第二回
ゲームマスター:烏谷光陽
魔王城は今、混乱していた。 ホールには天井から落ちてきた瓦礫やら、3時のおやつの残骸が散らばっている。 「なんか、想像してた魔王と違うなぁ……折角コレ獲ってきたけど、無駄になったかなぁ?あ、このクッキーおいしー♪」 「もがもごもごごー!!!」(コレとか言うなー!!!) 魔王クレセントを見て困惑しつつも、瓦礫に巻き込まれずに残っていたおやつのクッキーをつまんでご満悦のシエラ・シルバーテイル。そして、ぐるぐる巻きに縛られて地面に転がっているアンジェリカ姫。 「私のお気に入りのティーカップが瓦礫の下敷きに!あぁ、なんてこと!」 不幸な事故に怒るライン・ベクトラと、それをなだめる執事のセバスチャン。 「えーと……この魔王、見た感じ悪いことはやってないみたいだな……でも魔王なんだよな。 いやいや、丸腰の奴相手に勝負を挑むのは俺の流儀に反するし……」 天井を蹴破って突入してきたグラント・ウィンクラックは刀を持ったまま悩みに悩んでいる。 「ううーむ、せっかく罠を仕掛けたのにのぅ……さすがに天井には仕掛けてないわい」 エルンスト・ハウアーは悔しげに天井を見上げ、 「……これだけ人が集まると行動が起こしにくいですね」 魔王を倒そうとしていたテネシー・ドーラーは、面倒そうにホールを見渡した。 「はんぱねぇでやんす!ともかくはんぱねぇでやんす!」 同じくホールの柱の影に隠れつつ、状況を見て魔物少女ナシは何故かはしゃいでいる。 ついでに玄関先では、 「うーん、まずは整地と基礎工事か。お、株主さんの子分さんたちかい?ちょうどいいや、螺子の締め方と か教えっから、組み立てやら手伝えよ。えーと、まずはこれがマニュアルで……」 「工事?」「まにゅある?」「何それ、おいしいのー?」口々に疑問を口にするちびっこ魔物達に、 作業着姿で張り切って指示を出すレイナルフ・モリシタ。 そんな中、魔王クレセントはホール中央でおろおろうろうろ。要するに思いっきりうろたえていた。 「ど、どうしよう……この子って本物の姫だよね、こんなとこ連れてきちゃったらダメなんじゃあ…… えーと、落ちついて、ともかく落ちついて。こ、こういう時はおさない、かけない、しゃべらない、だから…… あの、みんな、ともかく話し合おう?用件だったら順番に聞くから……」 ちなみにクレセントの蚊の鳴くような呼びかけは誰も聞いていない。 「静かにしなさぁぁぁぁぁーーい!!!」 と、ホールに大きな声が響いた。皆が思わず振り向くと、ホール中央に人間の姿に変身した梨須野ちとせ。 腰に手を当て、拡声器をびしっ!と構え、怒りを抑えた笑顔でにっこり笑った。 ごごごごご……と立ち上る怒りのオーラに、皆黙り込む。今のこの子に逆らってはいけない。 「まずあなた、人様の家の天井を壊して、しかも乗り物で入り込むなど非常識です。せっかくのお茶とクッキーが破片とほこりで台無しですよ。後で片付けますのであなたも手伝いなさい。いいですね?」 と、有無を言わさぬ感じでグラントへと。 「いや、俺は……」 「い・い・で・す・ね!?」 ちとせの有無を言わさぬ剣幕に、グラントも言い返せずたじろぐ。 「あ、あぁ……わ、わかった、手伝うよ」 グラントの返事に満足そうにうなづくと、ちとせは窓から身を乗り出し、玄関先でテーマパーク建設の準備を進めるレイナルフにも声をかける。 「あなたも、作業するなら裏の広場でして下さい。でも裏の花壇は壊さないよう。もし荒らしたらジャンクにしますよ」 「え、ここじゃダメなのかい?地鎮祭までやったんだけどなぁ」 ぶつぶつ言いつつも、数匹の魔物を引き連れて裏庭へと移動するレイナルフ。 一流の建築家(?)は土地を選ばないのだった。 「あと、そこのワンちゃん」 次にびしっと指差されたのは、ホールの入り口近くでぽりぽりとクッキーをほおばるシエラだった。 「ワンちゃんって、わたしっ!?私は犬じゃなくて狼……」 目を白黒させるが、ちとせは構わず続ける。 「この際どっちでも構いません」 「酷ッ!!」 「確かにお姫様のお仕事は誘拐される事ですが、まだそんな予定はありません。せっかくのお気遣いですがお姫様はちゃんと返してきて下さい」 有無を言わさぬ物言い。それに気圧され、シエラは困ったように頭をかいた。 「……返してきてもいいけど、お姫様が納得しなきゃ、今度は自分から乗り込んできたりするんじゃない? どう?お姫様本人の意見は」 言ってアンジェリカに噛ませていた布を外す。 布をはずされた途端、今まで喋れなかった鬱憤を晴らすかのようにわめきちらすアンジェリカ。 「ぷはっ!!あんた達、この私にこんなことしてただで済むと思ってるの!? そこのへっぽこ魔王共々死刑よ、ギロチンよっ!!お城に戻ったら勇者山ほど送り込んでやるっ!!!」 「えええっ!?僕、何もしてないのにっ!!ていうかへっぽこ魔王って酷い……!」 アンジェリカの剣幕に、クレセントは情けない声を上げる。 「ということは、この姫を返したら、別の勇者が攻めてくる可能性があるってわけか…… いきなり喧嘩吹っかけてきた俺が言うのもなんだが、俺を用心棒に雇うってのはどうだい?天井を壊しちまった詫びを兼ねてな。悪い話じゃないと思うぜ」 ちとせに怒られて隅っこに追いやられていたグラントが、それを聞いて前へ出た。 近くにいることで魔王の実力を見極めることもできるしな、と心の中でつぶやく。 「そうさの、攻めてくる勇者を撃退するのも良いが、やっぱりオーソドックスなのは罠を張って待ち伏せしておくことじゃ。まあ、クレセント君、ここは泥舟に乗ったつもりでワシに任せたまえ。えー、まずは今回の反省を踏まえて、玄関とホールと天井にも罠を仕掛けるかの」 いきいきと作戦を練るエルンスト。 「ちょ、ちょっと待って!僕は争うつもりはないから……」 「なんじゃ、つまらんのぅ。こういう時の為に玉座の裏に隠し階段も作っておいたんじゃが」 「苦労したのにねー」「リフォームしたのにねー」「なんということでしょうー」 エルンストが言うと、手伝ったらしき魔物達も口々に言う。 「いつの間に!?」 魔王も知らぬ前に行われていた劇的リフォーム。ちょっと衝撃。 「じゃあ、そこの牛なのに胸が控えめな娘っ子を、平和的な王国征服の第一歩として嫁にでもしてみるかね?」 「絶対ヤです。こんな怖い人」 恐ろしい問いに即答する魔王。魔王に怖いと言われる姫もどうだろう。 「お黙り!言いたい放題言うんじゃないわよ!ていうか私の胸は控えめじゃなくて成長期なのッ!これから大きくなるのッ!!」 怒る姫。胸の話は禁句だったらしい。 「話は聞かせてもらったわ!!」
と、再び混乱しかけていた場に少女の声が響く。 いつの間にか、ホールを見下ろす階段の手すりに少女が2人立っていた。 一人は魔法使いのような黒ローブと三角帽子、ごついウォーハンマーを持って堂々と立つ姫柳未来。 もう一人は神官のような白ローブ、トゲトゲ付モーニングスターを持って恥ずかしそうにしている坂本春音。 2人は、未来の超能力で魔王城へとテレポートしてきたのだった。高い所から現れるのはお約束というものである。 「ユート・ピアの平和を守る為!魔王だろうとお姫様だろうと容赦しないわ!姫柳未来、参上!」 「お、同じく……仲良くしないとおしおきですよ?坂本春音、参上」 びしっ!と決めポーズを取る2人。未来はノリノリで、春音はおずおずと。 「くっ……何度もやすやすと侵入されるとは!手すりにも罠を仕掛けておくんじゃった!」 悔しそうなエルンスト。今の所、2戦2敗である。 「き、きみ達、どこから……?」 ぽかんと見上げるクレセント。と、未来はウォーハンマーを構え、階段からひらりと舞い降りる。 着地点はクレセントとアンジェリカの間あたり。着地と同時に振り下ろしたウォーハンマーが ずだぁん!!!と大きな音を立てて床にめり込んだ。 「うわ、うわあぁ!!?」「きゃあ!!?危ないじゃないのッ!!」 悲鳴に近い声で後ずさるクレセントと、縛られたまま転がって避けるアンジェリカ。 「おー」「ぱんつ見えたー」 「こ、子どもは見ちゃいけません」 未来を見て口々に言う手近なちびっこ魔物の目をちとせがふさいだ。 「あなたが魔王?悪いことをする気はないのね?」 「う、うん……全然」 ウォーハンマーを向けられて、必死でこくこくとうなづくクレセント。未来はくるりと反転し、今度はアンジェリカにハンマーを向ける。 「あなたがお姫様?悪いことしない人とはケンカしちゃダメだよ。仲良くしなきゃ」 「どうして私が魔王なんかと……」 言いかけると、笑顔でウォーハンマーを振りかぶられた。 「な・か・よ・く!しなきゃね?」 「うぅ……」 殴られるとすごくどころか大変痛そうである。アンジェリカも黙るしかなかった。 そこに、ホールの沈黙を破り、どっかーん!と爆発音が響いた。 別の通路からホールへと現れたのはバーナーロケットに乗ったフレア・マナ。 通路にわんさか仕掛けられた罠も、バーナーロケットで飛行し、爆炎珠・改をばら撒くフレアにはかなわなかったらしい。 「わ、わしの罠が……」 がっくりうなだれるエルンスト。これで3戦0勝3敗。 「調べものをしていたら遅くなった。もう姫は魔王と仲直りした後?」 言ってバーナーロケットから飛び降りる。 「仲直りも何も、魔王と仲良くする気なんかないわ!」 アンジェリカが突っぱねた。 フレアが文献を調べてわかったのは、魔王が云々という伝承は殆どが物語上の出来事で、実際には極悪魔王と伝説の勇者の戦いなど滅多に起こるものではないということ。それに、魔王城や魔王に関する噂話などからも、この魔王自身は別段悪事を働いているわけではなく、その状況だけ見れば魔王はほぼ一領民に近いようなものだということ。 「つまり、この魔王を退治する必要は今の所は全くない。問題は、姫。あなたが魔王を倒したいとだだをこね、怠ける口実にしてしまってることだ」 「うっ!!」 図星をつかれたらしい。 「姫、あなたは魔王退治をしたいのだろう?なら、まずは自分の力でしてみるべきでは?」 言ってフレアはアンジェリカを縛っていたロープを切った。その剣をそのままアンジェリカに渡す。 突然渡された剣の重みに、アンジェリカは少しよろめいた。 「退治、って……こういうことは下々の、勇者のやる事でしょ!命令よ!誰か魔王を退治なさい!!」 それを聞き、まだクッキーをぱりぽり食べていたシエラも姫に近づいた。 「姫様。あのねぇ、ここはあなたのお城じゃないのよ?泣いても喚いても、だぁれもあなたの命令なんて聞かないのよ?」 「あなた"魔王を倒せ"って言ったわよね。誰かの命を奪う行為、それは逆に、自分が倒されても文句は言えないってことなのよ?あなたにその覚悟があるのかしら?」 牙をむいて笑う。ちょっと怖い。 「そ、それは……」 アンジェリカは口ごもった。そんなことは考えもしなかったらしい。 「これから人の上に立つ立場の人間は、発言に責任を持たなくちゃいけない。命を賭ける覚悟があって魔王退治を命じたなら、ここで私に食べられちゃって命を落としても、文句は言えないわよね?」 あーん、と牙の並んだ口を開ける。かなり怖い。 「ちょ、ちょっと!極端な結論じゃない!?ま、待ってってば!!」 「はい、そこまでです」 慌てる姫とシエラの間に入り、ちとせはシエラの口にクッキーを押し込んだ。 「あ、これも美味しー♪」 あっさり引き下がるシエラ。 「……お腹空いてただけなんじゃないの?」 姫の文句はクッキーに夢中のシエラには届かない。 片手に拡声器・片手にクッキーの皿を持ち、ちとせもずいと姫に迫る。 「お姫様、このままこのままクレセントさんを退治しても、あなたの名前が称えられる事などありませんよ」 「なぜなら、ここの魔王さんはこういう方ですから。もし退治したとしても、"あの国の姫は弱い魔王を退治して自慢してる"と、かえって悪評が流れかねません。それよりは、魔王をゆるして改心させたお姫様の方が、かっこいいと思いませんか?」 「え……かっこいい?そ、そうかしら?」 思わずその自分を想像する。悪くないかも。 春音もにっこり笑って話に加わった。 「お姫様、本当はもうわかっていらっしゃるんですよね。だって捕まったふりをしてまでお城を抜け出して、魔王さんを助けに来たんですし!」 「「「はい?」」」 春音の言葉に皆の目が点になる。 「来てみたらお茶会の途中のようでしたし……もしかして姫様と魔王さんが和解して、少年漫画でよく見られる『昨日の敵は今日の親友』という状況になっていたのかと」 「いや、私、思いっきり捕まってたし、ていうかどこが仲良く見えたのよ」 と、ツッコむアンジェリカ。 「それは、敵をあざむくにはまず味方からと言いますし!きっとこの近くに、姫様と魔王さんが手を組み、味方さえあざむかねば勝てないほどの強敵がいるのかと……ともかく、敵とはいえ困っているのを見過ごせないなんて、さすが一国の姫様です!」 と、春音は瞳をキラキラさせて感動している。 「いや、だからそれは……ま、まあほら、私は心が広いことで有名だから!」 アンジェリカも困惑気味だが、キラキラした目で見られるのはまんざらでもないらしい。 それまで様子を静観していたテネシーは、その場をそっと離れた。ナシがついてくる。 「どうしたでやんすか、テネシー姐さん?」 「現状ではクレセント様……いえ、魔王を倒すのは難しいと思われます。今はほとんどの人間がホールに集まっていますし、いくら魔王が弱くとも、誰かが守ろうとするでしょう」 言いつつ、魔眼を使って周囲の状況を探る。ホールにほとんどの人間と魔物は集まっているし、外にいた者も裏庭に移動し、玄関には誰もいない。 「これからユート・ピア城に向かいます。姫が魔王に攫われたとなれば、城の人間も動かざるを得ないはず。その隙に城をいただき、新たな魔王城にします」 「おおおー!さすが姐さん!考えることがビッグでやんす!!」 感心するナシを連れ、テネシーは足早にユート・ピア城へと向かったのだった。 「あれは……テネシーさん?」 と、春音はホールを離れる2つの人影に気づく。もしかして姫様と魔王さんが手を組むほどの強敵って…… すぐさま神気召喚術で荒御魂を呼び出し、追いかける! 「な、なになに?どうしたの!?」 未来が少し遅れながらも、慌てて追いかけてきた。 「嫌な予感がするんです。もしかしたらテネシーさん達、悪いことを企んでいるのかも……!」 2人は、魔王城を他の者に任せ、テネシー達を追うことにした。 しばらくのち。ユート・ピア城はあっさり、テネシーとナシに乗っ取られていた。 「おかしいですね……仮にも一国の要である城が、こんなにあっさり乗っ取れていいんでしょうか」 とりあえず他に座る所がないので玉座に座ってみつつ、テネシーがつぶやく。 しっかり作戦も練ってきたのに、ナシの「ここから入れるでやんすよ」の一言で全て片付いてしまった。 「毎週火曜は城の兵士はほとんどボランティアやら公的業務で町に出てるでやんすからね! 平和ボケした城を乗っ取るのなんて、お子様の砂のお城を乗っ取るより簡単でやんす!」 ナシはご満悦で城の食料庫からいただいたお菓子をもぐもぐほおばっている。 玉座の間の中央には縛られた王と王妃。 「困ったねぇ、お前」「えぇ、とても困りましたねぇ、あなた」 牧場以外を知らない、平和そのものの牛のような態度。 この両親からどうしてあんな姫が、と思えるが気にしてはいけない。 「すみません王様、王妃様!このフロストがついていながら!算数勝負だったら負けなかったんですけど!!」 ついでに姫の家庭教師。こっちは縛られて部屋の隅に転がされている。 「あ、国語の川柳読んだりする勝負でも負けなかったんですけど!世を憂えた川柳とか得意ですし! "無力だな 僕は無力だ 欝になる"とか!!」 なんかうるさいが、無視することにする。 「見つけたわよ!」 「王様と王妃様を離してください!あ、家庭教師さんも!」 と、そこへ現れる未来と春音。 「おや、助けが来たよ、おまえ」「あらまあ、良かったわね〜、あなた」「ついでですか、僕!?」 三者三様の城の者たち。 「あなた達ですか。邪魔をするなら容赦はしませんよ?それに、人質がいる事をお忘れなく」 テネシーはゆっくりと玉座から立ち上がり、ウィップソードを取り出す。剣がじゃらり、と重い音を立てた。 「おおー、姐さん、悪人でやんす!悪人の鏡でやんす!」 ナシ、もぐもぐお菓子をほおばりつつ。 「くっ……」 「どうしよう……」 2人がたじろいだその時、部屋の影から人影が飛び出した。 「えーと、ごめんなさいっ!!」 園芸用のスコップを持ったクレセントだった。振りかぶってテネシー目掛けて振り下ろす! 「て、テネシー姐さん!!」 ナシがそれを見、叫ぶが、テネシーはそれより早く動いていた。ウィップソードにあっさりスコップは弾かれ、クレセントはバランスを崩してべちん、と転ぶ。 「クレセント様……何故ここに?」 驚いた様子で転んだ魔王を見下ろすテネシー。その背後でかちり、と銃を構える音がした。 「チェックメイトですわ、お二人とも」 部屋の反対側から現れたのはラインだった。ついでに影のように付き従うセバスチャンも。 「……ここまでのようですね。城をいただいて魔王となるのは、またの機会にするとしましょう」 多勢に無勢と察したのか、テネシーはウィップソードを一閃。ラインが気を取られた隙に窓を蹴破り、外に身を躍らせて消える。 「あー!姐さん!置いてかないで欲しいでやんすー!!!」 慌ててお菓子を拾い集め、追いかけようとするナシをがっしと未来が捕まえる。 「逃げちゃだーめ。あなたにはいろいろ事情を聞かなくっちゃ。じっくりとね?」 手にはごっついウォーハンマー。 「ちゃんとお話してくれれば悪いようにはしませんから」 にっこり微笑む春音。手にはトゲトゲ付モーニングスター。 「ぎゃー!離せでやんすー!!!」 ナシの声が城に響いた。 「そういえばライン、なんでここに?」 「魔王さんも……どうして?」 王と王妃とついでに家庭教師を助け、ナシをぐるぐる巻きに縛り終わった後。未来と春音が思い出したように聞いた。 「先ほど、姫が魔王城に来て大変なことになったでしょう? あのままでは、クレセントさんや城の住人が姫をさらった濡れ衣を着せられてしまうかもしれませんし、 というか、どちらかというと迷惑を掛けられたのはこちらですし、王様達にそれをお伝えする為に来ましたの」 「ううう、僕はやめようって言ったんだよ……どうやって説明したらいいかもわからないし」 転んで床に直撃した鼻をさすりつつ言うクレセント。 「何をおっしゃるの、クレセントさん!こんなこともあろうかと、セバスチャンには録画機能が付いているのですわ!」 えっへん、と豊満な胸を張って答えるライン。 「へー、ここが再生でこれが早送りか。ふむふむ。良くできてんなー」 と、いつの間にか紛れてセバスチャン操作方法を学習しているレイナルフ。 「あ、あなた、どこからわいて出ましたのっ!?」 思わず飛びのくライン。 「いや、テーマパーク建設の前にスポンサーの意向を聞こうと思ったんだけど、姫さんに聞いてもテーマパーク建設なんて知らないの一点張りだしさ。こうなりゃ直接王様に聞いてみようと思って。そしたらこの珍しい映写機が落ちてた」 「セバスチャンは映写機じゃありませんことよっ!!!」 怒るライン。応えていない様子のレイナルフ。 平和な光景に、未来たちは笑った。 結局、ユート・ピア建国以来初の王族拉致事件並びに城占拠事件はあっさり片付き、 映写機……もとい、セバスチャンの映像のおかげでアンジェリカ拉致の罪を問われることなく、魔王クレセントと魔物達は、王様と王妃様の公認で城に住むことが許されることとなった。元々、種族による移住を制限していないのがこの国の政策であるらしい。騒いでいたのはアンジェリカだけだったようだ。 平和が戻った魔王城の裏庭では、クレセントが趣味の庭仕事に励んでいた。 それを眺めつつラインが言う。 「クレセントさん、もしここを追い出されるようなことがあったら、うちの庭園管理に来る? あなたの腕なら即戦力になりますし……それになんというか、あなたを見ていると可哀想で」 同情した目でラインが言った。 「はは……い、いえ、僕はここで十分だから」 曖昧な笑みを返す。なんというか、同情される魔王というのもフクザツである。 城では、トンテンカンとリズミカルなハンマーの音が響く。 音の響く作業場で、指示を出しているレイナルフ。 「こらー!そこ、株主の手下の分際で、破壊するな、折角つくったとこ!誰だ、ここの釘打ったの!曲がってるだろーが!!」 先日壊れた魔王城の天井を直しているのだった。 「悪いな、木材やら用意してもらって。おかげで作業がはかどるよ」 「俺がやったことだからな……けじめって奴だ」 ねじり鉢巻にニッカボッカ姿のグラントが器用に釘を打ちつつ答えた。結構様になっている。 「この分なら、この後のテーマパーク作りも楽勝だな!凄嵐だっけ?あんたのエアバイクで運んでもらえりゃ材料調達も早いし!」 「……ちょっと待て、そのてーまぱーく作りとやらも俺が手伝うことになってるのか?」 「当たり前だろ、人手が足りなきゃ誰でも使え、ってな!」 わっはっは、と笑うレイナルフにグラントが深いため息をついた。 天井工事現場のすぐ下、ホールでは罠設置開発部の作戦会議が繰り広げられていた。 「うーむ、やはり一階玄関の扉を開けてすぐの所に即死級のトラップは必須じゃな。誰も、一階にそんなヘビーなトラップが仕掛けてあるとは思わんじゃろ。あとはやっぱり天井と手すりと、爆撃にも強いトラップじゃな。ふっふっふ、今度こそ負けんわい」 「おじーちゃん、パイ投げ機はどこ置くのー?」「トリモチはー?」「黒板消しはー?」 「おお、それはのぅ。意表をついて最上階の玉座に……」 今度こそ、とリベンジに燃えるエルンストだった。 魔王城の玄関先では、先日の一件に懲りていない魔物少女ナシが、拳を振り上げて演説をしていた。 「今回は失敗したでやんすが、あちきは諦めてないでやんす!いつかあちきのあちきによるあちきの為の下克上をー!」 「ナシちゃん懲りないねー」「げこくじょーが好きなんだねー」それを呆れたように見る小さな魔物達。 と、そこにちとせがケーキの乗ったお皿を重そうに運んできた。 「皆さーん!おやつですよ〜」 ある者は作業を中断し、ある者は嬉しそうにわいわいとそっちへ集まっていく。 その光景に、庭仕事をしながらクレセントはにっこり笑う。 ふと見れば先日つぼみだった雪白草が、真っ白な花を咲かせていた。 そうだ、あの人達へのお礼は雪白草の花にしよう。喜んでもらえるといいんだけど。 こうして、魔王らしからぬ魔王のいる城での時間は、ゆっくりと流れていったのだった。 一方その頃、ユート・ピア城。 机に山積みの課題に取り組むアンジェリカ姫を見て、家庭教師のフロストは上機嫌だった。 「さー、姫!今日中に遅れていた分を終わらせましょうね!」 今の状況を楽しんでいるようにも見える。 「う〜……どーして私がこんなことしなくちゃならないのっ!!」 半ば泣きそうになりつつも、わがままで有名なアンジェリカにしては真面目に課題をこなしている。 その訳は部屋にいる者達にあった。 「姫には魔王退治云々より、まずはやるべき事をやってもらわないとな」と、腕を組んだフレア。 「ちゃんと宿題しないと……食べるわよ」と、牙の生えた口を開いて笑うシエラ。 「終わったらお買い物行こうねっ」と、ごついウォーハンマーを持った未来。 「あの、わからない所はわかるまで説明しますから」と、トゲトゲ付モーニングスターを持った春音。 「なんで!どーして!!こーなるのよっ!!!」 姫の叫びは、今日も平和なユート・ピア城に響いたのだった。 (終わり) |