「天空の高みより」 第8回(最終回)
ゲームマスター:高村志生子
魔法陣から転移した先は、地中深いところにあると思われる大きな洞窟だった。ごつごつした岩肌は暗く、1本道だったが広くて暗く、足元もおぼつかない。闇の気配を感じる体内の光が唯一の足がかりだった。それでも先頭に立っているリリエル・オーガナは、新式対物質検索機で周辺の状況が良くわかったので、足取りに迷いは無かった。時折足を止めてセレストローズの花弁を壁のくぼみに仕掛けていた。 その後ろに着いて行っているのはルーク・ウィンフィールドとミティナだった。歩きながらルークは駄目押しのようにミティナに問い掛けた。 「ここまで来たからには、あとはザイダークとの決着をつけるだけだな。やはり自分自身の手でけりをつけたいか」 「ええ、もちろん。過去になしえなかったことだし。自然への回帰そのものはアメリアでなくてはできないでしょうけど、まずは闇の力を少しでも弱めないとね。そのためにも……と言うより、やっぱり一矢報いないと気がすまないってのが本音かしら」 「そうだな。すべきことをせずにあとで後悔するような真似だけはしてはいけないからな。もう報酬のことなどどうでもいい。ただお前の意志に従うだけだ。お前がその気なら協力は惜しまないさ。安心しろ、お前は必ず守ってやる」 「あ、ありがとう」 今まで必ず「依頼は守る」と言っていたのが、微妙に変わったのを感じてミティナが微かに頬を赤らめた。そして嬉しそうに笑うと、まっすぐ前を向いて進んでいった。ルークは無表情だったが、ミティナにしっかり寄り添っていた。 そんな2人をほほえましく見ていたのはジュディ・バーガーだ。ミティナを見ていて、人を思う気持ちが光の力になることを肌で感じていたジュディは、ふとあたりを見回した。まず目に入ったのは、言わずと知れたホウユウ・シャモンとチルル・シャモンのラブラブ夫婦だった。この濃い闇の力の中でも、2人の愛の力は衰えると言うことを知らないらしい。ホウユウはチルルと幾度もキスを交わしながら指先を首筋から胸元に滑らせていた。チルルの豊かに盛り上がった胸の合わせが乱れる。ジュディの視線に気づくと、チルルは意味深に笑いながらさりげなくそれを直した。余裕たっぷりのラブラブっぷりにジュディの方が赤くなってしまう。 慌てて目をそらせると、今度は初々しい2人を見つけた。はるか後方で足場に気を使いながら歩いているアメリアと、アメリアを守るように側に立っているアルトゥール・ロッシュだ。アメリアがリリエルの仕掛けを指差してなにごとか話している。アルトゥールはにこにこしながらそれを聞いていた。ややぎこちないながらもほのぼのとした雰囲気がそこには漂っていた。やがて転びそうになったアメリアをアルトゥールが優しく支えた。立ち止まってしまった2人をラーナリア・アートレイデとルイードが並んで追い越していった。ルイードはちらっとアルトゥールを見たが、無言でラーナリアを促して先に進んだ。 「カップルが一杯ネ……」 思わずそうつぶやいてしまったジュディは、この際だから自分も己の気持ちに正直になってみようと思った。うっかり闇の陣営に入ってしまったため一度はあきらめた思いだったが、今ならばかなうかもしれない。そして向ったのは先陣隊にいるダグラスのところだった。 ダグラスはどこか不機嫌そうだった。ジュディは努めて明るく声をかけた。 「ヘイ!ドウしました?機嫌、悪いみたいデスネ。ココは闇の領域デス。あんまり暗くなっていると、影響されてしまいマスよ」 ダグラスがはっとした顔になって苦笑いした。頭をかきつつ言い訳する。 「いや、さ。ルシエラに利用されたってのが不愉快だったもんでな」 「あれは……気持ち、わかるデス。ジュディも見抜けなかったコト、悔しく思いますカラ。デモ、それに囚われてばかりでは影響サレテしまうネ。だからネ、1つ提案なのだけど」 「提案?」 「ルシエラは変装が得意のようデス。また同じコトされないためにも、ジュディと一緒に戦いませんか」 ジュディのことは闇の陣営に利用されていたときから知っているはずだ。それが負い目になって申し出を受けてはもらえないかもしれない。そうは思ったが、ダグラスの強さを信じて、ジュディは思い切って切り出した。当たって砕けろの精神だ。真っ向からの気持ちに押されてダグラスは一瞬とまどったようだが、すぐに笑顔になった。 「一緒に、か。それもいいかもしれないな。あんたも今はこちら側の人間なんだし。信じていいんだろう」 「それはもちろんネ!ジュディ、ミティナが気がかりであっちにいただけダカラ。ミティナが光側の人間として、贖罪のために闇と戦うのなら、ジュディもソウしたいモノ」 「ならミティナと一緒の方がいいんじゃないのか?」 ジュディは少しだけさびしげに微笑んで言った。 「ミティナにはルークが居るカラ大丈夫。彼になら、まかせられるネ。だからジュディも自分に正直に生きると決めたデス」 さびしさはすぐに消え、ジュディはからからと笑いながらぐいっとダグラスにヘッドロックをかけた。ダグラスも目を白黒させながら一緒になって笑い出していた。 後方では歩みを止めていたアルトゥールが、アメリアの手を取ってそっとかどに隠れたところだった。 「アルトゥール?みんな行っちゃうよぉ?」 「うん。いよいよだね。その前に聞いて欲しいことがあるんだ」 そして片ひざをついて騎士の礼を取ると、アメリアに向って真摯な表情で告げた。 「先日言ったことは本気だよ。本気で君が好きだ。最後の戦いは大変だろうけれど、お互い生きて帰ったら、返事を聞かせて欲しい。君の気持ちが知りたい」 「うん……きっと。ちゃんと答えるから。だからすべてを無事に終わらせようねぇ」 アメリアは静かに微笑みながらアルトゥールの告白を受け止めた。アルトゥールは立ち上がると、いつもの笑顔になってアメリアの頭をなでた。 「そうだね。無事に終わるかどうかはアメリアにかかっているんだから。精一杯頑張って」 「うん」 手のぬくもりを感じながらアメリアはしっかりした声で答えた。 ○ 闇の神殿の大広間には闇の固まりのようなものがあって、そこに光の陣営の者たちの姿が映し出されていた。先頭部隊にミティナが居るのを見て、さっそくルシエラ・アクティアが、ペットの幽体レイスと、レイスに呼ばせた仲間のゴーストを引き連れて飛び出していった。ザイダークはゴーストたちに闇の力を注ぎ込んでおいた。闇の力が満ちている場所ならではで気配が消せるだろう。ルシエラの計画に期待はしていなかったが、黙って好きなようにさせた。神殿の周りには闇の力を強化させたテネシー・ドーラーに迎え撃つ準備をさせておいた。あと神殿に残っているのはシェリル・フォガティだけだった。闇の鏡の動向を見つめているザイダークに、シェリルは武器の手入れなどをしながらさりげなく問い掛けた。 「あなたは存在を続けたい?」 ザイダークはどこか面白がるような調子で言った。 「当たり前のことを聞くものだな。我を生み出した存在が消えうせない以上、存在を続けるのは当然の権利ではないのかな」 「そうね。光のまぶしい連中にはあなたを消してしまうような勢いがあるけれど、あなたが居なければ光の価値も無い。それはわかってないようだものね」 それからきっぱりとした調子で話を続けた。 「闇だって世界にあるべくしてあるものだから。あなたは居場所を持っていていい。だいたい年がら年中夜も昼も光であふれていたら寝にくいじゃない。……私は、あなたの底の悲しさや恨み、無念、苦しさ、そういったもののすべてに寄り添っていきたいわね」 そこでふふと笑った。 「少なくともあなたは人間じゃないから、私より先に逝くことはなくていいわ。それはやっぱり嫌だもの。耐えられても慣れるもんじゃない。そうよ、だから消滅なんてさせないわよ。私と一緒にいなさい!」 その言葉が面白かったのだろう、ザイダークが低い笑い声を立てた。 神殿を飛び出したルシエラは途中まで気配を隠していて、いきなりルークとミティナの前に姿をあらわした。その姿は闇に染まっていた頃のミティナのものだった。漆黒の髪に闇色の瞳。暗い気配を漂わせて現れたルシエラは、不審をあらわにしているミティナに向ってミティナそっくりの、しかし沈んだ声で言った。 「あたしはあんた自身。あんたの闇が実体化した存在」 ルークがぴくりとしてミティナの様子をうかがった。ミティナは感情を表情に見せていなかったので、考えを読むことは出来なかった。ルシエラは追い詰めるような調子で言葉を続けた。 「あんたは自分がしてきたことを忘れてしまったの?多くの血を流し、命を奪い、世界を恐怖で満たした。光の加護を受けた者たちはあんたを赦すようだけど、大切なものを奪われた一般の人々があんたを赦すと思う?」 ミティナはなおも無表情で黙って言葉を聞いていた。自責の念にかられていると思ったルシエラは、声を張り上げて持っていた剣をすらりと引き抜いてミティナに突きつけた。 「あんたはその大罪の報いを受けなきゃいけないのよ!」 「偽者の戯言に付き合っている暇はこっちにはないわ!ルーク、あれは多分ルシエラよ。かまわないわ、倒してしまって」 剣を突きつけられたとたんにミティナが光を放ってルシエラの目をくらませた。ルークが銃剣の切っ先でルシエラの剣を弾き飛ばした。広がった光が偽りの姿をかき消す。ミティナが不適に笑いながら言った。 「自分の罪くらい自覚しているわよ。生きて罪の苦しみに耐えてこそ贖罪になるのだと教えられたわ。あたしもそれを望んでいる。赦すとか赦されるとかじゃないの。やるべきは生きていくこと。死ぬことじゃない。ああ、そうそう。剣なんか出したのは完全に失敗だったわね。あたしは自分で剣を振るったことは一度も無いわよ。偽者ですって自分で白状したようなものね」 仮面無しの怪盗伯爵の姿になったルシエラは、ふんと鼻先で笑うとレイスと仲間のゴーストを大量に集めだした。闇の領域ならではのパワーだったが、ミティナがひるむことは無かった。輝く光が輪になってルークやミティナ自身を闇から守っている。ルシエラがあくまでも冷静に告げた。 「ゴーストでは太刀打ちできないようですね。醜い姿になるから力を解放するのは嫌なのですが、仕方ありません」 ルシエラの背中に黒い羽が生え、爪が長く伸びて形相も恐ろしいものになる。変貌を遂げるとすばやくミティナに襲い掛かってきたが、その前に背後に転移していたルークが銃剣でその羽を切り裂いた。すかさずミティナが光の力でもって強制的にルシエラの変容を元に戻した。強烈な光をまともに浴びて、ルシエラの姿は近くにあったクレバスの底の方に消えていった。 「強くなったな」 「迷えばまた闇に落ちるだけでしょ。それはさらに重い罪だわ。違う?」 ミティナの毅然とした態度に、ルークはふとミティナにだけ見えるような微かな笑いを顔に乗せた。ミティナが背後の面々を振り返って声を張り上げた。 「先制攻撃が来たってことは、本陣もじきにやってくるはず。気をつけて!」 その言葉どおり、テネシーから借り受けた一陣を率いてシェリルがやってきたのはすぐだった。そのときには闇の神殿の間近に来ていたが、建物の存在を感知していたリリエルが告げたときには、闇の気配にまぎれた集団に先陣部隊が取り囲まれていた。 シェリルは光の加護に対抗するためにダークムーンで闇の加護を自らに与え、闇で強化したショートソードで先頭を突破していた。周りでは実体化した闇幽霊たちと光の陣営との戦いが始まっていた。 「とにかく吹き飛ばしてしまってくださいませ」 そうジードに言ったのはアンナ・ラクシミリアだ。アンナは特製ローラースケートで洞窟内の床も天井も関係なく走り回りながら、集まってくる闇幽霊たちをジードのほうに向ってモップで弾き飛ばしていた。タイミングを合わせてジードが風で転移魔法陣の方にそれらを吹き飛ばしていった。近くでは将陵倖生がぶつくさ言いながら投影で作っていたフライボードでやはり自在に飛び回りながらミスリルレイピアで攻撃していた。相棒の(?)式神人形は事前にいつものようにアメリアに預けてあった。そのさいまたもや冷ややかな目で見られていたので独り言で愚痴をこぼしていたのだ。 「ほれみろ。ちゃんっと役目をこなしているだろ−が。ったく、毎度毎度信用の無い目で見やがって。本当に自分の世界に返ったらのしつけて突っ返してやろうかってんだ」 まあ本気ではない証拠に、闇に飲まれることもなく淡々と敵を倒していっていた。ジードはその残骸も吹き飛ばしていた。アンナとジードの連携はともにスピードのある行動で息もぴったりだった。 「さあ、きれいにしてしまいましょうねえ。あら?」 ついでに苔むした岩肌も掃除していたアンナは、やってくる闇幽霊の動きが次第に統率を欠いて行くのを感じ取った。普通に襲い掛かってくるものもまだいたが、一部では同士討ちをしているような気配もある。ジードに抱えてもらって上方から様子をうかがうと、その中心にエルンスト・ハウアーがいた。エルンストの周りにも闇幽霊たちは寄っていっていたが、襲い掛かると言うより引き寄せられているといったように見えた。そして間近になると消えうせていた。 「よいよい、力がみなぎってくるわい。やはり闇の力は心地よいのう。さあ皆の衆、こやつらはワシがすべて引き受けようぞ。突破してザイダークの元へ向かうんじゃ」 吸収した力を己のものとし、それを利用して術の効果範囲を広げていく。あとからあとから大挙してやってくる闇幽霊たちの動きも次第に混乱の様相を呈し始めた。 「神殿に入る前にテネシーがやってくるはずだ。気をつけろ!」 飛び出していったジュディとダグラスの周辺の敵を風の精霊弾で吹き飛ばしてファリッド・エクステリアが叫ぶ。「わかっている」とダグラスが剣を振るいながら怒鳴り返してきた。実体化した闇をぼかすかなぐりながらジュディがエルンストやアンナの方に放り投げてくる。エルンストの術からこぼれた闇幽霊をアンナがジードにパスする。その連携をかいくぐってきたのはシェリルだった。シェリルは先頭に立つルークやダグラスの攻撃に傷つきながらも果敢に進んできた。ジュディが立ちふさがり殴り飛ばす。吹っ飛び転びながらもすぐに立ち上がったシェリルは、ジュディに向って言った。 「ザイダークを消滅させたりしないわ。あんたたちはその気なんでしょう。それじゃ本当の意味では世界のためにならないもの。それをジルフェリーザに言ってやりたい。邪魔しないで」 「え?」 なにか誤解しているようなシェリルに、ジュディが戸惑う。その隙にシェリルはアメリアたちの方へと走り出していた。追いかけようとしたジュディをファリッドが止めた。 「アメリアを倒そうってわけでもなさそうだ。それに彼女1人くらいなら、いざというときでも護衛で対処できるだろう。行かせてやれ。こっちは先に進むぞ」 炎の精霊弾で正面を焼き払い道を作る。ルーク・ミティナ・ジュディ・ダグラス達がそこを進んでいった。 闇幽霊達の数は多く、すべてをエルンストたちで排除することは出来なかった。アメリアに近づけまいと戦うルイードの側で、ラーナリアがノエティに呼びかけていた。 「あなたは土の精霊なのでしょう?ここの洞窟の大地にも干渉することは出来るのかしら」 「ああ、大丈夫だ」 「じゃあ私に力を貸して。ここの闇って負の感情で出来ているのでしょう。それを癒せたら浄化していくと思うの。大地に干渉して光の加護を伝えられたら……シェルク、あなたも手伝って」 傍らにいた角の生えた子犬の姿の大地の精霊にもそう呼びかける。ノエティとシェルクの力が混ざり合って周辺の大地に溶け込んでいく。そこにラーナリアが自らの光の力を溶け込ませた。とたんに闇の反発を感じ取った。泣く子をあやすような調子でラーナリアが想いを力に乗せていった。 「これは恐怖?それとも不安かしら。あなたたちも辛かったのね。でももう大丈夫だから。もう誰もあなた達を傷つけたりしないから。大丈夫、大丈夫よ……」 慈しむような慰めるような波動に、闇幽霊たちの気配が薄らいでいく。光だけでなく大地の回復力をも使ってラーナリアは闇幽霊たちの痛みを浄化して行った。圧倒的な数に押されそうになりながらもラーナリアがあきらめることはなかった。 いや、あきらめないのはラーナリアだけではなかった。闇の力を少しでもそぎ落とそうとする者たち全員が、持てる力の限りを尽くしてその勢力を弱めようとしていた。アメリアもジルフェリーザから受け取った光の力を注ぎ込んで、援護に回っていた。 「誰か来ますわ」 アメリアの前で大人の姿で警戒に当たっていた梨須野ちとせが、すかさずフェイタルアローを構えた。その前に立ったのはシェリルだった。シェリルはぼろぼろに傷つきながらも、強い意志を秘めた目でアメリアを、そしてそばにいるジルフェリーザを見ていた。 「どうしてもザイダークを消してしまいたい?」 「え?」 「あの寂しがり屋の闇の精霊を消してしまいたい?そんなことは許さない。だってあたしは彼を必要としているもの。闇にだって安らぎはある。世界には必要な存在だわ。光があるなら闇だって当然存在する。対の存在だもの、どちらか片方だけがあるなんておかしいでしょ。わかってる?」 「うん、わかっているよぉ」 アメリアが手を差し伸べてシェリルの傷を癒しながらささやいた。 「存在そのものを消してしまうために来たんじゃないの。闇も光も大きくなりすぎてしまって、本当なら世界に均一に存在していなくちゃならないのに、それがおかしくなってしまったから。この世界が本当の姿を取り戻すために来たんだよぉ」 「じゃあ……消滅したりしない?」 「同じ姿では存在しないだろうけれど、シェリルが望むなら、きっとパートナーになれると思う。思いが力の源になっているのはザイダークだって同じだもの。だから信じて。強く願えば、思いはきっとかなうよぉ」 それを聞いて、シェリルの体からがくりと力が抜けた。その心にはただひたすらザイダークへの思いが残っていた。ちとせがぐいっと腕を引っ張って立ち上がらせた。 「私たちはこの世界を昔のような豊かな世界にするために来たのですよ。それには闇が必要なことくらいわかっています。ずいぶんと早とちりしたものですわね」 「そんなのわかるわけないじゃない。そっちにいたわけじゃないんだから」 「まあいいですわ。とにかく理解はしていただけましたわね。なら黙って私たちのすることを見ていらっしゃい」 ちとせはアメリアを振り返ってうなずきあった。 闇神殿の前で待ち構えていたのはテネシーだ。闇幽霊たちがその前を守っていたが、ファリッドの精霊弾によって蹴散らされてしまう。ミティナたちが姿を現すと、テネシーは優雅に一礼して見せた。 「闇神殿へようこそ」 冷静で丁寧な口調に惑わされることはなかったが、瞬時に緊張が走る。テネシーは魔眼でアメリアの位置を探っていた。いまだ戦いが続いている後方にいることを確認すると、空間を転移させて闇幽霊を仕掛け、自分は新たに召還した手下とともにミティナたちに襲い掛かった。今は契約の巫女ではないミティナでは、ある程度の闇は退けられても防御が主体になってしまう。テネシーは酷薄な笑みを浮かべながらウィップソードを鞭状にしてさらに炎をまとわせ攻撃してくる。何とか避け接近戦に持ち込もうとしたルークだったが、どこからともなく現れた闇の触手に絡みとられて動きを封じられてしまった。テネシーはそのままミティナを攻撃すると見せかけて空中に舞い上がった。それを叩き落したのはホウユウだ。 「流星天舞!」 闇を切り裂いて衝撃波が飛び空中にいるテネシーを叩き落す。地面に激突する寸前、体勢を整えたテネシーがふわりと降り立つ。風には風をとこちらも風のアーツを使って移動速度を上げ剣モードに切り替えて直接攻撃に転じてくる。割り込んできたのは佐々木甚八の相棒のソラだった。 「ソラ、ストライカーだ!」 甚八の命令を受けてソラが強烈なラッシュパンチをテネシーに浴びせかける。闇の障壁でそれをやり過ごしたテネシーだったが、その間に回りこんでいたホウユウが次なる必殺技を繰り出していた。 「背後ががら空きだぜ!これでも食らえ。血風乱華!」 轟音とともに竜巻が起こり、巻き込まれたテネシーの体が空中にきりもみ状に舞い上がる。さすがに体勢を整えることができなかったテネシーは、空中にとどまって一瞬攻撃の手を止めた。甚八はその隙を見逃さなかった。 「ソラ!」 「はいな!」 義体の能力を限界以上に引き出し、瞬時にだんと飛び上がってソラが拳を突き出しながらとどまっていたテネシーに突進していく。よけきれずにテネシーの体が跳ね飛ばされ天井にぶち当たった。能力を使い切った甚八とソラはふらふらと倒れこんだが、テネシーが受けたダメージも大きなものだった。落ちてきて地面に激突する。神殿の奥から現れたザイダークが闇の力をテネシーに注ぎ込んだが、すぐには起き上がることができないでいた。 だが戦闘意欲が失われたわけではない。内蔵を傷めたのだろうテネシーは、ふらつきながらようやく立ち上がると、口から血を流しながらそれでもにっと笑って見せた。魔眼は闇幽霊たちを仕掛けたアメリアたちの様子を捉えていた。 「とにかくアメリアを無事にザイダークのところへ行かせるんだよ!」 アルトゥールに叫んだのはトリスティアだ。エアバイクのトリックスターに、アメリアを守っているアルトゥールの援護をさせながら自分は周りを囲んでいる闇幽霊たちと戦っている。トリックスターは姿を消していたので、アルトゥールの前の敵を次々に蹴散らせて行く手の道を作っていた。アメリアの前ではアルトゥールとちとせが応戦していた。大量の闇が光の側の人間たちを覆い包もうとしていた。チルルが緋月神扇で結界を張って闇が近づくのを防ぐ。防ぎながらシルフとサラマンダーを召還して炎の竜巻を起こして周辺の闇を浄化した。その間アメリアは毅然として立って、神殿のほうを、正確には式神人形が捕らえていたザイダークのほうを見つめていた。 「アメリア、ザイダークがテネシーを復活させたみたいだよ」 チルルの風の力のサポートをしたり、ファリッドの遠隔攻撃のサポートをしていたアルフランツ・カプラートの声が風に乗ってアメリアの耳に届いた。アメリアはそれにうなずくと、ジルフェリーザから光を引き出してきた。 「ザイダーク様、私は光の巫女の所へ参りますわ」 「行かせるか!」 ホウユウが立ちはだかる。テネシーは闇を使って転移しようとした。そのときだった。戦いの場を通り過ぎて屈折しながら輝きを増す光の波動がテネシーやザイダークに突き刺さってきた。体を闇に支配されていたテネシーは、その光に闇を浄化されてしまい気を失ってしまった。ザイダークは消滅こそしなかったものの、さすがにダメージを受けたのか忌々しげに顔をしかめていた。 「やってね、大成功!」 喜んだのはリリエルだ。仕掛けておいたセレスとローズの花弁にジルフェリーザの光を反射させて威力を増させる作戦を取っていたのだ。テネシーが気を失ったことで闇の呪縛から開放されたルークがザイダークを取り囲むように立ち、銃剣をつきつける。ミティナが銃剣に光の力を注ぎこんでその銃弾をザイダークに撃ちこんだ。光の弾となった銃弾がザイダークの体を貫通する。ザイダークが楽しげに笑い出した。そして倒れているテネシーに新たな力を与えて再び復活させると、一気に周囲を闇に塗りつぶし始めた。 「まだまだ負けはせぬわ!」 「ならこれではどうですかぁ!」 「マニフィカさん、この位置ですわ」 「はい。ウネお姉さま、力を貸してくださいませ」 そこへ響いたのはマニフィカ・ストラサローネとアクア・エクステリアの声だった。同時に水蒸気が立ち込め闇を発していたザイダークを包み込んでしまう。水蒸気はただの水ではなかった。光によって浄化された聖水によるものだった。それをマニフィカが火炎魔術で蒸気にしていたのだ。蒸気はアクアが氷水魔術で収束させザイダークに降り注がせていたのだ。高密度の光に包まれたザイダークはさすがに苦しげに身をよじらせた。発していた闇が薄らいでいく。操られていたテネシーも再び倒れふした。 「周辺の闇も消してしまいましょう。アクア様」 「わかっていますわ」 アクアはマニフィカの発する水蒸気を周辺にも照射して残っていた手下の闇幽霊たちを消し去って行った。 ザイダークは自らが闇を発し敵対する者たちを取り込もうとした。自分自身に向けられているであろう怒りを利用しようとしたのだ。だが光の加護を受けている者には通用しなかった。 「グラント、奴は大分力を消耗しているようだ。エネルギー反応が弱くなっている。とはいえまだ実体は残っている。油断は出来ないぞ」 鷲塚拓哉が新式対物質検索機で調べながらグラント・ウィンクラックに言う。グラントは乗っていた凄嵐から飛び降りながら答えた。 「わかっている。どうやらお前の作戦が効いたみたいだな。あとはとにかく残った力を殺ぎ落とそう。でなきゃ一撃必殺ってわけにはいかねえだろうからな。奴の攻撃の狙いは凄嵐でそらしてやる。ファイル、お前は炎になって剣に巻きついていろ。行くぞ、拓哉!」 「おお!」 乗り手を失った凄嵐が自動操縦でザイダークの周辺を飛び回る。感情を持つとはいえ機械相手ではいささか勝手も違うようだ。ザイダークの攻撃もなかなか上手く決まらないようだった。グラントは切りかかってはすばやく離れる作戦でザイダークの力を着実に殺していった。拓哉もまたフォトンセイバーから光の弾を発射させてザイダークに攻撃していた。 ようやく復活したテネシーは体の調子が戻るまで戦いには参加せずに、アメリアの様子を調べていた。アメリアは光の放射を行った後、こちらに向かって駆け出しているところだった。それを察知して、闇のエネルギーを使ってザイダークに伝えた。 「光の巫女が近づいてきますわ」 「む、まずいな」 応戦一方になっていたザイダークは、アメリアやジルフェリーザの目論見を理解して、まずは目の前の敵であるグラントや拓哉を始末しようと攻撃に転じた。大技のために闇のエネルギーが集まり始める。拓哉が気がついてグラントに注意を促した。
「なにか仕掛けてくるぞ。気をつけろ!」 「望むところだ!」 剣にまきついたファイルの炎が闇の中で赤く光を放つ。拓哉のフォトンセイバーも気力に呼応して青白く光った。ザイダークは目に前に飛び上がった凄嵐を吹き飛ばすと、一気に闇のエネルギーを放射してきた。身構えていたグラントと拓哉が身をひねりながらその攻撃をかわす。闇は広がって2人を包み込もうとしたが、空中をけったグラントが炎の剣でザイダークの体を刺し貫いた。剣にまとわりついていたファイルが炎でザイダークを包み込もうとする。それは威力が弱かったためザイダークの抵抗の前に弾き飛ばされてしまったが、アメリアたちがやってくる時間を稼ぐには十分だった。ジルフェリーザの光の気配を感じて拓哉がグラントに合図した。 「今がチャンスだ、相殺にかかるぞ」 「ち、ちょっと物足りねぇかもな」 不敵に笑いながらグラントが離れる。よろめいたザイダークをテネシーが支える。その前にアメリアとジルフェリーザが立った。アメリアの頭の上では式神人形がびしっとザイダークを指差していた。その体がきらきらと輝いている。ジルフェリーザが澄んだ声で高らかに宣言した。 「もう十分でしょう。これ以上戦っても昔と同じことになるだけ。あなたを封印することが目的なわけじゃないわ。私たちは私たちのあるべき姿に戻りましょう」 「今さらか」 「今だからよ」 テネシーが闇のエネルギーを、アメリアが光のエネルギーをそれぞれ相手に向かって放射する。ぶつかり混ざり合った力が周辺の空気を震わせる。どちらも一歩も引かず、力は拮抗して見えた。そのバランスを崩したのはアルトゥールだった。疾速のブーツでアメリアの側から高速移動して突っ込んでいったアルトゥールは、光の力を注ぎ込んでもらっていたジルフェスでザイダークの体を突き刺したのだ。すかさずザイダークの体内で光の力を開放する。 反発はわずかな時間だった。直接触れた光の力にザイダークの体が膨張し闇の塊となっていく。合わせるようにジルフェリーザも自らのすべてを光にしてザイダークに向かっていった。 「あ、洞窟が!」 異変に気づいたのはミルル・エクステリアだった。やはり闇幽霊と戦っていたのだが、ザイダークとジルフェリーザがそれぞれ実体を無くし力の塊になった直後、周辺の洞窟が膨張しているように感じたのだ。慌ててリオル・イグリードを振り返ると、リオルは精神を集中させてジルフェリーザの光の力に同調しようとしていた。 「エウリュス、君はザイダークの力をコントロールして」 「わかりました。まかせてください。分散させて世界に回帰させればいいんですよね」 エウリュス・エアがリオルの呼びかけに答えながら、こちらはザイダークの力に接触しようとしていた。光と闇は渦を巻きながら洞窟内一杯に広がっていっていた。膨張した力が洞窟を溶かし更に広がって行こうとしていた。 その消えかかる大地に一生懸命に陣を描いていたのはテオドール・レンツだ。テオは空間がゆがんでしまう直前に陣を発動させ、中に存在していた光と闇の精霊達に向って呼び掛けた。 「悲しみと愛情という相反する力でママはボクを作ってくれた。両方があったからボクは生まれたの。君たちも同じように存在して行けるね」 力はぐるぐると駆け巡り少しずつ小さな存在に分かれていくようだった。テオが声を張り上げた。 「悲しみを知らない人は喜びも知らない。愛することを知らない人は、憎しみも知らないで済むんだろうけど。けどそれって不自然だよね。誰もが両方を知っているのが本当。だからみんな、世界に還ろう」 リオルとエウリュスはそれぞれに己となじみのある気配が拡散して飛び散っていくのを感じ取っていた。強く深い輝きが自然の中に溶け込んでいけるよう気配を導いていく。 「あ」 それに気が着いたのはアメリアとテネシー同時だった。自分の中にあったつながりが薄れていく。だが消えうせたわけではない。形を変え、わずかな力が残った。それが契約の巫女だった証だろう。 「ザイダークは!?」 シェリルがテネシーに向って問う。テネシーは身内に残る力を集めてシェリルに注ぎ込んだ。 「もう私には必要のないものですわ」 「まあそれなりに面白かったかしらね。さて行きましょう」 いつの間にかやってきていたらしいルシエラがテネシーにそう言うと、テネシーは誰にともなく優雅なお辞儀をしてルシエラと一緒に姿を消した。残されたシェリルがたくされた力に向って呼びかけると、手のひらに小さくなったザイダークが姿を現した。 「我の力はもはやほとんどない。それでもそなたは我を必要とするか」 「ええ、ええ!もちろんよ」 シェリルがくしゃっと顔をゆがませた。 いまや洞窟は洞窟ではなくなっていた。氾濫するエネルギーの渦に飲み込まれたかと思うと、足場が消えそれぞれが空中に投げ出される。精霊のエネルギーを必死にコントロールしていたリオルとエウリュスは、落ち着くとほーっと息を吐いて座り込んだ。ミルルが急いでリオルのもとに向った。 「大丈夫なのっ」 「大丈夫だよ。ミルルこそ怪我してないかい」 「あたしのことなんかどうだっていいでしょっ」 「よくないよ」 「あーあ、相変わらずですねー」 あきれたようにエウリュスがつぶやいた。 気がつけばそこは地上だった。時間は夜で、空には星が瞬いている。ひんやりとした風が吹き抜けていった。アメリアがはっとして前方を指差した。 「あれ、リザフェス?ちょっと形が違うみたいだけどぉ」 天空にあったはずのリザフェスが地上に降りていた。その姿は前に見たときと少し変わっていた。気配だけ感じていた闇神殿の様式が加わっているようだ。アメリアの手の平に出現した、これまた小さくなったジルフェリーザが笑いながら疑問に答えた。 「闇と光が融合したみたい。あれはリザフェスであってリザフェスではないもの。闇と光の力が融和するところとなったの」 「ふうん、そうなんだぁ」 「自然への回帰は上手くいったみたいだな」 「お兄ちゃん」 ぽふとしがみつこうとして、そばに居るラーナリアに気づいてやめる。その代わりアルトゥールを見上げて幸せそうに微笑んだ。 と、直に空が曇ってきて雨が降り出した。今までのこの世界であったなら考えられないような大粒の雨だ。 「恵みの雨だよ」 全身で雨粒を受け止めながらリオルが言う。エウリュスがくすくす笑っていた。 「闇の力が広がって雨になっているんですよ。世界に闇の精霊が居ることが感じられます」 「光の精霊もね」 「うん、いるねぇ」 アメリアが大気の状態を感じながらうなずく。その足元でテオドールがあたふたと歩き回っていた。 「濡れる濡れる」 「あはは。中に入ろうねぇ」 大きくなってしまう前に抱え上げてアメリアが駆け出す。ルイードたちもそれに続いた。 ○ これはその後のお話。 それまで存在していなかった光と闇の精霊の存在は、すぐさま世界中の神殿の巫女たちの知るところとなった。気候も和らぎ、あちらこちらに新しいオアシスができていることも確認された。緑の多い土地は徐々にだが増えていくだろう。住む所が増え、獣人と人間たちとの争いもおさまった。 新しい土地ではそれぞれに新しい精霊を祭る神殿が建設されることになった。だが中心になっているのはやはりリザフェスだった。契約の巫女ではなくなったとはいえ、もっとも光に近い巫女としてアメリアが、そして闇の新しい巫女としてシェリルが擁立されていたからだ。ルイードやダグラスはリザフェスにとどまり、新たな神殿騎士になっていた。グラントはそれらを見届けると一足先に旅立っていった。 「あったしはグラントと一緒ならどこでもいいもん」 「振り落とされるなよ。というか、お前ら喧嘩するんじゃねえぞ」 ファイルが仲間の精霊に屈託なく別れを告げる。グラントはファイルを自分にしがみつかせると、ちょっとばかり不機嫌そうな凄嵐に乗って飛び去っていった。 旅立った者はもう1人いた。ルークだ。 「残っては……くれないのね」 「仕事があるからな」 ミティナは光の巫女の1人として、世界各地を回り復興に力を入れる予定だった。それが自分に出来る贖罪だと言って選んだ道だった。さびしい顔になってしまったミティナに、ルークは珍しく笑顔で告げた。 「そんな顔をするな……また来る」 ぱっと明るい顔になったミティナに、ルークはそっと銀製の指輪を握らせた。思いのこもった品物を握り締めてミティナはしばらく黙っていた。そしてまっすぐにルークを見ると、きっぱりと言った。 「この世界で出来る限りの事をして、自分に納得がいったら……追いかけて行ってもいいわよね?」 ルークはさすがに驚いたが、表情には出さずにぼそっと答えた。 「勝手にしろ」 それを了解ととって、ミティナは華やかな笑顔を見せた。 しばらくそこにとどまっている者たちもいた。 「はーい、特製オレンジシフォンケーキの出来上がり!自信作なのよ。たくさん食べてね」 人や物資が集まる中、戦いの無事の終了を祝ってケーキを焼いていたのはリリエルだ。「わーい」と言ってはしゃいだのはミルルだ。大きく切り分けてもらって食べながら、ふと隣にいたエウリュスに問いかけた。 「そう言えばどうして戦いのぎりぎりになってやってきたの?」 「ああ、私も闇の精霊使いでしょう?力に引きずられてしまうといけないからとリオルに言われたんですよ。決して迷子になったりとかでは」 「ふーん、リオルにねぇ」 少しだけ面白くなさそうに反対側にいるリオルを見る。エウリュスがどきっとして困った顔になった。リオルの方はなぜか嬉しそうだった。 「なに?妬いてくれているの?」 「そ、そんなじゃないもん」 ミルルは慌てて口一杯にケーキをほおばったが、赤い頬が心情を素直に表していた。エウリュスがそそくさと立ち上がった。 「ごちそうさま」 近くではリリエルがいそいそと拓哉に取り分けてやっていた。冷やかしているのはホウユウだ。 「やっぱり恋人なんじゃないのか」 「そんなのどっちだっていいだろ。大切なのは仲がいいってことなんだから」 「そうそう。あ、約束忘れないでよ。遊びに連れて行ってくれることになっていたでしょ」 「覚えているって。そうだな、ちょっとくらい時間があるだろうから、この世界の名所でも聞いて回って歩くのもいいかもな」
やり取りを聞きながらアメリアはくすくす笑っていたが、その視線が部屋の外に居るアルトゥールに止まった。約束を思い出しアメリアが赤くなる。アルトゥールも緊張した面持ちで様子をうかがっていた。やがてそっと部屋を出ると、アメリアはアルトゥールを促して屋上に出た。涼しい夜風が吹いている。肌に優しいそれを感じながら、2人はしばし見詰め合った。 「約束、だったよねぇ。お返事するって。あのね、あの」 そこで口篭もってしまう。真っ赤になってうつむいたアメリアをせかすようなことは、しかしアルトゥールはしなかった。ただ期待に胸を膨らませて言葉の続きを待った。 「私も……私もアルトゥールが好きだよぉ。いつも心も体も守ってくれたね。とても嬉しかった。安心していられたのぉ。だから精一杯頑張れたんだと思う。ありがとうねぇ……ね、これからもそばに居てくれる?」 「もちろんだよ、アメリア。嬉しい返事をありがとう。僕もこの世界を守っていきたい。君と一緒にね。ずっと一緒にいよう。もちろんルイードともね」 ぎゅっと抱き締められてアメリアがますます赤くなる。けれど抵抗はなかった。そっと背中に回った手の感触にアルトゥールの顔が笑み崩れる。その前にふよふよと飛んできたのはちとせだった。抱き締めた手を離さないままぎょっとしたアルトゥールに向って、ちとせがにこやかに笑いながら宣告した。 「うまくいったみたいで良かったですわね。けれどこれだけは覚えて置いてくださいませ。この先アメリアさんを悲しませるようなことをしたら……覚悟して置いてください。この私があなたを射殺しますからね」 「そんなこと絶対にするものかっ」 思いっきり本気が入った台詞にアルトゥールが力いっぱい反論する。アメリアは一瞬きょとんとした後、明るい笑い声を上げた。ちとせも言うだけ言って気が済んだのか「では。お邪魔はしませんから」と言い残して去っていった。 そして向かった先はダグラスのところだった。人の輪に入って騒いでいる肩にちょこんと乗る。アメリアのところに居なくていいのか訪ねられ、相手がいる人のところに居るような無粋な真似は出来ないと答えると、ダグラスがふふんと意地悪げに口の端を上げた。 「それだと俺は1人身だから居てもいいってことか」 「あら、そんな風に聞こえまして?」 ちとせもにこやかに答える。そこへジュディがどーんと飛びついてきた。 「ダグラス、1人なんかじゃないネ。ジュディがいるカラ」 「そういうこと」 「あら」 はずみでダグラスの肩から転げ落ちたちとせは、ジュディの手のひらに受け止められながら肩をすくめた。 「ま、幸せがたくさんあるのは良いことですわね。みなが笑顔で居られる世界を続けるのは簡単なようで難しいもの。けれどそうしていかなくてはいけないものですから。笑顔が失われない世界を続けていくこと……光と闇が満ちるこの世界のために」 「そうだな」 「ですネ!」 明るい声が響きあった。 人の輪からはずれて2人きりの時間を送っていたのはラーナリアとルイードだった。互いにしばらくばたばたしていたのだが、ようやく落ち着いて和やかなひと時を楽しんでいた。しばし世界情勢などといった色気の無い話で盛り上がる。やがてふと会話が途切れた後、闇に瞬く光を見上げながらラーナリアが言った。 「私ね、1つ決めたことがあるの。いつまでかはわからないけれど、この世界にとどまって復興に力を貸していこうって。だってせっかく救うことが出来た世界なんだもの。これからどんな風に変わっていくのか見届けたいわ。それと」 そこでくるりとルイードに背中を向けてしまった。 「もしかしたらそれは建前で、こっちが本当の気持ちかもしれないけれど。これからもあなたの側にいたいの……」 そして赤い顔でルイードを見上げた。 「ルイードのこと、愛しているから……」 言ったとたんにラーナリアの体がふわりとルイードに抱き寄せられた。緩やかに顔が持ち上げられて口付けが送られる。思いがけない出来事に目を丸くしてしまったラーナリアの瞳に、ルイードの笑顔が映った。 「俺も……ラーナを愛しているよ」 穏やかに告げられてラーナリアは幸せそうな顔になった。 風に乗ってアルフランツの奏でる横笛の音が響いてきた。恋人達への祝福の音色。そして平和を取り戻した世界への喜びのメロディー。みながそれぞれの場所でその暖かな音楽をひっそりと聴いていたが、突然どどーんと夜空に花火が打ち上げられた。わぁっと歓声が上がる。ジルフェスの門前で魔法で作った花火を打ち上げていたのはテオドールだ。闇にきらきらと光が輝く。いくつもいくつも花火は打ち上げられる。それは光と闇が融和した世界に似つかわしい光景だった。 |
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