうになりながらやり始めたシエラだった。
 一人しりとり100ワードに当たったのはジュディだ。どちらかというと頭を使うほうは苦手なたちのジュディはつっかえつっかえしながら問題に挑戦しては煮詰まっていた(ちなみに数は隆紋がしっかりカウントしていた)。 「むん!」
 心眼でバニーの動きを読み取りすばやくキャッチしたのはホウユウだ。心の中で妻に侘びを言いながらキスをする。指示は眼を閉じて片足立ち5分間だった。
『難しくはないが……ロスタイムが痛いな』
 空中ホログラムにストップウォッチが映し出される。ホウユウはディスの合図とともに片足立ちを始めた。その脇をライバルたちが追い越していった。
 しかしビリを走っているのはアンナだった。アンナは背中にしょったかごの中に、使い捨てられた元バニーの紙を鉄バサミで拾い上げながら放り込んでいた。
「もー、みんな捨てて行ってしまうんですからー」
「ああ、いいよ。やっておくから。遅れちゃうよ」
 隆紋がさすがに止めると、アンナは胸を張って答えた。
「いいえ、美化委員としてごみの放置は放っておけません!」
「あ、ああ、そう」
 きっぱりすっきり言い切られ、迫力負けして隆紋が引き下がった。

                    ○

 頭脳戦と危険な罠で足止めをくらいつつ一行が先に進む。ディスの声が響いた。
「次の障害は……さて、なんでしょう。頑張って下さい」
「なんなんだ」
「さあ……とりあえず飛んでも良いみたいですわね」
「そうだね。じゃあ、アリューシャ、しっかり掴まっていて」
「はい」
 アルヴァートが不安に思いつつアリューシャを抱えて飛び立つ。と、その前方で爆発が起きた。吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。
「なんだなんだ」
「どこから攻撃しているんだ」
 リョータとワスが辺りを見回す。爆発はあちらこちらで起きていたが、攻撃者の姿は見えなかった。
「こういう攻撃をするのはトリスティアだな!」
「これってヒートナイフ?」
 アメリアに護身術を教えたことを根に持っているアルトゥールが空中をにらみつける。そこには誰の姿も見えなかったが、実際にはエアバイクのカメレオン装甲で姿を消したトリスティアが、いくつものナイフを持って待機していた。トリスティアの狙いは直接攻撃ではなかった。走り抜けようとするメンバーの周りを攻撃し、ヒートナイフの爆発でルートを誘導している。飛び回りながらの攻撃なので、飛んでくる方向があれこれと変わる。爆発でラインの服がぼろぼろになってしまった。
「いやぁん」
 と言いながら声はどこか嬉しげだ。露になった胸を腕で隠しつつしなを作る。目撃してしまったリョータが真っ赤になった。ジニアスも赤くなったが、とっさにジャージの上を脱いでラインの肩に着せ掛けると、優しく手を取って立ち上がらせた。
「大丈夫か」
「あら、ありがとう」
 にこりと間近で微笑まれてどぎまぎする。照れをごまかそうと視線をそらせた。
「困ったときはお互い様って言うだろ。この障害は任せておけ!」
 と言って反撃に出た。煙玉でトリスティアの視界を封じて、駆け抜けつつ剣を振るう。手ごたえがあってヒートナイフがはじかれた。だがぶつかった衝撃で爆発が起きる。いったん立ち止まると、ナイフが飛んできた方向に向かって剣から雷を放射させた。
「うわー、危ない危ない」
 高速で移動できるエアバイクでなかったら直撃を食らっていただろう。間一髪のところで避けたトリスティアは、そのまま駆け抜けていこうとしていたジニアスに向かってとりもちランチャーを発射させた。しかし煙幕を張られているのでそれは目標を外れてしまった。変わりに掴まったのはラインだ。と言っても足だったので、自由を奪われたのは下半身だけだった。それでもラインのプラ意図を傷つけるには十分だった。
「ま、わたくしになにをするんですの」
 豊かな胸を隠そうともせずに魔導ブラスターを乱射する。風の属性を持たせていたので、ミニ竜巻が起こり、トリスティアが空中でくるくると舞った。
「ラインお嬢様!」
「セバスちゃん。このねばねば、なんとかしてちょうだい」
「はい、ただいま」
 執事型アンドロイドのセバスチャンが、飛んできてかいがいしくラインの世話を焼いた。
 順位を落としているのはテオドールもだった。飛んでくるナイフ自体は持ち前の動体視力のよさでかわしていたのだが、爆発は避けようがない。表面が焼け焦げたり裂け目が出来たりするのを、一つ一つ縫いつけながら走っているのでどうしても遅くなってしまうのだ。
「あーあ、あとでアメリアちゃんに洗濯してもらおうかなぁ」
 汚れは仕方がない。そうぼやいたテオドールだった。
 反撃に出たのは他にもいた。ホウユウだ。飛んでくる鳥もちをすばやく断ち切り、見えざる敵に向かって秘技・流星天舞を放った。無数の衝撃波がトリスティアに襲い掛かる。かわしきれなくて落下したトリスティアにアルヴァートとアリューシャが迫った。
「先には行かせない♪」
 それでも頑張ってエアバイクにまたがっていたトリスティアは、再び浮上しながらとりもちランチャーを発射させた。それはアルヴァートたちをみごとに絡め取った。飛んでいるときよりさらに体が密着してアルヴァートが感触に赤くなる。自由を取り戻そうと暴れると、とりもちの粘着度はさらに上がった。
「ご、ごめん」
「大丈夫ですわ。落ち着いて抜け出しましょう」
 アリューシャに微笑まれて、瞬間、状況を忘れてしまったアルヴァートだった。
「トリスティア〜お前、アメリアに余計なことを教え込んだだろう」
「余計なこととはなによ。どんな障害があるかわからないじゃない。腕は磨いておいたほうがいいに決まっているでしょ。アメリアも納得して、熱心に稽古してくれたわよ」
「アメリアは真面目だから乗せられただけだろ。あんまりお転婆なことはして欲しくないのに」
 ぶつぶつと文句を言うアルトゥールにトリスティアがけらけらと笑いかけた。アメリアはきょとんとしながらニコニコと笑っていた。やがてアルトゥールはぐいとアメリアの手を引っ張って歩き出した。
「もういい、行こう。遅れちゃうよ」
「うん、そぉだねぇ?」
「がんばってね〜まだ先は長いんだから」
「わかってる!」
 明るくトリスティアに見送られて、アルトゥールはがくっと肩を落とした。

                    ○

 爆発やらとりもちの妨害やらでへとへとになった一行を待ち受けていたのは、ミズキ・シャモンだった。ミズキの姿を見て、ホウユウが嫌な予感に顔をこわばらせた。ミズキはびん底メガネを指で押し上げると、さっと手を上げた。空中マイクから軽快な音楽が流れ出した。
「ここでは当家名物の毘裏威座武宇斗喜屋武府に挑戦していただきます。インストラクターの動きにあわせて運動してくださいませ。亜曇、沙武尊、おいでなさい」
 ミズキの声に合わせて背後から筋骨隆々たる鬼が姿を現した。
「うげ、あれをやれってか」
 ホウユウがげんなりした声を出すと、ミズキがびしっと言い放った。
「兄といえど容赦はいたしませんことよ。いいえ、むしろ時期当主としてはこのくらいこなしていただかなくては。さあ、みなさま、準備はよろしいですか」
 音楽の音が高くなる。のりのりだったのはジュディとリョータ、ワスだ。ミズキの使役鬼の動きに負けじとついていく。これまでの障害でへとへとだったにもかかわらず、その動きは無駄なく正確だった。ホウユウもいやいやながらもしっかりついてきていた。ミルルやレイシェンのように身体能力に優れているものは、ややぎこちないながらも次第に活気を取り戻し、大量の汗を流しながらもリズムに乗って動きを早めていった。
 一方で動きにくい服装のスカーレットやラインは苦戦していた。動きを間違えるとすかさずミズキの声が響いた。
「間違えましたらやり直しですわよ。インストラクターの動きをしっかり見てくださいませ」
「きっつー」
「頑張るのよ!ここが正念場だわ」
 苦しみながらも必死についていっているのはフレアだ。フレアもかなり体力を消耗していたが、ここであきらめてしまっては上位入賞は果たせない。脱落しかける仲間を鼓舞しながら、自らも精一杯動きについていった。
 体力自慢や運動自慢が見事にクリアして先に進もうとする。と、ミズキの声が追いかけてきた。
「そうそう、次の試練はこの先で待っているわたしの式神を倒すことですわよ。大方は雑魚ですけれど、油断はなされませんよう気をつけてくださいませ」
「え?」
「オー、ノー」
 見ると武装した軍団がざざざっと押し寄せてくるところだった。その数およそ1000体。筋トレで疲労した体にこれはきつい。体力が有り余っているジュディなどは例外だったが。
「あーも自棄だ」
 素手でという注釈がなかったのをいいことに、ホウユウが愛用の斬神刀を振り回して次々になぎ倒していく。ジュディはアメフトのタックルの要領で相手にぶち当たって跳ね飛ばしていた。リョータとワスも片端から投げ飛ばして応戦していた。
「きゃ」
 遅れて戦場に突入してきたアメリアが、目の前に吹き飛ばされてきた式神に後ろ回し蹴りを喰らわせる。反射神経はいいらしい。きれいに決まったのに気をよくして、嬉しそうにアルトゥールを見上げた。
「特訓しておいて良かったねぇ」
「うーん。でも全員を相手にするのは難しいだろ。なんとかくぐりぬけていこう。ちょっとごめんね」
 そう言ってアメリアを横抱きにする。赤くなったアメリアはそれでも大人しく腕の中に納まっていた。アルトゥールは疾風のブーツで戦いの隙間を縫って先へと進んでいった。
 スカーレットがブラスターで式神を焼き払う。燃えかすをアンナが拾い集める。ミルルがトンファーで式神たちと戦う。アルヴァートはアリューシャを背後にかばいながら剣を振るっていた。
「アルバさん」
「大丈夫、キミは必ずオレが守るからね」
「はい」
 信頼しきった声に支えられて、アルヴァートは疲れも忘れてすぱすぱと式神を切り倒していった。
 数が多いといえど、しょせん雑魚は雑魚。瞬く間に倒されていった。しかしホウユウは妹の性格を熟知していた。これで終わるはずはないと。案の定、雑魚式神が全員倒された後に2回りは大きかろうという式神が現れた。でかいのは図体だけではない。放つ威圧感も作り物とは思えないほどだった。
「ラスボスってわけか」
 行く手をさえぎられたアルトゥールがアメリアをおろし下がらせる。アメリアは風を呼んでそのボスの動きを封じようと試みた。
「ヘイ!あれは元が紙デス。水にぬらしてしまったらどうデスか」
「あ、そうか」
 ジュディの助言を受けて、アメリアが空中より水分を集めだす。その水の塊をぶつけてみた。が、相手のほうが敏捷性に優れていた。攻撃はわずかにかすったに終わった。まあそれでも少しは効果があったようだ。右手がへろへろになっていた。
「く、やっぱり直接倒さないとだめか」
「一気に片をつけてやる」
 ホウユウが兄の意地をかけて敢然と立ち向かっていった。敵も猪突猛進に突き進んでくる。ホウユウは背後に怒鳴った。
「離れていろ!いくぞ、天壊怒龍撃滅破!」
 衝撃が式神を襲い、爆発が巻き上がる。土煙のおさまった後にボスの姿はなかった。
「やはりこのくらいはクリアしてもらわないといけませんものね」
 ミズキはその様子を見てうんうんとうなずいていた。

                    ○

 完全勝利に意気揚々としていた一行は、それでも草原がまだ終わらないことに気づいて気を引き締めなおしていた。先回りしていたちとせがおいでおいでと手を振っている。空中からもディスの声が降ってきた。
「さあ、いよいよ第1ステージ最後の障害だ。エルンスト・ハウアー教師による障害。ルールはいたって簡単。みんな後ろ向きに走ること。乗り物、アイテムの使用は可だが、後ろ向きのルールは変更なし。よって後ろ向きに走れないものはあきらめてもらうしかないぞ。っと、ジュディー・バーガーが飛び出した!早いぞ、後ろに目がついているのか」
 言われたとおりに後ろ向きになって猛ダッシュをかけたのはジュディだった。まさしく後ろにも目がついているかのような走りっぷりだった。と言っても、本当に後ろに目がついているわけではない。秘訣はペットのラッキーちゃんだった。肩に乗っているため、ジュディが後ろ向きになったことで逆にラッキーが前を向くことになったのだ。そこで進路をジュディに身振りで教えていた。
「うむむ、これは反則とはいいがたいようじゃな」
 エルンストがうめいた。あとのメンバーをぐんぐん引き離して進んでいく。2番手は挽回してきたアルヴァートとアリューシャだ。アイテム使用可ということで飛んでいたのだ。乗り物と違って腕輪で飛んでいるので方向は思うままだった。問題は時々振り返ってコースのチェックをしなくてはならないことだったが、案外すいすい進んでいた。
 後続陣も下手なトラップはなさそうだと安心して進み始めた。ここでは体力が物を言いそうに思われた。
『なんてな。そんなかんたんなもんじゃないぞい。これからが本番じゃ』
 先頭を走ってきたジュディにエルンストが声をかけた。
「ほい、その先のチェックポイントを必ず通過するんじゃぞ。でないと失格にするからな」
「わかったデス!うわあお?」
 言われたとおりに草原に立っているゲートを通過した瞬間、ジュディの肩になにかがずしりとのしかかってきた。妖怪こなきじじいでもおんぶしたような気分だ。根っから明るいジュディでさえ、なんだか身震いするような寒気を感じた。
「デモ頑張るネ!」
 無理やり明るく言ってスピードを上げる。と、耳元で聞きなれない声が説教を始めた。驚いて視線をめぐらすと、いかめしい顔の初老の男性が肩に乗っていて、ジュディをにらみつけていた。
「だれデス!なんでジュディの肩ニ!」
「おお、特等に当たったかの。それは教育熱心な教授の霊を実体化させたものじゃよ。話を聞いてやらんと超長い説教が始まるぞい」
「話?話を聞くくらいなら……」
 そしてジュディには不向きな高度なマンツーマンの授業が始まってしまった。幸か不幸か頭がこんがらがりそうになったジュディの歩調が早まった。
 ゲートをくぐったものは次々にエルンストが自らの魔術で実体化させた霊に取り付かれて悲鳴を上げていた。真面目なフレアなど、悲しそうに単語練習を繰り返されては泣き声が入り混じり、くどくどと愚痴をこぼされて切れそうになっていた。
「そんなのは普段からきっちりやっていれば問題ないでしょう。なにを今さら愚痴言っているんですか。反省しなさい、反省!」
 霊に怒っても仕方がないとわかっていても、言わずにはいられないフレアだった。
 ほとんど無視していたのは、受験生の苦悩が理解できないワスだった。スポーツ特待生で入ったので、受験とは無縁だったためだ。愚痴をこぼされても「そんなもんなんだ」としか思わず、ふんふんと相槌を打ちながらコースアウトしないよう気を使っていた。
 一風変わっていたのはホウユウだ。ゲートをくぐったとき、懐にしまっておいた妻からもらった鈴が激しく鳴り響いて霊を弾き飛ばしてしまったのだ。魔よけの鈴の力はエルンストの力を越えていたらしい。おかげで清々とした体で走ることが出来た。
「お義兄さんはいいなぁ」
 義理の妹に当たるミルルが、これまたテスト前の一夜づけに悩んでいる生徒の怨念を背負い込みながらぼやいた。ホウユウの妻で己の双子の姉の強力無比な幸運が、半分でも自分にあったらもう少し楽だったのにと、延々続く数式の朗読に頭を痛めながら走っていた。気の散りやすいタイプの霊らしい(だから一夜づけしなくてはならなかったのだろうが)。数式を唱えていたかと思えば歴史問題になったり魔法知識に偏ったりせわしない。本人が頭を使うタイプではないので、よろめいてコースアウトしては慌てて戻ってを繰り返す羽目になった。
 霊障はあとになるほど軽くなる設定のようだった。お気楽極楽なジュディや魔よけに守られたホウユウはともかく、他の先頭陣はだんだんと足取りが重く遅くなっていったが、後続部隊は多少は悩まされていたようだが、徐々にスピードが上がってきた。
「現在のところトップを走るのはジュディだ。続いてホウユウ、ワス。リョータがやや遅れたか!?フレアが上がってきたぞ。中堅から落ちかけているのはテオドールだ。なにやら熱心にメモを取っているのが原因と思われる。後続部隊が頑張っているようだ。まもなく第1ステージが終了して第2ステージへと差し掛かる。先はまだわからないぞ。みんな頑張れ〜!」
 第1ステージ終了ということで順位発表に移ったディスの声が笑いを帯びている。コースは草原の終わりを見せ始め、第2ステージである山が見え始めていた。

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