ムーア宮殿の異変

 ムーアを統べていたはずの亜由香が本来の姿に戻ったという、まことしやかな噂。その噂が流れるのに合わせるかのように、ムーア兵の統率は目に見えて乱れ初めていた。そんな頃に、フレア・マナはムーア宮殿のある街まで到達する。
「東トーバでも異変はあったけど……これほどとは思わなかったな」
 ムーア中枢部の城下町にあってさえ、昼間から略奪暴行を繰り返すムーア兵。フレアがこの城にいた頃とは、すっかり様変わりしてしまった街に胸騒ぎを覚える。
「やっぱり亜由香に何かあったのかな……?」
 フレアは、街人を暴行する兵の一団をこらしめるついでに、その中で一番高い階級を持つムーア兵の身ぐるみをはぐ。
「ま、少尉クラスの軍装一式だけど、ないよりはましだよね」
 フレアは、ムーア兵達を軽く簀巻きにして物陰に隠す。
「このまましばらく大人しくしとかないと……どうなるか、わかってるよね?」
 生まれた世界では最前線に出る騎士であるフレア。そのフレアが脅えるムーア兵に、燃える炎をまとう剣を一振りしてみせていた。

 ムーア少尉の装備を身にまとい、フレアが亜由香の住まうはずの宮殿に向かう。
 宮殿前に陣取る兵の誰何には、少尉姿のフレアはムーア式の敬礼をして応じる。
「火急の用件故亜由香様に直接ご報告したい。許可願いたい」
 すんなり通過できればそれで良いと思っていたフレアに、兵は亜由香の不在を告げた。
「火急のご用件ならば、亜由香様のお客人にご報告願います」
 幸いにも対応した兵の階級は、軍曹クラスであった。丁寧に対応する兵に、厳しい顔になったフレアが問う。
「……それでは、そのお客人とやらが、実質的にムーアを統べている、ということになるが……よろしいのか?」
 慇懃に言うフレアに、困惑する兵は言った。
「そのご判断は、お任せさせていただくしかありません……」
 実際のところ、この兵自体も命令伝達経路が混乱している宮殿内部の事情に精通しているわけではなかったのだ。

 やがて少尉姿のフレアが案内された一室。
 そこには、長い髪を持つ長衣姿をした魔物と、巨大な鬼がいたという。


 押さえつけられた人々が決起する機会を待つようになったムーア世界。
 その未来は未だ霧の中にあった。 

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