ムーア宮殿 《亜由香》側に降伏した東トーバの地は今、反乱軍の中心となりつつある。その東トーバにおいて神官長であったラハの死亡。君主マハの失踪。それらの情報を異世界の乙女リュリュミアを通じて《亜由香》よりもたらされたのは、神官長補佐役ルニエだった。初対面の《亜由香》に対して、自らの地位を隠さなかったルニエは、自身がムーア世界の神官長となる運命を受け入れる。 「他の道はあるまい……」 すでに東トーバに神官は存在せず、生き残った神官たちはムーアの各地に捕虜同然の扱いで任にあたっている。彼らのことを思えば、《亜由香》と共存する道があるのみであったのだ。この後、ムーア宮殿に住まうこととなったルニエ。ムーア世界に散らばる神官をまとめる立場となっていた。 「ルニエが神官長ですかぁ、すごいですぅ。わたしも頑張って植物育成を覚えますからぁ、一緒にこの世界中をお花や緑でいっぱいにしましょうねぇ」 そう言われたルニエは、 「……そういえば前にも頼まれておったような……すまぬな、リュリュミア殿」 白い頭をたれたルニエが、あらためてリュリュミアの力の資質を見定める。 「貴公ならば、『腐食循環』の技を得ることができような」 「えっとぉ、それってどんな技なのですかぁ?」 ルニエの言う『腐食循環』とは、育成した植物を早く腐らせ、土とする植物育成技能の一技であった。ルニエからこの技を得たリュリュミアは、ふとゼネンに残してきた神官のことを思い出してします。 「そおいえばゼネンで居なくなった神官さん、なかなか来ませんねぇ。まだゼネンで迷っているのでしょうかぁ」 ゼネンまで神官を迎えにゆきたいと、リュリュミアは《亜由香》に進言する。 「だから亜由香は速い乗り物と運転する人を貸してくださいぃ。そうだ、ゼネンの司令官宛に手紙を書いてくれると嬉しいですぅ」 死人を操るなど不信な行動の多いゼネン司令官あてて、《亜由香》に手紙を書いてもらったリュリュミア。リュリュミアは魔物の一つである火炎鳥と、火炎をふせぐ輿とが用意される。 「ふふ。この輿に乗っていけばすぐよ。一人乗りだから運転手もいらないわ」 火炎鳥に行く先を指示する《亜由香》の姿を不思議そうに眺めたリュリュミアが安心する。 「亜由香がそう言うなら安心ですねぇ。火炎鳥さん、よろしくお願いしますぅ。それじゃあ、ちょっと行ってきますねぇ。亜由香もルニエもわたしが戻ってくるまで、ちゃんと待ってて下さいねぇ。居なくなっちゃったら嫌ですよぉ」 やや心細くもあって声をかけるリュリュミアに、「そんなこと、あるわけないわ」と応えた《亜由香》。その別れ際にリュリュミアが言った。 「……今、亜由香の顔にエルウィックが重なって見えてしまいましたぁ。そんなことあるわけないですよねぇ。もしエルウィックが帰って来たら、リュリュミアが心配してたって伝えてくださいねぇ。……それにしても、早く帰ってくるといいですねぇ、エルウィック……」 リュリュミアの呼ぶエルウィックの名。それは、長く亜由香と共にあった異世界人の乙女エルウィック・スターナのものであった。 『……エルウィック…………エルウィック……』 なにかが自分を呼ぶ声のようなものを聞いて、エルウィックの意識が起き上がる。だがそこは、エルウィックの見知らぬ場所でそれがどこかすらわからない状態である。真っ暗闇の中に宙にぽっかりと浮かんでいるような感覚でどちらが上でどちらがしたかすらわからない。不思議の感覚のする場所。 “ここって一体どこなの!?” 最初こそ取り乱したエルウィックだったが、やがて持ち前の冷静さを取り戻してゆく。そうしてゆっくりと自分に起きたことを時間ごとに順番に整理し始める。 《亜由香》の分離への立会い。二つに分かれた体。亜由香の顔が自分を見つめる。無くなる意識。血の香り……。 そしてひとつの答えとして、自分が“亜由香の中に取り込まれたのではないか?”という疑問を導き出す。そして一緒にいた君主マハも共にに取り込まれたのではないかとエルウィックが考えた時、魂の形骸らしきものが自分に触れてくる感覚がある。 “わしは……もう……形なき者じゃ……このまま眠らせてはくれぬか……” 漂う意識の中、触れ合う意識。異形の君主マハと出会うエルウィック。彼らの意識の向かう先はまだ見えない。 新たな方向へと向かいつつあるムーア世界。 ムーア世界をおおってきた霧は晴れるのか。 その先にあるのは魔物の世界か、人の未来か。 あらゆる可能性から生まれる道は、まだこれからだった。 |
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