ムーア宮殿 「ただいま戻りましたぁっ!」 宮殿の正面から明るく入るのは、しゃぼん玉から降り立ったリュリュミア。その後ろを、巨大しゃぼん玉の長旅でふらふらになった神官長補佐役のルニエがしゃがみこむ。 「んーと、ルニエさんはしばらく休んだほうがいいみたいですねぇ。えーと、衛兵さん、ルニエさんを宮殿の客間にお願いではきますかぁ?」 リュリュミアの言葉に、無表情の衛兵が頷いた。それに気をよくしたリュリュミアが勝手知ったる宮殿の中へ走り出す。 「えっとぉ、亜由香ぁ、エルウィックぅ、いませんかぁ? いなくなっちゃったって聞いて驚きましたぁ、でもそんなことありませんよねぇ。わたしぃ、戻りましたよぉ!」 かつて亜由香の側にいた仲間の名を呼ぶリュリュミアの前に、現れる乙女がいた。乙女は、リュリュミアがよく知る声で言う。 「ふふ。お帰りなさい」 「?……亜由香ですかぁ?」 容姿は変わらないが、服装は何故か仲間であった乙女と同じ姿をした《亜由香》。その姿に、リュリュミアは明るい緑の瞳を輝かせる。 ![]() 「亜由香ぁ、ただいま戻りましたぁっ! 亜由香がちゃんと居てくれて嬉しいですぅ」 「うふふ。わたしがどうかして?」 変わらない笑顔で不思議そうな顔をしてみせる《亜由香》。 「えっとお、ゼネンの司令官が亜由香は居なくなった、なんて言うから心配してたんですよぉ。何だぁ、わたし、騙されちゃったんですかねぇ?」 「そうね。少し出かけていたから……かもしれないわ」 《亜由香》の応えに納得したリュリュミアは、ムーア宮殿に帰還するまでの経過を伝える。 「神官さんをたくさん連れてくるはずだったんですけど、神官長さんが死んじゃったり、修羅族がおかしくなったり、ゼネンで迷子になったりしてここまで連れてこれたのはルニエって神官さん一人だけになっちゃいましたぁ」 「ずいぶんがんばってくれたようね。あなたが仲間になってくれてよかったわ」 リュリュミアの報告に聞き入った《亜由香》が、妖しく微笑みながら感謝の言葉を伝える。そのことに気を取り直したリュリュミアが進言する。 「もし必要ならまた迎えに行きますけどぉ、とりあえずルニエはマハに会いたいそうですぅ。ルニエは客間で休んでますからぁ、後でマハの処に案内しますねぇ。マハはまた新しいお友達を呼び出してるんですかぁ?」 「……マハはもういないのよ。その詳しい話を伝えたいわ。ルニエとかいう神官にをわたしに紹介していただけるかしら?」 「もちろんかまいませんよぉ」 リュリュミアが亜由香を客間へと案内しながら、ふと気付いたように言う。 「……亜由香、なんだか様子が違うと思ったら服がエルウィックの着てたのとおんなじですぅ。そういえばエルウィックは何処ですかぁ? もしかしてわたしがあんまり遅いから迎えにいっちゃった、なんてことはないですよねぇ。宮殿の外でのことをいっぱいお話したいですぅ」 かつての仲間である乙女エルウィックの心配をするリュリュミア。そのリュリュミアを見つめる《亜由香》の瞳に微かなゆれが現れる。たがそれは瞬く間に消え失せ、常の笑顔で《亜由香》が口を開く。 「……残念だけど……あの娘は、マハと一緒にいなくなったのよ……この服だけ残して。わたしも二人を探したのだけれど、見つけからなかったの。この服を着させてもらっているのは、思い出くらいは大切にしてあげたいからなのよ」 その言葉が真実であるのかどうか。その後、同様の話は、ルニエを交えての場でも語られたという。 《亜由香》側に降伏した東トーバの地は今、反乱軍の中心となりつつある。その東トーバにおいて神官長であったラハの死亡。君主マハの失踪。それらの情報を異世界の乙女リュリュミアを通じて《亜由香》よりもたらされたのは、神官長補佐役ルニエだった。初対面の《亜由香》に対して、自らの地位を隠さなかったルニエは、自身がムーア世界の神官長となる運命を受け入れる。 「他の道はあるまい……」 すでに東トーバに神官は存在せず、生き残った神官たちはムーアの各地に捕虜同然の扱いで任にあたっている。彼らのことを思えば、《亜由香》と共存する道があるのみであったのだ。この後、ムーア宮殿に住まうこととなったルニエ。ムーア世界に散らばる神官をまとめる立場となっていた。 異世界人に数々の障害が広がりつつも、新たな方向へと向かうムーア世界。 ムーア世界をおおってきた霧が晴れる可能性は、まだこれからだった。 |
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