ロスティ 虚虚実実の様相を呈するムーア軍内部。この戦況下にあって、《亜由香》の統率が行き届いていたロスティは、軍律に乱れのない街であった。このロスティに囚われているのは詩人に扮した異世界の少女リク・ディフィンジャー。本来の素性が知れれば、処刑もまぬがれない少女である。そのリクは、捕らえられた際の疑いが晴れたにも関わらず、歌の危険度が重要視されて開放は望めないでいた。そうした日々が続くうち、リクは全てを打ち明ける決意をしていた。 「あたし、実は詩人じゃないんだ」 突然のリクの告白に、これまでちゃらんぽらんな態度を取ってきたリクを取り調べてきた兵が絶句する。その兵に、 「“リクナビ”って知ってるかな? あたしが、それを作った本人だよ」 逃げも隠れもする気がなくなったリク。突然態度が変わったリクを信用してよいものかどうか、兵が値踏みする。警戒する兵にリクはたたみかける。 「ロスティにいる兵・民も、寝返って欲しいと思っているよ。君達より弱い民があたしの歌に感動してくれる姿を見てどう思う? どう感じたの?」 魔物に蹂躙されるムーア世界を見て回ったリクの言葉は、誰よりも重いものがあった。 「同じ人間同士なのに、同じこの世界の人なのになんで一つになれないの?」 実際は、リク側に寝返ったとしても厳しい事ばかりあって、気持ちだけでは生きていけないことをリクも十分理解していた。だからこそリクは言う。 「だから、あたしは君達がこっち側に来ても生きていけるような環境を用意していく。リクナビをもっと成長させてこれから生きていくうえで必要な物を用意するつもり」 そんなリクは、まず食糧問題から何とかしたいと提言した。ムーア兵をあちこちに配置してリクナビの流通経路を確保し、すぐ次に食糧問題を解決できるようにしたいと言ったのだ。しかし、それこそが、ムーア兵の逆鱗に触れてしまっていた。 「何をばかな! 食料問題こそがムーアを統べる亜由香様が心を砕かれる問題だろう! 各地に東トーバより神官を配備させ食料事情の向上を図っておられる! 現に今、行商人が安全に土地土地を行き来できるのも亜由香様のお力ゆえだ。魔物の力を借りるのも、その一助と聞いておる!」 リクに対したムーア兵の忠誠心は、残念ながらリクの予想外といってよかった。食糧確保のあとの技術者育成なども語らせてもらえないまま、兵はリクの胸ぐらをつかむ。 「これまで我らをたばかった言動! ムーア世界を混乱たらしめた所業! 亜由香様への侮辱! その罪、万死に価する! 極刑の準備を!!」 こうしてリクの拘留場所は、さらに警戒が厳重な牢獄へと移されることとなる。そして、リク自身の処刑は、“リクナビ”の情報流出も恐れたロスティ上層部の思惑もあり、秘密裏に行われるよう決定されたという。 そのリクの処刑が行われるという前日。ロスティ市民に『市より避難すべし』という内容のビラが配られたという。それらを配ったのは、かつて『ロスティにトリスティアあり』とうたわれたトリスティアに関わる地下組織だった。それは、近く戦場となるであろうロスティ市街戦に際し、少しでも一般市民の被害を減らそうというトリスティアによる意図によるものであった。 「避難させる市民は、攻撃ポイントの近くに住んでいる人たちだよ。特に今回、攻撃範囲が広くなりそうだし、できるだけ多くの市民に避難しておいてほしいんだ」 トリスティアが“攻撃範囲が広い”ことを明言するには、理由があった。トリスティアの側に一人の異世界人の乙女が協力に訪れたからである。 「おおきに。こんでトリスティアはんから『精神防御壁』を習い終えたよって、もう何が何でも手伝うたるで」 丈の短い和装でいて、身長よりも大きな銃器を抱える乙女の名は、アオイ・シャモン。アオイの姉たちはすでにムーア世界に訪れているが、彼らはまだ妹であるアオイの来訪は知るよしもなかった。そのアオイは、すでに別世界では知己のあるトリスティアに、快活に笑いかける。 「ま、ここの世界では始めましてやけど、トリスティアはんとはようけ気の合う仲やったし、これからもよろしゅう頼むで!」 年下のアオイに勢いよく背中を叩かれたトリスティアは、 「別世界では会ってるからか、初めて会ってる気、しないよね。これからもよろしく頼むよ!」 固い握手をしたトリスティアは、自分の目的を果たすべく、エアバイク型AI「トリックスター」に乗り込む。そのエアバイクは、光を屈折させて姿を隠し、時速400kmで滑走して行った。 そのトリスティアの行く手に、ロスティに対する増援部隊を編成するフレア・マナ率いる一団が現れる。かつての仲間フレアは、反乱軍討伐隊の指揮官の地位にあり、自らも前線で指揮を執るという名目で出陣してきたのである。もちろんわざわざ動員をかけた以上、大連隊規模の進軍は決して速くはなかったのだが、ロスティにて増援の受け入れ準備、及び敵襲に備える為の先遣部隊として、機動力優先の部隊を編成してロスティに先行させたのである。この中に、フレアも一少尉として先遣隊に加わっていたのである。 「司令官の狙撃が目的だったけど、ここで増援があっては面倒かな」 この先遣隊の司令官を探すトリスティア。その目に、フレアの姿が映る時、トリスティアは増援部隊への攻撃を諦める。 『理由はわからないけど、きっとフレアのことだから、何か目的があるんだよね』 実は、フレア自身が反乱軍の動きに併せて内応する準備がある旨を伝えるべく、エアロに手紙を託してトリスティアの下へと飛ばしていたのだ。けれど、その手紙は、トリスティアには届いていなかったようである。この後、高速もあり姿を隠すトリスティアは、ロスティに向かう。その土地で当初の目的である司令官を探すが、地下組織の力でも現在地までは特定できなかった。代わりに、リク処刑の報を耳にする。 「……ここはもう、処刑場所の混乱から始めるしかないようだね。アオイ、準備よろしく!」 トリスティアの上げる攻撃地ロックののろしを見て、アオイの巨大な銃器がうなりを上げて接続される。 「よっしゃあ! 『ロングレンジバスターライフル』の出番やで!」 しかし、トリスティアの指定する場所は、軍施設であることだけは確かなのだが、ピンポイントの攻撃対象は指揮官ではないようである。 「ま、ええわ。やったるで!! 殺られる前に殺る。それがシャモン家の戦い方や!」 超長距離射撃を誇るアオイの『ロングレンジバスターライフル』が最大射程距離で狙撃するのは、軍施設の一つの窓。その奥では、今まさにリクが絞首刑になるところであったのだ。その窓が破壊され、中にいた兵たちの逃げ惑う声が響く。その後、アオイは『対装甲散弾砲』をロスティ軍施設方向へ向けるが、いかんせん射程距離が足らなかった。 「こら、そっちまで行くっきゃないってことやな」 巨大な銃器を抱えるアオイが、軍施設を射程に入れるには未だ相応の時間が必要だった。 一方、軍施設の狙撃を受けて、フレアのいる先遣隊がどよめきたっていた。その中、「反乱軍は既に城内に入り込んでいる」と一人の兵に叫ばせたフレア。そして、指揮官の地位を隠していたフレアが声を張り上げる。 「今ムーア人同士が争って何になる! 魔族に支配されるくらいなら私は反乱軍に投降し魔族からムーアを取り戻す」 自軍の兵はもとより、ロスティ駐留兵たちの前で軍の戦意を挫くフレア。そのフレアは、先遣隊を引きかえさせようとするのだが、混乱する中でのフレアの発言は、自軍の統率力までも乱すばかりでフレアの意図通りにはいたらなかったのであった。 数々の障害と混乱とが広がるムーア世界。 ムーア世界の未来はさらなる霧の中にあった。 |
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