ムーア宮殿

 もともと二つの魂の融合体であったというムーアを統べる少女《亜由香》。
 その《亜由香》を分離させた乙女エルウィック・スターナの意識は、今も暗闇の中にあった。その暗闇の中で、最後に共にいたはずの君主マハを探してみる。すると、魂の形骸らしきものがエルウィックに触れてくる感覚があった。
“わしは……もう……形なき者じゃ……このまま眠らせてはくれぬか……”
 漂う意識の中、触れ合う意識。異形の君主であったマハと出会ったエルウィックは、君主マハの魂の欠片に触れてみる。
“それはできないよ、マハ。マハもあたしに何か聞いてもらいたかったんじゃないの? マハでなければ知りえないことを”
 おそらくは亜由香この世界へ来ることになった経緯やその目的なども、彼自身が語らなければ眠ることのできないことであると思われた。
“言いたいことは本当にないの?”
 すべての話を聴いた上でもしその発端がマハに少しでもあるのであれば“自分の責任も果たさずに簡単に生きる
ことをあきらめるな!!”と怒鳴りつけるつもりでいた。もちろん自分自身も生きること、現状から脱出することはあきらめていないエルウィックであったのだ。
 そうしてマハの魂は語るべきことを語る。亜由香自身が何者かもわからなかったが、マハの夢の中に現れた少女であること。少女の示すその指針に共感した自分があったこと。そして神官長ラハの娘、“ラカ”を亜由香を呼び出す器としたこと。そして亜由香が分離した際に、ラカとマハの体が魔物ギムルに食われたことなどであった。
“このマハが……ムーア世界に生きたことが罪なのじゃ”
“そんなわけないじゃない!”
 マハをエルウィックが怒鳴りつけようとした時、エルウィックの魂に今度は、別の魂が触れてくる。
“ふふふ。そんなにマハを責めないであげて。あなたと会えて楽しかったけど、そろそろ時間なの。この体、返してあげる”
“亜由香、なの!?”
 何が起こったのかわからないエルウィック。そのエルウィックの視界が突然開ける。そして、目の前にいたのは、暴れる巨体の鬼ギムルに肉を食まれるムーア神官長ルニエの姿。そして彼らの側には、上級魔族であったはずの青年が血を流して倒れていたのであった。

 エルウィックにはまだ知る由もなかったが、ちょうどこの頃、君主マハからラハへの役割の衣冠が成されたのだ。ムーア宮殿で始まった異変。時の変化する先は、魔から離れようとしているのかもしれなかった。

 急激に変わりつつあるムーア世界。
 その世界はまだ、安全なものではなかった。

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