ムーア宮殿より

 ムーア世界を統べる少女、亜由香。亜由香に味方し、ムーア世界の統治に回る上級魔族。
 彼らの真意はまだ見えないものの、その様子を静かに見守る者がいた。長い銀の髪をポニーテールにまとめた乙女エルウィック・スターナである。自称『亜由香の親友』であるエルウィックは、依然として亜由香の側にいた。側にいることで、どうすれば亜由香の心を覗けるのか模索中であったのだ。亜由香を理解しようとする努力を惜しまないエルウィックは、上級魔族と対する亜由香が不利な状況になりつつあるのをその会話から理解していた。
「この地は、そろそろよいだろうな」
「仕方ないわね……」
 上級魔族の要求が何であるのかは、エルウィックにはわからない。けれど、上級魔族の要求を亜由香が嫌がっているのだけは理解できた。そんな亜由香の気分を変えようと、二人だけの時は自分のこともポツリポツリと話していく。元いた世界で怪盗であるということ。両親が死去していること。その両親が残してくれた喫茶店を経営しているということなどである。
 その話を聞いた時、亜由香の瞳に涙のまくが現れるのをエルウィックは見逃さなかった。そして微かな声で亜由香がつぶやく。
「こんなつもりじゃ……なかったわ……」
 その声は、デュエットでもしているかのように二重に重なってエルウィックには聞こえていた。

 亜由香の意図は何だったのか。ため息とともに、亜由香は大きく頭をふると、いつものようにエルウィックへ微笑んでみせていた。


 混沌の力の増したムーア世界。その未来はまだ見えない。


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